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気まぐれ徒然なるままに

気まぐれ創作ストーリー、日記、イラスト

たしかなこと 2 (16)

2020-08-23 11:20:00 | ストーリー
たしかなこと 2 (16)






「えっ?梶くん!お久しぶりです!(笑)」

「一人で映画?」


梶くんは以前と変わらず爽やかな人だった



「うん(笑) 宣隆さ… 主人は会食の予定が(部の予定表に)入ってなかったですか?」


「主人… か(笑) 会食?予定表には書いてなかったけど… 」


ーー え?


「そうなんですか?」


「今日急に予定入ったのかもしれないね。あ、何見るの?チケット買った?まだなら一緒に見ない?」


急に? … 私は今朝聞いたけど



梶くんと隣り合わせて映画を見た

梶くんは英語が堪能だから字幕なんか必要なくて映画はセリフを聞いて笑ってるのがわかった


時々ブツブツと一人言を呟いては笑う

よく聞いてみるとその言葉も英語で驚いた

そう言えば… 留学してたって言ってたような?




「ね、今から食事しない?映画の感想 話しようよ(笑)」


「私、もう食事してきたんですよ~」


「じゃあ食事、付き合ってくれない?久しぶりに会ったんだし奢るよ(笑)」


まぁ、まだ彼も帰って来ないだろうし いいか…


「じゃあ… お言葉に甘えて(笑)」




一緒にカフェに入って梶くんは食事をし私は珈琲を注文した



「何買ったの?(笑)」

買った服のペーパーバックを指差した


「こ、これは、、服」

それと彼が嬉しくなるかなと思ってセクシーなランジェリーを買った、とは当然言えない



「どんな服?」


「友達に選んでもらったワンピース。私センスないから(苦笑)」



空気が変わった気がして
優しく微笑みかけてきた


「… 笹山さん、変わらないね(笑)」


「あはっ(笑) 成長ないですか?(笑)」


「可愛いままだよ(笑)」


可愛い…?

「大人の色気ゼロでしょ(苦笑) あははっ」


「そんなこと。可愛い中に色気がある人だと思うけど?(笑)」



そんなこと彼にも言われたことない

“可愛い”とは言ってくれるけど…



なんだか嬉しいな…(笑)





「ねぇ、聞いていい?笹山さんはどうして部長と結婚したの?」


どうしてって…


そんな真顔で聞かれると
真面目に答えなきやならないじゃない…


「あ…愛しているから、ですけど…」


言ってて恥ずかしい!



「結婚するほど、なんだよね…そりゃ当然か(笑)」


「まぁ、そうですね(笑)」



何故そんなこと聞くんだろう?




「部長。今夜、会食じゃなかったらどうするの?」


「え?」


「浮気でもしてたら?」



“浮気”


京都の旅行で見たあの彼の顔が一瞬ちらついた




「あはは、彼はそんなことしませんよ(苦笑)」



今までも女性のフレグランスの香りをつけて帰って来たことが何度かあったことを思い出した

あの時は気にもしてなかったのに…



「部長も男だよ。もしかしたらって考えないの?」



忘れたいのに


また思い出してしまった





「あっ、いや、ごめん、まぁ、、ほんとに会食だと思うけどね(苦笑) それよりさ、」


少し焦ったように違う話題に変えてきた





本当に女性と密会でもしてたら…

信じようと決めたのに…



「あのさ。俺、好きだったんだよね。笹山さんのこと。」



ーー ん? え?



「好き?」


この人
突然何言ってるんだろう




「私を?(笑)」


「ん。本当に好きだった。この間、それを部長にも匂わせたんだけどね… (笑)」



突然の告白に戸惑った



「でも部長は ただ黙ってた。」


黙ってた… か
あの人らしい


彼の静かな横顔を思い出した




「でもどうして今更そんな昔のこと… 」


「ははっ(笑) なんかね。悔しかったんだよ。あの堅物な部長が笹山さんを射止めたことも愛妻家してるのもさ。」


まさか、あの彼が会社で愛妻家の顔を見せた!?


それはどういう時に、と聞くと

プリンを買って帰って欲しいと私が頼んだことがきっかけで部長の愛妻家の一面を知ったと梶くんは話した



「彼は愛妻家だと思いますよ。家ではよく笑うし結構会話もあります。本当に優しいし(笑) 会社では無口で気難しそうな人なんですけどね(笑)」


笹山さんが辞める日、部長泣いたでしょ。あの時はもう付き合ってたの?」


「ふふっ(笑) あの時はいろいろありましたけど、そうですね(笑)」


はぁ~!と大きな溜め息をついてうなだれた


「なんだよぉ!じゃあ俺始めから部長に負けてたってことじゃん!付き合ってたなんて全然気付かなかったわ(苦笑)」


「はははっ(笑)」

空気がいつもの梶くんになって安心した



「笹山さんが幸せなら…いいか」

残念そうに微笑んだ




店を出て最寄り駅に向かって歩いていたら急に梶くんは立ち止まった



「どうかしました?」


「ねぇ… やっぱり…もうちょっと付き合ってよ。」


「え?でも、」


「行こ!」


駅とは反対方向に向かって私の手を痛いくらい固く握り早足で私を引っ張って行く


「ちょっと!私もう帰んなきゃ、」


「なら、10分だけでいいから時間をくれよ。」


後ろから見る梶くんの背中は
男性性を意識させた



ひと気の少ない川縁でようやく立ち止まりやっと私の手を離した

手が汗ばんでる…




何故梶くんなこんな突拍子もない行動を取るのか理解できなかった



「あのさ。部長は優しいって言うけどそれ、本物?」


「本物ってどういう意味?」


「君への愛情が本物かって事だよ。だって、あんな、」


そう言いかけて梶くんは口をつぐんだ

険しい表情で…




「夫婦間の事を俺がとやかく言える立場じゃないのはわかってるけど、」

また顔を背けた



一体何が言いたいのか私、全くわからないんだけど、、」


「笹山さん、本当に大事にされてると思ってるの?会食が嘘だったら?」


「え…? なんでそんなことを言うの?」



私達の横を男女が楽しそうに会話をしながら通りすぎて行った


梶くんの背中はやっぱり冷たく感じる



「部長が家でどんな男なのかなんて俺は当然知らないよ。会社での部長しか知らないし。でも、」


振り返った彼は悔しそうな表情をしていた



「君の夫としてはどうなんだ。」


どうなんだって、、

何故 怒ってるの?



「それは梶くんには関係のないことでしょ。もう私帰るね。珈琲ご馳走さまでした。」


「笹山さん、俺は、」何か言いかけて


「俺は今でも君の味方だから。」





ーーー




電車の中で梶くんの言葉を思い出していた



“味方だから”


あれはどういう意味だろう


結婚もしてる私に何故 今頃になって告白を?




訳がわからない…



私がまだ未婚だったとしても
梶くんを恋愛対象としては見なかったと思う


でもそれは今 宣隆さんがいるから
宣隆さんという人を知ってしまったからかもしれない


だから “もしもあの時” なんてことを考えても答えが出ることじゃない





帰宅してもやっぱり宣隆さんは帰宅していなかった



会食… なんだよね?

梶くんがあんなこと言うから
不安になってきちゃったじゃない


買った洋服をクローゼットにしまい
下着も箱に入れたまましまいこんだ



お風呂に入ってソファに座ってテレビを点けた


しきりに時計を見ては時間が経つのが遅いと感じる


彼がいないと時間の経過が遅く感じる…



玄関のドアが開いた音がした

あっ、帰ってきた!



「ただいま。予定より早く帰ってたよ(笑)」

帰宅した宣隆さんはとても上機嫌だった



「おかえりなさい。会食どうだった?」


「あ、会食、ね、、(笑)」


スーツのジャケットを脱ぎながらスッと自室に入って行った


いつものようにハグしてキスがあるかと思ったのに無かった



ーー 何か隠してる?



彼がお風呂に入ってる間にスーツのジャケットの匂いを嗅いでみた

やっぱり女性のフレグランスの香りがした


あの時と同じだ

女性と密着したからこんなにしっかりと匂いがついてるんだよね



ーー あ、もしかして


梶くんは宣隆さんが女性と一緒の場面を見た… ?

だから 私に見せないために急に場所を変えてあんなことを言った…?

それは私の考えすぎ、だよね…


でもあの匂いは…
やっぱり気になる




お風呂場の外から宣隆さんに話しかけた



「今日、女の人と会ってた?」


「え~? よく聞こえない。」



大きな声でもう一度問いかけると身体を洗う手が止まった



「…どうして?」


「女の人のフレグランスの匂いがしたんだけど。」


「はっ!?」


この声 動揺した!?

「まさか、浮気?」


「ちょ、ま、待って!直ぐに出るから!」



明らかに動揺してる
まさか本当に浮気してたんじゃ…

言い訳でもするつもり?




髪もずぶ濡れのまま本当に慌てて出てきた



「… ごめん、嘘ついた。」


嘘ついたって、、
やっぱりそうなの?



心臓がバクバクしてきた







「ごめん… 万結と会ってた。」



ーー え?

万結って宣隆さんの一人娘の?




「あっ!こ、これ!、、」


私にスマホを差し出した



万結ちゃんと宣隆さんのLINEのやりとり


“今夜はごちそうさま~!” というメッセージに

困ったような笑顔の宣隆さんと万結ちゃんのツーショット画像と料理の画像が幾つか送られていた

確かに送信日時は今夜になってる…



どうして会食だなんて嘘ついたの!?」


浮気じゃなくて良かったけど
嘘をついていたことに苛立った



「それは… 」困った表情をした



万結ちゃんは前妻との子だからと宣隆さんなりに私に気をつかってたってことだったけど



「私、二人が会うことをイヤだなんて思ったこともないし、言ったこともないよね。そもそも その気の遣い方、間違ってる!」


私がそんな風に思っていると宣隆さんは思っていたなんて

そこまで度量がないと思っていたのが悲しい…




「悪かった… 本当にごめん… 」とうなだれた


そのうなだれた前髪からポトポトとカーペットに水滴が滴り落ちている


「とにかくっ!髪乾かしてきてください。」

母親に叱られた子供のように しょんぼり肩を落として髪を乾かしに離れた



こんな誤解を招くこと
もうしないで欲しい

それに…
私 信頼されてなかったんだな…




でも梶くんと二人きりで食事をした私も誤解される行為… だよね

それこそ浮気だって思われ兼ねない…か


私が彼を責める資格なんてないな…





「香さん、ごめんね」

しょんぼりした顔で戻ってきた



「これから万結ちゃんとどこかに行くなら正直にそう言って。本当に何も思わないし、反対もしないから。それと… 言いすぎてごめんなさい…」



宣隆さんの表情が和らいだ

「ありがとう…」


「今夜は楽しかった?」


「ん(笑) 久しぶりに食事をしたんだけど、高い店に連れて行かれてね。相変わらずちゃっかりしてるヤツだ(笑)」



前にもスーツにフレグランスの香りをつけて帰ってきたことがあったけど、あの時も万結ちゃんだったのかと聞いたら


「万結しかいない。あいつ、いつも(香水を)つけ過ぎてて本当に臭い。いつも言ってるんだけどね(苦笑)」


「私、宣隆さんの匂いは好きですよ?(笑)」


「自分ではわからないけど(笑) ねぇ香さん。心配してヤキモチ妬いてくれたのかな(笑)」


「や、妬きましたよっ!」


「えぇ?ほんとに?(笑)」

嬉しそうに笑った






今日は友達とランチをしてワンピースを買ったと報告するとそれを着てデートしましょうと微笑んだ


大人っぽいランジェリーとセクシーランジェリーを購入したことはまだ内緒…


大人っぽい方はつけられるけどセクシーなのは買ったものの、つける勇気がやっぱりない


もう直ぐ宣隆さんのお誕生日だし、その日につけてみるとか

うーん…




宣隆さんへのお誕生日プレゼント
実はもう準備はしてる


オーダーメイドのシャツとカフス
宣隆さんのネームを入れた

喜んでくれると良いけど♪




「あ、そうだ。今度の宣隆さんの休日、デートしませんか?(笑)」


「じゃあ海に行きません? 泳ぎに。」


泳ぐ!?


「冗談ですよね!」


「冗談ではないんですけどね?嫌ですか?」


「当然イヤですよぉ!」


「日焼けが気になりますかね?」


そうじゃない!
水着になるのが嫌なの!


「露出がイヤなんですっ!」



彼はきょとんとした


「宣隆さんは海で泳ぐことより水着姿が見たいんじゃないんですかぁ?」


見てみたいですよ、当然。」


「当然って、、」


そんな公衆の面前で堂々と見せられる身体じゃないの知ってるでしょ!!


「好きな人の水着姿が見たいと思うのは至極当然だと思うんですけど、、」

と困った笑顔を向けた



私はこの表情をされると弱い
ダメと言えなくなっちゃう…




水着姿が見たいなら

買ったあの大人っぽいブラセットとか、セクシーランジェリーとか、めちゃくちゃ喜んでくれそうだ


「水着じゃないですけど浴衣姿ならどうですか?私の地元のお祭りがあるんです。」




ーーー




実家に置いてある浴衣を着ることになった

宣隆さんは元々はお兄ちゃん用に仕立ててあった新品の浴衣を着ることになった


「お父さんのじゃ宣隆さんには丈が短いでしょうからねぇ(笑)」

とお母さんは苦笑いした

まぁ… お父さんは身長高くないしね(笑)



「お兄ちゃんったら “浴衣は汚さないよう気にしないといけないし歩きにくそうだからいらない!”って一度も着てなかったのよね!

これ宣隆さんのために作ったみたいに丈も問題ないわねぇ(笑) お兄ちゃんよりもイイ身体だから本当によく似合ってるし(笑)」


お母さん、めちゃめちゃテンション高い

イイ身体って、、
体格が良いとか他に言いかたあるでしょ!




「浴衣を貸していただいた上にわざわざ着付までしていただきすみません(苦笑)」


「良いの良いの!いってらっしゃい♪」




お母さんたら宣隆さんの胸筋が見たかっただけじゃないのぉ?

お母さん筋肉質な人 好きだもんな~!韓国人俳優のファンだし!





「香さんの浴衣姿、眩しい(笑)」


「恥ずかしいですよっ、その表現(苦笑) 宣隆さんこそ格好良くて素敵ですね… (
照)」


「素敵なのは僕じゃなくこの浴衣の方でしょう?」



お母さん、着付ける時 なんだか嬉しそうだったなぁ

横から見ると胸板が厚くなったせいか身体が大きくなったように見える



お祭りのある神社まで歩いた


「香さんはここで育ったんですね… ここは良い所ですね。山も海もあって… ご家族みんな温かくてね… (笑)」



夕暮れの夕日が宣隆さんの横顔を照らしていた




「宣隆さんももうあの家族の一員ですよ?(笑)」



私の顔を見て嬉しそうに笑った

「ん(笑) それが嬉しいんですよ…」




後ろから子供数人が走って追い抜いていった

お祭りの屋台が見えてきて徐々に人の賑わいを感じる



「結構 人が多いんですね(笑)」

「お祭りの日には帰ってくる人が多いみたいで毎年こんな感じです。私はもう何年ぶりかなぁ(笑)」



地元で子供の頃から顔見知りのお母さんよりずっと年上のおばちゃん達が久しぶり!と声をかけてくれる


結婚してから初めてのお祭りで宣隆さんを見るのは初めてのおばちゃんばかり


「あら、香ちゃんのダンナさん?(笑) まぁまぁこんな田舎の祭りによく来てくれましたねぇ(笑)」


宣隆さんはおばちゃん達に優しい笑顔で会話を始めた

おばちゃん相手なら気後れなく話せるんだと知った(笑)


「来年はまた家族が増えてるかもねぇ(笑)」
と、おばちゃんは私達に笑顔を向けた



… 赤ちゃん
なんか、、恥ずかしい、、



「そうなるようにがんばらなくてはいけませんね(笑)」



私の肩を引き寄せ微笑みかけた

またそんなにサラッと恥ずかしいことを…



「仲良いのねぇ(笑)」

「ふふっ(笑) はい、とても(笑)」


うわぁ… 惚気てる!
私、今 物凄ーく恥ずかしいんですけど!




でも
やっぱり私はこの人が大好き…

きっと旦那さまとしてハイスペックな人なんだなって最近実感するようになった




ーーー



露天の屋台でりんご飴やたこ焼きを買い人が少ない座れそうな所に移動した

食い意地のはっている私は早速たこ焼きを広げた


「暑いのにたこ焼きを買ってしまうのはこのタレの香ばしい香りに誘われちゃうからなんですよねぇ♪」

と、たこ焼きを食べ始めた途端
汗が吹き出てきた




「ははっ(笑) 凄い汗だよ(笑)」

隣に座ってる彼がタオルで顔や首の汗を拭き取ってくれる


なんだか娘を連れてる父親みたい

あはは… 恥ずかしい…




「宣隆さんもどうぞ!」


たこ焼きを差し出したら
セクシーな視線で微笑んで

「汗でうなじの髪が濡れてる。僕はそれだけでお腹いっぱい(笑)」



こんな所で たこ焼き食べて汗だくになった女にそういう視線、送る!?!?



「あの… たこ焼き… どうぞ」

「ふふっ(笑) ありがと(笑)」


たこ焼きを口に入れた
「熱っ!(笑)」



時々 突然ドキッとすることを言うからほんと反応に困るわ…



りんご飴を舐めた

「香さんとりんご飴、良く似合うね(笑)」


どういう意味???


「香さんはりんご飴みたいだな(笑)」
とクスクス笑った


「え?意味がわからないんですけど??」


「赤くて丸くて甘くて、カリッとしてるところがね(笑)」


「その説明じゃ全くわかりませんが?」


「ははっ(笑) 可愛いって事ですよ(笑)」




また “可愛い”

この人には私は大人の女に見えてないのかしら?と時々思う




空には星が少しずつ増えてきた



「僕を此処に連れてきてくれてありがとう。僕にも帰れる故郷を作ってくれてありがとう。」



そっか…

宣隆さんのご両親はもういないんだったね…


お祭りの屋台の明かりとお囃子の音の中に子供達のはしゃぐ声が聞こえる




「僕達の子供、欲しいな… 」


「…うん (笑)」



時々 宣隆さんは子供が欲しいと言う


宣隆さんの肩に寄り添うと
優しく肩を抱き私の頭に頬を寄せた


「こういう穏やかな時間がずっと続くと良いね… 」






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たしかなこと 2 (15)

2020-08-13 19:27:00 | ストーリー
たしかなこと 2 (15)







ーー私は

本当にあの旅行で心が深く傷ついた



宣隆さんの気持ちは絶対に揺らがないと信じてた自分もバカだと思った

結婚したからって “絶対” なんてない



宣隆さんには私は子供に見えていたのかもしれない

結婚には無理があったのかもしれない
やっぱり結婚するんじゃなかった
子供がいなくて良かったとも思った


時々 宣隆さんが私に触れようとしてることもわかってたし 何か言いたげな表情をしているのも知ってた

でも素直に受け入れる気持ちにはなれなかった



あの綺麗な女性を好きになった事を隠そうともせず

帰りの新幹線でもずっと寂しそうに黙っていた

あんな顔して…



話しかけても上の空でただ黙って歩くだけ


横断歩道の信号が赤に変わりかけてるのに渡る宣隆さんに私は追い付けなくて

私は宣隆さんと信号で離れてしまった


それにも気づかずそのまま歩いていくその後ろ姿は…


心はもう私にはなくて
どっかに行っちゃったんだって

涙が溢れた



次の信号が赤でようやく宣隆さんに追い付いたことにも宣隆さんは気付かなくて

家の玄関を開けて入るとやっと私と目が合った


でも宣隆さんは疲れた顔でそのままソファに横になり直ぐに眠ってしまった


直ぐ傍にいるのに
… 私は孤独だった



どうしようもなく辛くて

一緒の空間にいると余計に孤独を感じて

私は逃げるように実家に向かっていた





翌朝 実家に帰っていた私を迎えに現れた彼

昨日はあんなにずっと上の空で私の存在すら忘れていたくせに

わざわざ早朝に迎えに来たんだ…



そして平気でこんなところで家族と和気あいあいと朝食を食べる彼にもイライラした


私の機嫌を伺う視線も不愉快で





きっとあの人とは本当に何もなかったんだろう



でも彼はあの日 あの時
あの女性に恋をしていた

だってあの目は
以前私に向けた目と同じだったから



ただ悲しみにうちひしがれている彼の隣にいる私は酷く惨めな想いをした


なんのために旅行に行ったんだろう
なんで結婚したんだろうと虚しくなった




寂しくて 悲しくて 悔しくて
許せないと思った

もう別れてしまいたいとまで思った



そんな彼に触れられるのが嫌で嫌で嫌で

ずっと避けてきた



私が何時に帰るかも知らないのに
駅で私をずっと待っていた彼


旅行から帰ってきて
急に現実に戻って慌ててご機嫌伺い?

何のためのご機嫌伺い?
私のこと蔑ろにしたくせに

そんな事をしても絶対に許さない


私の心の中は
そんなドロドロした感情でいっぱいだった



なのに彼は
つんけんしている私にずっと優しく微笑みかけ温かく話しかけてくる


少し良心が痛んだ‥



待っていてくれたことに
素直にありがとうと言えない自分も嫌いだ‥


ずっと意地を張ってるのも本当に子供じみているようで


少しだけ許してあげようと思った

でも完全に許す気にはなれないでいた


触れられるのにはやっぱり抵抗がある

ハグはもちろん
キスなんて絶対してやらない


そう思いながら

毎日
“いってらっしゃい”と笑って送り出していた




でも 今朝 突然 ーー

キスをしてきた



“今までお預けくらった分だけ、僕が満足するまで貴女を抱き尽くしますから。”


あの言葉に驚いた

あんなこと考えてたなんて思いもしなかった






「ただいまー。」


帰ってきた!

どうしよう…



「お、おかえりなさい、、」


ギクシャクしながら慌てて鍋の蓋を取ってカレイの煮付けをお皿に乗せた


「良い匂いだねぇ!今夜はカレイを煮付けたの?」


「… そう。」


「ケーキ、買ってきたから食後に一緒に食べようか(笑)」


ケーキの箱を冷蔵庫に入れた




そして宣隆さんは着替えるために自室に入っていった


「はぁ~っ」



今朝 突然
情熱的にキスをされて

キスひとつで
あんな視線のひとつで

また胸がドキドキしてときめいて
懲りない自分はやっぱり宣隆さんが好きだって自覚させられた



その感情を一瞬で引き戻されたのが悔しい




毎日当たり前のように見慣れてた人だけど

悔しいけど
格好良い人なんだなって思った



「手伝うね?(笑)」

お茶碗にご飯をよそってる



ーー “ 今夜は覚悟をしておいてください”



覚悟って…




「いただきます。」


「顔赤いけど熱でもあるんじゃ、、」

立ち上がり私の額に手を伸ばしてきた



私はとっさに顔を背けた


「大丈夫…」


「本当に…?」


伸ばしてくれたその優しい手が離れた瞬間 寂しさを感じた


私はほんと身勝手だ …





心配そうに時々様子を伺うようなその視線に
申し訳ない気持ちになった



「本当に、大丈夫ですから。ケーキも、、楽しみです… 」


「ん…(笑)」



あなたはもう忘れた?
あの人のこと…

あなたの心にはもう私だけ…?



「カレイ旨いね(笑) このおひたしも良い味だね(笑) 香さんの料理は本当に旨いから幸せだ(笑) ふふっ(笑)」



そんなことない

宣隆さんの方がずっとずっとお料理上手なのに



嬉しそうに時々 私の顔を見る

これがこの人の本来の温かさだ…




「ごめんなさい… 」


「?」


「素っ気なくして…ごめんなさい。」



宣隆さんは箸を止め真剣な表情に変わった



「謝っても駄目ですよ。」

チクッと心が痛んだ


優しい笑顔に変わった

「謝ったってやめませんからね(笑) 今夜は貴女を抱くと決めてるんです。まぁ… 僕の一方的なわがままですけど…ね(笑) 今日一日ずっとソワソワしていたんですよ(笑)」



本当に嬉しそうに話すその表情が少し可愛い



「こうして貴女といられることが幸せなんです。貴女の手料理を食べられることも幸せです(笑)」



「貴女を愛しているからね… 」

温かく微笑んだ



ふわっと…
心が温かくなるのを感じる



「私も、愛してます。」



本当に嬉しそうな笑顔に変わった





ーーー



食器を私が洗ってると
彼が食器を拭いて棚にしまい始めた


私のルーティンを早く終わらせたいという宣隆さんの思いが手に取るように現れていて

私までソワソワしてくる




一通り済ませ珈琲を淹れ
ケーキと珈琲をソファのテーブルに置いて座ると

彼はソファのクッションを退けて私にくっつくように真横に座った



フルーツが乗ったケーキとチョコのケーキとプリンが2つ

私はフルーツのケーキを選んで宣隆さんがチョコのケーキを食べた



「美味しい…どこのお店?」


「ほら、ついこの間近くに洒落た店できたでしょ?パン屋かな?って言ってたその店だよ(笑)」


「えっ、調べてたんですか?」


「ん(笑) 電話して取り置きしてもらってたよ(笑)」



宣隆さん…

私を喜ばせようとしてくれてたんだ…




「ありがと… 」


「ふふっ(笑) こっちのも食べてみます?」


チョコのケーキも甘すぎなくて美味しい

「もっと取っても良いよ?」


この雰囲気が本当に…

「甘い… 」


「甘い?そうかな(笑)甘さは控えめじゃないかな?」


珈琲を飲んだ



ケーキをもう一口食べてテーブルに置いた

顔が近づいてきて心臓がバクバクしてきた




「知ってますか?… 香さんは甘いんですよ」

優しいキスで頭の中がふわふわしてくる



「チョコを食べる度に香さんのキスを思い出すようになるかも… ふふっ(笑)」


宣隆さんの大きな手が私の髪や頬を愛おしそうに撫でた


「こうして触れたくて触れたくて…手を伸ばせば触れられる距離にいるのに触れられず ずっとモヤモヤしていたんです(笑)」


愛おしそうに私は彼の広い胸にうずめられ温かい幸せを感じた


ーー この人は 私を愛してる

そう感じられた



「宣隆さんはモテるんですから。外では優しい顔なんてしないで欲しい。」


「外での僕を知ってるでしょう?ヤキモチ妬いてくれるんですか?」


「まぁ… はい。」


「可愛いこと言ってくれますね(笑) 妬いた時はめいっぱい甘えてください(笑)」


「イヤ。」


「ははっ(笑) つれないなぁ(笑) …それにモテるなら君の方…」


え?


「いや… 貴女は僕だけのもので、僕は貴女だけのものですよ。」


耳や首筋に唇を這わせられそのままソファにゆっくりと倒れこんだ


「約束します。もう不安にはさせない。」


優しい眼差しに
ドキドキする…


何度も唇を重ね
肌を重ねて
愛してると何度も囁き

優しく 激しく 熱く 深く愛を示してくれた





ーーー




以前にも増して

彼はこまめにメールや電話をくれたり
一緒に過ごす時間を増やしてくれるようになった

“不安にさせない” の言葉を実行してくれてるんだろうな…



「ただいま(笑)」ハグしてチュッ


食器を洗ってる横で手伝いながら頬にチュッってしたり



「香さん? ここ、来て。」

と脚の間に私を座らせてハグしながら後ろから私に頬を寄せると少し伸びた髭があたってチクチクする


「もう!カイ君(推し)が(テレビに)出てるのに(笑)」


「カイ君は録画してるんでしょ?」と邪魔をする


「髪、乾かしてあげよう」と優しくドライヤーで髪を乾かしてまた嬉しそうにぎゅっとハグ




今夜も食後の後片付けをしてるとまたぎゅぅっとハグをしてきた


「片付かないですから、邪魔しないでください!」


「ちゃんと手伝うよ?(笑)」


「なら離してくださいよ(笑)」


「今までできなかった分のハグをしてるんです。」



子供の頃 母親に甘えられなかったから… かな

以前 酔った時に甘えてくれた時があったけど
あの時みたいに甘えてくれる


なんだか
可愛いな…(笑)



ーー チュッ…

私から彼の頬にキスをした



すると

「今の、もう一度…」

あっ、はにかんだ



もう一度軽く頬にチュッとしたら

「んっ!?」


唇に大人のキスで返された

私 またこの人に恋してる…



この前までずっと怒ってて “辛い 悲しい” なんて思いもあったのに

やっぱり この人が大好きだって自覚させられてる



「あの、今夜… 夜更かししませんか?」

今まで私から誘ったことはなかった



「…え?」



あぁっ、私ったら何言ってんだか!

「あっ、あ~、やっぱり、」

恥ずかしい…


「します!夜更かし(笑)」

瞳がキラキラした


それは ちぎれそうな程シッポを 振って喜んでいるワンコのように嬉しそうな彼




「今すぐ欲しいなぁ…」

大きな手で頬を撫でられるだけで身体がゾクゾクとして火照ってくる



「お、お風呂入ってから… 」


「もしかして、もうスイッチ入ってますか?」


「ははっ、そんなことないですよぉ(笑)」

悟られたことが恥ずかしい


「本当に?」


「あっ、ちょっと、、」

宣隆さんの手が内腿を撫でてきて下着の上から強くなぞられた


「やっぱり(笑) 僕ももうスイッチ入ってるんですけど(笑)」



硬くした所を押し当ててきた

「今直ぐ香さんの中に入りたいんですけど…」

こんな時 いつも有無を言わせないキスで誘導する



「いつも返事させないくせに、、」


「そんなこと、本当に嫌ならしないよ。」


「いやいや、キッチンで?」


「キッチンだから燃えません?」


「えっ!経験、あるんだ、、」


「ないよ(笑)」

あるって顔に書いてある



逸る気持ちを抑えきれなくて濃厚なキスをしてきた

キッチンだと凄くイケナイコトしてるみたいな気分になって…




ーーー




あぁ… 本当にキッチンはイケナイ場所だった

イケナイコトしてるみたいな気分になって



もう、、ほんと!

思い出すだけで

あぁ…


「死にたい… 」


恥ずかしい!



朝ご飯の御味噌汁のお椀を持った宣隆さんが困惑した表情で私を見つめていた



「… 今なんて」


あっ、つい、、

「… そんなに思い悩んでいることがあるんですか?」


ーー え?



眉間にシワを寄せて
戸惑っていた


「さっ、昨夜は死にたいくらい恥ずかしかったなぁ… と」


「…本当にそれだけ…?」

まだ困惑顔の彼に慌てた


「それだけですよっ!」



急に優しくセクシーな視線に変わった

「そんなに恥ずかしかったんですか?その割には」


「早くご飯食べてください!遅刻しますよっ!?」


動揺する私にクスクスと笑ってご飯を食べ始めた



いつも前髪を上げてセットしていたけど今日は下ろしていて若く見える


付き合い始めの頃より若くて格好良くなったのは気のせいじゃない

身体を鍛え始めてスーツがより一層似合ってる



「今夜は遅くなると思うので晩飯は必要ありません。気にせず先に寝ててくださいね。」


ちょっと
寂しいな…


「そんなに遅くなるんですか?」


「今夜は会食があるんです。何時になるかわからないので。 じゃあ、いってきます(笑)」


キスとバグをして出勤した




会食なんて珍しい

結婚してから何度かあったけどいつも女性の香水の香りをつけて帰ってくる


クラブとかキャバクラにでも連れていかれてるのかな

でも会食で? と疑問に思ったこともあったけど今まで深くは考えなかった


深く考えなかった事がおかしかしいのかもしれない


あの時よりずっと見た目と雰囲気がイケオジになってる今は用心しないといけない?

用心って何をすれば用心になるなのかわかんないけど




今日 私はお休みの日


家の掃除を済ませて友達のレイちゃんとランチに行く約束

だけど夜 宣隆さんいないもんなぁ…


じゃあ映画でも見て帰ろうかな



同窓会で久しぶりに会ったレイちゃんを待ち合わせているお店で会った

レイちゃんはまだ独身
それに仕事柄 色気がハンパない



「夕方から仕事だからそれまでは大丈夫よ(笑)」

クラブでホステスをしている
今は自分の店を持ちたいと頑張ってる



「独立には後ろ楯とか、やっぱり必要?」


「まぁ、ね~(笑) あれば早いけど、私はできることなら自力でやりたいと思ってる(笑)」



学生の頃 バレーボール部の部長もしていた彼女は部員をちゃんとよく見ていて 人をまとめるのも引っ張っていくのも長けていた

同級生だけど頼りになるお姉さんのような人



大人になった今は雰囲気が色っぽくて何故か女の私もテレてしまう


「どうなの? 新婚生活は。楽しい?」


「新婚って(笑) もう一年だよ?」


「まだ新婚じゃない(笑) 確か歳も離れてたわよね。喧嘩なんかしないでしょ(笑)」


「喧嘩というか私が一方的に怒ることは最近あったけど(苦笑) あははっ」


「それは仲が良いからでしょ?(笑)」


仲が良いから?

まぁ… そうかもしれないな
私が彼を好きだから腹が立ったし…



「そうかもね(笑) レイちゃんの仕事って大変でしょ?私は男性のことはよくわかんないから凄いな。」


「女性よりわかりやすいわよ? 女同士の方が複雑。もちろん人によるけどね?(笑) 香は… 分かりやすいわね(笑) これは良い意味よ?素直ってことね(笑) ご主人さんも香を可愛がってるんじゃない?(笑)」


「可愛がってって…」

昨夜の事を思い出し
また恥ずかしくなった



「ふふっ!(笑) 可愛がってくれているようね(笑)」


「なんで!?」


「分かりやすく顔に出てるもの(笑)」


「あはは… (苦笑)」


「あ、ご主人さんの写真見せて♪(笑)」



休日に料理を作っている宣隆さん
庭の植物に水やりをしている後ろ姿の宣隆さん
ソファでうたた寝している宣隆さん



「へぇ♪イイ男じゃない(笑)」

やっぱり

「…そうなの?」


「そう思うけど?スタイル良いわねぇ!身長も高そう。」


「177? 178だったかな。 この年齢でもモテそう?」


「モテる男は年齢なんて関係ないわよ。50だって60だってイイ男はイイ男。…心配?」


「まぁ… 」


「…現在進行形で悩み中?」


「悩みってことでもないんだけど…」



旅行中のこと
旅行後のことを少しだけ話をした

何故かレイちゃんには悩みも話やすい雰囲気を感じる


「セックスしてる? 」


「えっ?」顔が一気に真っ赤になった


「あはっ(笑) そんなに驚く質問?結構重要ポイントよ?求められない?」


「それは… ないけど… 」


「どのくらいの頻度? 香から求めないとしない、とか?」


「私から?」


「香から求めないの?」


「求めないよ!」


「なぁに~?そのいちいち純情な反応(笑)」


「私って、、幼稚、かなぁ。大人の女性に見えてるのかな。求めた方が良いの?」


「求めない方がわからないわ(笑)」


そういうもの?

「それじゃダンナは寂しいんじゃない?求めてくれないのはほんとはイヤなんじゃないかって。熱が冷めてきてもおかしくないわよ??」


えっ!?

「そんな、、」


レイちゃんは何か考え事を始めた

「んー。じゃあランチの後、買い物に行こ?(笑)」




ーーー



「こんな服、着たことないよっ」


「だからよ♡」


胸元と背中が大きく開いた丈の短めの大人っぽいワンピースを試着した


「こんな短いの、着たことない、、」


「なんで?このくらいの丈、ほら?みんな着てるわよ?私だって(笑)」


外を歩く女性を指差した


「香は昔からボーダーのカットソーとロングスカートとかパンツとか、とにかく肌を隠したナチュラルな服ばかりだったから抵抗感があるのかしら。」


「こんな露出多いと裸で歩いてるみたいだよ」


「とにかく慣れなの!慣れれば良いだけ(笑)」


服を気にかけたことなんて無かった
まぁセンスは無い方だったし

でもこれは…


「ダンナ喜んでくれると思うんだけどなぁ~?」


その一言で決めた

「じゃあ、これにする!」


「ふふっ!じゃあ次の店ね(笑)」




次はランジェリーショップだった

レイちゃんが選んだのは大人っぽいブラとショーツのセットだった



「こんなの無理だよっ」


「普段つけてるのってこんなのじゃないのぉ?」


手に取ったのは本当に普段つけているようなオーソドックスなものだった


「そう。」


「でしょうねぇ(笑) 女を上げるにはこれぐらいは必要よ?なんならこっちでもいいくらい。」


透け透けのブラにショーツ


「そんなの下着の機能を果たしてないじゃないっ」


「え?これは機能性を求めるものじゃないわよ(笑) これは夜につけるもの。普段はコッチ。」


その普段用のブラですら私には不似合いでハードル高いんだけど

この透け透けの方は…?



「これ、わざわざ着替えるってこと??」


「そうよ。」当然!という顔をした


「ダンナを悦ばせるためのものなんだからねぇ?(笑)」


「恥ずかしくて死ぬっ!」

「あ、これ脱がなくていいわね!ほら、」

ブラにもショーツにもスリットが入っていた



「これいいわね♡(笑)」

レイちゃんは普段こんなの使ってるの?


「こんなの… 」


「悦びそうもない?」


「わかんない… けど買う、両方」



これで宣隆さんが喜んでくれるのかわかんないけど、大人の女になれるなら、、


大人の女…


旅行先で宣隆さんが心を奪われたあの大人の女性を思い出した




「結果どうなったか、アドバイザーの私にちゃんと報告してね♡」




ーーー



結果って、、

きっと宣隆さん 嬉しいよね?

ん? 待って!逆にドン引きするんじゃ…



私には大人の色気とか全くない

モリモリご飯食べてる姿が好きとか可愛い、は言われるけど


瞬間的に心が惹かれるのはあの人みたいな大人の人なのかな


今までそんなこと考えたこともなかったのに
あの一件から いちいち気にして考えてしまうようになった



これ トラウマなのかな…



一人で晩御飯を食べて映画館に入った

平日だから日曜ほどの人の多さはなかったけど夜だからカップルがチラホラ

やっぱり家で観るより映画館の方が良いな~♪




「あれっ?笹山さん?」

声をかけてきたのは元同僚の梶さんだった









ーーーーーーーーーーーー

たしかなこと 2 (14)

2020-08-01 09:40:00 | ストーリー
たしかなこと 2 (14)







それから4日が経った



空を見上げると空が暗くなり雨が降りそうな空模様に変化していた

そういや今朝は天気予報を見るのを忘れていたな…


香さんはいつも僕が雨に濡れないようにと気にかけ僕に傘を持たせてくれていた



今日は傘を手渡されなかった

出勤前のキスも旅行の朝からずっと無い


当然だろうけどこんなに香さんに触れることさえできないのは初めてだ




昼休みになるとインスタの投稿写真の話をしながら女性社員が部屋を出て行った



インスタか… しばらく見てないな

香さんの個人用のアカウントの方を久しぶりに開いてみた



旅行から帰った日に更新している
実家から投稿したようだった


旅館の食事や土産物の写真
香さんらしく食べ物の写真が多いな(笑)



「なっ!」

なんだ!?


部屋の露天風呂に浸かっている姿


こんな写真 僕は撮っていない
セルフタイマーで自撮りをしたのか


こんな、、肩が丸見えじゃないか
即刻、削除させないと!


でも わざわざセルフタイマーを使ってまで撮る必要なんてあったのか?

僕に声をかければ撮ってあげたのに
(もちろんSNSへの投稿は許可しない!)



写真や投稿記事はまるで独身女性が一人旅を満喫しているかのようで

僕の存在を感じさせる写真は一枚も投稿されていない



… 香さん


香さんに電話をかけた

「インスタの画像っ、あれは、」

あっ、つい大きな声になって
慌てて周囲に人がいないことを確認した




「(あれ、なんですか?あんな、あんな、肌が丸見えの写真今すぐ削除してください!変な奴があれを見てたらどうするんです!) 」


『顔は載せてませんけど。』


「(僕が嫌なんです。それと、帰りに買って帰るものがあればメールください。)」


『じゃあ、、メールします。』



メールには

“あの画像、イイ女風に写ってませんか?それと帰りに会社近くのケーキ店でプリンをお願いします。”



君は不特定多数からイイ女に見られたいのか?


“とにかく削除してください。食べたい物、了承です”と打って送信した


「プリン、ね。」




「プリン… ?」

ん!?

振り返ると部下の梶君(男性)だった



「(ゴホン!) … 何か?」


「先程、田所部長から内線がありました。一応デスクにメモも貼ってありますけど。」


「あぁ、ありがとう、、」


「部長にプリンとか似合いませんね(笑)」


「私が食べるためではないですよ。」

あ、、何を真面目に答えてるんだ



「なら笹山さんなんですね(笑) 白川部長は家庭では違う顔なんですね(笑)」


「田所部長に内線しなければ、、」

そそくさとデスクに戻った





ーーー





一日中降り続いている雨は退社時間になっても止まなかった


駅までタクシーを使うか…



「部長、駅まで一緒に行きますか?」

傘を手に持った梶君だった

「男の傘ですみません(笑)」


いや、男の方が気が楽だ

「すまない、じゃあ遠慮なく。ああ、駅近くのケーキ店までで良いですから。」


「プリン買って帰るんでしたね(笑) 付き合います(笑)」


「コホン!」

照れくさいな



梶君はとても仕事ができる男だ
きっとこのまま順調よくいけば出世をしていくだろう

爽やかでイイ男だし彼を狙う女性も多いように見受けられる



「部長は笹山さんとご結婚されてどうですか?」


「どう、とは。」


「僕、もう30半ばだし、田舎にいる親がお前は結婚を考えてる相手なんかはいないのかってうるさくて(笑)」

そうか
梶君はそんな年齢だったか…



「で、相手はいないと?」

「今は(笑) 好きだった人は会社辞めて結婚しちゃって。」

「そう。うちの会社?」

「ええ、まぁ… (笑)」

ん? 口ごもった?



「あの、笹山さんは、、お元気ですか?」

「元気ですよ。」

「そうですか… 良かった(笑)」

… 辞めて結婚した社員って

まさか



「部長は奥さんにプリンを買って帰るような夫をしてるんですね(笑) ほんと意外ですね(笑)」


「そうですかね。」

「僕、今だから言いますけど、笹山さんのこと好きだったんですよね(苦笑)」



ーー あぁ

やっぱり そうか



梶君は困ったような笑顔で眉尻を下げ頭を掻いた

「いつも一生懸命で明るくて笑うと小さくエクボができる所とか可愛かったなって。」


香さんが好きだったと夫の僕に告白している

今更どうしたいんだ...



「時々、何かでヘコんでる時も時々ありましたけど(笑) 僕が助けてあげたいと思っても自力で何とかがんばりますっ!って(笑) そこは彼女らしくてたくましくて健気で。何度もグッときてました。ははっ(笑)」


いくら過去の話だとしても
気分の良い話じゃない


でも…

香さんが時々ヘコんでた?
梶君は気付いていたのか

気付けなかった自分が少々情けなく感じる...



プリンの店の前に着き梶君もプリンを購入すると言うので傘の礼として彼の分も一緒に購入してまた駅へと向かった


「これ(プリン) ありがとうございます(笑)」



駅で梶君と別れた

爽やかな笑顔で少し頭を下げた


ーー 彼女が退職してから何年も経ったのに
どうして今更あんなことを僕に告白したんだ


宣戦布告ならもう遅い

香さんは僕のものだから





ーーー




帰宅すると香さんは喉に手をあてて眉間にシワを寄せた


「喉が痛い? 熱は、」

何気なく触れようとすると後ろに身を引いた

今 露骨に僕を避けた…



「熱はないので大丈夫です。熱が出る時は突然ですけど、わかるので。これくらいなら大丈夫です。ご飯先に食べますか? お風呂入ります?」


「あぁ~ 、、えっーと、、香さんは?」

「私は先にお風呂入りましたから。」

「お風呂に入って大丈夫なんですか?えーっと、、じゃあ香さんと晩ご飯食べようかな!着替えてきますね(笑)」


ーー爽やかに笑ってみたけれど




スーツのジャケットを脱ぎながら

「はぁーーっ … 」うなだれた



ショックだ…

あんなに露骨に避けられるのは流石に堪える…


その後も いつものように食事をし、僕が風呂に入っている間に香さんは食器を洗って

風呂から上がると香さんはテレビを見ていた


今夜は香さんが好きなアーティストのカイ君とやらが歌番組に出ているようで録画を見返してご機嫌の様子



僕が然り気無く香さんの隣に座ったら

香さんは「プリン食べます?」と立ち上がり冷蔵庫に向かった


「そう、、だね、、(笑)」

また僕を避けた…?



「はい、どうぞ(笑)」

プリンをテーブルに置き
香さんは僕との間にクッションを置いた


こっ、こんなのおかしいだろう!?
明らかに不自然だ!



「あの、香さん…?」

「ふふっ♡♡♡(笑)」


テレビ画面に映る大好きなアーティストを見ながら嬉しそうに微笑んでいる

僕もテレビ画面を見た



カイ君のどこが良いのだろう…
ジェネレーションギャップを感じる

“ジェネレーションギャップ” なんて言葉 今どき使わないかもしれないけれど



「カッコイイなぁ ♡」


僕にはみんな同じ顔に見える...
それだけ僕はオジさんだってことだな

香さんは嬉しそうにテレビの中のカイ君を見つめている

その笑顔
僕にはくれないのか?


香さんとの間に置かれた邪魔者のクッションを睨んだ

こいつが邪魔!


これは “まだ私は腹を立てている” という表現のひとつなのだろうか

それともまさか “僕に触れるのもイヤ ” というアピール?


もう何日だろう

こんなに露骨に嫌がられるなんて
さすがに傷つく…


邪魔者のクッションを退かそうと然り気無く持ち上げかけると香さんはすかさずクッションをまた元の位置に戻した


えぇっ!?



「ふふっ♡♡(笑)」

大好きなカイ君を見てる

テレビを見てるのかコッチを気にしてるのかわからん!


複雑な表情の僕に香さんは突然

「プリン食べないんですか?(笑)」と笑顔を向けた

突然の笑顔にびっくりした

「えっ!食べるよ、、」
プリンを手に取った


今夜こそ然り気無く…
後ろから肩に腕を回しかけると


「まだ寝ませんか?」と聞かれた


良し来た!チャンス!

「寝ましょうか!(笑)」と意気込んだ返事をした

「では先に寝てください(笑)」とサッと立ち上がりキッチンに向かった



そうだった
香さんにはルーティンがあったんだ

洗った食器や鍋を拭いて全て棚にしまってから寝るルーティン


「僕も手伝うよ、」

「大丈夫ですからぁ!(笑)」

“だから近寄るな!” と表情で言われたような威圧感すら感じる満面の笑顔に圧倒された


「… じゃあ、先に寝るよ、、」

うなだれて一人寝室に向かった



あの笑顔
なんか凄く恐い…


そんなに僕がイヤなのか?
嫌いになってしまった?
それだけまだ内心は怒り心頭だってこと?


ショックだ…



あっ、寝室のドアが開いた

心臓が… バクバクしてきた



今夜こそ 少し触れるだけでも…
できればぎゅっと


隣を見ると香さんは背中を向けて横になっていた



背中にそっと触れようとしたら


「はぁ~ … 」

香さんが大きな溜め息をついた




ただ少し触れるだけなのに
たったそれだけなのに

隣に寝ているのに遠い…


切なすぎて僕が溜め息つきたいよ


ん? 香さんはなんの溜め息なんだ?


愛想も尽きた
なんてことないよな…


最後に香さんを抱いたのはいつだったかな…

うっ、、考えない 考えない!


無理矢理でも抱きたくなってしまう
いかんいかん、、

寝よう …





ーーー





ーー 翌朝


行ってきますのキスがしたい
でもやっぱり拒まれるんだろうな…

そんなことを考えている内にもう出掛ける時間になってしまった



靴を履き 鞄を手に持った


「あのっ、香さん、」



笑顔で小さく手を振られた

「いってらっしゃい(笑)」



あ…
「い、いってきます… 」

また今日も出勤前のルーティンだったキスができなかった




でもいい
笑顔で送り出してくれるだけで …

寂しいけど…





ーーー





それから更に一週間

明日は休日だ


いまだ香さんに指先すら触れさせてもらえず
もうそれが当然のような空気になってしまった


こんなの
いつまで続くんだ ーー




「いってらっしゃい(笑)」

ルーティンのように僕に小さく手を振った



「いってき… 」



ーー やっぱりこんなの嫌だ



「忘れ物?」

「貴女はもうすっかり忘れてしまったのですか?」

「え?」

「貴女はいつまで僕にお預けをくらわせるつもりなんですか。」

意味がわからないように目をパチパチさせている



香さんが逃げないよう頬を両手で包み強引に唇を奪った



「これでも全然足りないよ」
強く抱き締めた


「毎日毎日貴女が欲しくて堪らないのに、、ずっと触れられなくて、僕にも限界はあるんですから!」


香さんは顔を赤くして戸惑った表情をしていた


「今夜は覚悟をしておいてください。今までお預けくらった分だけ、僕が満足するまで貴女を抱き尽くしますから。」


耳まで赤くした香さんの頬を撫でた


「そんな可愛い反応されると、、今すぐにでも抱きたくなるじゃないですか(笑)」

愛おしくてまた抱き締めた



「それじゃ、 いってきます(笑)」


真っ赤な顔で何も言えず硬く口を閉じて小さく手を振る香さんに挨拶をして玄関の扉を閉めた


僕は浮かれて緩む自分の頬を軽く叩き
小さくガッツポーズをした





最近の貴女は以前のように屈託の無い笑顔がない
でも本来よく笑うとても可愛い人だ

あの笑顔をまた毎日見たい



貴女を好きになるまで
僕はずっと仕事一筋だった

仕事には充実していたけれど何か足りないとずっと感じていた


そんな僕の世界を色鮮やかな世界に変えてくれたのは香さんだった

全力疾走をした訳でもないのに
壊れたように強く打つ心臓の鼓動も香さんに恋をして初めて感じた感覚だ


一緒に暮らすために
ワクワクしながら一緒に荷物を運び

香さんは意外と力持ちで気がつくと重い荷物も一人で持ち上げていたことに驚き

荷ほどきが済んで香さんの荷物と僕の荷物が一緒に並んでいるのを見て 一緒に暮らすことを実感し

それが僕の
男としての覚悟と責任に変わったことも



これからずっと一緒に幸せになろうと
心の中で強く思ったことも

いろんな出来事
いろんな想い

全て覚えている



香さんとはいろんな思い出がある

どれも全て大切な思い出だ








ーーーーーーーーーーーーーー







たしかなこと 2 (13)

2020-07-23 20:40:48 | ストーリー
たしかなこと 2 (13)






いつもの自宅に戻るとようやく日常の感覚に戻った


自宅に着くと香さんは荷物を広げててきぱきと片付け始め洗濯物を持って行った


僕は何もしていないのに疲弊していて、気付くとソファに座ったまま寝てしまっていた




目が覚めると香さんの姿は無かった

ベランダには洗濯物が風に揺れている



買い物?
僕を起こせば良かったのに


旅行…
香さんには悪いことをしたな



僕が目を覚ましてから1時間は経つ

いつものスーパーマーケットなら徒歩で片道10分もあれば帰って来られる距離



電話をかけても電源が切れている

一体 どこに行ったんだろう




ーーー




結局 香さんは日が落ちても帰ってこなかった



本当に何処に行ってしまったのか

何度電話をかけても電源が切れたまま
こんなこと初めてで不安になってきた




すると電話の着信音が鳴って慌てて手に取ると


「あ... お義母さん、こんにちは、、」


お義母さんからの電話だった
お土産ありがとうね(笑)といつもの明るい声



土産…?

まさか香さんは今実家に帰ってるのか!?


「い、いえ、、こちらこそ旅行券ありがとうございました。」


『いいのいいの~(笑) 日常から離れると気分も変わるでしょ? 温泉で仲良く、ふふふ♡』


『(ちょっ!お母さん!?) 』

あ… 香さんの声
元気そうでホッとした


『ふふふっ(笑) ごめんねぇ(笑) 香が帰ってきたからてっきり宣隆さんも一緒かと。宣隆さんもまた来てね!(笑)』


「ありがとうございます(笑) あっ、あの、香さんと電話変わってもらえますか?」


『え? 待ってね?』
お義母さんが香さんを呼んでいる声がしたけれど

『後で電話かけさせるわね!』

「すみません、よろしくお願いします。」



電話を切った

それからずっと待ったけれど結局 電話がかかってくることもなく深夜になった




どうしてまだ電源を切ってる?
何故 電話をくれない?

… 僕が怒らせることをした?



いつも過ごしている部屋がとても広く感じる



ーー 寂しい...



毎日隣で寝ている香さんがいない
一人で過ごす夜は結婚をしてからは初めてだ


静か過ぎて寝つけない…



僕は翌朝 朝早くに家を出て
実家にいる香さんを迎えに行くことにした




ーーー





僕が香さんの実家を訪ねると家族で朝食を食べる所だった

あまりにも早い時間 突然訪ねた僕にご両親は驚いた

けれど僕の分まで朝食を並べてくれて一緒に食事をさせていただいた



香さんはいつもの通り

何故 電話の電源を切っているのか
その様子から伺い知ることはできなかった


帰り際 お義母さんが漬けた漬物や野菜を持たせてくれた





「お義母さん、変わらずお元気そうでしたね(笑)」

「いつもあんな感じですね… お父さんも相変わらず存在感はないし… 」


実家にいた時と違ってつれない話し方に変わった


「香さんの電話、電源切れてたからずっと心配してたんです(笑) 実家に帰るなら僕も一緒に、」

「電源切ってたんです。」


ーー え?


「どう、して?」

「宣隆さんに腹を立ててるからです。今日も迎えに来てくれなくても良かったのに。 」


「何故?何に腹を立ててるんですか...?」


「ちょ!前!!前見て運転してください!」


前方の車が左折のためにスピードを弛めていて車間距離が詰まっていた


「あっ、あぁ… 」前方に向いた

「すみません、、検討つかなくて、、」




どういうことだ?
どうしてだ?

頭の中が混乱していて
何を言えば
どう聞けばいいかわからない


信号で車は停車させたけれど



「迎えに行かない方が良かったんですか?」


香さんの表情は曇っていた


「子供じゃないから自分で帰れるのに… 」

そう呟いた




その言葉が僕の胸を刺した

「そう、ですね… 」



僕を全く見ることなく景色をぼんやり眺めている



僕がどれだけ心配したかなんて
そんなこと考えもしなかったのだろうか…


そのことでは腹は立たない
ただ 今の香さんが何を考えているのか

恐い…



「何故 怒ってるんですか?」

「何故だと思いますか?」

これは相当怒ってる


ーー こんな香さんは初めてだ



旅行で一緒に楽しめなかったから?
そのままとんぼ返りしたから?

他に… いつもと違うことをした、か?


「旅行ではすみませんでした。あまり一緒に楽しめませんでしたね。せっかく香さんが楽しみにしていた旅行だったのに。ごめんね。 」

「一応、自覚はあるんですね。」
拗ねた顔で外を眺めていた


やはり怒っている原因はそれかーー


「お義母さんからせっかく旅行券をいただいたのに、本当にごめん… 」


また香さんをチラッと見るとさっきとは違う少し寂しそうな表情になっていた

香さんからぼんやりと話しかけてきた

「… 寄り道、しませんか?」





緑地公園

公園の遊歩道は森のように木々に囲まれているから吹き抜ける風は少しだけ涼しく感じた



ベンチに座った

香さんはバッグからスマホを取り出し画像を僕に見せた

「この方とはどういう関係ですか?」

見た瞬間 冷たい何かが背中を走った



それは橙子さんと僕がカフェの窓際で談笑している所を店の外から写した画像だった


何故こんな写真を、、
香さんは僕と橙子さんを見ていたのか…?


動揺する心を必死で隠した

「これ…」


「あの時 なかなか戻ってこなかったあなたを探したんです。

もしかしたらお土産を買いに出かけたのかなって思ったから。そんなに広くないし直ぐに見つけられるだろうって。

そしたらカフェであなたを見つけた。この方とは元々お知り合いだったんですか?」



「たまたまあそこで知り合った同じ旅館の宿泊者ってだけだよ。」


それは嘘じゃない


「この人のこと、私に全然言わなかったのはどうしてですか?たまたま知り合って話してたって言えば良かったじゃないですか。

朝食の時だってお互い知らないフリしてたのはどうしてですか?何かあったから知らないフリしたんじゃないんですか?」


「本当に何もないよ、、」

“どうして言わなかった?” の問いは
答えられなかった



「本当に君が疑うような仲じゃない。たまたま土産物を見ていた時声かけられて、暑いし立ち話もなんだからって店に入ろうかって、ただそれだけで。君が想像しているような事はない。言えば変に誤解しそうでそれで言わないでおこうと思って、、 」


あぁ
今 動揺して喋っている

これじゃ余計に誤解させてしまうのもわかっているのに


香さんは何も言わず 眉間にシワを寄せている



「本当だよ、、」

汗が吹き出てきてポケットからハンカチを取り出して拭いた


「昔の彼女では?」
僕を疑うような目つきに変わった


「そんな、昔の彼女って(苦笑) 元嫁でもないですし、本当にあの時あそこでたまたま知り合った人です。連絡先とか知りませんし、もう本当に信じて、」


「こんなの見たら私は、」
急に声が沈んだ


「女性に奥手な宣隆さんが女性とあんな嬉しそうな 穏やかな表情で話してるの初めて見たから… 初対面だなんて信じられない」


初対面とは思えないほど居心地が良くてとても彼女はチャーミングで

酸いも甘いも経験した器の大きな包容力を感じる大人の女性だったからかもしれない…


僕が幼少時からずっと母親に甘えられなかったから彼女に母性を感じたのかもしれない


それは…
香さんにはない魅力だった




「この人といるとそんなに楽しかったんですか?時間も私も忘れるほど?」

その言葉は僕の胸をズキズキと刺してきた


こうして責められるほど
橙子さんがより器の大きな人だったと感じてしまう


比べてはいけない
彼女と香さんは違うのだから


でも…


「それに… それに、あの駅で… 」

声が震えだして俯き静かにポロポロと涙を溢した香さんにまた動揺してきた



「どうして泣くの… 」


「何故 駅であんなに名残惜しそうにこの人を見つめてたんですか?」


胸がズキッと傷んだ


「名残惜しそう、だなんて、、」


あの瞬間も僕と橙子さんを見てたのか…



「香さん、誤解、ですよ… 」


その言葉を絞り出すのが精一杯だった





ーー 蝉の音が耳につく

あの駅の時と同じだ



「店の前から電話しても気づかなくて、メールしても返事もなくて。仕方なく部屋に戻りましたけど、あなたが部屋に帰ってくるのを待ってるあの時間、凄く長く感じました。 帰ってきてもずっと上の空で生返事。私といてもつまらなさそうで。」



「そんな、つまらないなんて、、楽しかったですよ… 」


あぁ
これは嘘だ ーー


一番楽しかったのは橙子さんと話をしているあの時間だった



あんなに愛して香さんとやっと結婚をし

一生 大切にしたいと思っていたのに


他の女性に惹かれたのは確かだ
当然 責められても仕方がない

香さんは何も悪くはないのに


いつまでこんな風に僕は責め立てられるのだろうと

少しうざったく感じてきた自分は本当に嫌な男だと実感する



「香さん、、」
触れた手を払いのけられた


「連絡がつかないで待ってる方の気持ち、少しはわかりましたか?」




だから昨夜 電話の電源を切っていたのか

「よく… わかったよ。ごめん… 」






ーーー




ギクシャクした空気で車内は会話もなく家に着いてもその空気は変わらなかった


明日からお互い仕事


二人で合わせた連休休みの最後がこんな事になるなんて想像もしていなかった



香さんは服を着替え 出掛けようとしていた


「えっ、何処かに出掛けるんですか? 香さん?」


香さんは何も言わずに出て行ってしまった





僕はどうしたらいいんだろう…


庭の雑草を抜きながら僕は悩んでいた



昨夜 誰もいないこの家で
自分のために食事を作り一人で食べ
大きなベッドに一人 横になった

結局 僕は眠れなかった




こうして今も一人で昼飯を用意する

香さんと一緒に暮らしていてもこれじゃ独身の時と同じ…




いや 違う…

一人で暮らしていた頃はそれが普通で孤独を感じることはなかった


二人で過ごしたから知ってしまったんだ

一緒に過ごす幸せを…







カーテン越しに夕陽が差しこむ部屋がより一層孤独を感じさせた


僕は晩飯の支度をし
駅で香さんの帰宅を待った


独りを感じるあの部屋で待つよりずっとマシだと思ったからだ



あっ、香さん…


1時間ぐらい経った頃
香さんが疲れた顔で駅の改札から出てきた

僕がいるとは思っていなくて驚いた表情をした



「おかえり、香さん!待っていたよ(笑)」

「いつ帰るとか言ってなかったはずですけど…」

「待っててました(苦笑) と言っても1時間程度ですけどね(笑)」





僕を避けるように足早で自宅に向かう香さんの後ろを歩いた


まだ不機嫌なようだ


それでもこうして一緒にいられる事は幸せなことだ…




「暑いから家でいればいいのに、、」と呟いた



僕を気遣ってくれたその言葉に嬉しさが汲み上げてきた


「帰ったら直ぐに晩ご飯食べられますよっ(笑)」

僕は香さんと並んで歩いた



もう完全に日が暮れて暗くなっていたけれど
街頭の明かりで香さんの表情を見ることができた


ムスッとしてはいるけど何となく空気は和らいでるような気がする



「僕ね… やっぱり香さんがいないと駄目みたいです(笑) 親ほど離れたいい歳のオジさんですけどね(笑)」


香さんの歩調が少し緩やかになった



「あんなに独りの生活が長かったのにね… 今じゃもう貴女無しでは何も手につかなくなってしまったよ(笑)

一人だと何をしていてもつまらないし、料理も貴女が食べてくれると思うから作る気になれるんです(笑)

今日も貴女が何処に行ってしまったのか気になって… でも必ず帰って来るから今夜こそ一緒に食べようと思いながら作ってましたよ(笑)」


「そりゃ… 帰りますよ… 家なんだし。」


「ん、そうだね(笑) 僕らの家ですからね(笑) 」




香さんがもし僕の元からいなくなったら… と考えた

僕はどうやって生きていくのだろう
想像もつかない


だから不機嫌でも構わない
怒ってても構わない

こうして一緒に 歩いている今を
大事にしていきたい









ーーーーーーーーーーーーーー

たしかなこと 2 (12)

2020-07-19 12:27:00 | ストーリー
たしかなこと 2 (12)







ーーー ここは京都の高級温泉旅館



香さんのお母さんから旅行券をいただいて香さんと二人で温泉旅行に来た



もしかして…

早く孫の顔が見たい という想いが込められているのかもしれないな…



お義母さん

「頑張ります。」


「え?」


「あ、いや、、 (笑)」



部屋に荷物を置き 周辺を散策した

自然の中にある宿で香さんがとても嬉しそうで僕も幸せな気持ちになる



空気が澄んでいて心地良い
やっぱり自然は良い

そういえば最近釣りや天体観測にも行ってない


「ここは風が冷たくて気持ちですね♪(笑)」


「ん(笑)」




一人で来てる人もいるのか…

40後半ぐらいだろうか
女性が一人 一眼レフカメラを手に景色を撮っていた


「カメラが趣味の女性って格好良いですね(笑)」


「そうですね(笑)」




それから旅館に戻り早速 温泉に入りに向かった

部屋にも露天の温泉があったけれど まずは大浴場に入りたい

露天風呂から見える山の景色も最高だ



部屋に戻ると香さんはまだ帰っていない
女性は長く入るからな

夕食までにはまだ随分時間もあるし外に出てみようと洋服に着替えた


そういや ここに来る途中 近くに観光土産が買える通りがあったから旅行券をくれたご両親への土産でも見てくるか...





土産物屋の通りを歩いているとさっき一人で写真を撮っていた女性も土産物を見ていた


あの人は何を買うのかな


ふと僕の視線に気付き目が合った


同じ旅館の客かもしれない
僕が少し会釈したらその女性は微笑んで会釈した



「さっき若い彼女といましたね(笑)」


気さくに話しかけてきた

僕らに気付いてたのか




「ええ。」


「彼女は? お一人ですか?」


「まだ旅館の温泉に入っている頃だと思います。」



店の店主が表に出てきた

僕とその女性を夫婦と勘違いしているようだった

訂正しようと思ったら女性が店主の話に合わせた返事をしたので僕はあえて何も言わなかった



確かに年齢的に夫婦に見えて当然かもしれないな


「ごめんなさい(笑) さっきは否定しなくて(笑)」


「いえ(笑) 夫婦に見えたようですね(笑)」


「そのようですね(笑) それにしても暑いですね!あのカフェで涼みませんか?彼女さんに悪いかしら?(笑)」


顔の汗を拭っている
ノースリーブから出ている白い肌にも汗が滲んでいた


確かに蒸し暑い…
喉も乾いた



「ほんと暑いですね(笑) 入りましょう。」


中はクーラーがよく利いていて快適だった

家族連れやカップルが何組かいて談笑していた



女性は “橙子(とうこ)” と名乗った

横浜暮らし
一人旅が好きでよく旅をするらしい


旅をするために私は一生懸命働いていると言いながら笑った

何の仕事をしているのかわからないがどうも自営業のようだ



旅も人生も一期一会
せっかく出会えたのだからと旅先で出会った人には気さくに声をかけているのと笑顔で話す

笑顔が本当にチャーミングな人だ


不思議と橙子さんと話しているという妙な緊張感もなく自然体で会話ができる


まるで昔から知っている人のよう

橙子さんの醸し出す空気感がとても居心地が良くて僕は時間が過ぎていくのを忘れていた



「…もしかして(笑) 白川さんは彼女とイケナイ関係?(笑)」


イケナイ?
あぁ、不倫ってこと?



「いいえ(笑) 僕達は夫婦なんです(笑)」


「あら、これは失礼しました(笑)」


さほど驚きもせず少し頭を下げてまた笑った



「年齢差がありますからね(笑) そう見えてしまうんでしょうか(笑)」


「夫婦の仲というより付き合いたての新鮮な関係に見えたからてっきり恋人同士と思ったので(笑)」


え?

「そう見えましたか?」


「ええ(笑)」


「良いですね、アツアツで(笑) 私はそういう感情忘れてしまったわ(笑) 」



ついつい口元と首筋のほくろに目がいってしまう

ほくろの位置によってセクシーに見えるな

女性と話をしていることを意識してきて

少し… ドキドキする



香さん以外にこんな感情を抱くのは初めてだ…



「橙子さんはご結婚歴は?」


「3年前に夫と死別して。二人の子供がいますがもう二人共結婚をしました。私、孫もいるお婆ちゃんなんですよ(笑)」


「え?… まだお若いでしょう?」


「あら?嬉しい(笑) 私はもう55です。気持ちは30ですですけどね?厚かましいかしら(笑) ふふっ(笑)」


僕と同い年?
もっと若く見える...


見た感じは若くてチャーミングなのに落ち着いた空気をまとっていて大人の女性を感じさせる


型にはまらない自分らしい自由な生き方をしている彼女はとても魅力的で輝いて見える


仕事に対する考え方や大切にしているモットーや人生の目標なんかを少しだけ聞かせてもらった


いかに僕は固定観念にとらわれた堅苦しい生き方をしてきたかを気付かされた


彼女にそう話すと そんな僕の生き方にも意味はあるし違う生き方をしていたら今のあなたはいないと肯定的な考えをくれた


気付くと2時間も彼女と向き合って話をしていた

こんなに時間を忘れて誰かと話したのは久しぶりだ

それだけ楽しかったということだ



スマホをポケットから出すと着信が何件も入っていた


「いけない、もう部屋に帰らないと、、」


「じゃあ先に旅館に向かって?白川さんと一緒にいる所を奥さんが見かけたら誤解しちゃうかもしれない(笑)」



そうか…


「白川さん。とても楽しい時間をありがとう(笑)」


「僕も楽しかったです。また会えますか?」


「さぁ、どうかしら(笑)」




香さんと一緒だと話せないか…

「では、お先に、、」




僕が先に店を出た

もう彼女とこんな時間を過ごすことはないのか

少し残念だ…



香さんに電話をかけると直ぐに電話に出た


「宣隆さん、どこ?もう帰ってくる?」


「土産物の通りを見て歩いているとカフェを見つけてね、そこで涼んでいたよ。もう帰ってる所だから(笑)」


「心配してたんですよ~?」


「ごめん(笑) もう正面玄関に入ったから切るね。」


部屋に入ると唇を尖らせてむくれていた


「メールしてるから大丈夫かなと思ってた、、ごめんね?」


「“ちょっと散歩してくる” だけしか書いてなかったし電話にも出てくれないし… 」


「ごめんごめん(笑) もう直ぐ夕飯が運ばれる時間だね。また汗かいたから軽く汗を流してくる。」


頭を撫でてなだめ、部屋の露天風呂に入り軽く汗を流した

風呂から出るとテーブルに料理が並んだところのようだった


ーー 橙子さんは一人旅は慣れてるだろうけど
こんな時も一人で食事するのか

わびしく感じたりはしないのだろうか ーー



「お腹空いちゃった(笑)」


「そうだね(笑)」





ーーー



満面の笑みで冷酒を飲む香さんの頬は赤くなっていた


「香さん、二日酔いしますよ?」


「この一本でおしまいにします♪(笑)」


その一本を飲み切ったので僕は内線をして仲居さんにテーブルを片付けに来てもらった


その間に香さんは部屋の露天風呂に入ったけれど結構酔ってるから大丈夫だろうかと風呂の外から声をかけた


「大丈夫ですよ!お風呂から見える景色最高に綺麗です♪」


「そうですね(笑) もしかして誘ってる?(笑)」


「誘ってません!」


なんだ 違うのか(笑)



窓際のソファに座って外の景色を眺めると月が綺麗に見えた


人が歩く音が微かに聞こえて見下ろすと旅館の浴衣姿の橙子さんが散歩しながら月を見上げていた

窓をノックすると橙子さんはその音に反応して僕に気付いた


僕に気付き小さく手を上げ月を指差した



「月が綺麗よ(笑)」

子供のような満面の笑顔を向けた



その笑顔がとても綺麗で可愛くて胸がグッとなった



“心を掴まれた”

という表現が近いかもしれない



「橙… 」


「宣隆さ~ん、出ましたけど、この後入ります?」


香さんが風呂から出たようで髪にタオルを巻き、ひょっこり顔だけ出した



「あ、そうだね。」


「じゃあ交代(笑)」

また頭を引っ込めた



僕は窓の外に橙子さんの姿を探した

でも橙子さんの姿はもうなかった



ーー 橙子さん



僕よりも考え方や物事の捉え方が緻密で奥深く そして温かく誠実な人だった


たまたま旅先で出会ってほんの少し時間を共有し

ほんの少しの断片を知っただけで

僕らに何かあった訳でもない


なのに
何故か心に残っている…




「窓 開けると良い風入ってきますね。」


「そうだね… 」


「元気、ないんですか?」と聞いてきた


「そんなことはありませんよ(笑)」



窓と障子を閉めて部屋に備え付けの冷蔵庫からペットボトルの水を取り出した



「やっぱりおかしい。」


「何がです?香さんと来てるのに楽しいに決まってるじゃないですか(笑)」


ペットボトルのキャップを外して飲んだ

「視線が全然合わないもの。」


ーー え?


振り返って香さんの顔を見ると真顔で僕を見ていた


「私の二日酔いの心配より宣隆さんの方が心配ですよ。」

何も知らない香さんに少し罪悪感を感じる



「ごめん 」


「ごめんってなんですか?」


「心配させたようでごめん。ちょっと疲れてるだけだよ。」


「そっか… 温泉にゆっくり浸かってくるといいですよ。疲れも取れます。」



香さんと一緒に入れば良かったかな
せっかくの機会なのに


部屋の露天に浸かっていると月明かりで周辺の景色も昼間と全然違って見える


幻想的で物語に出てくる森のような感じさえする




橙子さんは “月が綺麗” と言った


僕も香さんにそう言った
あれは後回しの告白のつもりだった


橙子さんはそんなつもりで僕に言った訳ではないけれど…



橙子さん

この先きっと二度と会うことはない


“切ない” と胸が勝手に痛んだ



馬鹿か ーー

これじゃまるで橙子さんに恋してるみたいじゃないか

僕はそんなに惚れっぽい男じゃないし香さんがいるのだから



日常から離れた所でたまたま出逢った同い年の気の合う人

単なる錯覚にすぎない


でもどうしても否めない

背徳感…




ーーー




温泉風呂から出ると香さんは座ったままウトウトとうたた寝をしていた

いつもは酒に強い香さんでも結構な量を飲んでいたからな


「布団で寝よう?」


「う…ん」


声をかけると寝ぼけたようにベッドに向かった

ベッドに入ると直ぐにまた眠ったようだ


僕はまた窓を開けて周辺を見渡したけれど
当然 橙子さんの姿はなく静けさの中近くの沢の音だけが聞こえた



僕もベッドに入った

今日一日 香さんと一緒にいた気がしない


構ってあげられなかったことに香さんは気付いていない



“構ってあげられなかった”って
傲慢にも香さんを子供扱いしているようだ



昨日の今頃は今日をとても楽しみにしていた

数時間前まではお義母さんに孫の顔を早く見せられるよう頑張ろうなんて思っていたのに


隣でぐっすり眠っている香さんの寝顔を眺めた



「…完全に寝てしまいましたね。」

髪に触れた



そういや今日は一度もキスをしていない
結婚して以来初めてだ


もう余計なことを考えるのはよそう




ーーー




翌朝

朝食を食べに向かうと他の宿泊者が結構いた

ビュッフェ形式の朝食で次々と料理が補充されていた

宿泊者の中に橙子さんはいないかと自然に目が探していた


「あそこの席空いてるみたいですね。」

手荷物を置いてトレイに食べたい物を乗せていく香さんは結構乗せていて



「そんなに食べられますか?(笑)」


「全部美味しそうで、欲張っちゃってますかね(笑)」

「食べられるなら良いですけどね(笑)」

トレイを持って席に戻ろうとした



あ…

橙子さんは僕らの横を通って行った


振り返ると橙子さんは今来たところのようでトレイを手に取った


僕のことは知らないふりをしている

香さんといるから気を使っているのだろう



あの綺麗な笑顔を見ることはもう無い… か




「宣隆さん、チェックアウトしたらどうします?(笑)」


「そう、ですね… どうしよっか… 」


橙子さんを見ないようにしたけれど意識してしまう


「昨夜から具合悪いですか?そのまま帰りましょうか」


「そうだね… 」



香さんと何処かに行こうとは考えられないまま気のない返事を返していたことに僕は気づかなかった



「…そっか。じゃあご飯食べたら帰りましょうか(笑)」


残念そうなその笑顔に
気のない返事をしたことに罪悪感を感じた



「香さん、やっぱり何処か行こうか(苦笑)」


「いいえ。もう帰りましょう。家がくつろぎますよね!」


香さんもあんなに楽しみにしていた旅行だったのに申し訳ない


食事を済ませて席を立つと橙子さんの姿はもうなかった




ーーー




荷物をまとめてチェックアウトを済ませタクシーに乗り最寄り駅に着いた



橙子さん…!




反対のホームに橙子さんがスマホを見ながら電車を待っていた


ボブの髪が風に揺れ 髪を耳にかけた
その何気ない仕草も大人の女に魅せた


… 綺麗



彼女は僕に気付かない

そのまま 気付かないでいて欲しい
このままずっと眺めていたい と思う気持ちと


僕に気付いてもう一度また微笑んで欲しいという思いで気持ちは揺れ動いた



向かい側のホームに橙子さんを乗せる電車が入ってきた

小さめのスーツケースを持ち電車に乗り込んだ橙子さんが僕に気付き目が合った


温かい微笑みを浮かべ
彼女がカメラのシャッターを押す仕草をした瞬間

それまで耳についていた蝉の音が止まったような気がした


橙子さんは少し会釈をし顔を上げると電車は動き出したーー



僕はただ橙子さんを乗せた電車が遠ざかっていくのを見送った



ーー さよなら









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