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箕面の森の小さなできごと&四季の風景 *みのおハイキングガイド 

明治の森・箕面国定公園の散策日誌から
みのおの山々を歩き始めて三千余回、季節の小さな風景を綴ってます 頑爺<肇&K>

NO-7 <森の白い子犬> (3)

2015-03-02 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)
 
 森の白い子犬  (3)

  

 

その夜 夫は子犬をお風呂に入れて洗う事にしました・・・ 

一緒に入ると そのうちに・・・

  「あ~あ そんなとこでおしっこするなよな・・・ おい、おい・・・

   こらこら だめ だめ だめだって・・・」

ブルブルしたのか・・・? 大変みたい・・・

 

でも ついこの前まではるちゃんとお風呂に入ると大賑わいだったから・・・

久しぶりのにぎやかな声に、私も少し元気になれました。

そのうち体を拭かないまま子犬が浴室を飛び出して、台所の私の足元に

走って来ました・・・ 

それを追いかけて、夫が裸のままあわてて追いかけてきたりして・・・

その様に2人とも大笑いしました・・・  

    こんな笑いも久しぶり・・・

 

その夜からもうすっかり仲良くなった子犬は、私達のベットの下を

寝場所と決め落ち着いています。

私達は夜遅くまで、気持ち良く寝ている子犬の寝顔を見ていました。

時折り 買ってきた犬の本を見ては、これからの対策? も話たりしていたら

遅くなったけど、不思議と昨日までの眠れない夜と違いすぐに眠れた

ようでした。

 

翌朝 先に子犬が起きたらしく可愛い声でワンワンと大きな声に・・・

二人ともビックリして飛び起きました・・・  

    何事?

でも2人で顔を見合わせて にっこり・・・ 

   お腹がすいたのかしら?  

   そうだおしっこに連れてかなきゃ・・・ 

昨夜は遅くまでかかってやっと掃除したんだから、またその辺でおしっこでも

されたら大変です! 

私はいつもの好きなヴイヴァルデイのCDを取り出し、今朝は協奏曲「四季」

をかけました・・・ 

心地いい演奏が流れます。 

 

  そうだわ! この白い子犬に名前をつけてあげなくちゃ・・・ 

  「ヴイヴァルディなんてどう?」 

  「それちょっと長いよ・・・」 と、夫。

  「じゃ・・ ヴァルデイ・・・ 何か変だな・・・?」

  「これって、以前はるちゃんと三人で観た映画の 「ベートーベン」 と

   よく似てないか?」 

  「そういえばそうね・・・」 と、大笑い。

はるちゃんはあの日TVを見ていて、ワン ワン! といって嬉しそうだった

思い出していました。

結局二人で 「ベル」 と名付けました。

 

一週間後、私はあの管理事務所へ電話を入れてみました。

夫は毎日会社から帰ると 「今日は電話なかったか?」 と聞くのです。

 「ないわよ・・」 と聞くと、嬉しそうにベルと遊びだすのです・・・

いつも帰ってきて玄関を開けると、いつもそこにベルがいて ワン! と

いって迎えてくれるので、夫は嬉しくてしょうがないみたいです・・・

しかしいつも不思議で、私も気が付かないのに、夫の到着一分ぐらい前

には、もうベルは玄関に出ていて、どうして分かるのかビックリするのです。

 

何度目かの電話の後で管理の人はメモを見たこと、問い合わせはないこと、

そしてたまに捨て犬がいるので、よかったらそちらで飼ってやってください・・・ 

とのことでした。 

   嬉しかったわ・・・  

二人してこんなに喜んだのも久しぶりのことです。 

 

この日からベルは私達の家族になりました。

いたずらっ子のやんちゃな時もあるけど、私達はどれだけベルに助けられ、

心に安らぎえを与えられ、心和み、静かな眠りに入る事ができたこと

でしょうか・・・

みんなベルがいてくれたお陰です。

 

やがて私は妊娠している事が分かりました。

その日は二人してどんなに喜びを分かち合った事でしょう。

  嬉しい!

ベルも2人が喜んでいるからか、いつもより大きな声で ワン ワン・・・!

と、祝福してくれました。

悲しみでしばし忘れていたはるちゃんとの三人の生活を思い出し、

再び描く事のできる希望がとても嬉しくて・・・ 神様に心からの感謝を

捧げました。

 

日々大きくなるお腹の赤ちゃんと共に、私ははるちゃんのことを毎日ベルに

話していました。

ベルはいつもはるちゃんとの思い出のお話をするとき、私の横に来て

私の顔を見ながら静かに聞いてくれるのでした。

 森を一緒に散歩した事、花や木々、動物や植物、昆虫も川の魚やあの

サワガニのこともね・・・ お猿さんやリスや鹿との出会いのことも・・・

おむすびを口いっぱいになって食べていた事も・・・

はるちゃんの思い出を毎日話していました。

私はこのベルとのお話に、どれだけ心癒された事か分かりません。

心穏やかになり、やっと はるちゃんが天国へ召された事を、受け入れ

られるようになりました。  

  ・・・ベル! いつも私の話を聞いてくれてありがとう!・・・

ベルはいつも話終わると、尻尾を振って嬉しそうに応えてくれました。

 

やがて初夏が来て、お腹の赤ちゃんも元気に私のお腹をけり始めました。

私はまた幸せを味わう事ができました。

そんなある休日に夫が 「久しぶりに森へ散歩にいこうか・・・」 と

私は今度は 「行きましょう いきましょう・・・」 と、嬉しかったので

お弁当もいっぱい作って出かけました。

 

前回は朝、悲しみながらでかけ、夕方にはべルでてんてこ舞い・・・ と

おもしろい一日でした。

   今日は嬉しい日になりそう・・・

可愛い首輪をつけてもらっても、ベルは邪魔なのか余り嬉しそうではない? 

でもいつもの<Expo‘90 みのお記念の森> に着いたら元気になって、

夫と嬉しそうに先を歩いていきました。

 

 <芝生広場>についたとき、一組の家族がいましたがすぐにいなくなり、

私たちだけになったので、夫はベルのリードと首輪を外してやりました。

ベルも自由になったのか嬉しそうに走り回っています。

その内、夫はベルと鬼ごっこ? (そのつもり・・) をしたり、かくれんぼ? 

おいかけっこ? をしたりして遊んでいます・・・

いつかはるちゃんと遊んだ時のように・・・

夫も辛い日々を過ごしてきて、やっとベルのお陰ではるちゃんの現実を

受け入れられたようでした。 

 

少し遅いお昼のお弁当は、みんな綺麗に食べてなくなってしまいました。

  「ベルも小さいのによく食べたわね・・・」

お腹がいっぱいになって私達は生まれてくる新しい家族を思い・・・

夢と希望いっぱいの話を沢山する事ができました。

ベルは足元でウトウトして眠っていたかとおもうと、また走ってみたり・・・

その内、花園の花びらで遊んだり、出たり入ったりしていました。

 

  「さあ~ベルもう帰るよ!   ベル!帰っておいで・・・

   ベルはどこで遊んでいるんだろう・・・?  ベル! ベル!」  

いつまで呼んでも,いつまで待っていてもベルは帰ってきません、

 花の谷や赤ちゃんの森に夏の森・・・ とにかくいろいろ周りを探しました

が閉門の4時までに探しきれずに・・・ 

   何がどうなっているのかしら?・・・

   そういえばベルを始めて見たときも、あの花園だったわね・・・

   いなくなったのもあの花園・・・・? 

まるで夢を見ているようでした。

 

 

それから10日後に私は元気な男の子を授かりました。

夢のような嬉しさです。

名前は 菜津樹(なつき) です。

なっちゃんははるちゃんの生まれ変わりではありませんが、

私達ははるちゃんの思い出と共に大切に 大切に なっちゃんを育てて

いきます。

 

昨日、なっちゃんの3ヶ月検診を終え、全て順調と言う事でした。

今日は3人でまたあの<みのお記念の森>にやってきました。

 

キョロ キョロ 回りを見渡してベルを探しているのですが・・・・

でも もう二人には心の中で分かっているのでした。

 ベルは私達を悲しみのどん底から救いだしてくれ、そして立ち直れるように、

神様が遣わしてくれた天使であることを・・・

いや、天国の犬だから 天犬! と言うのかな? と 二人して笑いました。

 

  「ベルありがとう・・・ ほんとうにありがとうね・・・

   ベルのお陰でパパもママも元気になれました・・・

   そしてなっちゃんを授けてくれて本当にありがとう。

   みんないつまでも一緒の家族だからね・・・ いつまでもね!」

 

私の腕の中でなっちゃんが私の顔を見て微笑んでいます・・・

  「生まれてきてくれて ありがとう・・・!」

 

箕面の森に、さわやかな風が吹き抜けていきました。   」

 

 

恵子から小冊子を受け取ったみんなは、最初の美咲のお話を読むと

安堵感に涙する人、よかった! よかったわね! と言う人や、

自然界の不思議さを話す人などでいっぱいでした。

  「私も箕面の森に天犬を探しに行こうかしら・・・」 と言う人がいて

大笑いになり、今年も盛況な集いになりました。

 

箕面の森を愛する人々のお話は尽きる事がありません。

 

 

 

完)

 

 

 

 

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NO-10 <綾とボンの絆>

2015-01-02 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

みのおの森の小さな物語 (創作ものがたり)

 

NO-10

 

<綾とボンの絆>

 

 

箕面山麓の坊島(ぼうのしま)に住む88歳になる綾さんが、1月の寒い朝、

自宅でボヤ騒ぎを起こした。

愛犬のボンが激しく吼えてなければ近所の人も気づかず、全焼するところ

だった。

 

それで綾さんは視力も体力も衰え、もう一人で生活する事が難しくなったので、

市や福祉の担当者に勧められ、森の中の老人ホームへ入る事になった。

 

綾さんの夫 雄一郎はすでに他界し、子供もなく、近い親族もいないので、

住んでいた自宅は後見人の弁護士から依頼された業者が

買い取っていた。

綾さんが一番気がかりだった老犬ボンは、その業者が 

  「大切に面倒みますから・・・それに、たまにホームに連れて

   行きますから・・・」  

とのことで、やっと自宅を手放す事に同意した経緯があった。

  しかし、業者はその後 家屋の解体のさい面倒になり、箕面の山にボンを

連れて行き放置してしまった。

 

ボンは16年前、まだ元気だった雄一郎が山歩きの帰り道、清水谷園地に

立ち寄ったとき、その東屋に置かれていたダンボールの中で クンクン と

泣いていた捨て犬だった。

  「あんまり可愛くて、可哀想だったから連れてきたよ・・・」 

と嬉しそうに綾に見せたが、綾はその黒いブチの子犬が可愛いとは思えず、

正直困ったな~ と思っていた。

子供を育てた事もないので、躾なども不安だった。

  しかし、部屋の中を元気にはしゃぐ姿を見ていると、戻すわけにも行かず、

それに足元にじゃれつき嬉しそうに遊ぶ子犬に、だんだんと情が移り、

やがてもう離れられない大切な存在へと代わっていった。

 

名前は雄一郎が ボン と名づけた。

雑種で、ちょっとボンクラなところがあり、それを親しみをこめて名づけた

ものだった。

ボンはよくヘマをするので、雄一郎はよく 「コラ このボンクラめ!」 と

頭をコツンとする・・・ すると、その都度 ボンがおどけた顔と仕草をして

二人を笑わせた。

 

やがて雄一郎は、自分の山歩きに、ボンを連れて出かけるようになった。

ボンも一緒に山を歩ける日がくると、尻尾を大きく振りながら喜んだ。

それから10数年、雄一郎とボンは毎週のように、一緒に箕面の山々を

歩いてきた。

 

ところがある日のこと、歩きなれた東海自然歩道の最勝ケ峰の付近で、

雄一郎が突然発作を起こして倒れた。

その時 ボンは、人気のない山道を人を探して走り回り、その姿を察知した

ハイカーが気づいて雄一郎にたどり着いたのだ。

 しかし救急隊が山を登り駆けつけたとき、もう二度と戻らない体となっていた

けれど、ボンは最後まで雄一郎のそばを離れなかった。

  雄一郎の死を信じられないボンは、綾に何度も山へ行きたい仕草をしたり、

コツン としてもらいたいのか? わざとヘマをしたり、おどけたりして涙を

誘った。

 

毎日のように催促するボンをつれ、綾は何度か近くの散歩に出かけて

いたが、ある日 いつになく強く引っ張るボンを止めようとして転倒し、

動けなくなった。

 足を骨折した綾は、それ以降 ボンと外へ出歩くこともできなくなり、

一日中一緒に家の中で過ごす事が多くなった。

  毎日 独り言で昔話をする綾の話しを、ボンは玄関口の座布団の上に

寝ながら、いつまでも聞き耳を立てていた。

そして ときどき ウー ウー と、綾に返事をしてくれるかのように声を

発するので、綾もボンと話すことを毎日の生きがいに過ごしていた。

 

季節は春になり、暑い夏がすぎると秋になり、そしてまた厳しい冬がきた。

 綾とボンの毎日は、ゆっくり ゆっくり と時が刻まれていった。

そして お互いに老体を支えあって生きていた。

 それが一変したのが、一ヶ月前のボヤ騒ぎだ。

目が見辛くなっていた綾が、牛乳を鍋に入れ火にかけたとき、鍋に

張り付いていた紙片に火が燃え移り、危うく大火事になるところだった。

ボンが激しく吼えて危険を知らせてくれたので、隣家の人が気づき、間一髪

惨事にならず済み、綾もボンも無事だった。

 

あれからすぐに福祉の人に付き添われ、森の中の老人ホームに入った

ものの、綾は離れ離れになったボンのことが心残りでならなかった。

唯一、寒い日の時のためにと編んで着せていたボンの背あての一つを

持ってきたので、綾はいつもそれをさわってはボンを想っていた。

 

  「いつか犬を連れて行ってあげますから・・・」 

と、あの業者は言っていたのに・・・

思い余って綾は後見人を通し、あの業者に問い合わせしてもらったら・・・

  「どこかへ逃げていってしもうた・・・」

との返事だった・・・ と。

  ガックリと肩を落とした綾は、その日から生きる望みを失い、食もノドを

通らなくなり、日毎 身も心も急激に衰えていった。

思い出すのは愛犬ボンのことばかり・・・

子供を失った母親のごとく、綾は放心状態だった。

 

見かねた施設の介護士が、時折り綾を車椅子にのせ、近くの森へ散歩に

出かけていた。 

小雪の降るような寒い日でも、散歩に出る日の綾は、少し表情が穏やかに

るので、介護士もマフラー、手袋、帽子にひざ掛けなど、いつもより温かく

して出かけた。

散歩に出ると綾は、いつもキョロキョロと森を見て、何かを探すような

仕草をしていた。

 

ボンが山の中に捨てられたのはこれで二度目だ。

生まれて間もない頃、雄一郎に拾われなければ、ボンの命はすぐに

終わっていたかもしれない・・・ その後の生涯を、温かい家族の中で

過ごしてきた。  そして16年を経、老体となった今、再び・・・

  「じゃまや!」 と、心ないあの業者によって森の中へ捨てられた。

 

ボンが業者の車から下ろされ、リードをはずされたのは、五月山林道沿い

だった。

ボンは雄一郎と共に、箕面の山の中を毎週のように歩いたので、地理はよく

分かっていた。 

ボンはリードを外されたことに これ幸い! とばかり雄一郎を探して

森を走り続けた。

 

猟師谷から三国岳、箕面山から唐人戻岩へ下り、風呂ケ谷から

こもれびの森、才ケ原池から三ッ石山、医王谷と下りながら、何日も何日も

探し続けた。 谷川で水を飲み、ハイカーが食べ残したもので飢えをしのぎ

ながら・・・ 

 

ボンはどんどんやせ細り、もう余命いくばくのなかった。

 やがて疲れ果て、谷道から里の薬師寺前に下り、大宮寺池の横から家路に

ついた・・・ のだが?  

    懐かしい家がなくなっている?

すでに家屋は全て解体され、何一つ無い更地になっていた。

ボンが毎日飲んでいた水受けが一つ、庭跡に転がっていた・・・

家族の匂いがする・・・ 綾さんの匂いがする・・・  ワンワン ワンワン

 

ボンは我に返ったかのように、ついこの間まで共に過ごしていた綾さんを

探し始めた。  

    どこへいったんだろう?  どこにいるんだろう?

    ワンワン ワンワン  

ボンは必死に叫び続けた・・・

ボンは再び箕面の山々から里を歩き、綾さんを探し続けた・・・

しかし 綾さんの姿はなく、ボンの体力ももう限界にきていた。

 

そして 小雪舞い散る寒い日の夕暮れ・・・ 奇跡が起こった。

 この日も里道をフラフラになりながら探し続けていたボンが・・・ 

    うん?

と、耳を立て鼻をピクピクさせた。

 あの懐かしい綾さんの匂いがする・・・

 

少し先に、綾さん車椅子で散歩に連れて行ってもらったときの片方の

手袋が落ちていた。

 

 懐かしい綾さんの匂いがする・・・ 

    どこにいるの?  ワンワン  ワンワン

ボンは嬉しくなり、思いっきり声の限りに叫んだが、その叫び声は

強い木枯らしにかき消されていった。

    この近くに綾さんがいるに違いない・・・ 

ボンは気持ちを奮い立たせ、必死になって探し始めた。  

やがて大きな建物の前に出た。 

綾さんに似た老人達がいることを察知したボンは、外から必死にその姿を

追ったが見つからなかった。

やがて疲れ果て、建物が見える山裾に倒れるようにして体を横たえた。

 

夜も更け、今夜も眠れぬ綾は、ベットの脇の窓から見えづらくなった目で

ボンヤリと外を眺めていた・・・ 「今夜は満月のようね・・・」

もう食もほとんどノドを通らず、気力、体力共に無くなっていた。

その時だった・・・ 

             ワン !

 

遠くで一言だけど、犬のなく声が聞こえた・・・ ような気がした。

 「あれは? ひっとしてボンの声かしら?  きっとそうだわ

  きっとボンに違いないわ・・・」

 

綾はそれまで一人では起き上がれなくなっていたベットから、自力で窓辺に

立ち、やっとの思いで外の小さなベランダにでた。

 

ボンはいつも自分を励まし、雄一郎や綾さんを探すために、寝ながらも

無意識のうちに一言だけ  ワン !  と発していたのだが・・・

 

目の前の建物のベランダに、満月の明かりに照らされて一人の老人が

立ち上がったことにボンは耳をそば立てた。

綾はかすれたノドを振り絞るように、か細い声で叫んだ・・・

 

 「ボンちゃ~ん  ボン ボン ボンちゃ~ん・・・」

 

小さな叫び声が、北風にのってボンの耳に届いた。

 

   綾さんだ!

   ワンワン  ワン ワン  ワンワン

 

 「やっぱりボンちゃんだわ  ボンちゃ~ん  ボンちゃ~ん

  どこにいるの  どこに?  

  あのあたりね・・・ 近くだわ  

  嬉しいわ  そこにいてくれるのね  ありがとう  ありがとうね

  元気そうだわ 嬉しい  

  うれしい  よかったわ  

  ボンちゃ~ん  ありがとう・・・」

 

谷間を挟んで、綾とボンはお互いに声の限りに叫び続けた。

 

 「今夜はようノラ犬が鳴くな~」 と、施設の当直が話していた。

 

綾とボンは、心通わせつつ温かい幸せの世界に浸っていた。

やがてその声も叫びも、いつしか小さくなり、途切れとぎれになっていった。

 

森の夜がしらじらと明けてきた頃・・・

ベランダの下で、小さな編み物を手に永遠の眠りについた綾さんを、

職員が発見した。

そして向かいの山裾では、ボンもまた片方の手袋を口にくわえたまま

死んでいた。

 

やがて箕面の森に明るい朝陽がさしこんできた。

その輝く光の上を、綾とボンは仲良く並びつつ、天国で待つ雄一郎の

元へと登っていった。

 

 

(完)

 

 

 

 

 

 


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止々呂美(とどろみ)の山野に抱かれて (1)

2014-12-09 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)
みのおの森の小さな物語 (創作ものがたり) NO-5

 

 

止々呂美(とどろみ)の山野に抱かれて (1)

 

 

 

箕面の中学校に通う田中真理は、とにかく<荒れる中学生>の

真っ只中にいた。

物静かで内気でおとなしいと言われていた真理は、その中で荒れる

彼らの恰好の標的になっていた。

 

真理は毎日仕事で忙しい親からは放任され、ろくに話もまともに

聞いてもらえず、先生からも あいつは暗いな~ と、これ見よがしに

他の生徒に言ったり、男子からは  もしもしかめよ・・・暗子さん?  と、

みんなの前で歌われ からかわれたりしていた。

親友と思っていた友人達からも陰で笑われていることを知り、裏切られた

気持ちでいっぱいだった。

 

   ・・・誰も私のことを分かってくれない・・・

人間不信に陥っていた。

   ・・・なぜ?  わたしだけこうなの?  私が何をしたと言うの?  

  私はみんなに何も悪い事はしていない・・・なのに  なんで・・・?

反発もできず,  誰も助けてくれなかった。

そしてその数々の辛いできごと次々と起こっていた。

そしてそれは辛い一日の始まりだった。

 

真理が2時間目の休憩時間に机に戻ってきたとき、自分のかばんが

無くなっていることに気づいた。

授業が始まっても先生は何も言ってくれないし、みんなも知らん顔をして

後ろの方では笑いをこらえている友達もいる。

   ・・・またか・・・ 

真理は教室を抜け出し、かばんを探しに行った・・・

泣きながらあちこち探し回った。

そしてそれはなんと、男子トイレの便器の中に突っ込まれていた・・・

  「汚いものは捨てましょう・・・」 と、走り書きがあった。

朝 コンビニで買った昼食には、おしっこがかけられていた。

教科書もみんな濡れていた。 

 トイレの鏡をふと見ると、自分の背中になにか紙が張られている・・・

 そういえばさっき、男子が 「がんばれよな・・・」 と 背中をたたいたが、

 「なぜ?」  と 振り返ったとき後ろのみんなが笑ったけど・・・

 あの時私の背中にこれを張ったんだ・・・

何とか振り向いて紙をはがしたがそこには・・・ 

  「私は、もぐら子です 暗い土の中でミミズが大好きです。 

   もぐもぐ 」 

   ・・・なによこれ?  もう死にたい・・・

もう何も抵抗する事もなく、頭は何も考える事もできず、だたぼんやりと

歩いていた。

 

 どのぐらいの時間が経っていたのだろう・・・

 どこをどのように歩いていたのか分からないけれど・・・

真理はいつしか家の近くの踏み切りに入っていった・・・

冬の夕暮れは早い・・・

先の方に電車の明かりが見えた・・・

   ・・・これで楽になれるわ・・・・

そのまま体が浮いたような気がしたけど、真理はそのまま意識を

失った。

 

 

真理が気がついたおは病院のベットの上だった。

頭には包帯をしていたが、特に痛いところもない・・・

  ・・・なぜ私はここにいるの?  

   思い出してきた・・・ 生きていたんだ・・・

   嫌だ! 嫌だ! 絶対嫌だ! 生きていたくないのに・・・

   どうして?   そんな・・・   嫌だ!・・・

 

その時だっ・・・

   「お~お~ よかった よかった やっと気が付いたよだな~」   

大粒の涙をいっぱいため、今にもこぼれ落ちそうな目で真理の頭を

なでていたの止々呂美に住む真理の祖父母だった。

   「よく眠ったね・・・」   

二人は真理の顔に両手を当てて~ ウン ウン とうなずいている。

真理はおじいちゃんに聞いた・・・

  「どうしておじいちゃんやおばあちゃんがここにいるの?   

   何があったの?   どうしてなの?」  

まだ頭はもうろうとしていた・・・ 

二人は顔を見合わせると交互にゆっくり、ゆっくりと話し始めた。

 

 それによるとあの時、真理が踏み切りから線路の中に入っていった時、

 丁度 夕刊を配達していた同じ中学の3年生が真理を見ていて・・・  

   ・・・おかしいな・・・? と。

 その時、急に線路上で倒れ, 前からは電車が激しく警笛を鳴らし

 始めたので、あわてて自転車を投げ出して助けに入り、間一髪で

 間に合ったのだとか・・・

 近所の人たちの協力で二人とも病院に運ばれたが、男子生徒は軽い

 擦り傷ですみ、その日の内にすぐに帰ったとか・・・

  真理は気を失ったようだが、その時に線路に頭をぶつけたが幸い骨に

 異常もなく、ひびも入ってなかったようで 3日もすれば退院してもいい・・・

 とのこと。

 薬の影響もあってか心身の疲れからか、丸二日間眠っていた事。

 父母はさっきまでここにいたけど、それぞれに仕事が忙しく店に戻った

 ところだとか・・・

 学校の先生も見舞いに来ていたけど・・・

  (これを聞いたとき真理の全身に虫唾が走ったが・・)

 祖父母は父からの電話で飛んできたが、すでにバス便がなく近所の人の

 軽トラックで送ってきてもらったとか・・・ 

  

真理はそんなことをぼんやりと天井を見ながら聞いていた・・・

 

  ・・・これでよかったんだろうか?  分からない?  

    あの学校の事を考えたら・・・

    また始まるんだ・・・ やっぱり死にたい・・・  

そう思うだけで別の涙が出てきた。

 

夜遅く、やっと父と母がやってきた・・・

そして 真理の顔を見るなり  「どうしてこんなことするの・・・」 と、母は

涙でいっぱいになるし、父も 「なんでやねん? 」 とつぶやいている。

  「二人とも 仕事が忙しかったからな・・・ かまってやれなかったしな~ 

   悪かったな、何があったんや!  お金も渡してたしな~  

   なんでや?・・・」  

  ・・・やっぱり私のことなんか何も分かってくれてない・・・

真理は心の中でつぶやいた。

 真理は結局両親には何も話さず無言で通した。

何も分かってくれようとしない心に更に失望したからだが、

  ・・・どうせ何を言っても分かってくれそうもない・・・ 

それは確信に近かった。

  ・・・何も以前と変わらない・・・ もういやや! 嫌だ!・・・・

     なんで私を助けたりしたんや・・・! 

 

二日後、真理は早くも退院し自宅に戻った。

学校の担任と校長が来たが、会いたくなかったので頑なに断った。

助けてくれたあの3年生も見舞いに来たけど、真理は会いたくなかった。

 

真理はその夜、父母が祖父母と話していて、なぜかいつも静かで寡黙な

おじいちゃんが大声で息子の父をすごく怒っているのが二階まで

聞こえてきたので不思議に思っていた。

 やがて少し静かになったかと思ったら、祖父母が二人して真理好きな

イチゴを山盛りにして部屋に入ってきた。 

 真理が後で聞いた話では、祖父母は見舞いに来る学校関係者や警察、

また真理は会わなかったけど友達と名乗る同級生たちから話を聞いて、

いじめを受けていた孫娘の状況を大体把握し、それで両親を問い詰め

話していたようだ。

 学校や教育委員会にも厳重に抗議したのも、祖父母だった。 

真理の両親は仕事を理由に、そんな大事な事まで知ろうとしなかったし、

担任や校長の弁解を鵜呑みにしていたとのこと・・・  

事情がわかってビックリしている様子だった・・・ と。

 

部屋に入ってきた祖父母は真理の前にきちんと座って・・・

  「まりちゃん!  もう何も心配しなくていいよ・・・

   おじいちゃんとおばあちゃんのところへ来たらいい・・・」 

   「えっ!どうして? 学校は?・・・」 

  「おばあちゃんの出た止々呂美中学校があるさ・・・」

と微笑む。

   「えっ! あんな田舎の学校へ?」 

と 言ったものの、とっさに今の中学から離れられる・・・

それだけで何よりの魅力だった。

おばあちゃんから大きなイチゴを口に入れてもらいながら、

真理は大きくうなずいた・・・

  「よし決まったな  後はおじいちゃんに任せておきな・・・」

おじいちゃんが優しく頭をなでてくれた・・・

 

真理は二週間後に転校する事が決まった。

この間、いろんな人が来たけれど、結局 真理は誰とも会わなかった。

特に学級代表なんて、かつての級友が来たときなど、急に体が硬直し

吐いてしまったほどだ。

相変わらず仕事、仕事の父母に代わり、祖父母がずっと真理の傍に

いていろんな話をただ黙って いつまでも聞いてくれたので真理の心も

やっと落ち着いてきていた。

 

すでに真理の荷物は運んだ後だけど、 転校の朝 車で送ってくれると

言う父母が真理の知らない人と話している・・・ 

なぜかペコペコしているけど、どうやら制服姿から真理を助けてくれた人

かもしれない・・・ と真理は思ってみていた。

彼は紙袋を父に渡し、真理に向かって会釈をしたので、 

真理もつられるようにお辞儀をしたが、まだお礼が言えなかった・・・ 

まだ、その気分でもなかった。

 次の中学で上手くいくとは限らないし、不安は消えなかったからだが・・・

袋の中にはCDが一枚入っていた。 

   「元気でな・・・!」  というメッセージと共に・・・ 

 

真理は新天地に向けて出発した。

 

 

 

(2) へ続く・・・

 

 

 


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止々呂美の山野に抱かれて  (2)

2014-12-09 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

止々呂美の山野に抱かれて  (2)

  

 

真理は父親の運転する車の後ろに乗り、去っていく自宅を見つめていた。

   ・・・いい思い出なんか何もなかった・・・

 

箕面の自宅から池田を回り40分位で止々呂美(とどろみ)に着いた。

同じ箕面なのに、久しぶりにみる祖父母の家はいかにも古く、田舎の家

だったが・・・ それがなぜか余計に嬉しかった。

国道から少し入っていった所に見える二人の住まいは、父親の生まれた

家だった。

 

2日前、いったん帰った祖父母の姿が見えた。

   ・・・まだ2日前なのになぜかなつかしい・・・

二人とも満面の笑みを浮かべ、両手を広げて迎えてくれた。

真理はそれだけでとても嬉しかった。

   ・・・私を見ていてくれる人がいる・・・

それだけで安心だった。

 

両親は祖父母と少し話していたが、近いからまた来ると言って

すぐに帰っていった。

   ・・・いよいよ新しい生活が始まるんだわ・・・

 

おじいちゃんもおばあちゃんもちゃんと準備をして待っていてくれた。

すでに送っておいた勉強机や本やCDなんかもきれいに棚に置いて

あった・・・ 服も揃ってる。

 部屋はかつて父が使っていたという、見晴らしのいい8畳ほどの畳部屋

だが、窓には朝つけたという真新しい花柄のカーテンがかかっていて

きれいだった。 

  「さあ さあ こっちへ来てゆっくりしな!」  

もうコタツが入っている・・・

  「そんなに寒くもないが、朝夕がかなり冷えるからね・・・」

自宅にはなかった温かさを改めて感じながら、真理はおばあちゃんの

入れてくれた渋いお茶を飲んだ・・・ 

  「苦い!」

  「そうか  そうか! おじいちゃんの好みとは違うもんね・・・」

そう言って今度はうすいお茶を入れてくれながら、3人で笑いあった。

田舎饅頭のあんこが甘くて美味しかった。

 

次の朝 真理は鶏の  ” コケコッコー ”  の鶏の鳴き声でビックリして

起きた。

窓から下を眺めると、余野川の流れの中を、白い見たこともない鳥が

飛んでいったり・・・  前方の山並みに朝陽が当たってそれはきれいな

光景があった。

  ・・・私はここにいていいんだわ・・・ 

まさに別の世界に来ていた。

祖母の作る朝食は、ご飯とお味噌汁、野菜の煮物に漬物が主だった。

いつもありあわせのパンをかじって、学校に走っていたのとは大違いだった。

   ・・・夕食もコンビニで買って、一人で食べる事も多かったのに・・・

 と真理は嬉しかった。

面白いおじいちゃんの昔話を聞いたり・・・ おばあちゃんの料理自慢を

聞いたりしながら、和やかにしかも手作りの食事で食べられる事に

真理は初めて味わう安心を感じていた。

 

朝食が終わると、家の周りを二人が案内してくれた。

幼い頃に何度か来たことがあるもののもうすっかりと忘れていた。

 家の前には野菜畑があり、スーパーでもよく見る野菜が植えられていた。

鳥小屋には5羽の鶏がいて4個の卵を産んでいた。 

ゆずの木やいろんな果物の木もあった。

二人でそれぞれ分担して手入れしているようだ。

 

真理には犬の世話を任せてくれた。

雑種らしく、半年前に近所の人から貰ったという子犬で 「トト」 と

名前を付けたとのこと・・・

  「ひょっとしてとどろみの トト・・・ 」

  「そうさ !」 

と 返ってきた・・・・、 

なんとも単純だがおもしろい!  トトはもう1日で真理と仲良しになった。

 

祖父母は孫娘をゆっくりと環境になじませようと思ったらしく、

ご近所に挨拶もさせず、人と無理して会わせようともしなかったから、

真理は楽だった・・・

でも、新中学には来週の月曜日から行く事になっている・・・

   ・・・後3日あるけど 少し不安  憂鬱・・・

 

真理は翌日 トトをつれて一人で村を探検する事にした。

本当は狭い集落だから、真理のことはみんな知っていたようだが、

祖父母が事情を話していて、静かに見守っていてくれた事を後で知った。

両手を広げて深呼吸してみる・・・

   ・・・こんなに思い切って呼吸をしたのは初めてだわ・・・

      気持ちいい  空気がおいしい 

      今まで気にした事なかったけど ここにはいろんな鳥が飛んでる

       ぎゃー ぎゃーとけたたましく泣く鳥には最初びっくりしたわ 

       でもなんて言う名前だろうか? 

       耳を清ますと、いろんなトリの鳴き声が聞こえてきて 

       それはきれいな鳴き声から、さっきのうるさい鳴き声まで

       いろいろ・・・  でも楽しそう!・・・

真理は心からそう思えた。

  

田んぼに出た・・・ 

あぜ道を歩いていると、赤い花がいっぱい咲いている・・・

あとでおばあちゃんに 「彼岸花」(ひがんばな) と教えてもらったが・・・

きれいにいっぱい咲いている。

   ・・・きれいだわ・・・

少し先に <北大阪生協、箕面病院> の看板を掲げた建物が見えるし、

さっき歩いたところに <大阪音楽大学、セミナーハウス> の看板が

道の入り口に掲げてあった。

真理はゆっくりと散歩しながら、自分の心が穏やかになっていく事を

感じていた。

 

真理が散歩からそろそろ家に戻ろうか・・・ と思い 「幼稚園」 の横を

通りしばらくしたら・・・ トトが吠え出した・・・ 

   ・・・どこかで女の子の泣く声が聞こえる?

     あれ?  どこ? ・・・  

泣き声のする方に近づくと3歳位の女の子か?  

水の少ない小川の中でずぶ濡れになって泣いていた。

心配するような川ではないが、とにかく服が濡れている。

   ・・・ 寒いだろうに・・・

真理は早速 川からその女の子を抱っこして土手に出し、持っていた

ハンカチで濡れた顔を拭いてあげた。

 

すると ものの2~3分で、遠くからお母さんらしき人と、小学生の男の子が

こっちへ走ってくる・・・

   「ともみ・・・ ともみ・・・」 

   「どうもすみません・・・この子が妹の服が濡れて泣いてるから・・・ と

   家に走って帰ってきたので 今、飛んできたんですが・・・

   どうもすみません。 それにきれいに拭いてもらって・・・」

ともみちゃんはお母さんの持ってきた服を着替えさせてもらいながら、

もう泣き止んでニコニコしている。

お兄ちゃんの遊びに付いて来たものの、転んで 服が濡れ・・・

お兄ちゃんはビックリしてお母さんを呼びに行ったのだった。

 

  「この辺で見慣れない方だね・・・」 

   「はい、あのもみの木のある家に引っ越してきたんです 」

  「じゃあ・・・ 貴方が真理ちゃんね? 」

   「えっ! 私を知ってるんですか?」

  「ええ~、トトを連れていたし・・・  それにちゃんとおばあさんから

   聞いていますから・・・ いいとこでしょ・・  ここ!」   

   「ええ~ まあ・・」    

  「今度遊びに来てね・・・ きょうはありがとうね・・」   

   「ばいばい! ともみちゃん またね・・」

 

そうして3日間はあっという間に過ぎていった。

いよいよ学校へ行く日がやってきた。

歩いて10分足らずだが緊張する。

祖父母の母校とあって、おばあちゃんが付き添ってきてくれた。

 

職員室で担任を紹介されたとき真理は、

   ・・・どこかで見たような・・・?

     そうだあの金八先生をもう少し おしつぶしたような? 

     感じで、田舎臭いが味のありそうな先生・・・

それで少し安心した。

 真理が初めて教室に入り挨拶したときなど頭が真っ白、何を言ったのか

思い出せないぐらい緊張していた。 

一番前の机だったが座ったとたん隣の女の子が 「私 里美よろしくね」

と、それだけでもう真理は嬉しくなっていた。

 

初めての休憩時間が来た・・・

真理の不安は高まったが、里美が後ろの亜希を・・・ 右隣の紀子を・・・

と次々と紹介してくれた。

 お昼休みになった・・・

さっきの3人に更に3人が加わって、一緒にお弁当を食べた・・・

こんな事って少し前まで考えられなかった・・・

真理はもう嬉しくて、飛び上がるくらいに嬉しかった。

 

放課後になった・・

隣のクラスから 

  「私、幸代・・・昨日妹が助けてもらって・・・」   

   「えっ!じゃあ・・ あのともみちゃんのお姉さんなの ?」  

  「そうよ ありがとう!  これからよろしくね 」    

それを見ていたクラスのみんなは・・・ 

  「サチ・・ いったいなんでこの子しってるの?  ともみちゃん助けて

   もらったって ? なんなの ? 」 と・・・

しばしサチはあの日の出来事を話していたが、それを聞いていたクラスの

全員に真理の事が美談として伝わっていき、何にもしてないのにどんどん

友達が増えていった。

 

帰り道、余野川の川べりでみんなでおしゃべりに花を咲かせた。

   ・・・今までの辛い事を思い出すこともあるけど、ここの学校では

     まるで嘘みたいに、真剣にみんな聞いてくれて、自分の事を

     よく分かってくれて安心して過ごせる・・・

     金八似の担任も実におもしろく、それでいてやっぱり熱血で、

     温かいものをいつも感じるわ・・・

 

ただ一人、あの悪夢を思い出すような、ちょっと突っ張り風の男子がいて

いつも警戒していた。

 

数日後、真理は家が近くでいつも一緒に帰るようになったカエデちゃんが

風邪で休み、一人で家路についていたとき・・・

丁度雨が降ってきてかばんを頭に乗せ急いで歩いていた。 

すると後ろから走ってきた男子が急に真理に傘を差し出し・・・

   「これ使えよ・・」 

と言うと、自分は雨の中、濡れたまま走っていってしまった。

よく見るとあの突っ張りだった。  

   ・・・なんだいいやつじゃん!・・・   

その夜、真理はあの突っ張りの傘をたたみながら

   ・・・明日どうやって返そうかな?・・・ 

そう悩みながらも嬉しくなってしまった。

   ・・・もう大丈夫だわ !・・・ 

 

真理は翌日 止々呂美の朝陽を浴びた森や飛び交う鳥たち、

家の野菜やコケコッコーやトトにも、そして何より祖父母と温かい村の

みんなに心から・・・ 

   ・・・みんなありがとう !・・・

 と 心の中で大きな声で何度も叫びながら登校した。

    ・・・生きていてよかった・・・

 

真理はあの時 自分を命がけで救ってくれたあの時の中学の先輩に、

初めてお礼の手紙を書き始めた。

あの転校の日 紙袋に入れ 元気でな! とのメッセージと共に

贈ってくれたCDを聴きながら・・・

 

  ” 明日がある・・・ 明日がある・・・ 明日があるう~さ・・・ ” 

 

 

(完)  

 

 

 


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送られてきた漬物! (1)

2014-09-11 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

みのおの森の小さな物語 (創作ものがたり) NO-4

 

 

送られてきた漬物!  (1)

 

 

 

 流通業界に勤める斉藤 健太が、会社の労働組合支部で

 機関紙発行の担当者に任ぜられたのは10月のことだった。

 全国の支部が持ち回りで年一回発行の労組機関誌を編集し、

 4月に組合員約2万人ほどへ配布するもので、今年は健太の

 支部がその担当だった。 

と言っても責任者と健太の二人だけで編集しなければならない

大変な作業だ。

  しかし 機関誌の内容の8割方は毎年恒例のもので、その年の

 会社資料や偉いさんの記事で決まっていたのでその点は楽だった

 が、後の2割は自分達で記事を作り編集して埋めなければ

 ならなかった。 

その中でも特に毎年好評なのは組合員の一人に

 スポットを当て、その生身の日常生活をルポするコーナーが人気の

 ようで、その担当を健太がするように指示された。

 

それから知り合いの先輩や後輩に次々と当ってみるが中々

 いい返事がもらえない・・・

 年が開け2月になっても候補者さえ決められないでいた。

 そしていよいよ原稿締め間じかになったある日のこと

 責任者から・・・ 

 

  「仕方ないな・・・そんなら斉藤 お前が自分自身のことを

     何か書け・・・」

 

と 指示された。

 

  「私が・・・ですか? まさか そんな・・・」

 

 健太はそうは言ったものの自分の責任上 紙面に穴をあける

 ワケにもいかず渋々引き受けたものの・・・ 

 

   「どうしよう~?」

 

寝ずに考えた末、数年前にあの出来事を素直に書いてみよう・・・

と思いついた。

 

 そして次の日 眠い目をこすりながら机に向かった。

 何しろ中学、高校と作文は5段階中 (2)と評価はさんざんだった

 ので、その作業は四苦八苦だった。

 

 健太はやっと出来上がった原稿を責任者に読んでもらった。

 

 

 

 

              <送られてきた漬物> 

                                

                           MD事業部物資第一課

                                斉藤  健太

                      

 

「 私は週末になると家の近くの箕面の山歩きを何よりの趣味と

しています。  

時には里山を妻や子供達を連れて歩くものの、その日はたまたま一人で

歩いていました。

 勝尾寺から清水谷を通り林道から府道にで、 そこから高山村経由で

明ケ田尾山へ向かう途中のことでした。

 

予定より遅れていたので少し早足で歩いていた時のことです・・・

東側を流れる箕面川の少し広くなったところに、二人のご夫婦らしき人が  

しきりに川石を重そうに持ち上げては・・ 首をひねったり ああでもない~ 

こうでもない~ と いった感じで笑っていました。                                                

私は二人が腰をさすっている姿につい 「何か手伝いましょうか・・・」 と、 

大きな声で声をかけてみました。

 

 お二人は少しビックリした顔で見合わせていたが、 私がそう言いながら

さっさと土手から川へ降りていったので・・・ 

   「仕方なく ?  頼んでみるか・・・」

という様子でした。

 腰にぶら下げたタオルで額の汗をぬぐい乍ら、 私がヨロヨロしつつ足場の

悪い中州を渡るのを心配そうに見ておられたが・・・  

私も何をされているのか興味半分、お助けマン半分で、とにかく近ずいて

いきました。

お二人は道から見たときよりは若かったけれど、それでも70才代後半か?

ニコニコとされ、 いかにも人のよさそうなお爺さんとお婆さんだった。

 

  「何をされているんですか・・・?  

   腰 ?  痛そうにされてたので何か手伝いましょうか?   

   若いですから・・・ハハハ・・・!」 と、何か自分でも

お節介いだったかな・・・  と思いながら、それが苦笑いになってしまった。

 

  「いやいや ありがとう! 心配かけてすまんですね・・・   

   実は婆さんの漬物石を探しとったんですわ・・・」 と。

  「なるほど漬物石ですか・・・ 」

  

 昔 田舎にいたときよく祖母が大根や、白菜 キューリ 茄子 ウリや

ゴボウなどまで、季節の野菜をいっぱい大きな漬物樽に何個も漬けていて、 

それが一冬中の家族の食卓を賑わせていたし、子供ながらに祖母のものは

特別美味しかった思いがある。

 祖母が亡くなり、自分も大阪に来て就職し家族を持ってからは妻に

たまに頼んでみるが、あの子供の頃の漬物の美味しさはいつも味わえ

なかった。

 

  「じゃ! 私が手伝いますよ・・・これでも昔は柔道部で力持ちです

   からね・・・ ハハハ! ハハハ! 」  

また、違和感を感じる自分の笑い声に心の中で苦笑する。

  「そうかね・・・じゃ!  婆さんや・・・せっかくだからさっき重くて

   持てそうになかったあの石はどうかな・・・ 

   丁度底が平たくて安定しとるじゃろ・・・」  

おばあさんはうなずいて・・・

  「大丈夫かね・・あれでも!?」 と言う顔つき・・・ 

  ・・・それはそうと  これどこへ運ぶの?  

     いくらなんでも手で持って家まで・・・か? ・・・ 

 

 そんな心配を察知したのか、お爺さんは西の道端に停めてある

軽トラック車(これは”田舎のベンツ”と言うそうだが・・・) を指さした。

   ・・・あんなところに車があったのか・・・ よかった!  

一瞬  ほっとする。 

   ・・・約20m位だから大丈夫だ・・・

私はまた調子に乗って 「軽い・・軽いですよ!  ハハハ! ハハハ! 」 

と笑ってしまった。

 

 それから15分位は、それまでにお爺さんが選んであった小さな小石も

含め10個ほどの川石を田舎のベンツに運んだ・・・ 

しかし さすが一番大きな石だけは正直重かった・・・ 

若いときと違って腕力が落ちていることを実感した。

 

 恐縮し頭をペコペコ下げてお礼を言うお二人に、こちらの方が恐縮して

しまったけれど、とにかく喜んでもらってよかった。

  どうしても名前を聞かせてくれ・・・ と言う・・・ 

なんでもばあさんの漬物は天下一品だからその内 送ってやるから・・・

とのこと。

   「そんなの・・・ いいですよ・・・」

 と、言い乍ら私は根が素直なもんで?   もう腰の名刺入れに手を

やっている自分にまた苦笑!  ハハハ!   

   「そうですか・・・ じゃ! これ・・・」 

つい仕事での習慣で名刺を出したが, 後で考えてみたらこの場で名刺は

ないだろう・・・ と これも自分で苦笑い!  

しかし住所を書く適当な紙もなく、これしかなかった。

お爺さんは名刺を受け取り  ほ~!  としばし眺めてはポケットにしま

われた。 

 

  「これからどこ行くのかね・・・?」 

   「あっちの・・・ 高山の方です・・」   

  「丁度いいわ! 乗ってケ・・・」  

 

私はそれから田舎のベンツの荷台に揺られ、山への登り口まで送って

もらいました。

座ったお尻は痛かったけど、時間は早くに着いて予定通りになりました。

 

 

それから数ヶ月ほど経ったある日のこと・・・

会社に戻ると、同僚が私の顔を見て 

皆が一様に変な顔をする・・・

   「何?   どうしたの?  なにかあったの?」   

席に近づくと鼻を抑えている人がいる。

 

の時、自分のデスクの上に デン! と大きな樽が置かれているでは

ないか・・・ 

  「うん?   なに?   なに?」 

                                                                                                            近代的な本社オフィスビルのモダンなインテリア机の上に・・・ 何か?

しかもそこのパソコンを端によけて置かれているのは、紛れもなく大きな

漬物樽だった。 

 

 糠味噌のその匂いは半端じゃない・・・

田舎とて家屋とは別の納屋に入れたりして隔離してあるのに、

よりによってこの俺の机の上に何とした事を・・・  

でも瞬間的に思い出した・・・ 

  ・・・ひょっとしてあの時の あのお婆ちゃんの漬物かな?・・・ 

分かったとたんすぐ周りの人々に弁解をして回った。

 

  「すまん! すまん! 

   田舎の婆ちゃんがな・・・ 間違えて会社に漬けモン送った・・・ と

   言うとったな・・・ これやな  ホンマ嫌んなるわ・・・  

   ハハハ!   ハハハ!  臭いな・・・俺もたまらんわ!  ハハハ」 

 

もう笑うしかなかった。

 その内、自分の笑いが事務所全体に笑いとなって広がり、鼻を押さえて

いた人も・・・

 

   「しゃーないな・・・ハハハ!  でも早よ何とかしてよ・・・」 

    「なんとかな?  そうや通勤の車に入れとこ・・・」  

 

私の慌てぶりとドタバタはしばらく続いたが、帰宅する頃にはもうみんな

忘れたような顔をしていてほっとした。 

 

 

(2) へ続く・・・

 

 

 

 

 

 


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送られてきた漬物! (2)

2014-09-11 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

送られてきた漬物! (2)

 

 

 

家に帰る車の中は田舎の匂いでいっぱい!  

最初は地獄だったが、その内あの時のことを思い出した。

 あれからお婆さんは一所懸命に寒い中、この漬物を漬けたんだろうな・・・

そしてやっとあの時に約束したことを忘れずに覚えていてくれて私の所へ

送ってきてくれたんだな・・・ ありがとうございます・・・

それを思うと、ふっと亡くなった祖母のあの田舎と漬物の味を思い出して・・・

その内、とうとう涙で顔がグシャグシャニなってしまった。

 

 家に帰って樽を家に持ち込む前に、私は妻にいきさつを話した。

ニヤニヤ聞いていた妻は、その内こらえきれずに吹き出してしまった。

  「そんなにな笑うことないやろ~ ええか?   

   じゃ!  樽はガレージに置いとくからな・・・」  

やっと了解をとって家に入った。

 妻は 「早速今晩の夕食に頂いてみましょうよ・・・」 と言う。 

二人で恐る恐る樽の蓋を取ってみる・・・ 

事情を聞いた子供達も初めてみる漬物樽に

   「これ臭いな・・・ ! 」   

   「これ食べれるのん? 腐ってんのとちゃうの?」

と言いながらも、興味しんしんの目で見ている。 

やがて蓋が開いた・・

妻は慣れた手つきでぬかの中に手をいて大根 白菜漬けなどいくつかを

取り出した。  

 その日の夕食は話題いっぱいで、みんなの笑い声に溢れた。

漬物は実に美味しかった・・・

 妻は 「これはスーパーで売ってるものと違い、野菜のうまみを上手に

引き出しいるわ・・・」 なんて、評論家のような事を言って誉めてるし、

親が嬉しそうに うまい! 美味しい!  と言うせいか?  

3人の子供達も 日頃食べた事もないのに おいしい!  おいしい! と

騒いでいる・・・ 

 私は味もさることながら、懐かしい自分の田舎と祖母の思いとが重なって

胸がいっぱいになっていた・・・ 

涙ぐむ私にまた妻が大笑いし、子供達は不思議そうな顔をして私の顔を

見ていた。

樽の蓋の上に手紙がそえてありました。

 

  「・・・その節はありがとうございました。 遅くなりましたがお陰で

   美味しい漬物ができましたので送ります。

   足りなくなったらまた送ります・・・ 」

 

この言葉に私は一瞬昼間の会社での光景を思いあわてて・・・

再びはごめんだよ! と叫んだ・・・  そして

 

  「私たちには子供がいないので寂しくしています。  

   何もないですがよかったらみんなで遊びに来てください・・・ 」 

 

と 鉛筆書きで住所や簡単な地図も書いてあった。

 

 

 翌月の日曜日 私たち一家5人は、早速あのお爺さんとお婆さんと

連絡を取り合い、お二人のの家を尋ねる事にしました。 

 そこは私の箕面の家から車で僅30分足らずの山の中でしたが、

古い趣のある昔の家で、まさに懐かしい田舎の家そのものでした。

裏山を背にして、南向きの縁側に座って私たちを待っていてくれたようで、

それはそれは私には嬉しい再会でした。

 何と言っても自然の中で子供達が大喜び・・・ なんでも興味津々・・・

放って置いても3人で歓声を上げながら遊んでいる・・・ 

妻は沢山の漬物を置いた納屋を見せてもらいながらお婆さんと漬物談義を

したりして談笑している・・・ 

 なんでも箕面の市場でお婆さんの漬物が売られていて大変評判が

いいのだそうだ・・・ 分かる 分かる とみんなで納得したものです。

 私はお爺さんが許可をもらって持っているといると言うイノシシ狩り用の

猟銃を見せてもらったり、その武勇伝を聞いたりして、各々がみんな大満足! 

懐かしい田舎料理をご馳走になりながら、あの会社での漬物騒ぎが話題に

なり、皆で腹の底から大笑いをしました。

 

 来月には、初めてお爺さんとお婆さんが我が家を訪れることに・・・ 

すでに私たち夫婦には両親がいなく、 したがって子供たちにも祖父母が

いないだけに この交わりは大切にしていきたい。

我が家に温かい田舎ができた・・・ 素直に心からうれしい!

あの時 箕面川で声を掛けた時から、私たちには何か目に見えない

不思議なご縁があったようです。

 

いま私は  ハハハ  ハハハ と 素直に心の底から大声で笑えるように

なりました。

                                   (終)    」

 

 

 労組の機関誌担当責任者は健太の原稿を読み終えると・・・

  「 なんたるち~や やな! ちょっと稚拙な文章やけど、まあ今年は

    これでいこか・・・」

と あっさり承認された。

 そりてギリギリ締め切りに間に合い、4月 この記事は全国の組合員に

配布された。

 そしてその日から健太のあだ名は 「箕面の漬物君」 と呼ばれるように

なり、上司や先輩からは可愛がられ、同輩や後輩からも慕われる大いなる

役得となった。 

 

 

(完)

 

 

 

 

 

 

 

 


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夏の約束 (2)

2014-07-31 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

夏の約束  (2)

 

 

ビールグラスを片手に、敏郎は再び父との思い出に浸っていた。

 

 「母の話では・・・

 あれから何ケ月後にかアフリカ最南端の喜望峰で大嵐にあい、

 仕事中甲板に出ていた船員が大波にさらわれてしまい、

 それを操舵室から見た父が、すぐに助けようとて自分も海に

 飛び込んだけれど・・・  

 二人とも行方不明となり、幾度となく捜索が行なわれたが見つから

 なかった・・・ とのことだったな・・・

 勇気と責任感のある父の行為には誇れるものがあったけれど、

 オレにはそんな事よりもどんな格好でもいいから、父には生きていて

 欲しかった・・・

   母とオレは、来る日も来る日も、何日も何日も嘆き悲しんだ・・・

   「お父さんは強いんだ・・・  きっと生きている・・・  きっと!」

 それを信じて歯をくいしばって悲しみをこらえた・・・  

 しかし、こらえきれずに何度母と一緒に大声をあげて泣いたか

 分からない・・・

 時がすぎてもオレは机上の父と採集した標本を見るたびに、

 短い夏休みの一日の思い出を繰り返し、繰り返し思い出しては

 何度も涙を流したものだ・・・」

 

敏郎はやがて中学、高校と箕面の学校を出て、京都の大学を卒業し、

IT関係の仕事についた。

26歳で結婚し、翌年息子 和也が生まれた。  

 敏郎は自宅マンションに、あの父との思い出の標本を飾り、

父親との思い出話は妻 綾子には何度も何度も聞かせていた。

それだけに綾子もその話しをいつも大切にしていた。

家族が思い出話しを共有する事で、敏郎はいつも父がそこにいて

くれるような・・・ いつかひょっこりと帰ってくるかもしれないような・・・  

そしたらまた一緒に山を歩きたいな・・・  と

ず~とそう思いながら年月が過ぎ去っていった。

 

息子 和也が小学生になった時・・・ 

  「おとうさん! これなに?・・・」 

と、興味深そうに標本を指さして言うので、敏郎は息子にとって

おじいちゃんの思い出話しを聞かせた。  

  ふ~ん と言いながら聞いていたが、

敏郎はこんな話を息子にできるようになって嬉しかった。

 

 そしてそれはまさに息子が小学校4年生の夏休みに、

敏郎は満を期して思っていた計画を実行することにした。

妻とも何度も話してきたので、敏郎がその実行日を言うと・・・ 

 「いよいよね!」 

と言いながら、嬉しそうにおにぎり弁当をふたつ作った。

 息子 和也には、夏休みの課題をあの時と同じ「昆虫採集と押し葉」とし、

お父さんが一緒に山へ行って協力してやるから・・・ と約束していた。

そして和也も嬉しそうにしてこの日を待っていた。

 

 今時の子供たちは家でフャミコンやゲームやら、機械相手の遊びが

主流で、敏郎も自分がIT関連業界にいるからか?  逆に休日は

無性に野山の自然を求めたくなるので、時々息子と近くの森を

歩くようになっていた。

  でもあの父との時のように、自分の味わった感動や喜びを

息子にも伝えられるだろうか?

そんなことばかり考えていると敏郎はプレッシャーになってきた。 

  「父とオレは違うし、オレと息子も違うんだ・・・ 

   いつもの自然体で行こう・・・」 

そう思うと少し気が楽になった。

 

 「さあ出発!」

あの日のように、外は30数度の猛暑・・・  

敏郎は妻の作ってくれたおにぎり弁当を持ち、息子はあの日の自分の

ように網とカゴを持って、これから父と過ごす山歩きや昆虫採集に

期待をふくらませて嬉しそうにしている。

そんな息子を見ていると、敏郎の頬にいつしか熱いものが流れていた。 

それを見た綾子が夫の肩を抱きながら ポン ポンと背中を叩いた。  

  「行ってらっしゃい!」

と、大きな声で送り出してくれた。    

  「ありがとう・・・!」 

敏郎は心の中でつぶやいた。

 

 

 敏郎は昔父と歩いたあの道は分からなかったが、それでも地図を片手に

記憶をたどりながら、外院の山里から田畑の畦道を通り,

やがて小さな池の横から勝尾寺へ抜ける旧参道を上り、

ウツギ池へ出た・・・ 

そこから茶園谷を経て自然5号路を上り、あちこちと回りながら、

やがて勝尾寺南山(407m)の三角点のある眺望のいい所で

お昼にした。

 

敏郎はここまでに息子と二人してセミや昆虫に蝶々を捕り、

二つのカゴはいっぱいになっていた。  

種類の違う羊歯(しだ)の葉も、持ってきた新聞紙に上手く包んだ。

そしてその間敏郎はいろんな話を息子としていた・・・

 

敏郎は父親がいかに日々の子供の生活が分かっていないか

実感する羽目になってしまったが、次々と喋る息子を見ながら・・・  

あの日も父はず~と自分の話を嬉しそうに聞いていてくれた事を

思い出していた・・・

 岩場では息子を背負って登った・・・  

和也は最初は恥かしそうにしていたが、そのうちしんどい所は

せがむようになり、敏郎は甘える息子にかつての自分を見ている

ようだった。   

 そしていよいよ敏郎はあの日と同じように、息子に自分の夢を

語るときがきた・・・ 

  「お父さんの夢はな~」 

 

 

 

あっという間に年月が経ち、和也が成人式を迎えた20歳の夏の事・・・

敏郎は甲子園球場での<阪神X巨人戦>のチケットを2枚用意した。 

 それは何年も夢見た日だった。

敏郎は和也に黙ってそっとそのチケットを渡した・・・   

   「オ-- !」

彼はその意味をすぐに理解すると・・・  

   「OKやで!」   と、

Vサインをしたのだった。

 

敏郎はその日、いつになく興奮していた・・・  

父が果たせなかった夢を今,息子の自分が自分の息子と果たそうと

していることが・・・  

  「上手くいくかな・・・?」  

ワクワクすると共に少し心配,不安もあって落ち着かない・・・ 

ソワソワしている敏郎を、和也はニコニコして楽しんでいる様子だ。

 

 薄暮の甲子園球場、阪神の大応援団が陣取る外野席に

敏郎はとうとう息子と並んで座った。

  

   「父はこうしてオレと座りたかったんだな・・・  

   そのオレは自分の息子といま並んで座っているんだな・・・ 」 

 

何とも不思議な感覚がする・・・ 

あの時、そんな事ぐらいでそれが何が父の夢なのかな?  と、

思ったものだが・・・  父には父なりの思いがあったのだろうな・・・

敏郎がそんなことをボンヤリ振り返っていると、いつしか大粒の涙が

頬を伝っていた・・・

   しょうがない親父だな!」  

と 言う顔をしつつ 和也がニコニコしながらそっとハンカチを渡した。 

何度も何度も父親から祖父の話しを聞かされてきて、事情をしっている

和也にしてみたら、やっとその義務を果たせたと言う思いが

あるのかもしれない。   横でクスクスと笑っている・・・ 

  「そうさ、お前には分からんよ・・・ 

   でもな、ありがとう!  ここまでよく育ってきてくれた・・・ 

   よくオレと一緒についてきてくれたな!   ありがとうよ・・・」 

敏郎が心の中でそう叫んだ時だった・・・

 

 4番 金本が、逆転の大ホームラン を放った!

 

球場は割れんばかりの大歓声!  

特に外野席は地響きのするすさまじい勢いだ。 

 

  バンザイ! バンザイ! バンザイ!

 

そして、あの <六甲おろし> が5万人を超す大球場に

高らかに響き渡った。

 声を限りに歌った・・・ 

 手を取り合って喜びを爆発させながら・・・ 

 

  「親父! 天国から見てくれてるやろ・・・ これやったんやな!  

  親父がオレと過ごしたかった甲子園やで・・・ 

  親父の夢がいまかなってるんやで・・・」

敏郎は感激と感動の涙でぐちゃぐちゃになりながら天を見上げた。

 

 

帰り道、敏郎は和也と近くの焼き鳥やで乾杯した・・・ 

大ジョッキを二人とも一気に飲み干したぐらいだ。 

こんな美味いビールは初めてだった・・・ 

   楽しい!  むちゃくちゃ嬉しい!  美味い!

しょっぱい涙が次から次へと焼き鳥にかかり、塩つけしている・・・

   「またかいな・・・」 

言いながらも、息子も嬉しそうに笑っている。

 

やがて 敏郎は息子にいろんな話の合間に将来の夢を聞いてみた。

  「オレ 初めて言うけど、外国航路の大型客船で働きたいんや!

   おじいちゃんの制服姿に子供の頃から憧れとったんや・・・」

 

なんということ・・・!  

これも隔世遺伝とでも言うのだろうか?

敏郎は自分と違う息子の夢にあの父の夢をみた。

 

 次の日、敏郎は箕面の森の麓に新築中の我が家を、妻 綾子と共に

見に出かけた。

あと一ヶ月ほどで完成するのだ。

敏郎は同居する75歳になった母の部屋に、父とのあの思い出の

標本を飾る事にしている。

そして母の部屋の窓は、あの父と登った外院の森に向けて

つけておいた。

 

  「親父! もういつ帰ってきてもいいぞ・・・」

 

箕面の森に真っ赤な夕陽が眩しく輝いていた。

 

 

(完)

 

 


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五枚のもみじ  (1)

2013-11-25 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

みのおの森の小さな物語 (創作ものがたり)

NO-6

 

 

五枚のもみじ  (1)

 

 

箕面の山麓にある老人ホームに、一人のおばあさんが入所していました。

身よりもなく訪ねてくる方は一人もいませんでした。

一日中ベットの上に座り、ぼんやりと外を眺めている様子で

誰とも話をせず、係りの人にも時々訪問するボランテイアの人に話し

掛けられても返事すらせず、いつの間にか忘れられた存在に

なっていました。

 

名前は 「タエさん」 と言い、もう80歳をとうに過ぎた方でした。

ボランテイアとして登録している恵子さんは、恋人の勇人君と月2回、この

施設のボランテイアとしてホームを訪れていました。

若い二人は明るく元気で、入所者の人たちからは孫のように好かれ、

いつも来てくれるのを心待ちにしている人が多くいました。

 

勇人君はいつも来るたびにタエさんにも話し掛けるものの、今まで全く

応じてくれず何一つ話した事はありませんでした。

しかしかつて自分を可愛がってくれた大好きだった祖母に少し似ていた

事もあり、そんなタエさんを以前から少し気になっていたのでした。

  

  「じ~として何を考えているのかな?   何をして欲しいのかな?   

   どんな人生だったのかな?」 

 

たまに恋人の恵子さんとお茶を飲みながら、そんな事を話題にする事も

あったけど、その内 どちらからともなく 

  「どっちが先にタエさんに話してもらえるかな?」  

言う事になりました。

 

それから二人とも意識していろいろ接触してみたものの、いつも二人で

顔を見合わせ首を振るだけでした。

絵の得意な恵子さんは漫画を描いてチョコレートを添えてみたり・・・

  「これは結構他の人には受けたんだけど・・・」

タエさんには全く無視されてしまった。

勇人君は芸大の授業でやってみた陶芸作業の中から、タエさんを意識して

一輪挿しを造り、それに庭の菊の花を生けてタエさんの机の上に

置いてみたけれど、チラリと見てはくれたけどそれだけで相変わらず

言葉もなく無表情でした。

反応を期待して造っただけにガッカリしてしまい、恵子さんについ

愚痴ってしまったほどです。

  「やっぱあかんわ! 何してもダメやねんな ガッカリやわ・・・ 

二人ともなかなか上手く心を通わせる事ができずに、とうとう今年の秋も

終わろうとしていました。

 

就職の決まった二人には、もうこの秋が最後のボランテイア活動だった。

 ある日、二人はいつものように駅前のおしゃれな喫茶店で待ち合わせ

をし、久しぶりに箕面滝道の散策にでかけました。  

と言っても、メイン通りは人並みでいっぱいなので<一の橋> から

左側の山道を登ります。  

不思議とこの道も左右の山道を行けば滝までいけるのに、いつも

人がいない穴場なのです。 

 二人で手をつなぎ、人の気配のない山道を歩き、きれいな紅葉を眺め,

小鳥のさえずりを聴きながら将来の話をする二人は幸せでした。 

 

 瀧安寺の墓地裏にいったん下り、またすぐ左の山道から森に入ると、

静かな瀧安寺を上から見下ろせるところに出ます。 

途中、自然歩道の桜谷から <ささゆりコース>や<山の神コース> など

左側に登る道があるものの右の方に道なりに歩くと間もなく

<野口英雄 像> のところに出るのです。

ここからいったんメインの滝道に下ります。 

少し瀧道を歩き、しばらくして右側の<姫岩>のある赤い <つるしま橋>

を渡り、左側の川に沿って地獄谷、風呂ケ谷の上り口を横目に歩けば、

道なりに自然とまたメインの滝道と合流する <戻岩橋>にで、間もなく

箕面大瀧に着くのです。

普通の靴で森を散策できる本当に気持ちのいい所で、二人のお気に

入りのコースなのです。

 

 二人は落葉したきれいなもみじを拾っては、恵子さんの持ってきた

小箱に一つ一つ丁寧に入れています。

いつの間にか小箱は きれいに紅葉したもみじでいっぱいになりました。

   「季節の味わいを・・・ みんなにもお裾分けね・・・!」

   ・・・歩いて紅葉狩りをできない施設のお年寄りに、少しでも

      箕面の秋を味わってもらおう・・・

と、二人で決めて集めていたのだが・・・

   「こんなもので喜んでもらえるのかな?」  と、言いながらも    

   「こころ  心よ!  ハートがあればいいじゃん!」   

と言い合いながら、いつの間にかいっぱいになった小箱を二人で大事に

抱えて帰りました。

 

そして3時のおやつの時間に合わせ、恵子さんと勇人君はもみじの

入った小箱を持って施設にやってきました。

 

  「今日はみなさんに、箕面の森から拾ってきたきれいに紅葉した

   もみじをお渡ししますよ・・・

   とれたての ほや ほや で~ す」   と。 

  

お茶を飲んでいたみんなの表情が明るくなる・・・ 

いつも口の達者な熊じいさんが・・・ 

 

  「ほや ほやのお二人さんからのもみじやで・・・ 

  みてみ~な もみじまで ”顔” あこう(赤く) してるやないか・・・」    

  「うまい!  うまい!」

 

絶妙な間の入れ方に日頃、孫のように好いている二人の優しさに 

寡黙なお年寄りも大笑いしたり手をたたいたりしている・・・ 

 

  「今日もタエさん お茶に来てなかったね・・・」 と恵子さん。

  「そうだな・・・」 と勇人君も、回りが賑やかな時だけに、

   二人とも少し寂しい・・・

それでも二人は帰りがけに残しておいたきれいなもみじを、

タエさんの所へ持っていきました。

 

  「また今日もむなしいのかな? 話してくれないのかな・・・」 

何となくこの部屋に入るといつも沈んでしまう。 

 

  「タエさん こんにちは! 元気だった?  

   今日はね 二人で箕面の滝まで歩いて来たんよ! 

   きれいなもみじがいっぱいあったから、タエさんのも持ってきて

   あげたからね・・・」 

そういって小箱から 最後のもみじ5枚を、座ってぼんやりとし

うつろな目をしたタエさんの膝の上に置いた・・・

 

   「あれ?  タエさんの様子がおかしい? 」

 

最初に気が付いた勇人君が、布団を直していた恵子さんの肩をたたいた・・・

  「見て!」 と目で合図した。 

あのタエさんが・・・

膝の上に置かれたもみじを食い入るように見ている・・・

それに表情がゆがんできているではないか・・・

  「どうされたのかしら?」 

近寄ろうとした恵子さんを勇人君がとめた・・・

やがて、あのタエさんの目から涙が零れ落ちた・・・

一枚一枚手にとったもみじをしっかりと眺めながら、大粒の涙が

溢れ出した・・・

 

   ・・・どうしたというのだろうか?・・・

 

何か心の中ではじけたのだろうか?

それは心配する事よりも、なにか嬉し涙を見ているようでした。

 

二人はそんなタエさんを静かに見守っていたら・・・

やがてあのタエさんが・・・  

はじめて 小さな声で静かに・・・ 口を開いたのだった。

 

   「・・・ありがとね・・・」

 

 

(2) へ続く・・・

 

 

 


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五枚のもみじ  (2)

2013-11-25 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

五枚のもみじ  (2) 

 

 

   ・・・ありがとね・・・

 

ほとんど聞き取れないぐらいの小さな声だが、しっかり二人は聞いた。

   「えっ タエさん・・・ しゃべれるんだ・・!」 

恵子さんも勇人君も顔を見合わせてビックリ!  

この施設に月2回のボランテイアに来て約2年になるけれど、タエさんから

声を聞くのも全く初めてだったので二人は本当に驚いた。 

涙目をそのままに、タエさんが初めて二人を見て微笑んでくれた。

 

それから30分ほど、あの無口で話せないとまで思っていたタエさんが

一人で喋っているのを二人は黙って聴いていた。

 

  「もう60年も前の話さ・・・   若くして戦死した夫とね・・・・   

   まだ結婚する前にね・・・・この箕面の滝の見物に来てね・・・     

   駅前には遊園地や動物園やらあって・・・それは楽しかったわ・・・       

   滝までの道にきれいなもみじの木がいっぱいあってね・・・

   彼は紅葉したもみじを拾って持っていた本の間にはさんでいたの・・・

   押し葉の趣味を持っているんだ・・・と、それでますます好意を

   もってね・・・ それからひと月ほどたってね・・・ 

   次に会った時、あの時のもみじをきれいに押し葉にして、

   手紙と一緒に私にくれたの・・・  

   それが結婚の申し込みだったのさ。

   戦争中で何もなかった時代だったけど・・・

   結婚してもその五枚のもみじの押し葉があるだけで、私はとても

   心が豊かだったわ・・・

   でも結婚してしばらくして夫に赤紙の召集令状がきてね・・・

   主人はすぐに出征したわ・・・  

    一年ほどして激戦だったと言う南方の戦地 ビルマ から

   遺骨もなく、ただ死亡通知だけが・・・ 来てね。

   現地の石ころが一つ入っていただけでとうとう帰ってこなかった・・・

   それでもきっとどこかで生きているに違いない・・・と、

   あれから毎日ずっと長い、長い間待ち続けてきたわ・・・

   いまどこで何をしているのかしら・・・そればかり考えてね・・・

   もう相当の年月が経ったわね・・・

   そんなとき・・・ お二人からもらったこの もみじ でしょう・・・

   私一瞬息がつまったわ・・・

     あなた!  って、心の中で叫んだのよ・・・

   五枚のもみじ・・・     

   夫がね 私と ご縁がありますようにって 願をかけてね・・・

   それで 「五枚の ご縁もみじ」 にしたんだ・・・ と 後で聞いてね・・・

   今 この五枚の紅葉したもみじをみて思い出したのよ・・・ 」 

 

淡々と話される一言一言に、二人は涙をこらえきれなかった・・・

    「そうだったんですか・・・」

ご夫婦の愛情溢れるできごとにただ感激し、二人は感動をおさえられ

なかった。

60年もの間、夫の帰りを待ち望み・・・ただひたすらに待ち続け・・・

いまでもまだその思いを抱き続けておられるタエさんに二人は

つぶやいた・・・

   「素晴らしいご主人だったんですね・・・」

 

これからゆくゆくは結婚したいと思っている二人には、タエさんから

とてもいい最高のプレゼントをもらったようだった。

何気なく、みんなと同じように渡した最後の五枚のもみじ・・・

それがこんなにも一人の人の心を開き,現実の世界に呼び戻す事が

できるのかと思うと、二人とも不思議な力を感じていた。 

   「きっと天国にいるご主人が私たちを遣わして、一人寂しくしている

   奥さんを力づける為にしたんだよね・・・」 と二人で話した。

これを聞いたホームの人たちも口々にビックリされていた。

   「何しろ何年もほとんど話さなかった人だからね・・・」

 

施設からの帰り道、恵子さんと勇人君はいつものように手をつないで

坂道を下りながら、お互いの手を握りしめた・・・

まだ感動の余韻が残っている・・・

そして二人は顔を見合わせ同じことを考えていた。

 

  「まだ間に合うよ!」  

  「そうね!」  

  「きっと連れて行ってあげよう・・・ 」 

  「そうしましょう!」  

 

それからが大変だったけど、施設の方も特例で外出を認めてくれた。

タエさんにも二人の意見を話すと・・・目を輝かしてまた涙でうるうるしていた。

  「OKだね!」

二人は後ろでガッツポーズをして微笑んだ。

 

二人の計画は実行に移された。 

その日はまさに快晴だった。

前夜の雨がすっかり上がり、気持ちのいい日和です。 

施設が特別に瀧道の通行許可をもらった介護タクシーを手配してくれ、

滝道の途中まで送ってくれることになっている。

かなり緊張気味のタエさんを恵子さんと勇人君がはさむようにして乗り、

しっかり両手を握ってあげたら落ち着いてきたようだ。

やがて施設のみんなに見送られて出発・・・

あれからタエさんは、おやつの時間にもちゃんと出てくるようになり、

お友達もできたそうですよ。

 

 <修行の古場休憩所> のあたりで車を停めてもらいました。

帰りも連絡したら、ここで待っていてくれるとのこと。 

車から降り、車椅子に座ったタエさんはきょろきょろと見回している・・・

温かいひざ掛けをし、二人に囲まれながら心も温かくなっているようです。

 

   「だいじょうぶ?     寒くない?    

    ほらあそこの 紅葉 すごくきれい!」 

 

恵子さんの指さす方を見てタエさんも 「 ほー 」 と、口をすぼめている。

箕面川の渓流を、身を乗り出すようににして眺めています。

ヒヨドリが鳴きながら森から森へと飛んでいる・・・

 

60年前の箕面の森はどんな感じだったのだろうか? 

タエさんはご主人との思い出を探しているのか、常に顔をあちこちに

動かしています。

木漏れ日が木々の間を通りうっそうとした滝道を照らし、川の流れは

途切れることなく音をたてて流れています。

 

やがて滝の近くの 「唐人戻り岩」 のところへ来た時、タエさんはひときわ

目を輝かした・・・

何か思い出されたのか・・・ 

 

  「ここ・・・ 来たことあり・・ますよ・・・夫 と・・・!」 

 

タエさんはそういってハンカチで目頭を押さえている・・・

 恵子さんが勇人君に目配せすると・・・

  「分かった!」

と うなずきながら、山裾に落葉しているきれいなもみじを探す・・・

やがて色鮮やかに紅葉した綺麗なもみじを五枚もってきた勇人君は、

それをそっとタエさんの膝の上に置いてあげた・・・

再びタエさんの目から大粒の涙が溢れ出してきた・・・

やがてタエさんの顔は穏やかな 観音様のようないい表情になり、

とても幸せそうな様子でした。

 

 

あの日から僅か40日後、タエさんは待ちに待ったご主人のいる

天国へ旅立たれました。

いっぱいの幸せそうな笑顔を残して・・・

 

ベットサイドには本に挟まれたあの箕面の五枚のもみじが、大切に

大事そうにに置かれていました。

     

             

(完)

 


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