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まさおレポート

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ねじまき鳥クロニクル メモ

2017-06-08 | 小説 村上春樹

長大な作品「ねじまき鳥クロニクル」を読み終えた。3ヶ月以上かけて読み終えたことになる。


1.輪廻転生を想起させる登場人物が多く登場する。主人公の「僕」こと岡田トオルと太平洋戦争後捕虜になり、シベリアの炭坑の出水事故で溺死する獣医は共に頬に大きなアザを持っている。そしてその痣が何かの予兆のように発光する。

痣やほくろは輪廻転生のシグナルとして三島作品の「豊饒の海」にも松枝、勲、タイの姫と三代ほくろの持ち主が登場する。誰でも思い立つシグナルだが、この作品中でそれに言及されることは決して無い。決してふれないことによって一層その事を強調しているのだろう。


 主人公の「僕」こと岡田トオル、この二人の共通体験は井戸の底に降りて陽光のありがたさを体験することだが、この井戸の底が覚醒しながら時空を超える仕掛けになっている。幽体離脱と夢と生き霊の活躍する舞台設定に井戸の底を持ってきた。

 村上春樹はカミュに大層影響を受けているという。不条理な舞台設定をしなければ物語にならない事柄を描くことによって物語の不条理性を描きたかったのだろう。「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」も時空を隔ててものがたりが関係し合う。

「水もない。食料もない。包帯もない。弾薬もない。あれはひどい戦争だった。後ろの偉いさんたちはどれだけ早くどこを占領するかということにしか興味がないのだ。補給のことなんか誰も考えてはおらんのだ。わしは三日間ほとんど水を飲まなかったことがある・・・あの時は本当に死んだほうがましだと思うた。世の中に喉が渇くことくらいつらいことはない。こんなに喉が渇くならいっそのこと撃たれて死んだほうがましだと思ったくらいだった。腹を撃たれた戦友たちが、水を求めて叫んでおる。気が狂ってしまったものもおった。あれはまさに生き地獄だった」 

妻の実家から紹介された本田さんが語る戦争のつらさ。

「彼らにとっては、優れた殺戮というのは、優れた料理と同じなのだ」とロシア人は言いました。「準備にかける時間が長ければ長いほど、その喜びもまた大きい。殺すだけなら鉄砲でズドンと撃てばいい。一瞬で終わってしまう。しかしそれではーー」彼は指の先でつるりとした顎をゆっくりと撫でました。「面白くない」 

「男はまず山本の右の肩にナイフですっと筋を入れました。そして上のほうから右腕の皮を剥いでいきました・・・彼はまるで慈しむかのように、ゆっくりと丁寧に腕の皮を剥いでいきました。たしかにロシア人将校の言ったように、それは芸術品といってもいいような腕前でした。もし悲鳴が聞こえなかったなら、そこには痛みなんかないんじゃないかとさえ思えたことでしょう・・・皮剥ぎの将校はそれから左腕に移りました。同じことが繰り返されました。彼は両方の脚の皮を剥ぎ、性器と睾丸を切り取り、耳をそぎ落としました。それから頭の皮を剥ぎ、顔の皮を剥ぎ、やがて全部剥いでしまいました。山本は失神し、それからまた意識を取り直し、また失神しました。失神すると声が止み、意識が戻ると悲鳴が続きました。しかしその声もだんだん弱くなり、ついには消えてしまいました・・・あとには、皮をすっかり剥ぎ取られ、赤い血だらけの肉のかたまりになってしまった山本の死体が、ごろんと転がっているだけでした」 

「兵隊たちは次の号令で銃剣の先を中国人たちの肋骨の下に思い切りぐさりと突き刺した。そして中尉のいったように、刃先を捻じ曲げるようにして内臓をぐるりとかき回し、それから切っ先を上に向けて突き上げた。中国人たちのあげた声はそれほど大きなものではなかった。それは悲鳴というよりは深い嗚咽に近かった・・・獣医は無感動にそれを眺めていた。彼は自分が分裂を始めているような錯覚にとらわれた。自分は相手をさすものであり、相手に刺されるものだった。彼は突き出した銃剣の手ごたえと、切り刻まれる内臓の痛みを同時に感じることができた」 

「中尉は兵隊に向かってうなづいた。兵隊はバックスイングし、大きく息を吸い込み、そのバットを力任せに中国人の後頭部に叩きつけた。驚くほど見事なスイングだった。中尉が教えたとおり下半身が回転し、バットの焼印の部分が耳の後ろを直撃した。バットは最後までしっかりと振りぬかれた。頭蓋骨が砕けるぐしゃりという鈍い音が聞こえた。中国人は声も上げなかった。彼は奇妙な姿勢で空中に一旦静止し、それから何かを思い出したように重く前に倒れた。耳から血を流し、地面に頬をつけたままじっと動かなかった」

戦争で開放された暴力の凄まじさを描く。

「あなたはわたしの名前を知りたいと思う。でも残念ながらわたしはそれを教えてあげることができない。私はあなたのことをとてもよく知っている。あなたも私のことをとてもよく知っている。でも私は私のことを知らない」
 
「あなたには今のところ鳥刺し男もいないし、魔法の笛も鐘もない」

「それで、あなたは私を探してここまでやって来たのね、私に会うために?」

「僕は自分がもう2か月近く誰とも性交をしていないという事実に思いあたった。クミコは自分でも手紙に書いているように、僕と寝ることをずっと拒否していた」

「彼女は僕の体の上に跨るように乗り、硬くなったままの僕のペニスを手に取るとするりと彼女の中に導いた。そして奥の方まで入れてから、ゆっくりと腰を回転させ始めた。彼女の体の動きに呼応するように、淡いブルーのワンピースの裾が、僕の裸の腹と脚の上を撫でていた。ワンピースの裾を広げて僕の上に乗っている加納クレタは、まるで柔らかい巨大なキノコのように見えた」

「何もかも忘れてしまいなさい・・・それは電話の女の声だった。僕の体の上に乗って、今僕と交わっているのはあの謎の電話の女だった。彼女はやはりクミコのワンピースを着ていた。僕の知らない間にどこかで加納クレタとその女とが入れ替わってしまったのだ」 

「ときどきそれらの服を見ながら、僕の知らないどこかの男がクミコの服を脱がせていくところを想像した。その手が彼女のワンピースを脱がせ、下着を取っていくところを頭に思い浮かべた。その手が彼女の乳房を愛撫し、脚を開かせているところを思い浮かべた。僕はクミコの柔らかな乳房や,白い腿を目にし、その上にある誰か別の男の手を目にすることができた。僕はそんなことを考えたくなんかなかった。でも考えないわけにはいかなかった。なぜならそれはおそらく実際に起こったことだからだ。そして僕はそのイメージに自分を馴らさなくてはならないのだ。現実をどこかに押しやってしまうわけにはいかない」 

「僕は勃起したくはなかった。それはあまりにも意味をなさないことであるように僕には思えた。でもそれを止めることはできなかった」

「それは静かな交わりだった。加納クレタと交わるのは、なんだか夢の延長のように感じられた。夢の中で加納クレタとやった行為を、そのまま現実でなぞっているみたいに思えた。それは本物の生身の肉体だった。でもそこには何かが欠けていた。それははっきりとこの女と交わっているという実感だった。僕は加納クレタと交わりながら、ときどきクミコと交わっているような錯覚にさえ襲われた。僕は射精するときに、これで目が覚めてしまうんだろうと思った。でも目は覚めなかった。僕は彼女の中に射精していた。それは本物の現実だった」

「もちろん私たちは現実に交わっているわけではありません。岡田様が射精なさるとき、それは私の体内ではなく、岡田様自身の意識の中に射精なさるわけです。おわかりですか。それは作り上げられた意識なのです。しかし、それでもやはり、私たちは交わったという意識を共有しています」

「そういって加納マルタは受話器をテーブルの上に置き、するりとコートを脱いで裸になった。彼女はやはりコートの下には何も着ていなかった。彼女は加納クレタと同じような大きさの乳房を持ち、同じような形の陰毛を生やしていた。ビニールの帽子はとらなかった。そして加納マルタは振り返って僕に背中を向けた。彼女の尻の上にはたしかに猫の尻尾がついていた」 

「でもクミコは僕の知らない誰かと、想像もつかないくらい激しく交わった。そしてクミコは僕とのセックスでは得たことのない快感をそこに見出すことができたという。彼女はおそらくその男と交わりながら隣の部屋にまで聞こえそうな大きな声をあげ、ベッドを揺するように身もだえしたのだろう。おそらく僕に対してはしないようなこともその男には進んでしたのだろう・・・僕はクミコがその男の体の下で腰をくねらせたり、脚を上げたり、相手の背中に爪を立てたり、シーツの上によだれを垂らしたりしているところを想像した。森の中に予言をする不思議な鳥がいて、シューマンはその情景を幻想的に描いているのだとそのアナウンサーは説明した」 

「最後には王子様はお姫様を手に入れ、パパゲーノはパパゲーナを手に入れ、悪人たちは地獄に落ちるわけだけれど・・・あなたには今のところ鳥刺し男もいないし、魔法の笛も鐘もない」

僕は喫茶店の椅子にもたれて、切ないくらい殺菌されたバックグランドミュージックを聞くともなく聞きながら、クリーニング店のビニールの袋に包まれ、針金のハンガーがついたままの洋服を下げて満員の通勤電車にのろうとしているクミコの姿を想像した。 p24

満月に近い月が粒子の粗い光を地面に注いでいた。・・・そう思うと、自分の体の内側が未知の液体で満たされたような、奇妙な感触が僕を襲った。p41

ある種の情報というのは、好むと好まざるとにかかわらず、求めると求めざるとにかかわらず、煙みたいに人間の意識や目に入り込んでくるのだ。 p47

綿谷ノボルはより洗練された新しい仮面を手に入れたのだ。 p47

綿谷ノボルは地球が自転を続け、地球が貴重な時間が失われつつあることを確認するために腕時計に目をやった。 p52

今度のは明け方の空に浮かんだ三日月のような、薄く冷たい微笑だった。 p56

その肉筆の字の羅列を目で追っていると、それらはまるで青い色をした奇妙な虫の群れのように見えた。 P62 失踪後に届いたクミコの手紙。

そしてそこに一瞬強烈な光が射し込むことによって、私は自らの意識の中核のような場所にまっすぐに下りていけたのではないでしょうか。 P66

アンコールワットの遺跡群のひとつに高くそびえた円柱のような石の建物があり、内部は暗いのだが天井がぽっかり開いて太陽が真上に来るとまばゆい光が射してくる仕掛けになっていた。通じるものがある。

それは私になにか恩寵のようなものを与えようとしているのです。・・・その光のなかにある何かの姿を見極められない苦しみでした。 P66

でも、それはむしろ呪いに近いものだったのです。私は死なないのではなく、死ねないのです。・・・おそらく、その啓示なり恩寵なりの発する熱が、私という人間の生命の核を焼き切っていたのです。 P67

人生というものは、その渦中にある人々が考えているよりはずっと限定されたものなのです。・・・そしてもしそこに示された啓示を摑み取ることに失敗してしまったら、そこには二度目の機会と言うのは存在しないのです。 P68

僕は路地を抜けた。足元の草は梅雨時に見受けられるあの瑞々しいまでの緑の息吹を失い、今ではもう夏草に特有のあのふてぶてしい鈍さのようなものを身にまとっていた。 P86

僕は井戸の縁に腰を下ろして耳を澄ませた。何匹かの蝉が、まるで声の大きさや肺活量を競い合うように、木々のあいだで激しく鳴いていた。 P87

ゆっくりとおぼろげな形を取り始めた。臆病な小動物がほんの少しずつ相手に気を許していくみたいに。 P91

ソファのビニールは死後硬直的に硬くこわばっていたし、空気は吸い込んでいるだけでそのうち病気になってしまいそうな代物だった。・・・自動販売機のコーヒーは新聞紙を煮詰めたような味がした。人々はみな難しい陰気な顔をしていた。それはムンクがカフカの小説のために挿絵を描いたらきっとこんな風になるんじゃないかと思われるような場所だった。 P94

たとえばふたつの小さな明かりが漠然とした暗い空間を並行して進んでいるうちに、どちらからともなくだんだん寄り添っていくというような感じのものだった。 P99

「正直に言うと、私にはときどきいろんなことがわからなくなってくるのよ。何が本当で、何が本当じゃないのか。何が実際に起こったことで、何が実際に起こったことじゃないのか。なんと言えばいいのかしら、私が現実だと思っていることと、本当の現実とのあいだに、すこしズレがあるのね。私の中のどこかに、何かちょっとしたものが潜んでいるような気がすることがあるの。ちょうど空き巣が家の中に入ってきて、そのまま押入れに隠れているみたいにね。そしてそれがときどき外に出てきて、私自身のいろんな順序やら論理やらを乱すの」P104

肉体などというものは結局のところ意識のために染色体という記号を適当に並べかえて用意された、ただにかりそめの殻にすぎないのではないか、と僕はふと思った。 P112

夜明け前に井戸の底で夢を見た。でもそれは夢ではなかった。たまたま夢というかたちを取っている何かだった。 P130

その波が去っていったあとでは、僕のからだはまるで剥製にされた動物のように、空っぽで虚ろになっていた。 P146

あなたはよそで作られたものなのよ。そして自分を作り替えようとするあなたのつもりだって、それもやはりどこかよそでつくられたものなの。 p166

そしてすべてはよそから来て、またよそに去っていくのだ。僕はぼくという人間のただの通り道にすぎないのだ。 p167

このあたり、この作品の主題と解すべき。

それにつれてあたりには祝祭的な色彩が満ち溢れてくる。 p169

光線の中を漂う煙草の煙(風にない日には、それは引受け手を求めてさまよっている魂の群れのようにみえる) p170

しかし腕時計に目をやらないためには、かなりの努力を払わねばならなかった。煙草をやめたときに味わった苦痛に似ていた。 p171

それらの記憶は水が静かに空洞を満たすようにひっそりやってきた。・・・ほとんどは些細な、意味のないものだった。・・・どこかから吹き込んでくる強いつむじ風のように僕の体を揺さぶった。 p174

空洞を満たす水・・・別の作品にもあったな。

それはたしかに思考の断片だった。でもその思考は僕の意識の外で行われている思考だった。 p176

世界外存在の自己。

理由はわかりませんが、一緒になるという話を持ちだされたとたんに、私の中にあった特殊な何かは、まるで強い風に吹き払われるみたいにさっと消え失せてしまったのです。 p191


その神話のような機械のかみ合わせは既に損なわれてしまったのです。 p193


それは、僕の耳には、呼吸法を間違えた水生動物の喘ぎみたいに聞こえた。 p200


たとえば、ひとは自分の顔を自分の目で直接見ることはできません。・・・そして我々はその鏡の映し出す像が正しいと経験的に信じているだけなのです。  p202


井戸の中にいた何日かのあいだに、それまであった現実を別の現実が押し退けてそのままいすわってしまったみたいな違和感があった。 p208


腹は減っていたが、実際に何かを食べようとすると、食欲は逃げ水のようにすっとどこかに消えてしまった。 p210


あるいはこのあざは、あの奇妙な夢なり幻想なりが僕に押した烙印なのかもしれない。 p210


第三部で あざが消えているのだ。p479 となる。あざが現れて消えていく。


それは快感に裏づけられた痛みであり、痛みに裏づけされた快感でした。 p234

加納クレタの台詞。


痛みは意識の蓋をこじあけ、私の意思とは関係なく、その中にある寒天のようなかたちをした私の記憶をずるずるひきだしていました。 p236

おわかりになりますか。自分を肉である自分と肉でない自分に分割することができるのです。・・・苦痛がやってくると私は肉である自分を離れます。 p243

これができる人が身近にいた。


僕と君とは意識の中で交わった。実際に口に出してしまうと、なんとなく真っしろな壁の上に大胆な超現実主義絵画をひとつかけたような気分になった。 p248

又少し現実が方向をずらせつつあるように感じられた。巨大な豪華客船がゆっくりと舵を切るみたいに。 p250

彼女が笑うと、歴史が少しだけ正しい方向に向けて進みはじめたような気がした。 p254

加納クレタは予言した。森の中に住む予言の鳥のように、小さなよく通る声で。 p258


そんなしみの存在に気がついたのは初めてだった。・・・息を殺して僕らの真上にへばりついていたのだ。 p262

その声は世界に対する善意に満ちていた。それは夏の朝を祝福し、一日の始まりを人々に告げていた。でもそれだけではだめなんだよ。だれかがねじを巻かなくてはならないのだ。 p262


世の中にはわからない方がいいこともあるのです。と間宮中尉は言った。 p263


風のない日だったので、白い煙はそのまままっすぐ夏の空へ立ちのぼっていった。 「ジャックと豆の木」にでてきた、雲の上まで伸びる巨大な木みたいに。 p264


旅行案内書と言うものはあくまでそこを通り過ぎていく人のものであって、これからそこに腰を据えて住みつこうと言う人のために書かれているわけではないのだ。 p269


その老婦人の帽子と同情的な顔を見ていると、僕はふと何の意味もなくねじまき鳥のことを思い出した。どこか森の奥にいるねじまき鳥のことを。 p271


まるで少し前に息を吹きかえし、土を掘りかえして墓場からはい出してきた新品の死体みたいだ。 p283

現実と言うのはいくつかの層のようになって成立しているんだ。 p288

私という人間は私の中にあったあの白いぐしゃぐしゃとした脂肪のかたまりみたいなものに乗っ取られていこうとしているのよ。 p294


それは僕に最小限だけの線を使って、しかも不思議なくらいリアルに描かれたデッサンのようなものを思い出させた。 p294

たとえば、あなたを井戸の底に閉じ込めちゃうとか、それからバイクに乗っているときに運転している子を両手を使って目かくしするとか。 p296

ねえ、ねじまき鳥さん、私には世界がみんな空っぽに見えるの。インチキじゃないのは私の中にあるそのぐしゃぐしゃだけなの p298

きっとあなたはいろいろなものを引き受けてしまうのね。・・・まるで野原に雨が降るみたいに・・・世界中の野原を通り抜けたよりももっと遠くの場所から、その湿った温かい感触はやってきた p300

誰かがついさっき研ぎ上げたばかりのような白い三日月だった。そういうものが実際に空に浮かびつづけていられるというのが、僕にはなんとなく不思議に思えた。 P304

何か大事なことを決めようと思ったときはね、まず最初はどうでもいいようなところから始めたほうがいい。 P307

ひとつの場所がよさそうに思えたら、その場所の前に立って、一日に三時間だか四時間だか、何日も何日も何日も何日も、その通りを歩いていく人の顔をただただじっと眺めるんだ。 P308

突然霧が晴れたみたいにわかるんだよ。そこが一体どんな場所ということがね。 P309

理屈や能書きや計算は、あるいは何とか主義やなんとか理論なんてものは、大体において自分の目でものをみることのできないもののためなんだよ。 P309

たっぷりと何かに時間をかけることは、ある意味ではいちばん洗練されたかたちでの復讐なんだ P310

次から次へと前を通り過ぎていく人の顔を目で追っていると、まるで栓でも抜いたみたいに頭の中を空っぽにしておけるのだ。 P313

その何かは堕胎よりはむしろ、妊娠に関係した事だった。あるいは胎児に関係した事だった。 P317

自分がふたつに分裂してしまっていることがわかった。こっちの僕にはもうあっちの僕を止めることがはできなくなってしまっているのだ。 P323

深い霧のかたまりのようなものが、何の前触れもなく僕の意識をすっぽりと包んだ。 P332

良いニュースというものは、多くの場合小さい声で語られるのです。 P334

10月の半ばの午後のことだが、区営プールでひとりで泳いでいるときに、僕は幻影のようなものを見た。・・・幾重にも暗黒を重ねた闇の天井に、星たちは無言のうちに鋭い光の錐を突き立てていた。 P348

大量の花が暗黒の中で放つなまめかしい匂いだ。その匂いはまるで無理やり引きちぎられた夢の名残りのようにはかない。 P351

あなたの中にはなにか致命的な死角があるのよ。 P351

間違いない。あの女はクミコだったのだ。 P352

これだけはいえる。少なくとも僕には待つべきものがあり、探し求めるべきものがある。 P355

2018/12/5追記「ねじまき鳥クロニクル」が読売文学賞を取った際のコメント

丸谷氏は、村上春樹のこの作品を、人類が伝えてきた雄大な口承文学の復活とみなして、あの千夜一夜に比較して、次のように言う。

「村上春樹さんは、あの、いつの頃かインドにおいて中心部が形成され、やがてペルシャ、アラビアと渡って十六世紀のエジプトで編纂された物語、東洋のすべて一切を含む魔法の書と張り合おうとした」https://murakami-haruki.hix05.com/murakami5/murakami561.maruya.html


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