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文科省通知「不登校児童生徒への支援の在り方について」批判

2024-01-23 12:20:28 | 考察

~文科省通知「不登校児童生徒への支援の在り方について」批判~

                                                                                                                                          2021.3.3  野中 博善

 

Ⅰ.はじめに(本レポートの問題意識)

 2019年10月25日、文科省は初等中等教育局長名で通知「不登校児童生徒への支援の在り方について」を出した。

 文科省は通知を「これまでの不登校施策に関する通知について改めて整理し、まとめたもの」として、従前の通知などを廃止した。いわば、この通知が文科省の不登校施策の集大成である。

 その通知の最大の問題点は、不登校問題に真剣に向き合わず、不登校の子どもたちの苦悩に目を向けることも、寄り添うこともなく、不登校の子どもを見捨てたことである。

 もう一つの問題点は、通知の内容が、10数年間、不登校者数を減らすどころか増加させてきた従来の施策をそのままコピーし、さらに、施行以来不登校者増に拍車をかけてきた「教育機会確保法」の「多様な教育機会の確保」を新たな不登校支援の柱に据えたことである。

 

 本レポートでは、通知(文科省の不登校施策)の問題点を明らかにするとともに、不登校問題の本質と課題、そして、不登校問題解決への方向性を探っていきたい。

 

Ⅱ.不登校問題の現状

 2019年10月、通知が出た時、多くの人々は、通知を好意的、肯定的に受け止めたようである。それは、通知が不登校支援の視点を「『学校に登校する』という結果のみを目標にするのではなく」としたことにあるようだ。これまで、「登校刺激」や「登校圧力」が多くの不登校の子どもや親を苦しめ、追い詰めていたことを思えば、当然のことである。

 2003年通知による不登校支援が行われてきた期間(2003年~2019年)においては、不登校者数は、一時的な減少(微減)傾向はあったものの増加し続け、「教育機会確保法」が施行された2017年には過去最多となる14万人超を数えた。そして、2018年には16万人超、2019年は18万人超を数え、毎年、過去最多を更新した。

 2020年10月、2019年度の不登校者数が18万人を超えたことが発表された。

小学生53,350人 中学生127,922人 合計 181,272人であった。

この時、文科省は、「教育機会確保法」の趣旨が受け止められたからであろう、と不登校者増の要因を指摘した。京都府教育委員会も、文科省と同様に「『教育機会確保法』の趣旨の浸透の側面も考えられ、」とコメントした。また、京都市教育委員会は、「不登校増加の明確な答えはないが、学校を休むことへのハードルが下がってきた印象はある」と言っている。

市教委が一因に挙げるのは、教育機会確保法の影響だ。法の趣旨が浸透し、無理してでも登校させようとする保護者や教員が減ったとみている。

 

Ⅲ.通知が出るまでの経緯

 不登校者数さへ減らすことができなかった従来の施策(対応)と不登校者数を増加させた多様な「教育機会の確保」を2本柱にした通知「不登校児童生徒への支援の在り方について」が、なぜ、出てきたのか。通知が出るまでの経緯を踏まえ考えてみる。

2014年 6月 3日 フリースクール等議員連盟設立

                      7月 5日 教育再生実行会議「第5次提言」 

2015年 1月27日 「フリースクール等の関する検討会議」

            「不登校に関する調査研究協力者会議」 の設置

2016年 7月29日 「不登校に関する調査研究協力者会議」報告

     12月14日 教育機会確保法公布

2017年 2月13日 「フリースクール等に関する検討会議」報告

2月14日 教育機会確保法施行

      3月31日 教育機会確保に関する基本指針

2019年 6月21日 「合同会議」議論のとりまとめ

2019年10月25日 「不登校児童生徒への支援の在り方(通知)」

 通知は、上記のような過程を経て出された。

 2002年に設置された「不登校問題に関する調査研究協力者会議」の報告「今後の不登校への対応の在り方について」を受けて出された2003年の通知「不登校への対応の在り方について」に比べ、複雑な経緯の末に出てきたものである。

 はじまりは、教育再生実行会議の第5次提言である。

「国は、小学校及び中学校における不登校の児童生徒が学んでいるフリースクールや、国際化に対応した教育を行うインターナショナルスクールなどの学校外の教育機会の現状を踏まえ、その位置付けについて、就学義務や公費負担の在り方を含め検討する。」

    文科省は、この提言を受けて2つの会議を設置した。「不登校に関する調査研究協力者会議」と「フリースクール等に関する検討会議」である。同時並行的に、2014年に設立された「フリースクール等議員連盟」では「フリースクール法案」が準備されていた。

 当初、2つの会議の報告は2017年3月末までにまとめられる予定であったが、「不登校に関する調査研究協力者会議」報告は約4か月、「フリースクール等に関する検討会議」報告は約11か月遅れて出された。これは、「フリースクール法案」が当初の思惑通りにまとまらなかったからである。

「フリースクール法案」は、議論の過程で、「不登校を助長する」、「安易に学校外に子どもを任せる無責任な態勢を生みかねない」という慎重論が根強く、「フリースクール等に関する検討会議」の課題であった「フリースクール等の認定、公的な経済的支援」等が法案に組み込まれず、骨抜きにされた。そして、単なる「不登校支援法」になってしまった。こうして成立したのが「教育機会確保法」である。この影響を受けた「フリースクール等に関する検討会議」報告も、「不登校支援」報告となっている。

しかし、文科省は「基本指針」の中に「法の実施状況の検討」「民間機関との協力」などを盛り込み、「多様な教育機会確保」を生き永らえさせた。そして、実施状況の検討のため「合同会議」の継続し、通知の中に「多様な教育機会の確保」位置づけることに成功した。

こうして、「通知」の中に、「従来の不登校支援」と「多様な教育機会の確保」という2本柱の不登校施策が位置付けられるようになった。(「多様な教育機会」には公的な経済的補助は位置付けられていない。)

 

Ⅳ.変えられた不登校の定義・認識

 提言から通知までの間に、不登校の定義や認識に変質が見られる。

 これまで文科省は不登校を「連続又は断続して年間30日以上欠席し、何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、児童生徒が登校しないあるいはしたくともできない状況(ただし、病気や経済的な理由によるものを除く)。」と定義してきた。

しかし、「教育機会確保法」は、「不登校児童生徒」を「相当の期間学校を欠席する児童生徒であって、学校における集団の生活に関する心理的負担その他の事由のために就学が困難であるとして文部科学大臣が定める状況にあると認められるものをいう。」と定義した。

 これまでは不登校を広義に捉えていたものを、「学校における集団の生活に関する心理的負担その他の事由」という限定的なとらえ方に変えた。

また、これまで、「不登校については、特定の子どもに特有の問題があることによって起こることではなく、どの子にも起こりうる」ものとして捉えていた不登校に対する認識が、「基本指針」では、「不登校は、取り巻く環境によっては、どの児童生徒にも起こりうるもの」という条件付きな認識に変わっている。

 「取り巻く環境」とは何か。「取り巻く」とは、「身近な、あるいは、周辺の」である。「環境」とは、「周囲の状態や世界」をいう。とすると、「取り巻く環境」とは、「その人の周辺の状態(住む場所とか人付き合いなど)」ということになる。

 つまり、「その子どもの周辺の状態によっては、不登校になりうる。」ということらしい。言い方を変えてみると、「不登校になるのは、その子、あるいは、その子の周辺に問題(課題)があるのだ。」ということになる。

 さらに通知は、不登校に関して、「児童生徒によっては、不登校の時期が休養や自分を見つめ直す等の積極的な意味を持つことがある一方で、学業の遅れや進路選択上の不利益や社会的自立へのリスクが存在する」という留意点を挙げた。

 確かにこのようなことは言えるかもしれない。しかし、広い視野で見ると、これらは、不登校に限らず、多かれ少なかれ、誰にでも当てはまることである。

 また、これらは、多くの不登校の子どもや親が、不登校と向き合い、不登校を受け入れ、そして、乗り越えるために、自らに言い聞かせ、諭してきたものである。

 休養を取り、エネルギーを蓄えなければ、学校に登校することができない。また、学校に行けない自分を責め、学校に行けない自分を見つめ直さなければ学校へ行けない現実がある。学校へ行かなければ勉強が遅れ、高校に進学する時にもリスクがあると分かりながら、不利益が分かっていても学校に行けない。こんな現実があることを、留意点は指摘している。

教育行政を司る文部科学省は、不登校の意味付けやリスクの指摘をする前に、不登校の子どもや親がこのような状態にあるという現実を変え、不登校の子どもをなくすための方途を示さなければならないのではないか。

 しかし、以上のような不登校の定義、認識の下で、通知「不登校児童生徒への支援の在り方」が出された。当然、このような認識が、不登校施策(支援の在り方)に反映されているだろう。

 

Ⅴ.通知における不登校支援 (資料【通知における支援の在り方】参照)

通知に示されている不登校支援は、そのほとんどが従来行われてきたものであるが、その中で特に重点が置かれているのが、

  • 「児童生徒理解・教育支援シート」を活用したした組織的・計画的支援
  • 多様な教育機会の確保
  • 教育支援センターを中核とした支援(訪問型支援など)

の3点である。

①の「児童生徒理解・支援シート」を活用した組織的・計画的支援は、子どもたちが不登校になったきっかけや要因を把握し、子どもたちの状態に応じて支援策を策定し組織的・計画的な支援を行うということで、全ての不登校の子どもたちを対象にした取り組みである。

②の「多様な教育機会の確保」に関して、通知は、「児童生徒の才能や能力に応じて、それぞれの可能性を伸ばせるよう、本人の希望を尊重した上で、場合によっては、教育支援センターや不登校特例校、ICTを活用した学習支援、フリースクール、中学校夜間学級での受け入れなど、様々な関係機関等を活用し社会的自立への支援を行うこと。」と記している。

本人が希望すれば、多様な教育の機会を活用できるということである。

③の教育支援センターを中核とした支援は、不登校の子どもたちが利用した学校外の施設では教育支援センターが一番多い。その整備充実とともに、加えて、教育支援センターが不登校の子どもやその家庭に訪問し、相談や支援(訪問型支援)を行う。これまで、主に学校が担ってきた取り組みを教育支援センターが担っていくということである。

 “今後は、「児童生徒理解・支援シート」を活用した組織的・計画的支援と学校外の施設や民間団体等の「多様な教育機会の確保」が不登校支援の中心的役割を担っていく” という方向を打ち出したのが、今回の通知の最大の特徴である。

 

Ⅵ.通知の不登校支援で不登校問題を解決できるか(支援策の妥当性)

(資料【支援施設・機関の設置及び利用状況】参照)

では、これらの支援策は有効なのか。不登校の子どもたちを減らすことはできるのか。不登校問題を解決できるのか。2020生徒指導調査から考えてみたい。

(1)多様な教育機会の確保でいうところの学校外の施設の設置状況

「多様な教育機会の確保」として挙げているのは、教育支援センター、不登校特例校、フリースクールなどの民間施設、ICTを活用した学習支援などであり、夜間中学も含めている。

「多様な教育機会」と言い、「学校外の施設・機関」や「民間団体・民間施設」を挙げているが、いったいどういう施設なのか。

○教育支援センター(適応指導教室)

自治体の教育委員会が、不登校の子どもの学校復帰のために指導する場所として、自治体の教育委員会が設置しているもので、不登校の子どもの受け皿として、学校と直結した公的な施設である。

 全国に1,527箇所 (2020年生徒指導調査)

 ○不登校特例校

  不登校児童生徒等を対象とする特別の教育課程を編成して教育を実施する学校

  文科省指定校  指定校数17校 (内、公立学校8校、私立学校9校)

 ○夜間中学

「教育機会確保法」第14条において,学齢期を経過した者であって小中学校等における就学の機会が提供されなかった者の中に,就学機会の提供を希望する者が多く存在することを踏まえ,全ての地方公共団体に,夜間中学における就学機会の提供等の措置を講ずることが義務付けられた。

現在では、義務教育未修了の学齢超過者や、外国人等で日本語の学習を希望する者を中心に教育を行っている。

全国9都府県、27市区に33校(2020年生徒指導調査)

2020年7月現在 10都府県に計34校設置(文科省)

 ○民間施設・団体(フリースクール)

  一般に、不登校の子どもに対し、学習活動、教育相談、体験活動などの活動を行っている民間の施設を言う。その規模や活動内容は多種多様であり、民間の自主的・主体性のもとに設置・運営されている。

  2016年調査で、474(実質319)の団体がある。

(2)学校外の施設の利用状況

   *2019年度の不登校者数は、

       小学生53,350人、中学生127,922人、合計 181,272人であった。

 

*学校内外の機関・施設で相談・指導を受けた児童生徒は、

    小学生40.217人(75.4%)、中学生87.462人)(68.4%)、合計127.679人(70%)

 *上記の内、学校外の機関・施設で相談・指導を受けた児童生徒は、

   小学生21,885人(41%)、中学生42,992人(33,6%)、合計64,877人(35,8%)

 

*相談・指導を受けていない児童生徒は、

  小学生13.133人(24.6%)、中学生40.460人(31.6%)、合計53.593人(29.6%)

 

*「指導の結果登校する又はできるようになった児童生徒」の数は、

       小学生12,153人(22.8%)、中学生29,192(22.8%)人、合計41,345人(22.8%)

 

*教育支援センターの利用者は、

       小学生5,550人(10.4%)、中学生16,145(12.6%)、合計21,695人(12%)。

*民間団体・民間施設(フリースクール等)の利用者は、

       小学生2,357人(4.4%)、中学生3,971人(3.1%)、合計6.328人(3.5%)

*ICTを活用した学習活動を行った児童生徒(出席扱いとなった者)

  小学生 174人(0.3%)、中学生434人(0.34%)、合計608人(0.34%)

 

 学校外の施設・機関とは、フリースクールを除いては、公的な施設・学校である。また、相談・指導を行っている学校外の施設・機関の内、学習指導を行っているのは、教育支援センターと民間団体・施設(フリースクール)で、その他の施設・機関は学習指導は行っていない。

 「教育再生実行会議の提言」が言い、「教育機会確保法」が当初目指していた「多様な教育機会(フリースクールやインターナショナルスクール等)」とはほど遠い内容になっていることを指摘しておきたい。

そして、学校外の施設・機関の利用状況を見ると、「教育支援センター」がほとんどを占めていることを見れば、自治体が、公的な機関(教育支援センター)を作り、学校(公的な機関)へ行けない子どもの受皿としての役目を果たしているのが実態である。

 一方、施設・機関の設置、開設状況を見ると、公的な機関である「教育支援センター」の設置は多くの自治体で進んでいるが、その他の施設・機関は、数的、地理的、経済的に考えて、不登校の子どもたちが利用できる状況にあるとは、とても言うことできない。

教育支援センター(適応指導教室)は、また、不登校の子どもの学校復帰のために指導する場所として設置されたもので、学校と直結した公的な施設である。これを多様な教育機会の場として位置付けるのは趣旨が違うのではないか。また、「学校に登校するという結果のみを目標にするのではなく」という不登校支援の視点と相反する施設である。

そういう視点で見ると、多様な教育機会の利用者は、5174人で、約4%であるといえる。

多くの不登校の子どもたちは、多様な教育機会の外側にいるのが実態である。

このように見てくると、通知における不登校施策(不登校支援)は、不登校問題の解決に有効とは言えない。なぜ、そのような状況になっているのかと言えば、不登校問題の実態、本質が理解できていないからではないか。そこで、なぜ、子どもたちは学校に行けないのか、不登校問題の実態、本質について考えていきたい。

 

Ⅶ.不登校の要因は何か(子どもたちはなぜ学校に行けないのか)

2020年度「生徒指導調査」によると「不登校の要因・きっかけ・継続の理由及び背景」は次のようになる。

1)不登校の要因・きっかけ・継続の理由及び背景 (生徒指導調査より)

  • 2019年 不登校者数

    小学校53,350人 中学校127,922人 合計 181,272人

  • 不登校の要因

*主たる要因           【小学校】      【中学校】

  学校に係る状況     20.3%      34.4%

  家庭に係る状況     22  %      12.3%

  本人に係る状況     51.1%      48.1%

  その他          5.6%       5.4%

  • 区分(メモ10参照)

 不登校の要因で割合の大きいものを揚げると次のようになる。

  *学校に係る状況    【小学校】      【中学校】

   いじめを除く友人関係  10.2%      17.2%

   学業不振         4.3%       8.5%

   教職員との関係      2.4%

   進級時の不適応                 3.9%

  *家庭に係る状況

   親子の関わり方     16.7%       7.5%

   生活環境の変化      3.6%       2.9%

  *本人に係る状況

   無気力・不安      41.1%      39.5%

   生活の乱れ       10.3%       8.6%

 

 不登校の要因としての「いじめ」は、小中学生合わせて563人で、割合として0.3%である。

 最も多い不登校の要因は、「無気力・不安」である。小学生の21,927人が「無気力・不安」から不登校になっている。中学生では、50,471人である。

次に多いのは、小学生では「親子の関わり方」で、8,898人である。中学生では「いじめを除く友人関係」が21,975人となっている。

小学生、中学生とも、3番目の要因は、「生活の乱れ」で、4番目が「学業不振」である。よく見てみると、「無気力・不安」と「生活の乱れ」で、小中学生とも半数を占めている。88,839人の子どもが、「無気力・不安」や「生活の乱れ」になるのは、なぜなんだろう。

これらは、毎年文科省が行っている生徒指導調査によるが、不登校の要因は、教員が判断している。つまり、教師から見た不登校の要因である。

2)もう1つの不登校のきっかけ【資料2 参照】(不登校に関する実態調査より)

次に、不登校体験者に対する調査「不登校に関する実態調査」を見てみる。

この調査は、2014年に、2006年度に不登校だった中学3年生を対象に行われたものである。(以前にも2001年にも行われている。) 

*回答は、思い当たるものすべてに〇をつけている。

 

  • (割合の大きい項目)   【2014年】      【2001年】

          友人との関係            53.7%        44.5%

          生活リズムの乱れ          34.7%        ****

          勉強が分からない          31.6%        27.6%

          先生との関係            26.6%        20.8%

     部活での友人関係など        23.1%        16.5%

  • 不登校継続の理由

 (割合の大きい項目)

     無気力で            44.4%

     不安              43.7%

     友人との関係          41.4%

     生活リズムの乱れ        34.1%

     勉強についていけない      27.4%

     行かないことを悪く思わなかった 25.6%

 継続の理由は、不登校の時期の子どもたちの状況(生活や心理状況)をよく表している。

 実態調査と生徒指導調査を比べて、大きな隔たりが見られるのは、「教師との関係」である。生徒指導調査では、教師との関係が不登校の要因となっているのは2%ほどであるが、実態調査では20%強を占める。このことの意味は大きい。先生の立場からは、よもや、自分が不登校の要因となっているとは思ってもみないが、子どもからすれば、学校へ行きづらくしているのが、実は、先生なんだ、ということである。

   教員は、子どもにとって、学校そのものである。また、教員は、授業や指導を通して、学校教育そのものを体現している存在である。まさに、不登校を生み出しているのは、学校そのものということである。

 生徒指導調査と実態調査では、調査手法が異なる。生徒指導調査は、回答者は教師であり、主な要因も1人当たり1項目である。実態調査は、体験者本人が回答しており、要因については思い当たる項目をすべて回答している。生徒指導調査は教師の視点から、実態調査は当事者の視点からの調査と言える。

 ただ、実態調査は、回答者数が少ないことは考慮する必要があるが、不登校の要因・背景を考える上で貴重な資料と言える。

 不登校の背景を考える上で参考になる調査として、日本財団による調査がある。「不登校傾向にある子どもの実態調査」である。この調査で、学校に行きたくない理由で、「つかれる」「朝、起きられない」という理由が、上位2位を占めるが、次に、「授業がよくわからない。ついていけない」「友達とうまくいかない」「学校は居心地が悪い」が続く。不登校の背景を考える上で興味深い調査である。

 

Ⅷ.不登校問題の本質

(1)Ⅶ「不登校の要因は何か(子どもたちはなぜ学校に行けないのか)」から分かること

 生徒指導調査は毎年行われている調査である。調査が始まって以来、毎回、同じ傾向が続いている。また、「実態調査」はこれまで2001年と2014年に2回行われた。これまた、同じ傾向を示している。今回、このレポートを書くに当たっては、新たに日本財団による「調査」が加わった。

 これらの調査の結果から、子どもたちが不登校(学校に行けなくなる)になる背景が浮かび上がってくる。一人一人の子どもを見ていると、その子が学校に行けなくなるのには、その子なりの原因や理由があるのだろう。また、小学校では○○○人に1人が、中学校では28人に1人が不登校になっているので、小学校では一つの学校に数人、中学校では1学級に1,2人の不登校の子どもがいることになる。そうした場合、不登校は、個々の子どもに起こっている事柄と捉えられる。不登校が一般化していないからである。

しかし、全国的な調査や大きな範囲で不登校を捉える場合、不登校の傾向が見えてくる。「なぜ、子どもたちが学校に行けないのか。」「なぜ学校に行かないのか。」という不登校の背景や原因が見えてくる。

3つの調査を通して、

①無気力・不安 ②勉強が分からない、授業についていけない ③友だち関係のこじれが、子どもたちが不登校になる3大要因であることが分かる。

 不登校問題とは何か、不登校問題の本質は何か、不登校はなぜ起こるか、を理解することは、そんなに難しいことではない。調査から聞こえる子どもたちの声に耳を傾ければ、自ずから明らかである。ここから、不登校問題を理解することが始まるのではないか。

 

(2)不登校の3つの要因について

1)「無気力・不安」について

 「無気力・不安」と「生活の乱れ」で50%を占める。「生徒指導調査」では、不登校の大きな要因となっている。しかし、「実態調査」では、不登校継続の理由に「無気力」・「不安」がともに44%前後を占めているが、不登校の要因としては挙がっていない。不登校が長引くことによって、気持ちが落ち込み、意欲が弱くなることを示しているのではないかと思われる。一方、「生徒指導調査」の「無気力・不安」は、学校へ行きたくないという思いが、やる気のなさや気怠さとして映っているのではないだろうか。

2)「学業不振」について

  子どもたちは、勉強が分からない、授業についていけない、ということを訴えている。「生徒指導調査」では、「学業不振」は、小学生4.3%、中学生8.5%である。一方、「実態調査」では、「勉強が分からない」は、31.6%(2014年)と結構大きな比重を占めている。また、日本財団の調査によっても、「勉強が分からない」、「授業についていけない」は、学校へ行きたくない大きな理由となっている。

このことは、とても重要だ。学校の役割の重要な部分に異議を申し立てている。

3)「友達関係」について 

友達関係が不登校の重要な要因になっている。

「生徒指導調査」では、不登校の要因としての「いじめ」は、小中学生合わせて563人で、割合として0.3%である。「いじめ」が社会問題として大きくクローズアップされているが、不登校の要因としてはわずか0.3%である。

しかし、不登校の要因としての「友達関係」は、「生徒指導調査」でも「実態調査」でも、一番大きな要因となっている。さらに、「実態調査」の不登校継続の理由としても「友達関係」は41.4%と大きな比重を占めている。

 学校は、子どもの社会性を育てる場でもある。それは、多くの場合、子ども同士の関係、活動を通して形成されていく。「友達関係」が不登校の大きな要因となっていることは、重大な問題である。

 人として、もっとも活動的であり、もっとも伸び盛りであり、学ぶ意欲の旺盛な時期に、「無気力・不安」「勉強が分からない」「友達関係がうまく築けない」によって、「学校へ行けない」「学校へ行かない」状態が生まれている。18万人もの小学生、中学生が。

これが、不登校問題の実態であり、本質である。

 

Ⅸ.不登校問題の背景

 なぜ、このような状態が生まれるのか。

不登校問題を考える上で興味深い現象がある。不登校者数が増え続け、13万人を超えはじめた頃、不登校者数が僅かばかりだが減少し始めたことがあった。2001年にこれまでの最多数(13万4千人)を記録した後、2002年から2005年にかけての4年間は減少傾向を示した。

この時期は、1999年に学習指導要領の改訂があり、いわゆる「ゆとり教育」が始まった時期である。2002年には「不登校問題に関する調査研究協力者会議」が発足し、2003年に報告がまとめられた。文科省は、通知「今後の不登校への対応の在り方について」を出した。

2003年通知は、不登校は誰にでも起こりうる。過度な登校刺激はやめ、子どもに寄り添った支援の必要を提起した。不登校への対応の大きな転換であった。

また、「ゆとり教育」は、学習内容を減らし、簡素化し、学習における過重な負担を減らす試みであった。

 それは、子どもたちの学習への負担を減らし、登校を無理強いせず、子どもの気持ちに寄り添おうとした時期といえる。

その後、学力低下を懸念した「ゆとり教育」批判が学校内外から展開され、大きく修正されることとなった。併せて、不登校をめぐっても、「不登校ゼロ宣言」など、それまでの登校刺激とは違った圧力が起こり始めた。

皮肉なことに、2006年、不登校者数は再び増加傾向に転じ、その後、数年、12万人前後の高止まり状態が続き、2013年から増加が続き、2016年からの爆発的増加へとなっていく。(2019年、18万人超)

学習指導要領の改訂が不登校者数にも影響を与えていることが資料の年表から推測される。(不登校施策とも関連しているともいえる。)

 学習指導要領をめぐっては、次のような発言や見解がある。

 1980年代のはじめ、学習指導要領の作成にかかわった国立教育政策研究所の研究員が、「指導要領は、3割の子どもが理解できればいい内容になっている。」と発言し、事実、同時期の学校現場からは、「学習内容を理解できているのは3割だけだ。」という訴えがあった。

 そのころ、子どもたちの生活にも大きな変化が起こっている。

 地域での集団遊びなどがなくなりつつあり、子どもたちの人間関係の希薄さを危惧し、学校では、「縦割り集団」あるいは「異年齢集団」活動が取り組まれた。

文科省も、子どもたちの変化を認識していた。「生活科」や「総合的な学習の時間」が作られ、「学校週5日制」も始まった。これらは、「ゆとり教育」の一環であり、子どもの生活の変化を如実に反映していた。

しかし、「ゆとり教育」には、もう一つの面があった。「エリート教育」の推進である。「『エリート教育』と声高に言うと批判が強いので『ゆとり教育』と呼ぶようにした。」と、当時の教育課程審議会の会長だった三浦朱門氏は言いのけた。そして、「できん者は、できんままで結構。戦後50年、落ちこぼれの底辺を上げることばかりに注いできた労力を、できるものを限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけ養っておいてもらえればいいんですよ。」とも。

また、生徒指導に関して、文科省は、2006年に「規範意識の醸成」という通達を出した。その中で、「ゼロトレランス」という生徒指導の在り方を勧めている。「ゼロトレランス」とは、寛容度ゼロと言うことを意味しています。つまり、規律を乱す者には、厳罰主義で臨むことによって、規範意識を身につけさせる。ということです。

ある中学校で、夏の暑い日に、授業中、持参した水を飲んだ生徒がいた。放課後に、学年200人ほどの生徒が体育館に集められ、学年集会が始まった。その場で、水を飲んだ生徒はみんなの前で叱責された後、全生徒に向けて謝罪させられた。これは、実話である。

このような視点が、学習面でも生活面でも、国の教育政策では一貫している。それを体現しているのは、学校であり、先生たちである。

国連の子どもの権利委員会が日本政府に対して、次のように勧告している。

  • 1998年6月

「締約国における高度に競争的な教育制度並びにそれが児童の身体的及び精神的健康に与える否定的な影響に鑑み、委員会は、締約国が、条約第3条、第6条、第12条、第29条及び第31条に照らし、過度なストレス及び登校拒否を予防し、これと闘うために適切な措置をとることを勧告する。」

  • 2004年6月

「本委員会は以下のことを懸念する。a) 教育制度の過度に競争的な性格が子どもの肉体的および精神的な健康に否定的な影響を及ぼし、かつ、子どもが最大限可能なまでに発達することを妨げていること。」

  • 2010年6月

「本委員会は、また、高度に競争主義的な学校環境が、就学年齢にある子どもの間のいじめ、精神的障害、不登校・登校拒否、中退及び自殺に寄与しえることを懸念する。」

  • 2019年3月

「委員会は、前回の勧告を想起し、締約国に対し、以下の措置をとるよう促す。(a)子どもが、社会の競争的性質によって子ども時代及び発達を阻害されることなく子ども時代を享受できることを確保するための措置をとること。」

「ストレスの多い学校環境(過度に競争的なシステムを含む)から子どもを開放するための措置を強化すること。」

2017年、学習指導要領が改訂された。「生きる力」をテーマとし、小学校でプログラミング科目が追加され、英語教育が必須化になる。また、「アクティブラーニング」の視点からの授業改善を提唱している。さらに、小学校における「35人学級」が導入される。

新学習指導要領には、「通知」で示された不登校施策がそのままコピーされているだけである。「義務教育を全ての児童生徒等に実質的に保障するための方策」として。

 

Ⅹ.不登校問題解決への道筋

不登校問題の実態・本質について考えてきた。本レポートで見てきたように、国(文科省)には、不登校問題を根本的に解決していこうという姿勢も方策もない。それどころか、不登校問題の背景に、日本の学校教育制度そのものの課題や問題が見えてくる。

「通知」は、不登校の子どもたちを、「既存の学校になじめない児童生徒」と表現したが、既存の学校にこそ、不登校を生み出す根本的な要因ではないか。

「不登校は、取り巻く環境によっては、どの児童生徒にも起こりうるもの」という「基本指針」が示した取り巻く環境とは、まさに、日本の学校教育制度そのものではないか。日本の学校教育制度が不登校を生み出している。変えるべきは学校そのものである。

不登校問題を根本的に解決するために、学校に求められていることは、

〇勉強が分かりたい

〇友だちと仲良くしたい

といった子どもたちの思いを叶えられる学校にすることである。そのためには、

・子どもたちの発達を保障するための学習内容、学習計画にすること

 ・豊かな人間関係が築ける時間的、空間的な環境を整備すること

 ・エリートや人材育成ではなく子どもの全面発達を視点とした子ども観を構築すること

 ・管理主義を改め、子どもの主体性、子どもの権利が大切にされること

など、教育、教育制度の根本的な改革が必要である。

 具体的には、①学習指導要領、教育課程の見直し、②教員増、少人数学級の実現、③民主主義的な学校運営などである。

 不登校問題を解決は、子ども本位の学校にすることで可能である。

そんなに難しいことではない。やる気さえあれば、すぐにでもできることだ。