公共放送のアナが顔をこわばらせたワケ

9月1日夜、選挙の出口調査の速報を伝えるアナウンサーの顔がこわばっていた。この日、旧東独の2州での州議会選挙が行われたのだが、その結果、両州とも、社民党(SPD)、緑の党(Grüne)、自民党(FDP)が、ほぼ壊滅。この3党は現政権の与党であるから、国政に対する国民の不満が、州の選挙で炸裂したわけだ。言い換えれば、現在のドイツは、国民に見放されてしまった3つの政党によって治められている。

一方、快進撃を演じたのがAfD(ドイツのための選択肢)。他の全ての党、ほぼ全ての主要メディアによって極右、ナチのレッテルを貼られ、これまで10年間、ありとあらゆる手段で攻撃され続けてきた党だ。

ドイツの公共放送は、第1放送も第2放送も思想的には完全な左翼で、特に緑の党との親和性が高い。日本のNHKと同じく国民の支払う受信料で運営されており、テレビ離れと言われる今でもその影響力は大きい。

ところがこの日、彼らが日頃から応援してきたドイツの左翼政権に向かって、国民は明らかにレッドカードをかざしていた。そして、撲滅させるつもりだったはずのAfDが、こともあろうに爆進していたのだから、アナウンサーの顔がこわばったのも無理はなかった。

結果を見てみよう。

ドイツ史上「最も重要な場所」で起きた「瓦解」

まず、チューリンゲン州。ここはバッハの生誕地で、ルターの宗教改革の主要舞台で、また、ワイマール共和国の中心地と、ドイツの歴史で最も重要な場所の一つだった。現在の州都はエアフルト。今回、投票率は73.6%で、州民の政治への関心の高さが際立つ。

今回の選挙の肝は、AfDとCDU(キリスト教民主同盟)の一騎討ちだったが、AfDが38.2%、CDUが23.6%。9.2ポイントという大きな得票差で、AfDが第1党となった。

実はチューリンゲン州はこれまで、左派党(Linke)が政権を持っていた唯一の州だったが、今回、左派党は3分の2近くの支持者を失った。瓦解の大きな理由が、新興の党、BSW(サラ・ヴァーゲンクネヒト同盟)だ。

BSWのヴァーゲンクネヒト党首は左派党の花形政治家だったが、昨年、以前より燻っていた党幹部との軋轢がエスカレートし、ついに離党。そして、今年の1月にBSWを立ち上げ、今回は一気に、15.8%という華々しい得票で第3党に躍り出た。左派党にしてみれば、カリスマ・ヒロインがいなくなっただけでなく、支持者までごっそり持っていかれてしまったわけだ。

ヴァーゲンクネヒト氏は頭脳明晰、弁舌爽やかな才媛政治家だが、基本的には共産主義者で、貧しい国民に寄りそう政治を謳っている。ただ、今回躍進した原因は、ウクライナへの武器供与反対、およびロシアとの和平交渉を主張したことだろう。

実は、ドイツ国民の7割近くはウクライナでもガザでも停戦を望んでおり、武器の輸出にのめり込んでいるドイツ政府に対して極めて批判的だ。つまり、ヴァーゲンクネヒト氏の平和主義が、多くの国民の琴線に触れたのである。

一方、完全な敗者となったのが、前述のように、ドイツの国政を司っている3党だ。ドイツでは、小党乱立で政治が機能しなくなることを防ぐため、得票率が5%未満の政党は議席を持てないことになっているため、次期のチューリンゲン州議会からは、緑の党と自民党は消える。社民党は6.1%でかろうじて残るが、全88議席のうちの6議席を占めるのみの泡沫政党となる。

“防火壁”は本当に機能するのか?

次にザクセン州。ドイツ最東の州で、チェコとポーランドと国境を接している。現在の州都はドレスデンだが、その他、中世から学問、芸術、工業、商業などで栄えたライプツィヒやケムニッツといった都市を抱え、ドイツ史では、やはりチューリンゲンと同じく重要な意味を持つ。あまり日本で知られていないのは、戦後、ソ連の影響下に入ってしまい、私たちの視界から消えていたためだろう。

さて、ここでもCDUとAfDが競った。その結果、CDUが31.9%と、30.6%のAfDを僅差で振り切り、第1党に。一方、社民党と緑の党は、それぞれ7.3%、5.1%と、やはり泡沫政党に成り下がった。ちなみに投票率は74.4%と、チューリンゲン州よりもさらに高かったが、今後の見通しが一切立たなくなってしまったところは同様である。

なぜか? それは、CDUが絶対にAfDと連立しないという方針を、“防火壁”と称して貫こうとしているからだ。

選挙の夜、テレビの画面に現れた政治家らが皆、「我々は民主主義の政党とのみ連立する」と、いつも通りの台詞を念仏のように唱えていたのを見て、私は驚きを隠せなかった。州内の30%もの有権者を非民主主義者として切り捨てることになる “防火壁”が機能すると、本当に思っているのだろうか。

特にCDUにとって、 “防火壁”は自縄自縛以外の何物でもない。彼らがこのままAfDをボイコットし続けたら、チューリンゲン州でもザクセン州でも、まともな連立相手がいなくなることは中学生でもわかる。

ところが翌日、チューリンゲン州では、CDUの州代表が、「民主的な票によって選ばれた政党の中では、我々が第1党である」というトンデモ勝利宣言を捻り出したので、私はさらに驚いた。ドイツには、民主的な票と、非民主的な票があるらしい。

ただ、氏が何を言おうが、現実として同州では、全88議席のうちの32議席を“非民主的な票”で選ばれたAfDが占めている。そのため、23議席しかないCDUとしては、連立相手の選択肢は、BSW(15議席)、左派党(12議席)、社民党(6議席)しかない。もちろん、どれも左派の党で、主張する政策も信条もCDUとは相入れない。そもそも数年前までは、このような連立など、あり得なかったはずだ。

しかも、有権者の6割が、現在の左派政治に不満だったからこそ、保守であるAfD、あるいはCDUに投票したのだ。それなのに、そのCDUが“防火壁”を掲げてAfDを締め出し、左派の党を引き込めば、州民の失望は大きいだろう。

ところが、公共放送はそうは思わないらしく、第2放送が2日に放映した特別番組では、ドレスデンでもエアフルトでも、インタビューされたほとんどの人がAfDの台頭に恐れ慄いており、インタビュアーたちが深刻な顔でそれに頷いていた。

社会を分断させているのは誰か

片や、「自分はAfDに投票したが、だからと言ってナチではない」などと語ったのは、憚りながら、お金も教養もなさそうな人たち。この人選は意図的ではないか。つまり、報道の趣旨は明らかで、「“防火壁”の死守こそが民主主義の防衛」。だから、どうにかしてドイツをAfDの恐怖政治から守らねばならないのである!

ザクセン州で起こっていることも、まさに同じだ。これまでメディアはAfDの政治家を阻害し、登場させなかったが、ここまでのし上がってしまうと、そうも言っていられない。

ただ、インタビュアーは、AfDの政治家にマイクを向けて今後の抱負を語らせても、最後に必ず、「でも、誰もあなた方と連立する気はない。それなのに、どのようにそれを実現するつもりなのか」と、いかにもバカしたような口調で切り捨てた。多様性を認めず、“憎悪”や“排斥”で社会を分断させてきたのは、本当にAfDだったのかと、私は疑った。

しかし一方、誰もAfDと連立したがらないというのも紛れもない事実だ。いくら議席数を持っても、連立が成立せず、過半数が取れなければ、政権は取れない。これもまた、議会民主主義の掟だ。

ただ、それでも私は、AfDが公平に扱われていないという印象を拭いきれなかった。例えば、今回の選挙の際、CDUが主張した移民政策は、ほとんど全てAfDがここ10年近く言ってきたことのコピーだった。AfDが主張すると、外国人差別だ、排斥主義だと叩かれることも、CDUが言えば、あるいは、他国の政府がやれば、評価の対象になるのは何故なのか。

そもそも本来なら、AfDとCDUが同じ保守同士として連立し、冷静な議論で妥協点を見つけられれば、一番安定した州政府を立てられるのではないか。その反対に、AfDが野党に押し込まれた場合、州議会で3分の1の票があれば、重要な議決をストップできるという決まりがあるため、州政府は結局、何も決められなくなる可能性さえある。

要するに、AfDを排除するという目的だけで、無理やりパッチワークのような連立を組んでも、遅かれ早かれ、政治は破綻する。ただ、メディアがそれと反対のことを主張し、AfDを悪者として叩き続ける限り、多くの国民は状況を正確に把握することができないだろう。

なお、残念ながら、日本におけるドイツ関連のニュースでは、これら公共放送や主要メディアの報道が、ほぼそのまま流されている。AfDについても、危険な党だということだけが強調され、なぜ危険なのかは報道されない。もう少し深く切り込んでほしいと、いつも思う。

難航必至の連立交渉

ちなみに、ドイツには、ヒトラーが民主主義に基づいて政権を奪取したことへの反省から、「戦う民主主義」という考え方がある。おそらくドイツ人は現在、AfDをその危険と見做し、あらかじめ予防するため、皆で「戦って」いるつもりかもしれない。

ただ、あちこちの抗議デモで、参加者が常に、「民主主義の防衛」と「AfD打倒」をゴチャ混ぜにして叫んでいるのを見ると、私は不自然なものを感じる。特に、そのデモに閣僚が参加しているときは、なおさらのことだ。

9月22日には、旧東独ブランデンブルク州で、やはり州議会選挙が行われる。ここは元々、社民党が強かったが、完全に落ちぶれた同党のこと、今や何が起きても不思議ではない。ただ、何があっても、おそらく悪者はまたAfDということになるのだろう。

「民主主義を守れ!」の掛け声の下、今、ドイツ人はあたかもタガが外れたように、皆であらぬ方に向かっていく。行き着く先は、良くて八方塞がり、悪ければ奈落。少なくとも、チューリンゲンとザクセンでAfDを選んだ人たちの目には、そう映っているはずだ。

難民による犯罪の急激な増加、治安の悪化、インフラの瓦解、産業の空洞化と、現在のドイツは多くの深刻な問題に押し潰されそうになっている。それなのに、与党が異端AfDの撲滅ばかりにのめり込んでいるのは、自らの失態から国民の目を逸らすためなのか。

彼らの守りたい民主主義というのは、一体どんな形をしているのだろう。連立交渉はまだ始まっていないが、難航は必至だ。ひょっとすると、変革は今度もまた、東で芽を出すのかもしれない。

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