その日は台風の接近で、どのサーフポイントもクローズだった。波をあきらめて帰ろうとすると、S見坂の海岸沿いの堤防に一人座って、荒れる海を見ている女を見掛けた。
「となり、空いてますか?」オレは女に声を掛ける。女とオレの目が合うが、すぐに女は海の方へと視線を戻す。
「この近くに住んでいるんですか?」オレは尋ねる。女は少しうなづく。
「この辺の海にある竜宮城から来たのかい?」女は首を振る。
「てっきり君のこと、竜宮城から来た人魚姫さんかと思ったよ!」
女はようやく口許に笑みを見せる。横顔には昔オレがあこがれていた女性の面影があった。
「笑ってくれてありがとう。君の笑顔に一杯おごらせてくれないか?」
「私15だから」
大人びて見えたが、意外に若かった。人魚姫ならそう見えて当然か、ハハハ。
「ジュース持ってくるよ!」
オレは車に小走りで戻り、昨日100円ショップで買った500mlペットボトル入りのインカコーラを、ヘルムートラングのバッグの中から取り出した。全く冷えていなかった。車をロックして海の方を見ると、少女はもういなくなっていた。「本当に人魚姫だったのだな」とオレは思った。手にしたコーラに視線を落とした。
冷めない気持ちを心に残したまま、オレはその日、海を後にした。