世界三大美女 (その1、クレオパトラ)

2022-12-19 10:22:55 | 随筆
さて、エジプトからクレオパトラ、唐の国から楊貴妃、そして日本から小野小町がアメリカの我が家にやって来た。 世界三大美女と言われた彼女たちは、我こそが最高の美貌を誇る者なりと言わんばかりに、着席後ハンドバッグからコンパクトなんぞを取り出し、髪を押さえたり化粧パフで鼻の頭をたたいたりしている。 私はしばらくの間、それを面白そうに見学していたが、おもむろに口を開いた。 

「さて、それでは始めましょう。 それぞれ自己紹介をしてください。 パッツィー(クレオパトラ)からどうぞ。」

「クレオパトラ7世です。 エジプト、プトレマイオス朝の、えへん、女王です。」

パッツィーはどんなもんだ、と言わんばかりに楊貴妃と小野小町のほうへ顎をぐいと突き出した。 それをものともせず、ヤン (ヤン グイフェイ、楊貴妃)は言った。

「ヤン グイフェイです。 唐国の皇帝、玄宗の妻、おほん、つまり皇妃というわけね。」

「はい、それではコマっちゃんの番ね。」と私は小野小町を促した。 彼女は明らかに憮然とした表情で言う。

「...小野小町です。 後宮でOLをしていました。 でも...それだけではなくて、私は著名な歌人でもあります。」

OL、と聞いた時点でパッツィーとヤンは、これは自分の競争相手には値しない、とでも言いたそうに唇の端を持ち上げてニヤリとした。 エジプトからの客は彼女を見つめて言った。

「あら、OLなの? ふ~ん、お茶くみって、辛くない?」

コマっちゃんの眉間にギリギリと癇癪筋が立つのを見てとった私は、慌てて言った。

「はい、どうもありがとうございました。 パッツィー、国を統治するには並々ならぬ苦労が多かったでしょうね。 少し話してちょうだい。」

女王は、待ってましたとばかりに、話し始めた。 自身の一族郎党に関する長~い説明は、彼らがいかに純粋で高貴な血筋を保ってきたかという事から、男たちが彼女の美貌に翻弄された様子等々にいたるまで、ぞろぞろと自慢話が続いた。 はっきり言うが、他人の自慢話を聞くことほど退屈なことはない。 自己満足をするために、時として人は他の者たちをうんざりさせることがある。 

この時パッツィーは、まさしくそれをやったのだ。 私は、ヤンとコマっちゃんのほうを盗み見した。 ヤンは大福餅を食べた後、口の周りについている白い粉を拭うため、再びコンパクトをのぞき込んでいる。 コマっちゃんは面白くなさそうに、湯飲みを両手で包み、それを何度もさすっていた。 

しばらくひとりでしゃべり続けたパッツィーは、一段落したところで、はぁとひと息つき、私に向かって言った。

「ああ、疲れた。 時差ボケで頭がクラクラするわ。 フィービー、悪いけど地下室の寝室で一休みしていいかしら?」

いつぞや彼女が我が家に来た時、地下室の寝室に泊めたのだが、そのことを覚えていたらしい。 私は、どうぞと言った。 エジプト女王は地下室への階段を、ギシギシと音立てながら降りて行った。 その音が途絶えるや否や、ヤンは身を乗り出して言った。

「あきれた。 なんてお喋りなのかしら。 私達が何も知らないと思って、よくもあそこまで自分をヨイショできたわね!」

コマっちゃんは、十二単の襟を少し緩めて相槌を打った。

「本当よ。 女王様だなんてお高くとまっているけど、男を次から次へと手玉に取った、ただの淫売婦じゃないの。」

「淫売婦」とは少々言い過ぎだが、よほど腹に据えかねたのだろう、彼女は細い目をさらに細くして続けた。

「言わせてもらいますけど、えぇ、言わせてもらいますとも! 王族血筋だか何だか知らないけど、要するにただの近親相姦じゃないの。 最初は弟のプトレマイオス13世と結婚して、その後はまた別の弟のプトレマイオス14世と再婚して...薄気味が悪いったらないわ。」

ここでヤンが加勢した。

「そうそう。 それで、姉弟喧嘩だか、夫婦喧嘩だか知らないけど、二人の間で権力争いを起こして内戦になってしまったのよ。 みっともないわね。」
「全く、権力の権化だわ。 その後おとなしくしていればいいのに、ジュリアス シーザーの子供を産んで、挙句の果てには、既婚者だったマルクス アントニウスを彼の奥さんから奪って、略奪結婚までしたのよ!」
「え~っ、サイテ~!」

彼女たちのゴシップ会話を聞きながら、私は一生懸命メモを取った。 美女たちの話に拍車がかかる。

「あの女、なぜアントニウスに色目を使ったか分かる? 内戦に使う資金不足でそれをローマ帝国からチョロまかすつもりだったのよ。 要するに、金目当ての結婚ね。 アントニウスもアホよ。 惑わされて外国人の女、クレオパトラと結婚したはいいけど、その後国民から総スカンを食らったんだから。」
「自業自得だわね。」

ヤンは話を続けた。

「彼女はね、アントニウスの友人である、ユダヤ王国のヘロデ王にまで色目を使ったのよ!」
「本当、それ?」
「嘘を言うもんですか。 自分の亭主の友達にちょっかい出す女なんて、最悪よ!」
「すご~い!」

小野小町の細長い、糸の様な目が興奮してだんだんと大きくなってきた。 唐美人は続ける。

「それでその後、どうなったと思う? なんとヘロデ王から拒絶されたのよ。 アハハ! 痛快じゃないの! この男も自分の色香に迷って、意のままになると思ったんじゃない?  彼女、煮ても焼いても食えないわよ。 亭主が遠征から帰ってくると、ヘロデ王の領土を攻めて、自分にそれをくれと言ったのよ。」
「まぁ、なんて厚かましい!」
「もちろんアントニウスは断ったわ。 それで彼女、へそを曲げたんだけど、その後、ヘロデに色目を使ったことが旦那にばれてサァ。」
「おやおや、ひと悶着あったでしょうね。」
「もちろん! 結局、アントニウスはローマ帝国中から売国奴呼ばわりされて、それで失脚したのよ。」

ふぅと息をついて、唐の国の皇妃は静かになった。 ここで小野小町が話し出す。

「これはね、私自身の個人的な意見なんだけど、あの人全然美人じゃないわ。 彼女をようく見てごらんなさいよ。すごい厚化粧しているけど、やけにオデコが広くて出っ張っているし、鼻はデカいし、はっきり言ってブスだわ。 クレオパトラが絶世の美女だなんて、後世作られた嘘話だって、みんな言ってるじゃないの。 発掘された硬貨に刻まれた肖像画を見たって、それははっきりしているわ。」
「確かにあれを見ると、全然美しくないわね。」と私は同意した。

「でしょ~っ!」と二人が声を上げたところで、地下室への階段がギシと音をたてた。 途端に、我々は静かになる。

「あ~、よく寝た。 あなた達も少し休んだら? 疲れがとれるわよ。」

女王の提案に同意した楊貴妃は、ゆっくり立ち上がり言った。

「それではお言葉に甘えて、失礼するわね。」

「世界三大美女 (その2 楊貴妃)」に続く。



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世界三大美女(序章)

2022-12-19 10:07:56 | 随筆
「退屈だな...。」

3歳になった孫娘が保育園へ通うようになってから、半隠居生活の様な日々が続いている。 次男夫婦が共働きをしているので、3年間彼女の面倒を見た。 ようやく孫の育児から解放された時は、余暇もでき、嬉しかった。 今までやりたくても時間がなくて出来なかったキルト作りを始め、クイーンサイズのベッドカバーを数週間で完成させたり、中途半端になっていたショパンのワルツを練習したりと暫く忙しい日々が続いた。 しかし、ある日突然熱が引いたように、ぼんやりした。

さて、今日は何をしようか? 大好きな畑仕事も、この寒さで地面が凍てついてしまったので、出来ない。 そろそろクリスマス休暇で、ピアノ教室の生徒たちもレッスンを休んでいる。 

それではと、客を三人お茶会に招待することにした。 手製の大福餅を作り、茶の準備を整えていると、一番最初の客がやって来た。 ドアを開ける。

「あら、パッツィー(クレオパトラの愛称)、早いわね。 空の旅はどうだった?」と、私は聞いた。
「エジプト航空は便数が少ないからね、遅れないように早めに来たわ。」と、クレオパトラは答えた。 彼女が座ると同時に、楊貴妃もやって来た。

「こんにちは。 あー、疲れた。 エア チャイナはサービスが悪いわ...。 悔しいけど JAL のほうがよっぽど上等ね。」

そうして、最後に小野小町が到着した。 
「まったくもう、十二単なんて着てくるんじゃなかったわ。 エコノミークラスだったから、裾を踏んづけられたりしてさんざんだったわよ。」

お疲れ様、と言って私は彼女たちに茶と菓子を勧めた。

「今日は皆さん、遥々遠方からアメリカまで来てくれて、どうもありがとう。 最近ブログのネタが無くなってしまったので、世界三大美女と誉れ高いあなた達に集まってもらったの。 協力してね。」

美女と呼ばれて、気を悪くする女はいない。 彼女たちは旅の疲れも吹っ飛んだように、そろってニコニコした。

「世界三大美女 (その1、クレオパトラ)」に続く。
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クリスマス

2022-12-15 00:41:14 | 随筆
「ちょっと、言いたいことがあるんだけど。」 

今から15年ほど前のクリスマス、私たち家族は、ボルティモアにある義理の母の家へ集まった。 私は七面鳥の肉を食べるのを止めて、テーブルの周りにぐるりと座っている全家族を見回した。 子供たちも含めて総勢12人。 皆の視線が集まった。 私がこれから言わんとすることは、昔の日本でなら、「嫁の分際で...。」と非難されるかもしれない事だった。 

「来年からは、もう今までの様なクリスマスプレゼントは買わないことにします。」

案の定彼らは、「えっ?」というような表情をした。 ひと呼吸おいて、私は続けた。

「sugarcoat(うまく取り繕う事)はしないで、はっきり言うわね。 お金がないのよ。 毎年この時期に何百ドルもクリスマスプレゼントに使うのはとても苦しいから。」

この場に、後ほど熟年離婚をすることになる私の夫は海外へ出稼ぎに行っていて、不在であった。 sugarcoat はしないと言ったが、これは少し砂糖を振り掛けて甘くした言い方だった。 本当は、

「ブランドン(夫)の金遣いが荒いので、我が家の家計は火の車なのよ。 彼は、大酒飲みだしね。 全くやってられないわよ。 あぁ、やだやだ!」

とでも言いたいところだったが、彼の母親や妹達を目の前にして、そこまでブチ撒ける勇気はなかった。 一瞬し~んとなったところで、続ける。

「でもね、プレゼントの交換という楽しみを皆から奪うつもりはないのよ。 ここで提案があります。 ひとつにつき、5ドル以下と決めて、それを人数分買うのよ。 何でもいいの。 ディスカウントショップで10個以上買ってもそれほど大きな出費にはならないでしょう?」

何人かは、怪訝な顔をしたが、私はそれを無視して続けた。

「それでゲームをしましょう。 買ってきたものを居間の真ん中に積み上げて、周りに座る。 ひとりづつ適当に選んで、すぐに包みを開ける。 他の人に当たったプレゼントを見て、それを欲しいと思ったら、自分の番が来た時に自分が手に入れたものと無理やり交換することができる、というルールでね。どう?」

あぁ、ようやく言う事ができた! 本当に毎年辛かった。 比較的裕福である義理の妹達は、いつも高価なものを包んでくれるが、それが私にとって大きな心の負担だった。 義両親も、私たち夫婦から大きな物を期待していないという事はわかっていたが、毎年クリスマスが近づくと、私の心はどろ~んとなった。 

話は少しそれるが、12月25日は、イエスキリストの誕生日ではない。 我が愛する主、イエス様の誕生日は明確には記されていないので誰にも分らない。 ただ、我々人間の罪を負って、イエスキリストが十字架刑に処せられた時から逆算すると、どうやらそれは秋頃であるらしい。 336年、ローマ帝国を治めていたコンスタンティン帝が戦争に向かわんとする時、空中に十字架が浮かぶのを見、その後勝利を収めた。 その後この王様は、キリスト教を国教とし、元来12月25日は太陽神を崇める日であったが、それを勝手にキリストの誕生日としてしまった。

現在では、クリスマスはキリスト教信者にとって一大祭典の日であるが、私はこの日のために血眼になって、家の飾りつけをしたり、セールを求めて店内を走り回ったりすることはしない。 

「あなた、本当に冷めてるわね~。」と友人から言われるが、毎年家族がやるので、この行事に付き合っているだけである。 誤解しないでいただきたいが、私はクリスマスを祝う人たちを嘲笑しているわけではない。 

さて、私の提案を聞いて、家の中は一瞬静かになったが、義理の妹 サリーが大きな声で言った。 (長年少年院の院長を務めた彼女の声は、いつも大きい。)

「いいわね! それ、乗った!」

私も、オレも、と皆同意してくれた。 おばあちゃんは、にこにこしているだけだったが、私はこの時、あぁ言ってよかったと、肩の荷が下りたような気持ちだった。

その翌年、ディナーの片づけが終わった後、私たちは小さな包みをたくさん居間の真ん中に集めた。 車座に座り、ひとつづつ取り上げてゆく。 ティーンエイジャーの甥が開けたものには、ピンクのイヤリングが入っていたので、皆どっと笑った。 ある者は、プラスチック製の便座を得たり、ハート形模様のパンティーであったりと、爆笑が続いた。 ハイライトは、台所で使う果物入れのバスケットを争って、私とサリーの間でこの品物が行ったり来たりを繰り返し、ついに私が勝利したことである。

それから毎年楽しいクリスマスが続いたが、3年前に予期せぬパンデミックが世界中で起こった。 会いたい人たちにも会えず、皆自粛する日々が続いた。 そうして今年の3月、101歳になったばかりのおばあちゃんが召天した。 それまでは、ニュージャージーとヴァージニアから全員ボルティモアに集まっていた家族がバラバラとなった。 数年前に結婚した我が家の次男夫婦にも子供が産まれ、ヴァージニアでの小規模なクリスマスが始まった。

何十年も、ボルティモアのおばあちゃんを 「メイトリアーク、matriarch(女家長)」として行ってきた年中行事は終わった。 

これからは、義理の妹達サリー、シャーリーンと私がそれぞれの土地でやってゆくのだ。

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