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気まぐれ徒然なるままに

気まぐれ創作ストーリー、日記、イラスト

たしかなこと 2 (11)

2020-06-06 09:20:00 | ストーリー
たしかなこと 2 (11)






お風呂から上がって乾いた食器を棚にしまうと取り敢えず私の一日のルーティンが終わる



疲れてるとそれから直ぐに寝るけど
いつもは録画していたCSの映画を見る



宣隆さんは夜遅いのが苦手だから私が映画を見てるといつも途中からウトウトし始めて 映画が終わる頃には隣で完全に寝落ちしてる


眠かったらお布団で寝てと言っても いつも隣で私にもたれかかって寝てしまったり私の膝を枕にして寝たり


子供が母親にくっついて回るようにいつも傍にいる

そして時々確かめるように私を抱き締めてくる

それが甘えているようでいつも胸がキュン♡となる


会社で見ていた“クールな大人の白川部長”からは想像もできない


私が先にいなくなったら生きていけないのでは?と冗談で言った時


そんなこと一瞬でも考えたくはないから冗談でも言わないで欲しいと 真剣な返答が返ってきたこともあった




「香さん、もう終わった?」

私を待ちわびたように寝室から顔を出した



「終わりましたよぉ」

最後の食器を棚にしまい寝室に向かった



一緒に布団に入るとキスをしてきた

「明日 同窓会ですよね」

そう聞きながらパジャマを脱がされた


「うん、えっ?」首筋を舐めてくる


「クラスメイトに好きな奴とか … いた?」


「い、いない、、、」

私を知り尽くしている彼に触られると…



「そうか… 明日迎えに行くね。」

いつもはつけないキスマークを身体中につけられた

まるで “僕のものだ” と印をつけたいように



私の嘘に気付いたのかもしれない





ーーー




朝 鏡で首を見たら見えるところにはキスマークはついてなかった


「香さん、今夜迎えに行くから、もし二次会に参加するなら早めに教えてください。じゃあ行ってきます(笑)」


いつものように
いってきますのキスをして宣隆さんは出勤した




本当は当時 私は同級生の男の子に片想いをしていた

その彼が同窓会に参加すると友達から聞いていたけれど宣隆さんには言えなかった


心配してヤキモチを妬きそうだから言えなかった


宣隆さんが心配するほど私イイ女でもないのに


それなら宣隆さんの方がモテてたに違いないのに!イケオジ好きな女子には今でもモテそうだもの


声も素敵だしスタイル良いし腹筋や背筋とかなんだか凄くしっかり出てきて身体に厚みが出てきたからスーツを新調しないとなんて言ってたし




夜の同窓会用の服を持って職場の店に向かった

今夜 店を閉めてからそのまま同窓会の会場に向かうことになっている

ガーデンパーティができる洒落た店を貸切りにして高校の頃の同学年全クラスの生徒が参加対象になっている




仕事を終えて着替え、急いで電車に乗り会場のある駅に降りた

始まるまでになんとか間に合った
受付の参加名簿に名前を記入すると

“柚木 洋” のサインを見つけた


あっ… 柚木くん 来てる

ドキドキしながら受付で会費を払い会場の中に入ると今も仲良しのなっちゃんが私の所に笑顔で駆け寄ってきた



「柚木くん居るよ(笑)」


「別に… 柚木に会いたくて来た訳じゃないし…」


「でもこんな機会じゃないと会えないじゃない?」


然り気無く男性を見渡すとスーツを着たひときわ目立つ高身長の男性の後ろ姿



あれは柚木くん ーー




ーーー




柚木くんは高校でバスケ部だった

県大会で優勝を狙えるほどの実力校で柚木くんは期待をされているメインメンバーだった


身長も高くて爽やかでスッキリと整った顔立ちだったから女子にもモテていた


私も素敵だなと憧れで見ているだけだったけれどある日の休日 ショッピングモールで偶然柚木くんから声をかけられた


私服の柚木くんは初めてで学生服姿とは違って大人に見えた


その偶然がきっかけでたまに話をするようになった


柚木くんはモテてたから私からは声は掛けなかったけれど 練習を見学している女子の中に紛れていた私と目が合うと少しはにかんだように微笑みかけてくれた



私はそれだけで嬉しかった



そんなある日柚木くんが進学するの?と聞いてきた

大学に進学すると伝えると俺は留学するんだと残念そうに微笑んだ




「日本に帰ってきたらさ。もし笹山さんが俺のこと覚えてくれてたらまた会いたいな。友達としてでも構わないから… 」


15年も昔 忘れていてもおかしくないそんな小さな約束を私はまだ覚えている


想いが残っている訳じゃないけど あの頃の淡い恋心は忘れられない



「香、柚木くんこっちに向いたよ(笑)」


あっ…



一瞬で時が戻ったような
あの頃の気持ちが甦ってきた

あぁ… 駄目だ

ここには来てはいけなかったかもーー




柚木くんが私に向かって歩いてきた


「笹山さん…?」


私のこと覚えていてくれたーー


「うん。柚木くん、変わらず格好良いね(笑)」


「笹山さんは凄く綺麗になったね(笑)」

照れくさそうに笑った笑顔は昔と一緒で爽やかだった


私は顔が一気に熱くなって手も汗ばんできた


「向こう(海外)で何度も引っ越をして旅もして君の連絡先を無くしてしまったんだ。だから連絡できなくて… 」


柚木くんは留学先の大学を卒業をしてからしばらくバックパックで世界中を旅をし その後アメリカの企業に就職をしたと話してくれた



「こちらには仕事の転勤で先週帰国したんだ(笑) 同窓会があると聞いて、笹山さんに会えるチャンスだと思って… (笑)」


はにかんだその表情は バスケの練習で目が合ったあの瞬間の柚木くんと一緒だった


隣にいたなっちゃんがいつの間にか居なくなっていて私と柚木くん二人だけになっていた


「あそこに座ろうよ」



連絡先を失くしたってことは
あの時の約束 覚えてくれてたってことかな



「柚木くんはもう結婚してるんでしょ?」


「まだしてないよ(笑)」


「そっか… 柚木くんならこっちでも直ぐに相手はできるよ(笑)」


「… 君に会ったからそう簡単にはできないよ(笑)ははっ(笑)」

困ったように笑った


それはどういう…



「君が結婚したことを聞いた。笹山さんのことは何よりも一番に知りたくてね(笑)」


ドキドキしてきた


「どうして… 」


「俺の初恋の人だったから。」



ーー えっ



あんなに女子に囲まれ この人の周りには黄色い声が絶えなかったのに



「あの時… ちゃんと君に告白しておくんだったって後悔した(笑) 」



そんなこと…
今更 言わないで欲しい

複雑な気持ちになった…




「柚木くんが私のこと好きだなんて、そんな、、あの時に言って欲しかったな(笑)ははっ」


「直ぐに離れて暮らすことになるから言えなかった。言えば俺と君の関係は変わってたのかな。俺と君は繋がっていられたのかな。」



真剣な眼差しで見つめられ返答に困った



「おーい、柚木ぃ!」


柚木くんがバスケ部仲間の男子に呼ばれた



「あっ、柚木くん呼ばれてるよ、行ってきて、、」


「後で、必ず話を、、あ、これ俺の連絡先、今度こそ渡すつもりだった」



名刺を受け取った


外資系の企業なのかな
よくわからないけれど裏には私へのメッセージとプライベートアドレス、プライベートの電話番号が書いてあった



“ずっと笹山さんに会いたかった。日本に帰ることになって一番に頭に浮かんだのは笹山さんだった。また会えて嬉しい。”


どうしよう
ドキドキしてる

でももう会わない方がいい ーー




同窓会が終わり
みんなが会場に退出し始めた

そのタイミングで化粧室に入り柚木くんも皆と一緒に出て行くのを待っていた

ざわつく人の声が聞こえなくなるまで待ち静かになると化粧室を出た

もう誰も居なくなっていた

スマホにはなっちゃんからメールが入っていた


“どこー? 先に出た?二次会来られる?会場はここだよ!”

地図が添付されていた



二次会には行けないと返信をすると男性の手が私の腕を掴んだ



柚木くんだった ーー



「笹山さん、探したよ。もしかして俺のこと避けてる? やっぱり迷惑だったのかな…」

寂しそうに微笑んだ



「そういう訳では…」


「本当に、本当に俺、君に会えて嬉しかったんだ。あの時の約束、俺忘れてないよ、君は忘れてしまったのかな…」


胸がズキンと痛んだ



「それは… 私も、」


静かになった会場で後ろから誰かが歩いてくる足音が聞こえた



ーー 宣隆さんだった



「すまないが妻の手を離してくれるかな。」

柚木くんの手を払い 私の肩を抱き寄せた



「えっ、、」

動揺した柚木くんの表情に気まずくなった

私の肩を抱いて帰ろうとしたら柚木くんが声をかけてきた

「あの!すみませんが、笹山さんと話す時間を俺にくれませんかっ!」



柚木くん ーー



「一体なんの話があるのかな。」


昔、会社で見ていた塩対応の時の宣隆さんだった

そして威圧的に感じる声…



「どうか、二人だけで話す時間を僕にください!!」

そんな宣隆さんに怯まず深々と頭を下げた



柚木くん…
どうしてそこまで


宣隆さんに深々と長く頭を下げている柚木くんに宣隆さんが声をかけた


「…3分。3分だけですよ。」


「ありがとうございます。」

顔を上げた柚木くんは少しホッとした表情をした



宣隆さんは私に少し微笑んで会場の外に向かった



「ごめんね、笹山さん… 」


「ううん、、どうしてそこまで… 」


「高校の頃の君と変わってしまっていたら約束なんて忘れたふりをしようと思ってた。でも変わってなかったから俺…

もちろん君は結婚してるから今更俺が割り込めるはずもないし、それで君が悲しい想いをするのは俺も不本意だよ。でもやっぱり笹山さんが好きだって思った。

ちゃんと想いを伝えたかった。じゃなきゃ俺ずっと忘れられないままになる。 友達になれたら、なんて約束したけど… 俺の方が無理だ(笑) 好きなのに友達になんてなれそうもない(笑)」

柚木くんは悲しそうに笑った


「私も… 」



あの頃みたいにドキドキした

宣隆さんと付き合ってなかったらもしかしたら柚木くんと…



「柚木くんとは友達になれそうもないや(笑)ふふっ(笑)」


「それは君が既婚者だから? それとも俺と同じ気持ちってだからってこと…?」


「それは… 」



カツカツと足音が近付く音が聞こえてきた

宣隆さん…



「3分だ。香さん、帰ろう。」

出口に向かって歩き始め
宣隆さんは突然足を止めた


「君は…」

振り返り柚木くんに静かに話しかけた



「君は香さんの青春時代を知っているが僕は知らない。僕の知る香さんは今の大人になった香さんだけだ。だからこそ青春時代の輝いていた香さんのことを忘れず淡い思い出にして欲しい。僕には得られないその思い出をね。」




そう言って会場を後にした ーー


駐車場に停めた車に乗り込んで宣隆さんは車のエンジンをかけた


「宣隆さん、あの、、」


「何か食べに行ってもいいですか?僕は君の同窓会が気になってまだ晩ご飯食べてないんですよ(笑) お腹すきました(笑) 」



いつもの宣隆さんだった
優しく微笑んで私の手を握った



「うん、そうしましょう。私もあまり食べられなかったから(笑)」


宣隆さんは会話を聞いていたのかな
もし聞いていて柚木くんにあの言葉を言ったのなら…


宣隆さんはやっぱり大人だな…

私には無理だ
あんなこと言えない



“僕のもの”の印(キスマーク)をいっぱいつける可愛い所もあるけど


「ふふっ(笑)」


「何故笑うんですか?(笑) 髪型?服?変ですかね… 」


「そういやいつもと雰囲気違いますね(笑)なんだか若く見えます(笑)」


「若い方々が集まる場所に出向くんです。貴女の父親が迎えに来たと思われたくはなかったんです(笑)」


「あははっ!(笑)父親には見えません(笑)」



この人のこういう所がとても可愛くて
やっぱり好き


思っていたよりヤキモチ妬きで
愛してるって言葉は少ないけど

いつでも 私を想ってくれている


大きくて温かなこの手はいつも私を包んでくれている




「… 幸せだなぁ… 」


「え? なんですか?」


「お腹すいたなぁって(笑)」


「すきましたね(笑) 何食べたいですか?」


「餃子とラーメン(笑)」


「想像したら余計にお腹すいてきましたよ(笑)」


こういう日常が幸せなんだなぁ…






ーーーーーーーーーーーーー


たしかなこと 2 (10)

2020-06-03 21:44:00 | ストーリー
たしかなこと 2 (10)






仕事が終わり会社を出てから香さんに今から帰るとメールを送ろうとしていたら背後から名前を呼ばれ振り返った

声をかけたのは部下の植草君だった



「部長、もう帰られますよね?」


「ええ、帰ります。」


「なら駅までご一緒していいですか?」


「え? ええ… 」



植草君は40代前半で未婚女性

美人でうちの部署では一番仕事ができる社員

僕と彼女は…




ーー もう15年ほど前




妻とはしばらく別居をしていた

離婚という言葉を出したのは妻の方からだった

僕は引き抜きで今の会社に入り 必死で家族のために働いていた

キャリアアップを目指していた妻は子供ができたことで産休を取り子育てに専念はしていたけれど

元々 家庭的ではなかった妻は一日家にいても家事も疎かにしがちで休日に僕が掃除や洗濯をまとめてするといった具合だった

毎晩 疲弊しきって帰宅しても 妻は娘を寝かせたままそのまま朝まで起きない日々が続いた

次第に殺伐とした家庭になり僕も不満はあったけれどそれでも愛娘の万結のためにずっと我慢をしていた

キャリアアップをしたい妻に仕事を休ませ子育てを任せきっているという負い目も多少はあったからだ

妻自身 娘は可愛がってはいたけれど仕事を休んでいることで人よりも遅れを取っているという焦りとストレスが溜まっていたようで

万結を寝かしつけた後 不満や愚痴を僕にぶつけては 僕もストレスからつい強い語気で口論になってしまうこともあった

思ってもいない言葉も勢いからつい出てしまい言い過ぎてしまったと後悔をしても

謝ることができずそのままうやむやにしてしまうことも多くなり

口を開けばお互いを傷つけ合うような夫婦になってしまっていた

それも僕が家を出て行くことで回避はしたが 結局夫婦関係は修復することなく離婚という方向に進んでいった


その離婚をする寸前の僕は

唯一の心の拠り所だった娘の万結もいない独り暮らしの部屋で脱け殻のように暮らしていた

業務に支障をきたすことがないよう 何事もないように振る舞い気を引き締めてはいたものの

一歩会社を出ると独りきりの部屋に帰る気にはなれず毎晩深酒をして帰る日々が続いていた

そんな僕に植草君が話しかけてきたのだった


酔った僕は記憶が無くなる時があるがその夜のことは今でもまだ覚えている

僕がまだ40で植草君は20代半ばだっただろうか

仕事終わりに一人居酒屋で呑んでいると彼女も一人で店に入ってきた

一緒の席、良いですか?と聞いてきたが
僕が返事をする間もなく彼女は僕の前に座った

まだ若い彼女は酒の飲み方も知らなくて
僕の目の前で見る見る内にビールのジョッキを空けていく


「もうその辺にしておいた方がいい。」と言う僕の言葉も聞こえてはいないのか



「課長は何で笑わないんですかぁ?」と僕の分の酒まで注文をした



「飲まないなら私が呑みますよぉ」と散々酔っているのに僕の冷酒まで呑もうとする



「あ、僕が呑むから君はもう烏龍茶に、、」



彼女が頼んだ冷酒を呑み終える前に次々と僕のおかわりを頼む


「本当にもう勘弁してください、、悪酔いしそうだよ(笑)」



無邪気というか 無鉄砲というか これが若さなんだろう

僕もこの頃に戻りたいと思った



店を出ると雨が降る寸前なのか雨の匂いがした

蒸し暑くて汗ばむ手で足元をふらつかせている彼女の肩を支えて歩いた


「課長、私 課長が好きなんです、、」

それは唐突な告白だった




顔を上げ僕を見つめる彼女の瞳は潤んでいてキラキラしているように見えた

僕もかなり酔っている上に動揺し頭が回らなかった



「僕は既婚者だから… 」


その“既婚者”という自分の言葉に違和感を感じた



ーー そうだ

僕はもう離婚するんだった




僕にはもう“家庭”という誰かが待ってくれている場所は無い



空からポツポツと涙のような雨が降ってきた



「どうして… 」



彼女の言葉に
僕は涙がこぼれていることに気付いた



「どうして泣くんですか… 」と彼女も泣いた



あぁ… そうか

僕は寂しかったんだ



ずっとそれに気付かないふりをしてきたけれど

本当は孤独だったんだ





「課長… あなたが好きです あなたが欲しい 」


こんなボロボロの僕でも
求めてくれる人がいるーー


僕は彼女に温もりを求めた






ーーー





彼女と肉体関係を持ったのは
ただその一夜きりだった

でも今までの虚無感が消えることはなく
ただ 彼女に対する罪悪感だけが残った


僕は寂しさを埋めるために
彼女の想いを利用したんだ



彼女はそれでも構わないと言い続け僕を求めてきたけれど

彼女が僕を想うような感情を
僕は彼女にいだくことができなくて

弱くて卑怯な僕を僕自身が許せないでいた




会社ではお互い何事もなかったように振る舞っていたけれど彼女の心中は僕とは違っていたはずだ


だからこそもうプライベートで会うことを避け

もう誰にも心を開かないと決めた





ーーー




「笹山(香)さん、お元気ですか?」


なんだか元彼女が今の彼女のことを尋ねられてるような気まずさを感じた




「ええ。元気ですよ。」


「聞いていいですか?」


「質問は無しでお願いします。」


「冷たいですね(笑) 質問もさせてもらえないんですか?(笑) 私に無くて笹山さんが持ってるものって何ですか?」


「質問は無しだと言ったはずですが。」


「私には本当に冷たい人ですよね。…酷いです。」


“酷い”という言葉が胸に刺さった



「勘違いならすみません。もしかして君はまだ僕のこと…」


「まさか(笑) もう何とも思ってないですよ。結構 自惚れ屋なんですね(笑)」


その言葉にホッとした



「でも… 何故 私じゃダメだったんですか?それは知りたいです。私、女としてどこがダメだったんですか。」


「ダメだなんて思っていませんよ。貴女は仕事もできるしとても綺麗で素敵な女性だと思います。」


「ならどうして私ではなく笹山さんなんですか、、」


「僕は… 」



まだ僕の部下だった頃の会社で働く香さんの笑顔が浮かんだ



「その答えはシンプルです。僕が彼女を愛しているからです。だから理由や条件のようなものがある訳ではなく、ただ彼女に惹かれてるんですよ。彼女じゃないと駄目だと。」



「… さっきのは嘘です。何とも思ってないなんて嘘です。」



ーー え



「ずっと好きでした。」


「そ...それはもう昔の話でしょう。」


「私が結婚しなかったのはずっと部長が好きだったからです。」


その言葉は僕を攻めているように感じたがそれは仕方ないことだ


「君は今もとても魅力的な女性だと思います。でも… 僕が彼女と結婚をしていなくても君と付き合う事はなかった。」


一瞬泣きそうな表情をしたけれど気丈な彼女は少し微笑んだ



「…ありがとうございます。悪あがきをしてしまいましたがちゃんと振ってもらえて良かった…(笑)」


そう言って俯いた



駅前の交差点の信号は赤になった



「信号を渡ったら… 私が言ったこと全て忘れてください」



「ええ… 」



あの夜のようにまた僕らの上に雨が降ってきた


「…雨 ですね」


あの夜とは違う
今の僕は傘を持っている


朝 僕を気にかけ傘を手渡してくれる大切な人が今の僕にはいる


鞄から傘を出して広げ
彼女を傘の中に入れた


「すみません、傘を持ってなくて… ありがとうございます。」

傘が僕達二人だけのほんの小さな世界を作った

彼女の肩が僕の腕に触れ
彼女の体温があの夜を思い出させた



ーー 信号が青に変わった



「この傘を使ってください。」

傘を彼女の手に握らせた

「じゃあ、また。会社で… 」

僕はその二人だけの世界から離れた


交差点を走って渡り駅の建物の軒下に入って振り返ると

彼女はまだ交差点の向こう側で僕の傘をさしたまま僕に微笑み小さく手を振った




彼女だけがその小さな世界に取り残されたようだった



僕に “さようなら” と言っているような彼女の微笑み



植草君
さようなら…







ーーー



香さんは僕が手にしていたビニール傘を見て

「あれ?私、傘をお渡しましたよね?」と不思議そうな表情をした


「ん、同僚に貸した。」


「同僚?」


「植草君です。」


「やっぱり…!」


その言葉にドキッとした

「何故、やっぱりなんでしょう...」


「宣隆さんは女性にはちゃんと気を使いそうだもの!」と握り拳を作った


そんな明るい香さんは本当に愛らしい

「ははっ(笑) まぁそうですかね。」


「あ、もうご飯できましたよ!お母さんからも諸々野菜を送ってくれて助かった(笑)」


「そうか(笑)」


こうして今 僕はまた温かい家庭を持つことができた


ーー 香さんのおかけだ



「植草さん、お元気ですか?やっぱりお綺麗ですか?」
料理をテーブルに並べた


「昔から変わらないね。」


「あのね? 私と宣隆さんがお付き合いを始めた頃にね、植草さんが宣隆さんの事を言ってたの。」


えっ!?



「“白川部長って、彼女できたのかしら?” って。もう私その時びっくりしちゃいましたよ(笑)」


「どうしてそんな話に、、」


「“男の色気が出てきた”って。色気は私にはわからなかったけど植草さんの洞察力って凄いなと思いました。仕事ができる人はよく人も見てるんだなって。ほんと植草さん尊敬しちゃうなぁ(笑)」



そんなことを…



僕が香さんを気にかけていたその時
彼女は僕を見ていたのか


「鋭い人だね(笑)でも僕らが付き合っていたことは気付いてなかったね。」


「気付いてなかったのをわかってた宣隆さんもよく見てたんだね(笑)」


「えっ、、ただなんとなく、、だよ(笑)」


「ご飯食べましょ♪」



もし…

香さんが僕と植草君が過去に関係を持ったことを知ったら香さんは悲しむだろうか


それとも怒るだろうか

『そうだったんだ!』と驚くだけだろうか

いずれにしてももう昔の話でわざわざ話すこともない




「香さんは本当に料理が上手ですね(笑)」


「ふふっ♪宣隆さんが誉めてくれると頑張れますっ!」

また握り拳を作った



「ははっ!気負いしない程度にね(笑) それと…」


「ん?」


「そろそろ、子供欲しくないですか?」


「… え?子供… 」


「… 香さんは欲しくないですか?」


「いえ… 欲しいです。でも本当に良いんですか?子供を望んでも。」


「どうして?僕がもういい歳だから?」


「そうではなくて… 宣隆さんにはもう娘さんがいるし、、」



香さん…


「香さんと僕の子が欲しいんですよ。」


「…本当に?」



嬉しそうに微笑んだその表情に
温かい気持ちになった






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たしかなこと 2 (9)

2020-05-22 19:54:00 | ストーリー
たしかなこと 2 (9)






「あっ、、もっと、、もっと欲しい!」

香さんは色っぽい声でおねだりをしてきた



「もっと?」


香さんの茶碗にご飯を “盛った”

今夜は香さんが僕の部屋に泊まる夜
僕も明日は休みで一緒に引っ越し準備を始める


「最近ご飯が美味しくて美味しくて!なんだかちょっと太ってきちゃったんです… 結婚式前なのにマズイ…」


身体がふくよかになってきたという香さん
それも愛らしいと思う


「僕は構いませんよ(笑) それはそれで可愛い(笑)でもドレス大丈夫ですか?」


「やっぱりダイエットしないと!」



気合いが入った言い方だけど
本当にダイエットするのかな


「香さん。ご飯じゃなくて 僕を欲しがって欲しいんですがねぇ? 」


意味がわかっていない顔をした


「え??」


「ここしばらく貴女に触れさせてもらえていません。貴女は僕を欲求不満にする気ですか?(笑) 」


理解したのかハッとした


「このお腹は見せられないです(汗)」

焦った表情でお腹に手を当てた



「なんだ(笑)そんなことが理由?」


「恥ずかしいからダメですっ」


「んー。なら…」


渡そうとした香さんの茶碗を引っ込めた

「しばらく白米抜き!」


「そんなぁ、、」泣きそうな表情をした


「冗談だよ(笑) 沢山お食べ(笑)」

茶碗を差し出すと笑顔で受け取った



香さんのこの美味しそうに幸せそうに食事をする姿が僕は大好きだ

初めて一緒に食事した時からそうだった


この人と一緒に食事をするのが楽しくて何でも美味しく感じる


「なんですか?」


「いいえ?なんでもないですよ(笑)」


福福したというお腹を今夜は見せてもらうとするかな(笑)





一緒に布団に入り 香さんに触れようとしたら本当に避けられた


「本当に駄目なんですか?」


「駄目なんですぅ~」と口を尖らせた

その言い方も顔も可愛くてズルい



「ならもっと暗くしたら?」

部屋を真っ暗にしてカーテンを開いて薄いカーテンだけにすると月明かりが差し込んだ


「そんなにしたいんですかぁ~?」

困ったような声で目だけ布団から出して僕を見ている


「だって香さんと久しぶりにこうして一緒にいられる夜ですから。


「嫌わないでくださいね?」


「僕が貴女を嫌う訳ないでしょう(笑)」

微笑んで髪を撫でた





香さんに触れる
手に伝わる感触と体温

少しだけふくよかになり 柔らかで滑らかなその女性らしい肌に触れると僕の心と身体は高揚してきた


月明かりの下の貴女はとても美しい

指先や唇で優しく 時に強く触れながら全身に愛撫をすると艶かしく陶酔していく


いろんな表情が見たい 声が聞きたい

貴女の中にゆっくりと入り
緩急をつけながら貴女を奏でると

それに合わせるように吐息混じりの艶っぽい快楽の声を上げはじめる




ねぇ 香さん…

僕はね
恒久的に変わらず存在するないものなんてこの世界にはないと思っていたんだ

ーー たとえ 愛でさえも


いつか消えてしまうからこそ
壊れないよう いつまでも大切にして

いつもどんな時も心は繋がっていようと意識し続けてきたけれど


もしかすると本当に恒久的に変わらない愛が
この世界にはあるのかもしれないと

貴女に出逢えたことでそう思える


貴女の この柔かな唇に唇を合わせながら

“ねぇ香さん こうして僕らが出逢えたことは奇跡だと思わない?”


そう 心の中で貴女に問いかけた

もし本当に神がいるなら 心から感謝をするよ




ーーー




紘隆のインスタに

今度の日曜に国営昭和記念公園で撮影する予定と書かれていた

イチョウが色づいている時期だからそこに行けば紘隆に会えるかもしれない





ーー 日曜



撮影で訪れるのは何時頃だろうか
予想がつかないから朝から待ってみたけれど

紘隆はなかなか現れない



すると 一人の男性が僕に話しかけてきた


「今日は暖かくて良かったな(笑) あれ?カメラは?」

どうやら紘隆と間違えている様子だった
やはり紘隆はここに今日必ず現れる ーー


「私は白川宣隆と申します。紘隆は私の弟です。」

「は?(笑)」


紘隆と待ち合わせをしているのかを問うと待ち合わせてはいないが紘隆は13時頃にここに来ると言ったようだ

13時まであと15分… か


彼は初対面の僕にも気さくに
紘隆と本当によく似てると笑顔で話しかけてくれた


彼は紘隆とは写真仲間で今度写真のコンクールにチャレンジしてみるらしい

そんな紘隆の近況が聞けて良かった


「あ、来ましたよ。」

振り返ると紘隆がスマホを見ながら歩いてきた
顔を上げ 僕に気付くと立ち止まった



“…なんで”

口の動きがそう呟いたように見えた



紘隆に歩み寄った

「元気、だったか。」

「まぁ。…変わらず。」

僕から視線を外した

まだわだかまりがある様子だった



「すまないが、場所を変えて今から話せないか。」


「突然だな。まぁ、構わないよ。」



近くの喫茶店に入った

僕と弟の紘隆とこうして膝をつきあわせて会うのは17年ぶりだ

歳を取っても
僕らはやっぱり似ていた



「悠太くんはもう大きくなったか?(笑)」


「悠太はもうガキじゃない。25で今は一人暮らししながらつまんない会社員なんかやってる。」



あぁ こいつはこういう奴だった

変わらないな


あの頃のように僕に対して反感は持っている様子だが強く反発する嫌悪感まではもう無いように見える

紘隆は僕と見た目はよく似ているけれど性格は正反対

冷静に客観視する僕に対し 弟の紘隆は感覚で判断し自分の感情に素直だ

好きな女性に対しても
僕は好きだからこそ慎重になるけれど
紘隆は玉砕覚悟で猛アピールをする

フラれて一時的には落ち込むけれど直ぐに立ち直れるタフな男

会社員なんてクソみたいなつまんない仕事なんかできるか!という紘隆は割烹料理屋で板前として修行をしいずれ自分の店を持ちたいと言っていた

きっと もう自分の店を持っているかもしれない



本題である母に対する僕の謝罪の気持ちや
当時の思いを伝えると

紘隆は表情ひとつ変えず
腕を組んで黙って僕の話を聞いていた



紘隆の僕への気持ちを聞いた


「別に俺は… もう何も。」


「なら何故 連絡してくれなかったんだ。」


「俺と兄貴はそもそも性格合わなかったろ。それに俺は俺で自分の店出して軌道に乗せるまで大変だったんだ。」


「そうだとしても僕はずっとお前のことを心配してたんだ。」


「兄貴がそれ言う? 兄貴だって母さんに会いに行かなかったろ。人のこと責められる立場じゃないだろ。母さんも同じ思いだったんだ。兄貴のことばっかずっと気にしてたよ。ずっと心配してたんだ。」



ーー 胸が痛んだ



「そう、だな。すまない…」


「話ってそれだけ?なら俺、用事あるから。」

席を立った


「待て、連絡先を教えてくれ。」


「なんでだよ。必要ないだろ?」


「今度 再婚するんだ。」


驚いた表情をした
「…再婚?」


「彼女がお前を見かけたと言っていた。お前にも結婚式に来て欲しい。」



怪訝そうな表情をした

「は?なんで俺が参列しなきゃならないんだ。」


「お前は唯一の兄弟だからだ。お前に彼女を会わせたいんだ。」


渋い表情で少し考え
財布から一枚の名刺を取り出し僕に差し出した

「…結婚式に出るかどうかはわからない。じゃ。」


完全に心が打ち解け合えたとは言えないが
連絡先を教えてくれたことは大きな成果だった


香さんに紘隆と会えて話せたことを報告すると喜んでくれた

その夜 名刺に書かれているメールアドレスに

会えて良かったというメッセージと僕の電話番号と結婚式の日時と場所を記して送った





ーーー




香さんと暮らす家を一緒に決めて
一緒に引っ越し準備をした


やることが多くて大変だけど香さんとの作業はとても楽しい


引っ越しを済ませて 一緒に暮らし始めた翌月に予定通り僕達は結婚式をおこなった


披露宴などはなく 後日こじんまりと身内だけで食事会を開いた


結婚式は弟の紘隆は来てくれなかったけれど
結婚式の当日 手紙が届いていた


メールでも電話でも簡単に言葉が伝えられるこの時代に手紙か、と思ったけれどそれもあいつらしいと思った


“結婚おめでとう 今度は幸せになれよ”


ぶっきらぼうに
ただそれだけしか書かれていない手紙


それでも僕は嬉しくて涙が溢れた

「相変わらず下手くそな字だ… (笑)」


香さんは嬉しそうに 隣で微笑んでいた







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たしかなこと 2 (8)

2020-05-17 09:43:00 | ストーリー
たしかなこと 2 (8)






よく見ると髭も剃ってなくて 耳の横や後ろの髪がはねてる


いつも身なりはきちんとしている彼のこんな姿…

初めて見た


それだけ慌てて家を飛び出してきたことがわかった



「僕と弟は子供の頃からとてもよく似ていたんです。年子だから年齢もそう変わらないから双子のようだと言われることもあった。」



紘隆さんの話を話し始めた彼が
何故だか少し小さく見える…


宣隆さんと弟の紘隆さんは幼い頃は仲の良い兄弟だったようだけど

二人が社会人になってお母さんが病で患い

その頃から徐々に不仲になったという


お母さん子だった弟の紘隆さんは毎日お母さんの見舞いに病院に通っていたけれど

宣隆さんはその頃は仕事に追われる毎日でお母さんのお見舞いで顔を出すのも月イチがやっとの程度だったと話してくれた


「でも… 忙しいなんてそんなのただの言い訳だったんですよ。本当はいつだって会いに行けたんです。ただ僕が辛くて… 行けなかったんです。」


子供の頃から兄として厳しく育てられていた宣隆さんは お母さんに甘えることができないまま大人になり

そんな宣隆さんは大人になってもお母さんとのコミュニケーションが上手く取れなくて

会う度に弱っていくお母さんの姿を見るのも辛く でもその気持ちを誰にも伝えることができなくて

宣隆さんは病院へのお見舞いも次第に行けなくなってしまった


そして
お母さんが亡くなって
紘隆さんと音信不通になった…



「僕は自分のことしか考えていなかったんです。母の本心は僕に会いたがっていたようなのに、母は僕が元気にしてるならいいと少し寂しそうに笑っていたそうです。」


「そうなんですか… 」


「もう随分と昔の話なんですけどね。紘隆は母の想いを知っているので僕を許せないのかもしれません。」


「紘隆さんとまた会えるとしたらどうしますか?」


「…どうかな。話ができれば… いいんですけどね。もう連絡が取れなくなってしまってるんです。今は家族とどこでどう過ごしているのか…」




ふとグレンさんと紘隆さんが親しげに話していたことを思い出した

もしかしたらグレンさんなら紘隆さんと連絡が取れるかもしれない


「宣隆さん。今夜、食事に行きましょ。」





ーーー




香さんの店から一端帰宅し

ふと視界に入った鏡越しの自分の姿に驚いて苦笑いした

寝癖を直し髭もきちんと剃ってスポーツジムに向かった


毎日 少しの時間でもジムには通うようにしている
ジムで勧められたプロテインも飲んで

筋力も体力も少しずつついてきた

ランニングで持久力もつけるようにしている

若い彼女と一緒にいて少しでも違和感が無いよう見た目も若々しくなれれば…


帰宅して部屋の掃除をし
夜のデートのために準備をしながら紘隆の事を思い出していた




ーーー




待ち合わせた駅前のコンビニ前に着いたら香さんも走ってきて僕の腕に腕を絡ませた

香さんの方からこんな風に腕を絡ませてくれることが珍しくて僕は内心浮かれていた



「どうしたんですか?珍しいですね(笑)」

「宣隆さん、大好きです(笑)」


…香さん


「唐突ですね(照) 僕もです(笑)」


微笑むと彼女は照れ笑いした

本当に可愛い人だ…



「何のお店に行くんですか?」

「イタリアンのお店です!」


イタリアン…って



「紘隆を見かけた店…ですか?」


「そうです。紘隆さんの情報が少しは得られると思います。」


…… 気にかけてくれていたのか

「ありがとう…」




ーーー



店に入ると外国人オーナーのグレンさんが話しかけてきた

グレンさんは紘隆かと思った!と驚いた


紘隆との関係を説明するとグレンさんは紘隆の情報を教えてくれた


紘隆とグレンさんはカメラの趣味仲間のようでインスタもやっているようだった

グレンさんから聞いた紘隆のハンドルネームで検索をかけると紘隆らしき人物のアカウントが見つかりグレンさんに確認してもらうとそれが紘隆だと教えてくれた




「良かったですね(笑) 紘隆さんと会えると良いですね(笑)」


「ええ(笑) …香さん、ありがとう。もう寒いですね。 そうだ。香さん、ちょっと寄り道しませんか?」



目黒川沿いの紅葉が進んだ紅葉を見ながら歩いた
赤い紅葉の葉が時々 はらはらと落ちている



「美しい景色は貴女と一緒に見たいんです。」


「美味しい物を食べる時も宣隆さんと一緒がいいです。ふふっ(笑)」


僕に微笑みかけた


「さっきの店で紘隆さんと目が合った時、私のことを知らないから当然なんですけど、冷たく感じたんですよね(笑) 私は宣隆さんだと思ったから、その他人を見るその目が… 寂しく感じたんですよ(笑) そもそも紘隆さんと宣隆さんを間違えるなんて私も酷いですよね(笑) ははっ(笑)」


「んー。じゃあ僕も知らない人にはそう思われるという事ですね。気をつけないといけないな(笑)」


「え? “白川部長” は前から近寄りがたい人ですよ?」


「そういう空気を出しているつもりはないのですが(苦笑)」


「なんとなく恐いみたいです(笑)」


「人前で怒ったことなんてないんですけどねぇ(笑)」


「人がいない時は怒ることもあるんですか?」


「イライラすることはありますよ(笑)そういう時は人が離れていきます。あぁ、それはすれ違う見知らぬ人にも自然に避けられるんですよ(笑)

感情は人の意識に自然と伝わるものなんですね。僕の場合は特に伝わりやすいのかもしれない。だから気をつけています。貴女の前では特に(笑)」


「イライラって… 宣隆さんが? え~?想像つかないなぁ(笑)」


「貴女に避けられたら僕の精神的なダメージは相当なものです。だから気をつけてるんです。ふふっ(笑)」


「そうなんですか?」

照れくさそうな表情をした





周囲に人がいないか然り気無く確かめ
香さんを抱き締めると

「温かい… 」と香さんは小さく呟いた


「早く貴女と一緒に暮らしたい。毎朝顔が見たい。毎晩こうして抱き締めたい。」


「宣隆さんはずっと変わらず私に優しくしてくれますね。戸惑うくらい(笑)」


戸惑う?

「香さんだからです(笑) これからも大切にします。」

「あ、甘える宣隆さんもまた見たいです(笑)」


「…甘えて欲しい?」


「はい!是非!可愛いので(笑)」


「可愛い!?」


「はい!可愛いですよ?帰らないでって、ふふっ(笑)」


ほんと、、恥ずかしい、、
顔から火が出そうだ


「…もう、ほんと、、勘弁してください(苦笑)」


「嬉しかったんです。私には素直な気持ちを出してくれたのが(笑)」



自分は甘え下手だと思っていたけれど香さんには素直に甘えられるのかもしれない


「…わがまま言っていいですか?」


「わがまま??」


「結婚前ですけど… 貴女が良ければ一緒に暮らしたい。ずっと思っていました。もちろん、貴女が良ければ… ですけど…」


「それ、わがままじゃないですよ(笑) もちろん良いです!」


えっ…


「本当に?ありがとう(笑) なら貴女のお店の近くで探しましょう!」


「宣隆さんが通勤しやすい場所にしましょ?私の方が仕事に出かける時間が遅いですし(笑)」


「いいえ!もし妊娠した時のことを考えると、」


「え?」


「あ… 香さんは子供… 欲しくないですか?」


「欲しいなんて…言ってもいいんですか?」


戸惑いながらも嬉しそうに瞳を潤ませた

欲しいのに自分からは言えなかった、という事?


「もちろんです(笑) 僕、こんな歳ですけど(笑)」


前から考えていた
経済的なことも含めて

香さんと僕の子供が欲しい


「…ありがとうございます。嬉しいです…(笑)」


嬉しそうな表情でポロポロと涙が溢れ流れた

今までなんでも思ったことを素直に口にする人だと思い込んでいた

僕の年齢を考えて遠慮していたのか...


「もっと僕に甘えてください(笑) 欲しいなら欲しいと言ってください。これは僕からのお願いです。」







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たしかなこと 2 (7)

2020-05-09 19:42:00 | ストーリー
たしかなこと 2 (7)






宣隆さんは何事もなかったようにまた同席の女性の方に向いてしまった

「(今こっち向いたよね!このカレシに似てるよね!)」
スマホの宣隆さんを見比べた

「どうして… ?」

おかしい
今 確実に目が合ったよ?

知らない人のふり?

胸が 痛い…


美南が私と宣隆さんと交互に見ながら
「あれって浮気じゃ… 」


ーー 浮気?

胸がまたズキンと痛んだ


「ははっ、まさかぁ… (笑)」

宣隆さんが浮気なんて

グレンさんが宣隆さんに話しかけている
二人が親しいのは話し方でわかった

「香… 顔、真っ青だよ」


宣隆さんが女性と立ち上がった

また宣隆さんは私の方に視線を向けそうになり私は咄嗟に目を反らした

その間に二人は店を出て行った


「なんで声かけなかったのよ…」
美南は怪訝そうに店の外に出た二人を見送った


だって…
宣隆さんなのに宣隆さんじゃないみたいな…

まるで私のこと
初めから知らない他人みたいな…



食事を済ませて私達も席を立った


宣隆さんに今電話をかけても…
きっと出てくれないよね


見送りに出てくれたグレンさんに声をかけられた

「香織、どうしたの?」

「え?あ、すみません(笑) また来ます(笑)」

グレンさんと美南が戸惑った表情をした


あれ? 涙が…

美南が慌ててグレンさんに挨拶をして店から離れた



「泣くなら何でさっき怒んなかったのよっ」

「私なんで泣いてるんだろ?あはは(笑)」

「そんなの腹が立つからでしょうが!(私もだけど!)」


腹が… 立つ?


「結婚の約束してるのにあんな堂々と彼女の前で平然と浮気する?… あ、もしかして本人じゃなくて双子の兄弟だった!とかかも!?」

「弟はいると聞いたけど詳しくは… 」

「じゃあそっくりな兄弟だったとか!? 」

「どうなんだろ… 」

「そんな偶然、ないか… でも確かめた方がいいからね。」





ーーー



0時を回った
遅くても23時には寝る宣隆さん

必ず寝る前にはメールをくれるけど
今夜はまだメールが来ない


やっぱりあれは宣隆さん… だよね
ソックリな兄弟?

でも兄弟についてきちんと話してもらってない
双子なら双子の兄弟がいると言ってもおかしくない



もう寝よう
夜中に悶々と考えてもろくなことしか浮かばないから

布団に入った

ーーあぁ、、やっぱり眠れない




結局 外が明るくなり朝日が登ってきた

仕事に行く準備しないと…





家の鍵をかけて駅に向かっていたらメールの受信音が聞こえた

開くと宣隆さんだった




“おはようございます。昨夜はメールができなくてすみません。帰宅が遅くなりましたのでメールをひかえました。香さん。今夜会えませんか?”


昨日のあの女の人の話… とか
“話があるんですか? ”

“ただ貴女に会いたい。その理由ではダメですか?(笑)”


ーー いつもの宣隆さんだ



“昨日会いましたよね?”

しばらく返信が来なかった



“それはどういうことでしょう? どこかで僕を見かけたという意味ですか?”

“昨夜、中目黒の店で女性とデートしてましたよね”


あ、電車!
そう送ってスマホを閉じた





ーーー




お店を開いて掃除をしていると
汗だくで息を切らした宣隆さんがお店に現れた


「なっ!なっ、、(ゼェゼェ)」

「え!?お、おはようございます(笑) 駅から全力疾走して来たんですか!?今お水入れますね!」

「一体、なんの、こと、ですかっ!(ゼェゼェ)」


まだ呼吸が整っていない宣隆さんに水を入れた


「なんのことですかって なんのことですか?」


水を一気飲みした
「デートって、どういう、こと、、」


昨日の夜の宣隆さんと別人みたい


「昨日は終日仕事で社内にいたんです。貴女は何か誤解してます!」

でもあの人は確かに…
「イタリアンのお店で女性と食事しているのを見ましたけど... 」

ハッとした表情をした
「えっ、どこの店ですか!?」

「中目黒のお店ですけど、、」


お店を掃除をしている私の後ろからずっと戸惑った表情でついて来る

「行ってません、 本当に行ってませんよ、嘘じゃないです、それは僕じゃない… 信じてください、本当なんです、香さん、あの、香さん、、」

こんなに動揺している宣隆さん… 初めて…


「 あ!もしかして双子の兄弟とかいます?(苦笑)」

視線を落とした
「それは… 本当に 顔も声も僕でしたか?… 」



気まずそうな表情だなぁ…


「目も合いましたし間近で見たので見間違いではありません。」

「あの、香さん 怒っていますか… 」

「怒ってませんよ(苦笑)」

怒りより…

「ただ… 悲しかっただけです。」



その瞬間 彼は眉間にしわを寄せた


「悲しい想いをさせて本当にすみません。でも本当に僕じゃない。その男は多分… 」

意を決したように彼が口を開いた


「もう十年以上会っていない僕の弟だと思います。」








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