伊東監督 大先輩・川上さん&恩師・広岡さんに感謝
殿堂入りの候補になって9年目。伊東監督が野球人として最高の栄誉を手にした。1500試合以上に出場した捕手では野村克也氏、森祇晶氏、古田敦也氏に次いで4人目。「自分には縁がないと思っていた。まさかという気持ち。野球を一生懸命やってきてよかった」と喜びをかみしめた。
西武一筋で22年間プレーしたが、プロ野球の礎を築いた巨人の9連覇の継承者だ。「ジャイアンツOBに指導を受け、V9野球の血が流れている」。現役時代は広岡監督、森監督に師事。日本シリーズ14度出場に貢献し、8度の日本一に輝いた。
熊本工の大先輩でもある「打撃の神様」の川上哲治氏にも影響を受けた。「高校時代にお話をさせてもらったことがある。西武の監督になった時には、直筆のお手紙も頂いた」。宝物にしている便箋には「監督業は大変だから、体にはくれぐれも気をつけるように。奥さんも大事にしなさい」と書かれていた。
「自分の原点」と話すように、プロ入りした時の指揮官だった広岡氏にはプロで生きていく基礎を学んだ。ロッテ監督就任後は電話で「昔と今では選手の気質も違う。大変だろうけど、頑張れよ」と激励も受けた。
「恩師の人たちに少しでも近づくことができたのであれば光栄。いろいろな局面を経験させてもらった。経験だけは他の人に負けないので、次の世代に伝えていきたい」。昨年は故郷・熊本が被災。野球界への恩返しに加え、「この殿堂入りで少しは喜んで、励みになってくれれば」と郷里への思いも口にした。 (重光 晋太郎)
◆伊東 勤(いとう・つとむ)1962年(昭37)8月29日、熊本県熊本市生まれの54歳。熊本工から所沢に転校し、81年ドラフト1位で西武入団。長く正捕手を務め、リーグ優勝を14度、日本一を8度経験。ベストナインを10度、ゴールデングラブ賞を11度受賞。引退直後の04〜07年に西武監督を務め、04年に日本一に輝き正力賞受賞。09年WBC日本代表コーチ、12年韓国・斗山コーチを歴任し、13年からロッテ監督。右投げ右打ち。
▼広岡達朗氏(西武入団時の監督)教え子が殿堂入りするのは正直うれしい。努力でポジションを獲った男。座って投げる捕手もいるけど、一球一球立ち上がって投手にいい球を返していた。僕好みの捕手。僕が巨人でやってきた正々堂々戦う野球を受け継いで、監督として大成してもらいたい。
▼村田兆治氏(ロッテOB、現役時代はライバル)分析力、判断力、決断力がある。かつてはライバルとして戦ったが、本当はバッテリーを組みたかった。ロッテが優勝して、日本一になることが彼の責務だと思って応援している。
▼ソフトバンク工藤監督(現役時代の同僚)強い西武の時代の選手が、また一人殿堂入りされることとなり、うれしく思います。配球の大事さ、勉強の必要性を感じることができたのも伊東さんのおかげです。
殿堂入りの伊東監督 素直に喜び「間違いじゃなかった」
ロッテの伊東監督は先輩方を前に恐縮した様子を見せながらも、素直に喜びをかみしめた。
―率直な感想は。
「本当に自分でいいのかという気持ちが正直なところ」
―喜びは。
「恩師の人たちと少し肩を並べられたのはすごく光栄に思う。野球を一生懸命にやっていて良かったなというのは実感としてある」
―西武の黄金期に主力であり続けたのは。
「勝つことを宿命付けられているというか、そのためだけに必死にやっていたというのはある。やってきたことは間違いじゃなかったと改めて思う」
―プロの世界に導いた根本陸夫さんには。
「道をつくっていただいたのも、根本さんのおかげ。喜んでくれていると思う」
―今後については。
「優勝とか良い思いを少しでも次の世代に伝えていければ。僕の場合、1年間、韓国で異国の地でもコーチとして勉強させてもらったので、日本だけでなく、野球を志している人がいれば(どこでも)今後、指導できたらいいなと思う」
(以上 スポニチ)
「少しでも郷里の皆さんの励みになれば」/伊東監督
ロッテ伊東勤監督が野球殿堂入りした。競技者表彰のプレーヤー表彰で選出された。
「野球界のたくさんの諸先輩方に申し訳ない気持ち。実感が湧いていません。本当に自分でいいのかと思います。ただ、歴代の方を見て、現役の頃、恩師で指導していただいた大先輩の川上さん、広岡さん、森さん、そしてウォーリー与那嶺さんに1歩でも近づいたのかなと思います」。
黄金期の西武を、正捕手として引っ張り続けた。
「それぞれの個性に合わせた配球は、当然考えてやっていた。あと、私生活の観察。グラウンドを離れると人柄が変わる人もいる」。
栄光に彩られた選手生活だったが「誇れるものはない」と謙遜した後、こう続けた。「経験だけ。いろんな局面、場面を体験しているので、そこは負けない自負がある。現役選手が困った時は、すぐアドバイスできる自信はある」。
郷里の熊本の地震被害に触れ「少しでも郷里の皆さんの励みになれば」。
伊東勤氏が殿堂入り 熊本工の先輩川上氏の手紙励み
球界の功労者をたたえる野球殿堂入りが16日、都内の野球殿堂博物館で発表された。監督歴代10位の1181勝を挙げた楽天星野仙一副会長(69)と、大洋(現DeNA)で通算201勝を挙げた平松政次氏(69)はエキスパート表彰。黄金期の西武を正捕手として支えたロッテ伊東勤監督(54)がプレーヤー表彰を受けた。
伊東監督は「実感が湧かない」と繰り返した。ただ、スピーチでは、先に殿堂入りした川上哲治氏、広岡達朗氏、森祗晶氏、ウォーリー与那嶺氏ら恩人の名前を挙げ「1歩でも近づいたのかな」と喜んだ。特に、熊本工の大先輩である川上氏には、西武監督就任後に直筆の手紙を2通、もらったという。「体に気を付けて」「奥さんを大事に」。今でも取ってある。
渡辺久信、工藤公康、郭泰源等々。そうそうたる投手がそろう黄金期の西武を、正捕手として引っ張り続けた。「それぞれの個性に合わせた配球は、当然考えてやっていた。あと、私生活の観察。グラウンドを離れると人柄が変わる人もいる」。たゆまぬ努力、心がけが根底にあった。
14度のリーグ優勝、8度の日本一。ベストナイン、ゴールデングラブは2ケタに上る。栄光に彩られた選手生活だったが「誇れるものはない」と謙遜した後、こう続けた。「経験だけ。いろんな局面、場面を体験しているので、そこは負けない自負がある。現役選手が困った時は、すぐアドバイスできる自信はある」。現役監督として、これからも次世代の選手を育てていく。【古川真弥】
◆伊東勤(いとう・つとむ)1962年(昭37)8月29日、熊本県生まれ。熊本工で甲子園出場。所沢高に転校して西武練習生になり、81年ドラフト1位で西武入団。03年まで22年でリーグ優勝14度(日本一8度)。ベストナイン10度、ゴールデングラブ賞11度。捕手の連続守備機会無失策はシーズン943、連続シーズン1263ともパ・リーグ記録。捕手として2327試合出場は谷繁元信、野村克也に次ぐ歴代3位。西武監督に就任した04年に日本一で正力賞。07年退任後、09年WBCの日本代表総合コーチ、韓国・斗山ヘッドコーチなどを経て13年からロッテ監督。
ロッテ伊東監督が殿堂入り「実感が湧いていません」
ロッテ伊東勤監督(54)が16日、野球殿堂入りした。
競技者表彰のプレーヤー表彰で選出された。都内の野球殿堂博物館で会見に臨み「野球界のたくさんの諸先輩方に申し訳ない気持ち。実感が湧いていません。本当に自分でいいのかと思います。ただ、歴代の方を見て、現役の頃、恩師で指導していただいた大先輩の川上さん、広岡さん、森さん、そしてウォーリー与那嶺さんに1歩でも近づいたのかなと思います」とあいさつした。
また、郷里の熊本の地震被害に触れ「少しでも郷里の皆さんの励みになれば」と話した。
ロッテ伊東監督、星野仙一氏、平松政次氏ら殿堂入り
今年の野球殿堂入りが16日、東京都内の野球殿堂博物館で発表され、ロッテ伊東勤監督(54)、元楽天監督の星野仙一氏(69)、元大洋(現DeNA)の平松政次氏(69)、故郷司裕氏、故鈴木美嶺氏の5人が選ばれた。
競技者表彰のプレーヤー表彰で選出されたロッテ伊東監督は西武黄金時代の捕手として活躍。
エキスパート表彰で監督として中日、阪神、楽天の3球団でリーグ優勝、楽天では初の日本一に導いた星野氏、大洋のエースとして通算201勝、「カミソリシュート」を武器に活躍した平松氏が選ばれた。
アマ球界などが対象の特別表彰では、春夏の甲子園大会などで長く審判員を務めた故郷司氏、公認野球規則の編さんに尽力した新聞記者の故鈴木美嶺氏が選ばれた。
(以上 日刊)
ロッテ・伊東監督、野球殿堂入り!川上氏からV9のDNA継承
2017年の野球殿堂入りが16日、東京・文京区の野球殿堂博物館で発表された。競技者表彰のプレーヤー部門は、西武の捕手として黄金時代を築いた現ロッテ監督の伊東勤氏(54)、エキスパート部門は中日のエースとして活躍し、監督として中日、阪神、楽天をリーグ優勝に導いた現楽天球団副会長の星野仙一(69)と、大洋(現DeNA)で通算201勝を挙げた平松政次(69)の両氏。殿堂入りは特別表彰の2氏を含め計197人となった。
晴れの舞台で胃がキリキリと痛んだ。伊東監督は大試合でも経験がないほど緊張していた。
「本来ならキャンプのことを考える時期ですけど、それどころじゃない。本当に自分がもらっていいのか。そんなことばかり考えていました」
現役監督としては、昨年の工藤監督(ソフトバンク)に続く2年連続の殿堂入り。受賞スピーチで熊本工高の大先輩である故川上哲治氏、西武時代の監督だった広岡達朗、森祇晶の両氏、コーチの故与那嶺要氏と恩師の名前を挙げたが、西武入団時の編成管理部長だった故根本陸夫氏を飛ばしてしまった。
「自分をこの世界に導いてくれた方。“しまった”と思ったら、よけいに焦った。頭の中が真っ白だった」
伊東監督にとっては、支えてくれたすべての人への感謝しかない。中でも“打撃の神様”川上氏への思いは深い。
「プロアマ規定が厳しかった時代。大きな声では言えないけど…」。実は高校時代、川上氏から機会があるごとに、こっそりと指導を受けていた。すでに“時効”だが、川上氏も伊東監督の素質を見抜き、ほれ込んでいたという。
2004年、西武の監督に就任した伊東監督のもとに、川上氏から2通の手紙が届いた。就任のお祝いと激励に監督心得。さらには「奥さんを大事にしてください」という文面だった。この2通は、いまだに“家宝”として大切に保管している。
「勝つことでしか認められなかった西武時代。広岡さん、森さんが築かれたものですが、その源流はV9巨人にあったと思います」
V9巨人の監督は、もちろん川上氏。伊東監督にはそのDNAも宿る。「昨年5月、故郷の熊本は大地震で被害を受けた。今回の受賞が明るいニュースとして伝わってくれたらうれしい」。この言葉を、天国の川上氏も喜んでいるはずだ。(西村浩一)
現役時代の好敵手、解説者時代の仲間、ロッテOBとしてお祝いスピーチを行った村田兆治氏
「捕手として分析力、判断力、決断力にたけていた。同じチームでバッテリーを組みたかった。(ロッテは)戦力のないチームだが、どう知恵を絞るかが監督の仕事。日本一をお願いします」
西武でバッテリーを組んだソフトバンク・工藤公康監督
「一緒にプレーさせてもらった強い西武の時代の選手が、また一人殿堂入りされることとなり、とてもうれしく思います。配球の大事さ、勉強することの必要性を感じることができたのも伊東さんのおかげです」
★将来は政治家!?
「熊本地震」で大きな被害を受けた伊東監督の故郷・熊本市。「復興の役に立ちたい」と日々、テレビのニュースや一般紙で政治も勉強中だ。もともと政治に関心がないわけではなく、評論家時代の2008年には、ある市長選に「自民党公認」で出馬を打診されたこともある。「お声をかけていただくというのはありがたいこと。でも、もう少し野球をやらせてよ」。殿堂議員? 殿堂知事? 殿堂市長? 近い将来、伊東監督に何かが起きてもおかしくない。
★野球殿堂入りの対象者、選出方法
【競技者表彰・プレーヤー部門】引退から5年以上の元プロ選手で今回の候補は16人。候補者でいられるのは15年間。野球報道にかかわって15年以上の委員が7人以内の連記で投票する。
【競技者表彰・エキスパート部門】プロのコーチ、監督でユニホームを脱いで6カ月以上経過しているか、引退から21年以上の選手が対象。今回の候補は14人。すでに殿堂入りした人、表彰委員会幹事と野球報道30年以上の委員が5人以内の連記で投票する。
【特別表彰】〔1〕アマチュア競技者で選手は引退から5年以上、コーチと監督は引退後6カ月以上〔2〕プロ、アマの審判員で引退後6カ月以上〔3〕プロ、アマの組織などの発展に貢献〔4〕日本の野球の普及、発展に貢献-のいずれかに該当する人。プロ、アマの役員や野球関係の学識経験者が投票する。
データBOX
〔1〕ロッテ監督の伊東氏が殿堂入り。現役監督で殿堂入りを果たしたのは1965年の川上哲治(巨人)と鶴岡一人(南海)、2011年の落合博満(中日)、14年の秋山幸二(ソフトバンク)、昨年の工藤公康(ソフトバンク)に次いで6人目。
〔2〕昨年に続いて5人が殿堂入り。同一年に5人以上が殿堂入りするのは14度目。競技者表彰がプレーヤー部門とエキスパート部門に分かれた2008年以降、エキスパート部門で同年に2人が選出されたのは初めて。
伊東 勤(いとう・つとむ)
1962(昭和37)年8月29日生まれ、54歳。熊本県出身。熊本工高から所沢高に転校し、西武球団職員を経て82年ドラフト1位で西武に入団。正捕手として黄金期を支え、2003年に引退した。ベストナイン10度、ゴールデングラブ賞11度。04年に西武監督に就任し、1年目に日本一。07年限りで退任し、韓国・斗山のヘッドコーチなどを経て13年からロッテ監督。右投げ右打ち。
【殿堂入り一問一答】
ロッテ・伊東監督「本当に自分でいいのか」
野球殿堂博物館は16日、今年の殿堂入りのメンバーを発表し、競技者表彰のプレーヤー表彰で西武黄金時代の捕手として活躍したロッテの伊東勤監督、エキスパート表彰で監督として3球団でリーグ優勝を果たした星野仙一氏、大洋(現DeNA)のエースとして活躍した平松政次氏が選ばれた。
伊東監督は先輩方を前に恐縮した様子を見せながらも、素直に喜びをかみしめた。
――率直な感想は。
「本当に自分でいいのかという気持ちが正直なところ」
――喜びは。
「恩師の人たちと少し肩を並べられたのはすごく光栄に思う。野球を一生懸命にやっていて良かったなというのは実感としてある」
――西武の黄金期に主力であり続けたのは。
「勝つことを宿命付けられているというか、そのためだけに必死にやっていたというのはある。やってきたことは間違いじゃなかったと改めて思う」
――プロの世界に導いた根本陸夫さんには。
「道をつくっていただいたのも、根本さんのおかげ。喜んでくれていると思う」
――今後については。
「優勝とか良い思いを少しでも次の世代に伝えていければ。僕の場合、1年間、韓国で異国の地でもコーチとして勉強させてもらったので、日本だけでなく、野球を志している人がいれば(どこでも)今後、指導できたらいいなと思う」
ロッテ・伊東監督、殿堂入りに「感謝でいっぱい」
野球殿堂博物館は16日、今年の殿堂入りのメンバーを発表し、競技者表彰のプレーヤー表彰で西武黄金時代の捕手として活躍したロッテの伊東勤監督、エキスパート表彰で監督として3球団でリーグ優勝を果たした星野仙一氏、大洋(現DeNA)のエースとして活躍した平松政次氏が選ばれた。
1990年前後に黄金期を迎えた西武で絶対的な捕手としてチームをけん引したロッテの伊東監督は「感謝の気持ちでいっぱい。恩師の川上さん、広岡さん、森さん、そして与那嶺さんに一歩でも近づけたかなと」と受賞のスピーチで語り、緊張した顔を崩しながら喜びを表した。
同じリーグの名投手だった元ロッテの村田兆治氏からは分析力やキャッチングのうまさなどが紹介されたが、自身は「誇れるのは経験だけ」と控えめに言う。「いろいろな経験をしたのでそれは他の人たちには負けない自負みたいなものがある」と胸を張った。
(以上 サンスポ)
ロッテ・伊東勤監督、捕手で4人目の殿堂入りに「本当に自分でいいのだろうか」
今年の野球殿堂入りが16日、都内の野球殿堂博物館で発表され、プレーヤー表彰で西武黄金時代の捕手として活躍したロッテの伊東勤監督(54)、エキスパート表彰では、監督として3球団でリーグ優勝した星野仙一氏(69)と元大洋のエース・平松政次氏(69)が選出された。
冷静沈着な伊東監督が、緊張の色を隠せなかった。汗ばみながら「まだ実感がわいておりません。本当に自分でいいのだろうかという気持ちが正直なところであります」。1500試合以上出場した捕手の殿堂入りは野村克也、森祇晶、古田敦也に続き4人目。西武黄金期を支えた大捕手に新たな勲章が加わった。
栄光の流れを受け継いだ。恩師に挙げた川上哲治氏、広岡達朗氏、森氏、与那嶺要氏は巨人OB。「勝つことを宿命づけられた時期があって、必死でやっていた。V9時代のジャイアンツの血が少しは流れていると思います」。その巨人に90年日本シリーズで4連勝したのは誇り。15年秋山幸二氏、16年工藤公康氏に続く殿堂入りは、一時代を築いた証しだろう。
天職だ。気を配り、自分を殺して戦う激務。「捕手はナイチンゲール」と語ったことがある。小学生の時に2歳上の兄・修さんがやっていただけでマスクをかぶった。入団時は黒田正宏らの陰に隠れながら、ブルペンで数多くの投手と言葉を交わして性格を把握。「個性に合わせた配球を考えて、私生活を観察することを大事にしていた」。84年に正捕手の座をつかむと、好リードで球史に残る投手たちを育成。22年間の現役生活でリーグ優勝14度、日本一8度を経験した。通算134盗塁も、捕手としては出色だ。
昨年、故郷の熊本が地震に見舞われた。「今回のニュースが少しでも郷土の皆様の明るい希望と未来に役立っていただければ」と願ってやまない。(田島 正登)
◆伊東 勤(いとう・つとむ)1962年8月29日、熊本市生まれ。54歳。所沢高から81年ドラフト1位で西武入り。捕手としてゴールデン・グラブ賞11度は最多、1263回連続守備機会無失策はリーグ記録。03年に現役引退。04~07年に西武監督を務め、1年目に日本一と正力賞。09年WBC総合コーチ、12年韓国・斗山ヘッドコーチを経て、13年からロッテ監督。監督通算572勝538敗13分け。右投右打。
【ロッテ】伊東監督、殿堂入りスピーチで故郷・熊本への思い語る
野球殿堂入りしたロッテ・伊東勤監督(54)は16日、発表会見でのスピーチで昨年地震に見舞われた故郷の熊本への思いを述べた。
「熊本に大惨事が起きまして、現在も多くの皆さまが苦しまれています。郷土の代表として、今回の殿堂入りという明るいニュースが少しでも郷土の皆さまに明るい希望とこの先の未来に役立って頂ければと思います」
熊本工出身の同監督の実家は、震度7を観測した益城町から車で30分の距離。家族が車中泊を強いられ、震災後にはファンの励ましに涙を見せていた。「うちはおかげさまでそんなに被害を受けなかったけど、5分、10分歩くと悲惨な状況。僕らは野球を通じてしか(支援)できないから」と1日も早い復興を願っていた。
(以上 報知)
ロッテ・伊東監督が殿堂入り「諸先輩方に申し訳ない」 歴代恩師に謝意
野球殿堂博物館の表彰委員会は16日、今年の野球殿堂入りを発表した。競技者表彰のプレーヤー表彰では西武の黄金期を司令塔として支えた伊東勤氏(54)=現ロッテ監督=が選ばれた。
現役時代、さらに監督としても輝かしい実績を持つ伊東監督だが、その声は緊張で上ずっていた。
「(プロ野球界の)諸先輩方に申し訳ない。今でも自分でいいのだろうかと思っています。縁のないものだと思っていた」。恩師に川上哲治、広岡達朗、森祇晶、ウォーリー与那嶺の4氏の名前を挙げ、謝意を示した。だが会見後、「道をつけてくれた恩人で忘れちゃならないのに、頭の中は真っ白だった」と振り返り、根本陸夫氏の名前を挙げ忘れた非礼をわびた。
西武黄金時代の礎を築いた根本氏は、西武監督時代に熊本工の伊東少年にほれ込み、所沢高に転校させて獲得にこぎつけた。
「細かいことは言わずに見守っていた。喜んでくださっていると思う」
選手としては広岡、森の巨人OBに鍛えられた。「やってきたことは間違いではなかった。ベースは巨人だと思います」。陰の努力と素直に感謝する心こそ、伊東監督が貫くモットーだ。
「これからは(球界に)恩返しをしていきたい」と話しながら、「なにかにつけ背中に負う感じがしますね」と照れた。“殿堂監督”が挑む17年シーズン。ライバル球団をなぎ倒し、12年ぶりリーグ優勝を飾る。
殿堂入りのロッテ・伊東監督、故川上氏から2通の直筆手紙 西武監督就任時に
野球殿堂博物館の表彰委員会は16日、今年の野球殿堂入りを発表した。競技者表彰のプレーヤー表彰では西武の黄金期を司令塔として支えた伊東勤氏(54)=現ロッテ監督=が選ばれた。
伊東監督が巨人V9監督の故川上氏から、04年の西武監督就任時に2通の直筆手紙をもらっていたことを明かした。熊本工の先輩と後輩の間柄で、伊東監督は高校時代に指導を受けたこともあり、「体に気をつけること。奥さんが大変なので大事にしなさい」と書かれていたという大事な宝物だ。
ロッテ伊東監督が野球殿堂入り 星野、平松氏ら5人
野球殿堂博物館は16日、今年の殿堂入りのメンバーを発表し、競技者表彰のプレーヤー表彰で西武黄金時代の捕手として活躍したロッテの伊東勤監督、エキスパート表彰で監督として3球団でリーグ優勝を果たした星野仙一氏、大洋(現DeNA)のエースとして活躍した平松政次氏が選ばれた。
アマ球界などが対象の特別表彰では、春夏の甲子園大会などで長く審判員を務めた故郷司裕氏、公認野球規則の編さんに尽力した故鈴木美嶺氏が選ばれた。
伊東氏は1982年にドラフト1位で西武に入団、実働22年で通算2379試合に出場。日本シリーズに13度出場し、そのうち7度でチームを日本一に導いた。
(以上 デイリー)
伊東氏が殿堂入り ロッテ出身の村田氏も祝福「バッテリーを組みたかった」
殿堂入りで恩人の故・根本氏も「喜んでくれているのでは」
16日に野球殿堂入りを果たしたロッテ伊東監督は、捕手では歴代3位の2327試合出場で、通算最多犠打305はパ・リーグ記録。さらに、捕手としての最多連続守備機会無失策1263もパ・リーグ記録と名捕手の名をほしいままにしてきた。
ゴールデングラブ賞11回は捕手として最多で、チームのリーグ優勝14回、日本一8回に貢献しているが「(殿堂入りの先輩である)恩師の川上さん、広岡さん、森さん、与那嶺さんに少しでも近づけたかなと思います」と挨拶した。
個別の記者会見の場では「根本さん(元西武監督、管理部長)の名前は絶対言い忘れちゃいけないと思っていたが、あの場に立って頭が真っ白になって」と明かした伊東氏。最高の名誉とあって、数々の修羅場を乗り越えた名捕手でも、極度の緊張に襲われたようだ。
伊東氏を熊本工業高から埼玉所沢高の定時制に転校させ、球団職員、練習生から西武入団という道を開いてくれた故・根本陸夫氏への恩義を忘れるわけがない。1999年に亡くなった根本氏も2001年に殿堂入りしており、「喜んでくれているのでは」と故人を偲んだ。
ロッテ出身で、2005年に殿堂入りしている「まさかり投法」の村田兆治氏も祝福にかけつけ「分析力、判断力は凄い。一筋にあきらめない。本当はバッテリーを組みたかった。ロッテは正直、戦力はありませんが(その戦力でも、能力を生かして)優勝し、日本一になってほしい」と激励していた。
(Full-Count)
ロッテ・伊東監督が殿堂入り!西武黄金期を支え「大先輩に近づけたかな」
公益財団法人 野球殿堂博物館は1月16日、「平成29年 野球殿堂入り」を発表した。
競技者表彰委員会のプレーヤー表彰には、千葉ロッテマリーンズの伊東勤現監督が選出された。
伊東監督は、1981年ドラフト1位で西武ライオンズに入団。3年目から正捕手として、西武ライオンズの黄金期を支えた。堅守と好リードでチームを14度のリーグ優勝、8度の日本一へと導いている。
実働期間は22シーズンで、通算2379試合に出場。7050打数、1738安打、811打点、156本塁打、打率.247をマークし、ベストナイン10回、ゴールデングラブ賞を11回獲得している。
殿堂入りしたことについて、「野球界にたくさんいらっしゃる諸先輩方に、申し訳ない気持ちで、まだ実感がわいていない。本当に自分でいいのだろうかという気持ちが正直なところ」だと、胸中を明かした。
また、熊本工業高校から西武へ進んだ伊東監督は、「現役時代に恩師として指導して頂きました、(熊本工の)大先輩の川上哲治さん、(西武で指導を受けた)廣岡達朗さん、森祇晶さんと与那嶺要さんと一緒になれた(殿堂入りできた)ことで一歩でも近づけたかな」と、感謝の気持ちを述べた。
殿堂入り発表会に出席した“マサカリ投法”の愛称で親しまれた村田兆治氏は、「ロッテは戦力がいません!」と会場を笑いに誘ったうえで「いないなかでどうやって力を見出すか。戦力はなくても優勝、日本一になって」とロッテOBとして、伊東監督に檄を飛ばした。
(ベースボールチャンネル)
ロッテ・伊東監督、楽天・星野副会長ら5名が野球殿堂入り
伊東氏が唯一のプレーヤー表彰
野球殿堂博物館は16日、今年の野球殿堂入り表彰者を発表。現ロッテ監督の伊東勤氏や、楽天の副会長・星野仙一氏ら5名が新たに殿堂入りを果たした。
競技者表彰のプレーヤー表彰では、現ロッテ監督の伊東勤氏が選出された。
西武黄金期を支えた扇の要で、チームのリーグ優勝14回、日本一8回に貢献。捕手としてベストナイン10回は野村克也氏に次いで史上2位、ゴールデングラブ賞11回は捕手で最多と球史に残る名捕手として知られている。
昨年は殿堂入りした斎藤雅樹氏、工藤公康氏に次ぐ得票数を集めた伊東氏。候補入りから毎年票を上積みし、9年目にして悲願の殿堂入りとなった。
“岡山出身コンビ”が快挙
エキスパート表彰では、楽天の球団副会長を務めている星野仙一氏と、「カミソリシュート」でお馴染みの平松政次氏の2名が選出。昨年惜しくも合格ラインに届かなかった2人が揃って殿堂入りを果たした。
候補入りから2年連続で落選していた“闘将”は、3度目の正直での殿堂入り。球団を通じて「高校生の時に競い合った平松君と同時に岡山県出身の二人が殿堂入りできたということは、皆さんに感謝しなくてはいけないなと思います」と喜びを語った。
1月22日で70歳になる星野氏。「これだけ野球に携われる幸せを感謝しないといけない」とし、「これから何をすべきか。我がチームのことだけではなく野球界全体のことを考え、野球界が一つになっていくことを後押ししていきたいと思います」と今後への意気込みも語っている。
特別表彰も2名
最後に特別表彰。今年は故・郷司裕氏と故・鈴木美嶺氏が殿堂入りとなった。
郷司氏はアマチュア球界の審判として活躍。春は16回、夏も15回の決勝戦での審判を務め、高校野球ファンの間で伝説の試合と語り継がれる1969年・選手権の松山商-三沢の決勝戦でも決勝、そして再試合で審判を務めた。引退後も審判員の技術向上や後進の指導にも力をいれ、アマチュア野球界の発展に貢献した。
鈴木氏はプロとアマで分かれていた「規則書」の合同化に尽力をした人物の一人。初めて統一された「1956年度公認野球規則」の発行に携わり、以降亡くなるまでの長い間「公認野球規則」制作の中心的役割を果たした。
野球殿堂とは…
日本の野球の発展に大きな貢献した人物の功績を永久に讃え、顕彰することを目的に、1959年に創設。
【プレーヤー表彰】
▼ 対象者
現役を引退したプロ野球選手で、引退後5年以上経過した人。(※選考対象となるのはその後15年間)
▼ 選出方法
野球報道に関して15年以上の経験を持つ委員(約300人)が投票。75%以上得票すれば殿堂入り。
【エキスパート表彰】
▼ 対象者
・現役を引退したプロ野球の監督・コーチで、引退後6カ月以上経過している人。
・現役を引退したプロ野球選手で、引退後21年以上経過した人。
▼ 選出方法
すでに殿堂入りしている人物(約30名)と競技者表彰委員会の幹事、野球報道年数30年以上の経験を持つ委員(約70名)が投票。75%以上得票すれば殿堂入り。
☆歴代受賞者まとめ⇒(https://baseballking.jp/ns/100551)
(ベースボールキング)
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ロッテドラ2酒居 直球と同じ軌道「スローボール」試投
ロッテのドラフト2位の即戦力右腕・酒居(大阪ガス)が新人合同自主トレを行うロッテ浦和で約40球を投げ込んだ。「前日より気温が高かったので体が動いた」とツーシームに加え、直球と同じ軌道で球速だけが落ちるスローボールも試投した。
「スローボールはチェンジアップと同じで打者のタイミングを外す球」と説明。多彩な変化球を駆使し、15年の都市対抗野球では敢闘賞にあたる久慈賞と新人賞にあたる若獅子賞をW受賞。「プロでも通用するのか早く打者を相手に試したい」と意気込んでいた。
(スポニチ)
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ロッテドラ7捕手・宗接 伊東監督の“殿堂の捕球”見てみたい
ロッテのドラフト7位捕手の宗接(むねつぐ、亜大)が「伝説の捕球」に胸躍らせた。野球殿堂入りが決まった伊東監督について「凄い。憧れの人」と素直に喜んだ。
1メートル83、90キロと大柄ながらダッシュメニューでは先頭を走る脚力も見せた。14、15年の石垣島キャンプでは指揮官が自らミットを持ってブルペン捕手を務めたこともある。宗接は「もし見られるなら本当に(捕球を)見たい」と期待した。
(スポニチ)
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ロッテが球団オフィシャルストアのプラザ店を4月4日にリニューアルオープン
ロッテは16日、千葉市内の球団事務所1階にある球団オフィシャルストアのプラザ店を4月4日にリニューアルオープンすると発表した。
2006年のオープン以降、球場に隣接する旗艦店として人気を集めている。今後は親しみやすいレイアウトや会計待ち時間の緩和など、利用客が快適に過ごせる店舗を目指し、隣接するマリーンズミュージアムを含めた大規模なリニューアル改修工事を実施するという。
3月14日のヤクルトとのオープン戦(午後1時試合開始、ZOZOマリン)でプレオープンを予定。4月4日のファイターズとの本拠地開幕戦でグラウンドオープンを予定(工事状況などにより変更になる可能性あり)。
(サンスポ)
【ロッテ】球団オフィシャルストアを4月4日にリニューアルオープン
ロッテは16日、ZOZOに隣接する球団オフィシャルストアのプラザ店を4月4日にリニューアルオープンすると発表した。
同ショップは2006年にオープン。より広く、より便利に利用できるよう改良し、会計の待ち時間を緩和するために、すでに隣接するマリーンズミュージアムを含めた大規模なリニューアル改修工事を実施している。3月14日のヤクルトとのオープン戦でプレオープンし、4月4日の日本ハムとの本拠地開幕戦でグランドオープンする予定だ。
(報知)
ロッテ球団ストアを改修工事 開幕戦でオープン予定
ロッテは16日、ZOZOマリン隣の球団事務所1階にある球団オフィシャルストアのプラザ店を4月4日にリニューアルオープンすると発表した。
より広く、より便利で親しみやすいレイアウトや商品ディスプレー、会計待ち時間の短縮などを目指し、改修工事を実施している。3月14日のヤクルトとのオープン戦でプレオープンを予定。4月4日の日本ハムとの本拠地開幕戦でグランドオープンを予定している。
(日刊)
ロッテがオフィシャルストアをリニューアル 本拠地開幕戦でオープン予定
ロッテは16日、千葉市のZOZOマリンスタジアムに隣接する球団事務所1階にある、球団オフィシャルストアのプラザ店を17年4月4日に、リニューアルオープンすると発表した。
06年のオープン以来、球場に隣接する旗艦店として多くのファンが足を運んでいたが、より広く、より便利で親しみやすいレイアウトや商品ディスプレー、会計待ち時間の緩和など、快適に過ごす店舗を目指す。隣接のマリーンズミュージアムを含めた大規模な改修工事に取り組む。
すでに改修工事は始まり、店舗は完成するまでの間、クローズとなる。
3月14日のヤクルトとのオープン戦(13時試合開始・ZOZOマリン)でプレ・オープンを予定。4月4日のファイターズとの本拠地開幕戦でグラウンドオープンを予定している。予定は工事の進行状況などにより変更になる可能性もある。
(デイリー)
【ロッテ】球団オフィシャルストアのプラザ店が4月にリニューアルオープン
ロッテは16日、球団事務所1階にある球団オフィシャルストアのプラザ店を2017年4月4日にリニューアルオープンすると発表した。
06年のオープン以来、球場に隣接する旗艦店として多くのファンが足を運んだが、より広く、より便利で親しみやすいレイアウトや商品ディスプレイ、会計待ち時間の緩和など、多くのファンが快適に過ごせる店舗を目指すため、隣接するマリーンズミュージアムを含めた大規模なリニューアル改修工事を実施することになった。
すでに改修工事を始め、店舗は完成するまでの間、クローズとしている。3月14日のヤクルトとのオープン戦(ZOZOマリン)にてプレオープンを予定。4月4日の日本ハムとの本拠地開幕戦(ZOZOマリン)にてグラウンドオープンを予定している。
※予定は工事の進行状況などにより変更になる可能性あり。
(ベースボールキング)
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【気になる記事】
中後 充実自主トレいざメジャー!「チャンスなのは間違いない」
ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結び、招待選手としてメジャーキャンプに参加する元ロッテの中後が、和歌山市内で今月初旬から続けてきた自主トレを「例年より早く投げ始めたし、楽しく有意義に練習できた」と振り返った。
左腕は3日間のミニキャンプのため渡米する17日も、和歌山市内で午前中に練習予定。夕方に関西空港から出発する強行軍で、少しの時間も無駄にしない。ブルペンには既に何度も入っており、この日も力強い球を投げ込んでいた。
米挑戦1年目の昨季はダ軍傘下3Aで登板全13試合を無失点と好投したが「またキャンプから、ゼロからのスタート」と浮かれた様子はない。一方で、チームに計算できる救援左腕が不在なのは承知しており「簡単な話ではないけど、チャンスなのは間違いない。このチャンスをつかめるようにアピールしていきたい」と気合を込めた。
(スポニチ)
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