みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編物語集     頑爺<肇&K>

真夏の蜃気楼(1)

2020-07-16 | 第20話(真夏の蜃気楼)

箕面の森の小さな物語(NO-20)

<真夏の蜃気楼>(1)

 それは7月下旬の事だった。 朝から暑い日ざしが照りつけている。

 美智子は、瀧道に新しく開店したと言うモダンなレトロ風のカフェを、覗いてみた。 箕面まつり>が始まり、芦原公園では夕方からの催しの準備が、賑やかに行われている。 箕面駅前ロータリーでも、明日の箕面パレードの準備などに忙しそうだ。 美智子は朝方、夫と息子らが2泊3日のキャンプに行くと言うので、車で箕面駅まで送ってきていた。

「さあ この3日間 何をして過ごそうかしら・・ 久しぶりに瀧道でもブラブラ散歩でもして見ようかな~」と滝道上ってきたのだった。 毎日 男3人の中で、バタバタと騒がしく暮らしているので、時には静かにのんびりとカフェで本でも読みましょうか・・ 少しワクワクする気分だった

 箕面の森の入り口に、新しくオープンしたという緑に囲まれたお洒落なカフェの二階で、美智子はコーヒーを頼むと本を開いた。 新鮮な森の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、何年ぶりかで味わう開放感を満喫していた。

 夫の谷崎泰造は45歳、公務員で生真面目・・ 少しガサツで不器用ともいえる堅物、家と仕事場を往復するだけで面白みも無く、特別の趣味も取り柄もなかった。 しいて言えば、二人の息子達と時々キャンプに出かけるぐらいだった。

  美智子は21歳の時、母の知人の紹介で谷崎と見合いをし結婚した。 初めて聞く大阪弁に、当初はいつも怒られているようで、相当違和感や嫌悪感を覚えたものだった。 やがて長男、次男とすぐに生まれ、彼らが17歳、16歳となる今日まで子育てに追われてきた。 最近は子供達も大きくなり、そんなに手もかからなくなったが、家の中に大の男が3人、ゴロゴロしていると息が詰まる時があった。 しかし、20代 30代と必死に家を守り、子供達を育ててきた満足感はあったものの・・ どこか女としての寂しさもあった。

 「もうすぐ30代も終りね・・ ちょっと早くに結婚しすぎたかしら? 友人達のように、旅をしたり、恋をしたり、働いてみたり、もっと世の中の経験をしてからでも遅くはなかったのかな・・ 後 数年で子供達は親元を離れていくし・・ そうしたら夫と二人だけになるのね・・」 美智子は少し冷めたコーヒーを口に含みながら、そんな事を考えていた。  セミの大合唱が森に響いている。

  その時だった・・ そのセミの鳴き音よりも大きな騒がしい話し声が、下の方から聞こえてきた。 美智子が何気なく下を見ると、大きなケヤキの木の下で、一人の背の高い外人が、さかんに何か言っている。 相手の人は近くの店の主人らしく困った様子だ。 美智子はどこか懐かしい言葉にふっと席を立ち上がった。

  会計を済ますと、下の通りに出てみた。 どうやら外人はバックパッカーのようで、大きなリュックに生活道具をいっぱいぶら下げ、長い旅の様子だ。 そしてさかんに何かを説明している。 店の主人も「誤解だよ・・ 親切に言ってるだけなんだけどな・・」と何か困惑している。 すでに 何事!? と10数人の囲いができていた。

  美智子の父親は、かつてフランス在住の日本大使館付の料理人だった。 母親は現地の人に、日本のいけ花を教えていた。 そんな両親の元で美智子はパリに生まれ、エコール・マテルネル(幼稚園)からエコール・プリメール(小学校)の時に父が急逝したのだった。 そこでやむなくコレージュを退学し、母親に連れられ、母の実家のあった横浜に帰国したのだった。そして、横浜で21歳まで過ごし、母の知人の紹介で見合いをし、大阪の住人になった。

  「もう何年も使ってないけど、フランス語会話なら聞くことも話すことも、そう問題なくできるかもしれないわ・・」 囲いの外から二人のやり取りを聞いていると、どうやら大きな荷物をいっぱい担いで瀧道を歩く外人さんに、店の主人が「もし大瀧へ行って、また戻ってくるのなら、店へその重そうな荷物を置いていってもいいよ・・ 預かってあげるから・・」と、親切に言ったつもりが、急に言葉も分からないまま荷物に手をかけられたので、ビックリして抗議している・・ という騒ぎの構図だった。

 bonjour

 美智子は前にでて二人の間に入り、流暢なフランス語で店主の趣旨を外人に説明した。 するとその外人さんは ゲラゲラ笑いながら・・ 「そうだったんですか ボクはてっきりこの荷物に問題があって、ここを通れないのかと思っていました・・」 その旨を店の主人に通訳すると・・ 「誤解だよ・・」 二人は笑顔で握手を交わし、外人は店の主人の親切に感激し、丁寧にお礼を言うと、店の奥に荷物を預かってもらった。

 「bonjour  enchant    merci  beaucoup lln`y  a  pas  de  quoi puis  je  vous  demander  votre  nom? mon  nom  est  michiko」

「ありがとうございます 貴方にお会いできて嬉しいです私の名前は Jef ジェフ です」 「私の名前はMichikoよ これから大瀧まで行くんでしたら、私がご案内してさしあげましょうか?」 「メルシー ボークー 本当ですか それはとても嬉しいです 日本の皆さんは本当に親切でとても感激しています  ありがとうございます」 「ドウ エテヴー ヴニュ どちらからおいでですか?」 美智子は気軽に話しかけた。

  美智子には予想外のハプニングだったけれど、久々のフランス語が相手に通じた事や、感謝されたりしたことがとても嬉しかった。 それに今日は一人だし・・

  美智子はジェフと並びながら歩いた。 箕面渓流の水の音、セミの大合唱、野鳥飛び交う森の道の先に音羽山荘そして梅屋敷の横には涼をいただく清流の饗宴ともいうべき箕面川床見えてきた。 箕面川のせせらぎ、心地よい涼しさの中で旬の食材、箕面産ゆずなども使った美味しい料理をいただくものだ。 ジェフは好奇心いっぱいに、その風情を眺めていた。

 昆虫館まえから瀧安寺に着くと、ジェフは目を輝かせた。 「ボクの仕事は建築士で、日本の伝統建築に非常に興味を持ちました。 実は昨年8月に故郷を出発し、アフリカ、中南米、北米と周り、日本には一ヶ月前に着きました。 それから大震災の東北を巡り、東京、松本、飛騨、彦根、そいて奈良、京都に着いたのが5日前です。 ここまで各地で見た日本の歴史的建造物や建築美にカルチャーショックを受けました。 実は恋人を失い、人生の目標を見失ったので旅に出たのですが、自分の仕事の目標がこの日本で明確になり嬉しいです。  3日後に帰国する予定です。 この箕面に立ち寄ってよかったです・・」

  「貴方の故郷はフランスのどちらなの?」 「ボクは南フランスのエクス・アン・プロヴァンスという人口14万人ほどの街です。 パリからTGVで約3時間、飛行機だと90分ぐらいです。 ポール・セザンヌが亡くなるまで絵を描き続けていた街ですがご存知ですか?」 「街は箕面の人口が13万人位だから似てますね。 セザンヌが愛した美しい水の都 パリに次ぐ麗しの都ね・・ 私はまだ行ったことはないけれど、プロヴァンス文化の素晴らしい美しい街だそうね・・」

 美智子も自分の生まれた故郷を話した。 「私はパリで生まれ、育ったの・・ 家は父が料理人をしていた日本の大使館から歩いて15分くらいの所のモンソー公園の近くにあったのよ。 少し東にあるブローニュの森まで、友達と自転車に乗ってよく遊びに行ったわ。 たまには北のモンマルトルの丘まで行って、塔からパリを一望したり、テルトル広場では絵を描いている画家の卵さんらとよく話したりして楽しかったわ・・」

  二人はお互いの身の上話をしながら瀧道を上った。 ジェフはしきりに左右の景観を楽しみながら、それ以上に流暢な仏語を話し、しかもこんなに優しく美しい女性と歩ける事の方を喜んでいた。 美智子は山の道を歩くような靴を履いていなかったので、すこし坂道ではゆっくりと歩いた。 でも長いジェフの足の一歩に追いつこうとすると2,3歩急ぎ足で歩かねばならず、少しつまずいてよろけた・・ 「あ-- 危ないですね  大丈夫ですか?  ボクが気がつかなくてごめんなさい もっとゆっくりと歩きましょう・・」 そう言いながらジェフは何気なく、自然と手をつないでくれた。 そしてしばらくそのまま二人は手をつなぎながら一緒に歩いた。 美智子は夫とも手をつないで歩いた事など一度も無かった。 それに夫はいつも一人で、先へ先へ歩くタイプなので、ジェフの優しい心遣いに、胸がドキドキときめいた。

  箕面大瀧で過ごした後の帰路は、二人ともお互いの事をもっともっと知りたい・・ の感情が残った。

  やがてジェフが荷物を預かっていた店の前に戻り、丁重に感謝の言葉を店のご主人に述べた。 再び大きな荷物を背負ったジェフは、美智子とともに箕面駅へ向かった・・ 何となくこのまま別れるのが辛いわ 私どうしたらいいの? それに先ほどジェフと話していたパリー祭りのことを思い出していた。

 子供の頃、あのシャンゼリゼ通りでみたパリー祭パレードでみる消防士達の勇姿に、淡い初恋心を抱いていたものだが・・ 似ているわ・・ 美智子は自分の心の葛藤と闘っていた。 駅に着くと、いつしか二人は見つめあったままたたずんでいた・・ 「貴方は今晩どこへ泊まる予定なの?」 「ボクはこれからニシナリの安い宿を探す予定です」 「あの釜が崎のドヤ宿と言われてる所・・? それなら・・ よかったら私の家へ来ませんか・・ 夫と子供達はキャンプに行っていて、明後日までいないので・・」

 美智子は衝動的にそう言ったものの、自分の心に素直に従ったまでだった。 ジェフは突然の申し出に少しビックリしながらも、満面の笑みを浮かべ有難く受け入れた。

  谷崎家は、箕面山麓の新しい分譲地にあり、3年前に新築したばかりだった。 まだ近隣には家も少なく、近所付き合いも余り無かった。 家の駐車場は建物の北側にあり、その裏は山なので人目にはつかない。美智子は朝方、3人を駅前へ送ってきたワンボックスカーにジェフを乗せ、自宅に案内した。

  朝 バタバタと出かけたので、慌てて片付けた・・ それにしても見ず知らずの人を家に連れてくるなんて・・ こんなにも大胆な事をしている自分が信じられなかった。 美智子は昨年、それまで横浜から呼び寄せ一緒に暮らしていた亡母の離れの部屋に、ジェフを案内した。 坪庭つきの純和風で、華道の先生らしくお花の似合う清楚な部屋だった。  しかし、床の間の掛け軸はまだ初春の梅と鶯のままだったが・・

「きれいなお部屋ですね。 日本を30日ほど旅してきましたが、こんなに美しい日本の部屋で泊まれるのは初めてです・・ ありがとうございます 貴方にお会いできて嬉しいです

merci  beaucoup   enchante   je  suis  enchante  de  faire  votre  connaissance.

 ジェフは感激しながら、重い大きな荷物を部屋に置いた。 「今から私 デイナーの準備をしますね。 今晩は家にある食材なのであまり期待しないでね。 お風呂が沸いたら知らせますから・・」

 美智子はもう自分が自分でないような・・ 自分の言動に戸惑いながらも、いつしか別の世界へと入っていった。

(2)へつづく  


真夏の蜃気楼(2)

2020-07-16 | 第20話(真夏の蜃気楼)

箕面の森の小さな物語 

<真夏の蜃気楼>(2)

  美智子は大柄の長男がもう着なくなった浴衣を出しておいた。 ジェフが日本の風呂を満喫しつつ、初めて着る浴衣にまごついたり、その短すぎる丈を気にしながらも、嬉しそうにしている姿に、つい笑ってしまった。

 料理人の娘だった美智子は、短い時間で何品もの料理を作り、次々とテーブルに並べた。 「わー 美味しそうですね。 ボクも何か手伝います・・」 夕食前に何かお飲みになりますか? よかったらその棚からなにかお酒を出して・・グラスもね」 美智子の夫はお酒が飲めないので、頂き物の高級洋酒やワインが沢山棚にあった。

「これはフランスワインの最高級酒ですよ・・ これでもいいですか?」「勿論よ」

 それから二人は美味しい食事にワインを傾けながら、瀧道での話の続きに花が咲いた。 美智子のこれまでの人生でこんなにワクワクと心踊り、夢中になって話せる人はジェフが初めてだった。 そしていつしか青春時代の恋人どうしのように時を忘れて語り合った。 まもなくハト時計が静かに0時の時を告げた。

 ジェフはふっと我に返り、見つめていた美智子から目を離すと、思い切るように・・ ごちそうさまでした・・ どうもありがとう おやすみなさい」 そう言うと心残りな気持ちを抑え、部屋へ引き上げていった。 美智子は急に取り残されたような、寂しい気持ちに襲われた。 それでも何とかギリギリのところで理性を保っていた。

  時計は深夜2時をまわった。 美智子は眠れなかった・・ この心の思いは何なの?  悶々とし、何度も寝返りをうちながら、ずっとジェフの事を考えていた。 やがて意を決したかのようにベットから起き上がると、心の赴くままに動いていた。

 入ってもよろしいですか?」 美智子はそっとジェフのいる離れの部屋の戸を開けた・・ ジェフはベットの上に座っていた。 「michikoさん  貴方をずっと待っていました・・」 美智子はそのまま倒れるように、ジェフの胸の中に飛び込んでいった。 

  次の日の昼過ぎ・・

 二人は森の中にある勝尾寺・二階堂の前にある大きなケヤキの木陰で、ベンチから遠望する奈良の山々を眺めつつ、手を取り合っていた。 肌に心地いい涼しい風が吹き抜けていく・・ そして共に過ごした昨夜の余韻に浸っていた。 美智子はジェフの肩に顔を乗せながら、まるで天国にいるかのような幸せ気分に酔いしれていた。

  今日は日本の寺院建築をジェフに見てもらおうと来たものの、その後 駅前から西江寺をたずねた時も、二人とも異次元の世界に入ったかのように見つめあい、つなぐ手のぬくもりに魅せられていた。

 「そうだわ 今晩のデイナーは美味しい神戸ビーフのステーキにしましょう・・」 二人で駅近の高級スーパーで買い物をした。 共に二人の世界に浸っていて周りが見渡せなかったが・・ 店の外に出ると、大勢の人であふれていた。

「あれ? 今日は何があるのかしら? そうだわ 今日は<箕面まつり>のパレードがある日だったわね」

  やがて10数台のハーレーダビットソンが爆音を響かせて先導し、次いで箕面市長はじめ偉い人々がつづくと、カラーガード隊、青少年吹奏楽団、ダンス、仮装、フロート・・とつづく・・ 何年か前までは一家で見に来ていたものだわ・・ 美智子はふっとそう思ったものの、すぐにジェフの手を握り、すぐに夢の世界に戻った。 横では地元箕面FM局タッキー816のリポーターが実況生中継している。

  ジェフはこんなにも美味しいステーキを食べるのは初めてで感激した。灯したキャンドルを囲み、ワインを傾け、ブランデーを楽しんだ。美智子がバックグラウンドミュージックに選曲したCDはチャイコフスキーの弦楽セレナーデ~2・ヨハンシュトラウスが賞賛した ”ワルツにフランスの香水をかけたよう” と称される美しい円舞曲が優雅に流れる・・ 二人は自然と手を取り合い踊り始めた・・ が、いつしかチークダンスに代わっていった。

 曲が終わってもそのまま抱き合っていたけれど・・ やがてジェフが選曲した曲が流れはじめた・・ チャイコフスキーの<眠れぬ森の美女> 二人は再び手を取り合いながら、この曲の内容をかみ締めていた。 <魔女の呪いにより100年間 眠り続けた王女オーロラは、希望という名の王子デジーレの口づけによって眠りから覚め、やがて二人は結ばれる・・>というもの。 やがて王子は王女に熱い口づけを捧げた。

 語り、睦合いながら、やがて美智子は生まれて初めて感じる官能的な世界へと入っていった。

 oh・・・ que  c`est  merveillenx!  oh!!  jef,  mon  jef(ああ・・・ なんてすてきなの!   ああ わたしの jef)je  vous  aime,  jef(愛してるわ jef) je  t`aime   je  t`aime   beaucoup  michiko(michiko 愛してます  愛してます・・・) ah・・・ comme  je  suis  heurerse(ああ・・・ わたしは なんて 幸せなのかしら・・・)

  うっすらと東の空が白みかけてきた・・ 「このままずっと二人でいたいわ・・ もう7月のパリー祭は終わったのかしら?  貴方と一緒に懐かしのパリに行きたい・・」 美智子はいつしか、自分の感情を抑えられない気持ちを抱いていた。 そしてジェフもまた、そんな美智子の気持ちを喜んで受け入れていた。

  モーニングコーヒーを入れているとき、突然夫から mail が入った。「昼ごろ帰るから、駅まで迎え頼むで  ほなな」美智子は現実の世界に決別するかのように、再び心を固めた。 二人は早くもこれからの生活や、将来のプランを立て始め、その準備話しも始めていた。 「きっと上手くいきます michikoさん 愛しています」「私も愛しているわ  jef]

 美智子はこのまま家を出るつもりで、手早く小さなバックにパスポートや通帳、カードなど必要最小限の物をつめこんだ・・ 必要なものは後で買えばいいわ・・

  11時になり、二人は意を決したように家を後にした。 「一昨日の今頃・・ 私は一人で箕面の森の中のカフェでお茶を飲んでいたわ・・  それが今、愛する貴方とここにいるわ・・ とっても不思議な気分よ・・ でも本当に幸せで夢のようだわ・・」

  箕面駅に近づいた。夫はいつも石橋駅に着いたら電話があるはず・・ 二人はもうすぐ始まる別れの儀式と、新しい人生の始まりに緊張と共に心地いい興奮を覚えていた。

  やがて美智子のケイタイがなった・・ 「今、石橋や  あと10分で着くわ ほなな・・」夫のいつものぶっきらぼうな言い方ですぐ切れた。

 「いよいよだわ・・」「michikoさん しっかり話してくださいね  愛しています」 「私は大丈夫よ  別れを告げた後、箕面駅のホームで待っていますからね・・」 二人は短いキスを交わすと、ジェフは車から下り、荷物を降ろして銀行前の信号下に立った。 ここから駅前がよくみえる・・ そして、これから始まる人生の一大事に備えた。  美智子は少し先にある駅前ロータリーへ車を移した。 そして夫に告げる別れの文言を反復していた。

  賑やかだった<箕面まつり>がいつの間にか終わり、昨日のパレードの後片付けをしている人々を眺めていた。

  やがて電車が到着し、人の流れの中に3人の姿があった。 疲れた顔をし、3人ともだらしの無い格好でワンボックスカーの後ろに乗り込んできた。

 次男が開口一番・・ 「ああ疲れた! 腹減ったわ オカン! 暑いわ オレ昼飯 レーメンにしてや レーうどんでもええわ  それに焼きそばつけて・・」 「お前なんや その組み合わせ 炭水化物ばっかやないか  オレはいつものステークフリットと冷たいマメスープに冷奴やな・・」 「兄貴の組み合わせもムリがあるで・・ ハハハハ」人一倍汗かきの夫は・・ 「やっぱ大阪は暑いな 死にそうやわ 早よ帰って冷たいシャワー浴びて、冷サイダーに枝豆、冷トマトに・・ そんで昼寝やな ワシは家が一番の天国やわ・・」

「オトン帽子飛ばされてな・・ ホンマ ドジやで・・ そやオトン 服破ったとちゃうの?」 「そやそや 忘れてたわ カーサン すまんが、これ縫うて、そんで洗うて、そんでアイロンかけといてんか 明日また着たいねん しかし ようさん蚊にかまれたな かゆうてたまらんわ あんまり 寝られへんかって眠とうてかなわんわ・・」 それぞれが好きな事を一気に言い終わると、靴下や下着を脱ぎ始めたところで美智子はキレた。 ビックリするような大声で・・

 「あなたたち! いい加減にしなさい! その匂い? こんな所で靴下脱がないで! お風呂入ってないの? 汚いでしょ もういい加減にしてよ それにアレコレいっぺんに食べるもの言わないでよね  食べたかったら自分で作りなさい 私、貴方達の家政婦じゃないのよ それに汚い言葉遣いはやめて! オトン オトンって何よ お父さんをオットットみたいな言い方しないで! それにオカン オカンって、私をヤカンみたいに呼ばないで! 何ですかその言葉遣いは・・ お父さんもいっしょになってなんですか!」

「それ面白いやん オットットやて ヤカンやて ハハハハ」

  3人が後ろでバカにしたように大笑いしだしたので、美智子は益々怒り心頭になり、一気に現実モードに戻り、次々と怒り言葉が口をついてでた。 「ハイハイ  オカアサマ ゴメンナサイ それより暑いわな オカンの頭も相当熱そうやけど、早よう 車だして~な・・」 美智子は子供らに催促され、無意識のうちにアクセルを踏んだ。 車はロータリーを回り、銀行前の赤信号で停車した。

  ジェフは先ほどから、車内で美智子が激しく言っている様子を、食い入るように見つめていた。 しかし・・ なぜか車がそのまま動き出した・・?  やがて目の前の信号前に車が停まった。 美智子は我を忘れたかのように、現実の世界からジェフを見つめた。 その顔をみたジェフは全てを察知したかのように、悲しい顔をしてリュックを担ぎ歩き出した・・

  その時、美智子はフッと我に返り、歩き出したジェフの後姿をみて・・ 「待って・・・」そのまま車を置き、ジェフの元へ飛び出そうとドアの取っ手に手をかけた時だった。 後ろで寝ていた息子が・・ 「オカン  何が待ってやねん! 信号なんか待ってくれへんやん青やで・・ 早よ行かな、後ろつかえてるで・・」

  再び現実の世界に引き戻された美智子は、無意識のうちにまたアクセルを踏んだ・・

  バックミラーから見ると・・ 下を向きながら、大きなリュックを担ぎ、重い足取りで箕面駅に向かうジェフの姿がみえた。 後ろの座席にはだらしない格好をした夫が、もうイビキをかき、口を開けたトドのような寝姿があった。

箕面の森から ケケケケケ・・・ケケケケ・・・ヒグラシの甲高い鳴き声が響いた。

 3日間の真夏の蜃気楼が静かに消えていった。

adieu jef  ne  vous  oublierai  jamais

 (fin)


森の力Go Go !(1)

2020-06-03 | 第22話(森の力Go Go)

箕面の森の小さな物語(NO-22)

 <森の力 Go Go!>(1)

  主婦の松坂 瞳は、今朝も早くから起き、食事の準備を始めていた。 子供と二人分の朝食を作ると、次いでお昼のお弁当二人分をランチボックスにつめ、飲み物を用意した後、ベランダに出て今日の天気を確認する。 TVの予報では、午前中は晴れだけど、午後からは天候が雨模様のようだわね・・ 夏から秋への季節の移り目だから、特に天候には注意せねば・・ 雨合羽も傘も用意しなくちゃ・・

  一通りの準備が終わると、賢治を起こしに寝室に向かう。 「ケンちゃん  おはよう・・!」「アー ウー ウー ウー」 「今日は箕面のお山へ行くのよ・・ 早く起きよう・・」  眠そうにしていた賢治は、山と聞くとすぐに起き上がった。

  瞳は賢治をトイレに連れて行き、次いで洗面所へ、それが終わると朝食を食べさせ、着替えを済ますと、もう賢治は玄関で早く早く・・ という仕草で待っている。  「ケンちゃん もうちょっと待ってね・・」「アー ウー ウー ウー」  今日は週2回の山歩きの日で、賢治は唯一生き生きとした目をする日なのだ。 それだけに瞳も頑張らねばと、気合の入る日でもあった。

  賢治は14歳になったばかりだが、出産時のトラブルに加え、幼い頃から先天性脳機能障害・自閉症に精神障害を抱えていた。 ここ数年は少し落ち着いてきたので支援学校に通っているが、それでも週2回は特別に頼んで、二人で箕面の山歩きをしてきた。 それにはそれなりの理由があり、またその効果も着実にあるのだった。

  瞳が夫の英和と結婚したのは39歳の時だった。 そして41歳の時、初めての子供 賢治を授かった。  瞳は長い間、日本のナショナルフラッグとして世界の空を飛ぶ航空会社のキャビン アテンダントとして活躍してきた。  しかし、会社の厳しいリストラ策もあり、同僚の英和と10年近い交際期間を経て結婚したのだった。 英和は今も国際線の機長として忙しく働いているので、賢治の世話はこの14年間ほどんど瞳一人でしてきていた。

  当初は辛く苦しい思いの毎日だったけど、賢治の成長と共に、自分も一歩一歩と成長してきた感がする。 しかし、もう55歳を過ぎ、小柄な瞳は夫の背丈ほどに大きく成長した賢治を一人では到底抱きかかえる事はできなくなっていた。 それに長年の介護生活で腰痛に悩み、更年期障害もあって、後何年こうやって一緒に山歩きなどできるのかと、不安でいっぱいだった。  しかし、週2回の山歩きだけは何があっても頑張って二人で歩いてきた。 それは息子のいつもとまるで違う、生き生きとした喜ぶ笑顔が見たいが為だった。

  それは10年前、賢治が4歳になった頃、ある日3人で箕面山中勝尾寺園地訪れ、近くの森の中を歩いた事があった。  その時、賢治がそれまでと全く違う表情を見せ、目を輝かせ、嬉々としている姿を発見したことが発端だった。 それ以来、夫の休日に合わせ3人で森の中を歩いたりしてきたが、それがいつしか週2回、家の近くの箕面の森を歩く瞳と賢治の習慣になっていった。 そして賢治は、その日が来るのをいつも心待ちしている様子だった。

  賢治の症状は、脳に起因する認知や対人コミュニケーションの障害も含め、他人からの呼びかけに反応せず、特定の事には強いこだわりを持ったりする。 それに独り言で話したり、奇妙な動作をしたり、時には急にパニック状態になったり、自傷行為をしたりするなど特徴があり、更に精神遅延の知的障害を併発していた。 それだけに一人にすることはできず、常に誰かが目を離さないように見守っていなければならなかった。

 現代の医学でその治療法は、事実上不可能と言われているのだった。 それだけに夫婦は、賢治の将来をどうしようかといつも悩んでいた。 賢治は人々が密集するような街を嫌う傾向があり、対人距離もおかねばならないので、気の休まる時がないのが現状だった。 それだけに森の中を歩き、自然を相手に過ごす事は最適の選択だった。

 「さあケンちゃん そろそろ出発しようか・・ でかけるよ! GО GО!」「ゴー ゴー  ウー  ウー」 これが二人の合言葉だった。 

 二人は箕面駅前から瀧道に入り「一の橋」から左の桜道を上った。  早速 森の中から ツツー ピー ツツー ピー ツーピー  とシジューガラの鳴き声が二人を迎えてくれる・・ 賢治はとたんに森を見上げ、 どこにいるのかな~ と見回すようにしながら元気な笑顔をみせた。 日頃見せないその笑顔に、いつも瞳は涙がでるほど幸せを感じるのだった。 パラ パラパラ バラ・・ と 木の実が落ちてきた・・ 見上げると高い木の上で、数匹の野生猿が枝から枝へ飛び移りながら、木の実を採って口に入れている姿が見えた。 賢治はその姿を飽きることなく眺めている・・

  やがて坂道を上り、桜広場へ向かった。 「ケンちゃん 待って! もっとゆっくり歩いて・・ 最近だんだんと早くなるな・・」 少し前まで、賢治は瞳と手をつないでゆっくりと歩いていたのに、もう足も早くなり、どんどん先に進むので、瞳は賢治の後をついていくのがやっとだった。

 瞳はこの10年、賢治と一緒に箕面の里山から森の中を随分と歩いてきた。 週2回で年間100余回だから、もう1000回位歩いてきた事になるので箕面の森の地理はそれなりに熟知していた。 それでも同じところを何度歩いても、四季折々の季節やその時々の天気、自然界の変化など、全く違う森の様相を体験してきたので、今迄飽きる事は一度もなかった。

 「ケンちゃん 一休みさせて・・」 ずっと先に行く賢治を呼びとめ、桜展望所前で瞳は汗を拭った。 「ケンちゃん お母さん ケンちゃんの速い足についていけないの・・ だから お母さんに合わせてもう少しゆっくりと歩いて頂戴ね・・」 賢治は聞いているのか、聞こえないのか?  上空を飛ぶ鳥をじっと見つめている・・

 瞳が双眼鏡をリュックから取り出しその鳥をみると・・ 「あら珍しい・・ あれはオスプレイね  ほら鷹の一種のミサゴという鳥よ 急降下して池や川の魚を捕らえて食べたりするのよ  米軍が沖縄に配備した飛行機につけた名前と同じね・・ ケンちゃんもお空を飛んでみたいわよね・・」  瞳はいつも反応の無い賢治に、こうやって話しかけていた。 そしてこの10年 鳥の名前や樹木や花、植物、小動物、昆虫の名前まで、賢治と一緒に図鑑などを見ながら自然と覚えていた。

「さあ 出発しましょうか・・ GО GО!」「ゴー ゴー ウー ウー」  桜谷に入り、少し倒木で荒れた谷道を北へ向かって登る。 横手には小さな谷川が流れ、耳に心地いい響きが届く。 杉や檜の高木が林立し、昼なお暗き森が広がっている。

  森の中にはいろんな樹木、植物、小動物や昆虫類、微生物など幾種もの生命体がいるし、地形的な高低変化が多い自然空間がある。 その一つ一つの様相や変化は、医療的なリハビリテーションがまかなえる自然環境なのだ。  森の中へ差し込む木漏れ日の光、森の中を吹き抜ける風、フィトンチッドに代表される森の香り、木々や植物、花々の発する自然の匂い、そして四季折々の変化、春の若芽の息吹から、夏の緑陰、秋の結実、紅葉、落葉、そして雪に覆われた景色、雨もあり、風もあり、森それ自体がバランスのとれた生態系であり、さまざまな生命体の集合であり一つの世界なのだ。 そしてこれらの環境要素をも森林と接する事は、人間が本来持っている内的な生活リズム、つまり内なる自然のメカニズムを取り戻す事ができる・・と、瞳は英和と共に賢治を通して肌で学び実感してきた事だった。

 「ケンちゃん ここで休憩! お母さんに一休みさせてね・・」 賢治は瞳が一休みしている間、その周辺の森の中に入り、いつものようにキョロキョロしたり、何かを手にとって眺めたりしている。瞳は自分の弾んだ息を整えながら、賢治から目を離さないようにして腰を下ろした。 「ケンちゃんが森の中で迷子にでもなったら大変だもの・・」 そして8年ほど前、親子3人で過ごしたキンダーガーデンのことを思い起こしていた。

 しかし この後 瞳にとって人生最悪の岐路に立とうとしている事を知る由もなかった。

(2)へつづく


森の力Go Go !(2)

2020-06-03 | 第22話(森の力Go Go)

箕面の森の小さな物語 

<森の力 Go Go!>(2)

  キンダーガーデン・・ それは賢治が6歳の時、夫の休暇を利用して一ヶ月間 デンマークのコペンハーゲン近郊にあるゾーレドードという小さな村の「森の幼稚園賢治を入れたときのことだった。

  キンダーガーデンとは、ドイツのフリードリッヒ・フレーベルによって1837年創設されたもので、子供達が自然の中で伸びのびと遊び、その遊びを通して子供同士の社会性を学び、創造性や感性を磨いていくという趣旨の「森の幼稚園」だった。  そこには特定の園舎など一切なく、森の中や野山をフィールドとして大自然のなかを教育施設としていた。 当時、デンマークに60余ヶ所、ドイツには220余ヶ所以上あり、増加中と言う事で、現在はもっとポピュラーになっているかもしれない。

 それは毎日、広葉樹林の森の中や牧草地、川のほとりやどこでも自由に遊ぶもので、子供達には自発的な行動と予想外に発生する諸々の自然事象に委ねられ、雨の日も風の日も、雪の日もお構いなしに、夏はパンツ一枚で泥んこになって遊びまわる。  職員は安全対策に専念する姿勢が基本で、子供らが自然の中で五感を生かして遊ぶ事が尊重された。 この自然の中から学び、成長して大人になった時の心の成長、協調性、健康性、優しさや人への思いやりなど社会性を備え、人間性の向上に大きな成果があると実証されていた。

  賢治もその一ヶ月、健常者と一緒になって遊び、森の環境変化に自ら身体を保護することなどを体験的に学んだようだった。 それに自然に働きかけて遊びを形成していくことから認知判断能力が育成された感じがした。 森の中の木の枝、葉、土、石など、自然のものを使って遊ぶ事によって指に細微動作能力も向上したように思う。 それに何より、昼間の遊びから夜の睡眠がグッスリとなり、生活のリズムが安定し、ストレスが解消されるのか山歩きの時にパニックが起きることは一度も無かった。  内的フラストレーションが発散され、意識が外へ向かうからだと感じた。

 「さあ出発しましょうか・・ ケンちゃん行くよ・・あ れ? どこ? ケンちゃん!」 見ると待ちきれなくなったのか、大分先の方を一人で登っていく・・ 「これは大変! 急がなくちゃ・・ 見失ったら困るわ」 瞳はいつになく息を弾ませながら賢治を追った。 するとしばらくして賢治が戻ってきた。

「よかったわ ありがとう 戻ってくれたのね・・」 すぐ後ろから、賢治の通う支援学校で同じの石田さんが下ってきた。 「こんにちわ 今日はこのコースなのね ケンちゃん速いわね」 「そうなのよ もう私付いていくのが精一杯よ あれ 淳ちゃんわ? ああ来た来た・・ こんにちわ」 子供二人はそれぞれに会話もなく、別々にウロウロしている。

  瞳は賢治の通う支援学校の父兄たちと、時々同じ悩みや苦しみを話し合い共有していたが、この瞳の山歩きを知った石田さんや数人の保護者らも同じように箕面の山歩きを子供と始めていた。 子供の成長と共に父親歩く人もいた。  そしてそれぞれにそれなりの成果を挙げていた。 しかし瞳は、みんながまだ自分より10歳以上も若く、体力がありそうなので羨ましかった。

「あ! ケンちゃんどこ? もうあんな所まで行ってしまって・・ ごめんね  またゆっくりね  ケンちゃん待ってよ・・ もう・・ 今日はどうしちゃったのかしら?」  瞳は石田さんと別れると、必死になってまた賢治を追いかけていった。 本当に森の中で賢治を見失って、迷子にでもなったら大変な事になる・・ しかし 先ほどから賢治の姿が見えない・・?  「ケンちゃん 待って! もう本当に待ちなさい!」  怒り声で叫んでみても、何の反応もない。

  やっとの思いで、尾根道の「ささゆりコース」に出たものの、左も右の山ノ神コース」にも、全く人の気配がない・・ 「少し手前の道を左に曲がったのかしら?   そう言えば賢治はあの先にある<望海の丘>から大阪の街を一望するのが好きだったわね・・」 瞳は引き返し、「松騒コース」を西へ向かった。 「どうしよう・・ どこへ行ったのかしら? ケンちゃん ケンちゃん」 瞳の胸は急に高まり、心臓は激しく波打ちながらも、必死になって賢治の名を呼び続けた・・  そして事故は起こった・・

  瞳は突然目の前が真っ暗になったかと思うと激しいめまいがし、胸が急に苦しくなった。  そしていつしか山道から足を踏み外し、南側の谷間へ転げ落ちていった・・ 「ケンちゃん・・ ケンちゃん・・待って・・」

 

  その頃、英和はニューヨークからのフライトを終え、関西国際空港から箕面の自宅へ車を走らせていた。  次のロンドンフライトまで3日休める・・ 瞳はいつもメールで賢治との生活や行動を英和に伝えているので、今日の二人の予定も把握していた。  いつものように「今 帰ったよ・・」の電話を入れる。 「あれ? つながらない・・ なぜ出ないのかな? そうか山の中で電波が届かないのかな?」

  最近は箕面の山の中にも次々と中継基地が設けられ、少しずつ電波状況も改善されつつあるのだが・・ 何度かけでも出ないので息子のケイタイへ・・ と言っても彼は全く操作はできず使用できないので、何かあったときの為にGPS機能を活用すべく、服の内ポケットにいつも入れてあった。  英和が双方に電話しながらGPSをみると・・ 「あれ? 二人の位置が離れている・・ 瞳は一ヶ所に止まったまま、賢治はどんどん離れていく・・ おかしい? 何かあったんだ・・ 」  英和は急に何か嫌な予感をつのらせ、車のアクセルを踏んだ。

  しかし、途中の阪神高速・堺線で大渋滞に巻き込まれてしまった。 高速道では横道にそれることもできず、全く身動きがとれず、気が焦るばかりだった。

  その頃、賢治は歩きなれた山道をあちこちと走り回っていた。  山歩きや森の散歩は、賢治にとって最高のレジャーだった。 いつもお母さんと一緒だが、徐々にいつしか自分で自分の世界の中で自由に歩き回りたい気持ちになっていてもおかしくなかった。 しかし 賢治は、自分がいまどこにいるのか全く分からない・・?   ただ目の前の自然の中を、気持ちよく翼をつけたかのように自由に歩きまわっていた。  それは時には道なき道であったり、藪の中であったり、獣道や岩場、枯葉に埋もれる谷間だったりした。 しかし 今 いつも後ろにいて話しかけてくれるお母さんがいない・・ でも賢治の好奇心は、その疑問を通り越して、目の前に広がる自分の興味に没頭していた。

 やがて空が急に暗くなり、雲行きが怪しくなってきた。 ピッカ! ドカン・・ パリ パリパリ バリ・・・ 遠くで、季節の移り目のカミナリ音が響く・・ すぐにでも雨が降りそうな気配・・・

 ピッカ!  ドカン・・ バリ バリバリバリ

 突然 賢治の頭上で、大音響と共にカミナリ音が響き、近くに落ちた。 賢治は ドキン!とし、ビックリした顔つきで振り返った。 いつもいるお母さんがいない・・ 賢治は急にパニックに陥った。

 ワー ワー ワー ワー

 大声をあげながら母親の姿を探し始めた・・ しかし いくら大声で叫んでみてもお母さんは応えてくれない・・ やがて ポツリ ポツリ・・ と大粒の雨が降り始めた・・ そしてそれは、急にバケツをひっくり返したようなものすごい勢いのドシャブリ状態となって、激しく森の木々をたたきつけた。 賢治は初めて聞く突然の大音響と激しい大雨に、そのパニックは頂点を通り越していた。  そして びしょ濡れになりながら大声をあげつつ、森の中を一人さ迷い続けていた・・

  その頃、瞳は激しい大粒の雨に打たれながら胸の痛みに呻いていたが、やがて気を失ってしまった。 そして 山道から6mほど下の谷間に落ちた所で、杉の木の根元に引っかかり止っていた。背負っていたリュックには、二人分のランチボックス、水筒、タオルや薬箱、それに着替えや雨具など、いつもの必需品がぎっしりと詰まっていたが、何一つ使われることなく雨にたたかれていた・・・

(3)に続く


森の力Go Go!(3)

2020-06-03 | 第22話(森の力Go Go)

 箕面の森の小さな物語

<森の力 Go Go !>(3)

  英和は渋滞で動けない高速道上から、次々と電話を入れていた。

やっと石田さんとケイタイがつながり、桜谷で昼前に二人に出会ったことを知った。 しかし その後の事は分からない?  見れば、北の箕面方面は真っ黒い雲に覆われ、時々稲光が見える・・  嵐だ!

 英和は数年前、瞳と相談して箕面北部の止々呂美(とどろみ)の山中に300坪程の土地を購入していた。 賢治の為にも、いずれ山の中で生活する事を望んでいた。 何といっても賢治が周囲に迷惑をかけることなく、本人自身が一番好きな森の中で、あのキンダーガーデンでのように、伸び伸びと遊び暮らせる事が何よりと考えたからだった。

  それにもう一つ、賢治には夢中になれるこだわりのものがあった。 それは5歳の時、障害児の美術指導をしてくれていた絵の先生に個人指導を仰ぎ、その後めきめきと個性を発揮してきた事だった。 そこで家の3帖ほどの物置部屋を改造し、特別の壁紙を貼り、その中で自由に絵を描かせた。賢治はそれが気に入ったのか、毎日遅くまでその部屋にこもり、あれこれと壁面いっぱいに黙々と絵を描いていた。

  そして8歳の時、絵の先生の薦めもあり、一枚をイタリアの障害者国際美術展に出品したことがあった。 それがユニークな絵として審査員特別賞を受賞したのだ。 箕面の森の中で体験した自分の心のうちを素直に絵に表現したものとして高く評価されたようだ。  それ以来、毎年出品するようになり、いつも何らかの賞を受け、昨年は初めて銅賞を受けた。  これから銀賞、金賞、グランプリと一歩一歩目指す目標があった。 それだけに森の中に家を建てたら、賢治の絵の部屋をちゃんと作ってやろうと夫婦で話し合っていた。

 それに瞳も、そんな賢治の横で一緒になって絵を描いてきたので、今では本格的に道具を揃え描き出していた。 だから新しい家をつくったら、賢治の部屋の横に瞳のアトリエも作ろうと話していた。 英和は退職したら、その新しい家で好きな陶芸をやりたいと思っていた。 その焼き釜を設ける為にも、山の中は適している・・ と 夢を描いていたのだが・・

  やっと前方の車が動き出し、英和はふっと我に返った。 阪神高速・池田線に入ると、アクセルを全開に踏み込んだ。  強い雨がフロントガラスを激しくたたきつける。 「瞳は 賢治は 大丈夫か・・?」 その頃、英和から電話を受けた友達の石田さんらは、支援学校の連絡網を使い、雨の中を箕面駅に集合していた。 「ケンちゃんらに何かあったに違いないわ・・」

 嵐のような激しい通り雨が一段落し、薄日がさしてきた頃・・ 滝道の「一の橋」前で、急に若い女性らが悲鳴をあげた。

 キャー  キャー 近くの店の人が頭を上げ、叫び声の方を振り向いた・・ 「あれ!? あれは あの子は それに・・ あああ・・」

  5分後、店の人の119番通報により、近くにある箕面市消防本部救急車が、サイレンを鳴らしながら急いで瀧道を上がってきた。 石田さんら5人の友人達は 「きっとケンちゃんらに何かあったんだわ・・」と、胸を締め付けられる思いで、救急車の後を追った。

 英和は箕面駅前ロータリーに着くと、ロックもせずに車から飛び出した・・ 救急車が目の前を上っていく・・ 「何があったんだ? 瞳は? 賢治は? 大丈夫か?」  胸騒ぎが現実に目の前で起こっていた。  それぞれの思いで「一の橋」前に停まっている救急車にたどり着いた時、皆は目を疑った。

  あのケンちゃんが、ぐったりしたお母さんを背負ったまま、今にも崩れ落ちそうになりながらも必死に立っている・・ 二人とも全身泥だらけの格好で、服からその泥水がしたたり落ちている。

  救急隊員が意識の無い母親を担架に乗せようと、賢治の背中から離そうとしているが、賢治はしっかりと母親をつかんだまま離そうとしない。  3人がかりで「早く 早く 手を離して・・ 早く」と急き立てるが、賢治は益々力強く母親を離そうとしないでいた。 その時・・

「ケン ケン ケンちゃん お父さんだよ ケン まさかお前が・・ ケン お母さんはお父さんが・・ 大丈夫だ ケン すごいぞ!

  賢治は走ってきたお父さんの姿をみるや初めて手を緩めた。 そして涙が次々とあふれるままお父さんにしがみついた・・ 「よし よし よく頑張ったな もう大丈夫だぞ ケン すごいぞ   それにしても すごい・・ ケン ケンちゃん お母さんを ありがとう!」  英和は賢治をしっかり抱いたまま泣き崩れた。  やがて救急車は3人を乗せ箕面市立病院の救命・救急センターへとサイレンを響かせた。

  長時間に及ぶ緊急手術の後、医師からは・・ 「後30分も遅かったら、命が無かったかもしれません・・ 大変危険な状態でした。 息子さんの大手柄ですよ・・」と言った。

  それにしても どうやって?  どうやってあの広い森の中で母親を探しだしたのか・・?  この奇跡はどうやって成就したのか・・?  それにあのドシャブリの嵐の中で母親を背負い、あの森の長い山道をどうやって下ってくる事ができたのか? どうやって どうやって・・・?

 関係者全員が、ただ首を傾げるばかりだった。しかし 何も喋らない賢治に、周りの皆はただうなづいた。

 森の持つ不思議な力だ! と。

  数日後、瞳の意識が回復し、面会を許された賢治は、父親と共に病院を訪ねた。  病室の北側の窓からは、箕面の森が一望できる。 「あのケンちゃんが、私の命を救ってくれたなんて・・」 瞳は、嬉しさと感謝以上に、息子の成長振りにポロポロと涙を流しながら賢治をしっかりと抱きしめた。

「ありがとうね ケンちゃん ありがとう・・」

 英和はこれを機に早期退職を決めていた。 そしてあの止々呂美の森の中に、新しい3人の家を建てる事をすでに瞳と話していた。 何度も何度も母親に抱きしめられるたびに、賢治は誇らしげな顔をして

ゴーゴー ゴー ゴーゴー と 母親との合言葉の声をあげ、周りのみんなを笑わせた。

 病室には、古代ギリシャの医学者 ピポクラテスの言葉があった。

「自然は全ての病を癒す」

 箕面の森が太陽に光り輝いていた。

(完)   


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2020-06-03 | Myブログ!

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運命の出会い(1)

2020-05-03 | 第13話(運命の出会い)

箕面の森の小さな物語(NO-13

 <運命の出会い>(1)

  「さあ 今日はどこを歩こうかしら・・」 箕面の駅前から西江寺の裏山を上り、聖天の森から才ヶ原林道へ出ると、もう初秋の涼しい風が吹いている。  西園寺まり子は今日も一人で森の散策に出かけた。

  地獄谷からこもれびの森に向かう途中 東に折れて才ヶ原池一休みする事にした・・ 今日は釣り人が一人もいないようだわね・・ と独り言をいいながら、少し出始めたススキの穂が数本 穏やかな風にゆっくりとなびいている。 池畔を周り、いつも座る石のベンチに向かうと・・ どうやら先客がいるようだ。

「こんにちわ!」あっ こんにちわ!」    

見るとまだ少年のようで運動靴に普段着の服装、棒キレを一本もっただけの軽装です。  まり子は自分の山歩き用の完全装備スタイルと余りにも服装が違い、思わず苦笑してしまった。

・・どこからきたのかな・・?  

そう思ってもう一度声をかけようとして再び顔を見ると・・ 「あれ! どこかで見たような顔つき?  思い出したわ・・ 貴方と一度会ったことあるわね?」え! そうですか・・??」  彼はまり子の顔をマジマジと見つめつつ首を振ってる・・「そうか! あれは私が見ただけで、貴方は見てないものね・・ あれは? そうだわ・・ 奥の池じゃなかったかな? 一人で池を見てたわ・・ こんな山の中の池で少年が一人で池を見つめているなんて・・ どこかありえないと思ったので、印象に残っていたのよ」

「そうですか・・ ボク、池を見るのが好きなんです」 「なんで?」「なんでかな? だって森の中は静かでしょう・・ でも、池には風が吹くと波があって揺れているし、鳥もよく飛んでくるし、それに魚もいるし・・ じっと見ていると、ボク一人じゃないからかな・・」「そうか・・」 「あ! どうぞ・・」 少年は端に座りなおし、まり子に座り場所を空けた。 

「ありがとう! ところで貴方はいくつなの? 何年生なの? どこからきたの?  いつも一人なの・・?」 また自分のお節介が始まったと心では思いながらも、少年に興味を持ったまり子はいつしか少年への質問を連発していた・・ 「ボク! 13です、中学一年です・・ この山の下でおばあちゃんと二人で住んでます・・ ボク! 山が好きなんでいつも一人で歩いてます」 言葉づかいが今時の若者にない礼儀正しい喋り方に、まり子は先ず好感を抱いていた。

 しかし もう仕事を離れて大分経ったのに、いつまでも抜けない自分の詮索好きに注意していたのだが、また出てしまった・・ そう思ったとたん・・ 「そうだ! オバサンの作った卵焼き、よかったら食べてくれない・・?」 「卵焼きですか・・?」 「オバサンね・・ 自慢じゃないけど料理作りが得意でね・・ いつも美味しいもの作っては楽しんでいるのよ・・ でもね、一人なので味見してもらう人がいないと張り合いがないでしょ・・ だから・・」 そう言いながらまり子は、二人の座った間にすばやく自分の今日のお昼ご飯を並べた。

 「わー! きれいですね・・ 美味しそう!」 「どうぞ どうぞ!  よかったら他の物も食べてみて・・」「いいんですか? じゃ頂きます・・」 そう言うと少年は、先ず卵焼きから手をつけて口に運んだ・・ 「わー美味しい! 美味しいですね・・ こんな美味しい卵焼きは初めてです・・」 まり子は本当に美味しそうに食べてくれる少年を見ていると嬉しくなってしまった。 「このサンドイッチも美味しいわよ」「頂きます・・ あ! オバさんのがなくなっちゃう」 「いいのよ! オバサンね・・ こんなに美味しそうに食べてくれる人は初めてなので、胸がいっぱい! お腹もいっぱいなのよね・・ ハハハハ!」と、なぜか泣き笑いになってしまった。

 「ボク、卵焼きを作るのが得意だったんですが、こんなに美味しいの作れないな・・」 「なにボクちゃんが作るの?」 「はい! おばあちゃんに作ってやると喜ぶんで・・ ボク、小学校の家庭科の実習で初めて卵焼きを作ったとき、先生に誉められたんです・・ それからボクがご飯を作るときは玉子買ってきていつも作るんです・・ こんなに美味しい卵焼きが作れたらきっとおばあちゃん喜ぶだろうな・・・」 「そうなの! でも私のは簡単なのよ・・ 先ずだしをこうしてね~」 それからしばし卵焼きの講習が始まる・・ まり子はまさか少年を相手に、森の中で卵焼きの作り方を教えようとは夢にも思わなかったが しかし、なぜか幸せな気持ちがして嬉しかった。

  すると突然に・・あ! 忘れるところやった・・ すいません、おばあちゃん迎えにいくのでボク帰らなくちゃ・・ オバさんありがとう ごちそうさまでした!」 そう言うとボクちゃんは棒キレを持つと、あわてて飛ぶように行ってしまった。

  久しぶりに我を忘れて楽しいおしゃべりに花を咲かせただけに、まり子は膨らんだ風船が急にしぼむように、この僅かな一時の現実がまだ飲み込めないまま、心が深く沈んでいってしまった。

  まり子は保険会社のエキスパートとして30年以上も第一線で働いてきた。 女子の幹部候補一期生として採用され、仕事が面白くて面白くて・・ いろんな男性との結婚チャンスもあったけど仕事を選び、とうとう一人身で定年を迎えてしまった。  お陰で箕面の山麓に新しいマンションも買えたし、蓄えもできたし、同年輩の女性より高い年金を貰い、老後の経済的な心配はないけれど、こうしていざ一人になってみるとなぜか無性に 淋しい、空しい といった気持ちになってしまうときがある。

 友達も沢山いるし、かつての自分のお客さまで、今も新聞やTVで活躍を知る現役の方々の中にも いまだに マコ マコ! と、親しく呼んでくれて御付き合いの続いている方も多いので、自分は恵まれた人生を過ごしてきたんだといつも感謝して過ごしているのだが・・ しかし いつも何か? 物足りない思いが消えないでいるのだった。  唯一 箕面の森を歩いている時は心が安らぎ、自然のもつ包容力が心を癒してくれたので、森の散策はもう何年も長く続いていた。

 いくら得意な料理を作っても、それをいつも美味しいと喜んで食べてくれる人はいない・・ 一人でそれを食べる時の空虚感は拭いきれなかった。  それだけにあの日 あの少年の美味しそうに食べてくれた笑顔が忘れられな・・ もう一度会ってみたい・・

 まり子は週に1~2回のペースで箕面の森の一人歩きを楽しんでいたが、いつも自分の気持ちを大切にしながら、心のおもむくままに、ゆっくりと歩いたり、浸ったり、気を使わないマイペースの一人歩きが好きだった。 あれから森を歩くたびにキョロ キョロと周りを見回すようになり、いつもどこか山の池をコースに入れるようにしていた・・ だからそれまでのゆったりとした癒しの散策から、人探しの歩きになっているようで 本末転倒だわね! と笑いながらも自分の心をごまかす事はできなかった。

  いつしか秋も深まり、箕面の森も見事な紅葉につつまれていく・・ まり子は瀧道のすごい人並みを避けて森の奥に入り込み、人のいない絶好の穴場で一人、紅葉狩りを楽しんだりしていた。  やがて寒い北風が吹くようになると箕面の山も静かになり、鳥たちの賑やかな歌声だけが響いている・・ しかし、強い風が吹くと落葉する樹木が踊っているようで、沢山の鳥の鳴き声と合わせ、まるで大交響楽団のクライマックスのような響きにとなり、まり子はその自然の感動を味わっていた。

  やがて冬がやってきた・・ ある寒い朝、まり子が新聞をみると、箕面の池にシベリアからキンクロハジロ今年初飛来した・・ との記事があったので、その日早速行ってみることにした。  いつもの冬の山歩きの完全装備スタイルで・・ 我ながらちょっと大げさな格好かなと思うけれど、何度か恐い思いをしてきた事もあり、箕面の山は低山とはいえ、自然は決して侮れない事を体験してきたので、これでいいのだ・・ と、改めて納得しながら家をでた。 今日も紅茶の入った温かなポットに、いつもの特別弁当を持って・・

  箕面山麓線の白島から谷山林道へ向かうと間もなく薩摩池がみえ、やがて大きな五藤池が見えてきた。  まり子はリュックを下ろして池畔に目をやると、先ず潜水の上手なカイツブリが5、6羽いる・・ その手前にはきれいなオシドリの夫婦? がいて、先にはマガモが10数羽、波間に浮かんでいる・・ オスの緑色の頭部が鮮やかだ・・ この池にはいつも沢山の水鳥たちが羽根を休めている・・ それにしても肝心のキンクロハジロはどこにいるの?   

 双眼鏡で眺めていると、遠方から二羽のアオサギが飛び立っていった・・ この寒いのに、みんな元気だわね! なんて独りごとを言いながら、双眼鏡を覗いている時だった・・ 突然後の方から大きな声がした。

「オバさん!」「えっ!」

余りにも突然だったのでまり子はビックリ! 振り返るとあの時のボクちゃんだ。 「ボクちゃんじゃないの! なつかしい うれしいわ」  まり子は感情が高ぶり、思わず抱きしめたくなるような気持ちをおさえた。「会いたかったのよ! ボクちゃんに・・」 まり子の目からなぜか嬉し涙がこぼれ落ちる・・ 「どうしてたの? 元気だった? あれからオバサンはボクちゃんに会えないかなと思って、才ヶ原の池やいろんな森の池も回ったのよ・・ どうしてたの? 元気だった? 何かあったのかと心配してたのよ・・ 連絡先も分からなくてね・・」 まり子は同じことを聞きながら、またお節介虫を発揮して、つぎつぎと質問を浴びせていた。

  「あ! ごめんね! オバサン一人で喋ってるわね・・」 一度会っただけの少年なのに、何でここまで気持ちが入ってしまうのだろうか? それをニコニコしながら聞いていたボクちゃんが、それには応えずに・・ 「オバさん! これから山へ行くの? ボクも一緒に行っていい?」「勿論よ!」 まり子にとっては願ってもない言葉だった・・ 「オバさん 鳥を見にきたの・・?」「そうなの! 今朝の新聞でこの池にキングロハジロが越冬するために飛来したって書いたあったからなの・・」「それならさっきみんなで一緒にどこかへ飛んでいったよ! そのうち帰ってくると思うけど・・」 ボクちゃんは相変わらず棒切れ一本をもっただけの軽装だった。

(2)へ続く 


運命の出会い(2)

2020-05-03 | 第13話(運命の出会い)

箕面の森の小さな物語

<運命の出会い>(2)

 「そんな格好で寒くないの? 風邪引かない? のど渇かない・・ あ! また、いらぬお節介してしまったね! ごめんね!」大丈夫です・・ いつもこの格好ですから、それに4時間ぐらいなら水もお腹も我慢できますから・・ それにおばあちゃんが心配するから、そんなに山奥までは行かないし・・ でも今日は施設に一泊するので時間はあるんです」  ボクちゃんは3ケ月前より少し痩せたようだった・・ 二人は嬉しそうに仲良く並んで、水神社前から谷山尾根を登り、巡礼道向かった。

 「そう言えば前に会ったとき、急におばあちゃんを迎えに行くような事いってたけど、大丈夫だったの?」 ボクちゃんは少し暗い顔になりうつむいてしまった・・ まり子はまたまた要らぬ事を聞いたかな? と思ったけれど、あれから づ~ と気になっていたことを聞いてみたかったのだ。「あの日は、おばあちゃんが施設から帰ってくる時間だったんです」そういいながら、少年はやがてゆっくりと話し始めた・・ それから約1時間、溜まりたまっていた心の内から、まるでその栓が抜けたように、一気に少年の思いが溢れ出した。

  少年の祖母はだんだんと認知症状が進み、もう孫の顔も時々忘れるような状態とのこと・・ 家族は・・ 父親がいるようだが、幼稚園の時に一度だけ会っただけでそれ以来行方不明だが、噂では今はフイリピンで家庭を持っているかも? と、お祖母さんから聞いたことがあるとのこと・・ 母親は自分の出産の時に事故で亡くなったと聞いているようだった。  そして母親の実家であるこの箕面山麓の古い家で、祖母と二人で生活してきたとのことのようだ。 

 トイレに一人でいけないような祖母、自分の顔も忘れかけている祖母の介護も含め、13歳の中学一年生が一人で家を守り、学校から日々の生活まで必死で賄ってきている姿を、まり子は涙ながらに聞いていた。  それにある日のこと、祖母が入院した時に遠い親戚だという会った事もない人が家に訪ねてきて、一晩無理やりに泊まっていったとのこと・・  そして通帳はどこだ? 保険証はどこ? 印鑑は? 現金は? と、勝手に家中捜しものをしていたらしい・・ まり子は自分の中学生活を思い出して、なんとボクちゃんの生活が過酷で悲惨な思いをしているのかと、また新たな涙が頬を伝った。

  話しの合間に、まり子も自分の身の上話をしたが、余りにも少年との格差を感じ、話しながらも改めて少年の身の上に愕然とするのだった。  しかし まり子が自分の心に素直に、こんなにも正直に包み隠さずに、自分の身のうえ話しを他人にしたのは初めての事だった・・ あの森の自然の中でつつまれる安心感、穏やかさと同じような不思議な感覚、しかも13歳の少年を相手にして・・ なぜ?

  巡礼道を登りきると七丁石の分岐点にでた・・ そうだわ ボクちゃん! 少し早いけどお昼にしない?  卵焼きあるのよ!」え! 本当ですか? ボクあれから家で何回も作ってみたけど、オバさんのあの美味しかった卵焼きは絶対できませんでした」 まり子は嬉しくなってしまったけれど、ずっと話を聞いてきたので、逆に不憫に思えて悲しくなってしまった。

  七丁石の横に丸太を二本並べたベンチがあったので、二人はそこに座った・・ 尾根道とはいえ周りを森に囲まれていて少し寒い所だが、二人とも心はとても温かかった。 まり子はこの3ヶ月間、いつボクちゃんに会ってもいいように、いつも少し大目の特別弁当を作っていた。 しかし今日までその期待は外れ、いつも山から帰ると余ったおかずが夕食代わりになっていた。 でも今日は違う!  温かな紅茶を蓋カップにそそぐとお弁当を広げた・・

 オバさん! 美味しそう! これみんな食べていいんですか?  嬉しいな・・ 頂きます!」  その笑顔を見ているだけで、まり子はもう胸もお腹もいっぱいになってしまった。 そうだ ボクちゃん! オバさんはやめてくれる! オバさんの名前言ってなかったわね・・ 私、まり子・・ マコちゃんでいいわよ・・ よろしくね!」ボクも、ボクちゃんは少し恥かしいです たかおです 祖母はタカちゃんと呼んでますが・・」じゃあ決まりね! マコちゃんとタカちゃんね・・・ハハハハ!」

  50歳も違う二人の、何とも不思議な取り合わせ? それからも二人の話は尽きず、とうとう山を歩きながら夕暮れになってしまった・・ 離れるのが辛いぐらいだったが、今日は夜に学校の先生の家庭訪問があるらしい・・ いろいろ心配されている人もいるようで少し安心はしたけれど・・ マコの携帯を教えておいてあげるね・・ 何かあったら電話していいのよ! それに住所はこれよ・・ あの山裾にあるマンションよ 近いでしょう!」  まり子はめったに人には教えない個人情報を、あっさりとタカちゃんには教えながら、それが当たり前のようにしている自分が不思議だった。  そしてそれが辛い日々の始まりになるとは思いもよらなかった・・・

  あの日からもう一ヶ月が経ったのに何の連絡もない・・ まり子はいつかいつかと思って、寝る時さえ携帯を枕もとに置いていた。 そして更にもう一ヶ月が過ぎていった・・ 何かあったに違いない・・?  タカちゃんの家の事は大まかに聞いたので,山への行き帰りに何度もそれらしきところを探しみたけれど分からなかった・・ 住所を聞いとけばよかったわ・・ あの子は携帯を持っていなかったし・・ でも、あの時は未成年に住所や電話などを聞くのはまずいと思ったので、自分の携帯と住所を教えておいたのだけど・・ あれだけ再会できて喜んで、なんでも聞いたつもりで、もうタカちゃんの事は分かったつもりでいたけれど、全く分かっていなかったのだ・・ 話を聞かなければよかった・・

  あの時・・ 「どうして山が好きなの?」って聞いたら・・ 「ボク 辛い時や悲しいとき・・・涙がいっぱい出てくると小学校の時から家の裏の山の中に入って行って、一人で大泣きしてたんだ・・ 家で泣くとおばあちゃんが心配するから・・ すると森の木や枝や風や小鳥や草花達が何か応えてくれるように話し掛けてきてくれるんだ・・ そしたら心が落ち着いて枯れ葉の上なんかですぐに眠ってしまうんだ・・ 目がさめると、もうみんな吹っ飛んじゃって気持ちがいいんだよ」そうだったの・・」

 まり子はタカちゃんの顔を食い入るように見ながら・・ 「将来の夢はあるの・・?」 「ボク、山が好きなので山小屋建てて、山岳ガイドになったりして?  ハハハ・・でもね、それじゃお金儲からないから・・ きっと! だからボク料理も好きだから調理師もいいかな? なんて思っているんだけど・・ そしてね! やさしい奥さんもらって、子供をたくさん作って、楽しい家を作るのが夢なんだ・・」

 13歳にして人生の辛酸をなめ尽くしたのに・・ なんて温かい事を言うなんだろう・・ まり子はそのいじらしさに本当に抱きしめてやりたい気持ちでいっぱいだった・・ 「オバサンが・・ (そう言いかけて) しまった! マコが料理を教えてあげようか・・?」 「本当ですか! うれしいな・・ オバさん・・ あ! マコちゃん・・ 言いにくいな・・ マコさんでいいですか?」 「いいわよ・・」「じゃ! マコさんの料理最高だからボク教えて欲しいな・・ きっと上手になるよ・・ いつから?」「いつでもいいわよ・・」 そんなやり取りから自分の携帯と住所を教えて、学校の帰りにでも立ち寄ってくれたらと思っていたのだった。

  そしてそれ以来、いつ訪ねてきてもいいように道具もそろえ、部屋もきれいにして今日か 明日か と待っていたのに・・ もう二か月・・ どうしてあの子の事がこんなにも気にかかり、今の自分の生活の最大の関心ごとになってしまったのだろうか・・ まり子は気持ちを切り替えようと、いろんな事をやってみたけれどダメだった。 いつも最後には思いだしてしまう・・ どうしているのかな?  タカちゃん!

  そんな悶々としたある夜の事・・ 携帯が鳴った・・ 見ると「非通知表示」・・ また迷惑電話? でも何だか胸騒ぎがして携帯をとってみた・・ 「もしもし・・」「あっ オバさん・・ ボクです」 「タカちゃんなの?」「はい! オバさん・・ いやマコさん・・ ボク今から遠い親戚の家に住む事になって・・ 今から出発なんです・・ いろいろありがとうございました・・ ボクね・・ 本当は料理を教えて も ら ・ ・ ・」 その時、10円玉がきれたのか?  ピーという公衆電話の切れる音がした・・ 「タカちゃん待って、タカちゃん待ってよ・・ そんなの嫌よ・・ 待って・・」 まり子はピーとなったままの携帯を握りしめたまま泣き崩れてしまった・・ 自分がどうする事もできない現実・・

(3)へ続く


運命の出会い(3)

2020-05-03 | 第13話(運命の出会い)

箕面の森の小さな物語

 <運命の出会い>(3)

  まり子はそれからしばらく家にこもり、悶々としたうつ状態になってしまった・・

友達やかつてのお客さんまでもが・・ 「どしたんや! 何があったんや・・ 元気だしや!」と、心配してくれたけど、自分の気持ちをどうする事もできない・・ またかつてのあの空虚な日々を感じるようになっていた。  森へは行かなくなった・・ 料理も作らなくなった・・ 人と会うのも億劫だった。

 でも週1回、仕方なくスーパーへ買い物に出かけるのが、唯一の外出になってしまった。  たまに年格好の似た少年が母親と買い物などしていると、羨ましく感じたりしていた・・ まり子の同級生で20歳で結婚したサトミには、もう40歳を過ぎた子供がいるし、その子の子供は確か中学生だったから、サトミにはタカちゃんと同じ13歳位の孫がいるんだ・・ まり子には子供がいないけれど、孫のようなタカちゃんとたった数回の出会いなのに、どうしてこんなに心が乱れるんだろう・・?  まり子は60数年の人生で初めて感じる異様な自分の高ぶりを押さられずに、その感情に翻弄されつづけていた。

  あっという間に冬が過ぎ去り、梅や桃の花が咲き、野山も新芽に溢れ、鳥も、昆虫も、動物も、植物も、樹木も・・ 箕面の森も生き生きと活動しはじめた・・ もうひと月もすれば箕面の桜エドヒガンも咲くだろう。

  その日も、まり子は一週間の買い物に行き、帰りもボンヤリと無気力な表情でエレベーターに乗り、自分の部屋の階で下りた。  廊下を歩いていると、前方に座っている人がいる・・?  しかも、自分の部屋の前で・・「恐い! だれ?」 一瞬そう思ったけど、その人が顔を上げてこっちを見た・・

「え! まさか・・ まさか タカちゃん!? ほんとうに! タカちゃんじゃないの!」

  気が付いたタカオも立ち上がって駆けてきた・・ 二人はダッシュしてぶつかるようにして無言で抱き合った・・ 涙がとめどもなくあふれてくる・・ 「うれしい・・ うれしいわ!」

  長い間嬉し涙を流していたけれど、マンションの廊下である事に気がついたまり子はあわててドアのカギをあけて、初めてタカオを部屋へ入れた。  タカオの荷物は薄汚れたリュックが一つだけだった。

  二人が少し落ち着いた頃・・ タカオがボソっと話し始めた。 「あの~ ボク家を飛び出してきたんです・・ それで、もう帰る家がないんです・・」 それを聞いたまり子は・・ 「え! そうなの? でも心配しなくていいのよ もうどこへ行かなくてもいいの! オバさんの・・ いやマコのこの家にいたらいいのよ・・ ずっとここにいていいのよ・・ いて欲しいの・・ マコが助けてあげるから心配しなくていいのよ・・ ここにいてね・・」 まり子はもう懇願に近い声になっていた。

 「お腹すいたでしょう・・」「はい!」「じゃあすぐ作るから、その間にそこのお風呂に入ってさっぱりしなさい・・ 下着は明日買ってあげるから、それまで・・ そうね、女物だけど新品だから、これ着ときなさいね」 「はい・・ありがとうございます」「あのね、そんな他人行儀なこと言わなくてもいいのよ、遠慮しないのよ・・」 

 それからマコは自分の為に買ってきた食材と冷蔵庫にあるもので、得意の鍋料理をさっさと準備するとコタツの上に並べた。 「さあ~ お腹すいたでしょう・・ お話しは後でいっぱい出来るから、さあ食べよう・・」  女物のパジャマを着たタカオが滑稽に見えたけど、そんなことより嬉しくてたまらないまり子だった。 話は夜明け前まで、途切れることなく続いた。 

  タカオの話は悲惨だった。遠い親戚という人は、おばあさんの預金通帳を探し出し、それを全部引き出してしまうと、他にないのか・・?  と、タカ君に迫ったという・・ そして、食わしてやっているんだから、中学でたらオレと一緒に工事現場で働けよ・・ と、言われていたとか・・ 更にその家の1歳年上の男の子から、ひどいいじめを毎日のように受けていたとか・・ 養父は怒ると棒で殴り、酒を飲むと更に恐い人になるのでいつもビクビクしながら小さくなって過ごしていた様子を細かく聞いた・・ なんてひどい人たちなんだろう・・ まり子は怒りが収まらなかった・・

  疲れて眠りについたタカオを横に、まり子は次々と手順をメモし、頭はフル回転していた。  長年培った仕事の手順や段取りを立てるが如く、それに更に怒りと愛情が絡まってそのスピードは加速していた。

  朝9時になると、まり子は早速 かつてのお客様で今はいい飲み友達の弁護士、司法書士、社会福祉の主事、元警察署長、元学校長・・ と、次々と事情を詳しく話して相談し、必要な手配、手続きはすぐにとってもらっていた・・ みんなは、まり子が最近落ち込んでいる事情が分かり、迅速に手配してくれて、もうその日の夕方にはタカオの今の養父先にも警察関係者が事情を聞きに行ってくれた。

  そんなまり子の真剣な姿を一日中見ていたタカオは、その夜 あの汚れたリュックの一番底からから油紙につつんだ封筒を取り出し、まり子に渡しながら・・ 「マコさん! これはおばあちゃんがまだ元気だった頃、ボクに渡してくれた物なんです」「なにそれは・・?」 「ボクは知らないんだ・・ でも、おばあちゃんがその時、<これはもし私に何かあった時、お前が最も信頼できる人と思った人に開けてもらいなさい・・> って言われたんだ。 ボクはマコさんに開けてもらいたいんだけど・・」「え! 私でいいの!」「はい!」

  まり子はゆっくりと油紙をはがしながら、取り出した封筒の中には分厚い手紙が入っていた・・ そこにはしっかりとした文字で・・ 自分がもしもの時に、一人残される孫の事を思い、タカオの詳しい成育歴から両親の事、父親がもうすでに親権を放棄していることや、遺す財産、保険明細からその関係先、更に押印した遺言状まで入っている・・ そして最後には、どうか孫をよろしくお願いします・・ と、それは切実な懇願の文面が綴られていた・・ 「タカちゃん! これは親戚の叔父さんには見せなかったのね」「勿論だよ・・ だってボク全く信頼してなかったもん・・」 「マコは信頼してくれるのね・・」「勿論だよ」と ニコニコしている。

  まり子は次の日も、それら祖母の手紙など持って関係先を回り、夕方 タカ君を連れて友人の弁護士事務所を訪ねた・・ そこには連絡を受けた関係者も加わり、祖母の熱い思いが伝わり、遠い叔父との縁組解除、祖母のお金の返還訴訟から、転校などを含むいろんな手続きは順調に進んだ・・ そして最後に弁護士はこんなことをアドバイスして、まり子を驚かた・・ 「マコちゃん! これは二人はもとより関係者や裁判所の同意などもいるけど、改めて養子縁組もできるんだよ・・ 「え! ようしえんぐみ・・? 私とタカ君が・・?」

  最初、何のことか分からなかったまり子は、弁護士の説明に目をくりくりさせていた。 ところがまり子が横にいるタカオに目をやると、ニコニコしながら ウン ウン! とOKのVサインを出しながらうなずいているので、更にビックリしてしまった。  それはその何分かのやり取りで、二人の養子縁組の可能性が、あっという間に整ってしまったのだった。

  数日後、まり子はタカオとおばあちゃんがいる施設に向かった。  認知症患者の病棟は、丁度お昼ご飯時だったけれど、事前に事情を話してあったので、まり子はタカオとおばあちゃんの席の前に座り話し始めた。「おばあちゃん! 元気だった?」とのタカオの問いに・・ 「この人はだれ?」という顔で、孫の顔を見ている。 まり子は挨拶して自己紹介をすると、ゆっくりとタカオとの出会い、いきさつ、経過、そしてここ何日の出来事、更にその後の事情、そして思い切って養子縁組の話まで一気に話した。

  施設の人も横で話を聞いていてビックリした様子だったが、「よかった! よかったわ!」と、手をたたいてくれたが、おばあちゃんは相変わらず だれの話か? 何のことかな・・? と、全く反応はなかった。 まり子とタカオは、予想はしていても少し寂しかった。「おばあちゃん! また来るからね・・」と、言いながら二人はドアへ向かった・・

 するとその時! 介護の人が 「あ!」と声をあげたので振り返えると・・ あのおばあちゃんが ヨロ ヨロと立ち上がり、まり子とタカオに向かって、深々とお辞儀をしているではないか? 「まさか!?」まり子は涙でいっぱいになりながら、心を込めてお辞儀をした。 でも、おばあちゃんはすぐに座ると、またそれまでの無表情に戻ってしまっていた。

  箕面の森に夕陽がかかり、その木漏れ日が美しいシルエットを描いている頃、まり子とタカオは、いつもまり子が行くスーパーで夕食の買い物をしていた。 「今日は美味しいシチューを作ってあげるわ・・ 教えてあげるからね!」「ボク! あの美味い卵焼きも食べたいな・・ それにいつか、作り方教えてくれるって言ってたじゃない?」 「シチューと卵焼きか? 面白い組み合わせね  いいわよ! いっぱい教えてあげる けど、マコは厳しいから覚悟しとくのよ ハハ ハハハ 」

 そうだわ! 明日は久しぶりにあの才ヶ原池行って見ようか・・ ヤマザクラももう満開かもしれないし、お弁当をいっぱい作ってね」「じゃあ教えてもらいながらボクが作ってみる・・ 楽しみだな・・」  買い物袋を二人で下げながらスーパーの表へでた時だった・・ タカオがポツンと・・ 「ありがとう! ぼくのお母さんになってくれて・・!」「え!」 (まり子はもう涙でグシャグシャニなりながら・・・)「こちらこそありがとう・・ タカオ!」 

  家路に向かう二人の背後を、ひときわ美しい夕焼けが温かく照らしていた。 箕面の森に美しいウグイスの鳴き声が響き渡った・・・ 

 (完)


森で人生の一休み(1)

2020-04-06 | 第18話(森で人生の一休み)

 箕面の森の小さな物語(NO-18)

 <森で人生の一休み>(1)

 「辞令! 浜崎 啓介 4月1日より大阪業務センター 第4業務室勤務を命じる」

 3月下旬のこと、啓介は突然 箕面・船場にある本社の専務室に呼ばれた。 「何かあったのかな?」 当然、仕事上の指示かと思い専務室のドアをノックした。  入室するや否や突然に専務は激しい口調で啓介を罵り始めた。 

 「ちょっと待ってください! 一体何の話ですか?」 啓介の問いにも全く耳をかさず、一方的な叱責がしばらく続いた。  その内容は全くの濡れ衣で自分の担当外のこと、まして責任など論外の話だった。 「何かおかしい?」 考える暇もなく、専務は啓介に有無を言わせずおもむろにあの辞令が読み上げられたのだった。  

「何かの間違いだ? 夢か?」 それは事実上の退職勧奨追い出し部屋行きのことだった。 「まさか? なんでこのオレが? そんなバカなことがあってたまるか」 啓介は心の中で怒り、叫びながら、呆然と専務室をでた。

  啓介の勤務するレストランチャーン グッドスター社は同族会社で、創業者夫婦が会長、副会長、その長男がボンクラ社長、専務の娘婿が実質上の権限を持ち、次男が副社長、長女が常務、以下親族郎党が全ての役員を占めていたが、なぜか3男・三郎だけは冷遇されていて箕面業務センター勤務だった。  しかも いつも3男は役員らから叱責ばかりされて能無し扱いにされていたが、人一倍勉強熱心で謙虚、それに物腰も柔らかく誠実な人柄は、仕入先や社員から最も信頼されている不思議な存在だった。 啓介も15歳で入社した時から、時々声をかけられ気にかけてもらい、どれだけ励まされてきたか分からなかった。 それだけに専務室を呆然としながらでた啓介は、その事をその3男・三郎に相談しようと考えたが・・・やめた。  同族で実力者の専務の辞令をひっくり返す事など、到底不可能な事は分かっていた。

  啓介は47歳になった。  箕面の中学校をでてすぐに、この外食産業の会社に入った。 そしてこの企業内学校にて仕事を覚えながら、通信制の高卒資格を得ていた。 啓介ら企業内学校で育った若い力は、その後の高度成長にのって全国各地の現場責任者や店長として活躍していた。 そしてバブル景気にも支えられ、正社員1500人、店のパート、アルバイトを含めると9000人を越える大きな会社に成長していた。

 啓介の最初の勤務地は東京・六本木の東京研修センターに併設された地域一番店だった。 そこで食材の調達、調理、キッチンからホール、接客サービス、経理から店舗運営に至るまで、みっちり6年間働きながら学んだ。 そして22歳の春、渋谷に出来た新店の副店長となった。

  その頃の事だ・・ ある日、賑やかな女性4人連れのお客様が来店され、啓介が席をご案内したときだった。 「あれ! もしかして・・?」「あっ 貴方は・・」と双方ピンとくるものがあった。

  それは啓介が箕面の中学2年の時のことだった。 運動会で借り物競争があり、それは走ってランダムに紙切れをとり、そこに書かれている内容のものを借りてゴールを目指すというものだった。 「よーい ドン!」で啓介が取った紙には・・ (女性の手を借りてゴールすること・・)「まさか! 今日はオレのおかんは仕事で来てないし・・ どないしょ?」  ウロウロしていた時、目の前で友人らと笑い転げている女の子がいた。 この子なら頼めるかな? と思い、切羽詰って紙切れを見せて頼んだ。 「いいわよ!」と あっさり了解してくれ、手をつないで一緒にゴールした。  結果は2位だったが、それ以上に啓介は初めて女の子と手をつないで走ったことが嬉しくて恥ずかしくて顔を赤らめた。

  あれから箕面のCDショップで偶然出会って立ち話をしたけど、どうやら隣町の中1の子で、あの日 従兄弟の運動会に遊びに来ていたとのことだった。 あれ以来の二人の出会いだった。  彼女は友達らと東京デズニーランドへ遊びに来ての帰りとのこと。 すっかり美しい女性になり、啓介の心を一瞬にして捉えてしまった。 啓介はみんなが食事を終えた後で、その子とメールを交換し、お互いに偶然の再会を喜んだ。 

  それから半年後、二人は遠距離恋愛を実らせスピード結婚したのだ。 啓介22歳、新妻の明美21歳 若い二人の幸せの秋だった。 

 あれからもう25年が経ち、二人は今年銀婚式を迎えていた。 長男は23歳となり、長女22歳、次女も今年で20歳となり、各々が仕事をもち、家を離れ自立したばかりだった。 今年からは夫婦二人暮らし・・ 少し寂しいながらも昔に戻ったような気分で生活を始めたところだった。

  啓介は今まで自分の順調な仕事に誇りを持ち、自分の人生が豊かで幸せに満ちたものであることに満足していた。 それに今 取り組んでいるのは会社の次期主力店舗の業態開発であり、啓介が中心となってその大型企画を進めている最中だ。 「それなのになぜ? 何があったというのだ?」  あのリーマンショックや円高、株安、その他国内外の外的要因もあり、更には食の多様化、時代ニーズの変化、他業種からの参入などで既存の外食産業は厳しい経営に陥っているのは事実だ。  だからこそ我が社も起死回生を図らねば・・ と頑張ってやってきたのに・・ 啓介は半ば夢遊病者のようにフラつきながら家路についた。 しかし、妻には言えなかった。 自分でさえまだ信じられなかったからだが・・

  4月1日 啓介は重い足を引きづりながら、箕面・船場の業務センター第4業務室の戸を開けた。 そこにはすでに10数人の社員がいたが、かつて先輩が言っていたように全員がうつろな目をし、手持ち無沙汰な様子でウロウロとしていた。 「なぜオレがここにいるんだ・・ なぜなんだ・・?」 啓介は怒りと絶望感で呟き続けた。

  結局あれから二ヶ月足らずで啓介は会社を辞めざるを得なかった。 どう頑張ってみたところで、この部署で先を見通すことなど出来なかった。 「すぐに次の職場をみつけるさ~ それから妻に伝えても遅くはないし~」 啓介は自分にそう言い聞かせていた。

  7年前、40歳になった時に、啓介は箕面・彩都の新しい街に3LDKのマンションを買っていた。 初めて手にする自分と家族の城に満足していた。 しかし、まだローンの返済はこれからだ。 あの頃は、定年前には無理なく完済できる予定だったのに・・ 「まあ 何とかなるさ~」 半分は不安ながらも、まだこの時は気楽に考えていた。 

 啓介は退職した次の日から、毎日ハローワークに通った。 求人誌も手当たり次第に見ては履歴書を書き、次々と応募した。 しかし、60余件ほど応募したが、面接にこぎつけたのはうち3件だけ。 それも3件とも数分で「うちでは難しいですね」とか、「ちょっと無理かな」 そして「不採用・・」と言われた。 啓介は焦った・・ 腹も立った。 「このやりきれなさは何なんだろう?」

  それから二ヶ月ほど、同じような状態が繰り返された。 すぐに次の職を見つけるさ! との目論見はあえなく挫折し、余りにも厳しい現実の社会に打ちのめされた。 それまでのプライドはズタズタに引き裂かれてしまった。 「しかし・・ 何とかせねば・・」  毎朝、啓介は自分に鞭打ち、妻に見送られながら会社に行くふりをして定時に家を出ていた。

  啓介が倒れたのは、その一ヶ月後だった。  いつも通り二人で朝食後、出かける支度をして玄関に出た所で急に崩れるようにして倒れた。 明美がビックリして「すぐ救急車を・・」と言う言葉を制し 「ちょっと待ってくれ! 大丈夫だ! 少し休んだら出かける・・」と、ひとまずベットで横になった。

 明美は最近夫の状態がおかしいと感じていたが、「ちょっと今忙しいからだ! 大丈夫だから・・」 と言う夫の言葉を信じ、何かあればちゃんと話してくれるだろう・・ とわざと平然と日常生活を過ごしていたのだが・・ 「何か会社であったのかしら・・?」

 昼前、落ち着いたところで明美は嫌がる夫を連れ、近くの内科へ診てもらいに出かけた。  先生は症状、状態を診た後・・「すぐに今から紹介状を書きますから、別の先生に診てもらって下さい」言われた。 「えっ 一体何なんだろうか  何かおかしいわ?」 明美は少しふらつく啓介を車に乗せると、紹介された箕面市内の心療内科へ向かった。

 診察後、先生から・・ 「・・うつ病ですね  当面この薬を飲んで体を休ませてください  しばらく仕事は休まれて安静にして過ごしてください・・ 何か変化があったらすぐに知らせてください・・」 明美はうつ病という名前は知っていても、いつも他人事だった。 「まさか主人が・・ なぜなんだろう? 何があったの?」 帰宅しすぐに貰った薬を飲んでベットに入った啓介は、それから二日ニ晩眠り続けた。 心配になった明美は、途中何度か起こして水を飲ませたり、トイレに立たせたりしたものの、啓介は昏々と眠り続けた。

  三日目の朝、明美が起きる前に啓介はもう目を覚ましていた。 「ああ~ よお寝たな~ 腹へったわ・・」 啓介は妻の作る朝食を次々と食べながら、それまでの強固な防波堤が一気に崩れるかのように、たまり溜まった事実の山を妻へ話し始めた。  退職した事、ハローワークに通い応募した先から次々と断られた事、プライドも人間性も否定され辛かった事、あがいてもがいて苦しかった事、「もうオレはダメ人間や  社会では受け入れられないクズ人間なんや  もう生きる望みも無くなってしまった・・」 そして、何度かビルの屋上を見上げていたり、電車の踏み切りで佇んでいたりしたこと・・ などを素直に妻に話した。

  黙って全てを聞いていた明美は、涙をポロポロ流しながら静かに立ち上がると、座っている啓介をそっと抱きしめた。

(2) へつづく


森で人生の一休み(2)

2020-04-06 | 第18話(森で人生の一休み)

箕面の森の小さな物語 

 <森で人生の一休み>(2)

  明美は夫を静かに抱きしめながら二人で涙を流した。 「けいちゃん 辛かったのね・・ごめんね!  私 気がついてあげられなくてね  でももういいのよ  貴方の今までの仕事ぶりは私が一番良く知っているわ  子供たちもみんなしっかりと自立したじゃない・・ 私は幸せよ  みんな貴方のお陰なのよ 本当に感謝しているわ  だから今はゆっくり休んでね  これは神様からのきっと贈り物だわ  きっとうまくいくわよ  私はいつまでも貴方と一緒よ  いいわね さあ 笑って 笑って!  私ね けいちゃんの笑顔が大好きなのよ  昔、渋谷の店で貴方を見たとき、誰よりも素敵な笑顔で接客していたけいちゃんに一目ぼれしたんだからね・・ それに私ね 実はヘソクリ上手なのよ 貴方に黙ってたけどたっぷりあるの  だから一年や二年収入がなくても私ヘッチャラなのよ・・」 啓介はやっと笑いながら、もっと早く妻へ全てを話すべきだったと思った。

 「そうだわ 次の日曜日 子供たちも呼んで、昔2、3度行った箕面の滝へ一緒に出かけてみない?  森の中を歩くのも気持ちいいんじゃないかしら・・」 明美は人の力より、今 大自然の力が必要だと直感したからだった。  子供たちには電話で父親の失業とうつのこと、今の状況を詳しく正直に話し、それもあって・・ と 一緒に箕面の滝行きを誘った。  

 日曜日の朝、三人の子供たちはそれぞれ少し心配顔をしながら集まってきた。  しかし、表面はみんな明るくし20数年ぶりに家族5人揃って箕面駅前向かった。 啓介は全く気が進まなかったが、妻や子供たちに心配かけたことと、今まで仕事ばかりで家族みんなが揃って遊びに行くことなど無かったので渋々ながら腰をあげていた。

  真夏の太陽が照りつける暑い日だが、瀧道から一歩森の木陰に入ると予想外に涼しかった。  賑やかなセミの大合唱に負けじと大声で喋り、カジカ蛙の鳴き声をみんなで真似てみたり、つるしま橋から箕面川に下り、裸足になって川遊びをしたり、緑の森の中で明美が作ったお弁当を広げ、昔話に花を咲かせたりした。  丁度、瀧安寺前広場では「箕面の森の音楽会」が開かれていて、みんなで手拍子をしながら音楽を楽しんだ。 

 夕暮れになると、箕面川渓流に飛び交うホタル を追ったりして一日 家族五人が楽しい一時を過ごした。 「今日 来てよかったね お父さんの笑顔を久しぶりに見たわ」  家族が一つになれたような心地よさをみんなが感じていた。 そして啓介と明美の新しい二人の人生がスタートした。

  啓介は家族揃って歩いた瀧道の光景を思い出しながら、少なからず感動を覚えていた。 箕面の山や森を一人で歩いてみたいな~」 その気持ちを明美に素直に伝えた。 「それはいいわね  私美味しいお弁当を作ってあげるわ  貴方の好きなコーヒーもポットに入れてあげるわ・・」

  数日後、啓介は明美が渡してくれたランチボックスを手に、初めて箕面の山への一人歩きに出かけた。  本当は明美も心配で一緒について行きたかったけど、事前に相談した心療内科の医師からは・・ 「それはいいことですよ 大自然に接する事は大切です うつの改善に効果的との臨床結果もちゃんとでていますから、ぜひどんどん行かせてあげて下さい・・」と言われていた。  それでも心配は尽きなかった 「一人で大丈夫かしら?」

  啓介は明美に箕面・外院の交差点まで車で送ってもらった。  事前に明美は箕面の山をよく歩いている友達から、山の地図とコースを教えてもらっていたので助かった。

  啓介が歩いて外院の山里に入ると、すぐにのどかな田園風景が広がっていた。 なぜか初めての山歩きなのに、今までに無いワクワク感を覚えていた。 もう何十年とこんな穏やかな風景を見たことがなかった・・ と言うより仕事、仕事で心も目も見て見えなかったのだろう。

  水田には青々とした稲が育ち、畑では家庭菜園のご夫婦連れが野菜の手入れをしている・・ ナス、キュウリ、カボチャ、トマト、トウモロコシ・・ いろんな作物が夏の太陽をいっぱいに浴び、元気に育っている。 生き生きとしたその実りに啓介は目を輝かせ、しばし佇みながらそんな懐かしい田園風景を楽しんだ。 「みんな 生きているんだな・・」

  外院の山里から細い山道に入った。 すぐに穏やかな登りが続く・・ 体力がないのか? すぐに息切れる。 しかし、その都度一休みしながら深呼吸して見上げると、今まで見たことのないような深い緑豊かな森が広がっている・・ そこに一筋の木漏れ日が差込み幻想的な光景が生まれ、野鳥が飛び交いさえずっている。  風が吹くと枝が揺れ、葉が舞い、まるで森が自分を歓迎してくれているかのような感動を覚える。  啓介は一歩一歩山道を踏みしめながら、大自然の営みに感動しつつ、なぜか涙が零れ落ちた。

  やがて丸太を組み合わせた素朴なベンチが見えてきたので一休みにした。 汗いっぱいの額をタオルで拭いながら・・ 「この爽快感はなんなんだ?」と、初めて歩く森の風景に感動していた。  水を飲みながら足元を見ると、子供の頃に図鑑で見たような昆虫がノシノシという感じで歩いている。 目の前を黒い大きなアゲハ蝶が飛んでいった・・ 前方の松の枯れ木のてっぺんから姿は見えないが ホーホーケキョ~ と鶯の鳴き声が森に響いた・・ すごい声量に感激する。 横にはピンクの見慣れない花が風に揺れている・・ 「きれいだな~」

  ボンヤリと遠くを眺めていると・・ 何か先で動くものが・・? 「あっ あれはモノレールでは?」  いつも啓介が彩都の駅から千里中央駅まで通勤で乗っていた電車が走っているのが見える・・ 「と 言うことは、この左方が自宅マンションか?」 啓介は自分の位置関係を知り、住む家の窓からいつも見ていた山を今自分が歩いている事に感激していた。

 彩都は10数年前に街開きした新しい街で、箕面市と茨木市にまたがる743ha、予定人口5万人、大阪大学・箕面キャンパスや粟生間谷住宅地に隣接し、住宅以外に生命科学、医療、製薬などの研究施設と関連企業も進出している国際文化公園都市だ。)

  啓介はゆっくり腰をあげ再び山道を登った。 やがて二ヶ所目の丸太ベンチが見えてきたのでお昼にした。 啓介は妻が朝作ってくれたランチボックスを広げた。 「ピクニックに来たみたいだ・・ ハラ減ったな! おっ 美味そうだ」 好物の卵焼きとサツマイモ、マメなどと可愛いおにぎりが4個入っている。 啓介にとってこんな空気のいい森の中で、しかも自然の感動や感激を味わった後での食事は最高に心癒された。

  しばらくすると食べている頭上で急に鳥がさえずり始めた。 ツーツーピー ツーツーピー 啓介は生まれて初めて身近で聞く野鳥の鳴き声に聞き入った。 「いいもんだな~ そうだ!」 食べていた芋の端切れを手のひらに載せて上に掲げてみた・・ すると何と! 二羽の野鳥がやってきてその一羽が啓介の手に乗りその芋を口にくわえて飛び立った・・ 「あっ 落とした」 それを拾ってまた手のひらに乗せているとまたやってきて親指にとまった・・ 「すごい すごい!」 啓介は親指に野鳥の足のつめを感じながら、その感激にうろたえた。 次は上手く口にくわえ森に飛んでいった・・ その後をもう一羽が飛んでいった。 「あれは恋人かな? 夫婦かな?」 今頃二羽で仲良くあの芋をついばんでいると思うと笑みがこぼれた。 「こんなフレンドリーな野鳥に出会えるなんて・・」 啓介はしばし自然の営みに感動し動けなかった。 (家に帰って子供の図鑑で調べてみたらそれは ヤマガラ だった)

  我に返りランチボックスを片付けていると、下からメッセージカードが出てきた・・ 妻からだ・・ 「けいちゃん 何十年ぶりかで貴方にラヴレターを書きます。 少し恥ずかしいわね。 でも私が貴方をずっと愛していること、子供達も貴方が大好きな事を伝えたかったの・・ 貴方が仕事をしなくとも、何もしなくても、どんな格好でいようとも、貴方がいてくれるだけで、私も子供達も幸せなのよ。 そして家族はみんな希望を持って生活できるの。 貴方は一人じゃないのよ。 3本の矢の話があるじゃない・・ 一本では折れてしまうけど、私たちには5本の矢があるのよ。 絶対に束ねたら折れることはないわ。 だから安心してゆっくりと山歩きを楽しんでね。 そんな貴方を見ているだけで、私は幸せなのよ。 いつまでも愛しているわ・・・ 明美」 啓介の目から涙があふれ止まらなかった。

 その日 帰宅した啓介は、照れながらも妻のラヴレターが嬉しかった事を素直に伝え感謝すると、一日森の中であった出来事を一気に話し続けた。 「けいちゃんの目が生き生きしているわ これなら大丈夫だわ・・・」 明美は心底安堵した。

  やがて啓介は息子や娘が買ってくれた山歩き用の靴、ウエアー、ストックにリュック、万歩計などを身に着け、毎日のように箕面の山々出かけていった。 明美はその都度、あの心療内科の先生にその日の状況を連絡し、相談していたが、先生は・・ 「~どんどん行かせてあげてください。 自然の力は人間の知識や知恵など人知をはるかに超えた最高の治癒力をもっています。 薬などと違い副作用もなく安心ですからね・・」 と応援してくれた。

  啓介のお気に入りは、箕面の山々から大パノラマの広がる大阪平野を眺めながら、妻の作ってくれたランチボックスを開くことだった。  特に教学の森の<わくわく展望所>やその少し上の<あおぞら展望所>は、その名の通り、木を切り開いただけの何もない所だが、ここからの180度見渡せる眺望はすごかった。  お天気のいい日には、西は神戸、西宮、その先の淡路島、四国の島影も見える。 大阪湾の波間に大型タンカーの姿が見えるし、その先の関空島、その先の和歌山の方までも見えるのだ。 南には林立する大都市・大阪の高層ビル群がみえ、東にかけては奈良の山々、金剛山、生駒山 そして京都の山並みまで一望できる。

  啓介の生まれ育った箕面の家、学校、遊んだところ、勤めた会社、関係した店舗や仕事先、それに妻と出会った中学校の校庭から家族との思い出の場所なども上からみえる・・ すぐ先にみえる大阪国際空港の滑走路から一機の大型旅客機が飛び立っていった。

  ここから下を眺めていると、自分の過ごした人生の大半の場所を見下ろすことができ、走馬灯のようにその一つ一つがよみがえってくる。 天上からみれば、こんな小さな狭い街であくせくしながら悩み、苦しんできたのか~ と最近の自分を省みていた。

  ランチボックスにはいつも妻・明美からの温かいラブレターが入っていて、啓介はそれを涙を流しながら読んだ。  そして、いつしか心の底からじわじわと湧き出る活力を感じていた。 こうして啓介は、箕面の山々を歩きながら妻に励まされ、大自然からの感動や感激を味わい、いろいろと人生のパラダイムの転換を体験し、心身ともに元気を取り戻していった。

  季節はいつしか夏から秋、そして初冬に移っていた。  啓介はこの半年ほどの山歩きですっかり顔つきが変わり、健康的で柔和、穏やかな顔に変わっていた。 話し方も、いつもせわしなかったがゆっくりと、力強い自信のある話し方に変わっていた。 行動もバタバタとした動きから、いつしか静かで落ち着きのある動きへと変わっていた。 あの切迫感、威圧感、焦燥感といったものや、油ギラギラの闘争心も消えていた。

  明美は久しぶりに啓介を連れ、あの心療内科を訪ねた。 「この分なら余り無理をしない程度に、ゆっくりと求職活動を再開されても問題ないでしょう・・ それにしてもすごいですね」 と医師はその短期間での変わりように驚いていた。 啓介は半年ぶりにハローワークを訪れた。

(3)へつづく


森で人生の一休み(3)

2020-04-06 | 第18話(森で人生の一休み)

箕面の森の小さな物語

 <森で人生の一休み>(3)

  半年ぶりにハローワークを訪れた啓介は、それから一ヶ月ほどの間に3社の紹介を受け、面接に望んだ。

  AP社では、200人以上の応募者があり、午前中のペーパーテストで70人に絞られた。 それは英語や数学、理科系の問題から一般常識など幅広く、啓介は習った事も聞いた事もない言葉や問題に戸惑った。 しかし、それでも何とか70番目のどん尻で一次試験をパスした。 

 昼からの試験は論文形式だった。 「自分が今最も熱中している事は何か? その意義と問題点について述べよ」 啓介は迷うことなく、この半年間過ごしてきた箕面の山歩きと、自然から受けた感動や感激、それにより自分の人生観が変わった事、それをこれからの実生活で活かしていくことの意義や問題点について、2時間の制限時間以内に存分に書き綴った。

  3日後、電話で「2次試験にパスしたので、次の役員面接に・・」との通知があった。

  当日、AP社の会議室に座ったのは、二次試験にパスしたという7人だけで啓介は少しビックリした。 居並ぶ面接役員の前で、社長から啓介に言われたのは・・ 「仕事以外のことで、これだけ理路整然と自分の気持ちを素直に書いたのは貴方一人でした とても意欲的で感動的でした 全員の心に響くものがありました」 と、笑いながらのコメントがあった。

  啓介の応募したAP社は、今まで自分の働いてきた会社とは縁のないIT関連だったが、その豊富な資金力を使い経営の多角化を図り、外食産業への進出を考えているからとのことで応募したのだった。

  二次面接は仕事に対する姿勢、専門職の世界観など多岐にわたった。 しかし啓介はあの時の経験が役に立った。 それはグッドスター社に入社して10年目に、アメリカのコーネル大学で開かれた外食産業の研修プログラムに会社から派遣され、半年間デンバーで過ごした事があった。 この大学には日本にないホテル・レストラン学部があり、世界中から若い人たちが研修に訪れていた。 啓介は主に外食産業の新業態開発を勉強し、時間を見つけてはアメリカの急成長店舗を巡り、自分なりの研究もしていた。 だからこそ、本社で今までの国内店舗での経験を携え、新たな使命感をもって、会社の新事業企画に全力をそそいでいたのに・・ それなのに。  でも、もうそんな悔しさも徐々に薄らいでいたが、この面接に活かす事ができた。

  役員面接が終わった翌日、AP社から「採用内定」の連絡があった。 実はこの日、他のB社、C社からも内定通知があり、啓介は妻と共に手を取り合って喜んだ。 そして啓介は妻と相談し、あの社長コメントが嬉しかった事と、何かピンとくるものがあってAP社にお世話になる事を決めた。  ほんの半年前、あの暑い日に汗だくで何十社も訪問し、連日不採用通知を受け取り、もう生きていくのさえ嫌になり、息たえだえになっていたあの日々を思うと、夢のような隔世の感があった。

  啓介はAP社に正式に採用され、本社・新規事業開発部門で外食事業担当となった。 直属の上司は社長だった。 自分より若い社長だが、即断即決型で次々と新企画を軌道に乗せていった。

  そして一年後、ある案件が入ってきた。  会議室でその名前を聞いて啓介は驚きのあまりのけぞった。 かつて自分が30年間働いてきたグッドスター社だった。 社長はM&Aを実施し、買収するかどうかの検討チームに啓介を加えた。

  次の週、AP社の社長と検討チームはグッドスター社を初めて訪問した。 啓介にとって、2年ぶりに訪れる本社ビルは懐かしくもあり、複雑な思いにかられた。 案内された社長応接室に入るのは初めてだった。

  グッドスター社は巨額の債務超過に陥り、もはや銀行からも見放され、外部からの資金導入以外に生き残る道はなかった。 グットスター社全役員12名が居並ぶ中、AP社側4名が対峙した。 名刺交換をしたとき、2年ぶりに会うあの専務は「まさか お前!?」と啓介を睨みつけた。

  交渉が始まった。 先ずグッドスター社を代表し専務から、いかにこの会社が素晴らしい会社かと延々と説明があった後、身勝手極まりない条件を提示してきた。 

 AP社の事前資料にはグッドスター社が傾いた原因の一つに、新規事業の大失敗があった。 当時 啓介が担当していた業態開発部門の後任に、業界では名の知れた他社の大物を破格の高給でスカウトし就けていた。 あの専務が啓介を突然 理不尽な理由をつけて退社に追い込んだ事情がそれで分かった。 しかし、そのスカウトした大物は次々と失敗を繰り返し、巨額の損失を出していた。 そしてそれは専務の仕組んだ新規事業計画が大失敗に終わった結末だった。

  初交渉から日を重ね、4回目のM&A交渉の前だった。 事前に啓介は社長から・・ 「グッドスター社のいろんな問題点を精査し、思い切った経営改善策を作成するように・・ 全責任は私が負うから、それを次の交渉で具体的に示すように・・」との指示を受けた。

  啓介は中学校をでて15歳で入社し、45歳で退職するまで30年間下積みを重ね、裏の裏まで知り尽くした前会社の経営体質、同族人事、システム上の欠陥、仕入体制、店舗サービス、人材の育成など156もの改善策を詳細にまとめ上げた。 

  当日、啓介は居並ぶ12人のグッドスター社経営陣を前に、一つ一つを詳細に説明し、問題点を鋭く指摘し、大胆な改善策を次々と提示した。 それらの事柄全てが的確な指摘であり、全役員がグーの根もでなかった。 そして最後に啓介は強い口調で付け加えた。 役員ではないがあの三郎氏(3男)を残し、「同族役職員の引退、経営陣全員の退陣を求める」とし、経営の抜本的刷新を求めた。

 最後のその言葉を聞いた経営陣全員が青ざめた。「まさか そこまで・・」 特に専務は真っ赤な顔をし、大声で怒りをあらわにした。 喧々諤々の怒り声があがり、その撤回要求があがった。 しばらくしてAP社の社長が静かに立ち上がった。 「ただ今弊社の浜崎啓介が述べ伝えた事を100% 受け入れられない限り、当社は本日を持って貴社とのM&A交渉を打ち切ります」と告げた。 ここで交渉を打ち切られるとグッドスター社の倒産は必至だ。 更に全役員は株主から個人的にも損害賠償請求で告訴される可能性が高い。 そうすれば大きな借金まで個人的に背負わねばならなくなるのだ。

  一週間後、AP社がクッドスター社に示した条件はそのまま100%受諾され、М&Aが正式に成立した。 しかも、当初 AP社が用意していた買収額の三分の一の額で買収が完了したのだった。

  啓介はその後、AP社の外食事業部門の責任者となり、買収したグッドスター社を含め、子会社化した数社の社長を兼務する事になった。 「グッドスター社の実務は副社長に就けたあの三郎氏に任せておけば大丈夫だ、社員や取引先からも絶大に信頼されているからな・・」

  日曜日・・ あの教学の森の<あおぞら展望所>には、啓介と明美の姿があった。  二人並んで座り、目の前に広がる大阪平野を眺めていた。  恵子が朝作ったランチボックスを広げると・・ 「これは美味そうだな・・」 啓介は早速好物の玉子焼きとサツマイモを両手につまみ口に運んだ。

 明美は啓介の肩に頭をのせ、遠くにキラキラ輝く大阪湾を眺めながら・・ 「また私 けいちゃんにラヴレター書こうかしら? それとももういらない?」 と笑いながら啓介の顔を見た。

 頭上を二羽のヤマガラが仲良く飛んでいった。

(完)


箕面の森のおもろい宴(1)

2020-03-24 | 第17話(箕面の森のおもろい宴)

 箕面の森の小さな物語(NO-17) 

<箕面の森のおもろい宴>(1)

 たけしが六箇山に着いたのは、気持ちのいいそよ風が吹く春の昼下がりのことだった。

 ヤマザクラやエドヒガン、コバノミツバツツジなどの花が咲き始め、箕面の山々も美しく化粧をし始めている・・

  午前中 箕面 新稲(にいな)から<教学の森>に入ったたけしは西尾根道を登り「海の見える丘」の前からヤブコギをしながら道なき道を下り<石澄の滝>を目指した。  昼なお暗い森の中にはイノシシやテン、シカなどの動物の足跡が随所に見て取れ、イノシシのヌタバもあった。 夜遅くまで昔の映画を見ていたので少し眠かったのに、五感パッチリ緊張気味にそんな森を通り抜けた。

  やっとの思いで石澄川の岩場に着いたが、ここは箕面市と池田市の境界を流れる小さな川で、さらに大小の岩場を北へ上り下りして滝壷の下についた。 前日の大雨の影響からか、馬の尾のように長細い滝がいつになく激しい水量で流れ落ちていて、たけしはその豪快な景観を一人堪能した。

  岩場でリュックを下ろし、ゆっくりとそんな景観を楽しみながら昼食の握り飯を食べ終えると、たけしはあえて近道を選び、横の急な崖道を山肌にへばりつくようにして登った。 今日はまだ一人のハイカーとも出会っていなかった。 「若い頃と違ってもうここを登るのはきついな・・ それに、もしここで滑落したら当分誰の目にもつかなくてお陀仏だな・・?  もう無理はできないな・・」  たけしは荒い呼吸をしながら、還暦もとうに過ぎたのに・・ まだ自分には体力がある大丈夫だ・・ と過信し、自負している自分を恥じた。

  やっと着いた六箇山頂には誰一人いなかった。 ここは箕面市西部に位置する低山だが、その昔はマツタケ山と知られていたとか・・ 正式には法恩寺松尾山と言う。  たけしは南西に広がる大阪湾方向を遠望しながら、太陽に反射してキラキラと輝く春の海をしばし眺めていた。 その手前には伊丹の大阪国際空港の滑走路が見え、丁度 一機の中型機が北の空へ飛び立っていくところだ。

  リュックを枕にして横になると、頭上をキセキレイやコルリ、コゲラやサンショウクイなど野鳥が飛び交い、木漏れ日の差し込む山頂の森の中でたけしはウトウトとまどろみ始めた。  「エ エ 気持ちやな~ ひねもすのたり のたりかな~ か」 ゆりかごに揺られているような心地いい春のそよ風に、身も心もうっとりと吸い込まれていった。

  「オ~イ みんな! 今日は年一回の森のパーテーやで! ようさん集まってておもろいしな、それに美味い酒も、美味い料理もなんぼでもあるさかいな・・ 最高やで!」 「オレも行くわ!」 「オレも連れてってや!」 「ボクも行く!」 「お前も行くやろ!?  オイ オイ  たけしも行くんやろ!」 「何? オレのこと!?」  たけしは自分が誰かに呼ばれていてビックリし顔を上げた・・ 見れば目の前で数匹のサルが話している。 たけしが再びビックリして起き上がり、ふっと自分の両手両足を見ると毛もくじゃらでまるで自分がサルの姿の様子に、思わず叫び声をあげそうになって周りを見回した。

  「何や こりゃ? ここはどこなんや?」 たけしが余りの変化にキョロキョロしていると・・ 「オイたけし! なにキョロキョロしとんねん 早よう行くで!」 たけしはサルに自分の名前を呼ばれて更に目を白黒させた。 たけしは前夜遅くまで見ていた昔の映画 「猿の惑星」 を思い出しながら、もしかしたら前世紀へタイムスリップでもしたのかな? と頭をひねった。  「いつからオレはサルになったんや? 今はいつの時代なんや?」 しかし、考える暇もなく仲間? に急かされ、たけしはみんなの後ろについていった。

 六箇山裏山から箕面ゴルフ倶楽部コース脇を通り抜け北へ走った。 初めての四足で走る自分の姿が不思議でならなかった。  やがて大ケヤキ前から三国峠、箕面山を西に下り <箕面大瀧> 前に着いた。 ここまでの山道は、たけしがいつも歩き慣れている山道だった。

  もうすっかりと夜が更け、森の中は真っ暗闇だったが 箕面大瀧だけは大きな篝火がいくつも焚かれ、周辺には多くの行灯が置かれ、ひときは明るく輝き浮かび上がっていた。 よく見ると多くの人たちがあちこちに輪になったりして座り、酒盛りが始まっているようだ。 見ればその周りに沢山の美味そうなご馳走と酒類が山のように並んでいる。   たけしは仲間のサル達と大瀧前の休憩所の屋根に陣取り、そんな光景を上から眺めていた。 やがて猿の仲間たち? が次々と下から沢山の美味そうなご馳走と酒を持ってきて屋根の上でも宴会が始まった。

 落差33mの箕面大瀧はいつになく ドド ドド ドドドド・・ 激しいしい水しぶきをあげながら豪快に流れ落ちている。 その大瀧前には舞台が作られ横断幕が掲げられていた。

 そこには「第11874回 箕面の森ゆかりのおもろい宴とあった。

 「年一回の森のパーテーとはこの事だったのか・・ という事は~ 11874回とはもう1万年前から・・?  ウソやろ!」 たけしはそう首を傾げながらも、早速仲間が置いてくれた美味い酒を口に運んだ。 月明かりが差し込み、ひときわ明るくなった深夜の森に突然大きな太鼓の音が鳴り響いた・・

 ドン ドン ドンドン  ドドドドド  ドン!

 そして司会者らしき小さな女性が大きな声を張り上げた。

 「みなさん! お待ちどうさん! 今年はワテの当番だんねん・・ まあ最後までよろしゅう頼んますわ  ほな今年もそろそろ始めまひょか まず乾杯でんな・・ そこの信長はん! あんた乾杯の音頭頼んまっさ よろしゅうに!」

 たけしはそのコテコテの特徴ある大阪弁に・・ どっかで聞いた事があるな~? と思っていたが、すぐに思い出して仲間にささやいた・・ 「あの司会者な ミヤコ蝶々はんやで・・ ほれ 長いこと上方漫才や喜劇界を引っ張ってきた名女優や  懐かしいな・・ 当時ラジオやTVで 「夫婦善哉」なんかほんまおもろかったよな・・ 大阪・中座で連続23年間も座長公演しはったしな・・ なにせ7歳で父親が旅回りの一座を結成しはって、その娘座長として全国どさまわりしはった苦労人やで・・ 生粋の江戸っ子やがな、浪速が育てた芸人やな・・ 箕面の桜ヶ丘の自宅は今 「ミヤコ蝶々記念館」になってんねんけどな  オレは ようウオーキングでその前通るけどな・・  オイ オイ お前ら聞いてんのかいな?」隣の仲間サルたちはみんな知らん顔をして酒を飲んでいた。

 やがて信長はんが立ち上がった。「乾杯!」低く太いよく通ったその大きな一言には何かすごい威厳があった。 「信長? まさかあの 織田信長はんかいな?」 たけしはビックリして見直した。

 「あんた! この箕面大瀧へ来はったんわ いつのこっちゃいな?」 司会の蝶々はんが尋ねた。 「拙者がここへ来たのは、あれは天正7年の3月30日じゃったな・・ 鷹狩りの途中にここへ立ち寄った。 あの頃は伊丹の有岡城城主荒木 村重を成敗する戦の最中じゃったな  あの頃はこの北摂の山々で何度も軍事訓練をし、鷹狩りもしておったからな・・」

 「あんさんはあの頃、みんなからよう恐れられておったような?」 司会者の突っ込みに信長はんは頭をかきながら座った。

 「そう言うたらそこで豪快に酒飲んではる豪族のご一同は みんな箕面に縁がある人でっか? 源 義経はんは、今の箕面・石丸あたりに所領持ってはったんやな  梶原 景時はんと 熊谷 直実はんは奉行として勝尾寺の再建を計りはったしな  赤松 則村はんは 「箕面・瀬川合戦」で勝ちはったし、新田 義貞はんと 足利 尊氏はんは 「豊島河原合戦」で各々この箕面で勝利したと 「太平記」にありまんな・・」 各々が頷いている。

 「そんでそこにいる 楠木 正成はんは箕面・小野原で賞味しはったという名水 「楠水龍王」の祠が祀ってまんな、そんでそこで大酒飲んではる弁慶はんは・・ あんた一の谷の源平合戦に向かうとき箕面・瀬川鏡水に自分の姿を水面に映して戦況を占ったらしいな・・」 弁慶が酔顔で頷いている。

 「ところで 信長はん・・ あれれ もうイビキかいて寝てはるわ・・ いま始まったとこなんやで・・ ほんまに・・」

 森のおもろい宴はまだ始まったばかりだ・・

(2)へ続く


箕面の森のおもろい宴(2)

2020-03-24 | 第17話(箕面の森のおもろい宴)

箕面の森の小さな物語 

 <箕面の森のおもろい宴>(2)

  宴は始まったばかりだった。 司会の蝶々さんが次にたずねた・・

「ところでそこの 松尾 芭蕉はん あんたはいつ箕面へきはったんや」「私は貞亨4年の4月22日に勝尾寺さんを訪ね、その時ですね  そう言えばその4年後だったか、私と門人のこの 岡田 千川江戸で詠んだ連句があるんです 

    箕面の滝や玉をひるらん  (芭蕉)  

    箕面の滝のくもる山峰   (千川)  とね。 

「さすが上手いこと表現しはるわ  やっぱり芭蕉はんでんな」

 「俳句言うたらそこに座ってる 種田 山頭火はん あんたは相当日本中を放浪しはりましたな  ほんで箕面にはいつ?」 「ハイ! わたしが箕面に来たのは昭和11年の3月8日でして箕面の駅近くの西江寺さんで開かれた句会です  一人だけ法衣姿で寒かったです その境内には今・・ 

 <みんな洋服で私一人が法衣で雪がふるふる (山頭火)> と石碑が残っております  句評は愉快だったし酒もご馳走も美味しく、雪は美しく、友情も温かかったです」 「あんさんは酒さえあればご機嫌さんでんな  そうでっしゃろ」 山頭火は丸いメガネの坊主頭をかいている。

 「俳句言うたら箕面はようさんいて、今日はぎょうさん俳人はんらも来てくれてまっせ・・ ええ~っと そこの 野村 泊月はんは瀧道に、後藤 夜半はんはこの大瀧前に句碑がありまんな・・ そんでそこの 水原 秋桜子はんと山口 誓子はんのは勝尾寺に、阿波野 青敏はんのは箕面牧落八幡神社各々ええ句碑が立ってまんな・・ みなさん虚子門下でホトトギスの同人はんでしたな・・ それに え~っと そこには箕面山の風物を愛し、箕面賞楓稿残しはった儒学者の田中 絹江はんもいはるし・・ それにああ 赤穂浪士の大高 源五はんに箕面萱野の 萱野 三平はんも一緒だっか・・ そう言うたらあんさんらも俳人で仲よかったんでしたな・・ しやけど大高はんら赤穂浪士のあの討ち入りの話は後で聞かせてんか・・ 」

 たけしが隣のサル仲間に口をはさんだ・・ (たけしはもうすっかり猿の仲間になっていた)

「あのなー 西国街道沿いの萱野に今 萱野三平旧邸とけい泉亭があるねんな 大阪府の史跡指定やけど、三平はんは赤穂浪士四十八番目の義士と言われてな 「忠」と「孝」 の狭間で苦しんで自害しはったんやが俳人としても江戸俳壇で高い評価を受けたんや・・ オイ! 聞いいてんのか? アホらし」 仲間サル達は知らん顔をして相変わらず酒を飲んでいる。

蝶々さんが続ける・・ 「ついで言うたら何なんやけど・・ この大瀧脇の大きな石碑には あそこで飲んでる 頼 山陽はんの漢詩が残されておりまんねんワテ 難しゅうてよう詠めまへんが・・ え~っと水しぶきが輝いて秋の大瀧まえに風が吹いて ほんで紅葉の葉が舞ってるちゅう様子らしいでんな? ちょっと頼はん そうでっか?」

 「まあ そんなところですが、私が箕面大瀧へ来たのはあれは・・ 文政12年の11月19日のことです  紅葉の真っ盛りでこの田能村 竹田   後藤 松蔭らと一緒で・・ それにこの母も一緒でその美しい情景に母も喜んでくれました」 「それは親孝行しはりましたな・・ ここが「孝行の滝」と言われる所以でんな・・ そうや! 孝行いうたらそこの 野口 英世はん あんさんはいつ箕面へ来はったんでっか?」 「あれは私がアメリカから帰国した頃で 大正4年の10月10日でした  母を連れてあの瀧道の料亭「琴の家」でお世話になりました  今、その前の山中に私の銅像が建てられ、それに千円札に肖像が印刷されたりしてちょっと恥ずかしいですわ  でもこの箕面の滝の思い出をこの母はずっと大切にしてくれました・・」

 「みんなその帰りにここの瀧安寺はんにお参りしはったんやな~ ワテは瀧安寺はん言うたら日本で最初に富くじ作りはった言うからな そんで宝くじ当たるように手を合わしてましたな・・ ハハハハ」

 「それはそうと ワテがまだ若うてベッピンさんやったころや・・」「今でもきれいやで!」  と後方から声がかかる・・ 「おおきに! この瀧道に駅前から大瀧まで観光客をのせた馬車が走ってましたな・・ よろしおましたな  それがこの狭い道を後ろからチリン チリン と鈴ならしながら走ってくると山裾にへばりつくようにして避けたもんですわ  そんな時に限ってあの大きな馬が尻の尾を持ち上げてドカッと馬糞を出しまんねんな  かないまへんな ああ すんまへん! みんな美味いもん食べてはるのに台無しや ハハハハハハハハ」

 「さて 次は・・ 今日はいつになくようさんのなじみの人が集まってくれはりましたな  おおきに! 美味い酒も料理もたっぷりとありますさかいな  あがっとくれやす ところで酒も飲まんとニコニコしてはるそこのお坊さんは・・? ああ 法然上人はんかいな?」 「はい! 今、皆さんのお話を楽しく聞いてました。 あそこに座ってらっしゃる御方は北朝第2代の光明天皇で、話を聞くと実はここの勝尾寺で崩御されたらしいですわ・・ あの光明院谷にある七重塔は実は 光明天皇陵らしいですよ」 「そうでっか それにあの勝尾寺創建しはった光仁天皇の皇子の開成皇子さんのお墓・・ 今も東海自然歩道沿い最勝ケ峰にあるけど、宮内庁云々の文字がありまんな・・ その辺の事 後で聞いてみまっさ!

 ところであんさんはいつ箕面へ・・?」 「私ですか 私は浄土宗を開祖したと言うものの後鳥羽上皇の怒りかって四国に流罪となりました  しかし、建永2年12月に罪を許され京に戻る前に4年間 この勝尾寺境内の二階堂で修行をしました  だからこの箕面はよく知っていますよ」

  屋根の上に座ってたけしは仲間サルにまた解説を始めていた。 「オレの知る限り、12世紀後半に後白河法皇によって編まれた今様歌集の <梁塵秘抄> にな 人里離れた深山で修行す 修験者、聖ひじりが修行した多くの山々が詠まれてるけど~ 箕面よ ~勝尾よ と詠まれてるから、中世からこの箕面の山々は物見遊山や観光地でなく、俗人が容易に入れない森厳しな山中異界だったらしいぞ・・」 相変わらず仲間サル達は知らん顔をしている。

  すると下のほうでは一人の男が立ち上がって蝶々はんと話している。 するとしばらくして蝶々はんが・・ 「は~い! みんな大いに盛り上がってまっけど ここでカルピスなんぞどうでっか? あんまり酒ばっか飲んでるとワテの相方やったそこの雄さんみたいに体悪うなりまっせ!」「じゃかましいわい!」 南都 雄二が笑いながら返している。

 「そやさかいな ちょっとここで発酵乳でも飲んで胃なんぞ休めなはれや 三島 海雲はん ちょっとみんなに配っとくなはれ・・」 「はいはい 私はこの箕面の稲に生まれましてな  明治35年に修行の為中国に渡りましてな  モンゴルの遊牧民が飲んでた発酵乳からヒントを得て造ったのがこの <カルピス> 言います  下界では 初恋の味 とか言うて、よう飲んでもろてます  健康第一! さあみなさん どうぞ どうぞ・・」

  みんながそんな一時の間をおいているいる時だった。  突然 大瀧前の舞台が明るくなった。篝火が一段と炎をあげて燃え盛り、周りは一気に明るくなった  ドドドドド  ドド  ドド~ン 

大きな太鼓の音が森に響き渡り、派手な衣装を着た芸人が舞台に出てきて挨拶を始めた。 

 「・・これはこれは箕面にゆかりのある人たちが今宵は沢山お集まり頂きました  われらはここ摂津の箕面村の真ん中を貫く西国街道を通り、東は東海道、西は山陽道へと旅する芸人でございます  この脇往還は江戸への大名行列から牛、馬に引かれた荷車に至るまでせわしなく往来しております  中には遊行者、巡礼者、虚無僧、六部、山伏、行商人、渡職人、香具師や私らのような旅芸人も通ります  村の四つ辻なんかで繰り広げられるいろんな大道芸人から小猿をつれた猿回し、肩にかけた小さな箱で人形を遣う夷舞わし、どさ回りの芝居一座やサーカスなんかの一座もです  今宵はそんな旅芸人がいつも箕面村を通り、お世話になってきたお礼を兼ねまして演じますので どうぞ ごゆっくりと お楽しみください ませ~ 」

  そう言うと少し舞台が暗くなり、やがて初春に演じられる 万歳」「大黒舞」などの祝福芸人に 「太神楽」の一行も賑やかな音奏でながら入ってきた。 たけしは仲間サルと共に屋根の上で興奮気味にそんな舞台を楽しんだ。 その間、司会者の蝶々はんも一休みしながらみんなの間を回り、大声で笑ったりからかったりしながら話が尽きない・・

 「そやそや・・ みんな聞いとくなはれや 今日は後で、あの昭和の大横綱 双葉山の土俵入りもありまっせ! なにせ 双葉山はんは昭和14年にここ箕面小学校来てくれはんったんや  そこで立派な土俵入りが行われたんや」

まだまだ これから宴が盛り上がる気配だ・・

(3)へ続く


箕面の森のおもろい宴(3)

2020-03-24 | 第17話(箕面の森のおもろい宴)

箕面の森の小さな物語 

 <箕面の森のおもろい宴>(3)

  「ちょっとそこできれいな芸者さんとさしつさされつしてはんのは 桂 太郎はんやおまへんか?  そんで横にいはるのは・・ 箕面有馬電気軌道の初代社長はんの 岩下 清周はんでっか?  他にもそこにぎょうさんいはる人ら、あんさんらに関係ある 箕面観光ホテルな・・ ワテはその隣の箕面スパーガーデンの温泉が好きでしたわ ハハハハ・・」

 岩下 さんに聞いている・・「あのホテルの 桂 公爵別邸の名前はその桂はんでっか?」 「そうです・・ それにあの頃 箕面動物園が開園しましてな  日本で東京の上野、京都の東山に次いで三番目の動物園でしたな大きな観覧車も箕面駅前に設置してね  それは盛大でしたよ  当時の面積は3万坪で、広さは <日本一の箕面動物園> と 言われたものでしたな・・」

 桂 太郎が話を継いだ・・ 「ワシはこの新橋の芸者 お鯉をつれて、その動物園のある 松風閣へ泊まりにきましたんや・・」 「それ 続お鯉物語で読みましたわ  そんであんさん それ総理大臣になる前でっか?」 「いやいや 後の事ですな ワシが第11代内閣総理大臣を拝命したのは明治34年じゃからな  日露戦争を勝利した頃じゃなそれから第13代、第15代も総理を務めたのじゃ その頃の箕面は活気にあふれておったな・・ なあ 小林 一三さんや」

 林 一三が話しを引き継いだ。 「ワシが今の阪急電車を興したのは明治40年の10月19日で日露戦争が終わって2年後でしたな  その3年後にこの箕面線と宝塚線が営業運転を始め それに併せて沿線の宅地開発もしました  大正11年9月には 箕面・桜ヶ丘で <住宅改造大博覧会> も開かれてそれは盛大でしたな・・  線路は神戸や京都へと拡張し、阪急百貨店や東宝、コマ劇場など次々作って大忙しでしたな・・・ この箕面動物園は明治43年11月に開園し、その後事情で大正5年3月に閉鎖して宝塚に移し、歌劇場なんかも併設したんですわ・・」

 「皆さんは 箕面の発展に尽くしてきてくれはった人ばっかりやな」 話はまだまだ続く  夜は長い・・

 「ちょっと そこでベレー帽かぶって虫眺めてはる人は・・ ああ 手塚 治虫はんやないかいな  ほんまあんた子供の頃から虫が好きやったんやな・・」 「ハイ~ 私の少年時代はこの箕面の山や森をよう歩き回りました  この大瀧の上にある 杉の茶屋付近で オオムラサキ蝶を見つけた時はもう興奮しましたよ  オオクワガタなんかもいっぱいしましたしね・・ 楽しかったな~」 と少年時代を回想している。 「それがあんた いつの間にやら医学博士になって、そんでいつの間にやら漫画の神さんになりはって・・ 鉄腕アトム、ジャングル大帝、ブラックジャック、リボンの騎士・・ 次々とぎょうさん人気漫画をつくりましたな~ 今でも子供からええおっさんまで大人気でんがな・・ 多彩な人やわ」

 「手塚 治虫はんの隣で、何やら草眺めて絵描いてはる人は・・?」 「この方は日本の植物学の父と言われる 牧野 富太郎博士ですよ」 「いやいや 何しろこの箕面の山々には日本の150種ほどの羊歯シダの 種類が生息しているように、多様な植物が昔から自生しているのでね それに横にいるのは 江崎 悌三さんですよ <誰が箕面で初めて採集したか?>(累策社刊)を書いた人です  日本が世界に誇る偉大な虫聖とも言うべき人ですよ」 「いえいえ 箕面は山岳地帯で多くの昆虫学者を育てた昆虫相が 豊かな場所なんです そして昆虫たちは鳥たちと共に箕面の植物学者を育てた豊かな植物相に支えられており、それらは箕面の地層と河川に支えられてきたのですよ  またその地勢から生じる気流にも恵まれて多様な植物種が繁茂し、豊かな生態系が箕面の森を育んできたんですよ・・」

 「ワテにはよう分かりまへんけど、なにせ箕面の面積の大半は自然豊かな山でっさかいな・・ と蝶々さんが頷く。

 「それはそうと、そこで真面目な顔して座ってはる人は・・?  ああ 日本人初のあのノーベル化学賞を貰いはった 福井 謙一はんおまへんか・・」 「ハイ こんばんわ! 私は子供の頃から昆虫が好きでしてね・・ 私の家がここに近いこともあって、何度も箕面の山々を歩きましたわ  学校の生物部に入ってたこともあって、箕面のどこにどういう昆虫やクワガタが棲みついているかということまで、頭に入ってましたな~  今思えばそんな経験で学ぶ事の尊さを痛感しましたな・・ 後々大いに自分の研究にも役立ちましたよ」

 「ノーベル賞いうたら文学賞もらいはった 川端 康成 はんはどこでっか?  おもろい文学の話でも聞かせてんか・・・」 「オイ オイ 蝶々はん ちょっと待ってや 今ワシと昔の思い出 話ししてましたんや」 「ああ あんさんは 笹川 良一はんでっか」 「そうや ワシはこのボンとはな 子供の頃からの友達でな・・」

  休憩所の屋根の上では たけしがまた仲間サルへの解説をしていた。「みんな知ってると思うけど、箕面駅前から瀧道に入ってしばらくするとお母さんを背負って階段上がってる男の人の銅像あるやろ・・ あれが 笹川 良一はんやねな  なにせ日本の首領とか 日本の政財界の黒幕とか いろいろ言われてきた人やけどな  A級戦犯容疑かと思うたら衆議院議員やったり、競艇事業創設したり後年は日本財団創ってな  多大な慈善事業や社会貢献もしてきはった  どでかいスケールの人やったんやで・・ オイ オイ みんなオレの話し聞いてんのかいな?  アホらし!」

  川端 康成が頭を掻きながら話している・・ 「このゴン太にはよう助けられましたわ  私は虚弱で弱虫やったけどこいつは村一番の暴れん坊で、そんでゴン太言うあだ名がついてましたな・・ 私は祖父と貧しい暮らしやったけど、ゴン太は箕面・小野原の酒蔵持ちで大きな庄屋の長男やったんで、二人の境遇も性格も正反対やったのによう気がおうて遊びましたな  私の家とは小学校挟んでゴン太の家と一里ぐらい離れてたんで、夕方私が遊んで帰る時にはあの小野原村の春日神社の森が怖くて怖くて・・ それでようゴン太に送ってもらいましたわ  同級生やのにちょっと恥ずかしいですな」 「いやいや あんたとは15歳ぐらいまでいつも一緒やったな  けどこいつは頭がようて一高から東大ですわ  ワシは寺の修行に出されましてな  あれが運命の分かれ道やったな・・」 二人の話は尽きない・・

 川端 康成は近くで飲んでいる 夏目 漱石 に話しかけた・・ 「ところで あんたは 箕面動物園みましたかな?」

 (4)へつづく・・