続編

2023-12-30 01:04:56 | 随筆
何だ、これは? 

ある小説を読み終わり、その終わり方に何とも言えない後味の悪さを覚えた。 山本周五郎作、「寒橋」である。 

周五郎氏(1903~1967年)は、昭和の売れっ子小説家だった。 彼の短編集の多くはハッピーエンドで、悪者が成敗されたり、貧しい主人公が幸せを手に入れたりと、読んでスカーっとするものが多いのだが、「寒橋」はどうもいけない。

簡単にあらすじを要約すると、時三とお孝と言う若夫婦がいて、お孝の年老いた父親と暮らしていた。 夫婦の間に子はいない。 時三は入婿で、女中のお民と過ちを犯し孕ませてしまう。 お民は二つ身となる為、よその土地へと離れるが、お孝は赤子の父親が誰であるかという事に疑惑を抱く。 亭主は保身の為、妻に詰め寄られても否定を続ける。 病の床にあるお孝の父親は、娘夫婦の幸せの為と、噓の告白をする。 「子供の父親はこの俺だ。」 それを信じて安堵したお孝は、お民の子が産まれたら、引き取り育てようと、時三に提案する。  「あんたのことを疑って私が悪かった。 許して。」と涙ながらに詫びる妻を抱きしめる時三。 女房が寝てしまった後、こっそりと起きだし、おとッつぁんの仏前で手を合わせる時三。 めでたし、めでたし。

何だ、これは? な~んなのだ!  はっきり言わせてもらうが、これは所詮男が書いた小説だ。 妻を裏切り、義父の偽証に尻を拭ってもらい、はい終わり。 納得がいかない。 周五郎氏よ、あなたはこれを執筆中、女性読者たちの気持ちなど全く考えてはおられなかったようだ。 あまつさえ、なぜ罪のないお民に涙をぼろぼろ流させ、阿呆な亭主に向かって謝らせるのだ! 「あんた、あたしが悪かったわ...。」 ええぃ! 黙れ、黙れ、黙らんか! 久々にこんな胸糞の悪い小説を読んで、一日が台無しとなった。 

そこで私は留飲を下げる為、周五郎氏には無断で「続編」を書くことにしたのである。 

「寒橋、続編」
それからしばらくして、時三とお孝はお民の産んだ子を引き取った。 自分の腕の中で安らかに眠る嬰児を見て、お孝は至極満足であった。

お玉と名付けられた女の子は健康で、すくすくと育った。 が、あにはからんや、子が成長を遂げてゆくにつれ、お孝の心の中には消し難い疑惑が広がっていった。 なんとなれば、お玉は時三に酷似していたからである。

ある晩、お孝は蒼白な面持ちで時三に詰め寄った。

「どうやらあたしは、二回騙されたようだね。 この子のいったいどこが死んだおとっつあんに似ているっていうのさ? それどころかあんたの腹から生まれてきたみたいに、あんたに生き写しじゃないの! さぁ、さっさと白状おし! この子はあんたがお民に産ませた子なんだろ!?」

時三はうわずった声で吐露した。

「す、すまねぇ。 許してくれ! おとっつあんの言ったように、お互い許しあって生きていこうじゃないか...。」

激昂したお孝は、亭主の顔面に女のものとは思えない力の拳骨を叩きつけた。 時三はあっと言って顔を手で覆い、畳の上に伏す。 数日前に張り替えたばかりの青い畳の上に、男の鼻血が飛び散った。 お孝は声を振り絞る様に叫ぶ。

「おふざけでないよ! もう一度言わせてもらうけど、亭主と父親の二人に騙されて、おまけにあんたが女中に産ませた子を育てる羽目になったんだよ! 二回も口を拭っておいて、よくもそんな事が言えるわね! えぇい、出てけ、この家から出ていけ!」

スゴスゴと風呂敷を広げて荷づくりをしようとする時三に、お孝はじろりと物凄い視線を投げた。

「ちょっとお待ちよ。 一体全体、何をしているのさ?  この家の中のものは全部あたしのもんなんだ。 今あんたが着ている着物だって、あたしがつくってやったんじゃないか。 裸で出ておいき!」

目を白黒とさせ、戸惑う時三の着ているものをむしり取ったお孝は、下帯ひとつとなった哀れな男の背に赤子をくくりつけ、夜空の下へ追いやった。

女を欺くと、ろくなことにはならぬという訓戒話である。

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