本日は築地で細川真彦師よりお取り次ぎを頂きました。ご開山聖人と恵信尼さまのエピソードを通して阿弥陀さまのお心を聞かせて頂いたわけでありますが、ご法話の最後に、島地黙雷師と二河譬にまつわる話が非常に有り難かったので紹介させて頂きます。
島地黙雷(もくらい)師が一人の僧から揮毫(きごう)をたのまれた。島地師は、「二河白道の譬」にある「汝一心正念直来我能護(汝)」(なんぢ一心正念にしてただちに来れ。われよく(なんぢを)護らん『観経疏』「散善義」『註釈版聖典(七祖篇)』四六七頁)の文を書いて渡した。
彼の僧は、喜びながら読むと、「我能護汝」とあるはずの最後の「汝」の一文字が書かれていない。そこで、何故に汝の一文字がぬけているのかを問うたところ、島地師はうれしそうに、「あなたがそこに入るように空けているのじゃ」と言われたという。
如来さまは、どこか遠くにぶら下がっていらっしゃるのではありません。この私を場として常に「我に任せてくれよ」と働いておられます。
他の誰かのためだけに建てられたご本願ではありません。苦悩に喘ぎ、涙を流している私一人がお目当てでございます。
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
島地黙雷(もくらい)師が一人の僧から揮毫(きごう)をたのまれた。島地師は、「二河白道の譬」にある「汝一心正念直来我能護(汝)」(なんぢ一心正念にしてただちに来れ。われよく(なんぢを)護らん『観経疏』「散善義」『註釈版聖典(七祖篇)』四六七頁)の文を書いて渡した。
彼の僧は、喜びながら読むと、「我能護汝」とあるはずの最後の「汝」の一文字が書かれていない。そこで、何故に汝の一文字がぬけているのかを問うたところ、島地師はうれしそうに、「あなたがそこに入るように空けているのじゃ」と言われたという。
如来さまは、どこか遠くにぶら下がっていらっしゃるのではありません。この私を場として常に「我に任せてくれよ」と働いておられます。
他の誰かのためだけに建てられたご本願ではありません。苦悩に喘ぎ、涙を流している私一人がお目当てでございます。
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏