気まぐれ徒然なるままに

気まぐれ創作ストーリー、日記、イラスト

Stay With Me 17

2019-08-23 23:14:00 | ストーリー
Stay With Me 17









頭からシャワーをかけながら考えた




“ 申し訳ない ”




あの言葉

どうしてそんなに他人行儀なんだ

どうして罪悪感を感じるんだ


子供は二人の問題だろう?



子供ができない可能性が高いことはショックだよ



しかし

それ以上に悲しいのは
君がそれを理由に別れを考えたことだ




気持ちが冷めてきているんじゃないのだろうかと

薄々 感じていたところだったから








いつから?

どこから?

何故 こうなってしまった?





君と心の距離ができてしまっていることが浮き彫りになった



このまま結婚してもいいんだろうか

延期した方が良いのか?





これから

僕は どうすればいいんだ





ーーーー





もう 行さんと三年も付き合っていて
一緒に暮らしてもいるのに



時々 純粋な反応をする行さんがと
ても愛らしい



窓の外は雨が降っていた

雨粒が外の光を含んで
キラキラ光っている


雨の夜は切ない気持ちになる …


“ 頼って欲しい ”


そう言われても

誰かに頼ることに慣れない私には難しい




距離を縮めるって どうすればいいの?




離れてるつもりなんてない





あの優しさに依存してはいけない


それに結局 人間は一人で生まれ
一人で死んで逝くのだから




私がそう思ってることを行さんが知れば
きっと寂しく思うだろう






ーーー






「 暑いなー! 」


シャワーを済ませた行さんは
まだ髪濡れたままだった



「 随分 早かったね(笑) 」



「 時間がもったいなくて(笑)

せっかくの理奈ちゃんの誕生日の時間が減る。」



たまに こういう女の子みたいなことも言うね



「 誕生日は毎年あるよ(笑) 」


タオルでガシガシと髪を拭いていた手が止まった



「 … ん、そうだね。」


声が少し

… 沈んだ?





「 髪、乾かしてあげる(笑) 」




鏡の前に座った行さんの髪にドライヤーをあてる

少し白髪が混じった髪




「 白髪、少し出てきたね。」


「 白髪増えた? 薄くなってない? 」


「 それはない(笑) めちゃくちゃ多いもん(笑) 」



ドライヤーを片付けると


優しく微笑んでワイングラスを差し出し
グラスを合わせて一口飲んだ




行さんはずっと変わらず私を愛してくれている


私も行さんは大事な存在

だから幸せになって欲しいと思ってる







「 あの、さ。考えてみたんだけど … 」


眉間にシワを寄せてグラスを見つめている行さんが言いづらそうに話しだした



「 うん。」



「 君が望むなら結婚は延期しても構わないよ。」




ーー えっ





「 あくまでも “ 延期 ” だよ。

病気のこととは全く関係ない。



理由は、最近の僕達 … 」





そう言いかけて黙ってしまった


ギュッと心臓を掴まれたみたいに苦しくなった



その続きは … なに?



そう聞きたいのに恐くて言葉が出ない





でも

きっとこの人なら直ぐにでも 他に …

こんな私と結婚しなくても きっと




自分に自信のない昔の私が
また顔を出そうとする







ーーーーー









短い休日を終えた僕達は

お互いあの話には触れず
何事もなかったかのように一緒に朝食を食べ

いつものように仕事に向かった …








「 おはようございます。」


中野さんが軽く一礼して挨拶をしてきた


「 あ、おはようございます。」


僕も挨拶をすると

僕にそっとメモを差し出し
そのまま自分のデスクに座った



渡されたメモをコッソリ開いた


“ 今夜 少し時間をください ”


というメッセージと時間と場所を書いてあった





何事だろう

中野さんから呼び出されるなんて初めてだ




退社後 メモに記載していた場所に向かった


それはあの本屋の2階にある旅行関連本のコーナー前





ーー 何故 ここ?




旅行ガイドブックを手に取り広げて見ていると

中野さんが隣に立っているのに気がついた




おっ、びっくりした!

声 かけてくれればいいのに




「 わざわざすみません。 」

彼女は軽く一礼した



どこにいても相変わらずの硬い挨拶の中野さん




「 いや。で? 話って? 」



「 沖縄、ですか。」


たまたま僕が手に取った本を覗いて眼鏡を少し上げた



「 え? あ、あぁ、これはたまたま … 」


「 沖縄にご興味があるのかと。
それより、別の場所でお話したいのですが。」




ここで話をするんじゃないんだな

そりゃそうか(笑)



ならその店で直接待ち合わせすれば良かったんじゃないの?と思いながら彼女について行った



ーー やっぱり少し変わってる (笑)





ーーー





「 ここ … ? 」



てっきりカフェとか喫茶店とかだろうと思いきや

昔から営んでそうなバー?のような店の前で足を止めた



この店の佇まいからして

どう見ても常連客以外は出入りしてなさそうだ




彼女は表情ひとつ変えず


「 ここです。」と店の扉を開いた






店内は60~80年代?の洋楽レコードがびっしり

洋酒がズラリと並んだ酒棚にカウンター


でも 誰もいない





「 おぉ … !」

なんだかワクワクしてきて思わず声が出た





奥は小上がりになったステージがある



ドラムセットまで置いてある

ここは生演奏もやっているのだろう





「 もう直ぐ開店する時間なので話は手短に済ませます。」




もう直ぐ開店なのに店主が現れないんだな

開店前に勝手に入っても大丈夫なのだろうか




「 ここの店主は友人なので大丈夫です。

それより。寺崎さんには一言お伝えしておこうと思いまして。」




「 何、かな。」




「 その切は寺崎さんには御迷惑をお掛けしました。

私、あの彼氏と別れました。」




えっ!!



号泣するほど好きだった彼氏との別れを
あっさり報告する中野さんに驚いた




「 そ、そう、か。 中野さん … 大丈夫? 」



「 怒鳴り散らされ 殴られました。」



殴られた!?



「 … 君は本当に大丈夫なの?」




「 … あの時は寺崎さんには不快な思いをさせてしまったことをきちんとお詫びしなくてはと思っております。」



背筋が真っ直ぐで綺麗なお辞儀をした



「 いやいや、詫びなんかいらないよっ!僕は何もできなかったんだし、、 」



「 まずはご報告と一言謝罪をしておかないとと思いまして。

会社では話せないことですし。

それに 寺崎さんのご連絡先も聞いていなかったので。」




「 あぁ、そうだったね(笑) 彼氏のこと、君は本当にもういいの? 」




「 はい。かなり辛いですが、もういいです。 私は所詮 遊ばれていただけですから。 」



悲しげな表情になった



“ 別れたくない! ” と号泣したあの場面を思い出す




「 そうか … 」




こんな時
何をどう言えばいいのか …



でも彼女の気持ちとは逆に
僕は内心ホッとしていた


君には悪いけど
あんな奴と別れて良かったんだよ





「 話は変わりますが、実は私、ここで歌 歌ってるんですよ。」



「 え? 歌? 」



彼女は仕事が終わると週に一度この店で
ヴォーカルとしてもう何年も歌っていると話をしてくれた


歌う彼女は全く想像がつかない

それが逆に興味をそそられた




「 中野さんの歌か。どんな感じなんだろ(笑) 聴いてみたいな(笑) 」




「 そうですか?

毎週金曜の19時以降にここでいますので、寺崎さんのご都合の良い時にでも来てみてください。

あぁ。私がここで歌っていることはくれぐれも会社にはご内密でお願い致します。」


眼鏡を少し上げた




「 もちろんだよ(笑) 」










ーーー





帰宅途中

理奈ちゃんからLINEが入った


『 今夜、少し残業することになって遅くなるから。晩ご飯は作らなくても冷蔵庫にあるから先に食べててね。』



残業なんて珍しいな

本当に残業なんだろうか



『 わかった。何時ぐらいになりそう?君も晩飯は帰ってから食べるよね? 』



『 私のことは気にしなくていいから。』



何時に帰ってくるのか書かれてない



『 遅くなるなら会社まで車で迎えに行くから。何時になりそう? 』





直ぐに既読にはなったけれど返事が来ない

少し間が空いて返信が来た





『 10時くらいになるよ。』



そう返信が来た

その少しの間が僕を不安にさせる

ためらったのだろうか、と




『 お迎えに来てくれる? 』と、LINEが来た



迎えを要求され ホッとした




『 10時だね、了解!身体の事、心配だからくれぐれも無理しないでくれ。』



『 ありがとう。お願いします。』




足早に帰宅し直ぐに冷蔵庫を開くと

理奈ちゃんは晩飯を作り置きしていた



いつの間に …



「 … なんだよ 」



昨日から今夜は残業する気だったってことじゃないか


残業すると一言 言えば済むことを …





きっと僕が寝た後
こっそり作り置きしたんだろう


だから今朝は僕に冷蔵庫を開けさせないよう理奈ちゃんが朝食の準備をしたんだな





晩飯ぐらい僕は自分で作れること知ってるのに

僕の手を煩わせないようにと考えたんだろう




「 全く!! 水くさい!! 」



冷蔵庫の扉を強く閉めた



晩飯は彼女と一緒に食べるため待つことにした




この “ 水くささ ” が距離を感じるんだって!


いつもいつも 僕に気を使いすぎなんだよ!


それが他人行儀に感じるんだ!






でも


ーー 元々 そうだったか?


その傾向はあったけれど
以前は こんなにも …




いつから?

病気だとわかってからか?





時計の秒針の音が静かな部屋に響いている




君と二人で生きることが
当たり前の日常になってしまった時から

独りで生きていた時のことは忘れてしまった





また独りになるのは嫌だ




心が裂かれるようなあの辛さ

三度目はもう耐えられそうもない





ーー 気づいたら 涙が流れていた




一緒にいるのに孤独を感じる




写真立ての中の彼女の笑顔

この笑顔が最近


「 … 遠い 」




ーーー




9時半には会社の近くに到着した

もし早く終わったらと思って早めに着いて待つことにした



あ、理奈ちゃん


腕時計を見て何処かへと向かって歩きだした



一体どこに行くんだ?



助手席に置いていたスマホを手にして電話をかけた


マナーモードにしているのか気づかない


車で理奈ちゃんを追いかけて窓を開け
声をかけると驚いた表情になった


「 行さん! 」




運転席を降りて助手席のドアを開いた



「 今着いたところだった(笑) 」


「 ありがとう(笑) わざわざごめんね(笑) 」




“ わざわざごめんね ” か …




「 どこに行こうとしたんだ? 」


「 少し早く終わったから行さんの好きなあのチョコレートのお店に行って買って帰ろうかなって思って(笑) 」



ーー グッときた




「 僕のことなんかいいのに、、じゃあ一緒に行こう(笑) 」



知り合うきっかけになった
あのチョコレートの店の前に車を横付けした


店内は変わらず良い香りがする


僕がチョコを選んでいると
理奈ちゃんは僕を見ていた



「 理奈ちゃんはどれにするか決まった? 」


「 ふふっ(笑) このオレンジ味が好きだから、これにする(笑) 」

チョコレートを指さしながら微笑む




あの時と

同じ横顔 … なのに





僕達はチョコレートを買って帰宅した




冷蔵庫を開けた君は残念そうな表情で

何故 先に食べてないの?と

晩飯の煮物やお浸しの入ったタッパーを取り出した




「 君と一緒に食べたかったからに決まってるだろう? 」


そう言うと目元が微笑んだ



「 じゃあ 一緒に食べよ。」




ーーー



「 久しぶりにまた一緒に陶芸に行こうよ。お互いの茶碗、新しく作ろう(笑) 」



君は手に持った茶碗に視線を落とした

それは僕が君を想いながら作ったもの



ずっと向かい合ってこうして一緒に食事をしていきたいと願って作ったものだった




「 私はこんなに上手く作れないし、 、 」



「 そんなことないよ。これだってほら、こんなに上手くできてるのに。 」


僕が手にしている茶碗を見せた



「 もうしばらく作ってないし、、(笑) 」


苦笑いした




「 … じ、じゃあ、大皿を作ろう!

この前 欠けてヒビが入っちゃったし! ね? 」



まるで叱られた子供のような表情をした



「 なんでそんな顔 … あ 、、」


つい 声に出てしまい口元を抑えた



「 ごめんなさい、、」



「 いや、怒ってるわけじゃ、ないよ? 」






なんだ
このギクシャク感


それから食べ終わるまで君は無言だった





「 チョコ食べよ? 僕がコーヒー入れるから。」



「 うん、もう直ぐ終わるから。」


慣れた手つきで洗濯物を畳んでいる姿を
僕はコーヒーをたてながらチラ見する




「 あのさぁ。 そろそろここから引っ越さない?

理奈ちゃんは戸建てがいい? それともマンション? 」




「 戸建てって、、 」



「 斎藤も戸建てだよ? 」



「 そうなんだ 。 はい、畳めた(笑)」



「 ちゃんと聞いてる? 」



「 聞いてる聞いてる(笑) 斎藤さんは戸建てなんだよね? 」



洗濯物を衣料の引き出しにしまっている



「 そう。だから僕らも戸建て考えない? 」



「 そんな贅沢しなくてもいいんじゃないのかな(笑) 」



倹約 堅実な君ならならそう言うと思っていた



「 でもさ、子供ができたら、」


あっ、、





「 … やっぱり、子供、欲しいよね(笑) 」


悲しげな笑顔を向けた




「 いや、いてもいなくても、庭でバーベキューしたり、DIYしたり、、 」



コーヒーとチョコレートをソファのテーブルに置いて座った




「 行さんがDIY? したことないよね?」

そう言いながら隣に座ってコーヒーを手に取った




「 それは、これから、するんだよっ、、
賃貸マンションなら限界があるだろう?」



「 何を作りたいの? 」



「 釜を造る! 」



彼女がキョトンとした



「 釜? なんの? 」



「 陶芸の釜だよ! ピザやパンを焼く釜かと思った? 」



「 釜を作るのもDIYになるの?(笑) 」



ひとしきり

そんな話で想像をめぐらした

僕の話で君が隣で可笑しそうに笑っている




そうだよ

二人で夢のある未来の話をしよう

そして ひとつひとつ叶えていけばいい





ーー たとえ

僕らに子供が授からなくてもいいじゃないか





君から抱きついてきた


少しドキドキする




「 行さん。 お願いがあるの。」



「 なに?? 」



「 … やっぱり

結婚。延期しよ … 」






…… え?










ーーーーーーーーーーーー

Stay With Me 16

2019-08-23 22:10:00 | ストーリー
Stay With Me 16






あんなことがあっても
中野さんは “いつも通り” だった


硬い挨拶に 
余計な会話も無い




眼鏡を取ったらもっと理奈ちゃんに似ていることを知ってから

ついチラチラと目が追ってしまう



中野さんは普段からあまり人と関わりを持たないないから

ついついチラ見してしまう僕にも気付かない








「中野さんが気になるんスかー?」

西野くんから声をかけられた



「え?いや?そんなことは。」


「そだ!(寺崎さん知ってます?中野さんのプライベート!) 」


えっ!?


「プライベートとは?」



「 (前から謎だなーと思ってたんスけど、俺 見ちゃったんですよね) 」



「何を… 」



「 (なんと!クラブで踊ってるとこ!) 」



クラブ!?


一瞬 あの公園での出来事を見られたのかと思った



「 (でね、はじめは中野さんだってわかんなかったんスよ!会社でのイメージと違いすぎて!) 」



別人のようだったと?



「 (じゃあ人違いじゃないのか?) 」


「 (俺も自分の目を疑ったんスけどね!コレ!) 」


ポケットからスマホを取り出して画像を見せてきた


肩と背中ががっつりと開いたセクシーな女性の横顔の画像 ーー




「 (これ、盗撮画像じゃないのか? ダメだろ!) 」


「 (すんません…(笑) でもでもほら!ココ見てくださいよ!) 」



画像を大きくして女性の首筋を指差した



このホクロは…

中野さんの方を見たら
彼女にも同じ位置に特徴的な大きめのホクロがある




「 (ほらね!!中野さんでしょ?) 」



「 (まぁ… 彼女だってクラブに行くことだってあるだろ) 」



「 (あの中野さんっスよ?しかもセクシーでしょ!ほんとイケてますよね~!今度食事とか誘おっかなー(笑) 俺、年上 全然OKなんで!) 」


「 (あーもう、わかったから、仕事に戻れ!) 」


「 (はーい(笑)) 」




なんて言ったものの…

普段はあんな感じなんだ



西野くんの言うとおり
セクシー系だったことが意外だ

また中野さんの違う一面を見た




西野くんと同様に
僕もそんな中野さんを見てみたいと一瞬思ってしまった




いやいや、、
彼女は理奈ちゃんじゃないんだから


小さく首を振った




僕にも
僕だけが知っている理奈ちゃんがいる

僕だけに見せる表情とか…



つい口元が緩んでしまう





でも最近僕に触れられるのを避けている


ーー僕への気持ちが冷めたのだろうか



いやいや、そんなはずは無い





今日は理奈ちゃんの誕生日デートだ


今夜は良いホテルで宿泊の予約をしてある


心に残るような日にしたいと思ってる




「寺崎さん。」


「なに、理奈ちゃ… 」

声の方に振り向くと


あっ、中野さん!




「こちらチェック済みです。確認よろしくお願い致します。」



書類を渡された



「 (コホン!)わかった、、」


気付かれなかったことにホッとした




「彼女さんですか。」


「え?」


「リナさん。」

しっかり聞き取られてる!



「まぁ、うん。じゃあこれ見ておくよ、、」


「そちら、確認し終わったら一声かけてください。」


「わかった。」



理奈ちゃんのことを考えていた時に

声まで似ている中野さんから声をかけられ
つい反射的に反応をしてしまった



仕事中にいらぬ事を考えたら駄目だな





ーーー





定時になり

退社のため机の上を片付け始めた僕に


西野くんが話しかけてきた





「あれ?今日は定時上がりっスか? 」


「大事な予定があってね。」


「明日休みでしたよね?彼女とデートっスかー?」


「まぁ、、そんなこところ(笑)」


「良いっスね(笑)楽しんできてくださいね(笑)」


西野くんの想像通り
楽しい夜にしたいところだけど…




「じゃあ、、お先に。」


ニヤニヤ顔で見送られてしまった


ちょっと 恥ずかしい…





理奈ちゃんの会社は大きな商業ビルの中に入っている


ビルのロビーには入館証を手にした人々が出入りしていた




ここで待つのは久しぶりだな

初めてここで待った時は
野村という若い後輩と一緒に現れた


あの時の僕は
心中穏やかではなかった


平静を装っていたけどね(笑)



エレベーターを降りてきた理奈ちゃんが僕に気付き小走りしてきた



「ごめん、待った?」


「お疲れさま(笑)今来たところだよ。」



理奈ちゃんの荷物を僕が持ち
一緒にその商業ビルを出た



「その服とてもよく似合ってるよ。初めて見る。」



「えへっ(笑) ありがと(笑)」



照れ笑いをする僕の可愛い婚約者さんと

駅に向かって並んで歩く




「行さんはどんな時でも素敵だもんね(笑)
いつも爽やか。寝起きでも。ふふっ (笑)」



「寝起き?寝癖がついてても?(笑)」



「ははっ(笑) たまに朝 寝癖で髪が跳ねててもそれも良いなぁ(笑)」


「あれが!?(笑)」


「ほんとだよ? パジャマ代わりにしてる首が伸びたTシャツを着てるのも可愛いなーって(笑)

だから不思議な人だなぁと思ってる(笑)」


「40過ぎて可愛いなんて(笑)」



伸びたTシャツ、捨てておこう...


今日の彼女は楽しそうでホッとした ーー





ーーー






「行さんと このお店に来る時はいつも記念日だね。」


初めて一緒に来た時に
僕はここで交際を申し込んだ



「そうだ!君は眼鏡男子が好きなんだったね?」



「あはっ(笑) まだそう思ってたんだね!

あの時、眼鏡をかけてる行さんが素敵って意味で言ったんだよ?(笑)

眼鏡男子が好きって訳じゃないからね?」



そうなの?

「僕はずっと勘違いしてたってこと?(笑)」


「うん(笑) 家でいる時以外は眼鏡かけないよね?残念(笑)」


「残念なの?じゃあコンタクトやめようかな(笑)」


「ふふっ(笑)どっちも好きだよ(笑)」




君から“好き”なんて言葉が出るのが 久しぶりで…

少しくすぐったい



なのに

どうしても何となく感じている不安が拭えない



「あ、これ、理奈ちゃん。お誕生日おめでとう(笑)」



27歳の誕生日プレゼントはカーデガンを贈った



暑がりの僕に気を使って
自分はクーラーで身体が冷えているのに寒いと言わない


気付いたから設定温度を上げてるけれど

君はまた僕に気を使って設定温度を下げる





「わぁ… 嬉しい!綺麗な色だし肌触りも凄く良い。あ、これシルクだね!

行さん、、本当にありがとう(笑)」




「喜んでもらえたなら嬉しいよ(笑)」




気を使いすぎる君にせめて

“君を守るもの” をあげたかった




「ほんとに、嬉しい(笑)」

頬がピンク色になっている



花が咲いたようなこの笑顔を見るのが好きだ



三年間

未だにこんな風に想えることは幸せなことだ



でも 最近の君は…




「なに?」

「いや、早く二人きりになりたいな(笑)」

「…そうだね(笑)」




一瞬 眉尻を下げ戸惑った表情をしたことを僕は見逃さなかった




ーー まただ


はじめは気のせいか?と思っていたけれど



“今日はアレだから” と拒否することがあって

それはそれで受け入れてきたけれど



日にちを置いても

疲れてるからとか
その場しのぎの理由で交わされてきた


ただ僕はハグがしたくて君の肩に触れただけでも

直ぐに僕から離れてしまう

そんなことが多くなって


いつの間にか
触れることさえ許されなくなってしまった





それでも僕はーー




「ね、理奈ちゃん。僕はいつも君とこうして一緒に過ごすだけで幸せだからね。」



少し驚いた表情で僕の顔を見た



「だから、君が幸せそうに笑ってくれているだけで嬉しい。」


「…あ、ありがと」

困ったような表情で笑った



それでも何故か
嫌われてる感じはしない




ーーー





行さんは本当に優しいな… 

然り気なく気遣ってくれる




こういう所に
この人の優しい人柄を感じる



だからこそちゃんと言わなきゃ…





先月
急にお腹に激痛がして

午後から会社を早退させてもらい
そのまま病院に向かった


生理の出血も多くなって気になっていたところだった


検査を受けた結果
子宮と卵巣の病気になっていたことがわかった



医師に

妊娠はしにくいと宣告されてしまった




ーー 凄くショックだった






行さんは小さい子供を見ると
“僕達も子供欲しいね” と言っていた


私も当前のように結婚すれば自然と妊娠、出産して家族が増えるものだと思っていた


そんな当たり前と思っていたことが当たり前じゃなくなったことが


...辛かった




子供が欲しい行さんにどう伝えればいいだろうと


毎日毎日悩んで

言うのが恐くて

これからどうしようと
どう言えばいいのかと

結婚のご縁なんて
そもそもなかったのか と


いろんなことが頭の中でぐるぐる回って

どんなに考えても結局は同じ答えにたどり着いてしまう


早く言わなきゃ、言わなきゃ、と気持ちは焦ってばかりで

結局言えないままになっている





この三年間

全然変わることなく私に優しく愛情を注いでくれるこの人に

辛い思いをさせてしまう

この事実をどう伝えればいいのだろう



罪悪感に近いこの苦しみで
行さんから つい避けてしまっていた





「ね、理奈ちゃん。僕はいつも君とこうして一緒に過ごすだけで幸せだからね。」



その言葉にハッとした



「だから、君が幸せそうに笑ってくれているだけで嬉しい。」



私が言えずにいたことの全てを理解してくれているような

その優しい言葉に泣きそうになる




「…ありがとう」


嬉しいのに 胸が痛む





ーーー





行さんはホテルの部屋のドアを開いた


広い部屋…

しかもこんな高級な部屋を用意してくれたなんて


お姫さまでもなったみたい


行さんは腕時計を外しドレッサーに置いた


ネクタイを緩めジャケットを脱ぎ
シャツの袖のボタンを外しながら私に視線を向けた


そういう
ひとつひとつの所作も格好良い



「ここ。夜景が綺麗なんだよ。」


ネクタイを外して薄いカーテンを開いた







凄い夜景 ーー








「あのね、」


「ん(笑)」


「話があるの。」



ジャケットをハンガーにかけ始めた行さんに話しかけた



「話… ?」


視線を
合わしてくれない…


「あのね、行さん、」


「その前に飲み物でも頼もうか。」


「え?うん 、、」



内線でワインにレーズンバター
他にも幾つかオーダーをしている


私の話を避けてるようにも見えるその横顔

やっぱり何が気づいてたのかもしれないな…



だとすると
聞きたくないってこと、だよね




「私、先にシャワーに行ってもいいかな。」


「あぁ、うん。そうだね(笑)」

ホッとした表情になった






ーーー



私がシャワーから出た時には
もうワインが届いていた




「ごめん、先に飲んでた(笑)」



ビールも後から追加で頼んだのか

空になったグラスがテーブルに置いてあった





「ちょっと酔った(笑)ふふっ(笑)」


ビールは直ぐに酔うと言ってたから
酔わないと聞けないということだろう




グラスにワインを注いで差し出した

一口飲むとグラスをテーブルに置いて深い呼吸をした


「話があると言ってたけど、何かな。」



覚悟を決めたような表情に変わった



バクバクと音が聞こえそうなくらい
自分の心臓の鼓動が大きく感じる



これから話すことは

行さんを傷つけるのは間違いないから


胸が痛い ーー






病院に行って

医師が話したことを全て彼に話した

不妊のことも




行さんは一言も言葉を発することなく
真剣視線で私を見つめながら黙って相槌を打ち私の話を聞いていた


すると
次第に悲しい表情に変わっていった




「ごめんなさい」

「なぜ謝る?君が悪いことをした訳じゃないだろう。

今 身体痛くない?

酒飲んだらダメだったんじゃ、、治療は、、 」


「病院には通ってる。お酒は少々なら大丈夫だよ(笑)」


また深い呼吸をした


「僕は…」

何かを言いかけ言葉に詰まった彼の目は

今にも波が溢れそうなほど潤んできた




胸が痛くて思わず視線を落とした



「まずは病気を治そ?子供のことはそれから考えればいい。

僕がずっと傍にいるから。」



行さんならきっとそう言うと思ってた

だから 
その優しさが私には辛かった




「それ、なんだけど…結婚、どう、しよっか。」



「 …どうしようとは?完治するまで式は延ばそうよ。」



「そうじゃなくて、、初めから無かったことに、」




一瞬で空気が変わった気がした




「…無かったことって、つまり君は … 結婚したくなくなった…てこと?」

動揺で声が少し震えていた

「違うよね?違うよね?」


私の肩を掴んで目を覗きこんだ



ズキズキと胸が痛む
呼吸ができなくなるくらい






「理奈ちゃん、、違うよね?冗談だよね?」


行さんの言葉一言一言が胸に突き刺さるようだった



「やっぱり、赤ちゃんのこと考えると、ね、、」



彼はソファの背もたれにもたれ大きく息を吐いた



「なんだよ… ははっ(笑)脅かさないでよ、ほんと、ははっ(笑)」


えっ…?


「僕のこともう嫌いになったのかと思ったよ(笑)ほんと良かった(笑)」



思ってもみなかった反応をした彼の表情は

安堵の表情に変わっていた





「でも申し訳なくて… 」



「もう愛してないから結婚しないなんて言われてたら一生立ち直れないところだったよ(笑)」



病気のことも
妊娠が難しいことも話をした上で

受け入れてくれた





「なんで申し訳ないなんて思うんだ。

それにその診断結果を何故直ぐに僕に言ってくれなかった?

妊娠できないかもしれないからってなんでそんな極端な考えになるんだ?

僕達の信頼はそんなに脆弱なものだったのか?」


「ごめんなさい…」


「いや。謝るのは僕だ。ごめんな。気付かなくて。ほんと鈍感で情けない。」



そんな…



「もっと僕に甘えて欲しいよ。

君は僕に頼み事もしてこないし一人で抱え込んで何も話さない。

何も求めてくれないだろう?

あ、それは、、いろんな意味で、ね (笑)」


手で口元を覆って目を反らした



「いろんな意味って…」


「色々だよ。僕もシャワー浴びてこうかな。そう、いろんな意味、ははっ(笑)」



不自然な笑い方をして
シャワールームに入って行った




行さんはずっと私に優しいし
愛してくれている



子供を楽しみにしていた彼に

私のせいで子供を諦めてもらわなければいけないことが

彼への罪悪感として残った





ーーーーーーーーーーー