北山・京の鄙の里・田舎暮らし

北山、京の北に拡がる山々、その山里での生活を楽しんでいます。

仁清まつり・かやぶきの里放水ショー

2011-05-23 04:32:42 | 自然・風景
伝仁清生家


朝山科在住のMさんを二条駅で迎え、御池通を走り出したら凄い雨でワイパーをフルにしても前が見づらい程の豪雨に襲われた。周山街道を北上する頃にはこの雨も落ち着いてきた。北山杉の山の下を流れる渓流沿いの木やや山裾の木に巻き付いた藤の花はまだ咲いていた。

美山町・大野で行われた仁清まつりを見に行くのが目的だ。せっかくのお祭りなのに今朝のこの雨が水をさしていないか心配したが、到着した頃は小降りだった。しかし朝は幟の旗が倒れてしまう程の風も吹いたようで大変だったそうな。

地元の陶芸家がテントで出品されていたが思ったより数が少なかった。仁和寺から里帰りした仁清の作品が会館内に展示されていたがガラスケースに入れられ、傍に立つガードマンに守られていた。館内の会場には仁清を案内する展示や京都伝統工芸大学の生徒さんの作品などが展示されていた。へー、2年生でこんな立派な作品が、とMさん感心されていた。

会場には、Nさん、Yさん、Iさん、などの顔も。このまつりを一生懸命準備されてきたMさんやNさんも忙しそうだった。伝仁清生家へ足を運び、近くを歩いたが、この里の豊かさが伝わってくる。立派な家、きれいに手入れされた広い庭、田舎の豊かさだ。新緑の裏山から緩やかな段丈に拡がる集落には数件の萱葺き屋根の家も残っていて、由良川方面には田植えが終わった水田風景が拡がっていた。

おふくろ鍋を頂いたころには雨も上がってきた。美山のかやぶきの里の放水銃テスト日でそのショーを見に知井の北地区へと移動。途中、内久保で蓮如の滝の傍まで行き、いつもよりやや水量の多い滝や由良川の流れの風景を目の前に見ながらMさんが準備してくれたお握りを頂く昼食はなかなかの贅沢感を味わわせて貰った。

光瑞寺裏山方面へ移動。ここでは絶滅危惧種に指定されているベニバナヤマシャクヤクが保存されていると聞いているので、この辺りかしらと場所確認の偵察に行く。来月初めには地元で観察会があると言う。山にはゲートもあり網も張られているので入れない。

かやぶきの里の放水ショーは13:30から5分間。バスがどんどんやってくる。立派なカメラが並んでいる。一度は見ておきたい風景だったし、こうして伝統建造物群を守る活動が行われているのは頼もしいとも思った。



佐々里峠から広河原、花脊を通り、北山の緑の風景を楽しみながら京都市内へとMさんをお送りした。自然に浸りたいのに車からの景色だけでは満足して貰えなかったかな。疲れられたろうなあと心配する。

途中花脊峠を下り始めると、ランナーの姿が眼に入り始めた。ゴールは何処なのかしら?などと話し合いながら鞍馬へと向かうが、あれまだ走ってる。出町まで来た時に鴨川にテントが張られていたことがMさんの指摘で分かった。ここがゴールだということは、小浜から京都への山中78kmを駆け抜ける鯖街道ウルトラマラソンだったんだ。すごいなあ~と感心する。山中を走るので平地を走る100km以上の苦しさかもしれない、いやそうだろう。

僕はマラソンは出来ないので、取り敢えず若狭高浜から京都までの歩き位からやってみようと思っているのだが…。




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8 コメント

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大野の里 (徘徊堂)
2011-05-23 12:31:37
 スゴイスゴイ!もうアップされている。小生などもアップしようと思っていますが、2週間ぐらい先かなというところです。
 仁清祭の情報、またN先生への間接的ご紹介(笑)、ありがとうございました。mfujino様の名を出させて頂いた瞬間に「まあ、上がれ。」ということになり、先生は自分やご友人の昼食を忘れてあれこれ説明して下さいました。
 途中、「この辺りの名族であるN氏は何姓ですか?」というような間抜けな質問をしてしまいましたが、幸い、質問が聞き取りにくかったのか、そのことには触れずに話をされましたから、良かったです。慶能法師の末裔ということならば菅原(土師)姓に決まってるやんけと天満宮で気づきました。
 素朴な感想として、陶器市にはこだわらないほうが良いと思いました。出展者は手持ちぶさたな感じでしたし、こちらはこちらで「銚子一本に何ちゅう値をつけてるねん」と呆れた部分もありましたから。やっぱり、食いもんが一番かと思います。鉄板の用意は大変ですが、たこ焼き、焼きそば、ご用命があれば焼きますよ。
 美山の放水は放水銃が設置された年にたまたま見ることができました。その後は行く度に駐車場が広くなっているのに感心しています。北の集落も大野の集落も山と川の有り様も村の造り方も似ていますね。大野の天満宮の土俵には感心しました。
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緑いよいよ深き。 (道草)
2011-05-23 13:56:18
昨日は、予報通りに朝から豪雨となりました。そして、午後からは予報を外れて晴れ間が覗く、目まぐるしい天候でした。「仁清まつり」は、天候に関係なく盛会だったのでしょうか。「おふくろ鍋」に釣られて出向いた御方も、中にはいらっしゃるでしょうけど。
放水訓練は本来なら天候に無関係ですが、見物を兼ねてとなると雨中では間の抜けたショーになるところでした。雨が上がって、何とか格好がついたのかも知れませんが。
仁清家のある辺りは、昔のままの風情をたっぷり残しているのでしょうか。訪れるとすれば、やはり緑濃き今頃が最高なのかも知れません。私は由良川には馴染みがないのですが、旧宇津村の大堰川(上桂川)が、日吉ダムの影響ですっかり変貌してしまいました。山国辺りまで行けば昔の清流が見られ、昨年は黒田へ向かう途中に河鹿の鳴き声を堪能しました。
「鮎塩焼き会」は結局は実現しませんでしたが、上桂川の鮎はやはり由良川に比べると収獲は減っているのでしょうか。昨夏に、同級生と和知で鮎の塩焼き会を持ちました。和知は由良川産の鮎でしたが。

mfujinoさんは、昨日は佐々里峠を越えられたとか。私はこれまで、春・秋・冬と三季の佐々里を訪問しました。その内の二度は、mfujinoさんのお世話になっています。改めて感謝申し上げます。夏の佐々里も訪れて、写真も撮って病床の同級生へ届けたいと思っています。南丹市営のバスが出ていますので、その内にふらりと出掛けます。
それと余談ながら、近くの家具店で「らふ工房」の製品を展示販売しているので覗いて来ました。欅の見事な家具や小物が目立ちました。中々、手は出ませんが。
今日は朝から小雨が降り続いています。九州は梅雨入りになったとか。この雨で山々の緑はいっそう濃くなることでしょう。
「騙すより騙されろと教えし師亡き山里の緑は深く」道草。
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かやぶき屋根 (鎌倉街道)
2011-05-23 21:19:52
放水ショーはきれいですね。 でも、普通の家が邪魔ですね。 なぜ二軒も、しかも道路側からよく見えるところの家が、どこにでもあるような建物なのか? わからないのです。 
放水銃の水量とか向きなども計算されて銃が設置されているのでしょうか。 この5分間は家から外に出ることもできないのでしょうね。 一度くらいは見てみたいですね。 雨がっぱを着こんで。

話は変わりますが、くりん草のところで「原発作業員は若い人がやるのではなく、年寄りが行くべきだ。」と話しておられる方がおいでとか書き込んでありましたが、23日朝日新聞 夕刊に「60歳以上が行こう」と知人らにメールやはがきで呼びかけた方が居られると出ていました。 23日現在165人の方が応募されたそうです。 東電も政府もまだこのような「決死隊」を受け入れる方向に行っていないようです。 現在作業員の中には60歳以上の人も居るそうです。 

5月の新聞の、読者「声」欄のようなところで読んだのだと思うのですが、「人間は死んだら生ごみになるんだ。だから焼かれるんだ。」というようなことが書いてあったのが、いつまでも心に引っかかっていまして、「60歳以上 原発作業員」なんだか納得しております。
気概のあるお知り合いの方が多いのですね。

またまた話は変わって、佐々里峠、広河原、花背、広河原を除いて優しい地名ですね。 広河原はたしか南アルプスのどこかに同じ地名があったような・・・。 佐々里峠という名は、なんと優しいひびきなのでしょう。 花背は、籐の花かごに野の花が一杯の感じを受ける地名です。 車で通りすぎるのではなく、ゆっくりと歩いてみたいところですね。
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覆水は盆に帰らずの喩えあり (硯水亭歳時記)
2011-05-25 16:12:01
   Mfujinoさま

 愈々筆冴えて、躍動する山国の様子がありありと伝わって嬉しいです。美山の放水ショーは秋に観たことがあります。大変盛大な感じが致しましたが、今では観光化されているのでしょうか。止むを得ないことかなぁ。ベニシアさんの友人でドイツ出身の尺八走者・ウベさんご夫妻もここにお住まいです。ウベさんが田植えをした時、村のかたがたからヤンヤと囃されているのを目撃したことがありました。でもそれが本人にとっても嬉しいようで、山国は人を引き込む力がそうしているのでしょう。記事ごとに詳しく分類し、私なりに、Mfujinoさんの記事を参考にさせて戴いております。いつも心から感謝申し上げます。

 ところで原発被害の街の一つ、南相馬市の桜井市長は22日に相馬野馬追の実施するかどうか発表することになっていたのですが、ただ現在野馬追用の馬28頭を助けただけで七月末のお祭り開催になるかどうか、まだ発表されておりません。三つの神社がポイントになるのですけれど、一つの神社が避難範囲で、そこは祭りに加えるかどうか瀬戸際なのでしょう。祭りは神人供応で意味あるものです。被災地の一つでも、悩ましい問題があるようです。美しい山国にはかような事態にならぬよう心からお祈り申し上げます。心の故郷である文化の復興こそ、全国どこでも問題なのでしょう。

 http://www6.ocn.ne.jp/~nomaoi/ (野馬追公式ページ)

 仁清の出自の興味があります。MOA美術館所蔵の国宝・色絵藤花図茶壺は元は五島慶太(強盗慶太)が持ち主でしたが、大磯の自宅の隣にMOAの創始者岡田茂吉さんお住まいでした。両者は個人宅地境界の争いに永年なっていたようですが、岡田さんは後藤氏に仁清の壷と交換しましょうかと持ちかけたら、一つ返事で境界線と、これをアッサリ交換したそうです。仁清で僅か二つしかない国宝は、こうして熱海のMOA美術館に展示されることになったのです。(秘話で恐縮です)

 放水ショー 遣らずの雨に似たりけり (硯)
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伝統の力 (mfujino)
2011-05-25 18:54:55
徘徊堂さま、もしかして会場に来ておられたらと思い電話を入れましたが、愛猫さんのお世話に忙しかった様ですね。会場に来られた頃には雨も上がりゆっくりと大野の里を歩かれたのではないでしょうか。天満宮の土俵を見て、私は山国神社の土俵で中学生の時に奉納相撲に出たことを思い出しました。山国にはもうありませんが、ここには残っていますね。

ここは野々村荘、ここに文字(モンジ)権左右衛門さんという偉い方がおられ、丹波誌「丹波国六郡分記」編纂に加われたり、伊能忠敬に匹敵するような立派な丹波の地図「丹波國絵図」を残しておられるとの事ですし、そのお孫さんは身延巡礼の詳しい記録を残されたりしています。この地区だけの大野誌を発行されたりしていまして、こう言ったことを考えるに伝統の力というものを感じます。慶能法師の末裔という話の真偽はよく分かりませんが、こういったことにも関係するのでしょうか。

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ほんまもん (mfujino)
2011-05-25 18:55:30
道草さま、緑はどんどん濃くなってきています。今月上旬のに比較するとえ~もうこんなにと思う程で自然の移り変わりが体感出来ます。佐々里峠のドライブでは緑を楽しめました。

このおまつりには南丹市も協力的で、徘徊堂さまによると南丹市長も来場していたそうです。また、熱海のMOA美術館は仁清の作品の国宝も所蔵していますが、お偉方が来場されていたそうです。

京都の丹波地方では、丹波というと篠山を初めとした兵庫県というイメージを持たれる人が多いので、京都も昔は丹波だったんだと、京都丹波、という事を知って貰う活動に頑張り始めておられます。

ここ大野の里は萱葺き屋根の家屋はそう多くは無いですが、数軒は残っています。しかし本文にも触れましたが、立派な家が多く、また庭がきれいですね。ちょうど花の季節でもあり、色々な花が見られましたね。豊かな里の風景を感じました。江戸時代からか100年前か忘れましたが、人口がず~と安定しているそうです。

家具の話がでましたが、その素材たる木については奥深いものがありますね。今日は地域力体感ツーリズムで京北にお越しのお客様に河原林邸で餅つき・採取された野草の天ぷら、古民家や山里風景でお迎えしたのですが、その門は欅で作られています。相当の年代物ですが、これを磨き直したらどんなに素晴らしい姿になるかしら、とこれを見て欅という名を挙げられる人は云います。私は一畳位の広さの机が欲しいのですが、それなりの素材を使えば何世代も利用可能な机になることでしょう。そう考えると本まもの素材を使ったものは高くないのかもしれません。その意味では今の我々は薄っぺらなものに踊らされているのかもしれない、本当に豊かになっているのかしらと感じざるをえません。

私は木や草花の知識はありませんので、いつも質問ばかりしているのですが、今日見た花は朴の木の花でした。そこから朴葉めしの話になり、自然とともに生き、それを活かしてきた先人の知恵に話が発展しました。

どうも頂いたコメントへのお返事にはなっていない様でごめんなさい。自然の中で生活している人達の智慧の素晴らしさを感じましたのでその意識が残っているのでしょう。こんな日々を過ごしています。
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観光・地名など (mfujino)
2011-05-25 18:56:06
鎌倉街道さま、今回ご指摘頂いたこと、楽しく読ませて貰いました。かやぶきの里の正面玄関とも言えるところになんで瓦葺きの屋根やねん、というのは私も感じますね。今この地区で抱かれている危機感は、現住者の高齢化だそうです。空き家になってしまったらどうなるかという心配です。この放水銃のテストショーを見学に観光バスがどんどんと駐車場に来ました。空いているスペースを見つけて入っていくと、ここはバスの邪魔になるからと追い出されました(*_*)しかし、放水ショーの後すぐにバスは出て行くのが多かったのではと感じました。

観光バスのツーリズムであちこちの表面だけを見て回る観光では、極端な表現をすれば写真やビデオを見ているのと大きな違いはないのではないでしょうか。鎌倉街道さまの仰るように、車で通りすぎるだけでなく、歩くなり、一夜を過ごして時の一部を体感する様な旅が主流になってこそ、豊かな旅が出来るのでしょうね。

道草さまへの返事でも書きました今日の都会からの人達を迎えての体験も参考にし、試行錯誤しながら学んでいきたいと思う今夜でございます。

60歳以上の人間が放射能汚染地域での作業に行こうよ、未来ある若者に放射線を浴びせたらあかんと言われる話を書きましたが、滅茶感動します。この話は以前テレビでも見ました。世間には同じ考えを抱く人が多いと思います。これについて思うのですが行政に携わる人達は現行法のもとで判断せざるを得ず、もし事あればの非難を恐れて判断するでしょう。あらゆるリスクを事前に開示して、それでも自己責任で出かけて行く人間の力を活かせるシステムって出来ないでしょうかね。校庭の放射線物質の残量が心配なら、すぐその表土を入れ替える作業を組織するPTAって無いのかしら?これは一回やれば済む問題ではないのでしょうけれど。

佐々里峠、広河原、花背の地名の話、楽しいですね。蓮如の滝の前で広い川原になっている優しい景色を見た後の私には何で広河原が優しいのから外されたのか分かりませんが、こう指摘されると、改めてそれぞれの響きを感じました。笹かな、ささゆりかなあ、花脊の裏山には花がいっぱい、、、、でも、花脊と藤の花が結びつくのでしょう?南アルプスの峰への山梨側からの入口に広河原が出てきますし、ここが一番有名な地名でしょうが私はまだ行った事はありません。地名って面白いですね。

今日、藤の花の天ぷらを食べました。ある女性は少し甘いと仰っていましたが、私にはその識別感がありませんでした(*_*)

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覆水は残っているかも。水の力は偉大なり。 (mfujino)
2011-05-25 18:59:55
硯水亭さま、放水ショーは観光化されていますね。まあ観光で生きようと頑張っておられる地元の人達にとって訪れる人が多いのは歓迎すべきことでしょう。しかしショーが終わると直ぐに出発するバスも割とあった様に見受けました。

ウベワルタさんは田歌の神楽でも笛吹きを担当されていますね。ベニシアさんの番組にも登場されていたのを思い出します。我が職場でも尺八ショーでお世話になったことを思い出します。完璧に田舎に溶け込んで生活されていると思います。ウベとかワルタという名前からこの人はドイツ出身ですよね。NHKの番組ではイギリス人と紹介していたかと記憶していますが、、ドイツ出身イギリス人って別に珍しいことではありませんが…。

相馬野馬追で思い出しましたが、京北には高宮ライディングパークがありますが、あの震災の直後、福島の馬が疎開してきているそうです。お祭りが催行されて、被災地の皆様が元気になられることを祈るばかりです。お祭りの何たるかを考える良い事例になりますように。

仁清の国宝作品の五島・岡田両氏の秘話をありがとうございました。早速大野の東さんに聞いてみましたがこの秘話はご存じ有りませんでした。五島さん損したなあ、なんて、、、

放水銃のテストは文化財を保存する活動です、また絶滅危惧種に指定されている草花を保存する活動も貴重なものです。心ある人はこういった活動に対し、何らかのdonationをという気持ちを持っていただければうれしいと思っています。


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