こんにちは
久しぶりに、また街と吊り看板を取り上げることにしました。
本来、このブログのテーマは吊り看板だったはずなのですけど、いつの間にか・・
今回は中欧の国チェコの首都プラハへ行きたいと思います。
以前はチェコスロヴァキアという国でしたが、1993年にスロヴァキアと平和的に分離して元の
チェコに戻りました。人口1030万人ほどの小さな国家です。
国土は周囲をドイツなどの強豪国に取り囲まれている内陸国ですので、チェコの近代史は気の毒
なほどの受難の歴史でした。
国民性はあまり明るいほうではない・・というのが正直な感想です。
さて、プラハの街は「百塔の都」と呼ばれるだけあって、主に旧市街地区を回ったのですけど、
各時代の尖塔があちこちに聳え、近代史など忘れてしまうような歴史の古い落ち着いた街でした。
旧市街地区は街ごと全体が世界遺産に登録されています。これは凄いことなのだそうです。
チェコで一番見たかったのはモルダウでした。街の中心地を流れています。
モルダウはドイツ語名で、チェコではヴルタヴァ川と呼んでいます。
わたしはスメタナ作曲の「わが祖国」の中の「モルダウ」という曲が好きですので、どんよりとした
冬の寒空の下、滔々と流れるモルダウを見た時にはそれはもう感動しました。
スメタナはチェコの作曲家です
アメリカに渡って「新世界」を作曲したドヴォルザークもチェコの作曲家なのですけど、チェコでは
圧倒的にスメタナのほうが人気があるのだそうです。
人気観光スポットの旧市庁舎広場へ行きました。↓
↓下の二枚は、プラハ独特の美のセンスを感じさせるロマンティックな吊り看板です。
何のお店だったのか判らないのですけど・・。字が入っていませんし。
吊り看板は、建物のイヤリングみたいに装飾として使われているようで、、宣伝度外視という
ものも結構あります。上の二つなどはその例です。
商業的な日本の考え方とは大いに違うところです。
↓ 下の吊り看板は 宝石店のようです。後ろの美しい尖塔はティーン聖堂です。
↓そのティーン聖堂。カトリックの教会。ここはプラハの観光スポットの旧市庁舎広場です。
左側に見えている丸いものは旧市庁舎の天文時計。
↓下はその天文時計。天動説に基づいた中世の時計です。
1410年に、カレル大学の数学教授と有名な時計職人が製作したそうです。
上のほうの青っぽい円の中央にある濃く青い小さめの輪が地球を表し、上方の青色の背景は
地平線上の空を表していると聞きました。
文字盤は太陽や月の位置などの天文図を示しているそうです。難しい時計です。
16世紀にポーランドのコペルニクスが地動説を唱え、やがて時計の表示方法も変わりました。
↓ 12時ジャストに、待っていた仕掛け人形が現れました。キリストの使徒だそうです。
待った割には、たったこれだけ・・?と落胆する人が多い。
プラハでは、吊り看板はあまり見かけませんでした。
探せばたくさん掛かっている地区もあるかもしれないのですけど、でも吊り看板のことは観光の本
にも書いていませんし、人に尋ねても看板のことまでは分からないでしょう。
わたしも吊り看板ばかり探し回るわけにもゆきません・・
なので、写真が撮れるかどうかは、悲しいかな運、不運にかかっているのです。
↓クリスマスのデコレーションもチェコ独特のムードがあります
クリスマスの様子も見れますので、寒くてもこの時期の旅行が断然好きです。
スリに盗られそうになりました。危機一髪でセーフ。まだ一度も被害はありませんが。
セルフサービスのコーヒーショップで戸惑っていたら、ご夫婦らしい二人が寄ってきて、小母さん
がコーヒーの買い方を身振り手振りで親切に教えて下さるのに応対している間に、小父さんの
ほうがわたしのバッグを開けようとしているではありませんか。ショック
小母さんはオトリだったのです。近づく者は泥棒と思え。
ちなみにチェコはEUに加盟していますけど、貨幣はユーローではなくチェコ・コルナです。
言葉もチェコだけのチェコ語を使っています。
次回もプラハの街を続けたいと思います。