滅罪懺悔の行をしていると、
様々な罪悪感が湧いてくることがある。
私たちを苦しめている多くはこの罪悪感なのだが、不思議なものでこれがなかなか手放せない時がある。
罪悪感によって自分を保っている場合、これを手放すのが怖いからである。
言い換えれば、自分を許すことが怖いのだ。
ちょうど飲み過ぎて悪酔いした時に、吐けば楽になるのに、それをするのが怖くて出来ないというのにすこし似ているかもしれない。
修行を途中でやめる人は、大体こういう罠に引っかかってしまう。
しかし、仏教の修行として大切なのは、今のそういう状況に気がつくということ。
「自分を許すのが怖い」あるいは「自分を許せない」ということに気がつけばしめたものである。
あとは仏様にお任せする。
自分一人の行には限界がある。
仏様の加持力や、導師と同じ修行者の功徳力に支えられてこの修行は進んでいくのである。