箕面の森の小さな物語(NO-5)
*<止々呂美の山野に抱かれて>(1)
箕面の中学校に通う田中真理は、とにかく<荒れる中学生>の真っ只中にいた。 物静かで内気でおとなしいと言われていた真理は、その中で荒れる彼らの恰好の標的になっていた。
真理は毎日仕事で忙しい親からは放任され、ろくに話もまともに聞いてもらえず、先生からも あいつは暗いな~ と、これ見よがしに他の生徒に言ったり、男子からは ”もしもしカメよ・・ 暗子さん?“ と、みんなの前で歌われ からかわれたりしていた。 親友と思っていた友人達からも陰で笑われていることを知り、裏切られた気持ちでいっぱいだった。
誰も私のことなんか分かってくれない・・ と人間不信に陥っていた。 なんで? わたしだけこうなの? 私が何をしたと言うの? 私はみんなに何も悪い事はしていない・・ なのに なんで・・? 反発もできず, 誰も助けてはくれなかった。 その数々の辛いできごとは毎日次々と起こっていた。 そしてとうとうある日のこと、それは辛い一日の始まりとなった。
真理が2時間目の休憩時間に机に戻ってきたとき、自分のかばんが無くなっていることに気づいた。 授業が始まっても先生は何も言ってくれないし、みんなも知らん顔をして後ろの方では笑いをこらえている友達もいる。
またか・・ 真理は教室を抜け出し、かばんを探しに行った。 泣きながらあちこち探し回った。 そしてそれはなんと、男子トイレの便器の中に突っ込まれていた・・ 「汚いものは捨てましょう・・」と、走り書きがあった。 朝 コンビニで買った昼食には、おしっこがかけられていた。 教科書もみんな濡れていた。 トイレの鏡をふと見ると、自分の背中になにか紙が張られている・・ そういえばさっき、男子が「がんばれよな・・」と背中をたたいたが、「なぜ?」と振り返ったとき後ろのみんなが笑ったけど・・ あの時私の背中にこれを張ったんだ・・ 何とか振り向いて紙をはがしたがそこには・・ 「私は、もぐら子です 暗い土の中でミミズが大好きです もぐもぐ」 なによこれ? もう死にたい・・ もう何も抵抗する事もなく、頭は何も考える事もできず、だたぼんやりと歩いていた。
どのぐらいの時間が経っていたのだろう・・ どこをどのように歩いていたのか分からないけれど・・ 真理はいつしか家の近くの踏み切りに入っていった・・ 冬の夕暮れは早い・・ 先の方に電車の明かりが見えた・・ これで楽になれるわ・・ そのまま体が浮いたような気がしたけど、真理はそのまま意識を失った。
真理が気がついたのは病院のベットの上だった。 頭には包帯をしていたが、特に痛いところもない・・ なぜ私はここにいるの? 思い出してきた・・ 生きていたんだ・・ 嫌だ! 嫌だ! 絶対嫌だ! 生きていたくないのに・・ どうして? そんな・・ 嫌だ!
その時だった・・ 「お~お~ よかった よかった やっと気が付いたようだな~」 大粒の涙をいっぱいため、今にもこぼれ落ちそうな目で真理の頭をなでていたのは、箕面北部の止々呂美(とどろみ)に住む真理の祖父母だった。 「よく眠ったね・・」 二人は真理の顔に両手を当てて~ ウン ウン とうなずいている。
真理はおじいちゃんに聞いた・・ 「どうしておじいちゃんやおばあちゃんがここにいるの? 何があったの? どうしてなの?」 まだ頭はもうろうとしていた・・ 二人は顔を見合わせると交互にゆっくり、ゆっくりと話し始めた。
それによるとあの時、真理が踏み切りから線路の中に入っていった時、丁度夕刊を配達していた同じ中学の3年生が真理を見ていて・・ おかしいな・・? と その時、急に線路上で倒れ, 前からは電車が激しく警笛を鳴らし始めたので、あわてて自転車を投げ出して助けに入り、間一髪で間に合ったのだとか・・ 近所の人たちの協力で二人とも病院に運ばれたが、男子生徒は軽い擦り傷ですみ、その日の内にすぐに帰ったとか・・ 真理は気を失ったようだが、その時に線路に頭をぶつけたが幸い骨に異常もなく、ヒビも入ってなかったようで 3日もすれば退院してもいい・・ とのこと。 薬の影響もあってか心身の疲れからか、丸二日間眠っていた事。 父母はさっきまでここにいたけど、それぞれに仕事が忙しく店に戻ったところだとか・・
学校の先生も見舞いに来ていたけど・・ (これを聞いたとき真理の全身に虫唾が走ったが・・) 祖父母は父からの電話で飛んできたが、すでにバス便がなく近所の人の軽トラックで送ってきてもらったとか・・ 真理はそんなことをぼんやりと天井を見ながら聞いていた・・ これでよかったんだろうか? 分からない? あの学校の事を考えたら・・ また始まるんだ・・ やっぱり死にたい・・ そう思うだけで別の涙が出てきた。
夜遅く、やっと父と母がやってきた・・ そして 真理の顔を見るなり「どうしてこんなことすんの・・」と、母は涙でいっぱいになるし、父も「なんでやねん?」とつぶやいている。 「二人とも 仕事が忙しかったからな・・ かまってやれなかったしな~ 悪かったな、何があったんや! お金も渡してたしな~ なんでや?」 やっぱり私のことなんか何も分かってくれてない・・ 真理は心の中でつぶやいた。
真理は結局両親には何も話さず無言で通した。 何も分かってくれようとしない心に更に失望したからだが、どうせ何を言っても分かってくれそうもない・・ それは確信に近かった。 何も以前と変わらない・・ もういやや! 嫌だ! なんで私を助けたりしたんや!
二日後、真理は早くも退院し自宅に戻った。 学校の担任と校長が来たが、会いたくなかったので頑なに断った。 助けてくれたあの3年生も見舞いに来てくれたけど、真理は会いたくなかった。
真理はその夜、父母が祖父母と話していて、なぜかいつも静かで寡黙なおじいちゃんが大声で息子の父をすごく怒っているのが二階まで聞こえてきたので不思議に思っていた。
やがて少し静かになったかと思ったら、祖父母が二人して真理の好きなイチゴを山盛りにして部屋に入ってきた。 真理が後で聞いた話では、祖父母は見舞いに来る学校関係者や警察、また真理は会わなかったけど友達と名乗る同級生たちから話を聞いて、いじめを受けていた孫娘の状況を大体把握し、それで両親を問い詰め話していたようだ。 学校や教育委員会にも厳重に抗議したのも、祖父母だった。 真理の両親は仕事を理由に、そんな大事な事まで知ろうとしなかったし、担任や校長の弁解を鵜呑みにしていたとのこと・・ 事情がわかってビックリしている様子だった・・ と。
部屋に入ってきた祖父母は真理の前にきちんと座って・・ 「まりちゃん! もう何も心配しなくていいよ・・ おじいちゃんとおばあちゃんのところへ来たらいい・・」 「えっ! どうして? 学校は?・・」 「おばあちゃんの出た止々呂美の中学校があるさ・・」と微笑む。 「えっ! あんな田舎の学校へ?」と言ったものの、とっさに今の中学から離れられる・・ それだけで何よりの魅力だった。 おばあちゃんから大きなイチゴを口に入れてもらいながら、真理は大きくうなずいた・・「よし決まったな 後はおじいちゃんに任せておきな・・」 おじいちゃんが優しく頭をなでてくれた・・
真理は二週間後に転校する事が決まった。
この間、いろんな人が来たけれど、結局 真理は誰とも会わなかった。特に学級代表なんて、かつての級友が来たときなど、急に体が硬直し吐いてしまったほどだ。 相変わらず仕事、仕事の父母に代わり、祖父母がずっと真理の傍にいていろんな話をただ黙って いつまでも聞いてくれたので真理の心もやっと落ち着いてきていた。
すでに真理の荷物は運んだ後だけど、転校の朝 車で送ってくれると言う父母が真理の知らない人と話している・・・ ペコペコしているけど、どうやら制服姿から真理を助けてくれた人かもしれない・・ と真理は思ってみていた。 彼は紙袋を父に渡し、真理に向かって会釈をしたので、真理もつられるようにお辞儀をしたが、まだお礼が言えなかった・・ まだその気分でもなかった。
次の中学で上手くいくとは限らないし、不安は消えなかったからだが・・ 袋の中にはCDが一枚入っていた。「元気でな・・!」というメッセージと共に・・
真理は新天地に向けて出発した。
(2)へ続く。