トルコ旅行・ブルーモスク

2013-02-11 22:20:18 | 旅行 ・ 装飾吊り看板

 

 

  こんにちは 皆さん、お元気でしょうか。

   記事更新がすっかり遅くなってしまいまして・・ m(_ _;)m   

  今日は、トルコのイスタンブールで最も有名な観光地、イスラム教のブルーモスク

  を見に行ったお話をしたいと思います。

 

  その前に、 があります。

  前回の記事「トルコに行ってきました」の中で、早朝、モスクの拡声器から大きなお

  祈りの声が聞こえてきてびっくりしたと書きましたが、あれは「お祈り」ではなくて、

  礼拝の時刻を告げ礼拝に来たれと呼びかける詠唱、「アザーン」というものでした。

  ここに訂正してお詫びします。

  ちなみに、早朝6時頃のアザーンには、「礼拝は睡眠にまさる~」という言葉が二度

  入るのだそうです。(ウィキペディアより)

  トルコでは、今は日常的な礼拝をする人はほとんどいないということです。

 

  さて、下の写真がブルーモスクなのですけど、正式名はスルタンアフメット・モスク。

  天井に張られたタイルやステンドグラスの青い色が美しいことから通称、ブルーモ

  スクと呼ばれるようになったそうです。

  17世紀のはじめ、オスマントルコ帝国の時代に、七年かけて建造されました。   

  カモメが飛んでいるのは、マルマラ海の沿岸に在るからです。

    

  ↑ ミナレットと呼ばれる尖塔が六本立っていますけど、このミナレットの数はモスク

  の権威、位の高さを表しているのだそうです。

  メッカ以外は四本しか立てられないのですが、このブルーモスクは世界唯一、六本

  立っている権威のあるモスクということでした。

   田舎のほうへゆくにつれてモスクのミナレットの数が少なくなってゆきます。

  田舎では、ミナレットが一本という小さなモスクばかりでした。

  ミナレットの中間に付いているバルコニーに拡声器があり、そこから一日五回の

  アザーンが流されています。

  拡声器のない昔は、男性がバルコニーに立って、大きな肉声で詠唱したそうです。

 

  ↓ ブルーモスクの礼拝堂に入りますと、赤いトルコ絨毯が敷き詰められていました。

  だだっ広い床と、右手に思ったより簡素な祭壇があるだけでした。

  土足厳禁。イスラム教は礼拝のときに、床に座るからでしょうね。

  観光客でも、衣服はノースリーブや短いパンツなど肌を露出するものはNG。

 

  太い柱は象の足と呼ばれていて、直径五メートルあるそうです。

  四本の象の足で全体のドームを支えています。  

  ブルーモスクは、オスマン建築の傑作ということでした。

  以下、イスラムの装飾やモスクの構造などが良く見えるように画面を、実際に見た

  時(曇りの日でした)よりは明るくしています。↓

 

  ↓ 下の写真は、その象の足と複雑な天井装飾。

  イズニック製(トルコのタイル産地)のタイルが張られた草花模様。  

  内部全体で2万1000個ほどのイズニックタイルが使われているそうです。

  天井だけでなく壁にもタイルが張られていました。

  ブルーモスクはなんといっても、その天井のイスラム風の装飾が有名です。

 

 

 

  天井を見上げていますと、まるで宇宙を見ているような気分に。  

 

 

 

  ↓ 下は礼拝堂の出入り口です。 

           

 

  ↓ 外へ出ます。

  ブルーモスク(正面)は、広大な庭園の中にありました。

  そのまわりには歩いてすぐの所に歴史建造物が点在していて、庭園や公園、レス

  トランや土産物店、露店もあり、ブルーモスクを中心に、全体が市民の憩いの広場

  になっているようです。

  モスクに来る時には、ほとんどの女性がスカーフで髪を隠しています。

  トルコの女性にとっては、守らなくてはならない教えというより、ちょっとした身だしな

  みといった感覚のように思えました。  

 

  

  ブルーモスクのすぐ傍に、アヤソフィアというもう一つ有名なモスク(今は博物館)

  があります。 ↓

    

  ↑ ブルーモスクのほうが格段に優美、と思ったのですけど歴史が違いました。

  このアヤソフィアは、360年、ここがローマ帝国だった時代に建てられたキリスト教

  会でした。

  360年といえば日本では、まだ土器などを作っていた弥生時代ですね。

 

  ローマ帝国はのちに東西に分裂して、ここは東ローマ帝国となり、イスタンブー

  ル(昔コンスタンチノープル)が首都になりました。

  1453年、東ローマ帝国は、オスマントルコに征服されて滅びます。 

  世界史の試験には必ず出たところですね~また復習し直しました。(笑)

  宗教もキリスト教からイスラム教に変わり、このアヤソフィアもモスクに変わったの

  でした。中にある聖母子像は五世紀間、塗りつぶされていたということです。

 

  余談ですが、その後、イスラム教徒の迫害から逃れてキリスト教徒たちは地下や

  岩の中に身を隠して、何世紀も生き延びていったのでした。

  いずれ、カッパドキアのところで、詳しくお話したいと思っています。

  ↓ そのアヤソフィアの傍をトラム(路面電車)が走っていました。

  一瞬わたしは、東ローマ帝国と現代の間にいるような奇妙な錯覚に陥りました。   

  

 

  ↓ ブルーモスクの傍のレストランで、トルコチャイ(トルコ紅茶)を注文しました。

  どのお店でも、熱いチャイがこの耐熱性の瓢箪型のガラスのカップで出てきます。

  ふつうのコーヒーカップより小さいのです。お砂糖(だけ)を入れて頂きます。

  味は、日本の紅茶に少し香りのクセをつけたような味で、美味しい紅茶でした。

  トルコ中どこにも、熱いチャイだけはありました。

  安いお店で大体2リラ、ここは有名観光地ですので高くて、7リラでした。

  1トルコリラが約50円です。

              

 

  以上、ブルーモスクとその界隈でした。

  もう少しトルコのお話を続けたいと思っています。

  温かかったり寒かったりの気温がしばらく繰り返される時期ですけど、みなさん、

  風邪をひかないようにお気を付けくださいね。

 

                           

  

  

   

         

 

 

     

 

 

 

                             

  

 

 

 

    

  

  

  

  

  

  

 

  


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