母方の一族の家系図をじいちゃんが作っていた。もう他界してずいぶん経つけど、この家系図をずっと探していた・・・。でもない。母は四人兄弟で長男と末っ子である次女が持ち帰った可能性が高いので、末っ子のおばさんに訊いてみた。すると「おばあちゃんの葬式の後、〇〇(いとこの名前)が調べるって持って帰ったよ・・」
で、おじさんの家に電話をしようとしたら末っ子おばさんが速攻で電話して、家系図を探してくれるように頼んだそう・・。一族の呪いを解くために必要とは言えなかったので、教育委員会から頼まれたってことにして・・・。
で、その家系図は広告のチラシの裏に書かれたもの。
今日送られてきた文面は従兄がパソコンに興したもののをFAXで送ったあとのコピー。
ふむふむ・・一人いた。命日(旧暦)を辿っていくと、おいらの術日が命日の、またこの3年の因縁ごとに纏わる数字の名前がついたご先祖。
・・・・・・・。
某神社での出来事。
その神社は古社で皇室にもゆかりがある。立派な本殿の左右には十九社(いろんな神様が集う場所、まあ宿かな)があり、末社摂社が鎮座している。境内は見た目よりも案外広い。
もう何十年もお詣りに行っているので、社務所が出来たり手水場が新しくなったり変化は見て取れる。末社摂社の数も、境内の別にある聖天様の位置も分かる。分かるつもりでいたんだけど・・・・、昨年あることに気が付いた。
拝殿正面を向いて右手側の十九社の隣に、あるはずのない社があった・・・・。いや、ずっとそこにあったのだろうが、おいらにはその社が長い間見えなかった。長い間って言うのは昔の記憶が定かではないため。しかしここ近年は摂社末社もお詣りしていたので覚えてる。しかし、そのお社だけぽっかり現実から、記憶から、おいらの記録から消えていた。そして突然現れた。
ご祭神の子孫の神だ。宿禰という官位を授けられている。スクネと言えば竹内宿禰(何百年も生きたと言われる)が有名ですが、官位の名前だったんですね。サンジェルマン伯爵と同じですね。その神々も数字を名に持つ・・・・。
昨年、勤め先の支店が閉鎖になったのだけれど、その閉鎖を言い始めたのが経営権のない会長だと言う。言い始めたら人の意見は訊かない昔ながらの経営者だ。小さな地方の同族が治めてる会社だから経営権はなくても発言力はあるようだった。それもおいらが強く「呪いの気配」を感じ始めた昨年2月の頃から言い始めたと言う。老いの暴走とも言える。まあ、そんな鶴の一声で閉鎖が決まった。特に閉鎖に値することはなく、訴え出たら100%おいらが勝てるそうだ。そういうふざけた事を直属の上司に言われたっけ。末期でしょ、そんな会社・・・・・。
で、奇妙な偶然ですが、その話を聞く前に、その社がおいらに見えて、その神々の名にあった数字がそのまんま会長の名前だった・・・・。もうその時点で、その神社へ参ることはおいらにとってマイナスなのでは?という不安は増していたのですが、本当に最後のお礼をしに伺ったのは今年の2月22日のこと。盲信的に信じてきたんです。行けば行くほど状況が悪くなっても、躰が怠くなっても、〇〇力と言われるような力を根こそぎ奪われても・・・・。そう信じるしかなかった。
まあ、それはもう終わった事なのでしょうがないんですがね。相性って分からなかった(笑)。おいらの場合、そこを尋ねて「泣けば」相性が良いみたいです。叱られる場合と慰められる場合と二通りありますけど。結局2月に訪れた時も泣けませんでした。どんなに辛くても今まで泣かなかったな。
と言うのも泣く気満々で神社へ参拝に行かないでしょ?願い事や誓約を立てるために行くのだから、むしろ晴れ晴れしい気持ちで行くのが神社です。だから泣く予定など一切ありません。ただ鈴を鳴らして、お賽銭をあげて、こうべを垂れて・・・・、すると嗚咽みたいにこみ上げて涙が出るんです。本当にわけもなく。この体験を昨年からするようになりましてちょっと怖かった時期もあります。でも考えてみると、泣いた神社はみなおいらにゆかりがあったりしました。不思議です。
ああ脱線!
で、その神と会長と同じ名前で、おいらの術日が命日の先祖がいましたァ。ヘンな感じですね、もしご先祖によく思われていないとしたら。母方の生家は元庄屋です。だからいろいろありそうだとは思いますが、今度、Mさんに見てもらわないといけない。出来ることは子孫としてしてあげないとね。
ああ、こういう人生って楽しくないですよ。自分の人生なのに、いつも他人の人生を生きてる様な気がしますからね。だからせめて1~90くらいの人生に戻したんですよね。もはや100は無理だと思うので・・・・・・。
まあ、最後の糸口です。
で、おじさんの家に電話をしようとしたら末っ子おばさんが速攻で電話して、家系図を探してくれるように頼んだそう・・。一族の呪いを解くために必要とは言えなかったので、教育委員会から頼まれたってことにして・・・。
で、その家系図は広告のチラシの裏に書かれたもの。
今日送られてきた文面は従兄がパソコンに興したもののをFAXで送ったあとのコピー。
ふむふむ・・一人いた。命日(旧暦)を辿っていくと、おいらの術日が命日の、またこの3年の因縁ごとに纏わる数字の名前がついたご先祖。
・・・・・・・。
某神社での出来事。
その神社は古社で皇室にもゆかりがある。立派な本殿の左右には十九社(いろんな神様が集う場所、まあ宿かな)があり、末社摂社が鎮座している。境内は見た目よりも案外広い。
もう何十年もお詣りに行っているので、社務所が出来たり手水場が新しくなったり変化は見て取れる。末社摂社の数も、境内の別にある聖天様の位置も分かる。分かるつもりでいたんだけど・・・・、昨年あることに気が付いた。
拝殿正面を向いて右手側の十九社の隣に、あるはずのない社があった・・・・。いや、ずっとそこにあったのだろうが、おいらにはその社が長い間見えなかった。長い間って言うのは昔の記憶が定かではないため。しかしここ近年は摂社末社もお詣りしていたので覚えてる。しかし、そのお社だけぽっかり現実から、記憶から、おいらの記録から消えていた。そして突然現れた。
ご祭神の子孫の神だ。宿禰という官位を授けられている。スクネと言えば竹内宿禰(何百年も生きたと言われる)が有名ですが、官位の名前だったんですね。サンジェルマン伯爵と同じですね。その神々も数字を名に持つ・・・・。
昨年、勤め先の支店が閉鎖になったのだけれど、その閉鎖を言い始めたのが経営権のない会長だと言う。言い始めたら人の意見は訊かない昔ながらの経営者だ。小さな地方の同族が治めてる会社だから経営権はなくても発言力はあるようだった。それもおいらが強く「呪いの気配」を感じ始めた昨年2月の頃から言い始めたと言う。老いの暴走とも言える。まあ、そんな鶴の一声で閉鎖が決まった。特に閉鎖に値することはなく、訴え出たら100%おいらが勝てるそうだ。そういうふざけた事を直属の上司に言われたっけ。末期でしょ、そんな会社・・・・・。
で、奇妙な偶然ですが、その話を聞く前に、その社がおいらに見えて、その神々の名にあった数字がそのまんま会長の名前だった・・・・。もうその時点で、その神社へ参ることはおいらにとってマイナスなのでは?という不安は増していたのですが、本当に最後のお礼をしに伺ったのは今年の2月22日のこと。盲信的に信じてきたんです。行けば行くほど状況が悪くなっても、躰が怠くなっても、〇〇力と言われるような力を根こそぎ奪われても・・・・。そう信じるしかなかった。
まあ、それはもう終わった事なのでしょうがないんですがね。相性って分からなかった(笑)。おいらの場合、そこを尋ねて「泣けば」相性が良いみたいです。叱られる場合と慰められる場合と二通りありますけど。結局2月に訪れた時も泣けませんでした。どんなに辛くても今まで泣かなかったな。
と言うのも泣く気満々で神社へ参拝に行かないでしょ?願い事や誓約を立てるために行くのだから、むしろ晴れ晴れしい気持ちで行くのが神社です。だから泣く予定など一切ありません。ただ鈴を鳴らして、お賽銭をあげて、こうべを垂れて・・・・、すると嗚咽みたいにこみ上げて涙が出るんです。本当にわけもなく。この体験を昨年からするようになりましてちょっと怖かった時期もあります。でも考えてみると、泣いた神社はみなおいらにゆかりがあったりしました。不思議です。
ああ脱線!
で、その神と会長と同じ名前で、おいらの術日が命日の先祖がいましたァ。ヘンな感じですね、もしご先祖によく思われていないとしたら。母方の生家は元庄屋です。だからいろいろありそうだとは思いますが、今度、Mさんに見てもらわないといけない。出来ることは子孫としてしてあげないとね。
ああ、こういう人生って楽しくないですよ。自分の人生なのに、いつも他人の人生を生きてる様な気がしますからね。だからせめて1~90くらいの人生に戻したんですよね。もはや100は無理だと思うので・・・・・・。
まあ、最後の糸口です。
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