先日から、
ブログ友達と、
俳句の助詞、「てにをは」 は難しいね。
という話で盛り上がって、
とても楽しかった。
大好きなブログ友のことりさんが、
「涙は」を「涙に」に変えた記事を書かれてて、
私は、
わあ楽しい~🎵
と思い、
「涙に」の俳句を作りたいと凄く思った。
ここで、
作りたい!てめちゃくちゃ思った私って何や!!(笑)
はい、私ってこだわっちゃう人なのです(笑)
色々、駄句を思い付いたが、
結局、
ことりさんのコメント欄に、
「亡き母の涙に見ゆる龍の玉」
を書いた。
今思うと、
ああ、恥ずい~~~😣💦⤵️
この句は、
誤解を生ずる駄作だった。
最初に私が作ったのは、
「亡き母の涙と思ふ龍の玉」
だった。
でも、
私はどうしてもどうしても
「涙に」にしたかったので、
(何というこだわり笑)
この句は諦めた。
でも、
そこで
「涙に見ゆる」
と思い付いたのが間違いだった。ああ~
私は、
「涙のように見える龍の玉」
という意味で、
「涙に見ゆる」と
書いたが、
これは
「亡き母の涙の中に見える龍の玉」
と
誤解される駄句であると気が付いた。
「のように見える」
も間違いではないが、
「の中に見える」
の意味とも取れるので、
これは駄句。
いつも、
私の先生は文法には厳しく、
二つの意味に取れるのは駄作だと言われる。
この句も、
多分、
私の先生なら指摘されると思う。
よって、
「亡き母の涙に見ゆる龍の玉」
を
元の句
「亡き母の涙と思ふ龍の玉」
に直します。
ことりさん、
駄句を送りましてすみません。
ああ、
「涙に」は
相当難しい~😣💦⤵️
修行が足りません。
出直します。
今、
ここまで書いてみて、
「亡き母」で既に過去なのだから、
今「見ゆる」のは、
「のように見える」
の方が、
意味が強いのではないか
と思い始めた。
よって、
間違いではないかも知れない。
でもやはり、
誤解を少しでも生ずる句は
駄目だと私は思う。
自分の俳句には厳しくいきたい
私です。はい。
ブログ友達と、
俳句の助詞、「てにをは」 は難しいね。
という話で盛り上がって、
とても楽しかった。
大好きなブログ友のことりさんが、
「涙は」を「涙に」に変えた記事を書かれてて、
私は、
わあ楽しい~🎵
と思い、
「涙に」の俳句を作りたいと凄く思った。
ここで、
作りたい!てめちゃくちゃ思った私って何や!!(笑)
はい、私ってこだわっちゃう人なのです(笑)
色々、駄句を思い付いたが、
結局、
ことりさんのコメント欄に、
「亡き母の涙に見ゆる龍の玉」
を書いた。
今思うと、
ああ、恥ずい~~~😣💦⤵️
この句は、
誤解を生ずる駄作だった。
最初に私が作ったのは、
「亡き母の涙と思ふ龍の玉」
だった。
でも、
私はどうしてもどうしても
「涙に」にしたかったので、
(何というこだわり笑)
この句は諦めた。
でも、
そこで
「涙に見ゆる」
と思い付いたのが間違いだった。ああ~
私は、
「涙のように見える龍の玉」
という意味で、
「涙に見ゆる」と
書いたが、
これは
「亡き母の涙の中に見える龍の玉」
と
誤解される駄句であると気が付いた。
「のように見える」
も間違いではないが、
「の中に見える」
の意味とも取れるので、
これは駄句。
いつも、
私の先生は文法には厳しく、
二つの意味に取れるのは駄作だと言われる。
この句も、
多分、
私の先生なら指摘されると思う。
よって、
「亡き母の涙に見ゆる龍の玉」
を
元の句
「亡き母の涙と思ふ龍の玉」
に直します。
ことりさん、
駄句を送りましてすみません。
ああ、
「涙に」は
相当難しい~😣💦⤵️
修行が足りません。
出直します。
今、
ここまで書いてみて、
「亡き母」で既に過去なのだから、
今「見ゆる」のは、
「のように見える」
の方が、
意味が強いのではないか
と思い始めた。
よって、
間違いではないかも知れない。
でもやはり、
誤解を少しでも生ずる句は
駄目だと私は思う。
自分の俳句には厳しくいきたい
私です。はい。