廟堂に立ちて大政を為すは天道を行うものなれば、些(ち)とも私を挟みては済まぬもの也。
いかにも心を公平に操り、正道を踏み、広く賢人を撰挙し、能くその職を任(た)ゆる人を挙げて政柄を執らしむるは即ち天意也。
西郷隆盛
今回の衆院選は、安部・菅政治により汚染された我が国の政治文化を洗いなおす良い機会であったが、一向に改まる気配はない。
それどころか、安部元首相は臆面もなく「安倍派」の領袖の地位におさまった。
おそらく今後は安倍対麻生・岸田による確執が始まるであろう。
(清話会対宏池会)
一方立憲民主党の方は枝野幸男代表の辞任により新たな「立憲民主党の顔」を今月中に選ぶことになる。
おそらく枝野幸男よりは若返り政治経験も浅い。しかしそれは大きな問題ではない。
(今のところ名前が挙がるのが、小川淳也、大串博志、泉健太、西村智奈美など)
「顔」になる人間に求められるのは、「国民のために何がなしうるか」を心の奥に秘めていることだ。
それがすなわち正道を踏み天道を行うことになる。
自民・公明とつばぜり合いの末、最後に敗れたのは、自力がまだついていないからだ。
共闘うんぬんの前にいかに「自力を上げるか」を論議すべきだ。
それは党員の数であり地方議員の数だ。(アバウトに見れば5対1くらいの感じであろう)
宮本武蔵は「五輪書」で次のように述べる。
第一 よこしまなき事を思うこと
第二 道の鍛錬をする
以下省略するが第九まである。