なぜ「発達障害」がブームに?

こういう側面は かなり あるでしょうね

佐藤 優  『週刊現代』2018年8月11日号より

「病気ではない」という診断にガッカリする、自称・発達障害者の心理    過剰な自己責任論の末に…

なぜ「発達障害」がブームに?

香山リカ氏は、医学の臨床現場の経験を踏まえて、現下日本社会が抱えている問題を言語化する類い稀な能力がある。

著書の『「発達障害」と言いたがる人たち』では、自閉症スペクトラム障害(ASD)や注意欠陥・多動性障害(ADHD)など発達障害であるとの自己意識を持つ人が増えている現象について、興味深い考察を行っている。

まず、香山氏は、臨床経験から発達障害が一種のブームになりつつある状況について説明する。

〈ここ7、8年ほど、診察室に時折こう訴える人たちがやって来るようになった。多くは女性だ。

「私、発達障害なんじゃないでしょうか。たぶん注意欠陥障害(ADD)か注意欠如・多動性障害(ADHD)だと思います。あ、コミュニケーションも苦手だから、アスペルガー症候群の可能性もあるかもしれません」

最初の頃は私も、「子どものうちには見逃され、おとなになってからはっきりする発達障害も多いらしい。この人もその可能性が高いのではないか」と考えて、問診を進めていた〉

どういう人が、自分は発達障害であると訴えているのか。

〈「成人型のADHD」は診断ガイドラインが確立しているわけではないので、子ども時代の様子なども振り返ってもらいながら話を聴くと、学校時代はとくに問題もなかったどころか、あるいは優等生や生徒会長だったという人がほとんどだった。

では、その「片づけられない」というのがどの程度なのかと尋ねても、「もう春なのにまだ冬物のコートが出しっぱなし」「家族で食事をした食器を翌日まで洗わない」など、さほど深刻ではないことがわかる。

「書類をすぐに提出できずに溜まってしまう」といった仕事上の支障について語る人もいるが、それでも会社勤めを続けていたり、中には役職に就いていたりするところを見ると、「どちらかといえば苦手」という程度なのではないか。

診察の範囲では、この人たちにはADD、ADHD、アスペルガー症候群などと診断されるような発達の障害は感じられず、むしろ何ごとも完璧にしないと気がすまない、理想の自分でないと許せない、という完璧主義的な性格が問題であるように思われた〉

すべての女性が診断に失望

「疾患掘り起こし」キャンペーン

精神科医から、「病気ではない」と言われれば、安堵するのが標準的反応と思われるが、発達障害を訴える人はそうでないようだ。

〈「私は発達障害についての専門的知識は乏しいので、絶対に正しい診断とは言えませんが」と断ったうえで、「あなたには何らかの発達上の問題があるとは思えません」と告げると、これまで経験した限りではすべての女性は失望の表情を見せたのだ。

「えっ、そうなんですか。私、ADDじゃないんですか。アスペルガーでもない? そうか……」

最初はその失望の意味がよくわからなかった。「障害の可能性は低い」と言われて、なぜがっかりするのだろうと不思議に思っていた。

しかし、何人かに話を聴くうちに、「なるほど」とそのわけがわかった。やや厳しい言い方をすれば、彼女たちは自分が思うどおりに整理整頓や書類の提出ができないのは、「自分のやる気や性格のせいではなくて、障害のせい」と思いたがっているようなのだ〉

新自由主義的な競争原理が、職場、学校など、社会のあらゆる分野に浸透している。その結果、生きることに費やすストレスが飛躍的に増大している。学生もビジネスパーソンも主婦も、自己責任論の圧力に常にさらされている。

そのような状況で、発達障害という脳の機能に起因する自己の責に帰さない原因があるならば、自己責任論の重圧から逃れられるという(おそらく無意識のうちの)認識が、発達障害ブームを作り出しているのであろう。

病気ならば許容できるが、自分の性格に起因する問題ならば、それを矯正する必要が出てくる。そのようなことに取り組むエネルギーがもはやないということなのだろう。

ところで、資本主義社会は、すべての事象を商品化し、金儲けの対象にする傾向がある。とくにうつ病に関しては、過剰診断が行われる傾向があるが、その背景には、製薬会社とマスメディアが一体化した「患者掘り起こし」がある。

医師としては、できる限り、うつの症状を訴える人に寄り添って、治療しようと考えるので、結果として病名を与え、薬を投与することになる。医師には主観的には製薬会社と結託しているという意識がない故に、問題解決が一層困難になる。うつ病に続いて発達障害も有力なマーケットになりつつある。

〈発達障害に関しては、先ほど述べたようにまだその原因が特定されていない。しかし、薬物療法は少しずつ確立しつつある。

自閉症スペクトラムに効果的な薬物はまだ開発されていないが、ADHDに関してはドーパミン、ノルアドレナリンなどの脳内神経伝達物質の不足が関係していることがわかってきており、それらが脳内でうまく循環できるような薬が治療薬として認可を受けている。

この薬は現在、「おとなのADHD」に対しての有効性も認められており、いま多くのおとなが「私が仕事を仕上げられないのはADHDだからではないでしょうか? よいクスリがあると聞きました」と診察室を訪れるようになった。

また、テレビなどのメディアも最近、こぞって「発達障害を理解しよう」といった趣旨の番組を放映したり専用サイトを作ったりしている。

これらはもちろん、薬の売り上げのためではなく啓発の目的のキャンペーンであるが、実際には「私もそうかも」と見る人の「疾患掘り起こし」につながり、結果的にはその人たちが受診し、医師が診断し、さらには薬の処方を、となるケースも少なくないはずだ〉

過剰診療から身を守るために本書はとても有益だ。


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