偽物と分かっていて買う人間がいるから偽物ははびこる
鑑定士が「最高峰」と唸る贋作 “中国製”スーパーコピー腕時計が出現
産経新聞 2012/08/26 20:05
【衝撃事件の核心】
「これまで鑑定してきた偽造品の中で最高峰のもの」。高級ブランドの鑑定士も思わず唸(うな)ったという。高級腕時計の偽物を販売していたとして、大阪府警が大阪市東淀川区大道南の貴金属販売業、大石貴史被告(38)=公判中=を逮捕した商標法違反事件。大石被告が販売していた偽高級時計の数々は見た目は本物と寸分違わず、外見だけでは真贋(しんがん)鑑定が極めて困難で、業界で「スーパーコピー」と呼ばれる精巧な偽造品だった。中国で仕入れた偽物を「一見さんお断り」の店で販売し、客には「偽物だから質屋には入れないで」と念押ししていた大石被告。その腕には、新品なら200万円はするという本物の高級時計が光っていた。
■まるでショールーム
ガラスケースに並んでいたのはフランク・ミュラー、オーデマピゲ、ウブロ、パネライといった時計コレクターなら誰もが知っている海外ブランドの高級腕時計ばかり。中には、市場価格が1500万円のリシャール・ミルの時計も並んでいた。
今年5月、大阪市天王寺区東上町のマンション一室に大阪府警の捜査員が踏み込むと、1LDKの室内のそこだけが、まるで高級ブランド店のショールームのようだったという。しかし、これらの品物はいずれも精巧な贋作だ。
発端は平成22年12月、大阪市内のブランド買い取り店に、「時計を買い取ってほしい」とアルバイト店員の女(67)が訪れたことだった。持ち込んだのは、フランスのブランド「カルティエ」の腕時計。店側は外見上の使用状態などを確認して40万円の値段をつけ、買い取った。
その後、店員がチェックなどのため腕時計の文字盤の裏蓋を開くと、内部のねじ巻の仕組みが正規品と異なっていることに気付いた。そこで初めて店側は偽物の可能性に気付き、府警に届け出。府警がブランドの鑑定人に鑑定を依頼した結果は、「偽物」だった。
その後の捜査で、腕時計を持ち込んだ女は、知人を介して衣類卸販売業の男(46)から腕時計を預かっていたことが判明。この男が大石被告の店で腕時計を購入していたことが分かった。
■鑑定士の目もだます
府警が大石被告のマンションから押収した偽高級腕時計は70本。「いずれも外見は本物とそっくりだった」(捜査関係者)。府警はそれぞれ、各ブランドの鑑定士に鑑定を依頼したが、鑑定士でさえも、ブランドの刻印や文字盤のデザインなど見た目だけでは判断できず、分解して初めて部品の違いなどで偽物だと判断することができた。
府警によると、大石被告が販売していた偽物は外見上はまったく本物と違いはなく、内部のねじの形や歯車の位置などに違いがあった。あるブランドの鑑定人は「これまで鑑定してきた偽造品の中で最高峰のもの」と驚愕(きょうがく)したという。
大石被告は22年2月ごろから、このマンションで時計を販売。1本あたりの価格は3万5千円~7万5千円で、逮捕されるまでの約2年間に1千万円の利益を上げていた。「一見さんお断り」で、知人に紹介を受けた固定客ばかりに販売する知る人ぞ知る店だった。また、客には「偽もんやから質屋に入れたりしたらあかんで」と言うほどの念の入れようだった。
■中国で入手か
府警によると、大石被告は「中国・広州で販売価格の半額で仕入れた」と供述したという。中国への渡航歴は1年間で20数回にのぼり、仕入れた腕時計は腕にはめたり荷物に入れたりして、1回の渡航で4~5個を持ち帰っていた。ほかに「運び屋」を雇い入れるなどもしていたという。
一方、大石被告は偽腕時計を販売していたマンションのほか、大阪市東成区の鶴橋商店街でも偽物のブランドバックなどを販売する衣料品店を経営。大石被告は19年から鶴橋商店街にあった精巧な偽物を扱っていた別の店で働いており、このときに偽物の仕入れなどのノウハウを学んだとみられる。
手広く偽物を販売していた大石被告。しかし、自身はスイスの高級ブランドで、新品なら200万円はするというロジェ・デュブイの本物の時計を愛用していた。
■中国には“偽物ショッピングモール”も
こうした偽ブランド品をめぐっては、捜査当局も偽造品の摘発を積極的に推進。財務省によると、23年の税関による偽造品の摘発件数は前年比2%増の2万3280件。5年連続で2万件を突破した。このうち中国からの偽造品は9割を超えている。専門家によると、中国には「偽物ショッピングモール」ともいうべき施設が至る所に存在しているという。
ブランド買い取り店などで作る「日本ブランドファッション協会」(大阪市北区)の代表理事、岩本元煕(もとひろ)氏(43)は、真贋鑑定の資料収集などの目的で中国で偽造品に触れる機会が多い。岩本氏によると、北京や深●(=土へんに川)(シンセン)といった都市部では、6階建てのビルや駅と直結するモールがまるごと偽物市場になっているケースがあるという。
こうした店ではブランド品のバッグや腕時計が3千円~5千円程度で販売されており、「販売されたばかりの新作の偽造品が、あっという間に出回っている」と明かす。
■ブランド査定士
こうした偽物の見極めなどはブランド買い取り店が独自に行っており、業界内で明確な基準などはない状態という。岩本氏は、ブランド品の真贋見極めや価値を適正に査定する人材育成の目的で、「ブランド査定士」の資格制度を昨年から開始。資格取得を目指し、買い取り店の店員らが協会の認定講座を受講している。
講師を務める協会の三原祐一氏(32)によると、鑑定では質感や縫製などさまざまな見極めポイントがあるが、何よりも重要なのは「本物を知ること」。例えばあるブランドの時計は、年式によってねじの回し方や文字盤のカレンダーの表示が異なっており、これらの知識を知ることも鑑定する上での重要な要素になる。
本物に交ぜて売ったり、箱だけ本物だったりと、偽物の持ち込みの手口も巧妙化しているが、三原さんは「どんなに精巧であっても偽物は偽物。必ず分かる」と警告している。