八十八夜

学生時代から大好きなマンガの2次小説です

Passenger seat

2022-05-30 08:00:00 | 小話 短編

 

 

旦那のエスコートで、助手席に座るなんて何年ぶり?

助手席に座るって忘れてしまっていた。

旦那に気付かれないように、こっそり運転席を見上げる。

いつ見てもムカつくほどのキレイな横顔を盗み見る。

 

助手席に久しぶりに乗る妻。

助手席に座りシートベルトをする妻を見つめる。

出会って20年経ても俺の嫁への気持ちは変わらない。

それどころかますます強くなる。

 

 

 

初めて男の人の車に乗ったのは高校2年生。

1つ上のあいつは、無免許なのに誕生日に貰った外車に私を乗せてぶっ飛ばした。

 

あの頃の俺に、運転に自信があったとしても

『自分の命より大事な女を、無免許で車に乗せんな。』って怒鳴りてー。

こいつを家まで送れたのは奇跡だ。

 

 

 

道明寺が大学生になる直前。

免許を取ると、約束通り1番に私を助手席に乗せてくれた。

約束の日は、道明寺からプレゼントしてもらったワンピースを着て、ソワソワしながら待っていたのを、今でもすごく覚えてる。

迎えに来てくれた時、真っ赤なド派手な車より、運転して大人っぽく見える道明寺にドキドキしたんだよ。

ドキドキはそれで終わらなくって、今の車と違ってバックモニターが無かったのを覚えてる?

駐車場でね、車のギアをバックにすると道明寺の腕が助手席に回ってくるの。

目の前にある道明寺の筋肉質な腕に、肩を抱かれているような気がしてクラクラしたんだよ。

あの日、助手席をずっと私専用って言ってくれたのが嬉しかった。

 

免許取得後、約束通り牧野を初めて助手席に乗せた。

あの日は、スゲー嬉しかったのを覚えている。

俺が着くと牧野があからさまにホッとしたような顔して…。

ま、最初に乗せたのが無免許だったからな。

そりゃ、そうか。

俺の車が派手だとかブツブツ言いながらも、牧野の為にカスタマイズした車内に嬉しそうに笑って『特等席』って喜んでいたんだよな。

 

 

 

結婚してからも、司は何度もドライブに連れて行ってくれたよね。

私が慣れない風習に悩んでいる時、社交界に馴染めない時も。

どれだけ仕事で疲れていても、司はお邸から出してくれたんだ。

『あんな邸に籠るから、余計なこと考えるんだ。』って、言いながら。

夜の真っ暗な海で、波の音をずっと聞いていたこともあったよね。

覚えてる?

郊外まで連れ出してくれた時、ホタルが飛んでいたのを…。

綺麗だったよね。

あの日の『そのままのつくしでいいんだ。』って、言ってくれた司の言葉で、私らしく頑張れたんだよ。

 

結婚してしばらくは、つくしが落ち込むと二人でドライブに行ったよな。

『庶民は庶民にしかなれない。』っつー、泣き言も言ったこともあった。

あの日、出掛けたのは、民家も外灯すらない静かな山間。

月も星も光ってねー中、ホタルの光に大喜びしたのを覚えているか?

1円も払わねー景色に大喜びしたつくしが、あまりにつくしらしくて愛おしかったんだ。

 

 

 

あの子が産まれた時、パパになったあんたが迎えに来てくれたよね。

チャイルドシートに乗せるのに

『どうやって入れるんだ?』

なんて、あの子を物みたいに言ってきたのに…。

すごく大切にチャイルドシートに乗せているのを見て、父親ぶりに嬉しいなって思ったんだよ。

 

今では別の生き物じゃねーのかって思うくらいの、あいつが産まれた日。

可愛くて、ふわふわしていて頼りなくって。

世の中にこんなに大切に思えるものが、つくし以外にあったことに衝撃を受けたんだ。

そのつくしが俺には見せたことねー顔して、赤ん坊を見てるのに目を奪われた。

つくしと赤ん坊が退院した日の帰り道、信号で停車する度に何度も、後ろのチャイルドシートを覗き込んだよな。

 

 

 

ずっと、私だけの助手席って思ってた。

誰かに奪われるなんて、考えたことも無かった。

ずっと私だけの特等席だって、言ってくれた司を信じていたのに…。

私の特等席はある日、突然奪われることになる。

私より若くて可愛い、司も大好きなあの子に…。

 

「あたし、パパのおとなりがいい!」

久しぶりの家族水入らずのドライブ。

俺がつくしの次に愛してやまない娘の、子ども独特の高い声が庭に響いた。

スゲー嬉しくって

「じゃ、今日はパパの隣だな。」

俺の言った言葉に、つくしの動きが少しだけ固まったような気がしたのは気のせいか?

つくしは助手席に座る我が子に微笑みながらシートベルトをして、後ろへ座った。

この日を境に、つくしが俺の隣に座ることがなくなった。

俺は我が子に言われた言葉が嬉しくて、つくしとの約束を完全に忘れていた。

 

 

 

子供たち三人がチャイルドシートを卒業する度に、司の車の助手席は私から離れていった。

末っ子が司の隣を自分の場所と認識する頃には、助手席は子供の場所となっていた。

でも、司と子供が楽しそうに話すのを後ろの座席から眺めている時間は私にとっても嬉しい時間。

どの子にも司の愛情が見える。

子供たちと司の時間は極端に少ない。

私は、司と子供たちの貴重な時間を邪魔したくない。

 

長女、長男が座った助手席に、今は末っ子が座っている。

俺そっくりのクルクル頭。

どこから見ても俺のミニチュア。

違うところは、素直で真っ直ぐなところだ。

間違っても赤札なんて馬鹿げたことはしねーだろ。

リアシートにはつくしと長女・長男の三人。

この頃になると、年にたった数回の家族の外出すら長女はメンドクサイという枠に入れだした。

 

 

 

子供たち三人が成長し、家族全員で外出が無くなった。

上二人は、私たちとどこかに行くより、友達との外出が増えてきた。

司と私が出会ったのは高校生の時。

その私たちの長女が、高校生になっているなんて不思議な感じ。

そんなことを思うようになった、ある日。

司が「たまには2人でドライブにでも行こーぜ。」なんて言いだした。

あんた、いくつよ?

いい大人が行こーぜなんて。

笑っちゃう。

 

久しぶりにつくしと二人きりの外出。

俺が助手席のドアを開こうとしているのに、その真後ろでドアを開けようとしている嫁。

おいっ!

二人で出掛けるって言っただろっ!

少し照れ笑いしながら、助手席に乗るつくしをエスコートする。

俺の手に重ねる手の動き、顔の表情、座席に掛けた動き。

つくしが寝る間も惜しんで、身に付けたマナー。

 

 

 

司に連れられて来た先は、結婚して直ぐに連れてきてもらった綺麗なホタルの場所。

もう、すっかり忘れていたけど近くに綺麗な川もあった。

 

「今年は雨が少なかったからホタルの当たり年らしいぜ。」

「なんで雨が少ないとホタルの当たり年なの?」

 

「雨で川の水量が上がらないから卵がたくさん孵るっつってたな。西田が。」

ププッ。西田さん。ホント博識だよね。

スーパー秘書だけど、ホタルの事まで知っているんだ。

 

辺りを見渡すと、本当にホタルがたくさん。

優しい光を発してゆっくり飛んでいる。

「ほんと、当たり年だね。」

 

司の服にも、私の髪にもホタルが止まる。

川のせせらぎを耳にし、幻想的にゆっくり飛ぶホタルをしばらく眺めていた。

 

 

 

お邸に着いたのは夜遅く。

いつもなら玄関で一足先に下してもらうんだけど、もう遅いから車庫まで乗ることにした。

車庫に着くと、司がギアをバックにした。

ドキンと心臓が鳴る。

司はバックモニターを見ずに、私の座っている助手席に筋肉質の腕を回す。

これ、何年振りかな?

すごくドキドキする。

 

俺が邸の車庫に入れるときは、バックモニターは見ねぇ。

俺の中での決まりごと。

これはスゲー便利だが、テクが下がる。

近い将来、免許を取る長男に運転テクを抜かされねー為に。

 

ふと、隣の助手席に目をやると…。

駐車場に車を入れる度に、つくしが恥ずかしそうに下を向く。

何が恥ずかしいんだよ?

結婚して何年経つんたんだよ。

助手席に腕を回しているだけじゃねーの?

俺たちもっとスゴイことしてるっつーんだ。

 

ふと、このつくしの恥ずかしそうにする姿をずっと見てなかったことを思い出す。

そうだった。昔の俺が言った言葉。

次からは、あいつらがリアだな。

 

「何年もすまねぇ。」

キョトンとしたつくしにキスをする。

 

そして────。

「これからは、つくしが特等席に戻ってくれるんだろ?」

俺の言葉に、つくしが嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (もも母)
2022-05-30 18:48:19
なんて優しいお話、、💕💕
本当にありがとうございました❗
最近のつらく悲しいニュースが多い中、ほっとしました。
これからも、楽しみに待ってます😊
返信する
Unknown (aru)
2022-05-31 11:19:40
お久しぶりです😊
なんだかほっこりですね💜
いつもありがとうございます🙇‍♀️
これからも無理のない更新で
よろしくお願いします🙇‍♀️
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。