ドイツの森で勃発した戦争から見えてくる「エネルギー政策の大失敗」 それでも石炭火力は止められない

毎回 楽しみな記事です 今回は ドイツのエネルギー問題

すんなり 読めて 勉強になります

川口 マーン 惠美

まるでゲリラ戦のようだった。場所はハンバッハの森の中。ノートライン−ヴェストファレン州のケルンから西に約30キロのあたり。

ハンバッハ闘争の始まりは40年も前に遡る。1970年代の終わり、この地区の褐炭採掘の認可がおり、そこに住んでいた人の立ち退きと、森の木の伐採が始まった。褐炭というのは質の劣る石炭で、水分が多いため燃焼効率が悪く、CO2の排出量がおびただしい。

ノートライン−ヴェストファレン州のこの辺りはルール地方と呼ばれ、一帯に褐炭の大炭田が広がる。しかも、ここの褐炭は地表に露出しているため、坑道を掘らなくても、巨大なショベルの付いた重機でグングン採掘できる。いわゆる露天掘りで、コストが非常に安い。

大々的な採掘が始まったのは18世紀後半。ここで採れた石炭で鉄鋼業が支えられ、ドイツの産業革命が進んだ。そんな背景もあり、今でも、ここノートライン−ヴェストファレン州では、発電に使われているエネルギーの41.7%が褐炭だ。

輸入の石炭25.4%と天然ガス16.3%を合わせると、化石燃料の割合は83.4%にも及ぶ。再エネは10%と低い(2016年)。そんなわけで、褐炭の炭鉱は多くの地元産業と密接な関係にあり、その存続には大規模な雇用が掛かっている。

褐炭の採掘は200年の間にどんどん伸びたが、ハンバッハでの採掘が始まったのはずっと遅く、1980年の初めだ。それ以来、森を潰して広がっていったハンバッハの採掘現場は85㎢にもなり、露天掘りのまま、最高450mの深さまで褐炭含みの土が削られた。ハンバッハでとれた褐炭は、毎年4000万トンが近隣のRWE社の火力発電所に運ばれていく。

エッセン市に本社を置くRWE社は、現在、ドイツ4大電力会社の一つだが、1898年の創立以来、ずっとルール地方で発電してきた。彼らには、自分たちがドイツ産業を下支えしてきたという大企業の誇りがある。そして実は、このRWE社が、ハンバッハの森の持ち主なのである。

ただ、当然のことながら、RWE社の採掘現場が広がるにつれ、あたかも侵食されたように、ハンバッハの森は次第に小さくなっていった。

6年前、ハンバッハの伐採に反対する活動家が、森に入り始めた。大木の上に小屋が造られ、傭兵とヒッピーを足して2で割ったような風貌の人々が、ターザンさながらその木の上の小屋に住み着いた。彼らは多くの環境団体の支援を得ながら、どんどん過激化していった。

RWEは、これから2040年までの間に、ハンバッハで24億トンの褐炭を採掘する計画だという。そのため今年の10月から、残っている森のうちの約半分、100haの開墾を開始する予定だ。

そこで、9月の初めには、通路を確保するために重機を入れ、警察も、森に立て籠もっている活動家に退去を促した。すると、それがきっかけで、案の定、「戦争」の火蓋が切って落とされた。

「彼らの目的は国家の転覆だ」

警官vs.活動家。木の上に立て篭る活動家。

上空には原始的な吊橋が張り巡らされ、木の枝のあいだをサルのように渡り歩く活動家の姿は、見ているだけで危なっかしい。それを、ご丁寧にも報道陣が実況中継している。

下から呼びかける警官に、危険な打ち上げ花火を放ったり、投石したり、糞尿を掛けたりする者もいたと、9月6日付のDie Weltのオンライン版が報じる。

https://www.welt.de/politik/deutschland/article181436412/Hambacher-Forst-Diese-Leute-wollen-den-Staat-abschaffen.html?wtrid=amp.article.free.comments.button.more

梯子車が横付けされ、高所での作戦のための特殊訓練を受けた警官が動員された。まず、空中で活動家を説得し、最終的には、小屋に移り渡って、抵抗する活動家を一人、また一人と下ろしていく。

活動家の中には、鎖で体を木に縛り付けていたり、なかには手をコンクリートの塊で固めてしまっている活動家もいたという。しかも、一部はかなり凶暴そうだ。しかし、ドイツの警察は、活動家に少しでも怪我をさせようものなら一斉に非難を受けるので、「保護」はなかなか難しい。しかも木の上、危険な作業だ。

一方、活動家の地上組は、警官の活動や警察車両の侵入を阻止するため、地面に尖った鉄片を巻いては、座り込み作戦に出る。こちらは、木に登れば枝が折れるだろうと思われるような大男が多く、さらに、皆、わざと重いリュックサックを背負っている。それを警官が4人がかりでリュックごと持ち上げ、「搬送」していく。最近、警官のなり手が少ないと聞くが、その理由がわかったような気になった。

また、地面を掘り、地下4mもの場所に立て籠もった活動家たちもいたらしい。警察が退去を命じたとき、すでに穴の中は酸欠になり掛けており、警察は、まず彼らのために酸素を注入し、「救助」しなければならなかった。

ドイツは法治国家なので、逮捕状もないのに人間を拘束するわけにはいかない。この日の立ち退き命令には、木の上の家が「火災予防条例に抵触しているから」という理由が付けられた。それにしても、このような人たちを活動家と呼べるのだろうか。

ノートライン−ヴェストファレン州の内相は怒り心頭、「彼らの目的は森を救うことではない。国家を転覆させることだ」と激しく非難した。活動家には、ドイツだけでなく、他国の極左勢力も混じり込んでいるといわれるが、心ならずも、70年代のドイツ赤軍テロを思い出した。

ところが、あろうことか、その「国家転覆を企てる人々(?)」が呼びかけた「ハンバッハの森を散策しよう!」というアクションに、4000人もの一般市民が共鳴したのである。ドイツ人は、木が好きだ。森が潰されると聞くと、突然スイッチが入る。

エネルギーをめぐる混戦は続く

週末の15日、16日、「森を守れ」、「褐炭火力を閉鎖しろ」というモットーの下に、「森を散策する人たち」が続々と集まった。おりしも、この日は素晴らしい秋晴れ。ブラスバンドまで登場し、お祭り気分だったが、その間も、封鎖された森の奥の方では、警察と活動家の戦争が続いていたのである。


18日の夜に発表されたところによれば、約50もあった木の上の小屋のうち39軒から住人が駆逐され、そのうち32軒は、すでに撤去されたという。ただ、それにかかった費用が半端ではない。

ノートライン−ヴェストファレン州の要請で、他州からも2000人の警官が出動していたが、機動隊1部隊100人を動員すると、1日につき10万ユーロ掛かる(約1300万円)という。一週間ですでに数千万ユーロ(数十億円)の経費がかかったことになる。こんな巨額の税金を使い、警察が体を張る前に、もっと政治で解決できることがあったのではないかと思えてならない。

活動家、および、それを支持する市民は、石炭・褐炭での火力発電をやめろと要求している。しかしドイツは2022年で原発もやめると言っているので、両方なくなれば、電気の安定供給は崩壊する。再エネはいくら増やしても、お天気次第なので、まだ一大産業国の電力を任せるわけにはいかない。

つまり真実は、RWEはたとえ火力をやめたくても、撤退はさせてもらえない。だから、採算割れを防ぐため、安い褐炭を使うしかないというところではないか。

ベルリンでは、6月6日以来、政府の掛け声で、「石炭委員会」が結成され、いかにして石炭火力を廃止するかを協議している。しかし、これほどの国家の大事を決めるその委員会に、電力関係者が入っていない。

31名のメンバーは、主に環境保護団体、産業界、労働組合、そして市民の代表だ。福島第一の事故の後、強引に2022年までの脱原発を決めた「倫理委員会」と酷似している。

あの時も、脱原発にゴーサインを出したのは技術者ではなく、社会学者や聖職者だった。ただ、当時とは違い、2022年はすぐそこまで迫っているので、今回はごまかしはもう効かない。会議は紛糾している模様で、ドイツのエネルギー政策の失敗は、今、ようやく皆の目に見えるようになってきた。

一方、ハンバッハの伐採は、10月6日に始まるという。エネルギーをめぐる混戦はいずれ国会に場所を変え、まだまだエスカレートするだろう。

追記)
18日の午後、過激派を撮影しようとしていたカメラマンが15mの吊橋から墜落し、病院に運ばれる途中で死亡。そのためRWE社は、森の「掃討」を一時中止すると発表した。

 
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