内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床に関する論文のまとめ

2022/04/25

2022-04-25 23:47:04 | 日記
抗癌剤以外の薬剤による好中球減少症についての総説
Hematology Am Soc Hematol Educ Program 2017; 8: 187-193

抗癌剤以外の薬剤による好中球減少症 (non-chemotherapy idiosyncratic drug-induced neutropenia: IDIN) は比較的稀だが致死的で、特異的な体質の人に起こる。罹患率は 2.4-15.4 /100万人·年だと報告されている。

最初に原因薬剤に曝露されてから数週間~数ヵ月後に発症し、死亡率は最大で 5%である。IDIN の原因薬物として多いのは、メタミゾール、クロザピン、サラファサラジン、チアマゾール、カルビマゾール、アトキシシリン、サルファメトキサゾール/トリメトプリム、チクロピジン、バルガンシクロビル (ガンシクロビルのプロドラッグ、商品名はバリキサ) である。

特異体質の人で発症すること、マウスモデルが存在しないこと、診断的な検査がないこと、発症頻度が低いことが病態生理解明のための研究を難しくしている。薬剤に特異的な抗体による好中球の破壊や薬剤によって誘導される自己抗体の関与が示唆されているが、エビデンスには乏しい。好中球障害活性をもつ薬剤に対する抗体の検査は煩雑で感度も低いのでほとんど行われない。

患者はしばしば急性の経過で好中球数 500 /μL 未満に低下し、発熱、悪寒、喉の痛み、関節痛や筋痛を認める。診断は容易ではないが、即座に疑えることは極めて重要である。治療が遅れれば、死亡率が上昇するからである。

好中球数 1500 /μL 未満は好中球減少症 (neutropenia) といい、500 /μL 未満は重度の好中球減少症あるいは無顆粒球症 (agranulocytosis) という。好中球数 100 /μL 未満になると感染による合併症および死亡の危険が高くなる。

好中球減少症の原因 (リンク参照) はたくさんあるので、原因を特定するのは非常に難しい。好中球減少症の原因としては多くはないが、原因不明の好中球減少症を見たときには薬剤性を疑う必要がある。

1. 罹患率と死亡率

IDIN は好中球減少症全体 (好中球数 1500 /μL 未満) の原因としては多くはないが、重度の好中球減少症 (好中球数 500 /μL 未満) の原因の 2/3~3/4 を占める。IDIN の罹患率は報告によって異なるが、2.4-15.4 /100万人·年の範囲にある。IDIN 発症の危険因子としては高齢とポリファーマシーがある。

IDIN の死亡率は現在では 5%未満だと報告されている。これは 20年前の報告と比べると大分低い。20年前には死亡率は 20%だった。死亡率が低下した原因は、患者と医師が IDIN のリスクがある薬剤について知るようになり、早期発見と早期治療が可能になったからかもしれない。

死亡率は年齢とともに上昇する。また好中球数 100 /μL 未満では死亡率が高い。

2. 原因薬剤

最近のドイツで行われた大規模かつ長期間 (10年間) の疫学研究 FAKOS (Berlin Case Control Survailance Study) では 63件の薬剤性らしい無顆粒球症の症例が報告されている。このうち原因薬剤として特に頻度が多かったのは、メタミゾール (n =10)、クロザピン (n=6)、サルファサラジン (n=5)、チアマゾール (n=5) だった。最近の IDIN 203例を検討した研究では、原因薬剤のトップ5 はカルビマゾール (n=28) 、アモキシシリン (n=22)、サルファメトキサゾール/トリメトプリム (n=19)、チクロピジン (n=10)、バルガンシクロビル (n=9) だった。

プロピルチオウラシルなどの抗甲状腺薬による IDIN の発症頻度は 0.2-0.5%だと報告されている。また、非定型向精神薬のクロザピンによる IDIN の発症頻度は 1%だと報告されている。

日本での報告では、抗甲状腺薬 (96%がメチマゾール) による IDIN 754例のうち、24例 (3%) が死亡した。IDIN は典型的にはには抗甲状腺薬投与開始から 3ヶ月以内に発症するが、投与開始から 5日で発症した例や 10年後に発症した例の報告もある。病態生理には薬剤依存性の抗体および抗好中球抗体が関与するのではないかと言われている。

クロザピンは非定型向精神薬であり、標準治療に反応しない統合失調症の治療に用いられる。クロザピンはおそらく最も IDIN を発症しやすい薬剤である。クロザピンで治療されている患者の最大 1%が IDIN を発症する。IDIN は服用開始から 3ヶ月以内に発症することが多い。白血球数をモニターすると致死性の無顆粒球症の発症率は 0.03%まで低下する。クロザピンによる IDIN の発症機序としては、1. 反応性のニトレニウムイオンの代謝のために ATP が消費され、好中球のアポトーシスが起こるため、2. クロザピンの代謝産物によりインフラマソームが活性化するためなどが考えられている。

3. 病態生理

IDIN の病態生理については、おもにハプテン仮説(hapten hypothesis) と危険シグナル仮説 (danger signal hypmthesis) によって説明されている。

ハプテンは 5000 Da 未満の小分子で、それ自体では免疫原性はないが、蛋白質などの大きな分子と結合することで免疫反応を引き起こし得るものと定義される。IDIN においては、薬剤がハプテンとして好中球の細胞表面にある糖蛋白に結合すると考えられている。このとき薬剤に対する抗体が薬剤と糖蛋白の複合体に結合すると、好中球が破壊される。

ハプテンは蛋白質などの担体に強固に (ふつうは共有結合で) 結合する必要がある。薬物は主に肝臓で水溶性の分子に代謝され、尿から排泄される。大部分の薬剤は肝細胞で代謝されるが、一部の薬剤は好中球で代謝されることが分かってきた。好中球のミエロペルオキシダーゼなどの酵素のはたらきにより生じた反応性の代謝産物は好中球細胞表面の蛋白質と共有結合し、ハプテンとして免疫反応を惹起し得る (リンク参照)。

ハプテンが結合した顆粒球の蛋白質は抗原提示細胞から主要組織適合遺伝子複合体 (major histocompatibility complex: MHC) を介してヘルパー T細胞に提示される (シグナル1)。

免疫反応を起こすためにはシグナル1 だけでは不十分で、障害された細胞から発せられた危険シグナル (danger signal) によって抗原提示細胞が活性化される必要がある。活性化された抗原提示細胞は MHC による抗原提示と同時に、共刺激分子である B7 を介して提示された抗原は排除する必要がある危険なものであることを伝える (シグナル2) 。抗原提示細胞上に発現した B7 はヘルパー T 細胞上の CD28 と結合し、ヘルパー T細胞を活性化させ、免疫反応を誘導する。

熱ショック蛋白質 (heat shock protein) やヒアルロン酸フラグメントなどの内因性の分子は抗原提示細胞上に発現した Toll 様受容体 (Toll like receptor) などのパターン認識受容体に結合し、危険シグナルを伝える。

しかし、IDIN の病態生理においてどのようにして危険シグナルが生じるのかはよく分かっていない。併存疾患によって危険シグナルが生じる可能性は考えられる。実際、開胸手術や特定のウイルス感染では IDIN のリスクが増加する。他に反応性の薬剤の代謝産物に曝露された好中球が危険シグナルを発している可能性も理論的にはあり得る。さらに、反応性の薬剤代謝産物がインフラマソームを活性化した結果、危険シグナルが生じる可能性もあり得る。

4. 検査

IDIN の病態生理には薬剤依存性の好中球に対する抗体が関与すると考えられているが、抗体検査はほとんど行われない。その理由のひとつは、好中球は長時間保存することができないので、検査のために大量の新鮮な血液が必要になるからである。また、抗体検査の感度は低い。

5. 診断と治療

IDIN の患者はしばしば無症状であり、早期診断は難しい。そのため、既に感染を起こして激しい喉の痛みと発熱で受診することが多い。

IDIN の治療で最も重要なのは被疑薬の中止である。感染予防を徹底し、感染が疑われる場合は抗菌薬治療を行う。好中球数が正常化するまでに平均して 9日間 (最長で 24日間) がかかる。好中球数正常化までに時間がかかる場合は、顆粒球コロニー形成刺激因子 (granulocyte-colony stimulating factor: G-CSF) の投与を検討することもある。重症の好中球減少症に対して G-CSF を投与することについては一致した見解はない。G-CSF を投与した場合、好中球正常化までの期間は 1日だけ短縮 (9日→8日)する。G-CSF の効果を検討したランダム化試験は1件しかないが、G-CSF 投与の利益は示せていない。しかし、好中球数 100 /μL 未満の場合には感染と死亡のリスクが高いので、著者らは G-CSF 300 μg/日を皮下注射すべきだとしている。

ハプテン仮説·危険シグナル
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6142577/figure/F1/?report=objectonly

好中球減少症の原因
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6142577/table/T1/?report=objectonly

元論文
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29222255/