2008年の11月12日~14日の3日間、1997年の秋からクリスマス休暇までインターンとしてお世話になったドイツのフランクフルトにあるオーガニック農場、ドッテンフェルダー農場(Dottenfelderhof)を11年ぶりに訪れました。
今回は、11月7日からボンのIFOAM国際本部で開催されたIFOAM世界理事会への参加のために来ましたが、そのすぐ後に向かったドバイのオーガニックEXPOとの間に3日間だけ日程が空いた機会を活かして、懐かしい農場に里帰りしてきました。http://html.dottenfelderhof.de/
ドッテンフェルダー農場は、2008年に創立40周年を迎えた1960年代からバイオダイナミック農法(BD農法)を実践しているドイツのなかでも中心的な農場です。農場の広さは約150ha、独立した経営体でもある農場では、約90人の家族やその子供たち、ヨーロッパ、ドイツを中心に世界各国から集まった若い研修生などが共同的に暮らしています。
その経営は農場で栽培される野菜や小麦、ジャガイモなどの多種多様な有機農産物や果物、パン工房、チーズ工場、子牛や豚や羊、鶏などからの乳製品や畜産加工品、オーガニックコスメやエコロジー雑貨などを直営の有機食品店やカフェ、チーズ専門店などで販売することと、他の自然食品店などへの卸売りなどによって成り立っています。最近では、週末に専用ワゴン車でフランクフルトの朝市に生産物の販売にも出掛けているそうです。
この農場には40年以上もの間、普通のオーガニック基準よりも厳しいデメター基準を元にBD農法で有機農業に取り組んでいること、エネルギーもできる限り地域で循環させるというこだわりがあることなどから地域の住民にも長年の根強いファンがたくさんいます。
休日の農場には、たくさんいる動物たちを見せようと、小さな子供たちを連れた大勢の家族がフランクフルトを含め広い範囲から訪れます。カフェではオーガニックコーヒーや紅茶を飲みながら、農場で作られた焼きたてのパンやピザ、ケーキなどデザート(ナッハティッシュ)を楽しんでいました。
BD農法は、20世紀はじめのオーストリアの哲学博士ルドルフ・シュタイナーが提唱した独自のオーガニック農法。フランスではビオディナミとも呼ばれ、この農法で作られた葡萄で作ったワインが人気です。バイオダイナミックで栽培された農産物は、ヨーロッパでは最も歴史のある有機認証団体「デメター」の認証マークを貼ることができます。デメターは、その厳しい基準で有名ですが、乳製品や畜産加工品をはじめとしたオーガニック食品はヨーロッパの老舗ブランドとしても知られています。http://www.demeter.de/
デメター協会は、1924年に設立されたドイツで最も古い有機認証機関です。現在は法律で守られているヨーロッパの有機認証制度は、元々は生産者団体が農薬や化学肥料に頼らず環境にも優しい有機栽培していることを分かり易く消費者にアピールするために相互に検査・認証し合って、そのことを保証する団体のマークを商品に張ることから始まりました。BD農法を実践しているデメターの会員は43カ国、4200人におよび、ドイツやフランスを中心としたヨーロッパ、アフリカ、インド、オーストラリアやニュージーランド、アメリカなどを中心に広がっています。http://www.demeter.net/
ドッテンフェルダー農場は、フランクフルトから電車で約20分のBad Vilbel(バットフィルベル)駅から歩いても20分ほどのニダ川が流れる平野にあります。この農場は、シュタイナーの社会経済論(経済の友愛)に賛同する家族が暮らしながら有機農業に取り組んでいる経済共同体でもあります。子供たちは基本的に地元のシュタイナー学校に通っています。農場では農業に携わる女性もいますが、力仕事の農業は基本的には男性たちの仕事です。女性たちは子供が小さいうちは子育てと家事の傍ら、例えば直営のカフェで出す自慢のアップルパイを作ったり、有機食品店でレジや会計、経理の仕事をしたり、それぞれが自分の得意な仕事で貢献しています。
今回は、11年ぶりに再会できた現在は農場の農業部門のチーフを務めるアルブレヒトさんと奥様のバーバラさんにお世話になりました。滞在中は、ご自宅の朝食に招いてもらいました。農場では、食事の前には静かにみんなで自然の恵みに感謝の祈りを捧げます。短くても、一日の始まりに静謐な時間を持つという懐かしくも大事な習慣に触れて、自然と共に暮らしている生活の深さを思い出しました。お昼と夜は農場の食堂で若い研修生たちと一緒に、賑やかな食事の輪に加えてもらいました。宿泊は、昔住んでいた懐かしい寮と同じ建物にあるゲストルームに泊めてもらいました。
11年ぶりに訪れた農場は、さすがに建物は少し古くなった感じはしたけれど、基本的には変わらない感じで、当時はまだ建築中だったチーズ工房&専門店が立派に営業していたり、僕が研修で働かせてもらっていた有機食品店は、当時の4倍以上の大きさになっていたり、新しいカフェができていたりとその後10年分の発展を感じることができました。
チーズ工房では、工房を立ち上げる前にスイスまで修行に行って取り入れた製造技術で味も品質も自慢のオリジナルチーズ(もちろんオーガニック)をワインなどと一緒に販売していました。向こうは僕のことを覚えていなかったけれど、この工房を立ち上げた、現在は工房長をしているマーティンにも会えました。あまり変わらない彼を見てうれしくなりました。
昔話になりますが、僕が1997年の秋にインターンとして研修させてもらった際には、農場の有機食品店で販売の仕事をさせてもらいましたが、常連のお客さんたちは平日も車でやってきて、量り売りの有機野菜はもちろん、ドイツ人の食卓には欠かせないジャガイモなどは、30キロの袋をいくつも買っていってくれていました。
このときに驚いたのは、ジャガイモの種類が多いこと。煮崩れしにくいタイプやマッシュポテトに合うものなど料理の用途によって使い分けるようですが、いろんな名前のジャガイモが少なくとも10種類以上はありました。ちなみに、ドイツにはカボチャも巨大なものから小さなものまでたくさんの種類がありますが、「ホッカィド」という小ぶりな品種はどこかで聞いたことのある響きだなーと思って確認したら、日本の北海道から伝わったものでした。みかんでは「ザツマ」という品種があって、これは薩摩の国、鹿児島から伝わった品種だということでした。日本語どころか英語さえ喋ることができなかった異国の地で、懐かしい郷里の名前を聞いたときには不思議な感慨を覚えたものです。
また、僕が研修していた頃は、お父さんたち男性チームはまだ暗い朝の6時ぐらいからかなり寒い農場の中庭に研修生たちと集合して、その日一日の仕事の確認をして、朝飯前にひと仕事。それからもう暗い夜の18時まではそれぞれのチームに分かれて担当の業務に専念する毎日でした。遊ぶ時には遊ぶけれど、本当によく働く人たちでした。農作業にはトラクターなどの機会を使うとはいえ、収穫した小麦の袋を倉庫に積み上げたりとか体力勝負の大変な仕事です。それだけに毎日の食事は本当に楽しみでした。
研修生たちは、それぞれの家族に割り振られて、その家族たちと一緒に、朝食と昼食を食べさせてもらっていました。ドイツでは、お昼に温かい料理が出て一番ちゃんとした食事になります。そしてこの食事が本当においしかった~。食材は農場直送というかすぐそこで採れた野菜などすべてオーガニックであるのは当然で、それに加えてお母さんたちの料理の腕前は相当なものでした。体格のいいドイツ人たち向けに量もたっぷりのおいしい料理を、体の小さな自分も一緒になってぺろっと食べていたことを思い出します。そしてまたデザートも大きくてうまい!これも体を動かして働いていたからか、しっかりいただいて日本にいる時の倍ぐらいは食べていたかもしれません。
その代わりに朝と夜は簡単なメニュー。カルトエッセン(冷たい食事)という名前の通り、コーヒーや紅茶、ハーブティにパンにハム、ソーセージ、チーズ、果物、オートミールというシンプルメニュー。でも、チーズは農場のチーズ工場で作ったいろんな種類のおいしいチーズが食べ放題だったし、ドイツ名物?のソーセージ(Wrust:ヴルスト)もパンに塗るペースト状のものなど種類がたくさんありました。もちろんパンも農場のパン工房で焼いたものだからすごくおいしかった!
今回は、そのパン工房で働いている日本人のユキコさんに、久しぶりに工房の中を見せてもらったので一部を紹介します。さすがに朝一番早いのはパン屋のお姉さん?9時には開店するショップに間に合うように、5時から作業。
寝坊した僕がお昼前に行った時には、もう今日の仕事はほとんど終わりで、まだ作業をしてたのはお菓子(ケーキ)チームの皆さんでした。そして見せてもらったのは今どき近くの森で切ってきた薪で燃やす昔ながらの石焼き窯。すごい!本当にごみもほとんどでないエコでオーガニックなパン工房でした。焼きたてのパンに、ケーキなどのスイーツ作りの現場も見せてもらいました。ユキコさん、これからもおいしいパン、頑張って焼いて下さい(今回は素敵な写真もたくさん使わせていただき、ありがとうございます!)。
最後に、BD農法は農産物や土壌に対する天体の影響を考える農業です。健康な農産物の栽培を通じて土壌を癒すこの農法は、普通の人には少し理解し難い面もあります。http://www.hibikinomura.org/farm/bio-dynamic/index.html#calender
でもその品質への評価は高く、最近はBD農法で栽培された原料を使ったオーガニックワインやオーガニックコスメが各国で人気です。世界的に評価の高いワインの産地では葡萄の栽培にBD農法を実践しているところがけっこうあると言われています。BD農法で栽培された原料を使ったオーガニックコスメには、日本でも人気の高い「ヴェレダ」や「ドクター・ハウシュカ」などがあります。ドクター・ハウシュカは、女優のジュリア・ロバーツが愛用していることで知られています。 http://www.weleda.jp/about/bio.shtml
また、BD農法で栽培されているオーガニック紅茶にインドの「マカイバリ紅茶」があります。マカイバリ茶園は、ダージリン地方で最も長い歴史を持つ茶園の一つで、世界の紅茶農園としては初めて、すべての茶畑(約270ヘクタール)においてBD農法を採り入れた紅茶農園です。その品質の高い紅茶は、自らもオーガニック農場を営みオーガニック食品ブランドを保有する英国のチャールズ皇太子がパトロンを務める英国最大の有機農業団体ソイルアソシエーションが選ぶ優秀オーガニック食品賞も受賞しています。マカイバリ茶園は、エコロジカルなフェアトレード農園として、2008年5月の『タイムズ誌』の「THE BEST OF ASIA」 に選ばれました。 http://www.makaibari.co.jp/index.html
今回、11年前にヨーロッパで自分のオーガニックの旅が始まった農場に来ることができて、変わらずに現場で丁寧に、有機農業や有機畜産に取り組んでいる大先輩や若い仲間たちに会うことができて大事なものを思い出せてもらったような気がしました。
自分が大事だと信じるものに真摯に、その時代に合った方法を取り入れながら取り組むこと。そしてそれを続けること。そして後継者を育てること。農場の有機食品店の規模が大きくなったことにも驚いたけれど、それは棚に並ぶオーガニック食品のバラエティが11年前の数倍は豊かになったということだと思い至りました。
ドイツのオーガニック市場と有機農業の面積は、2006年の時点で全体のシェアのそれぞれ約3%と5%(当時の2倍以上)に成長しています。普通のスーパーのオーガニックコーナーにも一定の商品ラインナップが揃っているのが普通になってきているし、ここ数年で老舗のオーガニックブランドでもあるデメターや最大の認証団体Biolandによるものだけでなく、新しい有機認証団体による新しい認証マークもたくさん出てきています。
また、オシャレなオーガニック専門のスーパーがいくつもチェーン展開までしている状況は、マーケット自体が継続的に成長しているとはいえ、ライバルたちが凌ぎを削る大競争時代でもあります。そんな状況でも、静かに長年のファンに加えて新しい消費者にも評価される農場経営を続ける仲間たちの頑張りを素直にすごいなーと思いました。
その背景には、有機農業の研究者や専門家と協力して、バイオダイナミック農業による毎年の生産状況と収穫の成果を調査していることや、その40年以上におよぶ膨大な研究データを蓄積、分析して栽培技術などの向上に努めていることがあると思いました。