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川瀬有希の時の旅


「今日は何の日」と題し、過去のその日に起こった出来事を、自由気ままに語るブログです。

4月12日/ 今日は何の日

2012-04-12 00:15:00 | 事件・事故・災害

(1992年)衆議院議員・山村新治郎が次女に殺される

1970(昭和45)年によど号ハイジャック事件が発生した際、橋本登美三郎運輸大臣と共に犯人側と交渉を行った当時運輸政務次官だった山村が、乗客の身代わりとなり北朝鮮へ渡る。
後に解放され、無事日本に帰国した。
この時の行動で彼は一躍有名となる。

それから22年後、奇しくもその北朝鮮へ他の国会議員と共に訪れようとしていた矢先、自宅で次女に包丁でメッタ刺しにされ亡くなる。
享年58。
次女は精神的な病を患っており、心神喪失が認められ不起訴処分となるも、その4年後に自殺してしまった。


4月2日/ 今日は何の日

2012-04-02 00:15:00 | 事件・事故・災害

(2000年)小渕恵三内閣総理大臣が脳梗塞で倒れ、緊急入院

突然の事態で、あの時は事実上「権力の空白」状態だった。
小渕氏が(言葉は悪いが)意識不明なのをいいことに、ろくな議論もされないまま総理の座が森喜朗に移る。
どさくさ紛れに誕生した森内閣は、あの時点で、やること為すこと史上最低の評価を受けた(2012年4月現在なら、民主党に政権が移行してからの3首相も同じく最低)。
森政権下で選挙を行っていたら、政権交代が10年早く実現していたのは間違いない。
が、小泉純一郎総理の誕生により、そんな空気も吹っ飛んでしまった。
小泉政権の評価にはもう少し時間を要するが、仮に小渕氏が病気で倒れてなければ、日本の政治は、そして社会はどうなっていただろう。

なお、小渕氏は意識を回復することなく、同年5月14日に亡くなった。
享年62。


3月30日/ 今日は何の日

2012-03-30 01:00:00 | 事件・事故・災害

(1981年)レーガン米大統領暗殺未遂事件

例えば、ケネディ大統領暗殺のような歴史的暗殺事件の話を聞いても、まだ生まれてなかったこともあり正直ピンと来ないが、オンタイムで接したこのレーガン大統領の件は、子供心にもインパクトがあった。
テレビ映像のリアルさが衝撃的だった。
この時、もしレーガン大統領が命を落としていたら、冷戦終結はどのような経緯を辿っていただろう。



(1995年)國松警察庁長官狙撃事件

オウム真理教のテロで世の中がいまだ騒然としている中で起きた事件。
警察のトップを狙ったことから誰もがオウムの犯行を疑ったが、真相は解明されず、また後に自分が犯人だと名乗り出た老スナイパーもいたが、これも断定には至らず、結局時効を迎えた。
いつか全てが明らかになる日は来るのだろうか。
とにかく、オウム周辺には謎が多過ぎ、且つ、闇が深過ぎる。


3月29日/ 今日は何の日

2012-03-29 19:00:00 | 事件・事故・災害

(1989年)女子高生コンクリート詰め殺人事件が発覚

別の事件で逮捕されていた少年らを取り調べ中、女子高生を殺害・コンクリート詰めにして遺棄していたことが発覚。
これまで我が国で起きた数ある殺人事件の中でも極めて残虐な犯行として、風化することなく今なお記憶されている。
余りの酷さ故、ここで事件の詳細を綴るのは躊躇われるのと、記述そのものが被害者の名誉を傷付ける恐れがある為(実際、一部メディアが行ったなかば興味本意な報道が、当時問題視された)、どうしても知りたいという方は、自己責任で以下のリンク先を参照されたい。

参考記事

あれから20年以上が経った今でも、何故犯人らを極刑にしなかったか、何故少年というだけで罪が軽くなるのか、どうにも納得出来ない。
あれは、更正するようなタイプの人間ではない。
また、そんな機会を与えるべきですらなかったと考える。
事実、出所した犯人の一人は再び監禁到傷事件を起こし、逮捕されている。
反省の欠片もないじゃないか。

あの時、少年というだけで何かと犯人を擁護した連中を、僕は赦せない。
とりわけ、それに与した法曹関係者を見て以来、僕は弁護士だの判事だの、そして死刑を求刑すらしなかった検察という存在を、本質的な次元で信用しなくなった。


3月28日/ 今日は何の日

2012-03-28 00:15:00 | 事件・事故・災害

(1979年)スリーマイル島原子力発電所事故

米・ペンシルベニア州スリーマイル島にある原子力発電所で起きた原子炉冷却材喪失事故。
チェルノブイリ・レベルではなかったものの、深刻な影響をもたらした事故であり、原発関連の事故が語られる際、今でも代表例として取り上げられる。
日本の反原発運動を高める契機ともなったが、それでもまだ多くの日本人は「対岸の火事」的な印象で捉えていたように思う。
つい最近までは。

東日本大震災の余波と呼ぶには大き過ぎる福島第一原発の、今なお危機的に進行していると思われる事故が、このスリーマイル島の事故を、真の意味で我々日本人に身近な問題ならしめた。
出来れば、こういうこととは縁遠い関係でいたかったが……。