仏教を楽しむ

仏教ライフを考えるコラムです。浄土真宗本願寺派僧侶

「生きる意味」の空洞化

2016年08月26日 | 苦しみは成長のとびら
『宗教とこころの新時代』 (岩波講座 現代 第6巻) (2016/5/28・大澤 真幸編集)に関する昨日の続きです。どうもこの論者は、その時代の社会の宗教的受容や流行を、ライフスタイルの変化に求める傾向があります。といって論旨を軽んじるものではなりません。例えば次のようにあります。

 八〇年代後半以降、新しいタイプの宗教的行為の拡大が指摘されている。その中には、占星術・UFO・魔術・予知夢・古代文明などについてのオカルティックな情報への関心の高まりからはじまって、エンカウンターグループ・交流分析;目己啓発セミナーなどの精神分析系の療法実践や、座禅・カンフー・気功・ヨーガなどの東洋系の瞑想技法、さらに、ヒーリングミユージック・お香・マッサージなどの癒しの実践などの実に多種多様な活動が含まれている。そして。こうした実践への関心の高まりを背景として、八〇年代後半から九〇年代にかけて同種のテーマを扱うテレビ番組か頻繁に放映されたり、書籍や雑誌が盛んに刊行されたりした。…
この時期大都市中心部に位置する大型書店では「精神世界」や「自己啓発」の名でコーナーが作られるようになった。


宗教学者の井上順孝(1996)は、こうした事実認識を受けてこの時に生じたいたのは、「宗教ブーム」だったのではなく「宗教情報ブーム」だったのではないかと分析している。つまり、実際の宗教活動の活性化なしに情報だけが以上に増殖したのがこの現象の正体であったということになる。…


八〇年代以降の日本は、多くのサービスか市場を介して大衆に選択され消費される高度大衆消費社会である。それゆえ、この消費社会の追い風を受けて宗教もまた個人的に選択され消費される傾向を強めていると考えられよう。そして、宗教が消費財としての性質を強めていく中で、市場における競合相手との間でどこまでが宗教であるのかを判定することか困難となっている。… このように見ていくと、現代社会における宗教の姿は人々のライフスタイルの変化に合わせて自らの形態を変化させた帰結に思える。そう名えれば、社会の現状に適応する中で衰退する部分と再成長する部分とが生じるのはごく当然のことであるし、周辺領域の現象との間で新たな離合集散が生じることも想像に難くない。それを無視して全体を周りから独立した内部に偏差のない一枚岩の存在と仮定して、単純に全体が衰退しているとか再成長しているなどと議論することは終わりにしてもよいのではないだろうか。

(以上)

宗教的な受容が消費社会変化、すなわちライフスタイルの変化と共に、その時代その時代の流行をつくっているということでしょうか。

論者は“「豊か」であるゆえの「生きる意味」の空洞化”についても記述されている。論師の内容とは別に、この小タイトルにある“「豊か」であるゆえの「生きる意味」の空洞化”について、私の思いを記述します。

80年代以降のいわゆる「宗教ブーム」は、物の豊かさの飽和状態の中で、欲望のベクトルが「物」から「心」と移り、それを商売と結び付ける人たちが消費活動につなげていった。

では2010年以降のプチ宗教体験やパワースポット、観光寺院での御朱印めぐり等々は、
低成長以降の若い世代の人たちが、宗教を試食するように、様子見状態にあるのではないか。
「宗教は危ない」という90年代のトラウマと、経済活動以外のところに安らぎ見出したいという思いの表れではないか。これはあくまで仮設ですが。

〝「生きる意味」の空洞化〟についてです。

通常、豊かさは、まずしさの体験があった時、豊かさが実感できます。この実感が、〝「生きる意味」の空洞化〟を補ってくれます。ところが貧しさを知らないとき、豊かさの実感は、その豊かさを実感できる、「有難いと思える」精神的が求められます。この「有難いと思える」精神性の欠落が、〝「生きる意味」の空洞化〟をもたらしているのです。80年代の宗教ブームは、「まずしさの体験があった時、豊かさが実感」できたことに代わる精神性を求めたものであった。

その要求に対して既成仏教(浄土真宗)はその欲求に応える質的なものを持っていたが、民衆は新しい宗教に求めた。それがいよいよ〝「生きる意味」の空洞化〟を深めていった。これが私の見立てです。
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「生きる意味」の空洞化

2016年08月26日 | 苦しみは成長のとびら
『宗教とこころの新時代』 (岩波講座 現代 第6巻) (2016/5/28・大澤 真幸編集)に関する昨日の続きです。どうもこの論者は、その時代の社会の宗教的受容や流行を、ライフスタイルの変化に求める傾向があります。といって論旨を軽んじるものではなりません。例えば次のようにあります。

 八〇年代後半以降、新しいタイプの宗教的行為の拡大が指摘されている。その中には、占星術・UFO・魔術・予知夢・古代文明などについてのオカルティックな情報への関心の高まりからはじまって、エンカウンターグループ・交流分析;目己啓発セミナーなどの精神分析系の療法実践や、座禅・カンフー・気功・ヨーガなどの東洋系の瞑想技法、さらに、ヒーリングミユージック・お香・マッサージなどの癒しの実践などの実に多種多様な活動が含まれている。そして。こうした実践への関心の高まりを背景として、八〇年代後半から九〇年代にかけて同種のテーマを扱うテレビ番組か頻繁に放映されたり、書籍や雑誌が盛んに刊行されたりした。…
この時期大都市中心部に位置する大型書店では「精神世界」や「自己啓発」の名でコーナーが作られるようになった。


宗教学者の井上順孝(1996)は、こうした事実認識を受けてこの時に生じたいたのは、「宗教ブーム」だったのではなく「宗教情報ブーム」だったのではないかと分析している。つまり、実際の宗教活動の活性化なしに情報だけが以上に増殖したのがこの現象の正体であったということになる。…


八〇年代以降の日本は、多くのサービスか市場を介して大衆に選択され消費される高度大衆消費社会である。それゆえ、この消費社会の追い風を受けて宗教もまた個人的に選択され消費される傾向を強めていると考えられよう。そして、宗教が消費財としての性質を強めていく中で、市場における競合相手との間でどこまでが宗教であるのかを判定することか困難となっている。… このように見ていくと、現代社会における宗教の姿は人々のライフスタイルの変化に合わせて自らの形態を変化させた帰結に思える。そう名えれば、社会の現状に適応する中で衰退する部分と再成長する部分とが生じるのはごく当然のことであるし、周辺領域の現象との間で新たな離合集散が生じることも想像に難くない。それを無視して全体を周りから独立した内部に偏差のない一枚岩の存在と仮定して、単純に全体が衰退しているとか再成長しているなどと議論することは終わりにしてもよいのではないだろうか。

(以上)

宗教的な受容が消費社会変化、すなわちライフスタイルの変化と共に、その時代その時代の流行をつくっているということでしょうか。

論者は“「豊か」であるゆえの「生きる意味」の空洞化”についても記述されている。論師の内容とは別に、この小タイトルにある“「豊か」であるゆえの「生きる意味」の空洞化”について、私の思いを記述します。

80年代以降のいわゆる「宗教ブーム」は、物の豊かさの飽和状態の中で、欲望のベクトルが「物」から「心」と移り、それを商売と結び付ける人たちが消費活動につなげていった。

では2010年以降のプチ宗教体験やパワースポット、観光寺院での御朱印めぐり等々は、
低成長以降の若い世代の人たちが、宗教を試食するように、様子見状態にあるのではないか。
「宗教は危ない」という90年代のトラウマと、経済活動以外のところに安らぎ見出したいという思いの表れではないか。これはあくまで仮設ですが。

〝「生きる意味」の空洞化〟についてです。

通常、豊かさは、まずしさの体験があった時、豊かさが実感できます。この実感が、〝「生きる意味」の空洞化〟を補ってくれます。ところが貧しさを知らないとき、豊かさの実感は、その豊かさを実感できる、「有難いと思える」精神的が求められます。この「有難いと思える」精神性の欠落が、〝「生きる意味」の空洞化〟をもたらしているのです。80年代の宗教ブームは、「まずしさの体験があった時、豊かさが実感」できたことに代わる精神性を求めたものであった。

その要求に対して既成仏教(浄土真宗)はその欲求に応える質的なものを持っていたが、民衆は新しい宗教に求めた。それがいよいよ〝「生きる意味」の空洞化〟を深めていった。これが私の見立てです。
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宗教とこころの新時代

2016年08月25日 | 都市開教
図書館から『宗教とこころの新時代』 (岩波講座 現代 第6巻) (2016/5/28・大澤 真幸編集),を借りてきました。執筆者は、山内志朗、酒井啓子、中島隆博、田辺明生、末木文美士、河合俊雄、内海健、古市憲寿、芳賀学、島田裕巳。各氏で、「BOOK」データベースには、「宗教と近代化・現代化との間の複雑に絡み合う関係を探究する。現代社会の全体像を把握し、新たな知の基盤を築くための挑戦」とあります。

目次を紹介します。

○目次

総説 宗教の現代性  大澤真幸

I. 世界の伝統宗教が映し出す「現代」
1 「世界標準」としてのキリスト教  山内志朗(慶應義塾大学)
2 イスラーム主義・宗派主義と暴力化  酒井啓子(千葉大学)
3 中華の復興――中国的な普遍をめぐるディスコース  中島隆博(東京大学)
4 宗教性からみたインド――存在の平等性にもとづく多様性の肯定  田辺明生(東京大学)
5 仏教のアクチュアリティ――伝統思想をどう捉え直すか  末木文美士(仏教学者)

II. 「こころ」の変化は何を問いかけるか
6 現代社会における物語  河合俊雄(京都大学)
7 精神の病が映す「こころのゆくえ」――統合失調症と自閉症  内海 健(東京藝術大学)
8 幸福な社会とよい社会  古市憲寿(社会学者)
9 成熟社会における宗教のゆくえ――宗教復興か世俗化か  芳賀 学(上智大学)
10 オウム真理教事件――21世紀からの再考  島田裕巳(宗教学者)

(以上)

こうした図書館借り借りてきた本は、つまみ食いで読みます。興味のあったところを少し紹介します。一番興味を引く論文は「9 成熟社会における宗教のゆくえ――宗教復興か世俗化か  芳賀 学(上智大学)」です。

年中行事と通過儀礼について、儀礼の代表格は、江戸時代中盤以降に現代に近い形で定着した、正月に始まり、小正月・節分・ひな祭り・春彼片・端午の節句・春祭り・七夕など、全国的に衰退した感があるが、近代化以降バレンタインデー・母の日・クリスマなどの新たな行事が加わり、節分に恵方巻きを食べるといった新しい習慣か日本全国に普及しつつある。…
さらに、受験合格のための祈願や水子・ペットの供養など、高度経済成長期以降に広まったものもある。こうしてみると、年中行事と通過儀礼の変化は、単純な再成長とか哀退ではなく。ライフスタイルの変化に伴う適応と進化のプロセスと考えた方かよいだろう。(以上)

年義行事や通過儀礼が「ライフスタイルの変化に伴う適応と進化のプロセス」であるならば、寺院も大切な儀礼行事を伝承するとともに、あらたなライフスタイルの変化に応じた儀礼に応じた活動も必要であろう。
(続く)
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絶望名言朗読

2016年08月24日 | 苦しみは成長のとびら
日曜日の台風9号、柏市の上空を通り過ぎたようです。その台風が盛岡辺りを通過した22日午前1時、たまたま目が覚めると深夜便と文学紹介者の頭木弘樹氏と聞き手川野一宇アンカーが「絶望名言朗読」という対談をしていました。

「絶望読書」のすすめ 頭木弘樹さん、新たな人生を切り開くためという内容です。

 頭木(51)さんは大学3年生の時、医師に、就職も大学院進学も諦めて親に面倒を見てもらいながら一生を送るしかないと宣告された。絶えず下血に襲われる潰瘍性大腸炎。それから13年間、絶望の闇の中で入退院を繰り返しながら過ごした。その時期に頭木さんの支えとなったのは、カフカやドストエフスキーの絶望の文学だったという。そんな体験をふまえて頭木さんは「人は絶望しているときにこそ、絶望の文学が必要」という『絶望読書』なる本を書き上げ出版されています。
絶望的な病床の中で、その絶望に共感してくれる先哲の言葉に生きる勇気を得ていたようです。

対談では、カフカの言葉を紹介していました。

 将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。
 将来にむかってつまづくこと、これはできます。
 いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。

 ぼくはひとりで部屋にいなければならない。
 床の上に寝ていればベッドから落ちることがないように、
 ひとりでいれば何事も起こらない。

バルザックの散歩用のステッキの握りには、
 「私はあらゆる困難を打ち砕く」と刻まれていたという。
 ぼくの杖には、「あらゆる困難がぼくを打ち砕く」とある。
 共通しているのは、「あらゆる」というところだけだ。

他のネット記事で見ると、
立ち直るには「絶望の期間」をあせらずに過ごすことが大切、とあります。

絶望的状況の中に、わが身を置くことができる。重要であり稀有なことです。早速図書館にリクエストしたので、後日、続編をお伝えします。
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育成システム

2016年08月23日 | 都市開教
リオ五輪も終わりました。日曜朝のワイドショで、リオ五輪で多くのメダリストを生んだのはコーチの努力があった特集を組んでいました。2.3日目の産経新聞にも、「リオ五輪で日本の躍進が目立つ。 バドミントン協会は2004年、代表チーム11人を派遣しても1勝しかできない惨敗を喫した後、韓国出身の監督を招聘した。 英国とマレーシアで指導者として実績を残した1992バルセロナ五輪金メダリストは日本バドミントンに革新を成功させた」と伝えています。

こういう記事を見ると「さて、本願寺派では…」という思いを持ちます。布教使の育成には…。自前で出来ないのであれば、外部から招くしかないが…。といって技の問題だけでもない。オリンピックの育成システムを、本願寺も取り入れて…。夢の夢ですか。
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