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夢追い人のデコボコ日誌

好奇心が旺盛だった昔乙女も落ち着いてしまいました。でも、吃驚箱の蓋を開けるようなワクワクした感覚も必要ですよね。

最新のキーボード

2006-10-12 19:35:22 | 友達
 ゲームの好きな友達がゲーセンで取ってきてくれました。
 とても変ったキーボードです。くるくる巻いたりできるんです。勿論コンピューターショップにも売っているのでしょうが目に入りませんでした。

孫の誕生

2006-09-12 08:04:42 | 友達
 久しぶりに茅ヶ崎の友達から電話がありました。
 下の娘に子供が生れたというのです。男の子です。結婚して十数年後に授かった子供でした。
 「3000グラムで生れたのが7000グラム」になったと言っていました。今の新生児は昔の新生児のような顔をしていないわね。しっかりした顔をしているわね。とか、昔の新生児は手を握って生れたでしょ。今の新生児は手を開いて生れてくるのよ。とか、娘が新生児だった時に握っていた手を無理に開かせたら手の線に黒いごみがついていたわ。とかお産扱いが大変だったというわりに、友達の声は嬉々として弾んでいました。
 秋篠宮様の御長男のお名前が悠仁(ひさひと)様と命名された。
 旭川で提灯行列があったらしい。
 昨日別の友達からも電話があった。駒沢苫小牧の試合中は図書館に通って映画を観ていたという。試合の日は図書館がすいて待ち時間がなかったからだと言う。
 本当に人様々である。宮様の誕生に熱くある人、甲子園に熱中する人、だから世のなかは面白いのかもしれない。



デコボコ道を通り越して
昨日と今日は違うから
心の中が違うから
中学時代に語り合ったあの道も
舗装道路になってます

おめでとう

 

結婚式に出席して

2006-09-09 23:22:51 | 友達
 友達の結婚式に行って来ました。
 さよなら、又いつかねと判れたのは12年まえでした。そのときの人たちが30人近く来ていました。花嫁に会えた嬉しさもさることながら、あの頃の皆に会えた喜びはひとしおでした。実に12年ぶりの同窓会のようでした。何度もあの世に誘われたけれど、まだ来るなと追い返されたよ。なんていう人が数人、それでも変わらないね。若くなったね。と、昔のあの日に返りました。そして、最後にはこうして会えるのも花嫁さんのおかげだね。又、1年後に誰かの結婚式があるといいね。なんて言って別れてきました。

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結婚式

2006-09-05 13:54:25 | 友達
若い友達からの結婚式の披露宴への招待状が7月に来ました。
 結婚式は9月9日です。その日花嫁のみならず結婚式に出席するお友達に会えるのが楽しみです。身内は別にして結婚式に招かれるのは久方ぶりです。独身の時は随分招かれたものでした。しまいに親や姉妹からいい加減に人の結婚式に出ることより自分の結婚式を考えなさいと、笑われたものでした。
 家庭に入ってからはなかなか結婚式に出席する機会もありませんでしたし、又、出席する余裕もありませんでした。子供が大きくなって私や夫の姪や甥の、自分の子供の、御近所のお嬢さんの結婚式には何度か出席しました.友達では一番最近は10数年前に白老の虎杖浜?に行きました。新郎新婦がチャペルで結婚式を挙げたのを私たちは友達として見届けました。そのお友達は周りが羨むほどの仲の良い夫婦です。今回結婚するお友達の見本になるでしょう。今度のお友達はどんな家庭を築くか楽しみです。

ある日のメールより

2006-09-03 22:41:25 | 友達
 こんばんは
こおろぎしきりにないてます。
9月にはいり雨続きすっかり秋の感じになりました
お元気ですか

 ふだんぎの原稿処理が急ピッチで進んでいます
あさって校正して、即印刷所へ
原稿いただけたからこそできるのですね
いつも感謝感謝で処理させてもらっています

知床、遠い遠い昔の話でした。

2006-08-24 11:22:05 | 友達
 学校を卒業してそう経っていないころでした。
 職場の友達と三人で網走、知床方面に旅行をけいかくしました。私たちはリュックに運動靴というスタイルでユースホステルに宿をとりました。
 知床で羅臼だけに登ることにしました。木下小屋のところから登山口でした。
 今もそうですがあの頃も無知でした。登山には入山許可証がいるのを知らなかったのです。それで、登ったのですから何をかいわんやです。
 登山で今でも心に残る人2人と知り合いました。1人はマッターホルンの山に将来登ると、いっていました。そのために短期的に黒部ダムとか工事現場でアルバイトをしながらお金を貯めたそうです。そして資金ができると国内の山を登って足慣らしをしているとのことでした。もう1人は工場で働いていて指を切断されたようでした。それで厭世的になり旅に出たようでした。その方も旅に出て1年になるといってました。友達は同姓から見ても異性から見ても魅力的な人でしたからその2人に好意をもたれたようでした。それでもその方は付き合っていた方がいましたからそんなことがあったというだけです。
 ただ、知床に行って何年か後に後者の人が数冊の本と犬を連れて無人島に移り住んだと週刊誌に載っていました。もう30年以上も前の話です。この2人の青年が今はどんなになっているのか何時も思い出します。
 友達は最初から付き合っていた方と結婚しました。2人の子供のママになっても大きな黒い瞳で私たちを魅了してくれました。今は子供を育て上げてワンちゃんのママになっているようです。私たちが旅行に誘ってもワンちゃんがいるから遠出が出来ないと言われます。知床に行った時の遠い遠い昔の話です。

今は知床も世界遺産になって下の画像のように近代的になりました。
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お友達から電話がありました。

2006-03-14 18:54:24 | 友達
友達がね食事の支度を放棄したんだって」
「ヘエッー、その人どうしているの?}
「旦那が食事も支度をしてるんだって」
「よくそれでとおっているねー」
「だって、通っているんだもの。その人まれに見る良妻賢母だったんだよ。初めは旦那の料理も煮物かお魚を焼くだけだったんだって、でもこの頃レパートリが広がったみたいよ」
「私は良妻賢母でなかったけどそうしてみたい。その奥さん空いた時間をなにしているの?」
「縫い物するって20万のミシン買ったんだって」
「じゃ、ぬいものしているの?」
「買ってからなんか月もソファに寝転んで何を縫おうかと考えているんだって」
「うらやましい! 私もそうしたい.
 ある日の私と友達の会話です。


友達が沖縄に行きました。

2006-03-02 22:16:19 | 友達

 前の職場の友達が沖縄に越していくと聞いたのは昨年の7月の末でした。職場ではとてもお世話になっていたので直ぐに連絡しました。彼女は江別の家を処分して9月の末には引越すと言うのです。職場では仕事がしっかりしていてリーダー的な存在の人でしたがその決断の早さにはビックリしてしまいました。私は子供の頃から冬になるとカプセルの中に入って冬眠したいとか、冬には南国に住みたいと夢想するばかりで実行力は零でしたから。でも、別の友達と9月の中に沖縄旅行を計画していました。この際、彼女の住む地を見て来ようと思いました。行ってみて彼女が決断したくなるような魅力的な地なのがわかりました。
 この地で彼女は絵画サークルに入っていました。
展示会に出品するために描いて送ってきます。その絵を私のブログに張らせて頂く事にしました。


お雛様

2006-02-17 19:07:32 | 友達
ねえ、みてみて お友達が作って送ってくれたの。去年も別のお友達から紙雛様を戴いた。家は男ばかりだったからお雛様はとっても嬉しい。友達はこのお雛様の作り方町内会の人たちに教えてあげたんだってそれでとても喜ばれたんだって可愛いもね。