世界三大美女 (その2、楊貴妃)

2023-02-01 13:57:27 | 随筆
楊貴妃が寝室へ消えてしまってから、しばらく居間はし~んとしていた。 エジプト女王は欠伸をしながら両手を天井へ伸ばし、ストレッチを繰り返していたが、小野小町はブスッとそっぽを向いていた。 私はというと、先ほど入手した情報を逃すまいと、メモの整理に忙しかった。 

「あなた達、何の話をしていたの?」

パッツィーは、むき出しのお腹をポリポリと長い爪で搔きながら言った。 それには答えず、コマっちゃんは反対に尋ねる。

「あなた、この時期にお腹を丸出しにして、寒くないの?」

女王も、質問を返す。

「あなたこそ、バスローブの様なモノをそんなに何枚も着込んで、暑くないの?」
「日本の宮中では、こういうものを身に着けるのよ。 みだりに肌を見せるのは、下賤の者達のすることです。」
「何ですって!?」

ここで私は、割って入った。

「まぁ、まぁ、みんなせっかく遠くから来たんだから、仲良くしましょうよ。」 

砂漠の女王はフンと笑って、小町に話しかける。 

「さっき私の言ったことが気に障ったのなら、ごめんなさい。 でも気にすることないわ。 あの中国人の女だってあなたと同じ平民出身よ。 彼女が名族の出だとか言う人もいるけど、疑わしいわ。 あの一族は野卑で、とても良家のお嬢さんとは思えないし。」

少し前に、大きな口を開けてアハハと笑ったヤンの顔を、私は思い浮かべた。 パッツィーは、続ける。

「ヤンは、私が何も知らないと思っているらしいけど、ようく知っていますとも。」

おや、また始まるらしい。

「彼女、最初は皇太子に嫁いだけど、あろうことか皇帝の玄宗は自分の息子の嫁に横恋慕して、我が子から嫁をうばったのよ。 自分の舅といっしょになるなんて、よくそんなことができたわね。」

(あら? 自分の事は棚に上げたな。)

以下は、エジプト女王から得た情報の要約である。

ヤンは玄宗が己に夢中なのを良いことに、自分の姉たち、その家族、従弟たちなどと、一族郎党で官庁を埋めた。 その後、楊一族は横暴の限りを尽くし、民達から嫌われる。 また、金銭を湯水のように使い贅沢の限りを尽くし、夜毎宴会を催す。 なんでもヤンはライチが大好物で、日持ちの悪いこの果物を遠方から早馬で届けさせたりしたらしい。 (私は40年ほど前、アメリカで初めてライチを食べたが、あまりの美味しさにびっくりした。 口中で、つるりつるりと滑り続ける食感が何とも言えない。 現在の日本で入手することは難しくないだろうが、こちらでは少々割高な果物である。)

さて、ヤンに首ったけであったジイさんは、ある日彼女と痴話ゲンカをした。 お前なんか出ていけと美しい恋人を追い出したのはいいが、彼女がいなくなった途端に恐ろしく不機嫌になった皇帝は、哀れな側近を鞭で叩いて八つ当たりをした。 なんとも器の小さい男だ。 

私は背中を丸くしながらメモ取りに忙しかったが、少し間をおいてパッツィーは、締めくくった。

「それにしても、あのおデブさんが美人って何? 美食しすぎじゃないの? 何かに書いてあったけど、太りすぎで夏はたくさん汗をかいて、臭かったそうよ。 あんまり太っているから、皇帝にこう言われたらしいわ。 風が吹いても、お前なら飛ばされることはないだろうってね。」

私は、ぶーっと吹き出しそうになるのを、かろうじて抑えた。 コマっちゃんが、にやにやしながら言う。

「まぁ、中華料理は高カロリーだっていうからね。 でもおデブさんはかわいそうよ。 豊満と言ってあげたら?」

その時、階段がギシと鳴ったので、我々は即座に口を噤んだ。 振り返ると、大きなお尻を持て余すようにしてヤンが地下室から上がってきた。

同時にコマっちゃんが、私に向かって言う。

「ねぇ、お手数ですけど、何かに着替えたいの。 十二単はさすがに重いわ。」

こちらへと、私は彼女を地下室へ誘い、木綿の浴衣とバスローブを渡した。 どうぞごゆっくりと言い、居間へ戻る。 するとエジプトと唐の客たちは案の定、額を寄せ合ってひそひそ話をしていた。

「世界三大美女 (その3 小野小町)」に続く。
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