連続無窮

ベイスターズファンの名も無き同行が他力信心を通して知らされた世界を綴らせて頂きます。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

利井専妙和上のご教化

2012-03-20 19:03:44 | 真宗・信心
 あるお寺である和上さんから「横超」ということを喩えられた利井専妙和上のご教化を聞かせて頂きました。

「江戸時代は身分差別の厳しかった時代。身分の低い者がお城に入ったら切り捨て御免で斬られる。ただし、身分の低い者でも葵のご紋の籠に載れば将軍さまの御前にそのままいける」

 我が身には仏弟子の資格もなく、修行の一行も出来ぬ。仏教史上最悪のニセ仏弟子だ。あるニセ真宗の新興宗教に騙されて、悪ばかりやってきたウソ仏弟子でございます。人と言われても文句が言えない。そんな私に阿弥陀さまが、
「そのまま来い、仏にするぞ」
と仰せとは……

 申し訳なさすぎて南無阿弥陀仏と申すしかありませんでした。

南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏

 徳川将軍の葵のご紋が通じたのは1603年から1867年ですが、南無阿弥陀仏はいつでも、どこでも永遠に変わらない。ホンマに有難い法でございます。

 口下手な私に出来る話はありませんが、お念仏だけは出せますのでご恩報謝に称えさせて頂きます。

南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏

 南無阿弥陀仏はたった六字ですべてを語る。

南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏

南無阿弥陀仏は「伝える」でなくて「伝わる」

2012-03-13 22:46:13 | 真宗・信心
 まずは口に南無阿弥陀仏を申しましょう。

南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏

 あなたが称える南無阿弥陀仏はあなたが考えて口に出した六字ですか?
 あなたが創造した六字ですか?

 そうでないでしょう。

 誰かが称えた南無阿弥陀仏があなたの耳に入り、口が動いて「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と申しているのではないのですか?

 そのお謂われを聞いて、
「南無阿弥陀仏は『助けるぞよ』のみ仏の仰せでございます。往生のことはみ仏にお任せ致します」
とお任せせずに称える念仏は、捨てものですが、あなたの耳に届いた南無阿弥陀仏の六字は、実は、
「助けるぞよ」
の呼び声なんです。

 その謂われいかに?と思うたら、蓮如上人が御文さまにシンプルかつ詳細に書いておられますので、そのこころを知った方に聞いて聞いて聞いたらようございませんか?お謂われは聞かなあきまへん。

 それを誤って伝えている人からは、サッサと離れればいい話です。

 我がお念仏の領解は、釈尊や十方諸仏の讃嘆から始まり、七高僧を経て親鸞さま、蓮如さまと伝わったお念仏が、母方の祖母に伝わり、母方の祖母やお同行の称えたお念仏が我が耳に入って伝わった南無阿弥陀仏を南無阿弥陀仏と申しておるだけです。

 その南無阿弥陀仏のお謂われは、大谷光瑞さまと利井鮮妙和上からお謂われが伝わった加茂和上や梯和上からの仰せをしかとお受けしているばかりです。

 利井鮮妙和上は、
「ほんとうに(至心)疑いなく(信楽)、生るるとおもうて(欲生我国)、念仏せよ」、
と歴代のおこころをお取り次ぎ下さいました。

 加茂仰順和上は大谷光瑞上人と利井鮮妙和上からのご教示を、
「助けるぞよ」
とシンプルに伝えてくださいました。

 それが伝わった私の口から出るのは、
「南無阿弥陀仏」
の六字だけです。

 私の好きな、
「前に生れんものは後を導き、後に生れんひとは前を訪へ、連続無窮にして、願はくは休止せざらしめんと欲す。無辺の生死海を尽さんがためのゆゑなり」(教行信証後序・安楽集引文)
のお言葉を、お取り次ぎさせて頂きました。

  お念仏の法は、「伝えるぞ~!!」と我執丸出しで力むのではなく、我執なき世界から届いた「南無阿弥陀仏」の六字が「伝わる」法でございますなあ。

南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏

餅は餅屋

2012-03-03 00:45:09 | 真宗・信心

 政治の話は国会議事堂で聞きましょう。政治屋、じゃなかった政治家の答弁が聞けます。

 音楽を肌で感じたければライブに行きましょう。生きた音が聞こえてきます。演奏者のミスも……それはそれで楽しいです。

 ご年配の方の青春時代を聞きたかったらその手の施設に行かれたら古きよき時代のいろいろな話が聞けます。私は仕事でいろいろ聞いてます。聞いてあげましょう。喜ばれます。人生の先輩に学ぶことはいろいろあります。

 新興宗教の被害者のサイトやブログに行けば、被害者による会計の沙汰や、経営の沙汰、教祖の嘘の沙汰が聞けます。その手の話がしたければそちらに訪問してみましょう。

 どれだけ精神的被害を受けているかがよく分かります。

 お念仏の話やご信心の話がしたければ、信心の沙汰する人の集うお寺やコミュニティに行けばいいのです。
 たまにクソ坊主もいますが……そういう人の話は横に置いておけばいいのですから(笑)
 我が身のお念仏に迷うた時、お寺にいる善き師、善き同行は、我が身の話そっちのけで阿弥陀さまを主語にして話してくれますよ。

 餅は餅屋です。

南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏