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『まさ』の気になる記事

スポーツ関係を中心に気になった記事をピックアップ

小川がハッスルポーズで橋本氏を追悼

2005年07月14日 | 格闘技
 第4試合終了後、ハッスル軍とモンスター軍の抗争が一時中断され、11日に急逝した“ハッスルキング”こと橋本真也氏を追悼する10カウントゴングが鳴らされた。両軍の選手と観客が黙祷を捧げ、選手を代表として小川が挨拶に立った。

 小川は「あまりにも突然で、あまりにも急で、正直、適当な言葉が見つかりません。ある人に言われました。“ハッスルの父は私であり、ハッスルの母は橋本さんだ”と。思えばハッスルを広めるためにハッスルポーズを考えたのも私と橋本さんでした。橋本さんはプロレスの復興を誰よりも願っていました。ハッスルのリングに復帰するため、厳しいトレーニングを積んでいましたが、志半ばで逝ってしまいました」と目に涙を浮かべながら観客に語りかけたが、最後には「あの人に湿っぽいのは似合いません。派手好きだったあの人を偲び、ハッスルらしくトルネードハッスルで哀悼の意を表したいと思います。ハッスルキング・橋本真也、天国でもハッスルしろよ!」と叫び、会場一体となって、橋本氏が考案したトルネード・ハッスルのポーズを決め、天国へと旅立った盟友を偲んだ。

プロレス界に衝撃…橋本急死

2005年07月12日 | 格闘技
 “破壊王”の愛称で親しまれた人気プロレスラー、橋本真也さんが11日午前10時36分、横浜市内の横浜市立大付属市民総合医療センターで亡くなった。40歳だった。岐阜県出身。死因について、橋本さんの代理人側は「脳幹出血」と発表した。橋本さんはこの日朝、横浜市内で倒れ、救急車で同病院に搬送されたが、すでに心肺停止状態で、間もなく死亡が確認された。フリーの立場で今秋のリング復帰を目指していた矢先の無念の死となった。
 破壊王、死す―。現役トップレスラーの急死。あまりにも突然で、衝撃的な訃報(ふほう)がプロレス界に激震を走らせた。
 橋本さんの代理人側は11日夜、横浜市内で緊急会見。橋本さんはこの日朝に「横浜市内の自宅」で倒れ「午前10時36分に病院で死亡が確認された」と発表した。急死に至る経緯について、代理人側は「最後に会ったのは6月30日。状況は把握していない」と明言を避けた。岐阜県から会見に出席した妹の真生さんは「母が脳出血で亡くなり、橋本本人も気にしていた」と体調に不安を抱えていたことを明かした。
 橋本さんは「遅くても今秋、復活する。レスラーとして数年で負債を完済する力はある」と意欲を示したが、ZERO―ONE崩壊で抱えた1億円を超える負債には「相当な心労があったと思う」(代理人)という。代理人側は、橋本さんが今年3月25日に離婚していたことを明かし、真生さんが喪主を務める。
 遺体が仮安置された病院に駆けつけた闘魂三銃士の盟友で新日本の蝶野正洋は「先週、本人に“体調が悪い”と聞かされた。“心臓が悪い”とも」と証言。新日本の坂口征二相談役は「10月の東京ドーム大会に彼の名が挙がっていた。復帰戦は新日本でやってほしかった」と唇をかんだ。
 格闘技に押されてプロレス人気が低落する中、1990年代に一時代を築いた橋本さんはプロレス再興の起爆剤となるべき人物の1人だったが、結果的に、昨年8月31日のZERO―ONE岩手・盛岡大会がラストマッチとなり、二度と再び、その勇姿をリングで見ることはできなくなった。昨年末に右肩手術に踏み切り、05年中の現場復帰を目指していたが、志半ばで橋本さんはあの世へと旅立った。想像を絶するプレッシャーが、橋本さんの心身をむしばんでいったのかもしれない。あまりにも惜しまれる死だった。

HERO’S 2005 ミドル級世界最強王者決定トーナメント開幕戦

2005年07月07日 | 格闘技
1R 距離を取るKID。左の蹴りで入っていくが、シャファーのハンドスピードは速く、右のパンチをもらってしまう。タックルに行くKID、しかし受け止めたシャファーにコーナーへ押し込まれてしまう。ここで放ったシャファーのひざ蹴りがKIDの下腹部に入り、シャファーに注意1が与えられる。
 再開後、シャファーの蹴りが再び下腹部へ入り、シャファーは減点1。KIDはパンチとタックルのフェイント。入ってきたシャファーを受け止めるが、シャファーが密着を嫌って離れる。KIDの右パンチが当たり、シャファーの腰が落ちる。さらにパンチから、シャファーを首相撲にとらえるKIDだが、シャファーは嫌がって離れる。シャファーをグラウンドへ持ち込むと、KIDはインサイドガードからパンチを振り下ろし、場内は大歓声。しかし、シャファーは長い足を駆使して巧みにKIDのパウンドをディフェンスする。さらに下からKIDの腕をとらえ、逆に足で蹴り上げていく。コーナーへつめ、KIDが拳を振り下ろした場面で第1ラウンドが終了。 

2R シャファーの目はKIDの1ラウンドの打撃でふさがっている。距離を取り左に回るKID。なかなか交錯しない両者。KIDは左のミドルで距離を図る。飛び込むすきをうかがっているか。シャファーも自分からは打ち込んでこない。時折、両者の拳が交錯するが、またすぐに距離を取って離れる。シャファーが右ストレートを振るい打ち合いを挑む。KIDはシャファーの右をかいくぐると、片足タックルから担ぎ上げて水車落とし! シャファーの上体をがぶったKIDはそこからバックへ回っていく。シャファーは体勢を入れ替えガードポジションになる。

3R 打撃の間合いを探り合う両者。2人ともローキックでの軽いけん制。KIDが右フック、右アッパーで飛び込むが、シャファーは嫌がってすぐに突き放す。しかし追いかけたKIDは、右フック、左アッパー、右フックでシャファーを追い討ち。これが効き、シャファーはコーナーへ沈んでいく。最終ラウンドの劇的なKOに、KIDは歓喜のバック転を披露。初メーンを見事な勝利で飾ってみせた。

PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND  桜庭和志 VS ヒカルド・アローナ

2005年06月27日 | 格闘技
 桜庭は学生服を身にまとい、花道では自転車にまたがって入場。

1R 両者は互いに距離を取ってけん制。桜庭がパンチで前進するが、アローナはバックステップで避ける。桜庭が片足タックルを取りに行くと、アローナはこれをがぶってひざ蹴りを見舞う。桜庭がパンチのフェイントをするとアローナは警戒して後ろへ下がる。打撃を放っていった桜庭を押し倒しアローナが上を取りかけるが、両者は再びスタンドへ戻る。アローナのハイキックを前へ出てつぶした桜庭は、ジャンピングパンチ、ジャンピング踏み付けを見舞っていく。しかし有効打はなくスタンドへ戻る。アローナはなかなか自分から仕掛けてこない。見合い状態からパンチを見舞ったアローナは、桜庭にダメージを与えるとそのまま追撃してタックルで担ぎ上げる。脱出してグラウンドで逆に上を取り、腕を狙う桜庭だが、ダメージがあるのか、足がおぼつかない。ロープ際で桜庭をとらえたアローナはがぶりの体勢から鋭角なひざ蹴りを桜庭の頭部に見舞っていく。窮地をしのぎ片足タックルでテークダウンした桜庭は、アローナのアームロック狙いをすかし腕十字を極めにいく。しかし、これは汗で滑り失敗となる。ここで桜庭の耳から出血が見られ、一度チェックが入る。再開となり、桜庭の片足タックルを切ったアローナはコーナーへ押し込んでいく。1Rが終了。

2R アローナのハイキックにもぐりこんだ桜庭だが、アローナは素早く体勢を立て直し、桜庭をロープへ押し込んでいく。両者中央へ戻る。アローナの蹴り足をつかもうとする桜庭だが、アローナは突き放し、顔面に蹴りを見舞う。桜庭の左目周辺は大きく腫れ上がり、出血も見られる。アローナが押しつぶしてグラウンドになるが、ここでドクターチェックとなる。桜庭が下の状態で試合が再開。アローナは傷口を狙うように鉄槌を落としていく。アローナは素早く桜庭の足を越えると、カメ状態となった桜庭をがぶってひざ蹴りをたたきこんでいく。なんとか立ち上がろうとする桜庭だが、アローナのがぶりは強烈で打開できない。桜庭の顔面は鮮血に染まり、2R終了後にタオルが投げ込まれアローナの勝利となった。

因縁の二人が地元フランスで遺恨清算マッチ K-1 WORLD GP IN PARIS

2005年05月27日 | 格闘技
「K-1 WORLD GP IN PARIS」が27日、フランス・パリのベルシー体育館で行われる。スーパーファイトでは"K-1のケンカ番長"ジェロム・レ・バンナと"マルセイユの悪童"シリル・アビディが激突。同じ地元フランス出身のファイターながらも、犬猿の仲として知られる二人が"遺恨清算マッチ"に臨む。

ことの始まりは2003年6月に行われたK-1パリ大会の閉会式。アビディは「オレの悪口を言っていた」という理由でバンナに食って掛かり、素手でのパンチに加えてハイキックまで放つ大乱闘を演じた。さらに観客席では双方の関係者も乱闘。会場に収拾のつかない混乱をもたらした。その後、遺恨を引きずりながらも両者の直接対決は実現することがなかったが、バンナが今回のパリ大会の相手にアビディを指名。いよいよ初の直接対決が実現する。危険な二人の対決にK-1側は「警備を通常の3倍くらいにする」と厳戒態勢で臨む。遺恨勃発(ぼっぱつ)から2年、バンナとアビディの戦いにようやく終止符が打たれる。

スーパーファイトもう1試合には角田信朗が登場。「日本の一格闘家として、日本の武道の精神を見せたい」と意気込み、ドイツのマーベリックと対戦する。また、今大会ではワールドGPの出場権をかけたトーナメント「EUROPE GP」が開催され、一昨年の同トーナメント覇者のアレクセイ・イグナショフやPRIDEでも活躍するセーム・シュルトら8名が参戦する。強豪ひしめくトーナメントを勝ち抜き、9月のGP開幕戦に駒を進めるのは誰だ!? K-1パリ大会は大荒れの予感だ。

新日本プロレス「NEXESS」  IWGP ヘビー級選手権試合

2005年05月17日 | 格闘技
 先に天山が銀のロングガウンで登場。小島はこの日もIWGPのベルトは腰に巻かずに右肩にかけ、ゆっくりと花道を歩いて入場した。天山はコールを受けるとリング中央まで駆けていき、両手を突き上げる。小島もコールに合わせて両手を天に掲げた。

 ゴングが鳴ってもしばらく互いの様子を見ていた両者だが、ようやく組み合うとタックルの打ち合いへ。小島のエルボーで場外へ転落した天山だが、場外へ追ってきた小島をとらえ、チョップ、エルボーをたて続けに打ち込んでいく。チョップの打ち合いから天山の左足をとらえにいった小島だが、再びチョップの打ち合いからモンゴリアンチョップに耐えて天山を倒すも、天山はボクシング仕込みのパンチを小島の腹に立て続けにたたきこみ、腹へのヘッドバット、ボクシングパンチ、カーフブランディング、ニールキックを放つ。だが、小島もコーナーへ押し込んでの水平チョップからエルボードロップ、ダイビングエルボーを放つも、天山もヘッドバット、バックドロップ、ダイビングヘッドバットとたたみかける。

 天山はモンゴリアンチョップ2連発で小島をグッタリさせるも、すぐに起き上がった小島がブレーンバスター、ラリアットを仕掛けるが、これは天山がブロック。アナコンダバイスで小島を締め上げるも、エスケープされると、TTDから再びアナコンダバイスへ。しかし、小島も変形肩固めに切り返し、天山は必死でエスケープする。試合時間は15分を経過。小島が延髄ラリアットで天山を倒すと、場内からは天山コールが巻き起こる。ダウンカウントが進む中、無理矢理押さえ込みにいった小島だが、カウントは2。ラリアットを2で返し、TTDを出した天山だが、小島もCCDで反撃。だが、天山はこれをはね返すと、パンチで小島をダウンさせ、頭突き連打からムーンサルト、モンゴリアンチョップから垂直落下式のTTDで小島をマットに沈めた。

 試合後、天山はリングサイドに座っていた藤田をリング上に呼び込むと、セコンドの制止を振り切ってリングに上がった藤田は、エルボー、ボディースラムで天山をマットに投げつけ、マイクを握った。「おい、ちんたらちんたらやりやがって。あーっ? どこが闘魂だ。魂抜けてんじゃねえか。文句があるヤツは出て来い。オレが受けてやる!」という挑発に、本隊勢とチームJAPANは一触即発状態に。早々に退場した藤田、永田らチームJAPANだが、本隊勢はその背中をにらみつけた。天山はようやく自分の元に戻ったベルトを頭上に掲げ、腰に巻くと、本隊のメンバーとともに記念撮影に収まった。

K-1 「JAPAN GP」の組み合わせが決定

2005年05月10日 | 格闘技
 「JAPAN GP」の組み合わせが9日、都内のK-1オフィシャルジムで発表された。外国人選手としては唯一の参戦となるサップはK-1ルール初挑戦となる中尾と対戦。また、前年王者の天田ヒロミは富平辰文と対戦する。

 JAPAN GPについて谷川貞治K-1イベントプロデューサーは「サップ選手の参加が刺激になっている。王座を渡さないように頑張ってほしい」と日本人選手にエール。特に現地時間の4月30日に米国で行われたラスベガス大会の「USA GP」で1回戦敗退を喫した中迫剛に対しては「あとがない。決勝に上がれなかったら根本的に今のやり方を見つめ直さなければいけない」と厳しいメッセージを送った。また、優勝の行方については「天田選手が紙一重で抜けている気もするが、実力が拮抗していて予測がつかない」とコメントし、GP本戦出場をかけた激しい戦いを予告した。なお、スーパーファイトに出場する角田信朗とチェ・ホンマンの対戦相手は後日発表される。また、当初出場が予定されていた武蔵の参戦は見送られる見込みだ。トーナメントの組み合わせは以下のとおり。

<JAPAN GP1回戦第1試合>
天田ヒロミ(TENKA510)
富平辰文(SQUARE)

<JAPAN GP1回戦第2試合>
藤本祐介(MONSTER FACTORY)
ノブ・ハヤシ(ドージョー・チャクリキ ジャパン)

<JAPAN GP1回戦第3試合>
ボブ・サップ(チーム ビースト)
中尾芳広(フリー)

<JAPAN GP1回戦第4試合>
中迫剛(ZEBRA244)
堀啓(チーム ドラゴン)

<JAPAN GP準決勝第1試合>
トーナメント1回戦第1試合の勝者
トーナメント1回戦第2試合の勝者

<JAPAN GP準決勝第2試合>
トーナメント1回戦第3試合の勝者
トーナメント1回戦第4試合の勝者

<JAPAN GP決勝>
トーナメント準決勝第1試合の勝者
トーナメント準決勝第2試合の勝者

辰吉丈一郎現役続行!長谷川とやったる

2005年04月27日 | 格闘技
 ボクシングの元WBC世界バンタム級王者・辰吉丈一郎(34)=大阪帝拳=が、因縁のライバル、前同級王者ウィラポン・ナコンルアンプロモーション(タイ)の敗戦を受けて、ターゲットを同級新王者・長谷川穂積(24)=千里馬神戸=に切り替えたことを本紙取材で明かした。辰吉は大阪市内の所属ジムで、すでにサウスポー対策の練習を開始。WBC同級ベルトへのこだわりから現役を続行する意向を語った。

 練習着を着替える辰吉の上半身には、痛々しい赤い発疹(ほっしん)が広がっていた。「医者に行ったら、精神的なストレスが原因やって言われた。ウィラポンが負けたことみたいやな」。今月16日、長谷川の王座奪取に沸く日本武道館のリング上で、ウィラポンの手をとって健闘を称えた辰吉だが、敗戦のショックは“タイの神様”と同じだった。

「99%無理」とジムから引退勧告を受けながらも、自分が2度倒され、14度の防衛を続けていたウィラポンの存在が、モチベーションを支えていた。しかし、試合後の控室で前王者に「まだやめるなよ」とメッセージを送った時、自身の歩む道も決まった。

「気持ちは切り替えた。人間、こだわりがないとつまらんよ」。“こだわり”とは、自分の原点であるWBCバンタム級のベルト。王者がウィラポンから長谷川に変わっても「王者になって引退する。それが最後の夢」という目標は揺らぐことはなかった。

 長谷川の載冠で、辰吉の練習内容は、サウスポー対策へと変更された。この日も、サウスポーの春木博志トレーナーを相手にミット打ちでコンビネーションを確認。「もともと、サウスポーは得意」と軽快な動きを見せた。「どっちも左やからな」。長谷川が今秋に初防衛戦を行う予定の同級1位ディエゴ・モラレス(メキシコ)も視野に入れている。

 ウエートも57キロ前後をキープしており「いつでもいける」と、バンタム級のリミット(53・5キロ)は射程内。現在、世界ランクからも外れている“伝説の男”は、不可能を可能にするつもりだ。

佐々木健介がジャマール下しCC初優勝

2005年04月21日 | 格闘技
 全日本プロレス恒例の春の祭典「2005チャンピオン・カーニバル」(CC)決勝戦が20日、東京・国立代々木体育館第2競技場で行われ、決勝戦では佐々木健介がジャマールを下し、2度目の出場にして初優勝を決めた。

 CCは9日・後楽園ホールで開幕。シリーズを通して各ブロック6人の総当たりリーグ戦が行われ、Aブロックからは小島聡、佐々木健介が、Bブロックからは川田利明、ジャマールがそれぞれ決勝トーナメントに進出した。
 決勝トーナメント1回戦で小島聡vsジャマール、川田利明vs佐々木健介が行われ、まずはジャマールがフライングソーセージ2発で小島を圧殺。続いて健介も川田を北斗ボムで下し、2年連続の決勝戦に駒を進めた。

 決勝では川田戦で痛めた右腕をジャマールに攻め込まれたものの、パワーを気力でふんばり、最後はラリアットから北斗ボムで勝利。試合後はセコンドについていた鬼嫁・北斗晶と中嶋勝彦、息子の健之介、誠之介とともに健介ファミリーでリング上で記念撮影に収まった。
 昨年準優勝の無念を晴らした健介は「夢のよう。うれしい」と大きなトロフィーを手に喜びを爆発。「これは家族のもの。自分だけの力じゃない」と”家族愛”をアピールした。
【t.SAKUMA】
 世界ジュニアヘビー級王座戦は王者TAKAみちのくが中嶋をみちのくドライバーで下し5度目の防衛に成功した。17歳の中嶋のシングル王座初挑戦に、中嶋の”母”北斗がレフェリーに就任。鬼嫁と竹刀を封印して公正なレフェリングに務めた。この期待にこたえるべく、中嶋も全力でTAKAにぶつかっていったが、やはり力の差は歴然としており、最後はみちのくドライバーIIでTAKAが圧勝。試合後はHi69やジュニア勢がこぞって次期挑戦をアピールしたが、TAKAは涼しい顔で、「いつかは世界ジュニアのタイトル戦をメーンでやりたい」と野望を明かした。

 一方、レフェリーとしての任務をまっとうした北斗は「感情を抑えるのが大変だった。レフェリーがこんなに大変なものだと思わなかった」と”骨折り損”に終わったレフェリーにため息をもらした。

前WBC世界スーパーフライ級王者の徳山昌守「あいつと一緒に世界獲る」

2005年04月19日 | 格闘技
 今月15日に28歳で亡くなったボクシングの前日本スーパーフライ級王者、田中聖二さんの告別式が18日、大阪市平野区の仏光殿で営まれ、田中さんが所属していた金沢ジムの先輩、前WBC世界スーパーフライ級王者の徳山昌守(30)、16日に世界王座に就いた同バンタム級、長谷川穂積(24)=千里馬神戸=ら約200人が参列した。

 7月に大阪で川嶋勝重(30)=大橋=への挑戦が内定している徳山は「いつも一緒にいた親友だった。次はあいつと一緒にリングに上がり、あいつと一緒に世界チャンピオンになる」と決意を語った。次戦ではトランクスに田中さんの名前を縫い込む意向で、同ジムの金沢英雄会長も「田中の遺影を一緒にリングに上げる。あいつは徳山と一緒にリングに上がるのが夢だった」と語った。

 また長谷川も「チャンピオンになりました、と報告した。天国から見守ってほしい」と神妙に話していた。