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相場三昧 マーケットウォーカー

株・商品・FXマーケットに立ち寄る
SOUL, SMOOTH JAZZを愛するトレーダー

 

金についての考え方

2010-11-25 14:12:40 | 相場の張り方
田中金属の田中社長がインタビューで千金の言葉を残している。

「株が暴落したから金が暴騰するとか、株が暴騰するから金が暴落するとか
だったら金に値打ちはないんです。株がいかに暴落、暴騰しようとも金は金で
独自の価値を維持しているところに、むしろ価値があるんです。」

「金の現物市場と先物市場では、ものの考え方が違うのです。現物市場では
金を持ちたい、自分のものにしたいと言う方がお買いになる。
先物市場では、なにも金が欲しいのではなく値動きが欲しいわけで
値動きによっておカネを儲けたい。」
「どちらが良くて、どちらが悪いではなく、概念が違うだけです。」
たしかにおっしゃる通りだと思う。

ドル暴落のときに、誰だったか「ドルが下げ続けたら、金が暴騰するだろう」
と言った。
ドル下落を一番恐れるのはドル紙幣を抱え込んだ大金持ちに他なるまい。
ドルが紙くず同然になる前に金に変える動きが金相場の高騰である。


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感性はすぐ鈍化する

2010-11-15 16:47:11 | 相場の張り方
例えば「流行っているお店は、流行らなくなるために、今流行っている。」
「人気のある車は、売れなくなるために、今売れている。」
という発想と理解の仕方がある。
相場で言うと「相場は天井を打つために、いま上げている。上げるのは、
暴落するためである。」「いま相場が暴落しているのは、上げるために
下げているのだ。」 ことさら感心するほどの発想でもない。

考えてみたら春秋戦国の世の思想家「老子」の説く無為自然の法則だ。
「美は醜である。善は悪である。有は無。難は易。短は長。高は低。
前は後。不言は有言。」

「社会は凄まじい勢いで変化している」というのが研究者の口癖である。
しかし、そうでもない。限られた一部分の突出現象にすぎない。
全体ではないし、現象も短期間で、多分に気まぐれである。

去年のヒット商品は?今年前半ののヒット商品は?
何人の人が答えられるだろうか。


Mariah Carey - Want You
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つきは気まぐれ

2010-11-04 15:16:28 | 相場の張り方
昔、相場の貴乃花が「強いヤツが勝つのではない、勝ったヤツが強いのだ」
と言った。相場にもこれが言える。
「上手な人が儲けるのではない、儲けた人が上手いのだ」と言う訳だ。

しかしこの事を相場する人に当てはめて考えていくと、もっと違う所のものがある。
「儲けた人は運が良かっただけである。その幸運のツキが離れたら終わりだ」
どんな名人上手といわれる人でも、相場や勝負の世界ではツキ、ツカぬの周期が
あって、なかでも相場社会はこの両極端が短期間で表面に出てくる。
この事を知っている人は、自分のツキというものを大切にするが、知らない人は
すぐに浪費してしまうようだ。

自分のツキを無駄にしてしまうのは、儲かっていることが、あたかも自分の才能の
ように思い込むのと、この状況がいつまでも続くと考えるからである。
飛ぶ鳥も御威光で落ちる。しかし、サイクルが終了するとまさに諸行無常の風である。

明治、大正、昭和の大相場師を見ても、あれほど大儲けした人が・・・と思うほど
ツキが離れると、あっけないものである。
相場で儲けていると言うことは、決して自分の才能や力ではないということである。

そして、このツキは非常に気まぐれだ。ある瞬間、ふいにどこかに飛んでいく。
ひとたび逃げてしまうとなかなか浮かび上がれない。
所謂、「天井三日、底百日」型の罫線のようである。

ツキが離れると必ずと言ってよいほど無理の上に無理を重ねる。相場は非情である
から、そういうところを見つけて攻め立てる。
心すべきである。


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ガンジス河のバラモンの塔

2010-11-01 15:45:19 | 相場の張り方
落語の「寿限無」のなかで、”五劫のすりきれ”というのがある。
五劫とは四劫の一つ上で、それが擦り切れた後までと言う意味。
四劫とは仏教で世界の盛衰を説いたものだが、囲碁のルールで劫と
いうのがある。無数に多いと言う意味である。

古代インドでは、距離を測る単位に「由旬」というのがあった。
1由旬は牛車で一日で行ける行程で、だいたい14.4㎞
一辺の長さが1由旬の立方体をした城砦の中に芥子粒を山盛りにして
百年に一粒ずつ取り出して全部を取り尽くしても終わらぬというのが
「劫」である。
めんどくさいことを「億劫」というが一億回の劫のことである。

このような話になるとバラモンの塔のことなど面白い。
昔ガンジス河のほとりに一枚の板の上に三本の棒が立って、一本の棒に
下から大きい順に64枚の大きさの違う穴あきの金メダルがさしてあった。
このメダルを一枚ずつ別の棒に移して、64枚全部が別の棒に移された時
この世が終末を告げるという。
移すに当たって1、抜いたメダルは別の二本の棒のいずれかにさしておく。
2、大きなメダルを小さなメダルの上に重ねてはいけない、と言うルールである。

さて、これがどうなるかというと、1秒間に1回ずつメダルを移せたとして
およそ六千億年かかるという計算だそうだ。

それがどうした~~~と醒めてもらっては困る。
少々の人生の苦労など気にしないことである。

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徹底的な自己管理の世界

2010-10-26 16:41:09 | 相場の張り方
相場は「徹底的な自己管理の世界」である。

自己管理とは感情の抑制である。感情は「喜・怒・欲・哀・楽」である。
すくなくとも相場において勝利しようと思う人は厳しい自己管理を常に
意識しなければならない。

人間の喜怒欲哀楽は、自然なものである。面白くない時は面白い筈がない。
腹が立つ時は、誰でも腹が立つ。
しかしそれをそのまま感情のおもむくところに従っていては人間、幼児の
ようなもので底が浅いと見られるものである。
嫌なものは嫌、きらいなものはきらい。これはもって生まれた性格だから
仕方がない。という。しかし、相場の世界では通用しない、成功する筈がない

高いと買いたい。安いと売りたい。持ち合うと判らない。
これが相場の人気である。そして人気の裏を縫っていくから高値を掴み
安値を売り込みになる。
自己管理とは精神的、物質的、体力的、時間的な束縛であるから喜怒欲哀楽を
常におもてに出していては、感情を管理しているとは言えない。

江戸時代の相場金言に「待つは仁」というのがある。
待つとは、待てば海路の日和かなの待つである。待つためには体力的、資金的
精神的な面でのガマンであり、読みである。

易経では待つを「需」と書く。待つは須とも言う。須と書いて待つ。
同じ待つでも意味が変化してくる。

要するに相場の世界に限らないが、感情を感情のままに生きないという事が
どれだけ難儀であるかが判って努力するところに成長があって、
進歩があるということであろう。

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