プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

トリックスター ⅩⅠ

2011-12-08 23:59:49 | 長編




「どうして」
「・・・どうして?」
「どうしてあの場で、あんなに体を張ったの」
 ヴィーナスは静かな口調で問うが、マーキュリーはそれこそ何を今更、と言う心境だった。
「・・・そうすべきと思ったからよ」
「自分を危険に晒してまで?腕と目が潰れることになっても?」
 マーキュリーは渇いた声で返すが、ヴィーナスは今度は棘のある口調で聞き返してきた。眉間には深く皺がより、憎しみを隠さない表情だった。
「リーダーであるあなたと私じゃ生き残るべき優先順位がまるで違う」
 マーキュリーもまた、棘のある言葉で返す。
 生きて帰ってこられても右目は勿論、左手も切断を覚悟していた。目に傷を負ったのもあそこで左手を貫通させてしまったのも完全なる自分のミスだ。ヴィーナスを守るためなんて言い訳にすらならない。弱いから傷ついたのだ。
 目が駄目になったのは、まだあの人工の星で自分だけが狙われていると言う確信が持てなかったから。だからヴィーナスを置いていけなくて、だが敵の攻撃の質を考えている間もなくて、それに気を取られていたから顔に当たっただけで。アルテミスの考えを読み切れなかった自分が悪いのだ。
 ヴィーナスを負うのをやめて、両手が空いて、ようやくポケコンが叩けるようになって、電磁の反応からあの星が人工のものである予想は確信に変わっていた。そして次にどこから攻撃が来るかを調べていた。だから攻撃は何とか受け止めることが出来たけれど、元々は氷の壁を作ってそこに当てるつもりだった。だけど間に合わなくて、咄嗟にポケコンを盾にして手で受け止めた。
 目が潰れたのも腕が腐るはめになったのも、全て自分が弱いからで。
 自分の弱さのせいで負った傷を、任務を途中で放棄して治す気なんてさらさらなかった。帰還の後、アルテミスは、少なくともヴィーナスが意識を取り戻すまでは彼女から離れない。幸いにもヴィーナスからエナジーを渡してもらったおかげで辛うじて動くことができたから、何としてもヴィーナスが意識を取り戻す前に、何重にもロックされているはずの証拠のデータを手に入れなければいけなかった。
 だから月に戻っても意識を取り戻してすぐ、治療を拒否して医務室を飛び出した。
 四守護神が傷を負った姿をさらすのは好ましくないとヴィーナスは言っていたが、どうせ医務室の女官の口から嫌でも王国中に広がっていくだろう。だったらむしろ自分から見せ付けた方が、少なくとも周囲の目線は自分に向く。ヴィーナスの傷の件はあまり広がらずに済む筈だ。リーダーが傷ついた姿を晒すくらいならどれだけ蔑まれた目線を向けられようがそれで構わない。結果罷免されてしまうかもしれないことも、全て覚悟もしていた。
 それがマーキュリーの忠誠だから。
「その理屈で言うなら、あなたは戦場で何か起こったとき、一般の兵士を見捨ててでも自分が生き残る、と言う意思があるわけね。立場が上だから」
「そういうことを言っているんじゃない」
「同じでしょう。あなたは命を立場で差別する」
「兵を・・・民をないがしろにするような真似はしないわ。民あっての王国よ」
「だったらどうしてあたしを・・・」
 堂々巡りな論争は嫌いだった。あの場でもそう。
 いつもマーキュリーは思う。自分とヴィーナスは根本的に相性が悪いのだと。そしていつもならもっと適当にあしらったかもしれないが、この場でそんな冷静さは失せていた。どうして当たり前のことを今更言わなければならないのかと思うと、マーキュリーの頭に血が上る。
 彼女自身が一番分かっていることではないか。
 ヴィーナスが守ろうとしたものはこの王国からの信頼だ。誰にでも愛想を振りまいているその姿を見れば分かる。リーダーだから、彼女は絶え間なく頼れるリーダーでいなければならないから。
 なら自分はその影を歩くまでのこと。どうせ智将など嫌われて然るべき立場なのだから、ならいっそ引き立て役に徹するつもりだった。
 影が濃いほど光は輝いて見えるものだ。
 初めて会ったとき彼女を見て、その眩しさに目を細めた。いつ見ても目がくらむほど眩しかった。だから改めて、光に背を向けながら従うと決めた。
 口に出さないマーキュリーの決意をヴィーナスがどう受け止めたのかマーキュリーは知らない。だがクイーンに会う前の彼女の様子を見ると、マーキュリーの傷を厭っているのは明白で。まさかマーキュリー自身が傷ついたことに何か責を感じているということはないだろう。恐らく、あの戦い方はヴィーナスの自尊心を傷つけるものだったから。
 知性の戦士失格というヴィーナスの言葉は何よりも正しかった。確かに自分はあの場で自分を守ることも、ヴィーナスを守りきることもできなかった。行動はあまりにも粗末で、命令も無視した。
 だからその結果、腕が腐ってちぎれようが、瞼が破れて中身がこぼれようが、そんなことどうでも良かったのに。
 それを分かって欲しいなんて思わない。ただ嫌って、放っておいて欲しいだけなのに。
「何度も言わせないで!私とあなたはこの王国を守るべき使命を帯びた守護神で!その中であなたはリーダーで私はその部下だからよ!それ以外に何の理由が必要なの!?」
「それで、そのせいで自分が死んでも!?」
「ならば次の守護神を迎えればいい!あなたひとり守れないで死ぬようなら所詮その程度だったと言うことよ!私にその信頼が無いから私を試したんでしょう!」
「だったら!」
 それなのに、こんなに理屈の合わないことなのにヴィーナスは反撃してくる。
「何の抵抗もなく足をやられて!ただあなたの足を引っ張るだけだったあたしを!例えクイーンが何とおっしゃろうが、本当に知性の戦士ならあなたはあたしをあそこで見限るべきだった!それこそあなたなんかに守られなきゃいけない程度のリーダーはこの王国に必要ない」
「・・・な」
「そういうことでしょう?」
 ヴィーナスはそこで既に一本取ったような不敵な笑みを見せた。そしてマーキュリーが切断することなく外したリボンを拾い上げ、まじまじとそれを見つめ、再び笑んだ。
 それは悪戯が成功した子どものような、人に敢えて憎たらしいと思わせる、そんな表情。その表情はマーキュリーの心の内を引っかくような心地にさせていく。
「要するにあなたはあたしのこと好きなのよ」
「はぁっ!?」
「だから守ってくれたんでしょう?」
 さも当然なように言うヴィーナスにマーキュリーの頭脳は一瞬ショートを起こした。この場で、この会話の流れで何を言うのか、と意識が妙なところに持っていかれる。そうしている間にヴィーナスは絡まっていたリボンをほどいていた。マーキュリーが手にかけなくとも既にぼろぼろと擦り切れているそれは、赤い姿に黒々と染みをつけていた。
 マーキュリーの血痕が。
 医務室に運ばれたときに女官に、最早元が何だったかも分からないほどになっていたそのリボンを外されたとき、捨てられてはいけないと思った。だから女官を追い出して、どうせちぎれるのを待つだけの腕の痛みを抑えるために服の下、二の腕の部分に巻いていたのに。
「・・・・・・そ、れは」
「包帯巻く余裕があったくせに、ましてや医療管轄のあなたがこんな不衛生なものをわざわざ自分の体に隠して巻いてまで取っておくなんて、ねぇ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 言われて確かにそうなのだ。不衛生で、もうリボンとしての機能を果たすことはないだろうそれを、何故だかは分からない。ただ、無くしてはいけない、と思ったのだ。
「こんなゴミ取っとくほどあたしにご執心だったんでしょ?」
 そしてそれはいつの間にか自分を拘束していた。
 逃げる気など全くないのに、それでも想像していない形でマーキュリーを捕らえていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 そうした理由が何故だか分からないから、返事が出来ない。好きだとか嫌いだとか、考えたこともなかった。
 ただ、初めて会ったときから彼女は眩しくて。思わず目を細めるほどに眩しくて。その女神のような佇まいに、美しさに、纏う気配に、本能でこれからの一生を彼女に従って生きていくのだと悟った。主ではなく、守るべき存在でもない、王国の守護を統べるその彼女に。
「あなたがどれだけあたしを好きだろうが、あたしはあなたが嫌いよ、マーキュリー」
 例えどれだけ疎まれようともどれだけ蔑まれようとも、自分が慕って、従うべき、これからの時を永く共に過ごし共に戦う存在だと。
「・・・許せないのよ」
 そこで低い声で呟くとヴィーナスは下唇を噛んだ。心底悔しそうに表情を歪ませてマーキュリーを睨むその姿は、どこか駄々を捏ねる子どもに似ている。
 とても愛の女神とは思えない。あの時、マーキュリーに、自分を置いてでもブレーンとしての勤めを果たせと命令した戦士の姿でも、周囲の誰にも彼にも愛想を振りまく、誰からも信頼されているリーダーの姿でもなく。
「愛の女神であるこのあたしが、敵でもない人間を嫌うなんて許せないことよ!あたしは誰からも愛されていて!誰でも愛しているはずで!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 手をつけられないほどにわがままな子供のようで。
「敵でもない、ましてや仲間のあなたが嫌いなんて!そんな特別をこのあたしがあなたにあげなきゃいけないなんて絶対に許せない!」
「・・・ヴィーナス」
「でもあなたを好きになろうにも、あたしはあなたのいいところを何も知らない。根暗だし笑わないし何考えてるか分かんないしっ・・・それくらいしかあなたのことを知らない・・・その辺の女官でも兵士でもなく、仲間のあなたに・・・」
「・・・それは」
 マーキュリーは思った。ヴィーナスは自分を特別にしたくないと言っている。だが、そう思っている時点で、既にそれは彼女にとって特別な感情ではないだろうか、と。
「だから!」
 そう思ってマーキュリーは唇を噛んだ。いったい自分は、彼女に何を期待しているのか。
 不意にすっと目の前に伸ばされてくる手に、マーキュリーはぎゅっと目を細めた。頭の中に絡まっていた思考の念がはらはらと崩れていく。寝起きで混乱して無理矢理覚醒を促した頭脳は、また思考回路が繋がらなくなっていく。
 彼女は眩しくて、光に頭の中まで塗りつぶされるように白くなっていく。
「あたしはあなたのいいところをもっと知りたい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あなたを・・・好きになりたい」
 どこか拗ねたようにマーキュリーを睨むヴィーナスの手を、マーキュリーはしばらく見つめた。その手を、どうすればいいのか。
 戸惑ってヴィーナスの顔を見つめると、そこには笑顔があった。それは否定されることを想定していない、だが『立場』を感じない、やはりマーキュリーが初めて見る笑顔。笑顔にも質があるのだな、とマーキュリーはぼんやり思う。
 自分もブレーンである自分しか見せなかった。そうすべきだと思ったから。そして彼女もこれまでは頑なにリーダーである姿しか見せなかったように思う。四守護神のリーダーである彼女は、いったいその内にどんな表情を秘めているのだろう。
 そのうちのひとつがこの笑顔であるのなら―その先を知りたいと思うこの感情は、既に立場のある仲間関係に基づくものではない。
「・・・『友達』になりましょう」
 その言葉を、ぼけた耳が捉える。意味は消化できない。これがこの王国を任されたブレーンの頭脳なら、あまりにも粗末だ。自分たちには立場があって、それぞれが抱える責任があって、それに基づいた未来があるはずなのに。
 今目の前にいる彼女の言葉を下らないと鼻で笑えないのは。『仲間』の域を越える感情を好ましくないと切り捨てられないのは。
「・・・ともだち」
 ヴィーナスのことは決して嫌いではない。むしろ自分にない眩さを持った彼女を尊敬している。
 だからこそ自分が好かれると言う概念はなくて。
 王国中の誰もを愛していなければならない彼女が、リーダーとして冷徹な面を向けなければいけない場合、使い勝手の利く、場合によっては使い捨てにでもなれるような駒であればいいと、そういう関係を望んでいた筈なのに。
「あなたに・・・青・・・私は似合わない」
「愛の女神に似合わないものは有り得ない」
 そう言って、リボンで髪を結うヴィーナスはマーキュリーが初めて見た女神その姿だった。それを見つめる自分がどんな顔をしているのかも良く分からなかったが、取るのを躊躇したその手は彼女に既に握られていた。
 つながれた手はやわらかく、あたたかかった。
 凍てなくしたはずの腕は、確かにぬくもりを捉えていた。
「あなたも、赤、似合わないわけじゃないのね」
 からかうような、それでも柔らかい声と共に覗き込まれた。つぶれたはずの右目は彼女の笑顔を確かに映しているはずなのに、かけられた水のせいかその姿は俄かに滲んでいた。
「目が真っ赤よ」
 ヴィーナスを見つめるマーキュリーの両目は―感情的に赤い。
 自分から手を伸ばすことはなかったはずなのに、彼女に握られた手を弾き返すことはできない。
 拒絶する意思がどうしても湧かなかった。
「マーキュリー」
 耳元で囁かれる声に、マーキュリーは静かに目を閉じた。初対面でこれから関係を構成するような、それとも長い間共に過ごしてきた友人のようなそんな言葉の響きは、先ほどかけられた水が体に沁み込むみたいに、心なんていうものに入り込んでいく。
 あのとき、知性の戦士として例え失格と言われようとも、命がけで守りたいと思った彼女が、確かにそこにいた。
「これから・・・よろしくね」
 頬を両手で挟まれて、額を重ねられて、体温を感じてマーキュリーは目を閉じた。
 頬を伝うのは、ただの水のはずなのに、何だかひどく熱く感じる。
「・・・『友達』は、拳で語り合うものよ」
 その刹那、至近距離で響く『戦士』の声。
 一コンマ遅れて、マーキュリーの頬を掠める感触。ヴィーナスの拳がマーキュリーの顔めがけて向かってくるのを、マーキュリーは顔に風を感じるだけで、紙一重で当たり前のように回避する。
 この程度のことが出来なくて戦士と言えようか。
「いい反応ね」
「・・・何なの」
「言ったでしょ、あなたは友達だけど、やっぱりむかつくことには変わりないもの」
「だから?」
「拳で語り合うのよ」
 そう言って何故か誇らしげに胸の前で拳を固めるヴィーナスをマーキュリーは見据える。そして体を弾けさせるようにヴィーナスから離れると戦闘態勢を取った。
 普段なら下らないと切り捨てるところだけど、友人の意見は聞いてみよう、というなんだか愉快な気分になって、頬に流れるものを拭う。そしてまっすぐ見つめるヴィーナスの瞳に映るマーキュリーは―ようやく、笑っていた。



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