裏返しのパンツ

2021-11-21 02:03:27 | 随筆
以前、「ゴムのパンツ」という記事を載せた。 ここで書いた「パンツ」は、
アメリカで、pants
イギリスで、trousers
日本では、ズボンと言われるもので、下着のことではない。 

だが今回の「パンツ」は日本でいう下着のことで、私が子供の頃、田舎の祖母はこれを「ズロース」と言った。 父の転勤に伴い、東京へ6歳の時に転校をしたが、甲州弁丸出しで、このズロースという言葉をクラスメートの前で使い、大笑いされた記憶がある。 

「東京のボコ(子供)は、意地が悪いダ。」

と傷ついた。 

あれから60年近く経つが、現在はアメリカのヴァージニアで暮らしている。 年を取ると、若かった頃にはどうでもよかった様な事が気に入らなくなる。 そのうちの一つは、下着の縫い目、縫い代。 それが直接肌にあたると、どうも嫌だ。 であるから、私は裏返して着用する。 パンツと言えば、作家で医学博士の故.北杜夫氏は、学生時代に寮生活をしていたが、洗濯をすることが億劫だった。 彼は自叙伝に記したが、何日も同じ下着を着続け、どうしようもなくなるとそれを裏返してまた数日間使う、ということをした。 当時(第二次世界大戦末期、直後の時代)の学生たちはみなこのような事をしていたらしい。

これも蛇足だが、昔私は水泳のインストラクターをしていた。 毎日のレッスンが終わると、更衣室でシャワーを浴びて帰宅するのだが、ある時熟女が度肝を抜くような下着をつけているのを見て、びっくりしたことがある。 上下ともギリギリの線で隠すほどしか布の面積が無く、痛々しかった。 若い女性たちがこのようなものをつけていたら、「あら、かっこいいわね。」と思うだろうが、彼女はどう見ても60を過ぎていた。 おばちゃんがセクシーな下着をつけてはならない、という法律はないのだが。

さて、話を戻そう。 であるから、私は下着を裏返して穿くようになった。 ある時友人宅を訪れたが、太ってしまったので私に服を何枚かくれるという。 彼女の寝室でワンピースを試着したが、目ざとく友人は言った。

「あら、フィービー。 裏返しになっているじゃない。 朝そんなに急いでいたの?」
「違う。 わざとこうしているのよ。 縫い目が肌に触れるのが嫌だから。」

数秒間黙っていたが、彼女は口を開いた。

「あのさ、言いたかないけど、私たちもう還暦過ぎてるよね。」

私は少々ムッとして答えた。
「So what?」(だから何なのよ?)

「いつ何が起こるかわからないじゃない。 救急室に運ばれた時に、身ぐるみ剥がされるのよ。」
「え...。」

もしパンツを裏返して穿いていたら恥をかく、ということだ。 かなり以前、雑誌で読んだことがあるが、ある家庭でおじいさんが脳卒中で倒れた。 意識はない。 当時はこの場合、患者を動かしてはならないというのが鉄則であった。 しかし救急車が到着する前に、家族総出で苦労をして、彼のパンツを新品の物に穿き替えさせたそうだ。 これを読んだのは私がまだ20代の頃で、不謹慎だが笑ってしまった。 だが現在、己自身がこの年になり、そういうことも無きにしもあらずとなった。 うーん、一理あると頷く。

その後もう一人の友人に電話をかけた。

「あのね、そういうことだから、パンツを裏返すのは止めたほうがいいかな?」

看護師である彼女は言った。 

「Don't worry about it.」 (気にしなくてもいいわよ。)

以下は、長年救急室で働き続けたプロから聞いた話である。

裏返しのパンツ? フン、そんなもの何でもないわ。 朝から晩まで救急患者の世話をしていると、いろいろな場面に出くわすけど。 ある日、すごく体格のいいおばちゃんが運ばれてきてね、意識がなかった。 私たちは猛スピードで服を脱がせたけど、パンティーを取った後でみんなの手が止まっちゃったのよ。 なんでかわかる?  この人、男だったの。 ブラジャーの中に、たくさんパンストとティッシュペーパーが詰まっていたわ。

安心した。 



 
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アメリカの嘘つき商品

2021-11-14 00:26:10 | 随筆
「これが Sサイズ? 嘘でしょ!」 私は婦人服売り場でシャツを手にし、憤慨していた。 

アメリカに来てから40年以上経つが、昔はこれほど酷くなかった。 「肥満国、アメリカ」という記事を以前書いたが、2021年現在、この国の成人36.5%は obese( 肥満)で、32.5%は overweight (太りすぎ)という統計が出ている。 であるから、アメリカ成人人口の2億5834万人の3分の2が太りすぎなのだ。 

日本語の「肥満」と「太りすぎ」という言葉の間に大した差はないように感じるが、英語の obese と overweight の間には、大きな違いがある。

overweight というと「一般的な肥満」を表し、こんなにおなかが出てきてしまった、少しダイエットしなければ...程度のものである。

obese は「病的肥満」を表す。 糖尿病、心臓病などの問題を併発し、日常生活に支障をきたす。

この obese にさらに morbidly という言葉を付け足し、 morbidly obese というと、自力で動くことができなくなるほど太ってしまった状態のことを言う。 日本で overweight, obese の人たちを見ることはあろうが、さすがに「モービッドリー オビース」はいないだろう。 

1983年に41歳で亡くなったある男性は、体重が1,400パウンド(635キロ)あった。 morbidly obese の患者が亡くなると、自宅から葬儀社へ遺体を移動させる時、ドアを通過することができない。 であるから、壁を壊す。 ある人は、自分のサイズに合う服を見つけることが不可能になり、年がら年中全裸で過ごすことになった。 外出もままならず、自宅のベッドの上での生活を余儀なくされ、沐浴、排せつ時も人の手を借りねばならない。 またある女性は、体重が600パウンド(約272キロ)に達した時にようやく減量の決心をした。 その直接的なきっかけは、用足しの時に「便器をこわしてしまった。」ことであった。 腰かけた時に、陶器製の器が、ばりばりと音を立てて崩れたそうな。 

さてある日、私は家電製品の買い物をしたが、不良品であったので返品のため店へ戻った。 カスタマーサービスの窓口で、セールス担当者は誰であったかと聞かれたが、彼女の名前を憶えていなかったので、説明をしなければならなかった。

「えーとですね、白人女性で、年は40代、蒼い目で、髪はブルネット...」

このような容貌の人はたくさんいる。 私はどう言っていいかわからず、あーうーと口ごもった。 すると店員は、
「Was she chubby? (太った人ですか?)(チャビーと発音する。)」
と聞いてきた。 はいそうです、と答えた後、この女性のことを頭に思い出し描いた。 背はそれほど高くはなかったが、肥満体の彼女は広い店内を歩き回るのも辛そうだった。 後ほど、このような状況下で、どんな言葉を使えば失礼にならないのかと友人に聞いたら、

「そうねぇ、まさか fat とはいえないわよね。 plump はどうかな?」と言った。 プランプ、か。 なるほど。 

我が国、アメリカの肥満問題は由々しき事であり、少しも改善方向に向かっていない。 いろいろな原因はあるが、衣服製造業界にも責任があると私は信じる。 客たちの体系は、昔から少しも変わっていないどころか、ますます大きくなってゆく。 ここで彼らを安心させ、購買を促すために「嘘」をつき続けてきたのだ。 身長158.5、体重52キロの私はアメリカでは Sサイズだ。 久しぶりにシャツを買おうと一番小さいものを手に取ったが、それは日本であるならば、LLサイズとなるであろう大きさであった。 太り続ける客たちに向かって、

「大丈夫ですよ。 あなたは L サイズなどではありません。 小さな小さな、S ですよ。 安心してたくさん買ってね。」

と、ウソをついているのである。 日本にいる私の妹や姪などは小柄なので、アメリカで衣服を買おうと思ったら、子供服売り場へいかねばならない。


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