八十八夜

学生時代から大好きなマンガの2次小説です

動き出す時 前

2022-05-01 08:00:00 | 小話 短編

 

 

道明寺、元気?

あんたが私のことだけを忘れてから、もう5年が経ったよ。

 

私のことを忘れて、私以外の女の子をそばに置いて。

あの時は…。

ホントにきつかったな。

 

それだけじゃなくって、あいつは────。

いつの間にかニューヨークに行ってしまった。

 

私に何も言わないで。

私にだけ何も言わないで、黙ってアメリカに行ってしまった。

 

あれから5年。

ねぇ、道明寺。覚えてる?

 

あんたのお邸に、私がほふく前進して行った日のこと。

超オクテだった私が、怖くなって泣いてしまった日のこと。

 

あの日から、今日で5年。

私は、あんたの記憶が戻るかもしれない────。

私を思い出すかもしれないって、私は今日まで待つって決めていた。

 

あんたは信じないかもしれないけど…。

これでも高校時代も大学生になってからも、それなりにモテたんだよ。

『付き合ってください。』なんて言われたんだよ。

 

でも、あの日、あの時。

『待つわ。』って言ってくれたあんただったから。

私も5年、待った。

 

それも、今日でおしまい。

あんたは、私のこと思い出すことはなかったんだね。

 

でも、あんたを想い続けた5年は、私の中で必要だったんだと思う。

強烈だったあんたを、風化させていく為に────。

 

でも、少しも後悔なんてしていない。

あの時、必死であんたを好きになったのは、きっと素敵な思い出になるはずだから。

 

私も大学4年生になったんだよ。

相変わらずバイトを頑張っているよ。

 

就職も決まったの。

文京区にある文具用品店。

ここでね、バイトもさせてもらっているの。

 

今日も今からバイトなの。

今日のバイトは、珍しくお使い。

 

行き先は、懐かしの英徳学園!

タブレット用のタッチペンの納品に行くの。

 

私が英徳学園の高等部卒業生ってことで、営業の担当の人が

『懐かしいだろ?行ってきてくれるか?』

なんて声を掛けてくれて、行くことになった。

 

あんたと出会った英徳学園。

二度と行くことが無いって思っていたのに…。

あんたを忘れる日に、英徳学園に行くなんて、ね。

 

 

 

来月から、ニューヨーク本社から東京支社へ異動する俺。

一昨日、5年ぶりに日本に帰ってきた。

 

道明寺を恨んでいる奴に港で刺された俺は、一瞬だけ心肺停止状態に陥った。

それが原因なのか、わからねーが。

俺には忘れている記憶があるらしい。

 

記憶を失って5年。

俺に不自由はない。

 

日常生活にも仕事にも、支障がねー。

っつーことは、忘れても大丈夫な記憶だったってことなんだろう。

 

入院中は、幼なじみのあいつら、滋に三条から早く思い出せって圧力がハンパなかった。

それがウザくて、退院後しばらくして渡米した。

 

あれから5年。

ニューヨークでババアにムカつくほど仕事を叩き込まれた。

 

今日は、本格的に日本で仕事を始める前の休日。

日本で車を初めて運転する。

・・・・?

初めてなのか?

 

日本に帰国してから、俺の中で湧き上がる疑問の多さ。

これに、正直俺自身がビビっている。

 

不思議な感覚。

この疑問の裏に、スゲー大切なことが隠されているような気がしてならねー。

 

俺は、5年ぶりに英徳学園へと車を走らせた。

 

英徳に向かっている理由。

それは、この疑問を解決させるためだ。

なんとなく、英徳に俺の記憶の欠片があるように思えてならねー。

 

 

英徳学園近くの交差点。

この交差点を曲がると、英徳までは一本道。

俺は信号が赤になった為、車をゆっくり停車した。

 

!!!

俺の車の目の前を横断する女。

 

髪の長さはセミロング。

スゲー艶のあるストレートの黒髪の女。

華奢な女。

 

俺はこの女に、視線を奪われた。

目が釘付けになる。

 

ドクンドクンと動きだす俺の心臓。

曖昧でしか動いてなかった時が、今、急にサラサラと音を立てて動き出す。

 

俺のそんな状態を知らねー女は、腕時計を見た後、走り出した。

俺は、その走る女の後姿をジッと見つめた。

 

あの後姿を、俺は知っている!!

信号が青になるまでの時間がもどかしい。

 

俺は、何年も前に…。

あの女を、追いかけていた!

必死になって追いかけていた!!

 

 

あの女を乗せ、車を運転したような記憶すら出てきた。

おい…。

俺は高3の時に渡米して、日本では運転免許を取ってねー。

今もアメリカで取った国際免許で運転している。

 

っつーことは、俺はガキの頃、無免許で運転したのか?

 

何の為に?

誰の為に?

 

─────俺の為に。

俺が幸せになる為に。

絶対にそうだ。

 

信号が青になり、俺は英徳へ向かうため交差点を曲がる。

 

その先に、あの女がいることを────。

止まっていた時が、再び動き出すために。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。


過去の話で申し訳ございませんが、少しだけでも楽しんで頂けると嬉しいです。