雪降る街 カムイラピットの楽園 こな雪 ぼた雪 あられ雪

けっぱれラピット、どろ亀さんに負けるな。ウサギとカメとの競走です。随想、旅行記、日記など、雪の降る街からのお便りです。

世界はコロナ渦の中に 死者282万8,145人

2021-04-03 20:45:40 | コロナ

「ワクチン外交」

とうとう世界のコロナによる死者が「283万人」になりました。

その内、アメリカのコロナによる死者数が「55万3,138人」となり驚いています。

 ※ 新型コロナウイルス感染死者の多い国

   アメリカ   55万3138人     

   ブラジル   32万5294人

   インド    16万3396人

   イギリス   12万7006人

   イタリア   10万9647人 

   フランス    9万6106人

   ロシア     9万7594人

   ドイツ     7万6824人

   スペイン    7万5541人

   トルコ     3万1713人           2021・4・2現在。

   ★ 日本も死者が上の国より少ないなどと安堵していたら大変です。この頃は死者も多く出ています。

   ▼ 日本の新型コロナインフルエンザ 感染者数   48万6426人

                     死者数      9,249人    

ワクチンもアメリカで早くに作られ接種が行われていますが、まだまだ数は不足しています。

それなのに日本などにも輸出し外国に気を使っています。

変に考えるには、自国の人にも不十分な数なのに外国に輸出する気持ちは分かりかねます。

日本ではワクチンは未だに完成していず、アメリカなどに頼ることになっています。

「ワクチン外交」と言えば、中国がアフリカなどの石油生産国にワクチンを輸出しており、コロナ外交でそれらの国に進出をはかっている模様です。どこまで世界を牛耳ればよいと中国は思っているのでしょうか?

もし、中国のワクチンが日本に入って来たとしたら、私の気持ちとしては それを打ってもらいたくないと思うのです。

今 アメリカでとんでもないことが起こっています。アジア系人を襲うという事が絶えないとのこと・・・・・

コロナが中国から広まったと思う人が多く、アメリカ人がアジア系の人を痛めつけているのです。不意に殴りかかったり、倒したり、蹴飛ばしたりの画像が流れてきています。

コロナは人の心をも混乱させています。

 

日本のコロナ感染は第4波に入りつつあると言います。

極端に感染がひどい地に、このほどコロナまん延予防法が出されました。今のところ大阪府の大阪市、兵庫県の神戸市、西宮市、尼崎市、芦屋市 宮城などが指定されました。

新型コロナ感染も起こってきており、感染力が強力と言うのですからこれからも感染しない様に気を付けて行きましょう。

かかれば死に至ることがあり、コロナは恐ろしい伝染病です。

「まんぼう」などと短くして話す人が居ますが、今は大変危険な時ですと言うには、「まんぼう」などと略して言わないでほしいものです。

危機感がまったく伝わってきません。


「歌志内市」 日本の市の中で一番人口の少ない市

2021-04-03 15:24:05 | 地理

「歌志内市の人口 2994人に!!」

有名になるのに最低な事で知られたくもなし、知られたくもありです。

北海道空知管内の芦別市、赤平市、歌志内市、上砂川町、砂川市、美唄市、三笠市、夕張市などは旧炭鉱都市として知られています。

いや、知られていました。と過去形で言った方が良いでしょう。

燃料使用の変化によって、石炭から石油に変わり炭鉱都市は急に衰えて行ったのです。

当然各都市も人口が減る一方で、街の成り立ちに苦慮することにまでなっています。

 

その中で歌志内市の人口がとうとう3,000人を割ってしまいました。

一度市の資格を得た市は人口が減っても市の名が残ります。歌志内の市街地は整備され、スイスのチロル地方の街の様子を模してこぎれいですが、人口がこう極端に減っては大変です。

それにつけても、人口に対する65歳以上の率が52.77%ですから、市の成り立ちは大変です。

国木田独歩が歌志内に立ち寄り、赤平にて永住しようと下見に来たことがあります。その時の歌志内の炭鉱町の賑やかさが見事に描かれております。その様子から現在のような人口の少ない街に衰退するとは想像もできないことでした。

 

カムイラビットは隣の市の赤平に住んだことがあり、隣の歌志内のチロルの湯(温泉)に良く行きましたが、まだ当時はこの市に高校もあって、今の人口まで減少するとは想像もできないことでした。今では高校も無くなってしまっています。

赤平に住んで面白い事だと思ったことが一つあります。警察署が「赤歌警察署」となっていたのは、人口減少期に入り、赤平、歌志内がもうすでに一体化していたのでした。