Oklahoma Prairies

オクラホマ・プレーリーズ
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Lovin Spoonful

2005年12月31日 14時36分31秒 | Happy
LovinSpoonfulですか、では一言。
先日のOPsNickさんの突っ込みと記憶には感服いたします。
やはり、JohnSebastianやLovinSpponfulなどが、MFQには近くでからんでいたん
ですね。。。Nickさんの想いがわかります。

ラヴィン・スプーンフルの中心メンバー、ジョン・セバスチャンとザル・ヤノフスキーは、ニューヨークを中心に活動していたフォーク・デュオ・グループ、マグワンプスのメンバーでした。マグワンプスには、その後ママス&パパスを結成することになるキャス・エリオットとデニー・ドハーティーが在籍していましたが、1964年にこの二人が脱退。ジョンとザルは、新バンドを結成するため、ベースのスティーブ・ブーンとドラムスのジョー・バトラーを加え、1965年にラヴィン・スプーンフルをスタートさせます。
 1965年発売のデビュー・シングル「魔法を信じるかい?」は、いきなりヒット・チャートの9位にランク・イン。
「うれしいあの娘デイ・ドリーム、心に決めたかい?、サマー・イン・ザ・シティー Summer In The City,などが続いてヒット。しかしながら、彼らの栄光の時代は意外な結末を迎えます。そのきっかけは、バンドの中心的存在だったザル・ヤノフスキーのマリファナ所持による逮捕でした。明るく健全な古き良きアメリカのイメージで売っていた彼らにとって、その逮捕は衝撃的で、そのうえ、ザルがその逮捕の際、自分の罪をごまかすために他のメンバーも巻き込もうとしたことにより、さらに事態は悪い方向に向かってしまいました。結局ザルは、1967年の6月に脱退し、代わってジェリー・イエスターが加入しますが、バンドにとってのイメージ・ダウンは決定的でした。そして、それに追い打ちをかけるように彼らを取り巻くロック界は大きく流れを変えようとしおり、解散します。

John Sebastian

2005年12月30日 23時49分01秒 | Nick
V・SATOさんのコメントにJohn Sebastian率いる「Lovin’ spoonful」が「人生の裏側」をカヴァーしていたとありました。残念ながらあたくしそれを聴いたことはありませんが、「Vanq(ちなみに正式名はVanguard Qartetといい、V・SATOさん所属の4パートコーラスバンドです)のレパにしたい」と思ったことがあるというんだから、きっと結構な出来だったんだろうなあ。サトー先生、機会があったら聴かせてくださいお願いします。ちなみにキントリ解散後のJ・Stewartの傑作「Never going back」をカヴァーしてるのは聴いたことがあります。つまりかれもガキのころはやっぱり、フォーク大好き少年だったということなんだろうなあ・・・。
というところで本題に入ります。あたくしJ・SはL・Spoonfulのころから只者ではないなと思っておりました。なんといっても彼独特の、いささかノスタルジックなメロディーラインが大好き。ヒットした「Daydream」なんかに彼の良さがぎちっと詰まってますですね。でも「ぼかあ正直言うとやっぱり、L・Spoonfulを解散した後のソロアルバムが好きだなあ・・・」と思わず若大将口調で告白しちゃいます。中でも「Four of Us」がよろしい。レコードではA面が組曲となっており、これが感激モノ。とりわけ「Red wing Cololado」は典型的セヴァスチャンメロで出色だし、B面にも佳作が一杯ですねん。でも一体に彼は良い曲と駄作の差が激しい人ですからかなり気分やサンじゃあないかと推量します。そう思いませんかSATO大先生?

人生の裏側

2005年12月25日 00時02分34秒 | Nick
60年代のイーストコーストフォークシーンで活躍していた一人に、フレッド・ニールというシンガーソングライターがおりました。この人、日本ではほとんど知られてないはずなんですが、PP&Mがカヴァーした「Other side to this life(人生の裏側)」の作者であります。オリジナルは彼のファーストアルバム「Bleecker&MaCdougal」で聴く事ができるんですが、そのアルバムでベースマンとしてクレジットされているのが「Douglas Hatleid」です。で、このベースマンが若き日のチップ・ダグラスなのよ、と昔なにかの本で読んだ記憶がありました。
そこで今回のMFQライブの際、そいつが本当かどうかチップに聞いてみたわけです。そしたら彼曰く「うん、たぶんボクが弾いてたんだろうね」「えっ、覚えてないの?」「忘れた。でも確かにその頃ぼくのマネジャーはフレッド・Nと同じだったから、多分ぼくが弾いてたんだろうね・・・」
ということで、「もしかしたらチップはMFQに参加する前には、ニューヨークでDylanやS&GやPP&Mなどと同じ空気を吸っていたのかもしれないなあ」という、あたくしが長年想像していたことが確認できたこともうれしかったMFQライブでした。

MFQ

2005年12月19日 21時55分57秒 | Nick
昨日、MFQのBITライブ最終公演に行きました。今回も来日以来ずっとつきっきりのファンクラブ代表カワサキ氏に聞いたところ、サイラスが風邪気味だったりで「演奏はいまいちかなあ・・・」とのこと。でも始まったらやっぱしMFQはよかったですよ。というよりオリジナルメンバーが揃っているわけだから、そこそこのミスなんてどうでもよいのです。ただただ演奏してくれてるのを見られるだけで大満足。もちろん声の張りとかは衰えてるけれど、70に近いことを考えればそれはそれはたいしたもんでした。アンコール後のサイン会も済んだころあいを見計らって、あたくし酔った勢いも手伝ってふらふらとチップ・Dのもとへ。
「Do You Have A Time?」
T「Oh,Yes!」
ということなのでずーずーしくもチップをわがOP’sのメンバーのところへ引っ張っていきました。で、やっちゃいましたよ彼の前でアカペラを2曲も! でもOP’sを始めたときから機会があったらチップに聴いて欲しかったのよ、あたしらの「Old Man Moon」を。ちゃんと聴いてくれてたようでとてもうれしかったけど、残念なのは最後にチップが「良い曲だから、やってみたら?」とアドヴァイスしてくれた4Fresh Men の曲名を覚えてないこと。あたしの横で通訳してくれてたHapさん、おたくもかなり飲んでたからやっぱり覚えてないでしょ?

感動バイオ記事

2005年12月10日 16時55分11秒 | Happy
 福岡の分子生物学会(ヤフードーム)から戻りました。寒かったあ。。。
雪がちらついてました。夜は当然チャックワゴンで、またまた呑みすぎ。
MrBojangleを唄っちゃいましたが、あまり覚えていません。もう肝臓は
フォアグラ状態。 ちょい長いですが、感動記事をビックウエンズデイ澤島
が見つけましたので下記皆さんにも見ていただきたく貼付します。

「遺伝だから仕方がない」「カエルの子はカエル」--。遺伝というと努力では変えられないもののように語られることがある。ところが、この分野の研究で世界的に名高い村上和雄・筑波大名誉教授は「遺伝子の9割以上は眠っており、誰でも天才的な能力を秘めている」と説く。日々才能のなさを嘆いている身としては、ぜひとも村上さんにインタビューしたくなった。【伊藤信司】

 --「遺伝子の9割以上が眠っている」という事実は、どんな経緯で分かったのですか。

 ◆よく知られている通り、遺伝子の本体は染色体に収められているDNA(デオキシリボ核酸)です。DNAはらせん状にねじれた縄ばしごのような構造で、はしごの横木にあたる部分に約30億もの遺伝情報が書き込まれています。1960年代にそれは私たちの体を構成するたんぱく質の設計図であることがわかりました。

 続いてDNA情報の解読が進められましたが、それに伴い、遺伝子には働いていない部分や、無駄としか思えない部分の方がはるかに多く、全体の90~97%を占めることが分かってきました。これらをジャンク(がらくた)と呼ぶ学者もいますが、私はこの部分に大きな意味があると見ています。

 たとえば「火事場のばか力」といわれるように、人間は極限状況で普段考えられない力を発揮します。これは眠っていた良い遺伝子のスイッチがオンになったからです。逆に悪い遺伝子のスイッチが入ってしまうと、さまざまな病気につながります。ただ、これも「笑い」などの好ましい刺激によってスイッチが切り替わり、治ることがあります。糖尿病の患者さんたちに吉本興業の漫才を聞いてもらう実験をしたところ、血糖値が平均46ミリグラム下がる効果が表れました。このように遺伝子は、決して固定した存在ではなく、条件次第で働きが変わっていくのです。

 --良い遺伝子をオンにして、潜在能力を引き出す秘けつはありますか。

 ◆環境を変えるのが一番の早道です。私自身、学生時代は遊んでばかりいて成績も良くありませんでした。しかし大学院を出たばかりの63年、米国に留学したのがきっかけで、自分でも驚くほど「やる気人間」に変ぼうしました。「急に人が変わったようだ」といった言葉がありますが、これは遺伝子が目覚め、活性化した状態でしょう。

 逆に米国の心理学者、アブラハム・マスロー氏が人間の可能性を阻害する要因を六つ挙げていますが、こういった消極的生き方は遺伝子の目覚めを妨げるといえるでしょう(別項)。

 できるかできないか、効果的かどうかの評定は後回しにして、とにかく物事を始める、「見る前に跳ぶ」ことです。そうすれば道は開けてくるのです。

 --何かにチャレンジする際、期限を設けるべきですか?

 ◆「石の上にも三年」といわれるように、3年が一つの区切りになるでしょう。私は若い研究者によくこんな助言をしています。「研究を始めたら、奥さんを拝み倒してでも、ボーナスを自分の研究に使いなさい。3年やればきっと芽が出るから」。他人に言われてやるのでなく、自分で自分を追い込めば、純粋な集中力を得ることができます。そして、その一つの方法が身銭を切ることなのです。

 --もし3年がんばっても成果が出ないときはどうしたらいいのでしょう。

 ◆それでも努力やお金が無駄だったとはいえないでしょう。私は親から「天に貯金をする」との言葉を習いました。お金を自分のためだけでなく、世の中のため人のために使っておけば、一千倍、一万倍にもなって返ってくるという意味です。

 私も研究者として業績を上げた際、その背後に先人たちの膨大な準備期間と試行錯誤が横たわっていることを実感しました。確かに費やした努力やお金は、自分に戻ってこない場合もあります。でもいつか必ず子や孫、あるいは社会の誰かの役に立っていくのです。

 --最後に今の若者に、何かメッセージはありますか?

 ◆アポロ9号乗組員だったラッセル・シュワイカート氏に会った際「宇宙空間から地球を見ていると、ただ美しいだけでなく、自分が地球の生命とつながっていると感じた」と話していました。私も遺伝子という超ミクロの世界に降り立ち、同じ感動を味わうことができました。肉眼では見えない微細な空間ノ、万巻の書物に匹敵する遺伝情報が書き込まれ、正確に働いている事実を知ると、すべての生命の親のような、偉大な存在を感じないではいられません。

 これだけ科学が進歩しても、われわれは細胞一つ、ゼロから作ることはできないのです。この世に生まれただけで、1億円の宝くじを100万回連続当選したほどの幸運といえます。生命を大自然からの贈り物、ないしは借り物ととらえ、感謝の気持ちを抱くべきです。そうすれば自然によい遺伝子のスイッチが入り、人生もおのずとプラスに転じてくるでしょう。

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 ◇遺伝子の目覚めを妨げるもの

・いたずらに安定を求める気持ち

・つらいことを避けようとする態度

・現状維持の気持ち

・勇気の欠如

・本能的欲求の抑制

・成長への意欲の欠如

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 ■人物略歴

 ◇むらかみ・かずお

 1936年生まれ。京都大大学院博士課程修了後、米国オレゴン医科大研究員、バンダービルト大医学部助教授を経て99年まで筑波大応用生物化学系教授。高血圧に関係する酵素「レニン」の研究で、96年に日本学士院賞。


イージーリスニング?

2005年12月04日 09時38分57秒 | Nick
オックラホマ・プレーリーズとは関係ありませんが、メンバー中のNick&Bobbyの二人にかかわる、ごく些細なこだわりにつき一言提案です。ふたりはそもそも「The Kingston Trio」のカヴァーバンドに所属することで知り合い今のOP’sを結成いたしました。そしてつい最近あたくし、iTunesにキントリのアルバムを放り込んだところあることを発見。そこにはなんと!、大好きなキントリの音楽ジャンルをこともあろうに何処の誰だか知らないが「イージーリスニング」と決め付けているではありませんか。こいつは許せません。その手のファンの方には申し訳ありませんが、ぼくらにとってキントリはイージーな気持ちで(つまりはバックグランドミュージックとかの意味で)リスニングするものではないのです。「そーだ、その通り!」とご賛同いただける全国のキントリファンの皆様、お暇なときで結構ですからItunesにCDを挿入し、ジャンルの「easy listening」から堂々と「Folk」に書き換える運動にご参加いただけませんでしょうか。