まさおレポート

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回想の孫正義4 NTT局舎工事を今日的に考える

2017-08-20 | 通信事業 NTT・NTTデータ・新電電

NTT局舎工事問題で見せた孫正義氏ならではの手法はパラソル営業と並び、群を抜いて特徴的だ。激怒につぐ激怒、喧嘩腰の督促につぐ督促、無理筋の押しに次ぐ押しの精神的迫力を経営手法と云うと反論もあろうが筆者はこれなくして通信事業への離陸はできなかったと思う。スプリントの浮上も気になるところで、おそらく同じ手法が無意識のうちにつかわれていると思うが米国ではどうだろうか。過去のこうした手法をよく理解して適応の可否を検討することは、単に過去へのノスタルジではなく大いに今日的な問題解決に役立つと思うのだが。

NTT局舎工事はスペース確保の事前調査、床の工事や電力配線などの事前工事、MDF配電盤へのジャンパー線取り付け工事と大きく三種類になる。NTT局舎工事の遅延がいかに孫正義氏を悩ましたかを記してみたい。

エピソード 激怒 日時 2001年8月11日 場所 日本橋箱崎の某臨時賃貸ビル 注釈 これは筆者が遭遇した三大激怒の一つで、2は総務省女性室長へ、3はコールセンタ請負会社にたいしてのもの、いずれも血管がきれるのを心配するほどの激怒ぶり。

ソフトバンク本社があった東京日本橋・箱崎は高速道路が何重にも天を覆い、晴天の日でも空が見えない。東京のなかでも名うての殺風景な場所で、見ようによってはSF近未来の自然景観を全くなくした都市のようだ。その高速道路の下にある本社を出て高速道路下の横断歩道を渡るとすぐに小ぶりな雑居ビルがあり、その6階に上がり、部屋のドアを開けると内装前の事務所のような殺風景な風景が目に入ってきた。

会議室用の実用本位の長テ-ブルやパイプ椅子がところ狭しと並び、ポロシャツやTシャツにジ-ンズ、スニ-カ-といった軽装の若い社員がパソコンに向かっての作業や打ち合わせをしている。あるコ-ナ-には大学の実験室のような測定器がおいてあり、メ-カから派遣されたアジア系や欧米系外国人も入り乱れてモデムの性能検査作業に熱中している。

仮設社長室はその雑居ビルの片隅30平米程度の部屋に設けられており、長テ-ブルが6個とホワイトボ-ドがあり、プロジェクタが一台とスクリ-ンが立てかけてあるだけの簡素な部屋だ。孫正義氏はその部屋を出て、歩きながらスタッフに大きな声と厳しい口調で指示をとばしている。苛立っていることがわかる。

ミ-ティングをしながら出前の弁当を食べ、夜の8時に会議が始まった。7時になると必ず仕出し屋から届いた弁当を食べながらミ-ティングを進行することを初日に知った。孫正義氏自ら規則正しく食事をとるという意識が働いているので、会議参加者もそれに従う習慣になっていた。これは相当に注目して良い振る舞いで、日米の多くの経営者はこのようなことはしない、腹が空くと議論に集中できないし夕食をとる時間も換算すれば元がとれるという合理が働いているが、それ以上に気配りが上手だと感じてしまう。

出勤初日の夜7時から局舎建設工事の進捗会議が開かれた。ADSLサービスを提供するためにはNTT東西の局舎にソフトバンクの装置を置く必要があり、これを通信業界ではコロケ-ションと称する。設置する装置はDSLAM(ディスラム)と呼ばれる集合モデムで、各家庭に設置するモデムと対応する、同種の機能を持つ装置だ。他にMDFとの接続ケーブル設置や電源ケーブルの設置が必要になる。要はコロケ-ションのためにはNTT東西の局舎にもろもろの下準備の工事が必要だ。

DSLAMを設置するためには架と呼ばれる金属製のフレ-ムを設置し、床にフリ-・アクセスの床工事を施し、下に電力線や通信ケ-ブルをひきこむ等の工事がある。既にNTT局舎内工事がADSL事業者でも可能になるなど、接続ル-ル面でもかなり整備されており、そうした建設工事を通信建設会社に委託していて、通信建設会社の社員も大阪などから参加しその進捗をチェックする会議だった。

出席した多数の通信建設会社のそれぞれの担当者が進捗と今後の予定を説明し始めたときだ、資料を眺めながら聞いていた孫正義氏が突然激しく怒りだした。工事が想定には程遠い進捗であることと、それに対する対策が十分でなく、淡々と説明する態度に怒りだし、遂には配布資料を破って投げ捨てるほどに激高してしまった。それから延々と建設会社の担当者は怒りをぶつけられて、傍観しているのが少し気の毒になるほどであった。

この会議が終わったのは深夜の2時で実に怒りは7時間に及んだ。会議終了後孫正義氏はトイレでツレションをしながら「今から家族で私の誕生日パ-ティ-で家族が待っている」と帰宅した。夜中の3時にバ-スデイを祝うのは聞いたことがない。2001年8月11日という実に長い初日は終わった。

 

この夜の進捗会議に参加した通信建設会社は電電公社時代から長年にわたってNTT一筋に建設工事を請け負ってき、新電電各社が発足後に各社にも営業を始めている、が受注比は雲泥の差であり、NTTから経営陣を始め幹部として多数が迎えられていて、典型的なNTTファミリ-企業である。NTTの意向を感じ取って動かざるを得ない体質であり、NTT局舎工事に遅れが出ても強く進捗を迫ることは期待できない。

進捗の遅れる原因は山のようにある。「フリ-・アクセスの穴を空ける工事が床の過重強度との関係でできない」「NTTから工事日の回答が来ない」。こうした工事の現場にモチベ-ション不在の空気を感じとって激怒したのだが建設会社の担当者はうなだれてやりすごすほかなすすべはない。

その後に関西の通信建設会社の社長が来社して孫正義氏と面談したが現状の説明をするばかりで、精いっぱいやっているので嫌なら切ってくれて結構、との空気がみなぎっていた。

かつて筆者が在籍したNTTデ-タから最大手の通信建設会社の一つに役員として迎えられているkさんに電話をしてNTT局舎建設工事への参加を打診したことがあるが、ソフトバンクは鬼門だとの感触を受けた。又、後にMDF自前工事の建設工事をNTT傘下の通信建設会社に依頼したことがあるがこれもやはり進捗で躓いた。こうした通信行政上は表面化しない、しかし重大な障壁を形成していて総務省の制度改革そこまでは力がそこまで及ばない。

総務省の制度改革といえば、孫正義氏がADSL事業に参入する以前に制度面での準備はしっかりと整えられていた。2000年から2001年にかけて総務省はADSL事業を推進するためにさまざまなル-ル改正や作成を精力的に行った。2001年1月31日に発表のDSLモデム売り切り制導入は日本の市場ではほとんど効果がなかったが下記の回線利用料値下げなどはADSL市場の開拓に非常に強力な推進力となった。 

2001年は、前年にADSL回線利用料(電話回線にADSL信号を重畳するためのフィルタ-や分岐盤、集合モデムなど設備使用料)が800円と禁止料金的なレベルから187円と現実的に利用可能な金額にまで下がり、この値下げのADSL事業経営者に与えた心理的影響は大きかった。大きなハ-ドルが一つ消えてなくなった感じがしたと思う。 

NTT局舎内工事がADSL事業者でも自前で可能になるという事は対NTT接続交渉の歴史の中でもかなり大きな意味を持つ出来事で、米国ではADSL大手のCOVAD社が地域ベル各社に対して局舎内工事を自ら行うことを迫り、地域ベル系電話局舎の中にまで入り込んで他社が工事をすることは米国憲法上の財産権の侵害であるという訴えが地域ベルから提訴され、その妥協の産物として鳥かごのような「ゲ-ジ gage」とよばれる隔離された金網の中でのみ工事を許す、さらには金網が不要になると言った経緯をたどるなど、米国でも大きな問題を抱えた案件であった。米国ではファミリー企業が存在しないので組織的な遅延は見られなかった。

こうした目の届かないところでは総務省の折角の努力も骨抜きになりかねない障壁がのこっていて、これは最後まで解決すること無く孫正義氏を悩まし続けた。

NTTはすでに局舎工事遅延で独占禁止法違反として訴えられ、公正取引委員会から改善命令を受ける経験をしている。1999年にイ-・アクセスが局舎調査依頼の進展がはかばかしくなく公正取引委員会に訴え、公正取引委員会はNTTが意図的なサボタ-ジュを行っていないかを調査するためにNTT東の本社に朝の出勤時間帯に乗り込んだ。NTT相互接続推進部の幹部以下スタッフ全員を一室に集め隔離状態にし、パソコンや書類から幹部の手帳までを証拠物件として押収した。結果、公正取引委員会から改善命令がなされた。

2000年2月21日、公正取引委員会がNTT西日本に対してコロケ-ション(他通信事業者が接続に必要なモデムや配線用MDF、電力設備などを設置するためNTT局舎を間借り利用すること)の工事を意図的に遅らせて新規参入を妨害したとして独禁法違反(私的独占の禁止)に抵触の疑義ありとして口頭注意した。前年のNTT東に対する同様の警告に続いての口頭注意となる。心理的サボタ-ジュなど証明は不可能だから改善命令を出して一見落着と言う簡単な問題ではなかったのだ。

遅らせたところで特に上役からその遅滞を叱責されるわけでもなく、NTT相互接続推進部が社内でいくら声をからしてその担当部門へ工事促進を促しても埒のいかない社内風土が出来上がっていたと推測しているが、NTTの立場に立って考えると波のある工事申込みに対しては一定のスタッフで対処する他はなく、いきおい申し込み側からするとのんびりとした進捗に見えるという根本的な問題があり、これが解決不能問題として長く苦しめることになる。

孫正義氏には9月1日にソフトバンクのADSL事業開始を控えて、相手の立場に立つ余裕は無く、不満がたまりに溜まっての大激怒となった。この解決不能問題をジャッジをするには、COVADで見せた米国の手際の良いジャッジに比較して公取も総務省も未熟だったと言わざるを得ない。

それでも孫正義氏の激怒につぐ激怒、喧嘩腰の督促につぐ督促、無理筋の押しに次ぐ押しでなんとか動いてくれたのがNTTだった。果たして米国のスプリントの体質改善や赤字脱出にその手法が通じているのかと少し気になる。もちろん米国では相手はNTTではなくスプリントスタッフのモチベーション、アンテナ設置業者のモチベーションなどであることは容易に想像がつく。(だからこそ孫正義氏がスプリントのCTOという立場についているのだろうが)

 回想の孫正義

 


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