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又七の不定記

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仮説と仮定

2025-05-27 21:31:31 | etc.
 まだ証明されていない考えやこれから証明しようとしている考えを「仮説」と呼びます。
 まだ証明されていないので、世間はまだ眉唾物として仮説を眺めます。

 まだ証明されていないにもかかわらず、その仮説が正しいと仮定してその先の話をしても、それは望み、淡い期待、想像、空想、妄想の域を出ません。
 それでも仮説が正しいと仮定して夢のある未来の話をするのは楽しいものです。
 そしてその夢を現実にするのが研究と技術開発です。
 しかしながら突拍子もない仮説を正しいと仮定しても、その先の話に耳を傾けてくれる者は少ないでしょう。
 少なくとも仮定に用いる仮説には人々を引き付けるストーリーと確からしさが必要なのです。

 「仮定」は例えば「存在しないものを仮に有るとする」ことだったり「真であると証明されていないことを仮に真であるとする」ことなので、何の解析も受けていない仮説はまだゴミ扱いであり、仮定するに値しません。ですから研究者は仮説に確からしい説得力を持たせるために実験を行い、データを解析します。この過程で「仮定」という用語を使いたくなるケースが出てることがあります。

 統計解析を行うにあたって標本分布が正規分布か否か、等分散か否かによってパラメトリック手法で解析を行うかノンパラメトリック手法で解析を行うかを決めます。同じデータを使ってもどの解析手法を用いるかで出力される有意確率が違います。
 っで、パラメトリック手法で解析を行うことにしていたものの標本データが思っていたほど得られず、正規分布するか否かわからないとなってしまった場合、これはもう過去の同様の研究で得られたデータの分布を参考にして、その時のデータ分布が正規分布していなくてもデータが増えることで正規分布するはずだと「仮定」してパラメトリック手法で押し通すことが有ります。この場合の「仮定」は「期待」に近いニュアンスで、過去の実例に裏付けられた確からしさが伴います。

 さらにデータ解析の結果から「仮定」という用語を使いたくなる場面が極稀に出てきます。
 まずは帰無仮説を棄却したいのだけど、有意確率がわずかに有意水準を上回ってしまい、帰無仮説が棄却できない場合。そして逆に帰無仮説を保留して同等性検定や非劣性検定に進みたいのだけど有意確率が有意水準をわずかに下回って帰無仮説を棄却せざるを得ない場合です。
 ここで有意性検定の基本を振り返ってみると、帰無仮説を棄却するか否かの判断は有意水準を基準に行います。この有意水準は研究者自らが事前に設定します。つまりこの設定が悪かったことにしてしまえば、「仮説が正しいかもしれない」として先の議論に進めるのです。とはいえ有意差の有無が自分の思い通りになるように後出しで有意水準を変えるのはご法度です。ではどうすれば有意水準の壁を取り払えるのでしょうか?
 都合が良いことに統計解析には帰無仮説が真であるにもかかわらず帰無仮説を棄却してしまう第一種の過誤、帰無仮説が正しくないのに棄却しない第二種の過誤と呼ばれる過誤が必ず含まれます。つまりこの過誤を理由にして、「もし有意水準が誤っていたとして仮説が真であるなら」と仮定して有意確率と有意水準の関係を回避してしまおうということです。

 しかしながら、第一種の過誤や第二種の過誤を上手に解釈して、証明できなかった仮説を無理やり真だと仮定して話を進めるには、有意確率が相当に有意水準に近い値でなければなりません。これがかけ離れた数値であった場合にはそもそもの仮定が誤っていた可能性が高くなり、その先の議論に価値を見出してくれる人はいないでしょう。

 2016年にアメリカ統計協会(ASA)が、有意確率が有意水準より小さかったか否かで一喜一憂するのはやめようではないかという声明を出しました。この声明によって、第一種の過誤や第二種の過誤を理由にしてむりやりに自分の仮説が正しいと仮定する必要はなくなりましたが、今度は読む側に有意確率の判定力が求められることになります。でも結局は頭の中で0.05とか0.001とかの数値がよぎってしまうのでしょうね。
 繰り返しになりますが、結局のところ有意確率を見た人が納得できる値となっている必要があります。これなくして証明できなかった仮説を真であると仮定することはあり得ません。

 どのようなケースにせよ、仮定を行うには、研究者がそれを仮定するに値すると考えた理由について、最低でも共同研究者や査読者、最終的には報告を読む読者の納得が得られるよう、丁寧に記述すべきでしょう。それを省いてしまうと先にも書いたように仮説が誤っているのだから仮定に価値がないと指摘されて妄想と笑われるのが関の山だということです。


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