仏教を楽しむ

仏教ライフを考えるコラムです。浄土真宗本願寺派僧侶

聖典学習会

2017年02月26日 | 都市開教
先般、首都圏開教寺院の有志による勉強会を開催いたしました。浄土真宗の教えについて専門的に勉強している方ならご存知かも知れませんが、ご講師に福岡県の成照星先生をお招きし阿弥陀経について300分を超えるお話をしてくださいました。

出席を希望され、当日欠席された方や、聴講を希望される方のために、講義データを有償で配布します。この勉強会は、年3回を予定しています。次回は、平成29年6月22日(木)、10月25日(水)、午前10時から午後6時までを予定しています。会場は柏市西方寺(柏市名戸ヶ谷1121-2 04-7163-0517)会費4.000円です。次回の講義は「仏説観無量寿経」です。

興味ある方は下記サイトに詳細を掲載しておりますので、ご覧ください。

http://seiten.saiho-ji.org/bvp65966/
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愚の自覚

2017年02月25日 | 浄土真宗とは?
『浄土真宗とは何か - 親鸞の教えとその系譜 』(中公新書・2017/1/17・小山 聡子著)を借りてきて読みました。

アマゾンの内容(「BOOK」データベースより)
日本最大の仏教宗派、浄土真宗。開祖・親鸞は、絶対他力の教え、悪人正機説など、思想の革新性で知られている。本書では、さらに平安時代の浄土信仰や、密教呪術とのつながりにも目を向け、親鸞の教えと、それがどのように広まったのかを、豊富な史料とエピソードに基づき描きだす。師・法然から、親鸞、その子孫、室町時代に教団を確立した蓮如、そして東西分裂後まで、浄土真宗の思想と歴史を一望する。(以上)

親鸞とその親族や弟子たちの信仰の実態について、最新の資料によって解き明かしています。また親鸞聖人の史実から、教団の東西が分れるまで幅広く、浄土真宗全体を知るには最良の本でしょう。

本書の特徴は、教団の人では書きにくい部分も素直に書いている点です。例えば次のようにあります。

これまで親鸞は中世人であるにもかかわらず、現代人から見ると神秘に他ならない奇瑞を否定し、現代に近い進歩的な感覚を持っていた、とされてきた。これも正しくない。親鸞は臨終時に奇瑞かなかったとしても、他力の念仏者は必ず往生できるのだと説いただけである。奇瑞そのものを否定してなどいない。むしろ親鸞は、臨終時に奇瑞かあればそれはそれで素晴らしいことだと喜び、奇瑞かあったと耳にすればそれを書きとどめ感動したのである。
 中世は、呪術と同様、奇瑞などの、いわゆる神秘を完全否定できるような時代ではなかった。親鸞は、呪術による現世利益か求められ神秘か信じられた時代に生を享け、その中で他力の教えを説いた。近現代的な価値観によって、親鸞の著作から合理的な箇所だけを拾い集めて親鸞像を構築するのは不適切である。(以上)

といった具合です。そして最後は次のように結んでいます。


親鸞の偉大さは、必ずしもその教えのみにあるのではなく、愚を自覚しようと志し、少なくともある程度は自覚しえたところにあるのではないだろうか。とりわけ、殺生の罪や無智などにより自身の往生に大きな不安を抱えていた者たちは、愚の自覚の必要性を説き実践しようとする親鸞の姿を目にして、勇気づけられたことだろう。
 親鸞の生き方は、現代社会において特には浄土真宗の信仰を持たない者にとっても道標となりえる。たとえば、愚を多少なりとも自覚できる者か自覚しようとする謙虚な姿勢を持てば、現代の社会か抱える諸問題の中で、解決に導かれることは多いだろう。愚の自覚を試みようとするだけでも、謙虚になり、自然と周囲の人間や様々な事柄に対する感謝の念も生じてくるはずである。親鸞の教えは、現代社会における諸問題解決の糸口になるかもしれない。(以上)

私もこの“愚の自覚”こそ、現代文明への一番のメッセージ性を持っているのだと思います。
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聖徳太子の名前を「厩戸王」に変えるな!

2017年02月24日 | 日記
先週、新聞に“2月14日(29年)に文部科学省から発表された次期学習指導要領改訂案”が掲載されてました。下記の通りです。

改定学習指導要領(平成29年)の記述

<「律令国家の確立に至るまでの過程」については、厩戸王(聖徳太子)の政治、大化の改新から律令国家の確立に至るまでの過程を、小学校での学習内容を活用して大きく捉えさせるようにすること>

これに対して「新しい歴史教科書をつくる会」から“聖徳太子の名前を「厩戸王」に変えるな!
次期学習指導要領改訂案に対する緊急声明”が発表されています。

http://www.tsukurukai.com/taishi.html

また昨日の(29.2.23)『産経新聞』正論に拓殖大学教授の藤岡信証氏が「聖徳太子を抹殺する指導要領」を執筆されておられました。「聖徳太子の抹殺は日本国家を精神的に解体させる重大な一歩である」という歴史問題ではなく精神論からの提言でした。

親鸞聖人も聖徳太子という名で尊敬されているので、宗派も“聖徳太子の名の存続への努力”をしてもいいのではないか。
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老いを受け入れる努力

2017年02月23日 | 日記
『産経新聞』に毎週、久田 恵(ひさだ めぐみ、1947年10月7日- ・日本のノンフィクション作家)さんのエッセイが掲載されています。今朝の掲載は「どんどん老いていく努力の日々」で書いていました。要点は、老いと共に物忘れなどが激しくなってきたので、外出の際は30分速く出るとかして、身体的、精神的な老いを受け入れる努力が大切といったものです。


ネットで歳を調べると68歳、そうなんだと思ったことです。私は63歳、高血圧や不整脈、とくにこの不整脈の薬を飲み忘れると、脈が調子悪くなるので、三日に一日は、朝方「昨日の夜薬を飲んだか」という疑念がわいて不安になることがあります。

スケジュール上の物忘れも、時々あり、自分で勝手に、今日の葬儀は13時から(本当は11時から)などと思って、危うくという経験が、このところ度々あり、坊守から指摘を受けています。そのような塩梅なので「老いを受け入れる努力」の話は参考になりました。

自分の記憶や思い込みを当てにせずに、客観的な証拠を残しながら生活するよう努力したい。“老いを受け入れる努力”のスタートです。
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“無知”が障害者を生み出していく

2017年02月22日 | 日記
障害者に対する差別について「障害者いるので障害をなくそう」ではなく、「障害があるから障害を受ける人(障害者)が生まれる」ということに以前触れたことがあります。

今朝(29.2.22)の『読売新聞』〈教育ルネッサンス〉に「障害をIT機器で補う」という記事がありました。たとえば「読むことが苦手」という学習障害の人には「ペン型の機器で教科書を読み取り、音声を再生する」。


記事を読みながら「そうなんだ」と思うと共に、人々の“無知”が障害者を生み出していくという現実が思われました。
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