みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

*転校してきた山少年(1)

2021-07-17 | 第21話(転校してきた山少年)

箕面の森の小さな物語(NO-21)

 *<転校してきた山少年>(1)

 小学校5年生の高野 真一が、東北の山深い栄宝村から大阪北部の箕面市(みのお)に転校してきたのは3月下旬の事だった。

  人口130人ほどの山間にある限界集落ながら、真一の両親生れ育ったこの村で子育てをするつもりだった。 しかし 村から町へ通じる唯一の村道が未曾有の集中豪雨に襲われ、何ヶ所かで崩落し寸断され、分校のある町まで通学ができなくなってしまったのだ。

 両親はいろいろ考えた挙句、やむなく100年以上続いた住み慣れた村落を離れ、都会に移り住む事を決心したのだった。 それは少し前、最後のマタギとして山の中で猟をして生計を立ててきた真一の祖父と祖母が相次いで亡くなり、家族は父の慎吾と母の由紀恵、妹の早苗と4人だけになっていた事も後押しした。

 「大きいな~」「お兄ちゃん すごいね~」 真一と早苗は初めて見る大都会の様相に目をパチクリさせていた。 TVや本で見て知っているつもりでも、いざ実際に初めての新幹線に乗り、車窓からみる高層ビル群や初めて見る海もビックリの連続だった。

 「速いな~」「海ってすごく広いね・・・」 二人にとってそれは今までの山奥の世界とは全く違う、別の星に来たかのような感覚だった。

  箕面(みのお)には真一の父 真吾の古い友人 山崎英次がいた。 それは30年ほど前、東京に住んでいた英次が 山村留学制度 なるものを利用して栄宝村を訪れ、同学年だった真吾と友達になり、その50日間 野山を一緒に過ごした事からお互いに生涯の友となった。 それ以来、各々が結婚し、英次が大阪に転居した後も何かと交流は続いていた。 そしてあの時の感動が忘れられず、英次は何回か妻と娘・麻里の3人で栄宝村を訪れていたので、子供達とも各々交流があった。

 「やあ~ 来た 来た・・・しんちゃん さなえちゃん よく来たね・・」 新大阪駅まで迎えに来た山崎一家が、懐かしむように高野一家を歓迎のうちに迎えた。

  英次は箕面山麓の新稲(にいな)に、古いながらも小さな一軒家を借り、受け入れ準備をしていた。 引越し荷物は・・ と言ってもごくわずかの量だが、すでに新居に届いていた。 そして真一の祖父が可愛がっていたマタギ犬のゴンは、明日の別便で着く事になっている。 みんなが挨拶を終え、新大阪駅の駐車場に出てきた時だった。

ゴー 突然、大きな物体が頭上をものすごい轟音と共に通り過ぎた・・ ワー ワー ワー 真一と早苗はその頭上の物体に頭を抱えて叫んだ。 大阪国際空港へ着陸態勢に入った大型ジェット機が通り過ぎ、下から見上げるとかなり大きく見えるから、初めて見る二人には、その巨大な空を飛ぶ動くものにビックリ仰天するのも無理は無い。 麻里はそんな二人の姿をみて大笑いしながら説明している。

 「~だから大丈夫だよ・・ しんちゃんもさなえちゃんも・・ あれは飛行機よ 可笑しいわね ハハハハ・・」と言われても、初めて身近に見る飛行機に二人はまだ怖い引きつった顔をしていた。 そしてそれは麻里が初めて栄宝村へ行ったとき、出会った昆虫や虫類に悲鳴を上げたときの裏返しだった。 新御堂筋から箕面へ向かう20分ほどの間、真一と早苗は車窓から左右キョロキョロしながら好奇心いっぱいに外を眺め続けた。

  4月の初め、真一は新6年生となり、新しいクラスのみんなに紹介された。 麻里は隣のクラスだった。 真一は生れ育った山の生活と全てが余りにも違いすぎ、戸惑いを隠せなかった。 特にケイタイやゲーム機などは初めて見たので、クラスのみんなからは早速、別世界から来た宇宙人かのごとく笑われバカにされてしまった。 それは超アナログ社会から、一気に最先端のデジタル社会に放りだされたので大きなストレスとなった。

  やがて両親が案じていた事が現実になった。 あれだけ村では元気に野山を駆け回っていたのに、真一が大阪に来て塞ぎがちになり、時々涙を拭いている姿を妹が母親に伝えていた。 それは特にクラスの4人ほどのグループから、その方言のある話し方をからかわれ、ケイタイもゲームもプリクラも知らない事をバカにされ、それはやがて毎日罵倒され、こずかれ、持ち物を隠され無視されたり、執拗なイジメへと続いていった。 真一にとってそれは初めて体験する嫌な出来事ばかりだった。 心配顔の母には何も話さなかったが、自分なりに意地とプライドもあった。 やがて村にいた頃の明るさと元気で活発な少年からすっかり変わり、覇気のない子供になっていった。

 真一の父 真吾は、昔馴染の英次の経営するビル清掃会社に入社した。仕事は夜から始まり、朝方までにビル一棟丸ごと清掃することが多く、昼夜逆転の生活だったから、真一が学校で嫌な事があっても帰宅する頃にまだ寝ている父親には何も話せなかった。 母親も近くのスーパーでパートで働き始めていたので、母は帰宅するとバタバタと夕食の支度や、夕方出勤する父の準備、妹の世話など慌しくしているので、真一が何かを訴える雰囲気ではなかった。 家族全員が毎日新しい生活に慣れるために必死に生きていた。

  真一はとうとう一学期を終えるまで、一人の友達もできなかった。 それまでイジメとは無縁の村の生活だったから戸惑っていた。 それでも泣きたい気持ちを必死で堪えながら耐えていた。 時々隣のクラスの麻里が、イジメられている真一をみつけ、イジメっ子らに大声を挙げてくれたが、それ自体 真一にとって恥ずかしいことだった。 

 イジメグループのボス 勇夫は、かねてより麻里に好意を寄せていたが、全く相手にされていなかった。 ところが今年のバレンタインデーに麻里から小さなチョコを一つ貰い 「ワー やった  やった!」と一人はしゃいでいたが、それは料理好きの麻里が自宅で作りすぎ、その余りをみんなに配ったうちの一つだったのだが・・ そしてホワイトデーに勇人は一人緊張した面持ちで、場違いのケーキを麻里に送って一人悦に浸っていたのだった。 「それなのに なんで真一ばっかりかばうんだよ・・」と不満だったが、文句を言って嫌われるといけないので、しばしイジメの手を緩めていたものの長続きはしなかった。

  そして待ちに待った夏休みに入った。 クラスのみんなの話では、夏休みには真一の全く知らないハワイとかグアムや上海とか海外へ行くのだという人や、ホテルのプールや海の別荘とかで泳ぐという人やいろんな予定の話が聞こえてくる。 しかし 真一の両親は子供達をどこかへ連れて行くことなど考えも及ばなかった。

  真一にとって、都会で過ごす初めての夏休みは、ただ学校へ行ってクラスのみんなと顔を合わせなくていいことに喜びを感じていた。 そしていつしか・・ 「あの栄宝の村へ帰りたい・・ 祖父と歩いた山や森の中で過ごしたい・・ でも帰れない・・」そのジレンマに悩んだ。

  夏休みに入って間もなくの事・・ 真一の住む町の自治会と子供会が、1泊2日のキャンプを予定していた。 それは地域の子供らを中心に、大人も一緒になって家の裏山にある箕面市立教学の森 青少年野外活動センター」のキャンプ場で、毎年催されている行事だった。 真一も麻里から誘われていたが、憂鬱でたまらなかった。 それはあのイジメの親玉 勇夫とその仲間みんなが同じ子供会で参加するからだった。

 そしてその日がやってきた。 当日の朝、真一はお腹をこわし、それを口実に参加しない事を母親に訴えていた。 しかし、麻里が元気に迎えにきて再三誘われたので、渋々仕方なくリュックを肩にし、重い足取りででかけた。

 「2日間のガマンだ・・」

(2)へ続く



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