民宿のおやじに「じゃあ、来年の今日。つまり1月1日やな、1か月分予約するから、頼んだでえ。」と言い残し、私はバスに乗り込んだ。冗談ではなく寧甫の風景と気候は最高である。世間の些事をすべて忘れられるような土地である。デイトレに疲れたディーラーが巨万のあぶく銭を使い果たすにピッタリのところである。ただ、ここにはやけに値段の高い海鮮食堂が一軒あるだけで、買い物にはきっと成功の町まで買い出しに行かねばならないだろう。私は来年はキャンピングカーを日本から持って来るのがやっぱりベストやな。と本気で考えていた。
いよいよ安通温泉だ。うかうかしているとバスは停留所を通過してしまう。俺はしっかりと前方を凝視していた。
お!看板が見える。おりるど!おりるど!とわめくとバスが停まってくれた。痛む両足をかばいながら、俺は看板の温泉宿を目指した。
道は初めは緩やかな上り坂だったが、そのうち急な坂道になっていった。10歩あるいては5分間休憩をして、私は今夜の食事とベッドを求めて山を登った。こんな山の中に温泉があるんかいな。100歩ほど歩みを進めたところに、下からベンツがゴゴゴと音を立てて登ってきた。俺をシュシュシュと追い越してゆく。くそう!台湾金持ちめ!と罵声を浴びせたが聞こえたのだろうか、3分後に坂の上からキュンキュンとした音を立てて降りてきた。俺は咄嗟に道の端に身を寄せわが身を守った。
ベンツは何事もなかったように坂道を降りて行き、そこには再び静けさが戻っていた。
何か赤いものが見える。あそこまで頑張ろう。
それは私が初めて見る植物だった。
真っ赤な糸のように細い花びらが球状になっている。まるで真っ赤に燃える太陽のような花だ。誰かこの花の名前を知っていたら教えてほしいものだ。
山の中腹には2件の温泉宿があった。まず、この宿を尋ねた。
「すんまへん。満室でおま。」と薄笑いであしらわれてしまった。
では!と加賀屋に足を向けた。きっと有名な金沢の加賀屋の安通店だろう。きっと日本人のよしみで歓待してくれるに違いない。
「今日はお正月ネ!満員ヨ!」と全く取り付く島もない。
がっくりした私は、ちょっと休ませてくれ。と汗をふきふきリュックを降ろした。
暫くすると、ここのオーナーと思しきおっさんが「あなた。歩いてきたの?」「そうだ」
「びっくりポンやあ!」とぬかしやがった。
「坂の下にはこんな施設のある大きな旅館があるネ。大きいので空室がある可能性もあるジャン。私の車で送ってあげやあす。」と言ってくれた。「謝謝您!」
私を乗せた車はほんの数分で数時間前に私がバスを降りた場所に到着した。そこには立派な建物が立っていたのだった。
バスを降りた時に後ろを見ればよかったのだ。つい看板に気を取られ坂の方へ行ってしまったのが間違いだったのだ。でも「紅いウニ」を発見できなかったかも…。
つづく
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