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相場三昧 マーケットウォーカー

株・商品・FXマーケットに立ち寄る
SOUL, SMOOTH JAZZを愛するトレーダー

 

ホドホド

2011-02-17 16:19:05 | 相場の張り方
豪商何某の話
相場が安くなってしまい売り叩かれ、仕入れた商品は元金を割って
投げ売るしかない。仕方ないと心を放しているうちに、相場は上昇しだし
何故あれほど心を痛めたか、など忘れてしまった。
その時に売ってしまえば一割ほどの利益になったのに、せめて二割くらいは
儲けたいという気になった。その時の仲間内の人気といったら、私の持っている
商品を売ってくれ、売ってくれとやかましい。
自分は欲に目がくらんで、もっと高く売ろうと思っているうちに相場は
下がり出して大損してしまったのです。

この時に悟ったのが損得にびくびくしていては商法にならないという事です。
そのような心配をしなくてよい方法はないものか。
自分の気持ちが冷静である時に確り思い極めておき、その時の相場動向や
人気に左右されず、当初に決めたところで欲を出さず売りさばく。

古人言う。
業は勤むるに精しく勤むれば必ず其極致に達すと。諸学人、請ふ、怠るなかれ。
相場の世界も、つきつめていえば「全てこれ心中の惑い」ということ。

理屈は判っていても・・・、(苦笑)

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天の与うるもの

2011-02-07 14:53:09 | 相場の張り方
運がついてきたとか、どうも運が悪いということは人間誰でもあることで
その運がどこから来るか、ということになる。
運は天にありというが、それは言葉の問題であって果たして天にあるか
どうかは判らない。
はっきり判っている事は吉兆循環、周期ということである。

人間万事、塞翁が馬というのも三年鳴かず飛ばずというのも要するに
運命の循環を言う。

世のため、人のために一生懸命、善行を積んでいる人が恵まれているか、
というと必ずしもそうではない。どんな悪党でも幸運盛運というものは
あって人の善悪で運と言うものが左右される訳ではない。
勿論、悪い事ばかりしていては自然界の定めで天網恢恢疎にして漏らさず
と言う事は、よくあることである。

人によって、運の強い人と弱い人がある。これは生まれた時からの因縁である
「天の与ふるを取らざれば、かえってその咎を受く」と言う言葉がある。
これは後段の「断ずべくして断ぜざれば、かえってその乱を招く」
と言う言葉を強く打ち出す意味もある。

相場で笑いが止まらぬほど儲かると言う事も天の与ふるものである。
同時に、あれほど儲けた人が、曲がりに曲がって・・・と言うのも
天の与ふるものである。

天の与ふるものとは何であろうか。
盛運・幸運・薄運・衰運 これすべて天の与ふるものである。

Euge Groove Romeo & Juliet
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いかに美しく生きるか

2010-12-14 15:20:54 | 相場の張り方
中世ヨーロッパの騎士道も江戸時代の武士道も、人はいかに美しく生きるか。
その死に方がいかに美しいかが、最大の問題であった。
要するに、人はどう行動すれば美しいかということである。

例えば貴族社会や富裕階級世界だけの狩猟、ギャンブルにしても戦争とともに
精神と肉体を鍛錬する高雅な遊びの一種である。
貴族社会のギャンブルは、お金を稼ぐためのものではない。美しく着飾った
紳士淑女が取り巻く中で、どんなに大きく負けても平然として、賭けを続けて
いくことに意義がある。

これは、お金など掃いて捨てるほどの富を、対外的にどれだけ誇示できるかが
問題なのだ。豪華なヨットにしても、狩猟にしても、すべて経済的なゆとりの
誇示である。それは高度な精神的緊張と、ありあまる財と、教養・知性を
張り合う真剣な闘争でもある。
一般庶民の世界での次元とは違う。

貴族や富裕社会は、経済的な無駄は承知の上である。
ヨーロッパの学問、絵画、音楽、建築等は王侯、貴族や大金持ちの途方もない
金銭的なバックアップのもとに発達してきた。
大金持ちの知的・精神的な遊びが道楽である。

日本でも利休のお茶の世界に戦国大名のそれがうかがえる。
文化とは、何の意味を持つか何の役に立つか判らない学問や研究、芸術活動に
無駄を許し、莫大な金銭を投げ捨てるゆとりによって花開くものである。

現代では日本に貴族社会はなく、大金持ちは税金によってそのようなゆとりは
ないが、国や企業がそれに代わる存在である。
それもいつまで続くか・・・。

ナポレオンの軍隊が強かったのは兵士の軍服が見事なほどきらびやかであった
ことによる。
ナチスの軍服も、江田島の海軍兵学校の服装も精鋭を集めた。

人間はいかに美しく生きたいか である。

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松辰・開運大法則

2010-12-03 14:55:44 | 相場の張り方
相場世界で運のついた相場師や、運の欠けた相場師の姿を見ていると
まさしく運とはなんぞやと思うことばかり。
運は天にあり。これは中国古代の思想である。運が天にあるのならば、
天の意志に叶う事を研究しなければならない。
少なくとも天の意志に逆らった考え方や行為、生活をしてはいけない。
勿論、世の中には勢い盛んにして、天に逆らうようなことをしていても
咎めがないように見えることもある。しかし人間界には
「人、天に勝ち、天、定まって人に勝つ」という厳然とした法則がある。

明治年間の大相場師で百戦百勝とうたわれた松辰こと松村辰次郎氏は
明治40年、新宿の広大な大名屋敷跡を買って「新宿将軍」と称され今の
お金で一千億円相当を儲け、贅のかぎりを尽くした。
しかし新宿将軍もひとたび運のつきが離れると、見る見るうちに
暗夜行路の地獄落ちで、晩年は不運であった。
この経験を記したのが「松辰・開運大法則」の遺稿である。

公益を害する相場は成功しないというのが芯である。
社会に迷惑を及ぼすような相場は、いかに盛運・幸運の持ち主でも
いずれ幸運から見放される。ただそれが判っていても松辰は落ちてしまった。

「開運大法則」は没落してから書いたものである。
人間、大儲けしている時には、モノを書いて後の人に残そうという気には
ならない。大損してから、しみじみ書くものである。

いつの世もバブルは発生して弾ける。循環といえば循環か。


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因果、結集、相対

2010-11-26 16:20:39 | 相場の張り方
あらゆる現象には、必ずその原因があると荀子は説いている。
そして全てのものは同類が集うものである・・・と。

栄誉なり恥辱なりは相応の徳が原因である。即ち自分に等しい物事が発生する。

一様に並べた薪でも火を近づければ、乾燥した方から燃え出す。
一様に平らにした土地でも水を流せば、湿った方に流れていく。
植物は種類ごとに発生するし、獣は種類ごとに群居する。
すべて物は同類が集う。

以上を相場に当てはめて、非常に重要な箇所があるように思う。

相場の高安。上げ下げ、もち合い、天井・大底。
そのような現象には、原因があっての事で因果というべきかもしれない。
底が入った相場は天井まで上昇する。天井つけた相場は底が入るまで下落する。

同類の結集という問題は、強気は強気。弱気は弱気。まがり屋は曲がり屋で
相場の強弱を語らい、ちゃぶつく人は、やはり同類で集まっている。
そして、ここに対立物の相互転化の法則という老子の哲学によって
「強材料は弱材料。弱材料は強材料」というふうに必ず相互転化の運動がなされる

「因果」「集結」「相対」
この三原則によって相場もリズムをもって進行し、「喜怒哀楽」「春夏秋冬」
「幼青壮老」循環している。


あの日に帰りたいー坂本冬美
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