さらば、グゥフィー (その2)

2021-12-05 09:54:25 | 随筆
警察署に着き、ごみ袋を手にして建物の中に入った。 週末の早朝なので、誰もいない。 受付まで行くと、ガラスの向こうに男性の警察官が座っていた。 にこりともしない。 

「おはようございます。 先ほど電話をした者ですが。」
「おはようございます。 それが、例の?」

そうです、と言って袋を渡す。 彼はビニール袋の中をちら、とだけ見ると、それを机の下に置いた。 ひと通り私から情報を得た後、何事もなかったかのように、

「Thank you. Have a great day.」(ありがとうございました。 よい一日をお過ごしください。)

とだけ言い、あちらを向いてしまった。 え、何? これだけ? 慌てて尋ねる。

「ちょっと待ってください。 彼らを連行し、尋問などしないのですか?」

お巡りさんは、相変わらず不愛想な顔で答えた。

「No.」

No... って、どういうことだ? 私は突如早口になり(腹が立つと、弾丸が飛ぶように喋りだすのが私の悪い癖である。)、質問した。

「え、何ですって? 何もしないという事ですか? なぜです?」

彼は、これだから無知な一般市民はイヤだ、とでも言わんばかりの態度で説明を始めた。

「Well, listen closely. (いいですか、よく聞いてください。)」(なぁにが、リッスン クロースリーだ! 人を小馬鹿にしよって!)

以下は警察官の説明である。

考えてみてください。 もし誰かがあなたを陥れるため、こっそりとお宅の車のそばに、麻薬の袋を落としていったとします。 そのあと、警察署へ引っ張っていかれ、尋問を受けたらどんな気持ちになりますか? この袋は地面に落ちていたのであって、お隣さんの車の中にあったのではありません。 彼のポケットの中から、引っ張り出したものでもありません。 要するに彼の所持品であるという、証拠がないのです。

証拠なら、その袋に張り付いているであろう指紋だ! それを調べないのか、と私は息巻いた。

「ノゥ...。」

ならせめて、その白い粉がコカインか、片栗粉なのか、ということをはっきりさせる為の臨床検査くらいしたらどうだ!

アメリカではそれぞれの州において、法律も微妙に違い、テキサスでは「片っ端から囚人を死刑にする。」などと言われる。 ここ、ヴァージニアのポリスは、麻薬の取り締まりをしないのか? ここでまた質問をする。

「ではあなたたち警察は、その袋をどうするのです?」
「捨てます。」

私は数秒間、無言でお巡りさんを睨みつけたまま、そこに立っていた。 (ヴァージニアのぼんくら警察! 税金ドロボー! 役立たず!)と心の中でさんざん罵った。 疎ましい連中を、ピーチロードから追い出すという希望は粉々になった。 すると追い打ちをかけるように彼は言った。

「あぁ、それからですね。 次回は、絶対にこういったものに触らないようにしてください。 麻薬と言っても、いろいろありましてね、下手に手に取り、ほんの少し吸引しても体に大きな被害を受けることがあります。」
「あ、そーですか。 それはご丁寧にありがとうございます。 どうぞご心配なく。 ゴム手袋をはめていましたし、鼻の近くへ持っていってクンクンとか、しませんでしたからっ!」

その後頭が冷えてから、考えた。 私の週末を台無しにしたのは、別にあの警察官でもなく、己が勝手に妄想し、勝手に期待を持ったのがいけなかったのだ。 いい年をしてみっともない。 やれやれ、それならば、彼らの賃貸契約が切れるまで待つとしよう。 どれくらいの期間だろう? あと半年、それとも一年か?

それから2か月ほど、私は黙々とゴミ拾いを続けた。 さて、これはつい昨日のことだが、夕方の5時ころに誰かがドアをノックした。 一日孫娘の子守をしたが、嫁のダイアナがそろそろ迎えに来る時間だった。 しかし彼女は鍵を持っているので、ノックなどしないはずだが。 ブラインドの隙間から覗くと、マテオがそこにいた。 彼は小さな建設会社の社長である。 古い家を購入、改築し、テナントを入れるというビジネスをやっている。 自ら大工仕事もし、なかなか忙しいらしい。 数年前に、お隣の改築工事をしている時に知り合った。 

「あら、マテオ。 久しぶりね。 元気?」
「うん、コロナにも掛からず、何とかやってるよ。」
「そう、それはよかった。」

この後、彼は何かを説明しようとしているらしく、言葉をさがしている。 

「あの、何か?」
「実は、フィービーに謝ろうと思って...。」
「謝るって、何を?」

以下は、マテオから聞いたこと。

いや、本当に申し訳なかった。 よく調べもしないで、連中に家を貸したけど、とんでもない奴らだったよ。 そのせいで、フィービーだけじゃなく、どうやら近所中に迷惑をかけたらしいね。 あの凶暴な犬にしても、契約書にペットはダメって書いてあったのに、平気な顔でサインをした後、隠して連れて来たんだ。 庭はゴミだらけだし、家の中もめちゃめちゃにされたよ。 今奴らは、これから住む家を探し回っているらしいけど、先月中には出て行ってくれと言い渡したんだ。 今日は、もう12月の2日だろ? 呆れたことに、まだ家の中にいろいろガラクタが残っているらしい。 今、ポリスが来るのを待っているところなんだ。 

改築したばかりの家に損害を受けた彼は、疲れた様子だった。 警察に介入してもらわねばならなかったほど、厄介な人たちだったらしい。 マテオには気の毒な事だったが、私は天を仰いで神に感謝した。

このあとダイアナが孫娘を迎えに来たが、彼女に向かって私は言った。

「魚を買いに行こう。 今日はあなた達の大好きな、握り寿司を作ってあげる!」

嫁は喜んで、キャーッと黄色い声を上げた。



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