須田慎一郎「イスラエルとイランの軍事衝突、最悪のシナリオは?」「G7サミット、重要鉱物やAIなど6つの成果文書に合意で閉幕」「関西エアポートが過去最高益を更新!課題は『アウトバウンド』!」6月19日
「二郎さん、明日オーディションですよね、会場の近くで待ってますから、帰りに外で何か食べませんか」
二郎は驚いた、外食という言葉にだ
春香は普段から自炊が多い、モデル時代から節制していたので、その時の生活が習慣となっていて、ジャンクフードや甘いものも、普通の若い女性に比べたら、あまり食べないのだ。
「会場から友達の家が近いんです、カフェとかあるから、一度、行ってみたくて」
オーディションの結果は後日でない、その場で即決で決まる。
落ちたことを報告しなければならなかったら、 いや、そんな弱気でどうすると二郎は自分を叱咤した 。
43という年齢、アイドルをしていた自分は、もういない、今まで受けたオーディションも落ちてばかりで散々な結果だ。
そして、今の自分は春香という女性に飲んだくれていたところを助けてもらった。
住むところもない、彼女のアパートに住まわせてもらい、ヒモ同然だ。
どんな結果が出るかわからない、だが、自分の為にも春香にも良い結果を知らせたいと思って二郎は、わかりましたと答えた。
オーディション当日、二郎は集まった人間を見て驚いた。
子役、若者、年寄り、中にはテレビでよく見る有名な俳優までいる。
このオーディションは仔細が細かく公表されていない、バディものというが相手役、内容も細かくは知らされていないのだ。
ネットで人気の出たショートドラマが原案となっているらしい。
だが、その原案となったドラマも詳しく知らされていない。
あまりにも未知数なのだ。
数日前にネットで映画の制作自体、危ういのではという噂まであった。
二郎が会場に行き、映画製作の話があまりにも未知数で仔細が公表されていないこと
オーディションを受ける人間は有名俳優までいることに驚く心境
このシーンをシリアス、二郎の内面の焦りなどを書き加えて行きたいと思うのです
オーディション当日。
地下鉄を乗り継いで会場の最寄駅に降り立った瞬間、二郎は汗ばんだ手のひらを握った。
自分がこれほど緊張していることに、改めて気づかされた。
会場に着いて驚いた。
ロビーに並ぶ男たちの顔ぶれ。
まだランドセルが似合いそうな小さな子役、パリッとスーツを着こなした若手俳優風の男、枯れた風貌の中年男、そして──テレビで何度も見たことのある、大物俳優の顔があった。
(な、なんであの人が……!?)
思わず視線をそらす。
大物も来ている。それだけで場の空気が締まる。
まるで、演技ではなく「格」を競う場所に来てしまったかのようだ
しかも、詳細は一切伏せられている。
ジャンルは“バディもの”とだけ書かれ、相手役の情報もあやふや。
原案はネットで人気が出たショートドラマらしいが、検索してもヒットするのは噂話ばかり、ここ数日では「制作中止の可能性すらある」という不穏な記事も出ていた。
(どうなってんだ、これ……本当に映画になるのか……?)
不安が、じわじわと背中を這い上がってくる。
──だが、今さら逃げられない。
43歳、職歴に穴だらけ。
アイドルだったのは、はるか昔。
それから何をしてきた? 酔って道端に倒れていたところを、若い女の子に拾われて、そのまま住みついたヒモのような生活だ。
(……それでも、春香さんには胸を張って結果を伝えたい)
外食などほとんどしない春香が、自分のために外で何か食べませんかと言った。
(落ちました、じゃ……ダメだろ)
ただの食事だ、だが、春香の優しさに、応えたい。
それだけが今の自分を、奮い立たせる唯一の理由だった。
「……やるしかない」
心の中で、絞り出すように呟いた。
覚悟を決め、受付の列に足を踏み入れた。
白壁と安っぽい椅子が並ぶ、小さな控え室。
緊張感で空気が重い、だが、二郎の目はその一角に釘付けになった。
(……あの人……)
年齢は60手前、数々の名舞台を飾ってきた“大御所”と呼ばれる俳優が、
ごく普通の応募者と同じ椅子に座り、静かに台本を読んでいた。
——審査員じゃない、参加者、オーディションを受けに来ているのだ、二郎の背筋に冷たい汗が流れる。
(なんで……? どうして、あんな人が、このオーディションに……)
思わず受付で配られた資料に目を通す。
「動画配信サイトから火がついた若手監督の映画制作第一作」とあるが、
実質はまだ業界外の人間、制作会社も自主制作に近い。
――それなのに。
なぜ、あんな大御所が“受ける側”にいる?
(仕事がない? いや、そんなわけがない……)
あるいは、この監督に何かを感じたのか。
演技をする者として、何かに挑みに来たのか。
二郎の中で、何かが変わった。
大御所がいようが、無名の若手がいようが——
自分の演技は、自分の人生の“証明”だ。
談話室のソファに腰掛けた俳優は、ふぅと深い溜息をついた。
「はあっっ、60になっても駄目だな……自分でもわかったよ……」
その言葉が、二郎の胸に突き刺さった。
(あの人の演技は、誰が見ても圧巻だった。俺なんか、比較にならない……)
けれど、落ちたのだ、あの演技でさえ届かなかった。
(……なぜだ……?)
二郎は、審査員の席を思い出した。
表情でも、声量でもない、自分の演技は審査員たちには届いていなかったのか。
会場を出たとき、次郎さんと自分を呼ぶ声がした。
周りを見回して姿を見つけた二郎は近寄ろうとして驚いた、春香の隣には大きな犬がいたからだ、大型犬というのはわかるが、普通の犬ではない。
白と黒のまだら模様の犬は、下手をすれば子牛ぐらいの迫力がある、グレートデンだ。
昔、テレビのバラエティ、ペット特集の番組で見たことを二郎は思いだした。
「良子(よしこ)ちゃん家の雪ちゃんです、今日は仕事で出かけるので、あたしが動物病院で予防注射をしてきたんです」
「そうなんですか」
そういえばたまに、尋ねてくるアウトドア好きの女性がいことを二郎は思い出した。
「今日は仕事が終わった後、良子、釣りに行く予定だから、家に泊まるんです、いいですよね」
もともと、自分は春香のアパートに居候の身、ヒモだ、反対する理由はない。
「近くのカフェは犬連れでも大丈夫だからって、教えてくれたんです」
「でも、役者を諦めたくないと思いました」
「良いんじゃないですか、二郎さん」
【オーディション審査員控室/原作者・栗原の独白】
薄暗い控え室、モニターに映る応募者たちの演技を見ながら、原作者・栗原は肩の力を抜いていた。
その目は鋭く、だがどこか悲しみを帯びていた。
「……やっぱり、いないか」
彼女の呟きに、隣の監督が小さく頷く。
「どうします? 追加オーディションをネットで告知しますか? あるいは、犬の方を変えるとか……」
「それは、できません」
栗原の声は静かだった。
「今回の作品は“一本限り”です。“続編その後”なんて、絶対にやりません」
【栗原の回想――亡き父と犬】
この物語の原案――
それは、警察官だった栗原の亡き父をモデルにしている。
不器用で、真面目で、でも家ではほとんど笑わない人だった。
そんな父が唯一、顔をほころばせたのが一匹の犬だった。
「ほら、おまえがいちばん、オレのことわかっている」
グレートデンの「アッシュ」。
大型犬で、堂々としていて、でも優しい。
栗原は自分の父とアッシュをモデルにして、ショートドラマを撮った。
アクションはなし、日常のやりとりだけ。それが予想外にネットでバズった。
「本当に、二人とも亡くなったようなもんよね。だから、これ一本で終わりなの」
彼女は机の引き出しを開け、そこに収められた写真立てを取り出した。
そこには笑顔の父と、彼に寄り添うアッシュが写っていた。
【撮影後の別れ】
「ご飯だよ」
そう呼びかけた日、アッシュは来なかった。
いつもは玄関で待っているのに、姿が見えない。
「アッシュ?」
縁側で丸くなっていた。
目を閉じて、まるでまだ眠っているようだった。
……もう、目を開けることはなかった。
心臓の持病。
大型犬にはよくあることと分かっていても、別れはあっけなかった。
「二度と、あんな別れ方したくないから」
だから、今度の映画は「一本限り」、 原作者である自分がそれを決めた。
【監督との会話】
「わかりました。一本限り、納得です」
若い監督は力強く頷いた。
「今、映画やドラマって、人気が出たらすぐ“続編”とか“その後”を作るけど……出来が良いとか悪い以前に、魂がない。やっつけ仕事ばっかり。海外作品でさえ続編でガッカリすること、多いですよ」
「うん……それが嫌なの。作品って“覚えてもらう”ものじゃなくて、“残る”ものだと思うのよ」
だから、このオーディションも妥協したくなかった。
「バディとして成立するか」――それが最大のテーマだった。
演技力、スター性じゃない、50名以上が参加したオーディション。
プロから無名まで、演技力は拮抗していた――だが。
「脇役は揃ってきたんですがね……」
監督・佐伯が苦笑する。
「犬との相棒役、それだけでハードルが上がるのは分かってましたけど、やっぱり簡単じゃないですね」
原作者・栗原も深いため息をついた。
「気晴らしに、コーヒーでも飲みませんか」
佐伯が誘う、栗原は頷いた。カフェインでも入れなければ、頭が回りそうにない。
【カフェでの遭遇】
午後三時を少し過ぎた頃。
二人は、近くのオープンカフェの席に腰を下ろしていた。
しばらくして、ウェイトレスが二人分のコーヒーを持ってきた――そのときだった。
二人の視線が自然とそちらに向く。
見ると、店の出入り口に立つ若い女性と、信じがたいほど巨大な犬の姿があった。
【巨大な犬――グレートデン】
白と黒のブチ模様のグレートデン――
だが、ただ大きいだけではない、栗原は、思わず椅子から立ち上がっていた。
まるで、アッシュが蘇ったようだ――
佐伯も目を細める。
「落ち着いてますね、あの犬……いや、それだけじゃない」
、
【周囲の反応】
「うわっ、大きな犬……!」
「えっ、グレートデンじゃない? 危なくない?」
「なんか……ちょっと怖いかも」
周囲の客の声が、テラス席の空気をざわめかせる。
だが――雪は一度も動じなかった。
【栗原の心に刺さる違和感】
(……本当に“友達の犬”なの?)
栗原の疑問は、すぐに確信へと変わっていく。
この犬は、ただの“しつけの行き届いた犬”じゃない。
そしてこの女も、ただの“友達の犬を預かっている”だけじゃない。
この犬は――彼女に懐いているんじゃない、信頼している。
そう思った瞬間、栗原の背筋にぞわりとした電流が走った。
【喫茶店・午後】
店内の奥の席。
原作者・栗原と監督・佐伯が先に席についていた。
良子がドアを開けて現れる。地味な服装、背筋は伸びているが、表情には警戒心が見える。
春香の話を聞いて、すぐに断るつもりで来たのだ。
「お忙しいところ、ありがとうございます」
佐伯が立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「……いえ」
良子も軽く頭を下げて席につく。
コーヒーが運ばれてくる。しばらく無言の時間が流れたあと、栗原が口を開いた。
「早速ですが、本題に入らせていただきます」
「はい」
「先日、偶然ですが……雪ちゃんを見かけて、驚きました。まるで、うちの短編ドラマのモデルだった“アッシュ”が生き返ったようで」
「……そうですか」
「オープンカフェで、他犬や客に見られていても、周囲への警戒を怠らず、しかし吠えない。完璧でした。ぜひ、うちの映画に出演してもらえないでしょうか?」
良子は、しばらく黙っていた、深く息を吐いてから、口を開いた。
「……雪は、ペットです。家庭犬です。でも、普通の犬じゃないです」
栗原と佐伯が目を見開く。
「山で迷っていたところを、春香と私で保護しました」
「でも、あの落ち着きは――」
「祖父が北海道犬を飼っていたんです。吹雪という名前で、元猟犬でした。しばらくの間、雪は吹雪と祖父と一緒に山で暮らしてました。……熊にも、何度か遭ってます」
「……熊?」
佐伯が唾を飲む音が聞こえた。
「雪の性格が変わりました。人間に媚びない。指示を出すのは一人だけでいいって態度になった。祖父と吹雪が亡くなったあとは、私がその役になったみたいです。洋犬なのに、日本犬みたいな気質を持ってます。撮影に使いたいなら、そのことを知った上でお願いします。――私は、雪を“タレント犬”として売り出すつもりは一切ありません」
良子の言葉に、二人は黙り込んだ。
「ただ……春香が付き添ってくれるなら、雪も安心すると思います。彼女は、雪を保護したときからずっとそばにいました。春香のことは“家族”だと思ってるから」
【喫茶店の静かな午後】
良子の話を聞いていた佐伯と栗原が、ふと疑問を口にした。
「それにしても、春香さんのことを、雪ちゃんは特別に懐いてますね」
栗原が言った。
「飼い主じゃないって聞いて、驚きました」
良子は一瞬、考えるようにカップに目を落とした。そして、小さく笑った。
「……まあ、あれは仕方ないというか、熊です」
その一言に、佐伯と栗原は同時に目を見開いた。
「えっ……熊って……あの、熊ですか?」
「ええ、昔、春香と一緒に山に入ったときのことです。吹雪が急に吠えて、茂みに突っ込んでいった。……雪もその後を雪も追いかけていったんです」
佐伯と栗原の表情が固くなった。
「嫌な予感がしたんです、ヒグマでした。あの瞬間、逃げたら終わりって思いました、直感で分かったんです」
良子の手が震えた。だが、言葉は落ち着いていた。
「だから、春香と私は、声を張り上げながら木の枝を振り回して、熊に向かって突っ込んでいきました」
「普通、そんなこと……!」
だが、それが最良だ、でなければ、彼女は、この場にいないと二人は思った。
「怖かったですよ。死ぬかと思った。でも、吹雪が吠えて、雪も一緒に牙をむいて……私たちと一緒になって、熊を追い払ったんです」
静まり返った席に、コーヒーの香りだけが漂っている。
「……あの一件で、雪は春香を“家族”と認めたんでしょう。あの子の中では、“一緒に命を賭けた人間”が、本物の家族なんです」
佐伯は、言葉を失ったまま小さくうなずいた。
栗原が小さく呟いた。
「……映画より映画みたいな話だ」
良子は笑う。
栗原が、小さく頷いた。
「……すごい犬だ。本物の物語を背負ってる」
「映画一本きりです。PRも最小限にする予定です。雪の“演技”じゃなくて、彼女の“生き方”が画に映るだけです」
良子は、ようやく少しだけ、柔らかい表情になった。
二郎は驚いた、外食という言葉にだ
春香は普段から自炊が多い、モデル時代から節制していたので、その時の生活が習慣となっていて、ジャンクフードや甘いものも、普通の若い女性に比べたら、あまり食べないのだ。
「会場から友達の家が近いんです、カフェとかあるから、一度、行ってみたくて」
オーディションの結果は後日でない、その場で即決で決まる。
落ちたことを報告しなければならなかったら、 いや、そんな弱気でどうすると二郎は自分を叱咤した 。
43という年齢、アイドルをしていた自分は、もういない、今まで受けたオーディションも落ちてばかりで散々な結果だ。
そして、今の自分は春香という女性に飲んだくれていたところを助けてもらった。
住むところもない、彼女のアパートに住まわせてもらい、ヒモ同然だ。
どんな結果が出るかわからない、だが、自分の為にも春香にも良い結果を知らせたいと思って二郎は、わかりましたと答えた。
オーディション当日、二郎は集まった人間を見て驚いた。
子役、若者、年寄り、中にはテレビでよく見る有名な俳優までいる。
このオーディションは仔細が細かく公表されていない、バディものというが相手役、内容も細かくは知らされていないのだ。
ネットで人気の出たショートドラマが原案となっているらしい。
だが、その原案となったドラマも詳しく知らされていない。
あまりにも未知数なのだ。
数日前にネットで映画の制作自体、危ういのではという噂まであった。
二郎が会場に行き、映画製作の話があまりにも未知数で仔細が公表されていないこと
オーディションを受ける人間は有名俳優までいることに驚く心境
このシーンをシリアス、二郎の内面の焦りなどを書き加えて行きたいと思うのです
オーディション当日。
地下鉄を乗り継いで会場の最寄駅に降り立った瞬間、二郎は汗ばんだ手のひらを握った。
自分がこれほど緊張していることに、改めて気づかされた。
会場に着いて驚いた。
ロビーに並ぶ男たちの顔ぶれ。
まだランドセルが似合いそうな小さな子役、パリッとスーツを着こなした若手俳優風の男、枯れた風貌の中年男、そして──テレビで何度も見たことのある、大物俳優の顔があった。
(な、なんであの人が……!?)
思わず視線をそらす。
大物も来ている。それだけで場の空気が締まる。
まるで、演技ではなく「格」を競う場所に来てしまったかのようだ
しかも、詳細は一切伏せられている。
ジャンルは“バディもの”とだけ書かれ、相手役の情報もあやふや。
原案はネットで人気が出たショートドラマらしいが、検索してもヒットするのは噂話ばかり、ここ数日では「制作中止の可能性すらある」という不穏な記事も出ていた。
(どうなってんだ、これ……本当に映画になるのか……?)
不安が、じわじわと背中を這い上がってくる。
──だが、今さら逃げられない。
43歳、職歴に穴だらけ。
アイドルだったのは、はるか昔。
それから何をしてきた? 酔って道端に倒れていたところを、若い女の子に拾われて、そのまま住みついたヒモのような生活だ。
(……それでも、春香さんには胸を張って結果を伝えたい)
外食などほとんどしない春香が、自分のために外で何か食べませんかと言った。
(落ちました、じゃ……ダメだろ)
ただの食事だ、だが、春香の優しさに、応えたい。
それだけが今の自分を、奮い立たせる唯一の理由だった。
「……やるしかない」
心の中で、絞り出すように呟いた。
覚悟を決め、受付の列に足を踏み入れた。
白壁と安っぽい椅子が並ぶ、小さな控え室。
緊張感で空気が重い、だが、二郎の目はその一角に釘付けになった。
(……あの人……)
年齢は60手前、数々の名舞台を飾ってきた“大御所”と呼ばれる俳優が、
ごく普通の応募者と同じ椅子に座り、静かに台本を読んでいた。
——審査員じゃない、参加者、オーディションを受けに来ているのだ、二郎の背筋に冷たい汗が流れる。
(なんで……? どうして、あんな人が、このオーディションに……)
思わず受付で配られた資料に目を通す。
「動画配信サイトから火がついた若手監督の映画制作第一作」とあるが、
実質はまだ業界外の人間、制作会社も自主制作に近い。
――それなのに。
なぜ、あんな大御所が“受ける側”にいる?
(仕事がない? いや、そんなわけがない……)
あるいは、この監督に何かを感じたのか。
演技をする者として、何かに挑みに来たのか。
二郎の中で、何かが変わった。
大御所がいようが、無名の若手がいようが——
自分の演技は、自分の人生の“証明”だ。
談話室のソファに腰掛けた俳優は、ふぅと深い溜息をついた。
「はあっっ、60になっても駄目だな……自分でもわかったよ……」
その言葉が、二郎の胸に突き刺さった。
(あの人の演技は、誰が見ても圧巻だった。俺なんか、比較にならない……)
けれど、落ちたのだ、あの演技でさえ届かなかった。
(……なぜだ……?)
二郎は、審査員の席を思い出した。
表情でも、声量でもない、自分の演技は審査員たちには届いていなかったのか。
会場を出たとき、次郎さんと自分を呼ぶ声がした。
周りを見回して姿を見つけた二郎は近寄ろうとして驚いた、春香の隣には大きな犬がいたからだ、大型犬というのはわかるが、普通の犬ではない。
白と黒のまだら模様の犬は、下手をすれば子牛ぐらいの迫力がある、グレートデンだ。
昔、テレビのバラエティ、ペット特集の番組で見たことを二郎は思いだした。
「良子(よしこ)ちゃん家の雪ちゃんです、今日は仕事で出かけるので、あたしが動物病院で予防注射をしてきたんです」
「そうなんですか」
そういえばたまに、尋ねてくるアウトドア好きの女性がいことを二郎は思い出した。
「今日は仕事が終わった後、良子、釣りに行く予定だから、家に泊まるんです、いいですよね」
もともと、自分は春香のアパートに居候の身、ヒモだ、反対する理由はない。
「近くのカフェは犬連れでも大丈夫だからって、教えてくれたんです」
「でも、役者を諦めたくないと思いました」
「良いんじゃないですか、二郎さん」
【オーディション審査員控室/原作者・栗原の独白】
薄暗い控え室、モニターに映る応募者たちの演技を見ながら、原作者・栗原は肩の力を抜いていた。
その目は鋭く、だがどこか悲しみを帯びていた。
「……やっぱり、いないか」
彼女の呟きに、隣の監督が小さく頷く。
「どうします? 追加オーディションをネットで告知しますか? あるいは、犬の方を変えるとか……」
「それは、できません」
栗原の声は静かだった。
「今回の作品は“一本限り”です。“続編その後”なんて、絶対にやりません」
【栗原の回想――亡き父と犬】
この物語の原案――
それは、警察官だった栗原の亡き父をモデルにしている。
不器用で、真面目で、でも家ではほとんど笑わない人だった。
そんな父が唯一、顔をほころばせたのが一匹の犬だった。
「ほら、おまえがいちばん、オレのことわかっている」
グレートデンの「アッシュ」。
大型犬で、堂々としていて、でも優しい。
栗原は自分の父とアッシュをモデルにして、ショートドラマを撮った。
アクションはなし、日常のやりとりだけ。それが予想外にネットでバズった。
「本当に、二人とも亡くなったようなもんよね。だから、これ一本で終わりなの」
彼女は机の引き出しを開け、そこに収められた写真立てを取り出した。
そこには笑顔の父と、彼に寄り添うアッシュが写っていた。
【撮影後の別れ】
「ご飯だよ」
そう呼びかけた日、アッシュは来なかった。
いつもは玄関で待っているのに、姿が見えない。
「アッシュ?」
縁側で丸くなっていた。
目を閉じて、まるでまだ眠っているようだった。
……もう、目を開けることはなかった。
心臓の持病。
大型犬にはよくあることと分かっていても、別れはあっけなかった。
「二度と、あんな別れ方したくないから」
だから、今度の映画は「一本限り」、 原作者である自分がそれを決めた。
【監督との会話】
「わかりました。一本限り、納得です」
若い監督は力強く頷いた。
「今、映画やドラマって、人気が出たらすぐ“続編”とか“その後”を作るけど……出来が良いとか悪い以前に、魂がない。やっつけ仕事ばっかり。海外作品でさえ続編でガッカリすること、多いですよ」
「うん……それが嫌なの。作品って“覚えてもらう”ものじゃなくて、“残る”ものだと思うのよ」
だから、このオーディションも妥協したくなかった。
「バディとして成立するか」――それが最大のテーマだった。
演技力、スター性じゃない、50名以上が参加したオーディション。
プロから無名まで、演技力は拮抗していた――だが。
「脇役は揃ってきたんですがね……」
監督・佐伯が苦笑する。
「犬との相棒役、それだけでハードルが上がるのは分かってましたけど、やっぱり簡単じゃないですね」
原作者・栗原も深いため息をついた。
「気晴らしに、コーヒーでも飲みませんか」
佐伯が誘う、栗原は頷いた。カフェインでも入れなければ、頭が回りそうにない。
【カフェでの遭遇】
午後三時を少し過ぎた頃。
二人は、近くのオープンカフェの席に腰を下ろしていた。
しばらくして、ウェイトレスが二人分のコーヒーを持ってきた――そのときだった。
二人の視線が自然とそちらに向く。
見ると、店の出入り口に立つ若い女性と、信じがたいほど巨大な犬の姿があった。
【巨大な犬――グレートデン】
白と黒のブチ模様のグレートデン――
だが、ただ大きいだけではない、栗原は、思わず椅子から立ち上がっていた。
まるで、アッシュが蘇ったようだ――
佐伯も目を細める。
「落ち着いてますね、あの犬……いや、それだけじゃない」
、
【周囲の反応】
「うわっ、大きな犬……!」
「えっ、グレートデンじゃない? 危なくない?」
「なんか……ちょっと怖いかも」
周囲の客の声が、テラス席の空気をざわめかせる。
だが――雪は一度も動じなかった。
【栗原の心に刺さる違和感】
(……本当に“友達の犬”なの?)
栗原の疑問は、すぐに確信へと変わっていく。
この犬は、ただの“しつけの行き届いた犬”じゃない。
そしてこの女も、ただの“友達の犬を預かっている”だけじゃない。
この犬は――彼女に懐いているんじゃない、信頼している。
そう思った瞬間、栗原の背筋にぞわりとした電流が走った。
【喫茶店・午後】
店内の奥の席。
原作者・栗原と監督・佐伯が先に席についていた。
良子がドアを開けて現れる。地味な服装、背筋は伸びているが、表情には警戒心が見える。
春香の話を聞いて、すぐに断るつもりで来たのだ。
「お忙しいところ、ありがとうございます」
佐伯が立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「……いえ」
良子も軽く頭を下げて席につく。
コーヒーが運ばれてくる。しばらく無言の時間が流れたあと、栗原が口を開いた。
「早速ですが、本題に入らせていただきます」
「はい」
「先日、偶然ですが……雪ちゃんを見かけて、驚きました。まるで、うちの短編ドラマのモデルだった“アッシュ”が生き返ったようで」
「……そうですか」
「オープンカフェで、他犬や客に見られていても、周囲への警戒を怠らず、しかし吠えない。完璧でした。ぜひ、うちの映画に出演してもらえないでしょうか?」
良子は、しばらく黙っていた、深く息を吐いてから、口を開いた。
「……雪は、ペットです。家庭犬です。でも、普通の犬じゃないです」
栗原と佐伯が目を見開く。
「山で迷っていたところを、春香と私で保護しました」
「でも、あの落ち着きは――」
「祖父が北海道犬を飼っていたんです。吹雪という名前で、元猟犬でした。しばらくの間、雪は吹雪と祖父と一緒に山で暮らしてました。……熊にも、何度か遭ってます」
「……熊?」
佐伯が唾を飲む音が聞こえた。
「雪の性格が変わりました。人間に媚びない。指示を出すのは一人だけでいいって態度になった。祖父と吹雪が亡くなったあとは、私がその役になったみたいです。洋犬なのに、日本犬みたいな気質を持ってます。撮影に使いたいなら、そのことを知った上でお願いします。――私は、雪を“タレント犬”として売り出すつもりは一切ありません」
良子の言葉に、二人は黙り込んだ。
「ただ……春香が付き添ってくれるなら、雪も安心すると思います。彼女は、雪を保護したときからずっとそばにいました。春香のことは“家族”だと思ってるから」
【喫茶店の静かな午後】
良子の話を聞いていた佐伯と栗原が、ふと疑問を口にした。
「それにしても、春香さんのことを、雪ちゃんは特別に懐いてますね」
栗原が言った。
「飼い主じゃないって聞いて、驚きました」
良子は一瞬、考えるようにカップに目を落とした。そして、小さく笑った。
「……まあ、あれは仕方ないというか、熊です」
その一言に、佐伯と栗原は同時に目を見開いた。
「えっ……熊って……あの、熊ですか?」
「ええ、昔、春香と一緒に山に入ったときのことです。吹雪が急に吠えて、茂みに突っ込んでいった。……雪もその後を雪も追いかけていったんです」
佐伯と栗原の表情が固くなった。
「嫌な予感がしたんです、ヒグマでした。あの瞬間、逃げたら終わりって思いました、直感で分かったんです」
良子の手が震えた。だが、言葉は落ち着いていた。
「だから、春香と私は、声を張り上げながら木の枝を振り回して、熊に向かって突っ込んでいきました」
「普通、そんなこと……!」
だが、それが最良だ、でなければ、彼女は、この場にいないと二人は思った。
「怖かったですよ。死ぬかと思った。でも、吹雪が吠えて、雪も一緒に牙をむいて……私たちと一緒になって、熊を追い払ったんです」
静まり返った席に、コーヒーの香りだけが漂っている。
「……あの一件で、雪は春香を“家族”と認めたんでしょう。あの子の中では、“一緒に命を賭けた人間”が、本物の家族なんです」
佐伯は、言葉を失ったまま小さくうなずいた。
栗原が小さく呟いた。
「……映画より映画みたいな話だ」
良子は笑う。
栗原が、小さく頷いた。
「……すごい犬だ。本物の物語を背負ってる」
「映画一本きりです。PRも最小限にする予定です。雪の“演技”じゃなくて、彼女の“生き方”が画に映るだけです」
良子は、ようやく少しだけ、柔らかい表情になった。
【参院選】榛葉氏・静岡県選挙区の野党の動きがダメダメすぎる!注目選挙区から見えてきた参院選ポイントを解説
石田英司「酒米の高騰懸念。自民、立憲の議員連盟が小泉大臣に対応要請」「日本郵便、郵便貨物車2500台売却へ 将来郵便がなくなる?」「『異常な低賃金』…入れ歯作る歯科技工士が、なり手不足!」6月18日