実際、生産量・埋蔵量ともに世界有数の石油資源国であるサウジアラビアは、オイルマネーにものを言わせながら、世界で一定の存在感を獲得してきた。しかし、その実は収入の8割をオイルマネーに依存したまま、産業の振興も文化の発展もほとんど実現できていない二等国に過ぎない。輸入原油の4割をサウジアラビアに依存している日本では、サウジアラビアがアラブの盟主のように扱われることが多いが、トルコの情報当局が小出しにリークしてくるカショギ氏殺害の情報戦に無為無策のまま翻弄されるサウジアラビアの姿は、明らかにアラブの盟主とはほど遠いものだった。
中東に詳しい国際政治学者の高橋和夫・放送大学名誉教授は、カショギ氏の殺害がこれだけ大きく報じられた事で、サウジアラビアの他の悪行が注目され、サウジアラビアの国際社会における地位が更に低下する可能性があると指摘する。他の悪行にはイエメンへの軍事介入や国内の人権弾圧などが含まれる。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181027-00010000-videonewsv-int
https://toyokeizai.net/articles/-/245557?page=3
サウジアラビア人著名ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の暗殺疑惑は、サウジアラビアとトルコ双方の主張が食い違って「劇場化」しており、真相究明を求める声は止みそうにない。計画的な殺人だった決定的な証拠があると主張するトルコのエルドアン大統領は、その「証拠」の一部をアメリカ側に提供したとみられ、疑惑は一層深まった。
中東安定の重要な同盟関係や巨額の兵器売却契約への悪影響を気にしてムハンマド皇太子を擁護してきたアメリカのドナルド・トランプ大統領も、二転三転するサウジの説明に皇太子を守りきれなくなりつつある。サルマン国王が皇太子を解任するのではないかとの見方も流れている。
いずれにしても、「暗殺作戦の影の黒幕」というレッテルを貼られたムハンマド皇太子のイメージは失墜。権力の座にとどまれた場合も、皇太子が主導する脱石油を目指す経済改革の失速は避けられそうにない。
トランプ氏も皇太子関与説に傾く
カショギ氏が10月2日に総領事館を出たと一貫して無実を主張してきたサウジアラビア当局は一転、20日になって同氏が殴り合いの末に領事館内で死亡していたと発表。その後もジュベイル外相が「殺人だった」として、けんかによる偶発的な死亡事件との検察当局の捜査結果を覆した。実権を握るムハンマド皇太子の側近ら5人が解任され、関係者18人が逮捕されており、皇太子の関与を疑う国際的な世論は高まるばかりだ。
その後も、米中央情報局(CIA)のハスペル長官が、トルコが持つ証拠の1つであるカショギ氏が拷問、殺害された際の音声データを聴いたと報じられた。これを受け、サウジ検察当局は25日、容疑者たちが事前に犯行を計画していたとし、殴り合いの末の死亡との前回発表を撤回した。
トルコ側がメディアにリークした情報によれば、カショギ氏が死亡した当日、暗殺団とされる法医学者や情報機関員、軍人、皇太子の警護役ら15人が現地入りし、その日のうちに出国。解任された5人には、王室顧問だったサウド・カハタニ氏と情報機関高官だったアハメド・アシリ氏が含まれている。
サウジアラビア政府はアシリ氏らが15人を選定し、一部が暴走した結果、誤ってカショギ氏を死に至らせたとの筋書きを国際社会に示している。だが、ムハンマド皇太子が主導するサウジアラビアの強権支配の実態もあり、アメリカのワシントン・ポスト紙にコラムを持っていた影響力のあるカショギ氏を口封じのために暗殺したとの疑惑は晴れない。
ヨーロッパ各国政府やカナダは、サウジアラビア検察の捜査結果に対して、真相究明を求めた徹底捜査を要求。ドイツのように事実が解明されるまでサウジへの武器輸出を停止すると踏み込んだ国もある。サウジアラビア検察の発表を信用するとしていたトランプ大統領も、24日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙のインタビューで、サウジアラビアを事実上統治しているのはムハンマド皇太子だと指摘し、「もし誰かが関与しているとすれば、彼になる」と、皇太子の関与説に傾いた。
暗殺疑惑は、中東の不安定化や原油供給不安につながりかねない外交分野への影響に止まらない。
サウジアラビアの首都リヤドで23日から25日までの日程で開催されている「砂漠のダボス会議」と呼ばれる国際経済フォーラム「未来投資イニシアチブ」では、アメリカのムニューシン財務長官や国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事ら政府や国際機関の要人が欠席、ゴールドマン・サックス幹部や三菱UFJ銀行の三毛兼承頭取ら大手企業経営者にもボイコットの動きが広がった。
ある関係者は「コンプライアンス(法令遵守)が厳しく問われる時代、暗殺への関与が疑われる国家指導者が主催する会議に出席すれば、企業倫理が問われかねない」と、企業の不参加が相次いだ理由を解説する。
脱石油を目指すサウジアラビアは、2030年を目標とする包括的な経済改革「ビジョン2030」を進めているが、必要とされるのは莫大な金と海外の技術だ。だが、暗殺疑惑を持たれるようなサウジアラビアに積極的に投資しようという機運はしぼみかねない。
国内で皇太子人気が低迷するおそれも
すでに改革の先行きを不安視させるような気配はあった。今年夏には、改革での資金調達の柱となる予定だった国営石油会社サウジアラムコの新規株式公開(IPO)が中止され、推計約1000億ドル(11兆円)の原資が消えたのだ。ムハンマド皇太子は昨年秋、批判的な王族や財界有力者らを一斉に拘束したが、反対勢力の不満は強まっている。アラムコのIPO中止でも、既得権益を失う王族らの反対があったといわれる。
サウジアラビアは、「アラブの春」を受けた民衆の不満の高まりに対応して、補助金を拡大したり、公務員給与を引き上げたりした。しかし、こうした大盤振る舞いはいつまでも続かない。人口の増加で国内での石油消費量は伸びており、将来的には輸出に回す分が減っていく公算が大きい。
変動する石油価格によっては財政赤字が一気に拡大しかねず、現在は金や改革期待によって、若年層を中心に支持をつなぎ止めているムハンマド皇太子の国内的な人気もしぼむおそれがある。
ムハンマド皇太子は毀誉褒貶の多い指導者だ。年功序列の人事を行ってきたサウジアラビアで、その指導力を見いだしたサルマン国王によって若くして登用されたが、経験不足は否めない。女性の自動車運転解禁や映画館解禁などを主導して皇太子は改革派との呼び声が高いが、野心的なビジョン2030は実のところ、アメリカのコンサルタント会社マッキンゼーの報告書を下敷きにしたものだ。
サウジアラビア政府は、欧米のPR会社やコンサルタント会社に何百億円も支払ってイメージアップ戦略を行っており、皇太子の経験不足と強権的な気質を、欧米のコンサルタントが改革という名の化粧で飾り立てているという実態も透けて見える。
こうしたイメージ先行のサウジは、ムハンマド皇太子が実権を握るようになって以降、強引な外交や政策が目立つ。
イエメンへの軍事介入は「最悪の人道危機」と言われ、独自外交を行ったカタールとの断交は思ったような効果を上げず、レバノンのハリリ首相に対する辞任の強要も失敗に終わった。人権問題に注文を付けられた腹いせに外交関係を格下げしたカナダ政府からは、逆に今回の暗殺疑惑で強い非難を浴びている。
「皇太子の改革は終わったも同然」
単独インタビューするなどムハンマド皇太子の改革路線を支持してきたアメリカのニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、トマス・フリードマン氏は16日付のコラムで、「皇太子が約束した改革は終わったのも同然だ」と切り捨てた。そのうえで、「ムハンマド皇太子は権力の座にしがみつくことはできるかもしれないが、改革は海外からの投資を必要とする中、サウジアラビアから資金は流出を続け、今はそれが加速している」と改革の先行きを危ぶんだ。
皇太子を擁護してきたトランプ大統領の発言にも変化が見える。トランプ氏は23日、ホワイトハウスで記者団に「史上最悪の隠蔽(いんぺい)が行われた」と語り、サウジアラビア批判のトーンを強めた。
アメリカの政界では、ムハンマド皇太子という不安定で強権的な指導者に、世界最大級の産油国であるサウジの舵取りをこのまま任せていいのか、とムハンマド皇太子と強固な関係を築いてきたトランプ氏の判断にも批判の矛先が向かっている。ムハンマド皇太子を切り捨て、ほかの指導者を推すべきではないのかとの声も出ているのだ。
アメリカよりも人権意識の高いヨーロッパでも、ムハンマド皇太子に対する批判が強まっている。イギリス人ジャーナリストのデビッド・ハースト氏は論説記事で「カショギ氏の野蛮な殺人者によって生み出された危機を乗り切る唯一の方法は、サルマン国王が新たな王位継承者を探し出すことだ」と書き、国王がムハンマド皇太子を解任しない限り、事態の収束は困難との見方を示した。
サウジアラビアの将来の国王を決めるのはサウジアラビアの主権に属することだが、このままムハンマド皇太子の責任を問わず、若き皇太子が王位を継承することになれば、世界は傲慢で乱暴なサウジアラビアと長年にわたって付き合い続ける必要が生じてしまうとの懸念が台頭している。
サウジアラビア国内でも、ムハンマド皇太子の失策を受け、反対勢力との権力暗闘が激化しており、サウジアラビアが内紛で混乱に陥るおそれもある。すでに欧米のメディアでは、ムハンマド皇太子に代わる王位継承者探しが始まっており、ムハンマド皇太子の弟で、現・駐米大使のハリド・サルマン王子のほか、ムハンマド・ナエフ前・皇太子、ナエフ氏の皇太子解任に反対したアフメド・ビン・アブドルアジズ元・内相らの名前が挙がっている。
ムハンマド皇太子は、この窮地を乗り切れるのだろうか。
サウジ投資会議 沈黙したソフトバンク孫社長
ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長はサウジアラビアで25日まで開かれた国際投資会議を欠席した。同国とは世界のテック企業への投資で深く協力しており、会議でも登壇予定だったが沈黙を貫いた。いまサウジとの関係をアピールすると、投資先企業が遠ざかると懸念したようだ。それでも王室との関係を保つため、首都リヤドを訪れるという折衷案を取った。
リヤドで開かれたフューチャー・インベストメント・イニシアチブで25日、運用額10兆円規模の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」に関する講演が開かれたが、孫氏は姿を現さなかった。登壇したのはソフトバンク傘下の投資助言会社、ソフトバンク・インベストメント・アドバイザーズのパートナーであるムニシュ・バルマ氏だった。
昨年とは対照的だ。孫氏は、石油に頼らない経済改革を進めるムハンマド皇太子と並んで登壇し、親密さを印象づけた。ヒト型ロボット「ペッパー」によるパフォーマンスも披露した。
ソフトバンクは会議への出席を巡ってサウジ王室などと調整したが、直前で見送った。「ファンドの主要な投資先であるウーバーテクノロジーズの最高経営責任者(CEO)が早々に欠席を表明したことは大きかった」。ソフトバンク関係者は、孫氏が不参加を決めた背景をこう語る。
ウーバーのダラ・コスロシャヒCEOは、孫氏と同じく出席予定だったが、サウジに批判的だった記者ジャマル・カショギ氏の殺害事件を受けて11日に出席を撤回。雪崩を打つように、世界の有力企業トップが欠席を表明した。
孫氏にとって参加見送りは苦渋の決断だ。人工知能(AI)など先端技術を持つ企業をグループに取り込む投資戦略はビジョン・ファンドが要だ。米シェアオフィスのウィーワーク、中国の滴滴出行など、投資先は30社を超え、実績を積んでいる。ファンドに半分近くを出す最大の出資者であるサウジとの関係を考えれば、批判覚悟で出席する選択肢はあった。
ただ、殺害事件の全容が見えない段階で孫氏が前面に出れば、マイナスイメージが世界を駆け巡る。トランプ米大統領は「史上最悪の隠蔽だ」と批判し、欧州からも非難の声が相次いでいる。
孫氏は、投資会議には出席しないで批判を避ける一方、リヤドを訪れることは実行に移した。サウジ王室と関係を維持するためとみられる。米ブルームバーグ通信は孫氏がリヤドでムハンマド皇太子と会ったと報じた。今後の投資方針などを確認した可能性がある。
世界の成長企業を発掘して投資を続けたいソフトバンクにとって、地政学リスクは避けて通れない。これについてソフトバンク幹部は「殺害事件は痛ましい。だが、政治とはある程度切り離して考えないとグローバルなビジネスはできない」と話す。
ムハンマド皇太子は投資会議が開かれている最中の24日、記者殺害との関係を事実上否定した。ビジョン・ファンドに資金を出すサウジ政府系ファンドのルマイヤン総裁は投資会議で「変化に揺さぶられるのではなく変化を主導する」と、あくまで投資の流れを続けると強調した。