ずっとそのまんまから一歩踏み出す

いつも同じところでつまずいてしまう自分。そのまんまから、ほんのわずかでもいいから、進んでいきたいがための日記

カテーテルアブレーション

2017-05-10 19:25:12 | 病気
13歳か15歳のテニスの試合中に初めて発症。

それからは年に1回あるかないか、
あってもごく軽症だったので、この不整脈を起こらないように、手術しようと思ったこともなく、、、(*´・ω・*)

しかし、世の中甘くなかった(´・_・`)
直腸癌の手術の後は、不整脈1度起こると勝手に治まらないし、風邪薬飲んでる時に起こした分は、息まで苦しくて立ち上がれない、、、😢

それで、発作を起こすと危険という認識になり、そこで初めて相談した先生から、カテーテルアブレーションという手術があることを教えてもらいました。

でも発作時のデータがないと紹介出来ないと言われ、一旦行き詰まりました。

何とかない頭を捻って、救急車の中で1度だけ発作起こしたことを思い出し、

消防署で、運ばれた病院に行って分かった、不整脈を起こした日付を伝え、

データがあれば欲しいと電話で申し込み、

その日のうちに雨の中自転車で取りに行き、やっと、この病院を紹介していただきました。

それもいくつか候補を探していましたが、かかりつけの先生が上げた病院しか無理でして、

駅から遠いこの病院は、候補に入れてなかったのですが、あとで調べて手術件数も比較的多いので、ここの病院に決めました。


そして、初めての受診日として告げられたのが3月22日。

そして、手術の説明を受け、病院も予約が多い中、最短の5月の連休明けに入院と手術をきめました。

そしてようやく迎えた手術、カテーテルアブレーションをして頂いて分かったのは、房室結節回帰性頻脈

という診断でした。

脈を送る中心部の近くに、また別の経路があって、そこと、中心部とグルグル電気信号が回るタイプだったらしいです。


手術室はとても寒く、冷え症だからと持って行ってた靴下カバーが役に立ちました。


手術の何時間も前から浴衣に中は何も付けずT字帯のみ。

心電図を付け、尿管にバルーンを入れ、生理用食塩水を点滴

長かったです。


聞いていた時間より2、3時間オーバーして呼ばれました。


手術室に入って始まったのは6時半
そこから終了まで2時間弱でした。


手術の時は浴衣も脱いで、
手術用の被り物のみになります。
消毒を丁寧に塗っていただき、
声かけ頂いてから注射でした。

痛み止めの注射が痛かった💉
ですね〜〜(~_~;)


後管を通すのは、最後の太い管がかなり突っ張っておされたような感じで、グッときました。


薬やら電気刺激で、発作を起こされ、
そこで電気信号の流れを見て、
焼いていく作業だと思います。


意識ははっきりあっても、視野は遮られていると、専門用語も分からないので、
何をされているかはさっぱりわかりません。


やたら寒いのと、時折おこる身震いに耐えていました。


焼いてからは不整脈は起こらなくなったと先生耳元で仰ってくださいました。


どれが不整脈のドキドキかも、分からないくらいにテストがありました。


無事終わった時はほっとしました。
主人と母と妹も待っていてくれていました。

術後は、先生が30分止血されてから、テープでガシーっと止められ、砂嚢を1キロ乗せ、4時間仰向けで、足(カテーテル通した足)は曲げれず、そのまま仰向けで過ごします。

昼から絶食だったので、夕方一階のファミリーマートで、おにぎりや魚肉ソーセージ、野菜ジュースを買い、枕元に術後置いてもらいました。


ペットボトルをストローで飲める用に道具も買い、前もって買っていた介護用のストローコップも白湯を入れ、保冷バックの小さいのに入れて、倒れてこぼれないよう、ベッド柵にS字フックでかけました。


これが本当に助かりました〜💦
食べ過ぎには注意ですが、
お陰様でお腹すいて眠れないということにはなりませんでした。


お腹張って仰向け3時間で目が覚めましたが、4時間になって、砂嚢を外し、寝返りできるようになり、尿パックのおしっこを出してくれた後は、スーッと眠れました。


傷口の少し上が痛むのと、足の付け根に広範囲に青あざが出来ていますが、
小股でゆっくり目なら普通に歩けるし、階段も1階から10階まで上がれるし特別何もなく、頭もボーッとすることなく、無事、明日退院できると思います。

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