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巨人タフィ・ローズ罰金200万円、試合前に謝罪

2005年04月28日 | 野球
「ジャイアンツみんな下手くそ。大嫌い! 」の侮辱発言に、罰金200万円。巨人は、前日のヤクルト4回戦(福岡)後にコーチや球団に対する侮辱発言をしたタフィ・ローズ外野手(36)に罰金200万円を科した。ローズもこの日の試合前にコーチ、選手らに謝罪。連敗が続く中での不協和音にけりをつけて、一致団結してチームの「空中分解」の懸念を払しょくしたいところだったが、この日もエース上原でヤクルトに敗戦。球団史上2度目となる4月の6連敗。巨人が泥沼から抜け出せない。
 巨人はこの日、ローズの暴言に厳しい処分を下した。罰金200万円。前日のヤクルト戦の9回、決勝二塁打となったラミレスの打球処理が緩慢だったことを弘田澄男外野守備走塁コーチ(55)に注意され、一触即発となり、数人が止めに入る騒ぎとなった。さらに放送禁止用語を連発し「(日本で自分は)10年やった(けど自分に対する周囲からの)尊敬がない。差別。ジャイアンツ大嫌い。みんな下手くそ」と痛烈にチーム批判を行った。
 この日処分が下る前に、ローズは練習前に堀内監督、試合前にはチーム全員に謝罪した。通訳を通して「昨日、通路で皆さんの前で話したことは全部自分の間違い。チームも自分もあまり調子のよくない中でフラストレーションがたまっていた。申し訳ない」とコメントした。だが、この侮辱行為に対して、清武球団代表は厳しい表情で話した。「謝罪はあったものの1つにコーチ批判があり、2つに巨人軍に対する批判、あるいはおとしめる発言があったので処分の対象とします。かなり厳しいものを考えている」。
 練習前に宿舎の自室で話し合った堀内監督は「これだけになったらケジメをつけないといけない。君はいいパフォーマンスで返すしかない、と言った」と和解したことを強調。当事者となった弘田コーチは「『何で追わないの? 』と言っただけ。あれを注意しなくて(コーチとして)何を注意するの」と説明した。
 発言内容が過激だったこともあり、出場停止を含む謹慎処分にしてもおかしくなかった。球団では200万円で東京ドームの試合に子どもたちを招待する方針という。

辰吉丈一郎現役続行!長谷川とやったる

2005年04月27日 | 格闘技
 ボクシングの元WBC世界バンタム級王者・辰吉丈一郎(34)=大阪帝拳=が、因縁のライバル、前同級王者ウィラポン・ナコンルアンプロモーション(タイ)の敗戦を受けて、ターゲットを同級新王者・長谷川穂積(24)=千里馬神戸=に切り替えたことを本紙取材で明かした。辰吉は大阪市内の所属ジムで、すでにサウスポー対策の練習を開始。WBC同級ベルトへのこだわりから現役を続行する意向を語った。

 練習着を着替える辰吉の上半身には、痛々しい赤い発疹(ほっしん)が広がっていた。「医者に行ったら、精神的なストレスが原因やって言われた。ウィラポンが負けたことみたいやな」。今月16日、長谷川の王座奪取に沸く日本武道館のリング上で、ウィラポンの手をとって健闘を称えた辰吉だが、敗戦のショックは“タイの神様”と同じだった。

「99%無理」とジムから引退勧告を受けながらも、自分が2度倒され、14度の防衛を続けていたウィラポンの存在が、モチベーションを支えていた。しかし、試合後の控室で前王者に「まだやめるなよ」とメッセージを送った時、自身の歩む道も決まった。

「気持ちは切り替えた。人間、こだわりがないとつまらんよ」。“こだわり”とは、自分の原点であるWBCバンタム級のベルト。王者がウィラポンから長谷川に変わっても「王者になって引退する。それが最後の夢」という目標は揺らぐことはなかった。

 長谷川の載冠で、辰吉の練習内容は、サウスポー対策へと変更された。この日も、サウスポーの春木博志トレーナーを相手にミット打ちでコンビネーションを確認。「もともと、サウスポーは得意」と軽快な動きを見せた。「どっちも左やからな」。長谷川が今秋に初防衛戦を行う予定の同級1位ディエゴ・モラレス(メキシコ)も視野に入れている。

 ウエートも57キロ前後をキープしており「いつでもいける」と、バンタム級のリミット(53・5キロ)は射程内。現在、世界ランクからも外れている“伝説の男”は、不可能を可能にするつもりだ。

やったぞ!古田!2000本安打おめでとう!

2005年04月26日 | 野球
長打よりもヒットを稼いできた古田の打撃
 ヤクルトの古田敦也捕手は24日の広島戦で、プロ野球32人目の2000安打を達成した。捕手としては2901安打の野村克也氏(南海→ロッテ→西武)以来2人目、大卒社会人の出身者としては初めての快挙だった。古田の打撃の特徴を、先に達成した31人と比較してみよう。

 2000本安打の達成に要した試合数では、最も少なかった川上哲治氏(元巨人)の1646試合に対して、古田の1884試合は11位。通算打率2割9分5厘は10位だが、出場10試合当たりの平均安打数10.62本は、通算打率が3割を超える若松勉氏(現ヤクルト監督)や落合博満氏(現中日監督)を上回る6位となっている(1位は川上氏の11.88本)。

 また、安打全体における長打の比率を見ると、1位は王貞治氏(現ソフトバンク監督)の47.2%、2位は清原和博(巨人)の41.7%で、古田は29.2%の25位である。2003年には4打席連続本塁打も記録している古田だが、この数字はやはり彼が長打よりもヒットを稼ぐ中距離打者であることを物語っている。


古田の打撃は福本氏に近い?
 また、好打者の指標の一つであるOPS(長打率+出塁率)では、古田は8割1分7厘で22位(1位は王氏の10割8分)。21位には福本豊氏(元阪急)が入るが、福本氏の長打比率30.4%も古田と近い値であり、古田の打撃は、左右の違い、打順の違いなどはあるものの、福本氏に近いという意外な見方ができる(通算打率も福本氏と古田は同じ2割9分台、本塁打数も近い)。

 右打者では、OPSで最も古田に近いのは、23位の大島康徳氏(中日→日本ハム)。ただ大島氏の方が、古田より本塁打が170本も多く、長打比率の点でタイプが異なる。ほかに右打者で同じOPSを示す打者は見当たらず、2000本安打達成の右打者19人のうち、クリーンアップを任された打者では、古田は唯一の中距離打者だったと言えるだろう。


死球は多いが四球は意外に少ない
 死球といえば、4月24日現在で187死球とプロ野球記録を更新中の清原がまず思い浮かぶ。しかし、古田の107死球(同日現在)も、実は2000本安打達成者の中で見ると、野村氏の122個、王氏の114個に次ぐ4位と、かなり多い。100試合当たりの平均死球で計算すると、1位は清原の8.61個で、古田の5.68個は、野村氏の4.04個を抜き去り3位に入る(2位は衣笠祥雄氏)。中距離打者の割に死球が多いのは、阿部慎之助(巨人)が100試合当たり8.86死球、城島健司(ソフトバンク)が8.08死球と、好打者捕手への死球が近年増えてきた傾向によるものだろう。1994年を除けば、古田は毎年、100試合以上出場しているが、死球に強いのも2000本安打を達成できた要因である。

 また、ヒットマンであるにもかかわらず、出塁率が3割7分ちょうどの14位とそれほど高くないのは、四球があまり多くないことが要因。10試合当たりの平均四球3.85個は、32人中14位にとどまっている(1位は王氏の8.44、2位は落合氏の6.60、3位は清原の5.87)。相手が長距離打者を警戒し、勝負してきた球を、古田は巧みにはじき返してきたのだ。

F1第4戦 サンマリノGP

2005年04月25日 | モータースポーツ
4月24日(日)
曇り/ドライコンディション
 
 朝方降った雨により、午前中に行われた予選では路面が所々濡れていたが、午後には完全に乾き、ドライコンディションの中、午後2時(日本時間午後9時)、決勝の火蓋が切られた。
 
 ポールポジションのキミ・ライッコネン(マクラーレン・メルセデス)、2番手フェルナンド・アロンソ(ルノー)は共に好スタートを切り、そのままの順で1コーナーへ。K.ライッコネンは、ファステストラップを連発し、2位F.アロンソを引き離しにかかる。しかし7周目、F.アロンソに3.2秒のアドバンテージを築いたK.ライッコネンが、マシントラブルにより突如スローダウン。なんとかピットに戻るが、メカニカルなトラブルのため修復できずリタイアに終わる。ポールポジションを獲得すると勝てないというジンクスがあるK.ライッコネン。今回もそのジンクスを払拭することはできなかった。
 
 K.ライッコネンのリタイアにより、労せずしてトップに立ったF.アロンソは、ファステストラップを記録しながら、2位ジェンソン・バトン(B・A・R Honda)に9.6秒のアドバンテージを築きあげた23周目を終えたところで1回目のピットイン。今回も余裕のレース展開かと思われたが、驚異的なペースで追い上げるドライバーがいた。13番グリッドからスタートしたミハエル・シューマッハ(フェラーリ)だ。M.シューマッハは第1スティントを長めにとり、レース中盤にはなんと3位に浮上。コースがクリアになると、ただひとり1分22秒台に入れ、2位J.バトンを猛追。20秒以上あったタイム差を、瞬く間に縮め、42周目にはついに背後を捕らえる。
 
 抜きどころの少ないイモラだが、47周目のバリアンテ・アルタでM.シューマッハは周回遅れをうまく利用し、ついにJ.バトンをオーバーテイク。2位に浮上したM.シューマッハは、今度はペースを21秒台にまで上げトップF.アロンソを追走。勢いの止まらないM.シューマッハは51周目に、ついにF.アロンソの背後に迫り、オーバーテイクのチャンスを伺う。
 
 M.シューマッハは、マシンを左右に振りながらプレッシャーをかけ続けたが、F.アロンソは要所を抑え、M.シューマッハをブロック。テール・トゥ・ノーズの激しいバトルはファイナルラップの最終コーナーまで続くが、F.アロンソがM.シューマッハを抑え切り、マレーシア、バーレーンに続く3連勝を達成した。
 
 F.アロンソはレース後、「ミハエルが速いのは分かっていた。でもここはオーバーテイクが難しいから、無理をせず、ペースを維持することだけを考えた。とにかく勝ててうれしいよ」と冷静にコメント。M.シューマッハの激しいプレッシャーにも動じなかったF.アロンソ。ドライバーとして大きな成長を遂げた1戦だった。
 
 2位のM.シューマッハは、「とてもエキサイティングなレースだった。それだけに2回目の予選でのミスが悔やまれる。あれがなければ楽に勝てたんだからね。でもみんなが頑張ってくれたお陰でクルマは大きく進化した。みんなにお礼をいいたい。いろいろ言われたけどもう大丈夫だよ」と語り、フェラーリ復活をアピールした。
 
 そして3位には、今季初表彰台&初ポイントのJ.バトン。チームメイトの佐藤琢磨も5位に入り、B・A・R Hondaはダブル入賞。ルノーとの差はまだ大きいが、マシンは徐々に速さを取り戻してきた。次戦は得意とするカタロニア・サーキット(スペインGP)だけに、活躍が大いに期待できそうだ。今回、見せ場が少なかったトヨタだが、ヤルノ・トゥルーリが7位、ラルフ・シューマッハも8位(※)に入り、3戦連続ダブル入賞を果たし、コンストラクターズ・ランキング2位を堅持した。
※8位でチェッカーを受けたラルフ・シューマッハ選手ですが、サン・マリノGPのレース競技長は、R.シューマッハの2回目のピットストップの際に、BMWウィリアムズのニック・ハイドフェルドとの間で起こった出来事に関して、その行動が危険と判断し、レースタイムに25秒を加算するペナルティを課す裁定を下しています。この結果、R.シューマッハは11位完走扱い。9位のN.ハイドフェルトから11位のビタントニオ・リウッツィ(レッドブル・レーシング)までが、順位が繰り上がっています。

巨2-11神(21日) 井川が今期初勝利

2005年04月22日 | 野球
 阪神が大勝。1回にスペンサーの2点打で先制。5回にシーツの2点二塁打、スペンサーの2点打で4点を加え、以降も着実に加点した。井川は7回途中まで2失点で今季初勝利。巨人は内海が四球から自滅。清原は無安打だった。

◇セ・リーグ
 巨人-阪神6回戦(3勝3敗、18時1分、東京ドーム、44、703人)
 阪 神 200 041 310-11
 巨 人 000 010 100-2
 ▽勝 井川4試合1勝2敗
 ▽敗 内海4試合2勝2敗
 ▽本塁打 阿部4号(1)(井川)5号(1)(井川)

佐々木健介がジャマール下しCC初優勝

2005年04月21日 | 格闘技
 全日本プロレス恒例の春の祭典「2005チャンピオン・カーニバル」(CC)決勝戦が20日、東京・国立代々木体育館第2競技場で行われ、決勝戦では佐々木健介がジャマールを下し、2度目の出場にして初優勝を決めた。

 CCは9日・後楽園ホールで開幕。シリーズを通して各ブロック6人の総当たりリーグ戦が行われ、Aブロックからは小島聡、佐々木健介が、Bブロックからは川田利明、ジャマールがそれぞれ決勝トーナメントに進出した。
 決勝トーナメント1回戦で小島聡vsジャマール、川田利明vs佐々木健介が行われ、まずはジャマールがフライングソーセージ2発で小島を圧殺。続いて健介も川田を北斗ボムで下し、2年連続の決勝戦に駒を進めた。

 決勝では川田戦で痛めた右腕をジャマールに攻め込まれたものの、パワーを気力でふんばり、最後はラリアットから北斗ボムで勝利。試合後はセコンドについていた鬼嫁・北斗晶と中嶋勝彦、息子の健之介、誠之介とともに健介ファミリーでリング上で記念撮影に収まった。
 昨年準優勝の無念を晴らした健介は「夢のよう。うれしい」と大きなトロフィーを手に喜びを爆発。「これは家族のもの。自分だけの力じゃない」と”家族愛”をアピールした。
【t.SAKUMA】
 世界ジュニアヘビー級王座戦は王者TAKAみちのくが中嶋をみちのくドライバーで下し5度目の防衛に成功した。17歳の中嶋のシングル王座初挑戦に、中嶋の”母”北斗がレフェリーに就任。鬼嫁と竹刀を封印して公正なレフェリングに務めた。この期待にこたえるべく、中嶋も全力でTAKAにぶつかっていったが、やはり力の差は歴然としており、最後はみちのくドライバーIIでTAKAが圧勝。試合後はHi69やジュニア勢がこぞって次期挑戦をアピールしたが、TAKAは涼しい顔で、「いつかは世界ジュニアのタイトル戦をメーンでやりたい」と野望を明かした。

 一方、レフェリーとしての任務をまっとうした北斗は「感情を抑えるのが大変だった。レフェリーがこんなに大変なものだと思わなかった」と”骨折り損”に終わったレフェリーにため息をもらした。

井川慶“エース特権”はく奪

2005年04月20日 | 野球
 ダメならエース特権はく奪や。阪神・岡田彰布監督(47)は18日、20日の巨人戦の先発が予想される井川慶投手(25)について「悪かったから代える」と明言。今季未勝利のエースの立ち直りに期待し、あえて厳しい姿勢で臨むことを明らかにした。今回の3連戦は、負け越した甲子園のリベンジシリーズ。まずは下柳で先手必勝だ。
 期待するからこそあえて厳しく。やれると思うからこそ突き放す。岡田監督がエース井川から“エース特権”はく奪を示唆した。
 「悪かったら代えるよ。結果が出てないんだし」
 3試合に先発して0勝2敗。ここまではエースと信頼するから、交代やむなしの場面もあえて続投させ、立ち直りを期待してきた。が、結果が出ていない以上はその“特権”もこれまでだ。他の先発投手同様、勝利へ導ける投球を見せなければ、マウンドを降りてもらうというわけだ。
 その裏には、リリーフ陣への手応えがある。17日の中日戦(ナゴヤドーム)では久保田が打たれ敗れはしたが、ここまで8試合に投げ防御率0・00を誇る藤川をはじめ、軒並み好調を維持。先発が崩れても勝利を拾えるだけの力がある。
 一方で、井川のボールにも“兆し”を感じている。「昨日はブルペンでよかったよ。だいぶようなってる。危機感もあるんやろうな。腕が振れていた」。やってくれると思う一方で、裏切られてきた過去もある。だからあえて厳しい言葉で突き放した。
 もちろん、井川自身も厳しい状況は分かっている。だから、準備に怠りはない。巨人戦に合わせ、東京ドームで使用される縫い目の高いメジャー式のボールで調整してきた。
 「縫い目は高いけど変化球がよく曲がる。(感触は)いいんじゃないですか」。この日は神宮外苑で練習。遠投や草野球場のマウンドを使っての投球で、フォームチェックなど調整にも工夫を凝らした。「臨機応変にやってます。次こそ勝ちたい?いつもそう思ってやってますよ」。今季初となる中6日での登板。勝利へ向けてやれることはすべてやった。
 指揮官は最後に「今度はいけるんちゃうかな」と期待を込めた。“エース特権はく奪”はいうなればエースへのゲキ。リリーフ無用の投球を見せてくれれば、すべてうまくいく。20日、巨人戦でその答えは出る。

前WBC世界スーパーフライ級王者の徳山昌守「あいつと一緒に世界獲る」

2005年04月19日 | 格闘技
 今月15日に28歳で亡くなったボクシングの前日本スーパーフライ級王者、田中聖二さんの告別式が18日、大阪市平野区の仏光殿で営まれ、田中さんが所属していた金沢ジムの先輩、前WBC世界スーパーフライ級王者の徳山昌守(30)、16日に世界王座に就いた同バンタム級、長谷川穂積(24)=千里馬神戸=ら約200人が参列した。

 7月に大阪で川嶋勝重(30)=大橋=への挑戦が内定している徳山は「いつも一緒にいた親友だった。次はあいつと一緒にリングに上がり、あいつと一緒に世界チャンピオンになる」と決意を語った。次戦ではトランクスに田中さんの名前を縫い込む意向で、同ジムの金沢英雄会長も「田中の遺影を一緒にリングに上げる。あいつは徳山と一緒にリングに上がるのが夢だった」と語った。

 また長谷川も「チャンピオンになりました、と報告した。天国から見守ってほしい」と神妙に話していた。

19歳横峯さくらがツアー初優勝=宮里らに続く10代制覇

2005年04月18日 | GOLF
 女子ゴルフツアーのライフカードレディースは17日、熊本県の熊本空港CC(パー72)で最終ラウンドが行われ、19歳の横峯さくらが通算1アンダーの215でツアー初優勝を遂げ、賞金1080万円を獲得した。横峯は昨年8月のプロテストに合格し、秋の日本女子オープン選手権で2位に入るなど、わずか3試合で今季のシード権を確定。今季3試合目、昨季から通算10試合目でツアー初勝利を手にした。
 国内女子ツアーでの10代プロ選手の優勝は通算4人目で同9度目。プロ選手の最年少優勝は、宮里藍が昨年の開幕戦で記録した18歳と262日。

長谷川穂積、ウィラポン破り新王者に…WBCバンタム級

2005年04月17日 | 格闘技
 ボクシングダブル世界戦12回戦(16日・日本武道館=読売新聞社など後援)――世界ボクシング評議会(WBC)バンタム級は、同級4位、長谷川穂積(24)(千里馬神戸)が、防衛14度の王者ウィラポン・ナコンルアンプロモーション(36)(タイ)を3―0の判定で破り、新王者となった。

 世界ボクシング協会(WBA)ミニマム級王者の新井田豊(26)(横浜光)は同級4位金在原(26)(韓国)を3―0の判定で下し、2度目の防衛に成功した。

 日本のジムに所属する世界チャンピオンは、川島勝重(大橋)、高山勝成(グリーンツダ)を含め、4人となった。(観衆9000人)

 ◆会心の一撃、9回の左フック◆

 会心の一撃だった。9回、長谷川の左フックがウィラポンの顔面にヒット。老かいな王者をぐらつかせた。「あれで迷いが吹っ切れ、流れが変わった」。その後は接近戦での壮絶な打ち合いを制して、世界の頂点に上り詰めた。

 接近戦が得意のウィラポン相手に、持ち味のアウトボクシングを展開。王者自慢の右を封じ込め、3回までを完全に制したことも、最後に効いた。

 2003年5月、日本人相手に11戦10勝だったフィリピン人の東洋太平洋王者を破り、脚光を浴びた。それから2年。辰吉丈一郎(大阪帝拳)を2度破り、西岡利晃(帝拳)の挑戦を4度跳ねのけた<日本人キラー>ウィラポンにも気後れしなかった。

 その度胸の良さは、元プロボクサーの父親譲り。3戦で病気のために挫折した父から世界王者の夢を託され、小学2年の時、嫌々ながらボクシングを始めた。大好きな辰吉を倒した相手を初挑戦で破り、父の願いも実現。「夢のよう。ベルトより、ウィラポンに勝ったことの方がうれしい」と、日本選手の天敵を倒したことを喜んだ。

 決戦前夜、3日の日本タイトルマッチの後遺症で他界した田中聖二(金沢)は、練習相手。切磋琢磨した友人の悲報も乗り越えた。試合後の控室で、12日前に世界タイトルを奪取した高山勝成(21)(グリーンツダ)とがっちり握手。若手二人の躍進で日本ボクシング界に活気が出てきた。