コトバヲツグムモノ

「口を噤む」のか「言葉を紡ぐ」のか…さてどちらの転がっていくのか、リスタートしてみましょう。

お礼参り<ルーツを巡る旅>2 當専寺編

2017-06-16 17:34:46 | 真宗

6/11

休みの日、思い立って出かけるとき、いろいろご縁のある所を巡りたくなる。

行きたいところは山ほどあれど、いつまであるかわからぬ命

いつまで見えるかわからぬ光

 

この日は奈良方面に行きたいと決めていた。

最初の目的地は葛城市方面

が、途中で「斑鳩」の標識を見つけ、連れ合いと「法隆寺行ってみようか」と。

実は中まで行ったことがなかった。

 

聖徳太子ゆかりのお寺

これはこれで、私にご縁がつながっている仏教として大事なルーツになる。

でも、そのお徳を知るほど事前勉強せずに行ったんで…

現地の観光ボランティアさんにいろいろ教えてもらいながらゆるりと

 

で、昼食挟んで3時間ほど滞在し、当初の目的地へ

 

「それは日和の好い三月下旬の午後であつた。
 私は東山の将軍塚に立つて、
 松林の間から隠見する京都の風光を眺めてゐた。」

こう始まる本を何度読み返したことだろうか

求道物語「佛敵」

その著者である 伊藤康善師のお寺である。

 

直接師事したわけではないが、師の流れをくむところで長く聴聞させていただいた。

私の真宗を通じていただいた「領解(りょうげ)」は、師の存在なくしてはなかった。

師がいるわけでもなく、また今のお寺の伽藍に用があるわけでもなく、でも、少しでもお礼の旅をするうえで、もう一度訪ねておきたかった。

過去にも数度お参りさせていただいたが、イメージで残っているのより周囲がきれいな街並みになっておいた。

師が歩き回ったであろう、大和の山々に囲まれた地

目に映るもの、耳に聞こえる音、肌に感じる風

ありがとうございました

青く熱かった私自身の求道時代を振り返り、師の残した言葉に何を感じ、何を理解するか、そんなところにばかり力が入っていた次代を振り返りました。

師のような伝道の道からは遠くにいますが、いろいろな縁を通じて法脈は私を貫いています。

 

このあと、カウンセリングの師もめぐる予定でしたが、無理せず、その分この地をゆっくりと味わいました。

 

またいつか…

は、もうないかな。

 

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新旧入り混じる季節です

2017-05-07 19:33:00 | PTA

新年度のスタートでいろいろ動き出した4月
5月に入るとその新旧が入れ替わる節目になります。

そのスタートが昨日の「中P連 下京・南・東山支部 新旧引き継ぎ会」でした。

九条中学の28年度副会長として、また29年度会長として参加です。

なんだかんだで5年連続の参加という…

その間に、支部構成が変わったり、校長先生も5年前から変わらない先生は二人だけだったり。
というか、3年間の中学生活で、5年も本部にいる私が稀なんでしょうけど。

一方で、同じ時期に子育てをしているので、保育園で一緒に役員した方や小学校の会長時代に他校で活躍されていた方との再会もあります。
逆に、高校のPTAでご一緒した方が、下のお子さんで中学の役員をされていたり。

そういう皆さんは、「仕方なく」ではなく、喜んでPTA活動されていてうれしくなりますね。

逆に、新しい出会いもいっぱいあります。

残念ながらお子さんの卒業とともに会長を降りられる方々から新会長を紹介していただき、今年一年共に歩んでいきます。

そんな中のおひとり、支部理事校の会長さんの挨拶が素敵でした。
近年のPTA不要論にも触れられましたが、「それでも大切な活動だ」と力強く話してくださいます。
あとで直接お話しさせていただくと「実は最初はアンチでした」と。
だからこそ、PTAに疑問を持つ方の気持ちもわかりますし、私のようにやってみていろいろ知ることができますというお話をきいて、さらにうれしくなりました。

こういう方が支部代表の理事として、中学校PTA連絡協議会に参加してくださいますから、全市的にもますます活発になっていくだろうな、と。

私が中P連会長していた頃の仲間は、どんどん高校PTAで活躍されrていますし、そのころ小P連で活躍されていた方が中学PTAで活躍されています。

私の子どもは今年で全員義務教育終了。
最後の一年、単P会長として、フレッシュな皆さんの全市的な活躍を応援していきます。

 

その息子がこのGWに素晴らしい結果を残してくれましたが、そのことはまた改めて。

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守秘ということについて

2017-05-01 21:53:12 | 真宗カウンセリング

前回、身体の不調について少し言葉にできた。

このブログタイトルにしたテーマ、噤(つぐ)んでいたものが少し紡(つむ)げた感じだ。

で、なぜ口を噤(つぐ)んでいたのか…
ちょっと言葉にしてみたくなった。

カウンセリングに関わりだして大事にしていることのひとつ、それは相手の「秘密を守る」ということ。
当たり前のことでもあり、意識し続けなければならないこと。
「守秘義務」と呼ばれるものだ。

学びの当初、カウンセリングの場に関わる当初は、かなり意識的にそのことに向き合った。
おかげで、いつしかそれは自然と身についたものになる。

そうすると、それがカウンセリング的な関わりでなくとも「個人的な話は、第三者には話さない」ということになってくる。

「当たり前」とは言いながら、私の周りにいる、個人のプライベートな悩みなどに向き合う「宗教家」「カウンセラー」の中にこれを守らず「あの人はこれこれこうらしい」なんてことを平気で漏らす人がいる。
なので余計に私は過敏に「口を噤む」人になってしまった。

カウンセリングに関わる人が集まった場で、私の個人的な病気・精神状態を話したことがあるが、別の方から「高橋さん○○なんやって?Aさんが言うてたで」なんて形で耳に入ってきたら、もうAさんには「ここでは自由にお話しください」ということはできなくなる。
(まぁ、もとからそういう人だと知っていたから、ストレス源であるその人と距離をとるために大事な居場所から離れる羽目にbなったのだが)

また、別件でBさんとCさんの相談事に乗っているときに、BさんからCさんの情報を聞く。どこからその情報を聞いたのかというと、二人の共通の友人でもある有名カウンセラーDさんが、CさんがDさんに相談した内容をBさん(当事者でもあるのに)に教えているのだ。

まぁ、この話も先の話も、口づてで聞いた話なので証拠はない。
問題追求しても「言った言わない」の押し問答になるだろう。

なので私のスタンスは「守秘」であり、「口を噤むもの」
噂話は「その人がそう感じているもの」として聞き、真相が知りたければ直接本人の口から聞く。

また、なにか情報が必要ならば、「直接本人の口からきいてください」としか言えない。

 

まぁ、そのことで「受け止める一方」となり、たまってくることでしんどくもなるんだけど、酒の勢いで人の秘密を暴露したり、無責任に放言することになるよりは、一人で抱えるほうがよい。
そのうち、誰もいない丘に登って、穴穂って「王様の耳は…」なんて叫んでるかもしれないが(笑)

と、これだけでも、結構「噤んで」いたものを「紡いで」いるかもしれない。

このまま調子に乗ったら、私が数十年ため込んだ「守秘」が漏れ出すかもしれないので、ちょっと自戒を。

 

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朝に紅顔ありて

2017-04-29 15:56:14 | 日常雑感

 

義弟の一周忌

同い年の彼が、2回目の脳梗塞で倒れたのが一年前、そして5月2日にそのまま、目覚めなかった。

脳梗塞の治療過程で、脳内の血管に傷ができ、血をサラサラにする薬も常用していたので出血が止まらず。

そのことを機会に、私も(自覚しながら)だまし続けていたことを、観念して医者にかかった。

血管は硬く、毛細血管はボロボロ
そこにドロドロの血液と高血圧

昔から続いていた手足のしびれもその影響があるし、単なる視力低下と思い込んでいたものも目の中の血管が詰まったり出血したりする影響
もちろん、そのまま放置していたら、心臓か脳内で血管が詰まってアウト。
あるいはボロボロの血管が破れてアウト。
義弟と同じコースだ。

それ以降、元となる病気の治療、並行して血液をサラサラにする薬と、血圧を抑える薬を常用

 

血管が硬いままストレスで血圧が上がれば、いつどこで爆弾が破裂するかわからない。
なので、ストレス軽減のために「ストレス源」となる人間関係をできるだけ切り離し、役割も減らし。

そのストレス源は、本来一番ストレスから解放してもらえる居場所であり、大切な仲間が集う場所に深くかかわっている。
いつか、その人間関係の距離感が変わって、ストレスとは違う方向に向かうことを願っていたが、身体のほうが待ったなしになってしまった。
大切な居場所から離れることもストレスなのだが、夢や妄想にまであらわれて私を苦しめる「ストレス源」を軽減するには、中途半端な距離感・我慢では解消できない。

まぁ、普通に生きてもそう長くない余生
あらゆるストレスから解放されることはないだろうけど、大切にしたいものの優先順位を見直して、断捨離

体調考えると、いろいろな長期的責任もお断りしていくことに。
この春から夏までで、いろいろ終わっていくので、いったん落ち着こうかと。

でも、PTA・地域関係だけは一つ手放すと別のものが入ってくる。
ま、楽しんでるから、(いろいろ起こるけど)そんなにストレスにならないのが救いか。

 

人生の夕暮れ
義弟の法事を縁に、いままで言葉にしてこなかったことをちょっと「噤む」から「紡ぐ」にシフトできたかな。

まだまだ噤んでいる「コトバ」のあれこれ、紡ぐ日は来るのかな

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人権パレード 2017

2017-04-16 00:56:10 | PTA

 

人権月間啓発の京都市PTA人権パレードに参加してきました。

市内の5校種PTA会長、人づくり21世紀委員会の方が参集し、パレードをします。

昨年は副会長に退いていたのと別件があったので欠席しましたが、毎年参加しています。
このブログにも始めて参加した6年前のことを記事にしていました。

憲法月間 人権パレード

このかわいい息子が、ほんの6年で私に迫る身長になっているのも驚きですが。


思い返せば、この年にPTA会長として「京都市PTA連絡協議会」のイベントにいろいろ参加することになりました。
そこで学んだことは今の私の考え方の基礎になっています。

子育てのためには、保護者が学び育つこと。
危険に対して、しっかりと向き合うこと。

ちょうど悲しいニュースもあり、PTAや見守りを通じて子どもと接することにも「危険」が潜んでいるような流れがあります。
確かに、そういう危険は0ではなかった。
でも、そういう活動で守られた命・存在も0ではない。

子育ての指針となる、「京都はぐくみ憲章」の言葉を、今一度私自身かみ締め、。伝えることで、一人でも二人でもいいので意識をして欲しい。
大きな役はできませんが、身近な方に
「知らなかった から 聞いたことがある」
ようになればと願います。

いろんな式典の祝辞や、これから続く総会などの挨拶に、この思いを交えて生きたいなと。

6年前と変わらない思い、6年間で学んだもの
会長7年目であり、いろいろカウントダウンが始まったこの一年でできることをできるだけ。


(行動理念)

わたくしたちは,

・ 子どもの存在を尊重し,かけがえのない命を守ります。
・ 子どもから信頼され,模範となる行動に努めます。
・ 子どもを育む喜びを感じ,親も育ち学べる取組を進めます。
・ 子どもが安らぎ育つ,家庭の生活習慣と家族の絆(きずな)を大切にします。
・ 子どもを見守り,人と人が支え合う地域のつながりを広げます。
・ 子どもを育む自然の恵みを大切にし,社会の環境づくりを優先します。

京都はぐくみ憲章公式サイト

 

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高校入学式祝辞 2017

2017-04-13 22:11:27 | PTA

高校の入学式に参加しました。
こちらは 新年度役員がまだ未承認ですので、前年度会長(つまり私)が祝辞を述べます。
少し雨模様
それもネタにして

「門出は晴れのほうがよいけれど、雨の日が好きな人も居るはず
 そんな人が、私は雨が好きって言えることはとても大事」
なんて話も盛り込みました。

一応原稿は作りますが、今のわたしは壇上で細かい字が読めません。
なので、祝辞の用紙には見出しだけ。
一応頭に入れては居ますが、細かいところはアドリブです。

ですので、以下の原稿とは違う話もしてます。

大まかは先の中学入学式と同じですが、高校なので長くなるの覚悟で話題を一つ増やしました。
、 


もうひとつだけ、今の時代はスマホやインターネットが当たり前に身近にあります。便利な道具ですからどんどん活用してください。ただ、それだけに頼ることなく、広い見識を持って欲しいと願っています。

目的地を検索したらすぐに経路が示されます。そこに移動する目的は達成できます。でも地図を広げて目的地を探したら、そこに至るまでに寄り道をしたら素敵な場所があることを知ったりできます。

辞書機能を使えば知りたい言葉がすぐにわかります。でも紙の辞書を使うと、捜す言葉以外にも目が留まり、意外な言葉の使い方や意味を知ることになります。

音楽を好きなときに聞くこともできます。でも実際に演奏している場所に行くとデジタルでは表現しきれない、身体に響く音や、音にならない音を味わうこともできます。

多くの景色や情景を部屋に居ながら見ることもできます。でも、実際にその場所に立つことで、音や空気の匂いや五感以上に語りかけてくる「なにか」に触れることもあります。

私は以前、東北大震災の被災地を訪れたことがあります。高台から見下ろすと、海まで更地が広がっています。そこには以前人が居て町があって。それが無くなっている風景は、テレビやネットでも見てきました。しかし、そこにあった「生活」が無くなっている感覚は、そこに立ってそこの空気を吸って、全身で味合わないと気づけませんでした。その感覚は数年経った今でも、私の全身に残っています。
ぜひ、体験する、体感するということを、若いうちにたくさん出会って欲しいと願います。

 結果、副会長から「長すぎる」とお叱りを受けましたが、普段いろんな方から学ばせていただいたことを伝える機会はまれですので。


これでしばらく礼服はお休みです。 

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中学校入学式祝辞 2017

2017-04-07 22:45:37 | PTA

少し雨
晴れの門出も素敵ですが、ちょっと潤いを含んだ桜も素敵です。

今年も、お祝いの言葉を述べさせていただく機会をいただきました。
校種や機会は違っても、同じ事を、その時々の言葉にしてお話している気がします。
目の調子のせいで、祝辞の用紙を読むのが困難になってきました。
なので、ほとんど原稿どおりには話せませんが、言いたいことは定まってるのでアドリブも交えながら大体のことは伝えられたと思います。
(こちらが伝えたと思っているだけで、伝わったかどうかは別問題ですが)

先生方からお褒めもいただいたので、ここに残しておきます。


伝えたいことは山ほどありますが、今日は1つのことをお話します

 

それは命の尊厳ということです。これから中学校生活を迎えると、様々な学びをしていくことと思います。勉強も今までと違った形になり、多くの知識を得ることでしょう。そういう学びと共に、勉強だけでは学べない、人間同志のふれあいをいっぱい学んで欲しいと思っています。楽しいこと悲しいこと、色々あると思います。けれどもその悲しさや辛さはひとつのことを大事にすることで無くしていけると私は信じています。それは目の前の人を「尊重」すること。特に「命の尊重」です。
自分の命を大切にすることもひとつ。そして、目の前に居る命を存在を「尊重」する。中には自分とは考え方の違う存在もあるでしょう。国籍や宗教観が違う存在もあるでしょう。多数派・少数派もあるでしょう。そういう違いがあっても「あなたはそこに存在しているんですね」と慈しみ、許し、尊重する人であって欲しいと願います。

いろんな考え方を認めるとはどういうことか、ちょっと例をあげてみます。みなさんは「目玉焼き」って知ってますよね。卵料理の目玉焼きです。何をかけて食べますか?
「えっ、普通ソースでしょ」「うちは醤油やで」
どちらかが多ければ、そうじゃない人は間違ってるんでしょうか?
「マヨネーズに決まってるでしょ」「いやいやケチャップでしょ」
「塩だけで卵の味を生かすのが最高でしょ」
こんな意見も出てくるかもしれません。
それぞれの好みがあるだけで、そこに正解はありません。
また、「アレルギーで卵は食べないようにしてる」「元々卵きらいやし」っていう人も居るかもしれません。
自分の大切にしている考え方は否定してほしくありません。それは相手も同じです。
「あなたはそう考えるのですね」と相手のことを尊重してあげてください。
そしてできれば「今まではソースが当たり前と思ってたけど、醤油も試してみようかな」っていうふうに、相手の考え方に一歩歩み寄ることができれbはとても素敵なことだと思います。

昨日まで別々の小学校だった人が今日から同じ「K中学校」の仲間です。

別々のチームのファンだった人が、WBCやワールドカップ、オリンピックになると同じ「自分の国を応援する仲間」になれます。

そういう風に、くくり方が変わればそれまで別々だった人が「同じ仲間」になることができます。そのことをぜひ経験してください。
やがて、南区の仲間、京都の仲間、日本の仲間、アジアの仲間、地球の仲間と尊重の輪が広がれば、世界から争いが無くなります。


来週には高校の入学式があり、またお話しする機会がいただけます。 
たとえ話はアレンジしますが、本筋は変わらないでしょう。
高校生なんで。あとひとつふたつ、伝えたい項目増やすかもしれませんが。

祝辞を述べさせてもらうことも素敵なんですが、こういう機会を通じて自分の考え方を再確認できることが嬉しいですね。
どう維持に、自分自身に言い聞かせることでもあります。

世界がまたちょっとキナ臭くなっています。
だからこそ、まずは目の前から。 

 

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変わるもの変わらないもの

2017-04-05 12:17:07 | 日常雑感

 

 

4月になりました
新しい仕事もなんとか半年をこなし、少しは慣れたかと。

年度変わりで色々変化もあります。

高校のPTA会長は今期はお断りすることにしました。
ただ、任期は総会までなので、まだ少し。
先月の卒業式祝辞に続いて、入学式も(まだ新会長が承認されてないので)私の役割にアンリます。

中学のほうは再びPTA会長をお引き受けすることに。
こちら者明後日入学式で祝辞です。

ということで、先月は18歳にお祝いの言葉を。
今月は13歳と16歳にお祝いの言葉を。
伝えたいことは同じなのですが、年齢に応じて長さや表現をちょっと変えて。


「目の前の人を尊重する」


この一歩から始めて、いつか全ての人が「目の前の人を尊重」することができれば。

 

認めあい、響きあい、育ちあう

I Hope Someday You’ll Join Us
And The World Will Be As One 




他にもいくつかの所属から離れたり、役職から離れたり。
手の届く範囲での活動にシフトします。


ブログリニューアルでもうちょっと頻繁に更新するつもりでしたが、私自身が大きく変わってしまったことがあり、ペースが上がりません。
何が変わったかは、またいずれ 

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フライングでリフレッシュ

2016-12-30 19:35:35 | 日常雑感

いままで「真宗とカウンセリング(with PTA)」をご愛顧いただきありがとうございました。

前回の記事にあるように、いろいろな変化が起こってきたのでブログの位置づけも変えてみます。
求道者ではあるけれど「真宗」というものに固執せず、人に寄り添うものであるけれど「カウンセリング」という言葉に固執せず。、

それらを捨てるのではなく、そういうものを内包した「高橋」という名で呼ばれる存在として。

関わり上の「守秘義務」であったり、立場上「発言を控えてきた」ことであったり。
そういう「口をつぐむ」者であり続けるのか、あるいは残り少ない人生、思い切って「言葉をつむぐ」者として自由になるか。

まぁ、どっちかに振るんじゃなくて、その時々で「出来る範囲で」ってことになると思いますけど。

新年に際して変える手もあるんですが、年末年始関係なくお仕事しますので余裕のあるうちに。

 

 おそらく、わたしのドロドロの内面が吐き出されると思いますが、相変わらずのペースで時々更新していきます(多分)

もうひとつのPTAの方は…年明けにいろいろ動き出しますが、来年度の立場はどうなることやら。 

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お礼参り<ルーツを巡る旅>1 日高念仏碑編

2016-11-23 18:34:18 | 真宗

休みの日、思い立って出かけるとき、いろいろご縁のある所を巡りたくなる。

行きたいところは山ほどあれど、いつまであるかわからぬ命

いつまで見えるかわからぬ光


少し前から連れ合いと相談して、休みの日に余裕があれば「江原」に行きたいと話していた。
目的は、過去にご縁があって協力させていただいた「念仏碑」にもう一度お参りしておきたかったから

深夜に出発し、朝から城崎温泉を訪れ、出石そばをいただいてから目的地へ。

この念仏碑を今の場所に移設される際に、T本さんから「念仏碑のおいわれ」を作成する依頼を受けた。
もともとお世話になっていたT本さんのお話、二つ返事で引き受けた。
当時は私の持っている加工機械のキャパが少なく、6枚に分けての制作、今ならもっときれいに一枚の大理石板で仕上げられたけど。


この念仏碑の法要がある日、T本さんのおうちに泊まらせていただき、二日間の法座にもお参りさせていただいた。
法座でも多くの方とともに仏法讃談していたが、夜に二人きりでお話ししたときのT本さんの鋭い眼光と口調は今も忘れない。
大きなお育てをいただいた。

この地には、他にも私が運営委員長を引き受ける際に、導いてくださった先輩S田さんや、エネルギッシュな活動をされながら若くしてお浄土へ還られたU田さんも居られた。
そんな先達にも思いをはせながら、念仏碑のお掃除をさせていただいた。

そういう時間こそが、わたしにとってご法座だと感じながら。


一緒に行った連れ合いは、偶然この日に行われていた日高の家庭法座に招いていただき、帰りは二人でお互いの法味を語りながら。

 

お礼参りであり、ルーツを巡る旅であり・・・
それは今の自分を見つめる時間でもある

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